2.学術情報基盤としての大学図書館等の今後の整備の在り方について

はじめに

検討の経緯

 学術情報基盤(学術研究全般を支えるコンピュータ、ネットワーク、学術図書資料等)は、研究者間における研究資源及び研究成果の共有、研究成果の一般社会への発信、啓発及び次世代への継承、研究活動の効率的な展開等に資するものであり、学術研究全体の進展を支える上で極めて重要な役割を負っている。
 一方、近年、国立大学の法人化による各種のシステム・考え方の変化、大学財政の緊縮化、コンピュータの普及と電子化の進展等による情報基盤の高度化・多様化と研究・教育活動への浸透、学術情報の受・発信の国際的なアンバランスなどの環境の変化が生じている。
 こうした環境変化に適切に対応し、学術情報基盤として学術研究活動を支え続けるための基本的な考え方や国が考慮すべきこと等を検討するため、平成16年11月15日、科学技術・学術審議会学術分科会学術研究推進部会の下に、学術情報基盤作業部会が設置され、平成17年2月14日の研究環境基盤部会の設置に伴い、その下に再編され、審議を行ってきた。
 大学図書館等ワーキンググループは、学術情報基盤作業部会の下、大学図書館等の役割、在り方等について検討を行い、昨年6月に、当面緊急に対応が必要な事項等を中心に中間報告をとりまとめた。その後、本ワーキンググループでは、中間報告における「今後更に検討を進めるべき課題」を中心に検討を行い、「学術情報基盤としての大学図書館等の今後の整備の在り方について」を取りまとめたものである。

基本的考え方

 平成17年3月17日に行った研究環境基盤部会に対する本作業部会の審議状況報告において、下記の4点が今後の審議の方向性として示されたところであり、本ワーキンググループにおいても、これらを基本的な考え方として審議を行った。
1)学術情報基盤は、いまや学術研究活動における国際競争力の死命を制する極めて重要な役割を果たすようになっており、コンピュータやネットワーク等のハードウェアはもとより、これらの有機的連携を強化するグリッド等の基盤的ソフトウェア、それらを包含する制度・人材等を含め、国全体の学術研究のためのインフラ(基盤)として、これらの整備について総合的かつ戦略的に取り組む必要がある。
2)学術情報基盤は、学術研究のインフラ(基盤)であり、その効果が大学の教育研究活動全般に及ぶがゆえに、かえって整備の効果が見えにくく、ともすれば各種施策の中で優先順位が低くなる傾向にある。これらの整備は、単純に競争原理にゆだねるのではなく、学術研究全体の停滞を招くことのないよう、一定の政策的配慮が必要である。
3)大学図書館や情報処理関係施設等、各大学に置かれる学術情報基盤を構成する施設においては、限られた資源をより充実し、最大限の効果を生み出すために、今後、大学の壁を超えた、さらには大学と他機関相互が連携するシステムを構築していくことが必要である。
4)情報基盤センターをはじめとする全国共同利用施設は、これまで国により全国共同利用としての位置付けが明確にされてきたが、国立大学の法人化の中で、全国共同利用としての役割を果たす際に支障が生じかねない状況も懸念される。しかしながら、全国共同利用施設が全国の研究者に良好な研究環境を与える役割はますます大きくなってきており、整備・運営に当たっては、個別大学の都合のみによることなく、国の施策として推進する体制構築が必要である。

