1.学術情報基盤としてのコンピュータ及びネットワークの今後の整備の在り方について

はじめに

検討の経緯

 学術情報基盤(学術研究全般を支えるコンピュータ、ネットワーク、学術図書資料等)は、研究者間における研究資源及び研究成果の共有、研究成果の一般社会への発信、啓発及び次世代への継承、研究活動の効率的な展開等に資するものであり、学術研究全体の進展を支える上で極めて重要な役割を負っている。
 一方、近年、国立大学の法人化による各種のシステム・考え方の変化、大学財政の緊縮化、コンピュータの普及と電子化の進展等による情報基盤の高度化・多様化と研究・教育活動への浸透、学術情報の受・発信の国際的なアンバランスなどの環境の変化が生じている。
 こうした環境変化に適切に対応し、学術情報基盤として学術研究活動を支え続けるための基本的な考え方や国が考慮すべきこと等を検討するため、平成16年11月15日、科学技術・学術審議会学術分科会学術研究推進部会の下に、学術情報基盤作業部会が設置され、平成17年2月14日の研究環境基盤部会の設置に伴い、その下に再編され、審議を行ってきた。
 コンピュータ・ネットワークワーキンググループは、学術情報基盤作業部会の下、国公私立大学及び大学共同利用機関(以下、大学等という。)の情報処理関係施設、学術情報ネットワーク等の役割、在り方等について検討を行い、昨年6月に、当面緊急に対応すべき事項等を中心に中間報告をとりまとめた。その後、本ワーキンググループでは、中間報告における「中長期的な検討が必要な事項」を中心に検討を行い、「学術情報基盤としてのコンピュータ及びネットワークの今後の整備の在り方について」を取りまとめたものである。

基本的考え方

 平成17年3月17日の研究環境基盤部会に対する学術情報基盤作業部会の審議状況報告で示された今後の審議の方向性を踏まえ、本ワーキンググループにおいては、下記の4点を基本的な考え方として審議を行った。
1)学術情報基盤は、いまや学術研究活動における国際競争力の死命を制する極めて重要な役割を果たすようになっており、コンピュータやネットワーク等のハードウェアはもとより、これらの有機的連携を強化するグリッド等の基盤的ソフトウェア、それらを包含する制度・人材等を含め、国全体の学術研究のための基盤(インフラストラクチャ:インフラ)として、これらの整備について総合的かつ戦略的に取り組む必要がある。
2)学術情報基盤は、学術研究の基盤(インフラストラクチャ:インフラ)であり、その効果が大学の教育研究活動全般に及ぶがゆえに、かえって整備の効果が見えにくく、ともすれば各種施策の中で優先順位が低くなる傾向にある。これらの整備は、単純に競争原理にゆだねるのではなく、学術研究全体の停滞を招くことのないよう、一定の政策的配慮が必要である。
3)情報処理関係施設や大学図書館等、各大学等に置かれる学術情報基盤を構成する施設においては、限られた資源をより充実し、最大限の効果を生み出すために、今後、大学等の壁を超えた、さらには大学等と他機関相互が連携するシステムを構築していくことが必要である。
4)特に、情報基盤センターをはじめとする全国共同利用施設は、これまで国により全国共同利用としての位置付けが明確にされてきたが、国立大学の法人化の中で、全国共同利用としての役割を果たす際に支障が生じかねない状況も懸念される。しかしながら、全国共同利用施設が全国の研究者に良好な研究環境を与える役割はますます大きくなってきており、整備・運営に当たっては、個別の大学等の都合のみによることなく、国の施策として推進する体制構築が必要である。

1.学術情報基盤におけるコンピュータ・ネットワークの現状

1.1 これまでの整備状況

(1)コンピュータ関連

(ア)全国共同利用情報基盤センター
(1)大型計算機センターの整備

 全国共同利用情報基盤センター(以下、情報基盤センターという。)の前身である大型計算機センターは、昭和38年の日本学術会議の勧告「学術研究用大型高速計算機の設置と共同利用体制の確立について」に基づき、昭和40年東京大学に設置されたのをはじめ、その後昭和47年までに、東北大学、京都大学、大阪大学、北海道大学、九州大学及び名古屋大学に順次整備された。これらは、全国共同利用施設として、互いに連携協力し、全国の大学等に対する大型計算機資源の提供という機能を果たしてきた。

(2)スーパーコンピュータの整備・運用

 大型計算機センターの設立当初に設置された大型計算機は、機能はかなり限定的なものであったが、我が国でも数少ない高性能計算機であり、学術研究用として提供される計算機としては唯一のものであった。これは1980年代のプログラミングにより広範な機能に対応できる汎用大型システム(メインフレーム)を経て、1990年代の大幅な処理能力向上を達成したスーパーコンピュータの導入や2000年代の分散環境による超大規模計算システムの導入等、常に最先端科学の推進を支援する基盤としての役割を果たしてきている。
 大型計算機センター(現情報基盤センター)は、全国を七つの地域に分け、各地区の大学等及び研究機関からの汎用大型システムおよびスーパーコンピュータ等の利用に関してさまざま便宜を図ってきている。特に利用目的を限定せず、一定額の利用負担金を支払う条件のもとで多くの研究者に門戸を広げており、萌芽的な研究、2年~3年程度の中・短期の研究プロジェクトなど、特定分野目的のスーパーコンピュータを利用できない非常に多くの研究者の要望に応えるとともに、単なるスーパーコンピュータの運用にとどまらない利用者支援を行ってきている。例えば、東北大学においては、専門的知識を有する技術職員や教員が利用者のプログラムを改良することによって、より短時間で計算結果を得られるようにする「高速化推進研究活動」を行っている。

(3)情報基盤センターの整備

 学術審議会答申「科学技術創造立国を目指す我が国の学術研究の総合的推進について-「知的存在感のある国」を目指して-」(平成11年6月29日)において、「図書館、大型計算機センター、総合情報処理センター等は、それぞれの目的に応じて設置されたものであるが、学内において教育研究を支援するための情報関連組織という共通の側面もある。各大学や組織の状況に応じて学内における人材や機器等の有効な活用の観点から、有機的な連携を強化することや、組織を再編成して一体化することなどの工夫を進める必要がある」ことが指摘された。このような理念の下に、平成11年度に東京大学において大型計算機センターと教育用計算機センター及び附属図書館の一部が情報基盤センターに再編・拡充されたのをはじめとして、平成15年度までに上記7大学において情報基盤センターの整備が完了した。
 これによって、各大学における情報化を推進し、学術情報の円滑な発信等を行うための全学的な視野から情報基盤に関する統一的な企画・立案を行い、教育・研究上の多様な情報化のニーズに対応できる組織体制の充実が図られてきている。

