次期海洋基本計画策定に向けた検討(中間まとめ) 海洋の持続的利用に向けた海洋フロンティア開拓戦略

1.はじめに

 地球表面の約7割を占める海は、生命や地球環境に大きな影響を持つものである。我々人類とも多様な関わりがあり、水産・エネルギー・鉱物資源などの恵みをもたらす一方、津波・高潮などの脅威を与えてきた。

 海に囲まれた我が国においては、海洋の果たす役割は極めて重要であり、平成19年4月、「海洋の平和的かつ積極的な開発及び利用と海洋環境の保全との調和を図る新たな海洋立国を実現することが重要であることにかんがみ」、海洋基本法が制定され、平成20年3月、同法に基づく海洋基本計画が閣議決定された。特に、海洋基本法第22条には「海洋調査の推進」について、同第23条には「海洋科学技術に関する研究開発の推進」について、国として必要な措置を講ずべき事が規定されており、科学技術・学術審議会海洋開発分科会においても必要な検討を重ねてきた。

 このような中、平成23年に発生した東日本大震災は、我々と海との関係を改めて考えさせられる、非常に大きな出来事であった。これまでの科学的知見からの想定を超えたプレートの動きとそれにより引き起こされた巨大津波、津波により引き起こされた東京電力福島第一原子力発電所の事故、豊かな水産資源をもたらしていた沿岸生態系の壊滅的撹乱など、我々の生命や生活に直結する様々なことが起こり、その影響は今も続いている。我々は、この現状を直視することが必要であり、海洋基本計画においても、東日本大震災を踏まえた対応が求められると考える。

 折しも、海洋基本計画は策定から4年超が経過し、平成24年度中の見直しが予定されている。このこともあり、当分科会においては、次期海洋基本計画策定に向け、科学技術が貢献すべき課題とそれに関する施策について検討を行った。検討においては、これまでの科学技術分野の取組や第4期科学技術基本計画(平成23年8月閣議決定)を踏まえつつ、社会的なニーズや東日本大震災後の我が国の状況を勘案した。そして、取り組むべき事項については、出来るだけ具体的なものになるように努めた。本報告書は、この検討の中間報告としてとりまとめたものであり、科学技術が貢献すべき課題を掲げるとともに、課題ごとに重点的に取り組むべき事項を明記した。

 また、この検討を通じて、各課題への取組を支え、発展させる共通重要事項として、基盤的技術の開発、長期的な観測の実施、プラットフォームの整備、及び研究開発成果の産業化、並びに人材育成と理解増進に関して、特に取組の必要性と重要性が認識された。このため、これらについても項目を設けて意見をとりまとめた。

2.次期海洋基本計画において科学技術が貢献すべき課題

 現行海洋基本計画においては、目標1「海洋における全人類的課題への先導的挑戦」、目標2「豊かな海洋資源や海洋空間の持続可能な利用に向けた礎づくり」、目標3「安全・安心な国民生活の実現に向けた海洋分野での貢献」の3つの政策目標の下、各種施策を進めてきた。

 目標1においては、地球温暖化や異常気象の発生等への対処、深海や深海底等の人類にとってのフロンティア開拓のために必要な海洋調査、得られた情報の共有が重要とされている。これらは引き続き重要であり、科学技術面からの貢献が求められるが、特に、東京電力福島第一原子力発電所の事故を踏まえたエネルギー政策の見直しが議論されている今、地球温暖化に関する科学的理解を深めることがますます重要となっている。政府のエネルギー・環境会議は、平成24年夏に「革新的エネルギー・環境戦略」を決定することとしているが、その前提となる中央環境審議会の議論においては、地球温暖化問題について更に科学的知見の集積を図っていくことが必要とされている。

 目標2においては、広大な我が国の領海及び排他的経済水域並びに200海里を超えて延長される大陸棚における、多様で豊富な生物資源やエネルギー・鉱物資源の持続的な利用のために必要な取組が重要とされている。これらは、世界的な水産資源の逼迫や資源ナショナリズムの高まりもあり、引き続き重点的な取組が求められる。一方、東日本大震災以降、特に海洋再生可能エネルギーの開発が大きな課題としてクローズアップされており、政府全体での取組が求められている。

 目標3においては、安定的な海上輸送体制の確保や海上航行の自由と安全を確保するための体制整備、海洋由来の自然の脅威に対する防災対策等が重要とされている。これらのうち、自然の脅威への対応については、東日本大震災でますますその必要性が認識されるとともに、科学技術面からの貢献が強く期待されるところである。