1.大学図書館の現状

1.1 大学図書館の基本的な役割

 大学図書館は、大学本来の目的である高等教育と学術研究活動を支える重要な学術情報基盤であり、大学にとっては必要不可欠な機能を持つ大学の中核を成す施設である。そこでは、大学において行われる教育、研究に関わる学術情報の収集、蓄積、組織化が行われ、蓄積された学術情報は、検索可能な形で公開されることにより、社会の共有財産となる。これらの学術情報の活用により、大学は、教育や社会貢献活動を通じて人材養成に貢献するとともに、一層の研究活動を促進する。この知のサイクルにより、学術情報は大学の教育研究活動を一層活性化するという特徴を持つ。
 教育の側面からみると、大学の教育はそもそも教室における講義と、その前後における学生自らの学習をあわせて成り立つものであり、学生が図書資料を活用しながら自ら学習する場として、大学図書館の役割は極めて重要である。これらの教育研究支援が大学図書館の学術情報基盤としての基本的な役割である。
 大学図書館は、今日、電子ジャーナルに代表される電子情報とインターネットの普及により、多様化し増大する各種情報を利用者である学生、教職員に効果的、効率的に提供し、また必要とされる情報関連のサービスを組織として行うことが重要となっており、こうした電子情報と紙媒体を有機的に結びつけた新たな意味での「ハイブリッド・ライブラリー」の実現が、大学図書館に強く求められている。
 学術情報の電子化が進み、情報流通形態が歴史的変革を遂げ、また利用者の情報利用行動が大きく変わりつつある中で、大学図書館の活動には新たな役割が求められており、その成否がまさに各々の大学ひいては我が国全体の教育研究における国際競争力を左右する重要な要素となるのである。

1.2 電子化の急速な進展

(ア)電子ジャーナル、資料の電子化等の状況

 電子ジャーナルの普及、所蔵資料のデジタル化等、学術情報流通における電子化については、この10年程度の間に急速に進展しつつあり、この傾向は今後一層顕著になると思われる。
 例えば、大学図書館におけるホームページの開設・サービスの提供は、国立大学で100パーセント、公私立あわせても9割近くに達しており、電子ジャーナルの総購読タイトル数は、平成15年度においては全大学で延べ85万タイトル、国立大学では1大学当たり約4,900タイトル、最多で14,000タイトルに達している大学もある。このような電子化の進展に大学図書館としても適切に対応していくことが必要である。
 また、所蔵資料のデジタル化についても、貴重資料を中心に、保存と有効活用の観点から、取組みがなされているところである。

(イ)電子化の新たな波

 最近、海外の一部の検索サービス会社が、海外の複数の大学図書館等の蔵書を電子化し、検索エンジンを用いてインターネットから全文検索できるようにしようとするプロジェクトを開始したと報じられている。こうしたプロジェクトにより、学術情報へのアクセスが格段に向上することも予測され、こうした動向について今後十分に注視していくことが必要である。

1.3 増大する大学図書館の負担

(ア)国立大学法人化等による変化

 大学においては、人件費その他の経費の節減が進む傾向にある一方、大学図書館では開館時間の延長、その他さまざまな業務の多様化及び高度化に伴う実質的な業務の増大が続いている。
 特に国立大学においては、平成16年4月の法人化に伴い、それまで国立学校特別会計の中で配分されていた大学図書館関係の経費は運営費交付金の基礎額として配分されているが、全体として毎年1パーセントずつの効率化係数がかかることとなる。

(イ)学術論文誌の価格の上昇

 外国の出版社等が発行する学術雑誌の価格は、1980年代以降、一貫して上昇を続けており、並行して発行される電子ジャーナルの価格についても同じ傾向にある。これにより図書館資料費が圧迫される状況にある。
 自然科学系の分野を中心に急速に普及している電子ジャーナルの価格水準は、紙媒体の雑誌価格をもとに設定されたものが多いが、それぞれの出版社との個別の契約により価格が設定されるため、標準がないに等しい状況となっている。このため、国立大学図書館協会や私立大学図書館コンソーシアムの例にみられるように、大学図書館間でコンソーシアムを形成し、出版社と価格と契約内容等について、より有利な条件を獲得するための交渉を行い、成果を挙げてきている。しかし、このような大学側の努力により価格の上昇はやや落ち着いてきたものの、外国雑誌のカタログ価格はなお毎年10パーセント近くの上昇が継続しており、上記のような大学側の努力にもかかわらず現在のタイトル数の維持が困難になることも予想される。

