第3章 国による多様な学術研究の支援 1 基本的な考え方

 国においては、個々の研究者と各大学等の研究活動が円滑に行われるような支援を行うことが基本であり、我が国の政府負担研究費と高等教育機関に対する公財政支出の対GDP比を欧米先進諸国並みに近づけていくよう最大限の努力を払う必要がある。
 その際、(1)デュアルサポートシステムによる研究の多様性の促進、(2)研究者と大学等の研究活動を支援する多様な方策(ファンディングシステム)の構築、(3)独創的・先端的な研究の推進と研究拠点(ネットワーク・ハブ)の形成、を基本的な考え方とし、特に次の項目に重点を置いて国の支援を拡充することが必要である。

  1. 基盤的経費の確実な措置と多様なファンディングの拡充
  2. 学術研究基盤の着実な整備の支援
  3. 世界的研究教育拠点の一層の整備支援と世界で活躍できる若手研究者の育成
  4. 国際的に開かれた大学等づくりの推進と学際的・学融合的研究分野の推進

1 基本的な考え方

 第1章において述べたように、今後の学術政策の基本的な方向性は、個々の研究者の持つ意欲・能力が最大限発揮され、研究の多様性が促進されることにあるべきである。
 個々の研究者が自由な知的好奇心・探究心に基づき多様な研究を遂行するとともに、各大学等が学術研究推進戦略の下で、研究者の意欲・能力が最大限発揮されるような研究環境の整備に取組むとき、国においては、個々の研究者と各大学等の研究活動が円滑に行われるよう、基盤的経費の確実な措置と大学等の個性・特色づくりに対応する多様なファンディングによる効果的な支援を行うことが基本となる。

 近年の科学技術創造立国の実現を目指した国家的な取組みにもかかわらず、先進主要諸国においても科学技術関係予算を拡大していることもあり、我が国の政府負担研究費の対GDP比は米国やドイツの約8割、高等教育機関に対する公財政支出の対GDP比は欧米先進諸国の約半分と依然として大きな差がある。その上、長年のフロー面での差が人的・物的・システム的なストック面での目に見える格差となって顕在化してきている。
 この差を縮めていくことは、今後の厳しい国際競争に勝ち抜くための最低条件であり、国においては、後述する重点項目を中心に支援を拡充し、まず政府負担研究費と高等教育機関に対する公財政支出の対GDP比を欧米先進諸国並みに近づけていくよう最大限の努力を払う必要がある。

(1)デュアルサポートシステムによる研究の多様性の促進

 学術研究においては、当初の見込みどおりの研究結果が得られることはむしろ稀であり、大学等において、長期的な思考・模索や試行錯誤が許される環境にあることが思いがけない大発見につながってきた。また、指導教員が競争的に獲得する研究費の多寡が大学院学生等の教育、ひいては次世代の若手研究者の育成や多様な学問分野の継承・発展にまで影響を及ぼすことのないよう、恒常的に支援されなければならない。
 このため、我が国においては、大学等の組織としての存立を担保するため、人材の確保や研究環境の整備に係る経費は基盤的経費として国が確実に措置し、研究の多様な「芽」を育んできた。いかに優れた研究者であっても、研究遂行に不可欠な研究基盤が脆弱な状況では、その本来の能力の発揮を期待することは難しい。
 また、競争的資金による一定期間に限定された研究支援だけでは、研究の萌芽を育成することは困難と言える。基盤的経費によって自由闊達な研究が保障されることで初めて、学術研究の多様性が促進されるのである。

 その上で、創造的で質の高い研究成果を創出するためには、研究組織の内外で競争原理が働き、研究者の能力が最大限に発揮されるシステムの構築が必要である。研究計画と研究目標が見通せる段階に至っている場合には、競争的資金の適切な配分により、個々の研究者又は研究組織の優れた研究計画を優先的・重点的に支援することが極めて有効となる。特に科学研究費補助金は多様な研究種目を設定し、これを不断に見直しながら、萌芽的な研究から大規模な研究チームによるプロジェクト研究まで様々な目標・段階・規模の研究を支えてきた。
 研究の多様性を促進し、新たな発展の源泉となる豊かな知的ストックを形成するためには、今後とも、科学研究費補助金を始めとする競争的資金の大胆な拡充が必要である。