 以上のような状況を踏まえ、海洋開発分科会としては、(1)地球温暖化と気候変動予測・適応、(2)海洋エネルギー・鉱物資源の開発、(3)海洋生態系の保全・生物資源の持続的利用、(4)海洋再生可能エネルギーの開発、(5)自然災害対応の5つを科学技術が貢献していくべき優先的な課題とし、以下、課題ごとに重点的に取り組むべき事項を記載した。また、特に次期海洋基本計画期間の5年間で達成すべき事項について、「重点課題」として列記した。

(1)地球温暖化と気候変動予測・適応

 海洋は、地球表面の約7割を占め、大気の約1000倍の熱容量を保持、約60倍の二酸化炭素を貯蔵している。海洋と大気は密接な相互作用を行っており、地球の気候システムに加えられた熱の約80%、人為起源の二酸化炭素の20~30%を海洋が吸収しているなど、海洋の循環やそれに伴う熱輸送は気候変動や地球温暖化に大きな影響を与えている。同時に、海洋が吸収する二酸化炭素の増加による海洋の酸性化は海洋生態系に大きな影響を及ぼすことが懸念され、また、海水温上昇や大陸氷床融解などによる海面水位の上昇は人口の密集する海岸や低地への脅威となっている。

 地球温暖化について、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書は、「20世紀半ば以降に観測された世界平均気温の上昇のほとんどは、人為起源の温室効果ガス濃度の観測された増加によってもたらされた可能性が非常に高い」ことを示したが、具体的な気温上昇については、排出シナリオ毎に幅をもった予測値を示している。

 数多くの要素が気候予測モデルに組み込まれるとともに、雲のでき方などの気象現象の解明も進んでいるものの、現時点での温暖化とそれに伴う気候変化の将来推定にはかなりの不確実性があり、気候変動のメカニズムの理解をさらに進めることや個々の要素の不確実性の低減・評価と同時に、確率的情報の付加(不確実性の定量化)が重要となっている。

 不確実性を削減しその幅を定量化するための最初の出発点となるデータである、全海洋による二酸化炭素吸収量の現時点における推定値は、これまでの技術の進歩によりある程度満足な精度で求められるようになっているが、将来の温暖化や気候変動に伴う二酸化炭素吸収量の変動予測については未だ大きな不確実性が残されている。このため、これまでデータの乏しかった季節海氷域を含む北極海、南大洋や沿岸域も含めた観測データの充実と生物化学的、物理的な二酸化炭素吸収メカニズムの解明が重要である。

 温暖化がさらに進むと、我が国では夏が長く暑くなることに加え、豪雨が増え、台風の強度が増すなど極端現象が進行することが予測されている。このような気候変動の予測を実施するため、観測データに基づき大気や海洋の変動を再現・予測するための数値モデルの研究が進められており、数か月から数年、さらに長期間の予測が可能な各種モデルが開発されている。

 例えば、世界各地に異常気象をもたらすエルニーニョ現象では、太平洋熱帯域における海水温分布が変わることにより大気循環の特徴が変わり、それに伴い、降水量が増加する地域や逆に減少傾向となる地域も変化する。エルニーニョ現象の発生を、モデルを用いて数か月~数年前に予測できれば、あらかじめ対策をとり、被害を軽減することができると考えられる。

 今後、我が国における気候変動に大きく影響を及ぼすと見られる海域、例えば黒潮流域などを主な対象域とし、既存の船舶、検潮所やフロート等による観測に加えて、総合的にデータを常時取得できる観測ステーションを設置して定点観測を行い、海洋観測データを充実させる一方、海洋観測データと衛星観測データを、データ同化手法を用いて1つのモデルに取り込むといった、海洋・宇宙連携を進めることが重要である。これにより、これまで得ることができなかった精度の高い海洋の物理・化学・生物データを、広域で時系列的に得ることが可能となり、気候変動予測精度を向上させることが期待される。この結果、例えば短期的な気候変動予測についても、天気予報のように確率を示せるようになることが期待される。

 また、中・長期的な気候変動予測に基づき、影響や被害の軽減といった適応策を講じることが急務であるが、そのためには、まず、各地域における温暖化による影響評価が欠かせない。影響評価を適切に行うためには、地域単位で有用な気候変動の情報を提供することが重要であり、そのためにも、各地域のニーズを踏まえつつモデルを改良していくとともに、沿岸域の水温、塩分、流向流速、海面水位や風向風速などの基本項目に加え、各地域のニーズに対応した観測や調査研究を充実させることが重要となる。こうした観測や調査研究は、温暖化予測の検証に資する、という観点からも重要と言える。