2.大学図書館を取り巻く課題

2.1 大学図書館の財政基盤が不安定

 現在、国公私立大学図書館の所蔵する図書は2億7千万冊を数えるが、一大学あたりの平均年間購入冊数が年々減少していることを考えると、電子ジャーナルへの対応とあわせて、安定的な学術情報収集への財政投資は喫緊の課題である。
 国立大学では歴史的に、図書館資料費は学部・研究科等の部局からの配分に主として負ってきたという経緯があり、学生用図書経費等、大学全体の共通経費から大学図書館が裁量できる部分はさほど大きくない例が多い。公私立大学も含めて大学予算全体が厳しい状況にある中、大学図書館予算枠の確保が十分でなければ、図書館固有の財政基盤が不安定となり、例えば学生の日常の学習資料として不可欠な学生用図書の購入にも大きな影響がある等、大学の教育活動に支障を生ずる恐れがある。

2.2 電子化への対応の遅れ

 電子図書館の構築については、奈良先端科学技術大学院大学におけるモデル事業を契機として、平成8年の学術審議会「大学図書館における電子図書館的機能の充実・強化について(建議)」以降、15国立大学に電子図書館経費が措置され、また、他の国立大学においても独自に電子図書館化が進められた。
 しかし、電子図書館化を進めた大学図書館の多くは、大学全体の教育研究活動との直接的な連携に欠けたこと、電子化の対象資料が一部に偏ったこと、メタデータの不十分さ、検索機能の弱さなど、インターネット時代の電子情報の長所を活かしきれていないことなどの欠点が見受けられ、これらにより本来持つべき機能が十分備えられているとはいいがたい状況にある。
 また、学内の研究者・教員が生産する研究成果、教育用資料等が最初から電子的形態を持つことが一般化しつつあるにもかかわらず、その組織化・保存・管理・利用に対応する体制・システムの整備がほとんどなされていない。このことにより、大学図書館が果たすべき学術的・社会的責任を十分に果たすことができていない状況にある。

2.3 体系的な資料の収集・保存が困難

(ア)基盤的経費の減少により、体系的な資料の収集・保存が困難

 科学技術基本計画により、政府研究開発投資は増加しつつあるが、主に競争的資金などの直接的な研究開発に振り向けられ、図書資料の整備のような基盤的経費の部分はほとんど増加が見られなかった。
 特に、国立大学においては、1.3に述べたように、国立大学法人運営費交付金の基礎額部分に毎年1パーセントの効率化係数がかけられることとなったため、ここに含まれる大学図書館の運営経費は毎年減少する可能性がある。この場合、資料の体系的な収集・保存が困難となることが考えられる。
 しかし、研究上必要な資料を体系的に収集することは、大学運営上重要なことである。特に、人文・社会科学の分野においては、図書等の文献・資料は、自然科学分野における実験装置と同様の役割をもち、研究上不可欠な基盤であり、その整備を図ることが重要である。

(イ)収蔵スペースの狭隘化

 大学図書館においては、図書資料の保存スペースの狭隘化が深刻な状況にある。これは、新たな書庫等の増築や各種保存設備の導入が予算上の理由から困難なことに加え、情報量の爆発的な増大による出版物の増加、退職した教員の研究室に保管されていた図書資料等が図書館に返却されることなど様々な理由が考えられるが、今後ますます深刻な問題になることは確実な状況にある。
 収蔵スペースの狭隘化については、一般に書架収容率の70パーセントを超えた場合には、新刊書の排架に困難を来たすといわれているが、国公私を通じた大学全体の平均収容率は約90パーセント、特に国立大学においては既に110パーセント近くに達し、中には収容率150パーセントを超える大学などもあり、憂慮すべき事態になっている。
 このような狭隘化により、分類に沿った排架ができなくなり、利用者の資料へのアクセス環境が悪化するのみならず、資料自体の適切な保管もできなくなるなど狭隘化のもたらすデメリットは計り知れないものがある。

(ウ)資料保存のための環境が未整備

 従来の紙媒体の資料の長期的な保存のためには、適正な温度、湿度が保たれる環境管理や、虫害を防止するためのモニタリング等の多様な手段が取られた施設内での保存が必要である。また、酸性紙に起因する資料の劣化には脱酸処理により資料保存をする必要があるが、多くの大学では、通常の書庫内での環境測定や酸性紙対策にも手が回らないのが実情である。

