評価の概要

1.評価の対象

 深海地球ドリリング計画について、平成10年12月の航空・電子等技術審議会による事前評価及び平成18年2月の科学技術・学術審議会海洋開発分科会による中間評価を踏まえ、それ以降の本計画関係者の取組を中心に中間的な評価を行った。

2.評価の実施体制と方針

 科学技術・学術審議会海洋開発分科会深海掘削委員会が評価を行い、報告書を取り纏めた。評価にあたっては、平成21年2月に文部科学大臣により決定された「文部科学省における研究及び開発に関する評価指針」(以下「評価指針」という)に基づき取り組んだ。

3.深海掘削の経緯

 科学的な深海掘削計画は、1959年に提唱されたマントルへの到達を目標とする「モホール計画」を起源とし、1975年からは米国主導の国際プロジェクトとなり、我が国も参加してきた。2003年10月からは統合国際深海掘削計画(IODP:Integrated Ocean Drilling Program、以下「IODP」という)が我が国と米国の主導によって開始され、2013年10月からは新たなIODP(International Ocean Discovery Program、以下「次期IODP」という)に引き継がれる。これまで、海溝型巨大地震発生メカニズムの基本となるプレートテクトニクスを証明するなど、地球科学の発展に重要な役割を果たしてきている。

4.航空・電子等技術審議会による事前評価結果

 平成10年12月に行われた航空・電子等技術審議会による事前評価において、本計画は、科学技術上大きな価値を有するものであり、またその成果は地球環境、災害防止、資源問題などの社会的課題にも貢献するものと判断されたことから、我が国が地球深部探査船「ちきゅう」を建造し、IODPを推進することとなった。

5.科学技術・学術審議会海洋開発分科会による前回中間評価結果

 平成18年2月に行われた科学技術・学術審議会海洋開発分科会による中間評価結果として、事前評価から平成18年2月までの実績について内容の精査を行い、依然として科学的及び社会的に意義が高いものであり、関係各機関により適切に進められていると認められ、我が国が本計画を推進することは極めて有意義であると評価された。また、その成果が最大限に得られ、社会に大きく貢献していくために、関係者が更に協力して計画推進により一層取り組むべきであるとされた。

6.前回中間評価後の深海地球ドリリング計画に対する評価

6.1 深海地球ドリリング計画に対する評価

6.1.1 IODPの構造と我が国の取組について

(1)IODPの意義
 IODP科学目標は国際的な合議によって定められ、海洋掘削によって期待される地球科学の分野で最も先鋭的な課題をテーマとしており、我が国が主導して海洋掘削科学を進めて行く意義は大きいと認められる。また、次期IODPの目標も、人類が直面している自然環境や生物多様性などの問題解決の糸口となる優れた課題がテーマとなっており、引き続き我が国がこの分野を主導する意義は大きい。
 これまで、我が国が保有する地球深部探査船「ちきゅう」のIODP研究航海によって海洋プレート沈み込み帯を対象とした多くの研究成果が上げられている。特に、2011年3月に発生した東日本大震災に関して、速やかな研究航海の実施により、震源域近傍の海溝軸周辺の断層滑りのメカニズム解明に資する研究成果を得たことは特筆に値する。南海トラフでは、巨大分岐断層による地震発生メカニズムの解明に貢献したほか、掘削孔内に設置した地震計や歪み計などの長期孔内計測装置を海底ネットワークにつなげ、リアルタイムでのモニタリングを実現するなど、地震防災対策の向上に必要な科学的知見の集積に大きく貢献している。また、海底下生命圏の限界を探る研究航海としては、下北八戸沖においてライザー掘削による科学掘削の世界最高到達深度(2,111m)を更新(2,466m)するとともに、掘削で得られた海底下の微生物細胞並びに微生物活動の解析がなされた。更に、沖縄トラフでは熱水環境における生命圏の限界域を探るとともに、熱水帯の態様解明に資するデータが得られた。これらのように、「ちきゅう」の研究航海の成果として多くの新しい科学的知見が明らかにされ、成果を取り纏めた研究論文の多くが表彰を受けるなど、学術的な評価は高く、我が国の科学の進歩に貢献した。次期IODPにおいても、伊豆・小笠原・マリアナ島弧やコスタリカ沖など世界の海を対象とした科学掘削が計画されており、引き続き人類が直面する課題を解明する取組が行われる予定である。
 「ちきゅう」とともに運用されている、米国のJOIDES Resolution号(ジョイデス・レゾリューション号、以下「JR号」という)や欧州の特定任務掘削船(Mission Specific Platform、以下「MSP」という)の研究航海には多くの日本人研究者が参加し、これらにより得られた成果は、日本の周辺海域のみならず世界的な広がりを持ち、かつ地球科学の様々な分野を網羅しており、非常に多彩な科学的成果を得ている。
 これら科学的成果を社会的に波及させるための活動は着実に行われており、防災分野などの重要な科学的知見の集積に貢献している。一方、技術開発成果の波及としては、我が国唯一のライザー掘削船として数多くの波及効果が発現されつつあり、「ちきゅう」のポテンシャルが高く評価される中で、今後、資源探査や防災対策のための利用と基礎科学推進のための利用とのバランスをどのようにとるか、一層の議論が必要となっている。

