4.航空・電子等技術審議会による事前評価について

 今回の中間評価においては、平成10年12月の事前評価と、平成18年2月に科学技術・学術審議会海洋開発分科会により行われた中間評価を踏まえることとしており、まず事前評価に示された以下の内容について確認を行った。

4.1 航空・電子等技術審議会による評価の内容

4.1.1 地球深部探査船の開発の意義

 過去の急激な気候変動を高い解像度で復元するには、堆積速度の速い海域を掘削する必要があるが、こうした海域では活発な生物生産に由来する石油・ガスが存在することが多い。従来型掘削船では石油・ガスの噴出を防止する能力がなく、掘削に危険が伴うため、石油・ガス層を越えて掘削することができていない。また、従来型掘削船には掘削孔を安定化させる能力がないため、掘削孔の崩壊などの危険性があり、ジュラ紀の地層、地震発生ゾーン、マントルなどの海底下大深度の掘削を行うことが困難である。
 上述の問題を解決する技術として、旧海洋科学技術センター(現海洋研究開発機構)により、石油掘削で採用されているライザー掘削技術を高度化し、石油・ガス存在海域での科学掘削を可能とし、海底下7,000mまで掘削する能力を持つ地球深部探査船の開発が提案された。当初は水深2,500m級の海域で科学的成果を得つつ運用データを蓄積のうえ、水深4,000m級でのライザー掘削を行うことを最終目標としている。
 この提案については、「ライザー技術国際ワークショップ」(海洋科学技術センター、東京大学海洋研究所他共催により1996年実施)において、深海掘削に精通した国内外の科学者及び技術者による技術評価の結果、妥当であると結論付けられ、海洋研究開発機構により開発されることとなった。

4.1.2 科学技術上の意義

(1)科学的目的と意義
 IODPによって初めて実現するライザー掘削船とノンライザー掘削船の2船体制の下で、新たに可能となるもしくは飛躍的に進展すると考えられる研究課題の主要なものは次のとおりである。

  1. 海洋底堆積物の分析による古環境の研究
     地球深部探査船は、より深層への掘削及びより完全なコア採取により、過去2億年の環境変動の解明を可能にする。また、従来掘削できなかった地点における掘削などが可能となることから掘削地点の増加を促し、より精密な地球環境の時間的変動及び地域的相違を解析することができる。
  2. 地震発生機構の研究
     海底下数kmに位置するプレート境界域地震発生ゾーンの掘削及び直接観察が可能となり、掘削孔における長期孔内計測の結果と併せて、巨大地震発生機構の解明に有力な情報を提供する。
  3. 巨大火成岩岩石区の掘削によるプリューム・テクトニクスの検証
     巨大火成岩岩石区を貫通する掘削が可能となることにより、巨大マントル上昇流が地球環境変動を支配したとするプリューム・テクトニクス仮説の検証も含め地球規模の環境変動の基本原理の解明に貢献する。
  4. 地殻内生命の探索
     ライザー掘削は、地下4,000mまで広がる可能性がある地下生命圏の実態解明を可能にし、更には、熱水域における微生物の解析によって、生命の起源に迫る発見が期待される。
  5. メタンハイドレートの生成と崩壊の機構の研究
     従来型科学掘削では不可能であったメタンハイドレート層を掘削・調査することにより、その形成及び崩壊と地球環境変動の因果関係を解明することが可能となる。

 以上のように、深海底掘削研究に地球深部探査船を投入することは、地球と生命に関する広範囲な科学分野に大幅な前進をもたらすことが確実と考える。なお、これらの各科学目標については、地球深部探査船「ちきゅう」の優れた掘削能力により達成されるものであり、他に適当な代替手段がないと認められる。

(2)技術的意義
 ライザー掘削技術は、海底油田の探査のために開発され発展してきたものであるが、その分野における我が国の技術は、オイル・メジャーを持つ欧米各国の技術に比べ大きく遅れていることは事実である。このため、地球深部探査船を我が国が建造することにより、特殊試料採取システムなど、海洋研究開発機構が取り組んできた科学掘削に不可欠な要素に関する研究開発成果を活用するとともに、外国技術の導入により世界の英知を集めることで、自前の技術体系を構築することは大きな意義がある。
 また、本計画の技術的波及効果については、大水深の石油・天然ガス開発、将来の二酸化炭素深海貯留などの深海での技術に留まらず、陸上での科学目的の深部地下掘削や、資源探査を始めとする実用上の深部地下調査のための技術的基礎をなすものとして、潜在的価値を持つものと考えられる。

