3.学術情報発信ワーキンググループのこれまでの審議の状況

ア)学術情報発信における問題点に関する議論

 本ワーキンググループでは、これまで6回の会議を実施し、ヒアリングを中心に様々な課題について議論を行ってきた。以下、その主な意見を列挙する。

○ 研究成果情報の受・発信の国際的なアンバランス状態の解消

 研究成果情報の受・発信の国際的なアンバランス状態の解消に関しては、
「学術情報流通は根本的な変革期を迎えつつあるが、日本の学術情報流通の関係者にはその認識が低く、共有している情報も少ない。」、
「日本の学会誌にはほとんど興味がなく、Nature等の有名誌への掲載を望む研究者は多い。こういう環境下で何が出来るかが問題である。」、
「我が国は成果の発表、評価機能を外国に依存し、主体的な価値判断能力の育成に積極的に取り組んでこなかった。」、
「情報発信のアンバランスの問題は、海外の価値にあわせて論文が書かれることになることである。」、
「日本の英文論文誌は、学問の自己評価能力を育成する場として必要である。」、「我が国は、国内からの情報発信だけでなく、アジアのリーダーとなるべきである。」等の意見があった。

○ 学会誌の製作・流通・経営

 学会誌の製作・流通・経営に関しては、
「我が国のほとんどの学協会には、自分の学術誌を売るという発想が育たなかった。」、
「学会誌にも経営という観点が重要になってくる。」、
「学協会は学術誌の発行での科学研究費補助金への依存度が高く、今後、自立を図っていく必要があるのではないか。」
等、学協会の自立を促すべきとの意見がある一方、
「科学研究費補助金研究成果公開促進費にも、特別推進研究のようなジャンルを作り、非常に重要な雑誌に対して集中的に資金を投入する枠組みがあってもよいのではないか。」、
「電子版に対する作成経費の補助や、図書館が購読経費を主として電子版を対象にするように移行する仕組みが必要である。」
等、支援は必要であるがそのやり方を工夫すべきとの意見があった。また、
「外国の商業出版社に出版・販売を委託する学協会があるが、これは正当なコスト回収が行われておらず、ビジネスモデルとはいえないのではないか。出版社との交渉の余地が大いにあるのではないか。」、
「研究者と印刷会社の中間を支える人材が不足しており、この育成が非常に重要である。」
等の意見があった。

○ 電子化への対応

 我が国の学術雑誌の電子化への対応に関しては、
「電子ジャーナルのビジネスモデルを持っている学協会はごくわずかである。」、
「現在の日本の学協会は、欧米にITレベルで負けつつあり、電子ジャーナル化をしないと絶対に太刀打ちできない。国のIT化に対する支援が今まで同様に必要である。」、
「日本で電子ジャーナル化が進まなかったのは、欧米に比べ、学協会の予算規模、投資力に差があったからである。また、人材について、欧米では事務担当に多数の博士号取得者がいて、戦略を考えている。」、
「国際的な学術情報発信には、ポータルサイトが非常に重要な役割を担っている。」
等の意見があった。

○ 雑誌評価・論文評価

 雑誌評価・論文評価に関しては、主にインパクトファクターを中心に、
「インパクトファクターを個人評価の指標に使うのは間違いである。」、
「発明者のユージン・ガーフィールドは、インパクトファクターとは雑誌の順位付けや評価に使用するもので、不適切に研究の評価に使うものではないと明確に言っている。」、
「インパクトファクターは、評価結果を定量化して予算を獲得するための手段となっている。」、
「インパクトファクターは、我が国学協会の刊行する学術雑誌の弱体化の一因である。」、
「我が国の研究機関が独立行政法人化により、数値目標の設定が求められたことがインパクトファクター偏重の背景である。」、
「インパクトファクターの持つ意味は、分野によってまったく違うものである。」、
「人の選考において、インパクトファクターが議論となることがある。」、
「インパクトファクターは雑誌についての短期の評価としては意味があり、刊行側が使うのは無意味ではない。」、
「学術賞の選考において、Nature、Scienceの掲載論文数が基準となることがある。」
等の意見があり、本ワーキンググループとして、インパクトファクターの持つ問題点、特にインパクトファクターを研究そのものの評価として利用することの問題点について認識を共有した。
 なお、インパクトファクターとは別の指標として、
「電子ジャーナル化によるダウンロードログの分析と引用分析の組み合わせにより、これまでとは違ういろいろなことが分かってくる。」
との意見があった。
 また、ピアレビューに関しては、「ピアレビューは、他者の意見により論文を書き直して、独りよがりのものでなくなっているという点で評価できる。」、
「ピアレビューに代わるより良い方法はない。」、
「ピアレビューを絶対視しない方がよいという意見が、特に人文系ではあるということも意識しておいた方がよい。」
等の意見があった。

