第3章 国による多様な学術研究の支援 おわりに

学術研究の推進に国民各層の幅広い支持を得るために

 これまで述べてきたように、学術研究は個々の研究者、各大学等及び国がそれぞれの役割を適切に果たすことで一層推進されるものであるが、学術研究の世界はしばしばその三者で自己完結し、それを物理的・精神的に支えている一般国民の存在について十分意識してこなかった面がある。
 しかし、国民の知識レベルが格段に向上し、学術研究に期待するところもますます大きくなっている現在、これからの学術研究は国民各層の幅広い支持無くしては発展し得ない。研究者、大学等、国のそれぞれが、学術研究において得られた豊かな知的ストックを国民・社会に広く還元し、共有・継承する意識を常に持ち続けることが不可欠である。

(1)国民への説明責任と学術研究を国民に身近なものとする方策

 学術研究は、その本質においてどのような成果が生まれるか予見できないものであり、さらに近年研究の細分化が進み全体像が見えにくくなっていることから、国民一般には理解しづらい状況となっている。
 一方で、研究者には、初めて新しい知に到達した者として、また、公的資金を受けて研究に携わった者として、国民の知的好奇心・探究心に応える責務がある。

 学術研究は、必ずしも目に見える研究成果が短期的に得られるものではないため、研究成果を社会に即還元することは難しい面もあるが、研究者と大学等においては、現在取り組んでいる研究課題の魅力や、今後目指すべき研究の方向性についてわかりやすい言葉で説明しつつ、研究成果は速やかに社会に還元するなど、積極的に社会貢献していくことが求められる。
 例えば、各大学等は、研究者自らが研究内容を一般に説明するアウトリーチ活動を支える体制を整備することが求められる。また、学術研究をわかりやすく解説できる人材の育成、公開講座やオープンキャンパスの活用や、ユニバーシティミュージアム等の整備等にも取組むことが求められる。その際、特に文学、語学、歴史学等の人文・社会科学分野の研究には、国民の幅広い年齢層で学習意欲が高く、社会還元への取組みが期待される。なお、長期的な研究公開の観点からは、研究の過程や成果を記録し、保存・蓄積・管理するアーカイブ化への配慮も重要となる。

 また厳しい財政状況の中にあっても、学術研究に重点的な投資が行われることへの国民の理解を得続けるためには、大学等が国民の関心・期待に積極的に応えていく姿勢が重要であると考えられる。学術研究が短期的な研究成果を求めるもののみとなってはならないが、知的ストックを活用しながら、現代的・社会的ニーズに的確に対応することにも十分に配慮することが求められる。
 こうしたニーズに対応するためには、学際的・学融合的研究分野の取組みが必要となり、新たな学問分野が創出される可能性もあり、研究の多様性の促進の観点からも考慮されることが求められる。
 なお、個々の研究者と大学等には、純粋な知的好奇心・探究心に基づく研究が社会的に容認される範囲を超える場合もあり得ることを十分自覚することが求められており、学術研究に対する社会的信頼ひいては国際的信頼の喪失につながることのないよう、社会との接点で生じる倫理的・法的・社会的課題に対して適切に配慮をすることが必要である。

 各大学等においては、研究教育活動等の継続的な質的向上に資するような自己点検・評価の実施及びその結果の公表を積極的に行い、社会に対し、自らの研究教育等の状況を明らかにしつつ、その改善・充実を不断に行っていくとともに、国立大学等においては国立大学法人評価等を通じ、社会に対する説明責任を着実に果たしていくことが必要である。

(2)次世代への還元と知的ストックの継承

 近年、学術研究の成果を経済的・社会的価値に直結する形で社会に還元することが求められる傾向が強まっているが、学術研究を通じて、各大学等に積み重ねられた重厚な知的ストックを、大学等の枠にとどまらない「教育」を通じて次世代に継承することこそ、究極的な社会還元であることが認識されるべきである。