(2)IODP主導国としての我が国の取組
 我が国は、IODPの枠組みの中で「ちきゅう」という主力掘削船を提供し、その研究計画に責任を持つ国として、国際枠組みにおける運用や、研究計画管理を主導する取組を行ってきている。また、世界3大コア保管庫の一画をなす高知コアセンターは、コア提供及び研究施設として機能するのみならず、膨大な数の試料情報がウェブサイトから見られるようにするなど、ソフト面でも参加各国をリードした活動を行っており、高く評価できる。また、アジアを中心とした諸外国のIODPへの参加促進や連携構築についても様々な取組が行われ、徐々に効果を発揮しつつある。
 これまで、IODPでは米国と同等程度の日本人枠を設けて取り組んだことにより、多くの国内研究者が各委員会や乗船研究に参画している。更に乗船研究や会議参加者に向けた様々な支援がなされ、国際的な場で活躍する日本人研究者が育ちつつあることは高く評価できる。今後とも国際会議などで主導権を握ることができるような人材育成に向けて継続した取組が求められる。
 また、貢献に見合うだけの科学的、技術的成果が我が国に十分に還元されるよう、引き続き戦略的に取り組むことが求められ、研究者・技術者の高いポテンシャルとともに、交渉担当者の強い交渉力、優れた国際共通言語能力が必要不可欠である。

(3)国内におけるIODP関連研究の推進体制
 日本地球掘削科学コンソーシアム(Japan Drilling Earth Science Consortium、以下「J-DESC」という)を通じた研究者支援によって国内の掘削科学が活性化され、IODPを支える研究者コミュニティとして確固たる体制が築かれた。これまで研究者による研究提案は活発に行われており、国内におけるIODP推進体制は十分に機能していると評価できる。今後、研究活動を活性化させるためには、「ちきゅう」における大規模プロジェクトの提案を絞り込んで人的資源を集中させる必要のある中で、若手研究者の挑戦的研究提案も受入れながら研究者の裾野を広げるという、相反する課題に取り組んでいかなければならない。また、地震学や地球環境史学など、関連する科学分野の他のコミュニティとの連携強化にも積極的に取り組む必要がある。

6.1.2 地球深部探査船「ちきゅう」に関する取組について

(1)「ちきゅう」の性能と研究者・運航者などの技術提案の反映状況
 「ちきゅう」を運用する研究者・技術者の努力と様々な技術改良の積み重ねによって、これまでは不可能であった日本近海の強い海流、厳しい海象気象条件下でも掘削可能とし、メタンハイドレートや微生物を海底下の状態のまま回収することに成功している。また、「ちきゅう」船内は「海の上の研究所」とも表現されるように、多くの最先端の分析機材を備えており、ライザーシステムによって海底から採取された試料を即座に分析する態勢が整備されている。これにより、これまで知られていなかった海底下微生物の状況を明らかにするなど多くの成果を上げている。
 将来に向けては、上部マントルまでの掘削を目指して、目標とする大水深(4,000m級)ライザーシステムや高温に耐える測定機器、長寿命ドリルビットの開発などに引き続き取り組む必要がある。