 温暖化による影響の一つとして、海面水位の上昇が示唆されているが、これは海水温の上昇による熱膨張のほか、グリーンランドや南極大陸などの氷床・棚氷の融解等によりもたらされると考えられている。氷床・棚氷が融解するメカニズムの理解や温暖化の影響予測は、今後の重要な課題であるが、一方、海面水位の上昇については、地域によって上昇率が異なると考えられている。適応策を検討していくためには、どこでどれぐらいの上昇が起こるかを明らかにしていくことが求められる。

 また、近年の研究によると、北極域は温暖化による平均気温の上昇が最も大きいとされており、北極域における気候変化が、大気・海洋循環の変化や海氷分布など雪氷圏の変化を通して、全球的な気候システムにも大きな影響をもたらす可能性が指摘されている。なお、近年北極海の海氷面積の減少が顕著であり、晩夏を中心とした一定期間においては船舶が北極海を航行できる状況が出てきたことから、北極海航路に対する関心も世界的に高まってきている。これらのことから、北極域における観測及び調査研究を今後推進していくことが重要である。

 さらに、海洋の酸性化が影響を受けやすい北極海や南大洋を中心に全球的に進行していると見られ、海洋生態系、特に石灰化生物への影響が懸念されている。海洋生物に関する基礎的知見の集積を進め、海水温上昇の影響とあわせて海洋酸性化の影響評価を実施していくことも必要である。

重点課題:

  • 温暖化と長期的な気候変化の推定について、海洋の二酸化炭素の吸収メカニズムの解明を進め、不確実性の定量化を行う。
  • 海洋・宇宙連携を進め、気候変動予測精度を向上させる。
  • 温暖化予測を適応策に反映させるため、温暖化の各地域における影響評価を可能にするとともに、予測検証のための観測・調査研究を充実させる。
  • 北極域や黒潮流域等、我が国の気候変動への影響が大きいと考えられる地域における、観測及び調査研究を強化する。

(2)海洋エネルギー・鉱物資源の開発

 古くから開発が進んできた陸上資源に加えて、近年では、海底下に存在するエネルギー・鉱物資源の開発が注目されている。我が国の領海・排他的経済水域においても、メタンハイドレートや海底熱水鉱床などの新たな資源の存在が確認されている。平成21年3月には、「海洋エネルギー・鉱物資源開発計画」が総合海洋政策本部で了承され、これに基づき、商業化の実現に向けて、必要な技術の整備、経済性、周辺環境への配慮等の総合的な検証・評価を、平成30年度を目処として行うべく、メタンハイドレートの海洋産出試験、海底熱水鉱床の詳細資源量の把握などが進められており、今後も引き続き、本計画を着実に推進していくことが重要である。また、最近注目されているレアアースを含む海底堆積物についても、開発の可能性も含め、基礎的な調査研究を進めていくことが必要である。

 民間企業が海洋エネルギー・鉱物資源の開発に投資するためには、十分な規模の資源が存在することや経済性を含めた生産技術の可能性を示すことが必要である。このため、関係府省が連携して、我が国の排他的経済水域や延長される大陸棚を対象に広域で地質学、地球物理学的な調査研究を実施し、その成因や生成条件、各種含有元素の起源などの解明を通じて、資源のポテンシャルを明らかにすることが重要である。

 また、以上の調査研究を実施するためには、新たな探査技術や探査手法が必要である。例えば海底熱水鉱床については、活動を停止したものや埋没しているものの探査を可能とするセンサーなど、より高度なセンサーや試料の分析技術の開発、効果的・効率的な調査のための船舶、無人探査機等の開発などが求められる。

 最近では、このような新たな技術開発も着実に進められているところであるが、海域における技術実証を進め、その後、探査技術として実用化し、実調査で活用していくことが必要である。これらの取組を通じ探査技術者や民間企業等への技術移転を行うとともに、探査システムとして確立していくことが重要である。

 これらの取組においては、我が国独自でかつ世界で通用する技術開発を行うことに留意すべきである。このため、地球深部探査船「ちきゅう」、有人潜水艇「しんかい6500」、無人探査機などの最先端の科学技術基盤を上述の調査研究を進めるために活用するとともに、海洋資源調査を広域に実施し、新たな有望海域を特定するための船舶の建造等、プラットフォーム整備を強化し、着実に進めていくことも重要である。

 一方、漁業や観光と共存する環境調和型の海洋エネルギー・鉱物資源開発を行うことが必要であるほか、海域によっては特異な化学合成系生態系などの特有の環境が存在することから、こうした環境の保全についても考え方を整理しておくことが求められる。