(イ)情報処理センター等

 国立大学においては、情報基盤センターが置かれた上記7大学以外の大学においても、情報処理センター等を設置し、各大学の研究者のニーズに基づき、それぞれの規模に応じて、中型や小型の計算機を設置してきた。その後、情報処理教育・実習環境の改善や研究の多様化・情報化といった教育・研究上の要請、地域ネットワークの中枢機関としての役割強化といった地域からの要請等から、昭和51年に東京工業大学において総合情報処理センターが設置されたのをはじめ、総合情報処理センターの整備が順次行われた。
 平成13年度には、千葉大学及び東京工業大学の総合情報処理センターにおいて、急速に進歩する情報技術の多様な研究を継続して行い大学内の教育・研究のニーズに対応するため、研究部門が設置され、総合情報処理センターの拡充・高度化が図られた。その後、総合情報処理センターの高度化が順次進められてきた。
 その結果、平成15年度には、総合情報処理センターが高度化された大学は12、総合情報処理センターが設置された大学は31、情報処理センターが設置された大学は28となった。
 また、公私立大学においても、各大学の規模に応じて、情報処理センター等が設置されており、研究者や学生等のニーズに基づきコンピュータの整備が図られている。
 なお、こうした情報処理センター等に置かれる研究用コンピュータは、研究の基盤であるだけでなく、研究を通じて学生の教育も行っているという側面もあり、教育用コンピュータとともに教育・人材養成の観点からも重要な基盤となっている。例えば、東京工業大学においては、スーパーコンピュータ等を利用して、高校生を対象にしたプログラミングコンテストを行うなど、学内にとどまらない教育への活用を行い、次世代の情報分野の人材を育成する等の取組みを行っており、こうした取組みは、当該分野を強力に推進するにあたって大いに歓迎すべきことである。

(2)ネットワーク関連

(ア)キャンパス情報ネットワーク(学内LAN)

 国立大学及び大学共同利用機関(以下、国立大学等という。)のキャンパス情報ネットワーク、いわゆる学内LANについては、まず、昭和62年度から国立学校特別会計予算によって数大学において学内LANをパイロット的に運用し、その知見をもとに平成5年度の補正予算において約180億円(103機関)が投入され、その他の国立大学等の学内LANが整備された。その後、平成7、8及び10年度には、合計で約285億円(79機関)の補正予算による整備、平成12及び13年度には、合計で約275億円(108機関)の補正予算で高度化が図られ、現在は、ギガビットイーサネットによる学内LANが整備されている。
 また、私立大学に対しては、私立大学・大学院等教育研究装置施設整備費補助金などにおいて、学内LAN及び情報処理関係機器等の整備等に対して補助を行っているほか、平成14年度からは、サイバーキャンパス整備事業として、インターネットをはじめとした情報通信ネットワークを活用した優れた教育研究を展開する上で、必要となる情報通信機器の整備に対して補助を行っている。
 公立大学に対しては、公立大学等設備整備費等補助金(教育設備)により、情報処理関係機器等の整備の補助が行われていたが、地方分権の推進の一環として、国と地方の役割分担、費用分担の在り方等が検討され、地方向け国庫補助金等の削減が求められた結果、本補助金は平成15年度をもって廃止されている。

(イ)学術情報ネットワーク

 国立情報学研究所は、学術審議会の建議「情報学研究の推進方策について」(平成10年1月)に基づき、情報学に関する総合研究に加え、学術情報の流通のための先端的な基盤の開発と整備を行う大学共同利用機関として、平成12年4月に設置された。国立情報学研究所では、長期的な展望の下に、ネットワーク、ソフトウェア、マルチメディアなどの情報関連分野の基礎から応用までの研究開発を幅広くカバーするとともに、全国の大学等や研究機関等との連携・協力を重視し、情報学研究を総合的に進めることを目指している。
 国立情報学研究所は、日本全国の大学等や研究機関等の学術情報基盤であるSINET(通信速度100Mbps(メガビットパーセカンド)~1Gbps(ギガビットパーセカンド))の構築・運用を行っている(bpsはbits per secondの略で、通信回線のデータ転送速度を表す)。SINETには、平成18年1月末現在で、44の拠点機関を含め710の大学等や研究機関等が接続している。平成14年1月には、従来のネットワーク環境では不可能な膨大な量のデータを共有し、処理することが求められる先端的研究プロジェクトを支援するためにスーパーSINET(最高通信速度10Gbps(ギガビットパーセカンド))を構築・運用している。スーパーSINETには、平成18年1月末現在で、高エネルギー・核融合科学、宇宙科学・天文学等における先端的研究を行っている31の大学等や研究機関が接続している。また、国際的な先端研究プロジェクトで必要とされる国際間の研究情報流通を円滑に進められるように、米国(西海岸に2.4Gbps(ギガビットパーセカンド)、東海岸に10Gbps(ギガビットパーセカンド))、シンガポール(622Mbps(メガビットパーセカンド))及び香港(622Mbps(メガビットパーセカンド))と国際回線を接続している。それによって世界の研究ネットワークに相互接続し、かつアジア地域との連携を図っている。

1.2 コンピュータやネットワークを取り巻く環境の変化及び課題

(1)国立大学等の法人化

 平成16年4月の国立大学法人化後、それまでの国立学校特別会計の附属施設経費等によって配分されていたコンピュータやネットワークの維持・運営にかかる経費は運営費交付金の基礎額として配分されている。そのため、国立大学法人及び大学共同利用機関法人(以下、国立大学法人等という。)においては、各法人の裁量によって、コンピュータやネットワークにかかる維持・運営からシステムの更新までを考えなくてはならないものの、多くの国立大学法人等においてこれらを含めた情報戦略が未整備であることが指摘されている。それに加え、情報化を推進する人材の不足や、情報関係の経費を執行する段階で部局ごとに情報関係設備を整備することによる重複投資、全学としての情報セキュリティ確保の困難さ等の課題があり、全学の情報システムの一元化・集中化、業務改善・業務高度化の推進、人材確保・専門家養成、全学的な情報セキュリティの確保等、学内の情報基盤整備に関わる戦略強化が求められている。
 そのような戦略を総合的に企画立案する組織を既に設置したり、設置を計画している国立大学法人等も出てきており、今後、その設置が重要な課題となろう。
 このことは、公私立大学においても、検討に値する重要な課題と考えられる。

(2)コンピュータ関連

(ア)PC(パーソナルコンピュータ)やワークステーション等の性能向上、低価格化

 1990年代後半頃から、PCやワークステーションといった小型計算機の計算性能が向上し、また記憶容量も増加して、複雑なプログラムも実行できるようになった。その結果、それまで情報基盤センターや情報処理センター等に設置されていた大型・中型のコンピュータでしか動作しなかった科学技術計算用のアプリケーションが、PCやワークステーション上で動作するようになった。同時に、PCやワークステーションの価格も下がりつづけており、情報処理センター等においては、教育用システムを中心に、以前の汎用大型計算機を中心としたシステム構成から、高機能化し、さらにユーザーインタフェースにも優れたPCやワークステーションを中心とした分散型のシステムへの移行が進んでいる。