注)インパクトファクターについて
インパクトファクターは、雑誌論文の引用状況の把握を通じて利用状況の推測を行う、引用文献分析から生まれた指標の一つであり、ISI社(現トムソンサイエンティフィック)が、目次速報誌であるCurrent Contentsに収録すべき重要誌を選択する際の、定量的な指標として考案されたものである。ある特定の年に、ある雑誌の論文が平均何回引用されたかを示す指標であり、具体的には、次の計算式で算出される。

計算式:2003年のインパクトファクター=(2001年と2002年に掲載された論文が2003年に引用された総被引用回数)/(2001年と2002年に掲載された論文数)

イ)学協会の実情に関する議論

 本ワーキンググループでは、学協会が発行する学術雑誌の現状を把握するため、関係委員による発表を行った。以下に、その概要を記す。

○ 日本動物学会:Unibio Press

 日本動物学会は、従来より英文論文誌としてZoological Scienceを発行していたが、国立情報学研究所の国際学術情報流通基盤整備事業に参加し、他の生物学系英文論文誌と共同で生物系の電子ジャーナルパッケージUnibio Pressを平成16年より創設して、電子ジャーナル購読のビジネスモデルを構築すべく活動を行っている。NatureやScienceとは異なる、120年続いてきた日本動物学会の英文論文誌として独自の特徴を出したいと考えている。適正な購読価格の模索のための大学図書館との連携の強化を当面の活動方針としている。

○ 日本化学会

 日本化学会は、以前よりJ-STAGEとの協力で速報誌Chemistry Lettersを始めとする英文論文電子ジャーナルの発行を進めており、現在では、電子投稿・査読、全文検索、全文公開、印刷前Web公開、目次お知らせサービス、2次情報データベースや他の論文誌へのリンク等が実現されている。電子ジャーナル化により、読者数と海外の購読割合が飛躍的に増加した。また、投稿受付から公開までの迅速化もはかられた。平成17年から有料公開とし、IPアドレス、ID・パスワードによる制限及びPPV(Pay par View)を開始したが、購読数にそれほど大きな影響は発生していない。これまでの取組みの経験から言えることは、電子ジャーナル移行時には、経済的、人的初期投資が不可欠であるということである。

○ 物理系学術誌刊行協会(IPAP)

 IPAPは、平成5年に日本物理学会と応用物理学会が設立した組織で、Journal of thePhysical Society of Japan(JPSJ)、Japanese Journal of Applied Physics(JJAP)等の英文論文誌を刊行している。電子ジャーナルを独自に立ち上げ、平成15年までは無料で公開し、PDFダウンロード数が60~70万に達していた。論文投稿の海外流出に伴う投稿量の減少と、電子ジャーナル利用者の増加による冊子体販売部数の減少により、経営が困難になったため、電子投稿システムの開発、電子アーカイブの作成、専任編集委員長の導入などの対応に加え、平成16年に電子ジャーナルの有料化に踏み切り、冊子体購入機関のみのアクセスを許可し、さらにサイトライセンスへの移行を図っている。有料化により利用が減少する恐れがあったが、実際の利用は変わらなかった。