重点課題:

  • 海洋エネルギー・鉱物資源開発計画を着実に進める。
  • 関係府省連携による広域調査により、我が国の排他的経済水域及び延長される大陸棚における資源のポテンシャルを明らかにする。
  • 探査技術を開発・実用化・実活用し、効果的・効率的に探査を行いうるシステムを確立する。また、確立した技術やシステムの民間企業等への移転を促進する。
  • 海洋資源調査を広域に実施するため、船舶の建造等、プラットフォーム整備を強化する。

(3)海洋生態系の保全・生物資源の持続的利用

 海洋生物群集は、食料や機能性物質等の資源として利活用されていることに加え、海洋の物質循環や環境調整にも大きな役割を果たしている。

 陸域に比較すると遅れているものの、海洋においても、生物の多様性、分布、個体数の調査が進められてきている。しかし、生態系の構造や機能の理解は未だ不十分であり、海洋物理学、海洋化学などとの融合や生命科学などとの連携による総合的な観測技術の開発により科学的知見を充実させることが必要である。

 また、喫緊の課題として、東日本大震災で打撃を受けた東北太平洋沖沿岸域及び沖合域の調査を行うことが求められている。大きな打撃を受けた東北の海洋生態系の再生は、おそらく10~20年をかけて進行していくものと考えられ、研究を長期的に実施し、海洋生態系の構造と機能の変化の実態とそのメカニズムを理解することが重要である。

 以上のような生態系の理解のためには、栄養塩、溶存酸素や炭素関連パラメータなどの化学系データ、クロロフィルやプランクトンから高次捕食者までの生物系データを充実させることが必要である。このため、効率的なデータ取得のための化学、生物センサーの開発が求められる。一方、これらのデータを充実させるだけでなく、データから適切に必要な情報を得るための解析手法の充実や高度化も必要である。さらには、予測に資する、炭素・窒素の循環モデルや生態系モデルの高度化を図ることにより、海洋における生態系、物質循環が明らかになることが期待される。これらの取組を通じ、海洋生態系の構造と機能、及びその変動の様子を総合的に理解し、変動の予測を行うことは非常に重要である。

 このような取組により得られた海洋生態系の変動に関する科学的知見を踏まえ、海洋生物資源の評価や資源管理技術の開発につなげることにより、環境の保全に配慮しながら海洋生物資源の持続的な利用を図っていくことが可能になる。また、海洋生物の生物学的特性や多様性に関する科学的知見を、環境影響評価や海洋保護区などの生態系の保全施策に反映させることも重要である。

 マグロやウナギなどの水産資源については、生態系の知見に基づく持続的利用方策の検討とともに、増養殖技術の開発も必要である。この際、海洋生物の生理機能に関する研究分野と生命工学分野等を融合し、革新的な生産技術の開発を目指すことが求められる。そして、増養殖環境の保全の技術を進展させ、持続的な増養殖の体制を構築すべきである。

 加えて、次世代のバイオ燃料や医薬品など、海洋生物を新たな有用資源として活用することへの期待が高まっている。産学連携を強化して、研究開発を推進し、新たな産業を創成することが重要である。また、環境微生物と魚介類の相互作用も次第に明らかになっており、漁場環境の変化を環境微生物から評価・推測する技術も今後期待される。

 さらに、東京電力福島第一原子力発電所の事故により流出・拡散した放射性物質や、津波により海域に流出した重金属などの汚染物質の影響は、我が国のみならず世界の人々の重大な関心事項である。放射性物質のモニタリングや拡散予測を長期継続し、適切に公表することによりこれらの物質の動態の周知を図るとともに風評被害を防ぎ、国際社会からの信頼を確保していくことが重要である。海洋生物に放射性物質や汚染物質が取り込まれていることも明らかになってきており、このメカニズムを明らかにすることや環境修復技術の開発も大きな課題である。

重点課題:

  • 海洋生態系の構造と機能及びその変動の様子を総合的に理解するため、化学・生物系のデータやその解析手法を充実させ、さらにモデルを構築して変動予測を行う。
  • 海洋生態系の変動に関する情報を、海洋生物資源評価及び資源管理技術の開発につなげ、海洋資源の持続的な利用を図る。
  • 海洋生物の生物学的特性や多様性に関する情報を、環境影響評価や海洋保護区などの生態系の保全や持続的利用の施策に反映させる。
  • 増養殖に関する新たな生産技術や海洋生物のバイオ燃料化などの研究開発を推進し、新規産業につなげる。
  • 放射性物質のモニタリングや海洋生物への取り込みなど、放射性物質の海中への拡散に関する調査を長期的・持続的に行う。