(イ)コンピュータの大規模化・高速化への期待

 一方で、数値流体力学分野や天体物理学分野などスーパーコンピュータによるシミュレーションを主な研究手法としている分野の研究者にとって、スーパーコンピュータの大規模化・高速化は、研究成果の高精度化や研究結果を得るまでの時間短縮、これらに伴う研究の新展開につながるため、その期待はますます大きくなっている。また、ライフサイエンス分野やナノサイエンス分野への利用が急速に行われているなど、今までスーパーコンピュータを利用することが主な研究手法ではなかった研究分野での応用も始まっている。その結果、計算科学という学問領域が飛躍的に発展しており、科学の進展を支えるスーパーコンピュータの役割がますます大きくなっている。

(ウ)グリッド・コンピューティングの可能性

 1990年代のインターネットの普及により、ネットワークに接続するコンピュータの台数及びネットワークの速度が爆発的に増大し、現在、技術的には、インターネットに接続された端末からなら場所に関係なくコンピュータを遠隔で操作することが可能となっている。そこで、ネットワークを介して複数のコンピュータを結ぶことで仮想的に高性能コンピュータをつくり、利用者はそこから必要なだけ処理能力や記憶容量を取り出して使うシステムであるグリッド・コンピューティングが新たな潮流となっている。
 グリッド・コンピューティングでは、複数のコンピュータに並列処理を行わせることで、一台一台が協調的に機能して高速に大量の処理を実行できるようになる。学術研究やビジネス利用など、多くの可能性が模索され、実現に向けてさまざまな試みが行なわれている。国内においても、全国に分散している大型のコンピュータを共有・連携して超大規模計算機として活用するグリッド・コンピューティングの実現に向けて、文部科学省をはじめとして、いくつかのプロジェクトが推進されている。

(3)ネットワーク関連

(ア)経年による学内LANの更新時期の到来

 前述のように、国立大学等の学内LANの整備及び高度化は主に補正予算によって行われてきた。例えば、平成12~13年度におけるギガビットイーサネットの導入による学内LANの高度化のために、平均して1機関あたり2億円以上を要している。しかしながら、現在の国立大学法人等の運営費交付金の中にはその更新のための経費が組み込まれていないという問題がある。また、特に小規模な国立大学においてネットワークの整備等に要する経費が大学の運営費を圧迫しているという問題がある。さらに、運営費交付金の増額のしくみである特別教育研究経費については、これまで、各国立大学法人等の中期目標・中期計画に沿った大学教育の改革や学術研究のプロジェクト中心の経費であり、学術情報基盤としてのコンピュータやネットワークの恒常的な整備を実現するための予算的枠組みとは言い難いとの批判もある。
 国立大学等の学内LANは、平成13年度から数えても既に5年が経とうとしており、中には平成7年度に整備したネットワーク機器を現在でも使用しているところもある。情報関係の機器設備は、導入後5年程度で故障率が急速に高まり、10年程度で各計算機メーカーにおいて保守用部品の在庫がなくなることを踏まえると、今後、多くの国立大学等でほぼ同時期に学内LANの不具合が頻発する恐れがあるということである。国立大学等の学内LANは、老朽化し教育研究の支障となる危機にさらされており、その更新が緊急の課題となっている。仮に5年間で国立大学等の学内LANの更新を行うとすると、国立大学等全体で年額50億円以上の経費が継続的に必要との計算となる。学内LANの更新への対応は、公私立大学においても同様に重要な課題である。

(イ)ネットワークの生活基盤としての浸透

 大学等におけるネットワークは、教育・研究のためのみならず、大学等の多岐にわたる運営・管理そのものにおいても、電子メールやWWW(World Wide Web)、さらにWWW上の各種検索エンジンの利用といったことが当たり前となってきており、もはや教職員や学生が大学等で生活する上で欠かせない生活基盤として浸透してきている。また、会計システムや教務システム等から得られる情報は、大学等の経営自体の基盤ともなっている。
 社会においてもネットワークの利用者は増加しており、平成16年通信利用動向調査報告書世帯編(平成17年3月総務省情報通信政策局)によると、インターネット利用者数は、前年から218万人増加して7,948万人(人口普及率62.3パーセント)となっている。
 近年のインターネットにおけるブロードバンドの進展に伴い、インターネットを活用したIP電話が普及してきており、様々な通信サービスがネットワーク技術を用いて提供されつつある。また、デジタル放送とインターネットの融合及びユビキタスネットワーク技術による新しいサービスの可能性が増してきている。さらに、固定電話、携帯電話、インターネット、放送を含めた統合的なサービスも検討されている。
 このように、ネットワークは生活基盤の一つとして浸透してきており、その重要性がさらに高まってきている。

(ウ)情報処理関係施設における業務の比重の変遷

 情報基盤センターや情報処理センター等の情報処理関係施設は、従来、主に計算機資源を学内に提供する役割を担ってきたが、ネットワークが大学等における教育・研究活動及び生活になくてはならない基盤となり、教職員や学生等がコンピュータ端末を通じてネットワークを利用するようになっている。その結果、個々のコンピュータ端末を含めたネットワークの管理・運営業務やヘルプデスク業務の比重が相対的に高まってきている。しかし、学内LANについては、年間を通じて毎日24時間、何の故障もなく正常に動作して当たり前という意識があり、肥大化しているネットワークをこのような状態で運用するための管理者の重責と重労働に対する学内での共通理解が得られていない傾向がある。また、技術職員の適切な配置も行われていないという深刻な問題がある。さらに、ネットワークの運用は、学生をはじめとするボランティア的な活動に多分に依存している状況もある。このような状態が続くようであるならば、組織を支える基幹システムの持続的な管理・運用に破綻をきたすことは必至である。

(エ)ネットワークをベースにした先端研究の急速な展開

 スーパーSINETを利用することによって、先端的な研究が急速な展開を見せている。例えば、高エネルギー物理学分野においては、高エネルギー加速器研究機構で行われている、B中間子の崩壊過程を検出するBelle実験の大規模データを複数大学で解析し、「CP保存則の破れ」を検証するといった成果が現れている。また、天文学分野においては、世界の天体望遠鏡をスーパーSINETや国際ネットワークでつなぎ、日本にいながら南半球の空をリアルタイムに観察するという新しい研究スタイルが生まれつつある。

(オ)ウイルス等の蔓延による情報セキュリティへの脅威

 ネットワークが急速に浸透し利便性が高まったと同時に、情報セキュリティへの脅威が高まってきており、対応が大きな課題となっている。平成17年に独立行政法人情報処理推進機構に届出のあったコンピュータウイルスは約5万4千件と前年を超えて史上最多に、不正アクセスは約5百件と前年に比べて約13パーセントの減少となっているものの、そのうち被害にあった届出件数は前年に比べ約2.4倍となっており、コンピュータウイルス等の蔓延が深刻化している。一方、平成16年5月1日現在の大学等における情報セキュリティポリシーの整備状況は約36パーセントとなっており、早急に情報セキュリティポリシーを確立することが求められる。また、各大学等における情報セキュリティ関連装置の整備やコンピュータウイルスに関する情報提供、ネットワーク関連機器のコンピュータウイルス対策等情報セキュリティに係る業務は、学内LANの管理・運営を担っている情報処理関係施設が主に行っており、業務量の増加に見合う人員の適切な配置が課題としてあげられる。