○ 電子情報通信学会

 電子情報通信学会は、英文論文誌4誌の他、自然科学系の学会としては、和文論文誌を持っていることが特徴である。冊子体で刊行されているものは、国立情報学研究所のシステム(NII-ELS)で公開しており、平成5年からの和文論文誌や会誌等がすべてアーカイブされている。平成16年4月からは、J-STAGEを利用して電子ジャーナルのみの速報誌を刊行している。和英論文誌については、学会自身のサーバーでも平成11年から無料で公開していたが、それ自体はビジネスモデルとして成り立たない状態になっていた。そこで国際学術情報流通基盤整備事業から助言をもらって抜本的な改革を行い、英文論文誌については、平成17年から海外の電子ジャーナルプラットフォームを通して公開を始め、平成18年から海外サイトライセンス販売等を企画している。これによって、海外からも収入を得ていき、海外の購読を着実に獲得していくことを目指している。論文は読まれてこそのものであるので、コンピュータサイエンスに関する一大拠点になっている、アメリカのコンピュータ機械学会のポータルサイトに4論文誌の情報を登録することも行っている。

○ 人文・社会科学系学会

 人文・社会科学の場合、全体として自然科学系に比べて英文での海外発信が立ち後れているが、その中でも人文科学と社会科学では温度差がある。英文誌については、社会科学にはいくつか存在するが、人文科学はごくわずかである。電子ジャーナルについては、社会科学はある程度出ているが、人文科学はほとんどない。これは、社会科学の場合には、ある程度の需要があるが、人文科学の場合には外国の出版社から電子ジャーナル化の誘いがない点が異なるためである。近代経済学の分野では英語でしか投稿しない研究者もたくさんいる。こうした分野では、定評のある学術雑誌もあり、海外出版者によって電子ジャーナル化されている。
 人文系の電子化立ち遅れの理由は、研究そのものが国内で賄われており、海外から取り入れないで自足的に行っている面があるためである。また、英語以外の多言語と関わることは、フォントの開発が進んでいないために難しい局面を持つ。国内でも研究は行われているが、英語に比べたらまだ遅れている状況である。
 日本研究や日本のデータを使う社会科学の発信は今後も伸びていくものと思われる。