 このように、我が国の大学等においては、基盤的経費の確実な措置と、競争的資金との有効な組み合わせ(デュアルサポートシステム)によって研究体制を構築してきた。優れた研究、若しくは特徴的な研究を行う大学等が全国各地で研究をリードし、多様な研究が行われる状況を創出するためには、このデュアルサポートシステムによる財政支援が今後ますます重要となる。基盤的経費の確保を前提とした、高いレベルでの競争的環境の醸成がなされなければならない。

 競争的資金の性格からして、財政基盤、研究者の厚みといった基礎的な条件がより強い大学に競争的資金が過度に集中し、その他の大学等において研究の多様な「芽」を育みにくくなることによって、我が国全体としては大学等間での競争関係そのものが成り立たなくなることへの懸念が指摘されている。国際的な知の大競争が求められている中、国内の大学等に国際競争力を向上させていくためには、基盤的経費が確実に措置され、その下で個性ある大学等同士の健全な競争を拡大させることを通じて、多様な研究が推進される必要がある。

 なお最近、基盤的経費と競争的資金との間に一定の比率を定め、基盤的経費の削減分を競争的資金に上乗せしようとする議論が一部にあるが、欧米先進諸国に比べてもともと少ない大学等への政府予算額の割合を単にシフトさせるだけの議論は避けられねばならない。基盤的経費の削減は大学等の教育研究活動の基盤を損ない、大学等の基礎体力を喪失させるものであり、基盤が不十分なところにいくら競争的資金を投入しても大学等のポテンシャルは十分発揮されない。また、競争的資金のみで研究を行わなければならなくするような極端なシステムを現在の我が国の大学等に導入することは、研究者の地位を不安定にし、優秀な人材の確保を困難にするとともに、すぐには具体的研究成果への展望が開けないような息の長い重要な研究や、その時点であまり注目されていない研究が敬遠されることにより、長期的には研究の質が下がる危険性もあることに十分留意されるべきである。

(2)研究者と大学等の研究活動を支援する多様な方策の構築

 国においては、個々の研究者と各大学等の戦略に基づく主体的な取組みを尊重するとともに、このような取組みを可能とするような多様な支援方策(ファンディングシステム)を構築することが必要である。

 一方、個々の研究者と各大学等の研究活動をそのまま支援するだけでは我が国における学術研究の「層の厚さ」や「裾野の広がり」を充実・拡大することは難しい。国においては、学術研究の動向の把握と分析を踏まえた上で、学術研究推進のための基本的な方針を立案するとともに、これを絶えず見直す姿勢も必要である。我が国独自の研究や世界(特にアジア地域)でリーダーシップを発揮できる研究など、強い分野にはしっかりとした支援を行うとともに、20年後、30年後には何がブレークスルーをもたらすかわからないという前提に立ち、困難な課題に挑戦する基礎的な研究や成果の見えにくい研究等にも一定の配慮を行うなど、学術研究全体が多様性を持ってバランスのとれた発展を遂げられるよう様々な支援方策を拡充することが必要である。

 そのため、国は、「知の大競争時代」における世界的な学問の潮流を見据えつつ、適切な支援方策を検討できるよう、独立行政法人日本学術振興会学術システム研究センター、学協会等と協力しながら、中長期的な学術研究動向の把握に常に努めていく必要がある。また、各大学等における主体的な取組みのうち、他の参考となるような事例を積極的に収集・推奨することが必要である。

 学術研究に対する支援の仕組みとしては、例えば次のような観点によるものが挙げられる。

【支援の目的】

  • 優れた研究者の育成を主眼とするもの
  • 卓越した研究拠点の形成や特定の研究を集中して行う組織の整備等を主眼とするもの
  • 新たな研究分野の開拓、学際的・学融合的研究分野の推進等を主眼とするもの
  • 研究に不可欠な基盤の整備を主眼とするもの

など

【支援の対象】

  • 優れた研究プロジェクト(を企画した研究者個人又は研究者集団)に対するもの
  • 研究組織に対するもの

など

【支援の方法】

  • 研究者・研究組織のニーズに合わせて支援するもの〔ボトムアップ型〕
  • 一定の研究領域・課題をあらかじめ設定し、その領域・課題の研究推進を支援するもの〔領域・課題設定型〕