 大学等における学術研究の大きな特質は、研究と教育が一体化して行われていることにあり、優秀な若手研究者の育成は、大学・大学院の教育機能の強化にかかっている。特に創造性豊かな研究・開発能力を持つ研究者の養成や確かな教育能力と研究能力を兼ね備えた大学教員の養成などを目指した大学院教育の実質化を図り、大学院教育の改革を進めることが必要である。また、我が国が「教育立国」を目指し、様々な教育改革に取組む中で、学部・大学院教育のみならず、初等中等教育においても、これまでの知的ストックと最新の学術研究の成果を十分踏まえた教育が期待されており、それらの活用のための努力が求められる。
 各大学等は、柔軟な発想から新規性のある研究課題を見つける可能性を秘めた大学学部学生・大学院学生に対しては、できるだけ多くの機会に一流の研究者の最先端の研究に触れさせ、知的な触発をしていくことが重要である。その際、遠隔教育システムを活用するなどにより、優れた研究者による教育の共有化を図っていくことが求められる。

 また、一流の研究者による本物の研究に直接触れることのできた子どもたちには、大きな感動が残り、その後も科学的・論理的なものの考え方に興味を持ち続けるきっかけともなる。研究者の育成という観点からは、自然・社会現象への興味関心が広がる初等中等教育段階から、学術研究の芽を育てるような機会を提供していくことが重要である。わかりやすい副読本の編集や、第一線若しくは退職後の研究者自らが講師となって小・中学生や高等学校生に研究の本質的な部分を実際に体験できるようなプログラムを実践するなど研究者コミュニティや大学等からの積極的なアプローチが求められる。

(3)産学官連携の推進

 各大学等には、全国各地にあって、それぞれの地理的な条件も活かした個性・特色ある研究に取組み、地域の研究・教育拠点としての役割を果たすことが期待されており、地域再生に向けた地域社会への協力の推進や産学官連携の組織的な推進は重要な課題である。

 これまでに大学等と民間企業との間における共同研究が大幅に増加するとともに、技術移転機関を通じて大学等の研究成果の社会還元が大きく進展してきたところであり、国としても今後とも研究成果の社会還元を促進すべく支援を推進していく必要がある。また、持続的な産学官連携を進めるためには、大学等が自ら主体的に産学官連携活動に取組み、そうした姿勢を産業界に対して積極的に発信していくことが求められる。

 なお、産業界では、大学等に対し、実社会と直結した応用・開発研究のみを求めることは少なく、むしろそのシーズとなる基礎研究を期待していることも多い。産学官連携を一過性のものに終わらせることなく、さらに発展させるためには、まず大学等において連携のベースとなる基礎研究をしっかり推進するような取組みが重要となる。また、大学等における基礎研究によるシーズの発見が実用化されるまでには、応用・開発を専門とする産学官の研究者による学際的な研究とそれを可能にする研究資源やデータベースの整備など中間段階をつなぐ取組が重要であることを踏まえ、国としても知の創造と活用までを切れ目なく支援し、連続的なイノベーションを創出する仕組みを構築していくことが重要である。特に基礎研究と実用化をつなぐフェーズについては、長期的な視点から我が国の国際競争力の確保にとって重要となる先端融合領域を産業界と協働で推進することが必要である。

 さらに、産業界としても、経営・研究開発において産学官連携を一つの柱として明確に位置付け、とりわけ、大学等への民間からの研究費支出については海外流出傾向が強いことにかんがみ、我が国の大学等を研究リソースとして評価・活用することが期待される。また、産学連携教育を推進し、研究者の交流を進める観点からも、企業から研究者を修士課程等へ積極的に送り出すことを期待するとともに、各大学等においては、企業からの研究者の修士課程等への受け入れなどに積極的に取組むことが求められる。企業等においては、学士・修士・博士等の学位を取得した研究者の採用・処遇に関し、それぞれの学位の種類に応じた取扱いがなされるよう十分に配慮されることが期待される。

 以上に述べたような取組みを通じて、多様な学術研究から生み出された豊かな知的ストックが真に国民・社会共有の財産となることを期待してやまない。

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