1.3 学術情報基盤におけるコンピュータ・ネットワークを取り巻く海外の動向

(1)米国における動向

 米国では、米国科学財団(NSF)が、2001年から、4つのスーパーコンピューティングセンターを通信速度40Gbps(ギガビットパーセカンド)の光ネットワークで接続する「TeraGrid」と呼ばれる基盤を構築しており、現在は9つの研究機関が接続されている。また、全米の208大学が加盟するInternet2は、通信速度10Gbps(ギガビットパーセカンド)の米国内の基幹ネットワークであるAbileneを活用して、その上でアプリケーションやデータベース等の共有や連携を可能とするミドルウェアの開発プロジェクトを進めている。
 また、NSFは、2003年には、コンピューティング、情報通信技術を統合し、次世代の情報基盤となるサイバー・インフラストラクチャー構想の提言を行っている。
 なお、米国の研究中心の大学においては、情報担当理事の下に数百~千人規模で構成される、我が国の大学と比べるとはるかに巨大な情報センターを設置し、学術情報基盤を充実させることによって、大学のステータスを上げることを戦略としているところもある。

(2)欧州における動向

 欧州では、第6次フレームワークプログラム(FP6)のもとで、分散する研究情報資源(大規模計算、高速ネットワーク、ストレージ等)を、グリッド技術を用いて連携利用可能とし、eサイエンスの発展を図るための「EU e-Infrastructure Initiative」の構築が進められている。具体的には、欧州研究用ネットワークGEANTにより欧州各国にある研究機関を10Gbps(ギガビットパーセカンド)のネットワークでつなぎ、多様なアプリケーションを共有する研究グリッド基盤整備運用プロジェクト「EGEE(Enabling Grids for E-science in Europe)」等により、欧州全体の研究情報基盤の構築を目指すものである。さらに、40Gbps(ギガビットパーセカンド)の通信回線速度を達成する新たな研究用ネットワークGEANT2の運用が2005年6月から開始されている。このようなネットワーク環境がこれからの研究開発の死命を制すると認識され、投入経費の多くを特にネットワーク環境の運営のための人材の確保にあてるなど、体制整備やシステム利用の普及を図っている。
 また、欧州-アジア間での教育研究用ネットワークの接続性を高めることにより、アジア地域内のネットワーク接続性を改善し、ひいては世界の教育研究用ネットワークの接続性向上に資するTEIN2という取り組みが2004年から推進されている。類似の取り組みとしては、南米地域を対象としたALICEや地中海沿岸地域を対象としたEUMEDCONNECTがある。

(3)アジア・太平洋地域における動向

 アジア・太平洋地域では、1997年に、アジア太平洋諸国間のネットワークを相互に接続し、有効に活用することにより域内の研究情報流通を促進するため、アジア太平洋高度研究情報ネットワーク(APAN)という組織が発足し、現在15の国または地域がメンバーとして参画している。また、アジア各国でも、中国(第10次5カ年計画)、韓国(第三次情報化促進基本計画)、シンガポール(コネクテッド・シンガポール)等において、情報技術の開発を含む国家的情報化プロジェクトが推進されている。

2.今後の方向性

2.1 学術情報基盤の在り方

(1)最先端学術情報基盤の必要性

 最先端の学術情報基盤が、今後の科学技術・学術分野や産業分野での国際協調・競争の死命を制するという認識から、これから世界に伍す研究を支えるものとして、我が国の大学等や研究機関が有しているコンピュータ等の設備、基盤的ソフトウェア、コンテンツ及びデータベース、人材、研究グループそのものを超高速ネットワークの上で共有する「最先端学術情報基盤」が不可欠という認識が重要である(サイバー・サイエンス・インフラストラクチャ構想)。その上で、単体のスーパーコンピュータや分散型システム、それらを動かすソフトウェア等を含めた、高度の大規模計算環境を指す幅広い概念であるハイ・パフォーマンス・コンピューティング(High Performance Computing:HPC)が形成される必要がある。その際、利用者のニーズを的確に把握することによって、スタッフと利用者が連携して「最先端学術情報基盤」を推進・維持していく姿が望まれる。このためには、学術情報基盤におけるコンピュータ・ネットワークを取り巻く海外の動向、高エネルギー物理学や天文学等における先進的研究の戦略的な取り組みなども参考にしながら、「最先端学術情報基盤」の実現を目指すことが肝要である。
 このような「最先端学術情報基盤」は、スタッフ等の不断の努力によって維持・発展される中で長期的に効果が得られるものであるため、その意義については長期的な視点から評価されなければならない。
 また、コンピュータやネットワークがもはや様々な分野の研究環境における基盤の一部となっていることを踏まえると、人文・社会科学の研究者等にも利用しやすいものになるように考慮されるべきである。

(2)大学等における学術情報基盤としてのコンピュータ・ネットワーク整備の在り方

 大学等における教育・研究活動や生活にとって、コンピュータ及びネットワークがもはや電気やガスといったライフラインのように不可欠のものとなっている。コンピュータに関しては、1.2(2)で述べたように、PCやワークステーション等の性能向上・低価格化によるシステム構成の変化が見られる一方、情報基盤センター等においては、スーパーコンピュータの大規模化・高速化への期待、グリッド・コンピューティングの可能性など取り巻く環境が変わりつつある。また、1.2(3)に述べたように、学内LANについては生活基盤として浸透する一方、更新時期の到来や業務の負荷等の問題が起きつつある。
 大学等においては、そのような変化を踏まえつつ、各大学等の特色や学内のニーズに即して、全学の情報システムの一元化・集中化、業務改善・業務高度化の推進、人材確保・専門家養成、全学的な情報セキュリティの確保等、学内の情報基盤整備に関わる情報戦略を持って学術情報基盤としてのコンピュータ・ネットワークの整備を行っていくことが必要である。その際、コンピュータに関しては、少人数の利用者だけが利用するものにならないようにすること、孤立したものにならないようネットワークで接続されていること、人材育成にも貢献するものであること、などの観点を念頭に置くことが望ましい。また、ネットワークに関しては、前述のIP電話の普及などのように、これまで学内の複数部署で業務が行われていたものが融合されつつあり、その重要性が今後さらに高まってくることを念頭に置く必要がある。