2.4 目録所在情報サービスの問題点

 国立情報学研究所の目録所在情報サービス(NACSIS-CAT/ILL)は、全国規模で大学図書館を結ぶ我が国唯一の書誌ユーティリティである。これは、大学図書館間の連携の基盤となる制度の一つであり、このシステムにより、全国の大学図書館等にどのような学術文献が所蔵されているかが即座にわかり、それをもとに図書館間で図書や雑誌論文を迅速に相互に利用しあうことができ、業務の効率化に果たす役割は大きい。
 現在、NACSIS-CAT/ILLの参加機関数は大学図書館を中心に1,000機関を超え、また、目録データは約750万件が構築されており、大学図書館の業務システムをサポートすると共に我が国の学術情報流通基盤を支えるサービスシステムとして成長した。
 しかし、近年NACSIS-CAT/ILL書誌ユーティリティ全体の中に、データベースの品質を共同維持するという意識の薄れ、担当者の削減とスキルの低下、業務の低コストでの外注化による、重複書誌レコードの頻発に代表される図書目録データの品質低下、雑誌所蔵データ未更新による雑誌目録データの品質低下等の問題が顕在化してきている。

2.5 図書館サービスの問題点

(ア)主題知識、専門知識、国際感覚を持った専任の図書館職員が不十分

 高度の図書館サービスを提供するためには、図書館職員としての専門知識と経験のほか、特定の専門分野についての高度の知識を持つサブジェクトライブラリアンが、レファレンスサービス、情報資源の組織化や選書等において、専門性を発揮する必要がある。また、図書館職員には伝統的な図書館業務に関わる理念と知識、技能に加え、情報通信技術の活用と人的サービスを行うコミュニケーション能力を持った、いわゆるデジタルライブラリアンともいうべき人材も求められるが、現在の大学図書館には、そのような人材は少なく、その有効活用や人材育成への取組みも十分に行われていない状況である。さらに、学術情報流通の国際化、教育研究の国際化に対応できる広い視野を持った人材が求められている。

(イ)情報リテラシー教育の位置付けが不明確

 先にも取り上げた平成8年の学術審議会「大学図書館における電子図書館的機能の充実・強化について(建議)」においては、「電子的情報資料の有効利用を含めた、情報リテラシー(情報利活用能力)教育の重要性も認識されてきて」おり、「大学図書館は、…情報リテラシー教育…において、その一翼を担うことが求められている。」と述べられている。平成15年度からは国立情報学研究所(NII)が「学術情報リテラシー教育担当者研修」を実施し、多くの大学図書館員参加者がある。しかし現時点で、多くの大学で行われている情報リテラシー教育は教養教育及び各専門分野における教育との連携が不十分であり、効果が限定的である。

(ウ)利用者ニーズの把握が不十分

 今日、インターネットや検索エンジンの普及により、多くの電子情報資源がネットワークで提供され、利用者がハイパーリンク機能を通じて直接一次情報を入手できるようになった。なお重要度を失わない伝統的な紙媒体資料と電子情報資源の混在した情報環境において、研究者も学生も情報ニーズと利用行動に変化を来たしている。その一方で、検索スキルや情報源評価能力の格差は広がりつつある。大学図書館は、このような変化に対応できるように、具体的なサービス改善策等を検討する必要があり、そのため利用者調査等により、利用者ニーズの把握に努める必要があるが、この取組みが十分になされている状況とは言いがたい。

3.今後の対応策

 大学図書館については、学術情報基盤の中での役割を再認識し、電子環境下の新しい学術情報流通モデルを理解した上で、各大学の教育研究の特徴にあわせたそれぞれのハイブリッド・ライブラリー像について検討し、電子資料の導入・管理等を含めた戦略的な中・長期運営計画を立案し、実行していく必要がある。このため、大学図書館に研究開発室を設置し検討している大学の例などを参考に、様々な形での検討が進められる必要がある。また、機関リポジトリへの対応や大学図書館のサービス機能の強化なども重要な課題であり、今後求められる対応策は、次のとおりである。