4.1.3 技術的妥当性及び開発の進め方

 ライザー技術は海底石油探査で用いられているが、この方法により科学的に価値のあるコア試料を採取した例はない。また、水深2,500m以深の海域でのライザー掘削は世界的にも未踏の領域であり、本計画は技術的にチャレンジングである。しかし、我が国はライザー掘削船の建造を多数海外から受注していることやライザー技術国際ワークショップにおける評価結果などを踏まえれば水深2,500m以深でのライザー掘削は実現可能と判断される。
 但し、水深4,000m級での運用を目指すには、水深2,500m級掘削において科学的成果を得つつ運用技術を習得し、その運用データから水深4,000m級を目指していくことが妥当と考える。また、ライザー技術に関し、常に革新的な技術開発に関心を持っていかなければ技術の陳腐化の恐れがあることにも留意すべきである。

4.1.4 社会的・経済的意義及び緊急性

 本計画は、第一義的には世界の科学者の支持のもとに進めていく科学目的の計画であり、人類が共有しうる知的資産である科学に我が国が率先して貢献する意義が大きいと考える。
 しかし、本計画はそれのみに留まらず災害、地球温暖化などの社会が直面する課題について、これらのメカニズムの解明に向けた国際的な地球科学の進歩及びその進展に必要な研究体制の整備とも相まって、課題の解決に結び付くものと考えられる。これらの諸課題への取組の重要性、緊急性を踏まえれば、本計画に緊急に取り組むべきと考える。

4.1.5 運用及び研究の進め方

(1)運用体制
 深海掘削は、地球規模の科学的な課題を解決するために、世界各海域で掘削を行うことから、本質的に国際協力を必要とする。本計画が、過去長期にわたり成果を挙げてきたODPの国際協力体制を引き継いで発展させたIODPの一環として行われることは適切かつ有効である。また、2船体制は4.1.2で示したように、科学目標を最大限に実現するうえで効率的な運用体制であると認められる。
 国際的な費用分担については、本計画の成果から我が国が受ける科学上の便益が大きいこと、我が国は、地殻の変動帯に位置するアジア・太平洋諸国の中心となって、地球内部の研究を先導すべきであることからみて、我が国が地球深部探査船を建造することが適切である。また、運用段階において2船の運用費を利用の割合に応じて国際分担する考え方は合理的であると考えられ、その実現に向けて各国に対し一層積極的に働き掛けていくことが重要である。

(2)研究体制
 本計画では研究体制の整備が最も重要かつ困難な課題であり、関係機関が地球深部探査船の完成までに、より多くの研究者を結集することのできる研究体制の整備について最大限の努力を払うべきである。
 本計画のもとで我が国が研究面で十分な成果を上げるためには、掘削船の運用とプロジェクト推進の中核となる研究拠点と、多様な発想で掘削試料や計測データから研究成果を産み出す多数の分散した小規模の研究グループとが連携し、相互に牽引しあう研究体制を整備するなどの取組が必要である。同時に、研究管理及び研究支援についても、組織の整備、人材の養成とともに、若手研究者への支援、関連陸上施設の設置など、十分な措置を地球深部探査船の完成までに講じるべきである。

4.1.6 費用対効果

 科学目的の計画によって将来どれだけの社会的、経済的効果が生じるかについて、確度の高い数値を導くことは現時点では困難なことである。それを前提として、気候変動、地震などに関する本計画の効果を考えると、地球深部探査船の建造・運用などに投入する費用に比べて十分に大きいものと推定されている。
 また、本計画は、我が国が21世紀における役割を踏まえ、かつてない規模で新しい科学の開拓に主導的に取り組むものであり、若い研究者や次世代の人々が研究や開発に対する夢を育むことのできる新たな活躍の場が作られる効果が大きい。また、我が国の科学技術領域での活動に対する国際的評価が一段と高まるという効果も認められる。

4.1.7 総合評価

 本計画は科学技術上大きな価値を有するものであり、また、その成果は地球環境、災害防止、資源問題などの社会的課題にも貢献するものと判断される。本計画によって我が国が新しい科学領域を開拓し、かつてない規模で国際的な科学計画に主導的に取り組み、総合研究体制をつくることは21世紀の我が国の科学技術の発展に必要なものと認識される。
 本計画の推進には、特に研究体制の整備に最大限の努力を払い、絶えず社会に情報を提供するとともに、本計画の進行に伴う開発及び運用の主な区切りにおいて計画の実施状況及び将来計画に対する評価を行い、本計画を次の段階に進めるべきか検討すべきである。

4.2 航空・電子等技術審議会評価についての確認

 事前評価の結果として、本計画は科学的、技術的及び社会的意義が大きいものであることから、我が国が地球深部探査船「ちきゅう」を建造し、IODPを推進することとなった。前回中間評価に引き続き今回の中間評価においても、この結論について、現在も妥当であることを確認した。

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