(3)情報基盤センターに求められる役割

 情報基盤センターは、設置されている大学の学術情報基盤の中核であるとともに、全国共同利用施設としての役割を引き続き果たすことが求められる。特に、情報基盤センターが提供している大規模な計算機資源は、21世紀において我が国が科学技術創造立国としてますます発展していくための重要な生命線であると言っても過言でない。情報基盤センターは支援・基盤組織であるのみならず、情報技術に関する最先端の研究開発機関としても大きな役割を果たしており、今後の国内の情報基盤整備の方向付けを与えるものとして重要である。さらに、全国共同利用施設として、スーパーコンピュータを利用する研究者に対して、より短時間で高精度な計算結果が得られるようにするための高度なプログラミング指導などといった支援を積極的に行うことが必要である。このように、全国共同利用施設として培ってきた経験をもとに、情報分野における高度な研究・支援や当該分野を支える優秀な人材の育成などを強力に推進していくことが求められる。
 情報基盤センターを設置している大学においては、その全国共同利用という役割・使命を十分認識し、大学の中期計画の中で、名称やその機能について明確に位置付けることが望まれる。

(4)学術情報ネットワークの整備の在り方

 学術情報基盤を支える超高速ネットワークは、世界の動向を凌駕するような通信速度の達成を図ることはもとより、単なる物理的なネットワーク回線の整備だけでなく、全国で共通するサービスも提供していく必要がある。
 また、ネットワークを利用したさまざまな分野における先端的な研究活動の国際的なレベルを維持し、さらに高めていくため、世界に伍す学術情報基盤としてのネットワークの整備が重要である。さらに、これらの研究活動は日本国内にとどまらず、海外とも緊密な連携のもとで行われているため、ネットワーク回線の通信速度が遅いが故の研究データの送受信等に支障があってはならず、国際間の共同研究を円滑に推進するための基盤としても重要である。国立情報学研究所は、大学共同利用機関として、学術情報ネットワークを中心として学術情報基盤をレベルアップする推進原動力としての役割を果たしていく必要がある。

(5)社会との連携、社会への還元

 学術情報基盤を活用して得られた成果は、大学等だけにとどまらず、地方自治体や産業界などへ広く還元される必要がある。特に、産業界においては、国際競争力を維持・向上させるためには、抜本的にサイエンスに立ち戻る必要があるとの認識のもと、大学等における成果や資源の利用を求める声が高まってきている。そのため、これからの学術情報基盤は、スーパーコンピュータ等の計算機資源のほか、ライブラリ化されたソフトウェアや日々改良されていくソフトウェアといった生きた研究成果を公共財として広く利用を促進していく必要がある。このように、社会に対する利用を促進することにより、学内外にわたって学術情報基盤の重要性の認識が一層深まるものと期待される。

2.2 情報セキュリティの確保の重要性

(1)大学等に求められる情報セキュリティの確保

 情報システムが社会の必要不可欠な基盤となり、教育・研究、行政、および各種のビジネスが情報システムに依存するにつれて、情報資産および情報システムを各種の脅威からどのように守るのかが重要になる。特に、情報システムのオープン化につれて情報システムがインターネットとの接続性を高めつつあるなかで、インターネット経由のさまざまな攻撃に対して、確実に情報資産および情報システムを守らなければならない。また、平成17年4月の個人情報保護法の施行をはじめとして、情報セキュリティに対する社会の関心および期待も急速に高まっている。
 特に、昨今では、自分が意識しないうちに、不正アクセスやDoS(Denial of Service)攻撃(ネットワークを利用して標的の機器をサービス不能な状態とする攻撃)の踏み台にされるといった被害者にも加害者にもなり得る状況であるとともに、各大学等において無線LANの整備が徐々にはじめられている中で、学内で接続される個人所有のコンピュータに対するセキュリティ対策は以前にも増して重要になっている。
 このような状況のなかで、情報セキュリティの確保に万全な体制を整備しないままでいると、我が国の教育研究機関、行政および民間の情報システムにおいて重大なセキュリティ事故が発生し、個人情報や企業秘密・行政情報が漏洩することでプライバシーの保護や民間企業の存続性が危うくなるばかりではなく、我が国の対外的信用に対しても多大な悪影響を及ぼす可能性が高い。
 また、大学等と民間企業との共同研究といった連携が今後ますます増えてくる中、大学等においては情報セキュリティポリシーの確立をはじめ、組織として情報セキュリティに対する体制をきちんと整備し運用を行わないと、緊密な共同研究が困難になると考えられる。
 そこで、大学等においては、管理すべき情報と管理レベル及び管理体制に関して情報セキュリティポリシーを検討、作成する組織を早急に立ち上げ、全学的な情報セキュリティの組織的管理・運営体制を整備することが必要である。

(2)最先端学術情報基盤としての情報セキュリティの確保

 大学等における取り組みばかりでなく、我が国の大学等や研究機関、産業界などがオープンに活用できる「最先端学術情報基盤」を構築する上で、これを安心・安全に利用できる環境の構築を早急に進める必要がある。
 「最先端学術情報基盤」の実現を目指すに当たり、各大学等が有する教育・研究用計算機、e-Learning教材等の電子コンテンツ、ネットワークを学内で共有し、有効利用するのみならず、大学等の枠を超えて有効活用を図ることがますます重要になってくる。特に、これからの「最先端学術情報基盤」は、安心・安全に利用されることが求められるため、認証基盤の構築への取り組みが必要である。現在、各大学等において、稼動しているさまざまなシステムの統一的な認証を行うという動きが出てきているが、IDとパスワードによる管理に基づくものが多いため、より安心・安全な利用環境を構築するためには、電子認証に基づいた環境構築が求められる。さらに、大学等や研究機関間でもそれぞれが保有するコンピュータやコンテンツを簡便にかつ安心・安全に利用し合える環境を整備することによって、我が国全体の科学技術・学術の一層の推進を図ることができる。

(3)情報セキュリティ人材の育成

 情報セキュリティについて十分な知識・経験を有する人材は、我が国には非常に少ない。そこで、我が国における情報システムを円滑に維持・管理運営していくためには、大学における情報系の学部、研究科において情報セキュリティについて十分な知識・経験を持つ人材をできる限り早期に育成し、社会で活躍させることが必要不可欠である。

3.最先端学術情報基盤の実現に向けて

 以下では、「最先端学術情報基盤」の実現に向けて、コンピュータ及びネットワークの整備等に求められる事項について記述する。

3.1 大学等における学術情報基盤の整備計画の必要性

(1)コンピュータ及びネットワークの持続可能な整備・運用計画の作成

 大学等においては、学内の情報基盤整備に関わる情報戦略を持つことが重要であり、その中で人員の適切な配置も含めたコンピュータやネットワークの持続可能な整備・運用計画を作成し、それに基づいた整備を行っていく必要がある。その際、ネットワークに関しては、国立情報学研究所で運用している学術情報ネットワークの整備動向等を踏まえつつ、教育研究における大量のデータの送受信等に支障をきたさないよう、老朽化を座視することなく学内LANの高度化や回線速度の増強を行い、ネットワークのボトルネックが生じないようにする必要がある。国立大学等においては、これまで補正予算による予算措置により、学内LANに関するネットワーク機器を一時期にまとめて更新することが多かったが、今後はリース契約の活用なども考慮していく必要がある。
 文部科学省においては、国立大学法人化の趣旨を損なうことのないよう、また国の厳しい財政状況の中で学術研究を推進する必要があることから、そのような計画を作成し、それに基づく要求を行う国立大学法人等に対して支援を行うことが求められる。