(4)海洋再生可能エネルギーの開発

 地球温暖化とエネルギーセキュリティへの対応のためには、我が国のエネルギー資源の多様化と低炭素化を進めることが必要不可欠である。東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故は、この必要性を再認識させるものであり、一層の取組が求められている。

 このため、再生可能エネルギーの供給拡大の必要性は高まっており、特に海洋に囲まれた我が国においては、洋上風力発電をはじめ、波力発電、潮流発電、海洋温度差発電等の海洋再生可能エネルギーについて、その早期の本格的な実用化が期待されている。

 海洋再生可能エネルギーの発電量は、この10年で約10倍となるなど、世界的に技術開発が進んでいる。我が国においても、福島県や長崎県五島列島の沖合における洋上風力の実証事業をはじめ、産学官が連携した実用化に向けた取組が実施されている。また、平成24年5月には、総合海洋政策本部において「海洋再生可能エネルギー利用促進に関する今後の取組方針」が決定され、実証フィールドの整備などの実用化のための技術開発や海域利用に係る関係者との調整など、実用化・事業化のための取組について、関係者が連携・協力しつつ進めていく方針が示された。

 海洋再生可能エネルギーの技術開発や実用化に当たっては、沿岸管理や漁業活動に影響が生じる可能性もあるため、実用化のための仕組み作りが必要である。実用化に当たっては、海域利用における関係者との調整や海域利用に係る法制度整備、海洋構造物や発電機器の安全性確保、適切な環境影響評価及び普及・コスト低減への取組等を進めていく必要があるが、これらについては、国がリードすることも大切である。

 技術の実証が進められる一方で、再生可能エネルギーについては、石油や石炭などの従来のエネルギーと比較すると、効率性や安定性において未だ大きく劣っているという課題がある。これに加え、特に海洋再生可能エネルギーについては、海上でエネルギー変換を行うことやエネルギーを陸上まで運ぶ必要があること、さらに設備の設置作業や維持管理を海上で行う必要があることなどから、経済性の観点をはじめ、陸上とは異なる課題が存在する。これらの課題を乗り越えていくためにも、産学連携や異分野との融合により、海洋再生可能エネルギーの経済性を飛躍的に高めるための要素技術の開発を一層積極的に進め、確立することが重要である。

 実用化に当たっては、実海域におけるシステムの稼働による試験が不可避である。この際、実用化を想定して大規模なシステムで試験を行うことが重要であり、こうした大規模システムによる試験を踏まえ、技術課題を適切に抽出し、経済性、環境影響及び技術基準を検討することが実用化に際しては重要である。このような取組を経て、最終的に高効率で信頼性の高い海洋再生可能エネルギー技術を確立するべきである。

 今後、エネルギー変換装置、浮体係留システム、エネルギー貯蔵などの分野において新たな技術が開発される可能性がある。一方、欧米諸国や中国、韓国においても、海洋再生可能エネルギーの技術開発やその利用が活発に進められている。研究開発を進めていくに当たっては、我が国で既に進められている実証試験の結果や国際的な動向を踏まえつつ、可能性がより高い技術を選定したうえで、産学が連携して研究開発を進め、我が国の産業の国際競争力を高めていくことも重要な視点である。また、漁業や環境への配慮も必要であり、例えば海洋生物資源への影響を最小にする、あるいは海洋生物資源を増やしながら効率的に海洋再生可能エネルギーを作り出す、といった技術があわせて確立されることが望まれる。

重点課題:

  • 産学連携、異分野融合の研究開発により、海洋再生可能エネルギーの経済性を飛躍的に高めるための要素技術を確立する。
  • 実海域における大規模システムの稼働を通じ、技術課題の抽出、経済性評価、環境影響評価及び技術基準の検討等を進める。
  • 上記の取組により、高効率で信頼性の高い海洋再生可能エネルギーシステム技術を確立する。

(5)自然災害対応

 我が国の沿岸域は重要な経済活動の場である一方で、津波、高潮等の海洋に由来する自然災害や、これに伴う陸域からの汚染物質による被害を繰り返し受けてきた。特に、東日本大震災は、大きな津波被害や放射性物質等による海域汚染をもたらした。