3.1 大学図書館の戦略的な位置付け

(ア)大学図書館の位置付けの明確化

 先に1.1の大学図書館の基本的な役割で示したように、大学図書館については、大学の教育研究活動を支える重要な学術情報基盤であることを学内で明確に位置付け、大学として学術情報基盤に関わる情報戦略を持つことが必要である。その場合、例えば大学図書館が大学の情報戦略についてイニシアティブを発揮することが重要である。

(イ)財政基盤強化の必要性

 大学図書館機能を維持・向上させるためには、全学的な図書館活動が一体的に管理・運営され、必要な図書館予算が確保される安定的な財政基盤の確立が重要である。そのためには、大学図書館活動の総合的管理及び連絡調整に当たる本館(中央館)の機能を一層高めるとともに、図書館活動に対する役員会を始めとする全学的な理解を得ることが重要である。
 このためには、例えば、外国雑誌等を含む蔵書収集方針を経費支弁の方法も含めて提案するといった形で大学図書館がイニシアティブを発揮することや、学内経費に限らず、各種外部資金獲得に向けた積極的な取組みも必要である。

(ウ)共通経費化の推進の必要性

 図書館経費を確保するためには、例えば共通経費として大学予算全体の一定の割合を充当するといったシステムを構築することが一つの有効な手段であり、各大学は共通経費化を推進することが必要である。とりわけ、価格上昇を続ける電子ジャーナルの購入経費を確保するためには、今後の値上りを見越し、予算確保に向けた取組みが必要である。図書資料や電子ジャーナル等は、大学にとっては最も基本的な学術資源であることを理解し、その大学の教育研究の特色に合わせた戦略的で恒常的な予算化を図ることが望ましい。

(エ)役割に応じた組織・運営体制の強化

 今日の大学図書館に課せられている役割の重要性と改革・改善を要する課題の緊急性に鑑みるとき、図書館長の役割は重要である。図書館長がそのリーダーシップを十分発揮できるよう、例えば図書館長の専任制や任期の適切な設定について検討する必要がある。また、副館長制の導入や教員の配置等についても検討する必要がある。
 図書館長を支える専門性を有する事務組織の役割も重要であり、大学はそれを十分認識して、望ましい姿につき検討する必要がある。事務組織について、大学全体の情報戦略を統括する組織との有機的連携や業務のアウトソーシングなどを検討する際にも、大学図書館の機能を損なうことのないよう注意する必要がある。
 さらに、大学図書館の意思決定の仕組みについても、能動的に機能できるよう検討する必要がある。

3.2 電子化への積極的な対応

(ア)電子化の推進と貴重書等資料の電子化支援

 電子資料の選定・収集・契約及び所蔵資料の電子化は、それぞれの大学の特色に応じて推進するためのポリシーを作成することが適当である。
 特に、地域で形成されている歴史文書等を大学図書館で収集・電子化し、保存・公開する等、地域連携、教育研究の高度化のための貴重資料の電子化とメタデータ付与を図ることについては積極的に進める必要がある。また、学術資料として、永続的に保存すべき価値のある紙媒体資料で、汎用性の高いものについて、共同利用が図られるよう電子化する必要がある。
 文部科学省は、教育研究の情報基盤としての充実を図る観点から、これらの中で重要なものについて支援を行うことが求められる。

(イ)電子資料の確実な保存とアクセス環境の確保

 電子情報については、従来からその脆弱性や不安定性、移行(マイグレーション)に伴う経費の確保等の課題が指摘されているところであり、この点については関連する研究・技術開発の動向の把握が必要である。
 また、学術雑誌については、科学研究費補助金研究成果公開促進費(学術誌データベース)、科学技術情報発信・流通総合システム(J-STAGE・電子アーカイブ事業)、NII電子図書館(NII-ELS)などによりアーカイブ化が進められており、これらと国立国会図書館のデジタル・アーカイブ構築事業、電子情報保存のための調査研究との連携が必要である。
 電子資料へのアクセス環境については、利用者のニーズに即する必要があり、各大学においては利用者にとって使い勝手の良いシステムとなるよう検討する必要がある。