(2)大学等におけるニーズに基づいたサービスの提供及びそのための工夫

 今後、大学等で教育・研究用のコンピュータやネットワークを更新するにあたっては、画一的な性能向上のみを基準にするのではなく、実際の利用者規模や利用ニーズを的確に把握することが何よりも重要であり、そのことは、上記の持続可能な整備・運用計画を作成する上でも不可欠である。実際にサービスを提供する際にも、この利用者規模や利用ニーズに基づいたサービスを行うことが重要である。例えば、学内の大規模計算に対する数少ないニーズに応えるために中途半端な規模のコンピュータシステムを導入するよりも、経費の有効活用の観点から、学内におけるネットワーク環境整備へ重点化を行い、他大学の情報基盤センター等のスーパーコンピュータを活用することや、学内に分散している計算機資源等をグリッド技術の活用によって接続し、より効果的・効率的に利用すること、分散している計算機等を情報基盤センター等に集約的に設置することによって、空調やメンテナンスの効率化を図るとともに一元的にサービスを提供することといった、経営上の工夫が考えられる。
 ただし、研究分野によっては、特定の計算機を利用する方が効率的に研究を推進できる場合もあり、ニーズに基づいたサービスの提供と持続可能な整備・運用計画の作成が両立できるよう、各大学等は工夫を行う必要がある。

(3)学術情報基盤におけるコンピュータ・ネットワークの整備・運営にかかる組織体制の充実

 大学等においては、全学の情報システムの一元化・集中化、業務改善・業務高度化の推進、人材確保・専門家養成、全学的な情報セキュリティの確保等、総合的に企画立案する組織の設置を含め、学内の組織体制について検討する必要がある。コンピュータやネットワークにおける技術進歩やIP電話をはじめとする融合の進展は急速であり、学内における良好なサービスを提供していくためには、最先端の研究開発を進める教員と実際の運用を担当する技術職員等のバランスの取れた配置と共に協力して運用に携わることが求められる。なお、経費の有効活用という観点から外部への業務委託(アウトソーシング)を行うことも考えられるが、すべての業務がアウトソーシングになじむものではないことに留意する必要がある。また、このような組織にあっては、上記のマネジメントができる人材や必ずしもアウトソーシングができない業務などを切り分ける能力を持つ人材の確保が重要であり、そのような人材の育成にも取り組む必要がある。

(4)整備の仕組みの必要性

 文部科学省においては、国立大学法人運営費交付金の特別教育研究経費等の中でコンピュータやネットワークの整備が可能となるような仕組みを検討する必要がある。

3.2 効率的で安心・安全な学術情報ネットワークの整備

(1)次世代学術情報ネットワークの構築

(ア)国際的な趨勢に見合った能力の確保

 次世代の学術情報ネットワークにおいては、研究活動における海外との競争・協調を促進するためにも、国際的な趨勢に見合った最大通信速度40Gbps(ギガビットパーセカンド)以上の基幹ネットワークの整備につき検討を開始する必要がある。

(イ)最先端の研究を支える能力の確保

 現在、大部分のSINET接続機関の回線速度については、一機関あたり100Mbps(メガビットパーセカンド)以下であるのに対し、一般家庭にも100Mbps(メガビットパーセカンド)以上の光ネットワークによるブロードバンドサービスが提供されつつある。学術情報ネットワークとしては、ネットワークの高速化及び情報技術の進展に伴い、遠隔授業やe-Learningにおける画像データや研究における大量のデータの送受信等新たな教育・研究手法に必要な通信回線速度の確保が必要であり、一機関あたり最低でも1~数Gbps(ギガビットパーセカンド)の通信速度が必要である。
 また、例えば国立天文台と複数の大学等の間でデータを送受信することにより共同研究を進める天文学分野のような、高速回線が必要な教育研究活動については、学内LANや学内LANと学術情報ネットワーク等をつなぐ回線の通信速度が低いことによるボトルネックが生じないようにする必要がある。

(ウ)柔軟かつ効率的な回線設定や速度の変更の実現

 学術情報ネットワークはより効率的な運用を求められており、そのためには、回線設定や速度の変更の実現が必要である。現在の学術情報ネットワークは、回線速度が100Mbps(メガビットパーセカンド)~1Gbps(ギガビットパーセカンド)のSINETと回線速度10Gbps(ギガビットパーセカンド)のスーパーSINETの2層構造となっているが、柔軟かつ効率的な運用のためには、継ぎ目のないよう(シームレス)に回線速度の変更が可能な機能を実現することが重要である。

(2)透明性のあるネットワーク運用体制の実現

 学術情報ネットワークを整備する際には、各大学等における回線使用状況に合わせて、必要な通信速度の回線を整備していくというボトムアップ的な考え方が必要であり、広く利用者のニーズや意見を把握し、それに基づいた透明性のあるネットワークシステムの運用を行っていく必要がある。

(3)認証基盤の構築

 これからの最先端学術情報基盤の上で研究データや様々なコンテンツ等を安心・安全に送受信したり、利用しあうためには、情報セキュリティの確保が重要であり、そのためにも認証基盤の構築が必要である。各大学等で取り組まれつつある学内認証システムを連携させて共同の電子認証を行うため、国立情報学研究所や全国共同利用施設である情報基盤センターが中心となって、そのプロトタイプとなるべき基盤を構築し、開発された技術及び得られた知見を全国の大学等へ展開することを目指す全国共同電子認証基盤構築のための取り組みを推進する必要がある。

(4)学術情報研究ネットワークの有機的連携

 我が国には、全国的なネットワークとして、国立情報学研究所が運用している学術情報ネットワークのほか、独立行政法人情報通信研究機構が運用している研究開発テストベッドネットワーク(JGN2)等が存在し、さまざまに行われている研究の用途に応じてネットワークの使い分けが行われている。例えばJGN2は次世代のネットワーク関連技術の一層の高度化や多彩なアプリケーションの開発など、基礎的・基盤的な研究開発から実証実験まで推進するためのテストベッドネットワーク環境である。一方、学術情報ネットワークは我が国のさまざまな研究分野における多様な研究活動等の推進に資する基盤であり、安定的な運用のもとに先進的なネットワークサービスを提供することが望まれている。このように、趣旨・目的が違うネットワーク同士が相互に連携することによって、新たなネットワーク技術の開発とその活用が効率的に図られることが必要である。また、1.3(2)に記述した欧州において推進されているTEIN2に対し、学術情報ネットワーク及びJGN2の他、農林水産省の研究ネットワークであるMAFFIN等が協力することによって、アジアにおける学術ネットワークの構築を目指している。今後も、我が国にある全国的なネットワークの研究開発動向等を見据えて、有機的な連携を図るとともに、国際的な貢献が必要である。