など

【支援の期間】

  • 競争的・時限的に補助するもの
  • 一定の算定方法に基づき、経常的に補助するもの

など

 多様なファンディングシステムの構築は、これらの複数の観点を有効に組み合わせることによって可能となるものである。例えば、科学研究費補助金という一つのファンディングを考えてみても、「基盤研究」のように研究者の応募に基づき、審査を経て優れた研究計画を支援する研究種目もあれば、「特定領域研究」のように我が国の学術研究分野の水準向上・強化につながる研究領域などを特定して研究の推進を図る研究種目もある。また、研究の大型化に対応し、これまで国は、競争的資金に金額の上限の高いものや目的の明確なものを設けて研究プロジェクト単位で支援できるようにするとともに、主として基盤的経費の措置により、特定の分野には国立大学に全国共同利用型の附置研究所・研究施設や大学共同利用機関を設置してきた。
 このように、国は支援方策を機動的に組み合わせることで、高度な研究を推進してきたところであるが、今後とも、学術研究の動向や大学等における必要性等を踏まえつつ、支援の目的、対象、方法、期間等の観点を時宜に応じて適切に組み合わせながら、学術研究への支援を拡充していかなければならない。特に期間が限定されたファンディングについては、その期間中に達成した成果をさらに高められるように、ファンディングの接続・継続の観点に十分な配慮が必要である。
 なお、既存のファンディングシステムについても、研究上のニーズに応じた、より効率的な運用ができるよう必要な改善を図っていくことが必要である。

 また、競争的資金制度における間接経費は、個人補助と機関補助を一つの制度内に組み込んだものであり、極めて有効に機能していることから、すべての競争的資金に間接経費を着実に措置することが必要である。また、各省庁・独立行政法人や地方公共団体が大学等に研究を委託する際にも、大学等に過度な財政的負担を強いることのないよう委託経費に間接経費を予め組み込むことが必要である。産学連携においては、企業等との間における受託研究や共同研究に伴い必要となる間接経費の確保を促進することが求められる。

(3)独創的・先端的な研究の推進と研究拠点(ネットワーク・ハブ)の形成

 我が国において発展してきた独創的・先端的な学術研究は、今後とも世界又はアジアでリーダーシップを発揮していく上で、極めて大きな役割を果たすことが期待されている。また、独創的・先端的な学術研究をさらに発展させるためには、同一分野間はもとより、異分野間の研究連携・協力が有益である。
 その意味において、研究者間のネットワークや大学等間の協定によるネットワークと、その中心となる研究拠点(ネットワーク・ハブ)の形成は重要であり、厳しい財政状況の下にあっても、独創的・先端的な研究の維持向上に国として継続的な支援を行っていく必要がある。特に、多くの研究分野において大学共同利用機関、全国共同利用型の附置研究所、研究施設が「ハブ」としての役割を果たしており、その支援が引き続き必要である。その結果、このような我が国の研究拠点施設での研究経験が外国人を含めた世界中の優秀な若手研究者のキャリアパスとなっていくことが求められる。

 とりわけ、我が国の学術研究においては、個々の研究者の自由な発想の下に、旧学術審議会や科学技術・学術審議会等の審議を踏まえながら、大学共同利用機関や国立大学の附置研究所を中心に数々の大規模プロジェクトが実施されてきており、その中から従来の科学的知見を根本から覆すような第一級の研究成果が創出されてきている。また、他の研究分野への波及効果や国際的リーダーシップの発揮の観点からもその意義は大きい。
 このような大型施設・設備を要する大規模研究の推進においては、個々の研究者の自由な発想を踏まえ、当該研究分野の動向等を勘案しながら国としても判断を行い、推進することが重要である。その際、世界又はアジアでのリーダーシップを発揮していくことなどの観点も含め、今後の大規模研究の具体的な在り方等について、科学技術・学術審議会等の場を通じて、研究者コミュニティの意見を行政に反映しながら検討できるような仕組みを整備するとともに、国際的な観点を踏まえた透明性・公正性のある評価を実施することが必要である。

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