(ウ)電子化の新たな波への対応

 海外の情報検索サービス業者等と大学図書館との連携については、十分に注視し、動向にあわせた適切な対応をとる必要がある。
 また、2.2にも述べたように、貴重書の電子化はしたものの、メタデータの不十分さ、検索機能の弱さなど、インターネット時代の電子情報の長所を活かしきれていないなどの欠点があることから、現在、そのデータは散在した状態にあるとの指摘がある。今後、こうしたデータを再整理し、後述する機関リポジトリに吸収・再編することで利用可能な状態にするなど、それらデータへのアクセス体制を確立・整備することが必要である。

(エ)機関リポジトリの推進

 今後、我が国が知的財産立国を目指すためには、知の創造と活用を図ることが重要であり、我が国の研究資源の多くを有する大学にあっては、研究成果等を積極的に発信し、社会に還元することが強く求められている。
 大学は我が国の多くの研究資源を有する機関であり、その研究成果等を積極的に発信することは学内の教育研究活動を活性化させるだけでなく、我が国の学術情報の円滑な流通や社会貢献の観点からも重要である。
 これまでも、大学図書館は学位論文や研究紀要等の学内で生産された学術情報を収集、組織化と提供を行ってきたところであるが、学術情報の収集力の強化はもちろんのこと、学内で生産された学術情報の組織化と発信力をより強化することが必要である。
 特に、現在、大学内の研究者・教員が生産する研究成果、教育用資料等が最初から電子的形態を持つことが一般化しつつある中で、学内で電子的に生産される研究成果、過去の資料を電子化した資料、電子的教材などを、大学図書館等が中心となり蓄積保存し、メタデータを付すことによってインターネットを通じて利用者の便に広く供する「機関リポジトリ」への取組みが、教育研究活動を一層推進し、大学からの情報発信を強化するための方法として、世界的規模で進みつつある。我が国においても、千葉大学、早稲田大学、北海道大学等で構築の試みが開始されており、大学からの情報発信力の強化や、大学の社会に対する説明責任の履行の観点から、またオープンアクセスへの対応という観点からも、有用な手法であると考えられる。
 また、各大学の教育研究活動の活性化に資するため、さらに、我が国の学術情報の流通の促進を図るためにも、各大学は、学協会との連携を図りつつ、機関リポジトリに積極的に取組む必要がある。その場合、大学図書館は機関リポジトリの構築・運用に中心的な役割を果たすことが期待される。
 文部科学省においては、国立情報学研究所が行う機関リポジトリ構築・連携支援事業などを通じて、そのような取組みの支援を行うことが考えられる。
 なお、学術論文等の著作権は、出版者が保持している例が多いが、我が国の学術出版においては、必ずしも権利関係の整理が明確になっていない例も多く、取扱いには十分留意する必要がある。また、研究者自らのアーカイブ作成にはインセンティブが不足しているとの意見もあり、機関リポジトリへの理解の増進と具体的な推進への取組みの工夫が必要である。

3.3 今後の電子化を踏まえた大学図書館の強化すべき機能

(ア)大学の特色等を活かした戦略的な紙媒体資料の収集・保存の必要性

 従来型の紙媒体による資料の収集・保存・提供については、それぞれの大学の教育研究の特徴にあわせて、大学図書館としてその充実に努めることが必要である。大学の共通経費により措置するものについては、対象分野・領域の選択と集中の原則に立った選書システムを構築することが考えられる。特に文科系においては、各分野の文献・資料を体系的・継続的に収集することが研究基盤として不可欠であることから、大学図書館が文科系学部・専攻等と密接な連携をとりつつ、これを推進することが必要である。
 また、学術図書資料の安定的な供給を行うという視点から、例えば、特定の分野ごとに紙媒体資料の収集拠点を戦略的に設定し網羅的に収集することも考えられる。