3.3 国家的観点からのハイ・パフォーマンス・コンピューティングの在り方

(1)世界最高水準のハイ・パフォーマンス・コンピューティング

 スーパーコンピュータやグリッド・コンピューティング技術によって実現されるハイ・パフォーマンス・コンピューティングの創出は、我が国としての科学技術・学術の振興発展の機動力となりうるものである。
 文部科学省においては、世界最高水準のハイ・パフォーマンス・コンピューティングの創出を目指して、平成18年度より「最先端・高性能汎用スーパーコンピュータの開発利用」プロジェクト(以下、次世代スーパーコンピュータプロジェクトという。)を開始することとしている。この次世代スーパーコンピュータプロジェクトは、理論、実験と並び、現代の科学技術の方法として確固たる地位を築きつつあるスーパーコンピューティングについて、今後とも我が国が科学技術・学術の分野で世界をリードしつづけるとともに、これにより開発される技術が、将来の多くの先端分野で利用されることが期待されており、その波及効果は絶大であることから、我が国として推進していくことが重要である。次世代スーパーコンピュータなどによるハイ・パフォーマンス・コンピューティングの創出を目指さないと、日米のGDP当たりのスーパーコンピュータ演算資源量を比較した場合、平成17年度現在で米国1に対して日本が0.42であるものが、平成26年度には米国1に対して日本が0.05になるとの予測もあり、これへの取り組みは急務である。

(2)情報基盤センター等におけるハイ・パフォーマンス・コンピューティング

 我が国が世界最高水準のハイ・パフォーマンス・コンピューティングを創出するためには、次世代スーパーコンピュータプロジェクトを進めるだけでなく、情報基盤センター等における計算環境の継続的な増強を図ることが必要である。この場合、情報基盤センター等が画一的なスーパーコンピュータを維持するのではなく、グリッド技術等を有効活用し、各々が特徴を出しながら、ハイ・パフォーマンス・コンピューティングのための国全体の基盤を構築するという視点が必要である。このためには、グリッド、認証基盤等の基盤的ソフトウェアの継続的な研究開発が望まれる。また、単なる演算速度の速さだけではなく、利用者にとっての使いやすさなどの多様な視点からの考慮が必要である。特に、情報基盤センター等のスーパーコンピュータの利用者は、スーパーコンピュータを大規模かつ長時間に利用するいわゆるヘビーユーザーから、これからの自身の研究活動においてスーパーコンピュータを利用することが必要になってくるような若手研究者まで幅広い利用者層がある。また、情報基盤センター等のスーパーコンピュータを利用して推進されている研究は、さまざまな研究分野における最先端の研究に限らず、萌芽的な研究やそれまで研究手法としてスーパーコンピュータを利用してこなかった研究分野で新たにスーパーコンピュータを利用するような研究などがある。
 このような状況の中、利用者の多くは必ずしもプログラミングの専門家ではないため、多種多様な研究活動等が円滑かつ高度に推進されるよう情報基盤センター等の教職員がプログラムの改良を行うことを含め、スーパーコンピュータが利用しやすいようなサポート体制を構築する必要がある。それとともに、特に今後の我が国の科学技術・学術を強力に推進していく源とも言うべき若手研究者や大学院生、学生等に対して、利用講習会やスーパーコンピュータを活用した講義・演習を実施するなどの方策に積極的に取り組み、スーパーコンピュータを利用しようという意識を醸成する必要がある。
 また、情報基盤センター等は、関係する大学院等における研究の実践の場と考えることもできる。このような位置付けととらえ、大学院等における研究を技術に進化させ、サービスとして提供し、その中から新しいサービスのための研究アイデアを生み出していくような「研究→技術→サービス→研究」というサイクルを形成することによって、利用者にとってより快適な利用環境を作り出すことが可能である。そればかりでなく、その成果を情報基盤センター等以外の研究機関などに展開すれば、成果を社会へ還元することにもなるだけでなく、我が国全体のハイ・パフォーマンス・コンピューティングの向上にも資することになる。各大学においては、「研究→技術→サービス→研究」というサイクルを支える体制づくりについて検討する必要がある。

(3)有機的連携の必要性

 次世代スーパーコンピュータは、我が国における最高性能計算機となるので、これでなければ実行できない、一定水準以上の超大規模計算にその役割は限定される。一方、情報基盤センター等のスーパーコンピュータは、多様な研究者の萌芽的、かつ潜在的に大規模計算を必要とする研究(次世代スーパーコンピュータの利用につながるような研究も含む)に対する支援を行うものである。我が国の学術情報基盤を一体的なものとして考えていくためには、次世代スーパーコンピュータプロジェクトのようなスーパーコンピュータ開発をリードする最高水準の汎用システムと、情報基盤センター等の間のみならず、ハイ・パフォーマンス・コンピューティングのための計算機を保有する他の研究機関との有機的連携を図っていく必要がある。
 このため、ハイ・パフォーマンス・コンピューティングは、次世代スーパーコンピュータはもとより、大学等及び研究機関に設置されているスーパーコンピュータ等を、グリッド・コンピューティング技術の活用等により超高速ネットワークで接続する総合的なものとして形成されることが必要であり、コンピュータ及びネットワークの偏りない整備の推進が求められる。また、ユーザー教育の階層的連携を図る必要がある。

3.4 最先端学術情報基盤を推進・維持する人材の育成等

(1)人材育成の重要性

 人材は、長期的には最も重要な基盤である。急速に進化している情報技術を駆使しより高い生産性を目指している産業界のみならず、情報技術が社会へ浸透している「情報化社会」の中、それらを支える人材は中長期的観点からも重要である。例えば、産業界においては、プログラマー、ハードウェア設計者、情報システムやソフトウェアシステムの基本構造の設計者であるソフトウェアアーキテクト等が必要であるとの意見がある。また、社会の中では、インターネットといったネットワークが基盤の一つとなりつつある中、ネットワーク技術者や情報システムのセキュリティを確保する人材等が必要であるとの意見がある。人材育成が使命の一つである大学等にあっては、産業界において真に求められている人材や中長期的に社会で必要とされる人材等を育成する必要があり、情報基盤センター等もそれに対して積極的に協力し、一定の役割を果たしていく必要がある。そのためには、絶え間なく進展するコンピュータ技術やネットワーク技術を活用して構築される最先端学術情報基盤を運用するだけでなく、例えば情報システムを利用した教育活動の拠点としてe-Learningによる遠隔授業等の学習支援や教育のためのコンテンツ作成等を行うことが考えられる。このように大学等においては、次世代、長期的運用を見据えて、教育研究と実務の両方を推進できるような人材を育成する必要がある。学術情報基盤におけるコンピュータやネットワークの管理・運用を業務委託(アウトソーシング)する場合においても、大学等として必要な最新かつきめ細かいサービスの提供を行うための高いスキルを持った人材を育成することが重要である。
 また、これに携わる人材のキャリアパスの在り方についても検討する必要がある。