 沿岸域では、自然・生態の保全、安全・防災の確保、開発・利用の促進を一体的に進める統合沿岸域管理が必要である。こうした沿岸域において、津波、高潮等の海洋に由来する自然災害の被害を軽減するためには、調査研究や技術開発により、気象、海象、生態などの海洋に関する科学的知見の充実を図る必要がある一方、沖合でのリアルタイムモニタリングを含め、観測体制を充実させ、津波・波浪監視システムを高度化させることが重要である。さらに、高潮予測モデルや汚染物質拡散予測モデル等の高度化を推進するとともに、あわせて様々なケースを想定した事前シミュレーションの実施が重要である。また、津波・高潮発生時のリアルタイムシミュレーション技術の開発も必要な取組である。

 海溝型巨大地震の長期評価においては、発生時期、規模、被害などの予測の高精度化を図っていくことが重要である。そのためには、津波や地震により発生する海底での斜面崩壊を原因とする堆積物を広域的に調査するとともに、海底下から地殻深部に至るまでの一連の地殻構造や地球内部の物質循環などに関する調査研究を進め、過去の海溝型地震の規模・発生履歴を解明すること等を通じ、地球内部変動メカニズムを理解することが重要である。また、調査研究を進めるに当たり必要な技術開発に取り組むことも求められる。具体的には、地球深部探査船「ちきゅう」による、東北太平洋沖と東南海の地震発生帯から直接採取した地質試料を分析し、得られた知見をもとにして地震発生予測精度を向上させることが重要である。また、これらの採取地点への観測装置の設置、南海トラフにおける地震・津波観測監視システム(DONET)の構築・運用や東北地方太平洋沖における海底地震津波観測網の整備を引き続き進めることが重要であるとともに、係留ブイや衛星を活用した海底での地殻変動を観測するシステムを構築していくことが必要である。さらに、地震と火山活動の連動や火山活動由来の津波災害も注目されており、海底火山活動の素過程解明とリスク評価も実施すべき課題である。

 加えて、災害の種類を問わず共通する取組として、防災や減災に資する技術開発や、情報伝達や避難行動等の社会科学研究を併せて実施していくことも必要である。

重点課題:

  • 津波・高潮について、沖合でのリアルタイムモニタリングを含め、観測態勢を充実させ、津波・波浪監視システムを高度化させる。
  • 津波や高潮等の予測モデルの高度化を進め、あわせて様々なケースを想定した事前シミュレーションを行い、得られた結果を防災・減災につなげる。
  • 過去の海溝型地震の規模・発生履歴の解明により、海溝型巨大地震対策に貢献する。
  • プレート境界面から地質試料を採取・分析し、得られたデータをもとに地震発生予測精度の向上を図る。

3.基盤的技術の開発、長期的な観測の実施、プラットフォームの整備

 海洋の調査研究、開発において、各種データを取得するための海洋観測網や船舶等プラットフォームは、その活動の基盤としてなくてはならないものである。これまでも、国際的な枠組での連携も行いながら、各研究・調査機関で係留・漂流ブイや衛星などによる海洋観測網の整備や船舶等の整備が行われてきた。

 実際の観測についても、国際的な連携・協力を行いながら、世界的な海洋観測データの取得が進められている。船舶での計測は、海面から海底までの精密なデータが取得できる重要なものであるが、各国で協力して一定の測線に沿って計測を行い、データを共有する取組が実施されている。また衛星では、海面水温の検知や海面高度、植物プランクトン濃度の測定など海表面での広域観測が行われている。

 ブイについても、国際連携により広範囲の連続観測が可能となっている。例えば、2000年に開始され、我が国も大きく貢献しているアルゴ計画では、300km四方に1台程度の割合でアルゴフロートを世界中の海に配置し、水深2000mまでの海水温と塩分濃度を継続的に観測している。また、熱帯ブイ網は、エルニーニョ現象などの気候変動現象の理解と予測や気象予測の精度向上に大きく貢献している。船舶、沿岸観測拠点等のデータやこれらのブイデータに衛星観測データを組み合わせることにより、熱や淡水の輸送や海面上昇の機構解明が可能となった。

 このほか、地震計、水圧計、GPSなどによる地殻変動の観測も継続的に実施されている。また、統合国際深海掘削計画(IODP)においては、世界中の海洋底からコア試料を採取しており、これを各国が分担して保管している。

 一方、これまでに構築した海洋観測網を維持することに加え、観測結果に基づく成果を飛躍的に向上させるため、船舶、衛星、ブイなどの異なる手法で得られたデータの統合を行い、同化を図ることが今後の課題である。このために、水温、海流、波高、海上の風や降水といった基本要素の時系列データをリアルタイムに発信する定点観測点を設置し、この定点観測点や海洋調査船、観測ブイ等による現場観測と人工衛星観測を組み合わせた統合観測システムを開発していくことが必要である。