(イ)さまざまな学術資料の収集・保存体制の確立・強化

 大学図書館の本来の目的である、教育研究上必要な資料・情報を系統的に備えるためには、着実な学術図書資料・情報の選定・収集・契約とともに、各大学の特色を活かした資料の体系的な収集・保存に努めることが重要である。また、従来、大学図書館で主な収集対象としてきた図書、雑誌以外にも、大学内には貴重な歴史資料等が存在しているほか、大学外の貴重な資料を大学で保存する場合もありうる。大学図書館において、こうしたさまざまな学術上かけがえのない資料の受入れ・保存・公開の体制を整備する必要がある。この場合において、大学図書館間或いは地域との連携を図ることも重要である。
 大学図書館活動の総合的管理及び連絡調整に当たる本館(中央館)においては、重複資料の整理を行うことが必要である。また、有効な資料の利用という観点から、特定の大学図書館等が集中的に特定分野の資料を収集・保存し、他の図書館等へ提供することが考えられ、既存の大学図書館等について全国共同利用の拠点としての機能を持たせることも考えられる。

(ウ)電子化を活用した狭隘化等への対策

 自然科学系研究者が学術論文を入手する手段としては、電子ジャーナル等によるものが中心となりつつある。2.3で述べた書庫狭隘化への対応として、自然科学系の学術雑誌の電子ジャーナルアーカイブ導入によって、書庫の大きなスペースを占めるこれらのバックナンバーとの置き換えを行うなど、紙媒体資料と電子媒体資料とを有機的に組み合わせることや、分担収集やNACSIS-CAT/ILLを積極的に遂行することによって、蔵書の増大に対処することなどが考えられる。
 また、資料の保存環境の整備については、酸性紙対策や虫害対策の1つの方法として、電子化を図ることを考慮するなど、各大学の事情に合わせた保存環境整備の方針策定、保存方法に関する関係者の研修事業等を進めていく必要がある。

(エ)大学図書館における基盤設備の整備の必要性

 大学図書館は、学生にとっては学習の場であると共に大学生活の場でもあり、学生に魅力ある場所としての図書館施設・設備の整備が求められる。
 2.3で述べた書庫狭隘化への対応としては、自動書庫及び集密書架などの整備充実を図ることが施設増築経費の節減といった点からも有効である。また、休日開館や24時間開館といった時間外開館の対応などにより、多様な利用者ニーズに応え、教育研究の活性化や地域貢献にも資することとなる自動入退館システム及び自動貸出返却装置の整備や、電子媒体資料を効果的に利用するためのシステム・ネットワーク設備の整備も必要である。
 これらの設備整備に当たっては、大学等において戦略的なビジョンに立った設備マスタープランを策定する必要がある。文部科学省においては、そのような計画を作成し、それに基づく要求を行う国立大学法人等に対して支援を行うことが考えられる。

3.4 全国の大学図書館に対する基盤としての目録所在情報サービスの枠組みの強化

 図書館経費の問題や狭隘化対応を考える場合、今後もNACSIS-CAT/ILLを活用したより一層の図書館間連携が必要である。
 国立情報学研究所が推進する目録所在情報サービスについては、総合目録データベースの維持に関する関心度の低下など、いくつかの問題点も指摘されており、共同分担・相互利用などに関する価値観も変化している。これを踏まえ、書誌ユーティリティの担い手である大学図書館等の参加館が主体となり、NIIと協議しつつ、学術情報流通におけるNACSIS-CAT/ILLの役割を再評価し、新たなビジョン・理念を打ち出す必要がある。

3.5 大学図書館のサービス機能の強化

(ア)高度の専門性・国際性を持った大学図書館職員の確保・育成方策

 大学の教育研究の水準を高めるため、また急激に変化し、多様化していく利用者のニーズに円滑・迅速に対応するため、国際性豊かな高度の専門知識と経験を持つ図書館職員の存在が重要である。最近では、電子資料を高度に組織し提供可能にするための技術やデジタル資料の作成・導入に関わる契約や法律に関する基礎知識を備えた人材の必要性も指摘されている。こうした人材の育成のため、例えば、学内や複数の大学による研修の実施、在職しながらの大学院等での勉学や各種の研修会への参加の奨励、海外研修の実施などが考えられる。また、こうした専門性を持った職員のキャリアパスの創出等についても検討する必要がある。
 また、こうした国際性のある職員の育成・確保の方策としては、当面、米国のライブラリー・スクール等でのマスター取得者などの人材を確保することも考えられる。