(2)モティベーションの維持・向上

 学術情報基盤を支える人材は、我が国の教育・研究活動を下支えしている重要なミッションを担っている。その人たちのモティベーションの維持・向上を図る方策を検討する必要がある。

(3)人材の確保・評価

 コンピュータやネットワークの技術進歩は非常に速いため、情報基盤センターや情報処理センター等では、研究を担当する教員と運用を担当する技術職員が役割分担のもと連携して学内のコンピュータやネットワークの整備・運用等を行っている。このような立場の教職員は研究活動に加えてシステム開発・整備を行っているため、そのような活動に対する評価基準を検討する必要がある。今後、最先端学術情報基盤を推進・維持するためには、教育研究と実務の両方を推進できるような人材を育成していく必要がある。この観点から、例えば情報処理関係施設の教員について、関係する学部や大学院とも連携して、学部・大学院と情報処理関係施設について人事のローテーションを形成することや、評価については関係する学部や大学院とも連携して行うことなどが考えられる。技術職員については、キャリアパスを学内や学外に確保することが検討される必要がある。
 また、大学共同利用機関では、すべての教員が共同利用に関する業務と研究業績の双方から評価が行われているが、大学との人事交流の際には共同利用に関する業績があまり評価されていないという意見がある。そのためには、共同利用に関する業績に係る評価を研究者コミュニティ全体としてどのようにするかを検討する必要がある。

(4)人材の流動性確保

 例えば、米国ではInternet2というプロジェクトの推進に多大な貢献を行った者がNSFの職員やベンチャー企業の社長になるというような流動性があるが、我が国におけるそのような流動性については、事例はあるものの認知度はきわめて低い。また、技術職員の職務上のステップアップを図るとともに、特定のシステム等に限らない管理・運営のスキルの向上を図るうえで、大学等、研究機関及び企業等の間で技術職員の交流を促進する方策を検討する必要がある。

(5)テストベッドの試行

 大学等において、最先端の情報科学技術の実社会への応用を検証するプロトタイプとしてのテストベッド試行が可能な組織と人材配置が求められる。

3.5 国家的ライフラインとしてのネットワークの必要性

 学術情報ネットワークは、常時には、教育や研究のため活用されているが、地震・津波・台風などの非常時の際には、商用と切り離されたライフラインとして機能する場合もありうる。例えば、平成7年1月に発生した兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)では、学術情報ネットワークが被害状況や安否情報を提供するために利用された例がある。
 平成17年4月に、日本学術会議より「大都市における地震災害時の安全の確保について(勧告)」が出されており、その中で、「大都市の広域災害時における安全確保対策として、病院船の建造や感染症対策等の救急医療体制、また、情報・通信インフラ、大深度ライフラインによる重要業務集積地域への支援体制、及び広域災害時の防犯対策などを早急に整備する必要がある」との指摘があるなど、将来的には、非常時にも対応できる商用と独立の国家的ライフラインとしてのネットワークの整備に関する検討が必要である。

おわりに

(1)文部科学省においては、国立大学法人運営費交付金の特別教育研究経費等の中で、最先端学術情報基盤の実現及びコンピュータやネットワークの整備が可能となるような仕組みを検討する必要がある。
 また、次世代スーパーコンピュータを実現するための「最先端・高性能汎用スーパーコンピュータの開発利用」プロジェクトを積極的に推進し、情報基盤センター等も含めた国全体としての世界最高水準のハイ・パフォーマンス・コンピューティングを創出する必要がある。

(2)平成8年度からの2期にわたる科学技術基本計画によって、政府研究開発投資は着実に増大し、我が国の研究現場は活性化し、研究水準は着実に向上しつつある。こうした成果を今後とも維持・発展させ、平成18年度からの第3期科学技術基本計画をより強力に推進していくためには、ハードウェア、ソフトウェア、これらを包含する制度・人材等を含めた「最先端学術情報基盤」が、科学技術・学術分野のみならず産業分野においても国際協調・競争の死命を制するという認識のもと、その早期実現を図ることが重要である。欧米における情報基盤の構築の動きに遅滞することなく、かつ中国、インド、韓国等のアジア諸国における情報分野の急速な発展の中にあってリーダーシップを維持し続けるためにも、「最先端学術情報基盤」の早期実現が重要である(サイバー・サイエンス・インフラストラクチャ構想)。

(3)大学等においては、今後の教育研究活動等を円滑に推進するためにも、学内の情報基盤整備に関わる情報戦略を持つ必要がある。情報戦略の作成に当たっては、いかにコンピュータやネットワークの持続可能な整備を達成するかについて、財政効率の観点からだけではなく、利用者ニーズに基づいたサービスの提供と両立させることが重要である。

(4)世界に伍すネットワーク環境を構築するため、今後の学術情報ネットワークには、国際的な趨勢に見合った基幹ネットワークの整備が必要であるとともに、継ぎ目のないよう(シームレス)に回線速度の変更が可能な機能を実現することが重要である。また、最先端学術情報基盤の実現のため共通的なサービスとしての認証基盤の構築が望まれるとともに、JGN2等の我が国の全国的なネットワークとの有機的な連携及び国際的な貢献を果たしていく必要がある。

(5)次世代スーパーコンピュータやグリッド・コンピューティング技術によって、我が国の科学技術・学術の振興発展の基盤となるハイ・パフォーマンス・コンピューティングを創出することが重要である。その際、情報基盤センター等のスーパーコンピュータとの役割分担等を明確にして、昨今の厳しい財政状況下にあっても、最大限の効果が得られるような連携体制が構築される必要がある。ハイ・パフォーマンス・コンピューティングは、次世代スーパーコンピュータはもとより、大学等及び研究機関に設置されているスーパーコンピュータ等を、グリッド・コンピューティング技術の活用等により超高速ネットワークで接続する総合的なものとして達成されることが望ましく、コンピュータ及びネットワークの偏りない整備の推進が求められる。

(6)学術情報基盤としてのコンピュータ・ネットワークの重要性について、教育・研究の現場においては、必ずしも十分な理解が得られているとは言い難い。情報は大学等における教育・研究、さらにそこでの生活にとっても必須なものであり、その流通を支える基盤の整備・維持・運用管理には、多くの担当者の多大な努力があることを認識すべきである。人材は長期的には最も重要な基盤であり、「最先端学術情報基盤」を維持・推進するためには、教育研究と実務の両方を推進できるような人材を育成する必要がある。また、「最先端学術情報基盤」を維持・推進している情報処理関係施設の教員については、支援業務も含めた全体的な評価が行われるような考え方が学内に浸透することが望ましい。

 本報告における提言を、国公私立大学及び大学共同利用機関や文部科学省はじめ関係者が真摯に受け止められることを希望する。