 また、水温、塩分、流速などの物理系データに加え、栄養塩や炭素関連パラメータなどの化学系データやクロロフィルやプランクトンなどの生物系データを充実させることや、アルゴフロートや水中グライダーに搭載する生物化学センサーを開発することも必要である。

 衛星による観測では、海流をより詳細に把握できる新規海面高度計センサーや表面海水の塩分濃度をより高精度に測定できる衛星搭載センサー等の開発が求められる。近年重要性が増している極域(氷海域)調査のための観測技術の開発も必要である。

 さらに、海底ケーブルを利用した長期観測プラットフォーム技術が確立しつつある。この技術を発展させ、これまで行われてきた短期間で点的な海洋環境観測を長期間広域観測に広げ、ダイナミックな海底活動を行う熱水活動などの理解を深める必要がある。また、新たな試みとして、生物多様性と生態系との関係で重要であるが解析の遅れていた微生物、ピコプランクトン群集の遺伝子情報を解析するための係留観測装置の開発も進められており、低次生産と生物多様性との関係を解析する上での新技術として期待される。加えて、巨大地震発生メカニズムの解明、近年注目されている海底下地下生命圏の探査や機能の解明、将来的なマントル掘削の実施に向け、超深部海底下地層掘削のための基盤技術を着実に開発していくことが必要である。

 以上のような国や研究機関等の取組により、基盤となるデータの充実が図られているが、研究者が自ら海洋現場で調査や研究開発を実施することも引き続き重要であり、この観点からも船舶は必要不可欠な基盤的なプラットフォームである。このため、船舶を計画的に整備するとともに、研究機関間の船舶の共同利用の推進や、小型で安価な無人探査機など調査の効率化を図るための技術開発を進めることも重要である。また、砕氷調査船を保有していない我が国としては、極域の観測を推進するためにも、その保有・整備を検討すべき時に来ている。

 また、各省庁や研究機関においてそれぞれの目的に沿った海洋調査が実施されているが、データの共有を図るための取組を進めることが必要である。

4.研究開発成果の産業化

 技術シーズをもとに新たな産業活動を創出するためには、需要の顕在化と市場形成、人材育成、戦略的なビジネス展開ができる供給事業者の育成などの総合的な取組が必要である。加えて、海における活動は気象や海況の影響を受けやすく、また調査に費用や時間もかかるため、新たに産業を興していくことは、陸上に比べてリスクが大きい。このリスクを下げ、環境の整備を図ることが重要であり、国における取組が求められる。

 そのため、現行の海洋基本計画に引き続き、産学官連携を進めるとともに、関連産業、大学、行政機関等の地域に根ざした集積を形成し、より多くの研究開発成果を産業活動につなげていく必要がある。例えば、未知の部分が多い微生物等の資源としての利用に当たっては、機能解析の段階から産業と研究機関が連携することで、新たなブレークスルーが生まれる可能性がある。東日本大震災からの復興と再生のための産業振興においても、集積の有効活用や海洋資源を活かした地域活性化が重要な視点と考えられる。

 さらに、海洋再生可能エネルギーや海洋エネルギー・鉱物資源の開発など、大きな産業に成長する可能性がある分野については、産業化に向けた目標及びその達成のための工程表を掲示し、実証実験や規制の緩和・強化など産業化のための環境整備と研究開発を、関係各省が連携して一体的に進めることが必要である。また、科学的研究により必要な海洋環境や生物に関する情報を補うことにより、産業化リスクを低減させる取組も重要である。

 また、海洋調査に関し長年の経験と技術を蓄積してきた我が国の優位性を生かし、世界の海を調査・探査することを生かした産業を育成することも重要である。加えて、天然ガス燃料船、革新的省エネ船等の海運からの二酸化炭素排出量削減技術に取り組み、先進海事産業国家としての役割を果たすことも重要である。

 一方、産業化につながる取組に当たっては、海洋生態系や海洋環境保全の視点が軽視されがちである。こうした視点についても、十分に配慮する必要がある。

5.人材育成と理解増進

 四方を海囲まれている我が国において、海洋は、気候や文化の形成、産業の発展に大きく寄与してきており、今後とも、我が国の国民生活や産業の発展にとって重要な場である。その一方で、国民が実際に海に行く機会や海について学ぶ機会は必ずしも多いとは言えず、むしろ減っていると危惧する意見も多い。すなわち、海における複雑な自然現象が人間活動に強い影響を与えている一方で、微妙な平衡状態にある海洋に対する安易な人間活動が取り返しのつかない影響を及ぼす恐れがあるという事実について、国民が体系的な基礎知識を得る機会を持たないという現状があるように思われる。このため、国民一人一人が海洋に関する理解を深めるための取組を、多角的に推進していくことが必要である。