(イ)大学図書館による教育支援サービス機能の強化と情報リテラシー教育の推進

 大学図書館の教育支援サービス機能強化に当たっては、急激に変化し、多様化していく利用者のニーズに円滑・迅速に対応するという観点が重要である。これまでも、シラバスの収集、指定図書制度の導入など、個別の授業の要望に応じた取組みがなされてきた。
 しかし最近では、個別の要望に応じるだけでなく、大学図書館側がより積極的に教育支援サービスに取組んでいる例もみられる。例えば名古屋大学は、特定の主題やトピックに関する資料・情報を探す際に、大学図書館が提供できる関連資料をリストとして提供できるパスファインダーの高度化事業に取組み、成果を上げている。こうした取組みのためには、大学全体の協力が不可欠である。
 また、情報リテラシー教育の推進に当たっては、各分野の教員との連携の上に立った取り組みが必要である。具体的な実施に当たっては、大学図書館がその必要性を教員側に指摘するとともに、授業計画等を把握しつつ、積極的にプログラムやモデル作りを提案していくことが重要である。
 特に、平成15年度から適用されている現行の学習指導要領の下で学んだ高校生が平成18年度から入学してくるが、この学習指導要領の特徴の一つは、自ら学び、自ら考える力などの「生きる力」につながる「情報活用能力」の育成をねらいとしていることである。大学においても、これを踏まえた情報リテラシー教育を行う必要があると考えられ、その支援に関して、大学図書館が積極的にその役割を担っていく必要がある。例えば大学図書館が、各分野における教育現場の助手、ティーチングアシスタント等に情報リテラシー教育を行い、それを通じて学生の情報リテラシーを高めていくというような方法も考えられる。

(ウ)利用者ニーズへの対応

 電子化の急速な進展に適切に対応するため、電子資料についての学内の研究者・大学院生等の利用者のニーズを的確に把握し、その効果的・効率的な利用について積極的に対応していく必要がある。
 例えば、ホームページや電子メール等を活用したレファレンスサービスにおいては、利用者が論文書誌データのみならず、テキストそのものまで直ちに入手できるようにするなど、利用者ニーズを踏まえたシステム構築と利用サービスを可能にすることなどの対応が考えられる。

3.6 大学図書館と社会・地域との一層の連携の推進

 大学と地域社会や産業界との連携・交流の強化を図ることは、大学がその知的資源をもとに社会の発展に貢献し、大学の教育研究の活性化にもつながることから、積極的に推進すべきである。このような地域社会との連携・交流については、大学図書館においては、一般市民に対する開放や公共図書館との資料の相互利用といった取組みが進んでいるが、今後は資料の相互利用に留まらない、大学図書館職員が有する専門的知識を有効活用した取組みも必要である。
 こうした公共図書館等との協力関係が発展して、地域協働型の図書館ネットワークを構築することが望ましい。
 さらには、大学の知的活動が組織や国の枠を超えて展開するようになっていることから、大学図書館が相互に協力するのみならず、館種、国境を越えて協力し、情報資源の共有を積極的に展開することも必要となっている。

おわりに

 大学図書館には従来からの役割に加えて、学術情報の円滑な流通や社会貢献に資する機関リポジトリによる大学からの情報発信力の強化、情報リテラシー教育などの教育サービス機能の強化など、新たな役割を推進することが求められている。これを実現させるためにも、運営体制の強化に努め、多様化する利用者のニーズ等に対応していく必要がある。
 大学図書館が上記のような高度化した役割をどの程度果たしたかという観点からの評価も重要であり、そのためには、蔵書数や貸出冊数といった伝統的な評価指標以外に、教育、研究支援のサービスを定性・定量分析するための新たな評価指標の標準化が必要となる。大学図書館評価に活用できる利用者アンケートのモデルの開発や電子資料の利用状況の把握のための評価指標の開発等を通じて、各大学図書館がそれぞれの戦略に沿って常時自己点検できるようになることが期待される。また、大学図書館のこうした役割を担う、高度の専門的能力を備えた図書館職員を養成するための新たな教育システムが開発されることも望まれる。
 本報告における提言を、大学図書館はもちろん、大学及び文部科学省はじめ関係者が真摯に受け止め、主体的にその実現に取り組むことを希望する。