ウ)オープンアクセスに関する議論

 近年、学術情報発信に関する議論の中で、「オープンアクセス」という運動が多くの人の関心を得ている。
 学術論文を中心とする学術コミュニケーションの在り方の論議において、寡占化が進む海外の商業出版社が学術情報流通に与える影響の大きさを懸念し、商業出版社の学術雑誌よりも学協会等が刊行する学術雑誌への論文投稿を推奨する等により、学術情報流通の主導権を商業出版社から研究者側に取り戻そうという主張があり、その中心的な概念が「学術論文への無料で制約のないオンライン利用を認める」というオープンアクセスである。
 オープンアクセスを実現する方式としては、セルフアーカイビングとオープンアクセス雑誌の二つの方式が考えられている。この二つは性質がまったく違うものである。
 セルフアーカイビングには次の三つの種類がある。
 a)著者自身のWebサイト
 b)e-print archive(物理学、数学、コンピュータ科学分野の電子的なプレプリント(査読前の論文)交換システム)
 c)機関リポジトリ(大学、研究機関単位での研究成果等の収集、蓄積、提供システム)
学術論文の著作権は、通例、著者から出版社、学協会に移す契約を行うため、セルフアーカイビングには、著者と出版社、学協会との間に著作権問題があるが、国際的なオープンアクセスの動向により、多くの出版社、学協会は著者自身による著作の自由な扱いを認める方向にある。
 オープンアクセス雑誌は、従来の購読料モデルではなく、著者支払いモデル、助成依存モデル等により、オンラインでの公開を前提とした雑誌である。現在、PLoS(Public Library of Science)という団体により著者支払いモデルの雑誌が数誌刊行されているのが代表例である。
 海外での政策的な動向としては、2004年7月に、英国下院科学技術委員会が学術雑誌の価格高騰問題に関する報告書を公表し、高等教育機関での機関リポジトリ構築による研究成果の蓄積と無料アクセスを勧告したこと、2005年5月から、米国国立衛生研究所(NIH)が資金助成した研究の論文を、NIHの医療研究データベースPubMed Centralで出版後12ケ月以内に公開するように求めたこと等の動きがあり、政府、研究助成機関等が直接的に学術情報流通に関与をはじめたことから、この問題に関して高い関心が集まるようになっている。
 本ワーキンググループにおいては、オープンアクセス全般に関して、
「オープンアクセスとは「変革の理念」であり、「運動」であって、実態としてそれほど普及しているわけではない。現在の学術情報流通に問題がある、との立場から出発しているので、現在の学術情報流通の一体何がどう問題なのかというところからオープンアクセスについて考えていかないと、いろんな意味で見誤る可能性がある。」、
「知の共有、公共性という議論において、政府助成研究の成果の公開について、全面的に反論することは困難であろう。」
等の意見があった。
 オープンアクセス雑誌については、
「日本は、今まで購読料モデルを持つ雑誌が少なかった。そこにオープンアクセス、特に著者支払いモデル雑誌の考え方が紹介されて混乱している。」、
「大事なのは、すべてが無料になることはないということである。国がすべてを負担することも無理である。すべてが電子ジャーナル化されても、どこかがコストを負担しなければならない。」、
「オープンアクセスに際して、出版コストを誰が負担するかについての問題を解決するのに四苦八苦している。学会側から言えることは、非営利活動としての出版事業においても、収益と再投資のサイクルが厳然として存在している、ということである。」、
「現在、情報通信の分野では、世界的に巨大学会がオープンアクセスでないモデルで席巻しつつあり、それに対抗しないといけない。オープンアクセスはこの分野では5年~10年はありえない状況である。」、
「著者支払いモデルの可能性については、いろいろな考え方がある。雑誌出版費用について、現在まで算出方法に合意がなく、また、雑誌により査読費用や採択率に差があるなどの理由によりその算出が困難であるため、成立可能か不可能か、判断がつかない。」
等の慎重論がある一方、
「欧米の学会誌がオープンアクセスに移行し、評価の高いものが無料で公開され、あまり評価の高くない日本の学会誌が有料で提供していたのでは、両者の差は広がるばかりである。これは、非常に大きな問題であり、我が国の国益として、オープンアクセスに対しては特別に政策的に対応すべきである。」、
「学会誌を中心とし、営利活動を追求してこなかった日本の学術情報発信のシステムにとって、オープンアクセスの動向は、これまでの商業出版社中心の国際学術情報流通体制に食い込む一つのチャンスと捉える事も可能ではないか。」
等の積極論もあった。
 また、機関リポジトリに関しては、
「情報流通チャネルは複数あったほうがよく、研究者と学会の独自性を発揮させ、またその母体である大学を含む学術機関の機関リポジトリ構築を支援するのも一策である。」、
「大学が機関リポジトリを装備するようになれば、必然的に、大学が産出する研究情報以外のさまざまな教育・文化その他大学の全てに関わるコンテンツの「リポジトリ」も付随して構築されるはずで、そうなれば、日本の学術文化の一層の発展に寄与することになる。」
等の積極論がある一方、
「機関レポジトリは、現在まだ1機関で数千件から1万件くらいの登録件数で、これを実効性のある学術情報流通システムとするためには、多くの機関がメタデータを含めて、標準的なフォーマットで作成し、分散して登録しても世界中の機関のデータを一箇所で検索できるようにすることが必要である。」
等の条件が必要であるとの意見があった。
 オープンアクセスにおける著作権の問題に関しては、
「欧米におけるオープンアクセス、特にセルフアーカイビングや著作権著者保持の流れに対して、最終的にどのような戦略、ポジションをとるのかが問題である。」、
「著作権著作者保持は、契約上、著作権は著者が持ち続けるが、出版社が「自由に」扱っていいという契約をする。出版社は著作権の委譲を受けるのではなく、今までどおり著作を出版したり、電子ジャーナルにしたりする権利を持つ。研究者(著作者)は、経済的利益を求めているわけではないので、著作権自体は保持しているが、それをどのように使うかは、出版社に任せるという契約が成り立つ。」、
「日本の学会誌に対し、セルフアーカイビングについて、査読前のプレプリント、査読後のポストプリントの使用を許諾することの意味を訴えていかなければならない。」
等の意見があった。

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研究振興局情報課 学術基盤整備室

(研究振興局情報課 学術基盤整備室)