 初等中等教育においては、社会や理科などで海洋に関する教育が充実するよう、教材やモデル事例を活用することや、研究者等による海洋に関する授業の実施、水族館の有効活用などを進めることが重要である。この際、地域に密着し、地域の海の特徴を活かした教育活動ができるようにするという視点も大切である。同時に、海に行き、海を体験させる機会を増加させることも重要であるが、安全確保等のために学校等が躊躇することが無いように、適切な安全管理手法についての事例や外部サポートの事例の提供などを通じて、海の体験教育の実施における障害を取り除くことが重要である。

 高等教育においては、国連海洋法条約を受けた新海洋秩序を理解した上で、海洋産業や研究、政策立案等に貢献にできる人材を育成することが求められる。このためには、幅広い分野を包括する海洋について総合的に理解させることが必要であり、物理系、化学系、生物系等に分かれた伝統的な海洋の教育体系による人材育成に加えて、総合的・学際的な海洋科学に精通した人材を育成するための教育プログラムの充実が求められる。現在、副専攻等を設置し、学際的な教育を提供する取組も行われているが、異なる分野の学生が共同で作業を実施する機会を提供するという視点からも優れた取組であり、継続的に実施していくことが重要である。

 人材育成に関しては、研究プロジェクト等を通じて、異分野の研究者が共同で研究を進める取組を増やしていくことも必要である。これらを通じて、分野横断的、国際的なプロジェクトでリーダーシップを発揮できる優れた研究者を育成していくことが必要である。産業分野では、海洋再生可能エネルギーや海洋エネルギー・鉱物資源開発など、今後発展が期待できる分野を見据え、これを支える若手研究者や技術者を養成することが必要である。この際、海外の海洋開発プロジェクトに日本企業が参画することで、技術やノウハウを蓄積することも重要であり、海洋資源の調査・開発に必要な特殊船の操縦者や、探査や掘削などを行う技術者や専門家の育成において有効である。

 また、科学技術外交の観点、国際的な観測網維持という観点などを踏まえれば、海洋分野でより多くの国際的に活躍出来る人材の育成は急務であり特に、発展途上国を対象とした人材育成の展開が必要である。

 さらに、国際機関への人的貢献も重要である。平成24年7月現在、国際海事機関(IMO)事務局長、国際連合教育科学文化機関(UNESCO)政府間海洋学委員会副議長、国連海洋法条約により設けられた機関である大陸棚限界委員会委員及び国際海洋裁判所長等の要職に我が国から人材を出しているが、国際的にはまだ割合は低く、このような人材を数多く育成することも重要である。

 一般の国民においても、海洋にふれる機会を増加させることが重要であり、引き続き、研究者によるサイエンスカフェなどのアウトリーチ活動、研究施設の公開、ウェブページによる発信の充実を推進することが必要である。

 また、震災により科学技術の限界や不確実性が明らかになったことも踏まえ、地震・津波や放射性物質のリスクに関して、社会にどのように伝えるかを検証することが必要である。あわせて、リスク評価やリスクコミュニケーションの観点を踏まえた教育や理解増進活動も求められる。

6.おわりに

 海洋は、人類共通のフロンティアであり、その理解と持続的な利用と開拓は、我が国の持続的な成長と社会の発展を支え国際競争力の強化に貢献するとともに、国民の安全かつ豊かで質の高い生活を実現し、また地球規模の課題解決に貢献するものである。そのため、国が主導して戦略的に取り組んでいくことが必要であり、具体的な工程や目標を設定し、関係機関が一体的に連携・協力して推進することが重要である。こうしたことから、本中間まとめ第2章の科学技術が貢献すべき課題において提示した「重点課題」については、今後5年間の具体的な工程や目標について検討を進めることが必要である。この検討については、今後、当分科会として可能な限り取り組むこととしている。

 また、本中間まとめは、次期海洋基本計画の策定を念頭に、今後5年程度に取り組むべき課題を中心に検討を行い、中間報告としてとりまとめたものであるが、気候変動や生態系調査のような長期的観測が必要な調査研究や、深海掘削等の人類未到の挑戦といった先端的研究については、引き続き、中・長期的な視点から取り組んでいくことが必要である。このような取組を推進することで、フロンティアである海洋をより深く理解し、また新たな発見を生み出すとともに、環境との調和のとれた持続的な発展に貢献していくことを強く期待する。

 最後に、次期海洋基本計画の策定に際しては、本中間まとめを十分踏まえつつ、検討が進められることを期待する。

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