(2)「ちきゅう」及び関連施設の運用環境
 「ちきゅう」の運用体制整備において効率化を図りながらも、ライザー掘削船を運用する日本人船員・掘削要員及び日本企業の育成に成功しており、その両立を成し遂げている。また運用に伴う定期検査を確実に行い、機器の保守・整備・更新を計画的に順次行い、老朽化に備えている。厳しい海象気象条件下での運用が続く中で、更に津波といった天災にも見舞われながらも、大きな人的災害を起こしていないことは高く評価される。また、ヘリコプター発着設備、実験器具などの放射性物質管理、化学薬品の廃液処理といった「ちきゅう」ならではの特殊な安全・環境保全対策にもしっかりと対処されている。
 「ちきゅう」における研究施設は極めて先進的なシステムを備えており、国際的にも最先端の水準にある。また、人的な研究支援体制も充実しており、外部事業者に委託されている維持管理体制並びに技術者の質も高い。また、科学目的達成のために必要な機器開発、搭載の迅速化も行われており評価に値する。一方、技術の進歩は早く、先端的研究施設の中には瞬く間に旧弊化するものもある。今後とも「ちきゅう」の能力に見合った研究成果を達成するために、機器の老朽化・陳腐化に備え、継続した研究機器更新が求められる。また、「ちきゅう」はその特殊さゆえに運用スケジュール管理に様々な困難を伴うため、スケジュール変更時における研究活動との調整をマニュアル化するなどの工夫が求められる。
 高知コアセンターは、陸上における保管施設として、またコア試料の処理や解析を行う施設として機能している。保管施設の拡張や膨大な数の試料情報がウェブサイト検索できる機能強化など、設備の充実に向けた取組も行われており、3大コアセンターの一つとして世界に誇る設備である。貴重な資試料を保管するだけに、今後も津波対策などに万全を期すことが求められる。

6.1.3 人材の育成について

(1)研究者の育成
 J-DESCでは、「コアスクール」や各種のワークショップなどの学生や若手研究者のための研修や研究支援プログラムを充実させてきている。「ちきゅう」及びIODPによって飛躍的に高度化しつつある地球掘削科学関係各分野の研究開発能力を下支えする研究者の人材育成が行われてきており評価できる。

(2)技術者の育成
 現在、「ちきゅう」の掘削・操船作業は、専門に設立された法人が行っており、それらの法人では日本人技術者が育成されつつある。ここから輩出される人材はすでに国際的に活躍しており、将来、日本が海洋資源掘削に取り組む際にも役立つことが期待される。

(3)計画推進実務者の育成
 これまで、IODPを通じて常に米国と同等程度の議決権、参加者枠を求めることに加えて、計画推進主体であるIODP国際計画管理法人(Integrated Ocean Drilling Program Management International, Inc. 、以下「IODP-MI」という)に日本人を登用する働きかけも行われ、数多くの日本人スタッフが経験を積んでいる。今後は、文部科学省所管の独立行政法人海洋研究開発機構(以下「海洋研究開発機構」という)が計画推進を担うこととなるため、これまで育成された人材の活用とともに、自らの人材育成が不可欠である。研究者をマネジメントに登用するキャリアパスを用意するなど、人事体制の工夫が求められる。

6.1.4 国民への情報発信及び交流について
 海洋研究開発機構による国民への情報発信は非常に活発で、特に小中高生を対象にした教育プログラムは充実している。また、これまでの様々な広報活動の努力により「ちきゅう」の国民的な知名度は非常に高まり、その研究活動にも関心が集まっている。その科学的な好奇心に対して、更なる詳細な情報提供が積極的に行われる、といった好循環も見られる。
 一方、他の科学コミュニティとの横断的な繋がりについては、J-DESCや公益社団法人日本地球惑星科学連合(Japan Geoscience Union; JpGU)などを通じた学術界での情報発信が積極的に行われているものの、他の関連学会との連携など更なる取組が求められる。

6.2 総合評価

 事前評価及び前回中間評価の際に大きな価値を有すると評価された深海地球ドリリング計画は、今回の中間評価においても我が国にとって科学的、海洋技術的、社会的に意義が高いものであることを確認した。また、世界最高の科学掘削船である地球深部探査船「ちきゅう」の建造及び高知コアセンターなどの関連施設の運用環境の整備、国際的なIODP推進体制の構築を中心とした我が国の主導国としての取組、人材の育成並びに国民への情報発信及び交流といった我が国の取組は、科学的、社会的ニーズなどを踏まえ、関係各機関により適切に行われてきていると認められる。
 次期IODPにおいても「ちきゅう」は主要プラットフォームであり、すでに米国、欧州と乗船交換枠が交渉・合意されるなど、国際的な枠組みの中で引き続き重要な役割を担うことが期待されている。
 これらより、引き続き我が国が深海地球ドリリング計画を世界の海で推進することは極めて有意義であると評価できる。今後は、その成果が最大限に得られ、社会に大きく貢献していくために、関係者が更に協力し、計画の充実・強化と一層の推進に取り組むべきである。
 ただし、深海地球ドリリング計画の推進に際しては、本評価において指摘された留意点に対処することが必要である。特に、前回中間評価でも指摘された研究体制の整備及び人材育成については引き続き積極的な取組が必要である。これまで、必要な研究推進組織は構築されたと評価できるものの、IODPの根幹となる掘削計画の提案など関連研究活動については引き続き改善に向けて努力する必要がある。

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研究開発局海洋地球課