4.アルマ実施計画の評価について

 アルマ実施計画の評価については、前章の評価の観点(「3.(3)」)に基づき、委員各自から提出された評価意見をもとに、技術的な専門家の協力を得つつ意見交換等を行い、次のとおりとりまとめた。

(1)総合的な評価

1)総合的な評価に当たっての基本的考え方

 世界における天文学研究は日進月歩の勢いで急速に発展している。その背景には、さまざまな新技術の開発や装置の大型化による観測能力の飛躍的拡大がある。そして今や、人類の目は宇宙の果てに及ぼうとしており、また太陽系外の惑星の観測が具体化しつつある。日本においても、野辺山の電波望遠鏡やすばる望遠鏡により重要な成果を挙げ、世界に伍して大きな寄与をしてきた。
 天文学研究が持つ大きな人類史的意義は、宇宙における物質進化と星・惑星系形成過程の研究を通じて、宇宙史における地球、地球史における生命、生命の進化における人間へとつながる連鎖をたどる上で重要な糸口を与えてくれることにある。それは、宇宙・地球・生命を一体として捉える新しい自然観を築く基礎となり、また人類の宇宙観や生命観を深化させていく重要な知見となっている。言い換えると、天文学研究は、人々が人類の知の活動の偉大さを実感し、人類の存在意義を見直し、より豊かな知を獲得する活動に参加してゆく契機を与えるという重要な意義がある。その意味で、天文学研究は科学教育の発展に資するとともに、「国民に夢」を提供する学問分野と言える。よって、これまで多くの国民の支持の下に、日本における天文学研究の環境を整えることができたのである。その点を研究者も十分自覚しながら、研究の推進と新しい将来計画の策定に当たってきた。
 天然資源に乏しい日本においては、幅広い視野と未来を見通す能力を身につけた人間が最も重要な資源であり、学術を総合的に発展させてこそ、そのような人間を数多く育成することができる。天文学研究は、物理学や化学など基礎的科学の知見を土台とし、最先端の技術を開発・応用して観測装置を建設し、超微弱信号を捉えて宇宙観測を行うという、基礎科学とハイテクノロジーを組み合わせた一連の過程から成り立っている。その意味で、天文学は総合性の高い学問分野であり、日本の科学力の基層を形作る重要な分野と言うことができる。また、開発研究の過程から誕生した技術は、工学分野の発展を促す契機となり、物作り日本の技術力に寄与してきた。天文学は宇宙という普遍的な対象を研究する基礎科学分野であり、その研究に従事する人間の資質と研究環境がその進歩のために決定的に重要である。いわば、天文学研究のレベルは国の文化の高さを測るバロメータとなっている。これまで日本の天文学が世界をリードする成果を多く挙げ、世界における日本の存在感を高めてきたことは高く評価できる。むろん、グローバル化が進展している現代においては、学術の対象の普遍性は全分野に及ぶようになっており、文化の基盤を成す基礎科学の充実と学術の総合的な発展が日本の未来を決する重要な鍵となることは疑いない。

2)アルマ実施計画に関する総合的な評価

 天文学研究ワーキング・グループは、以上のような問題意識の下に、アルマ計画の科学的側面に関する学術評価作業、社会的・文化的背景や国際協力・国際的位置付けまで含めた総合評価作業、社会経済効果に対する野村総合研究所の調査結果の点検を行ってきた。それらを総合的に検討して得られた次の三点をアルマ実施計画に関する総合評価とするものである。
 まず第一点として、アルマ計画は、人類未踏のサブミリ波天文学の創設を目指しているとともに、欧州と北米の参加を得て世界的な規模での共同事業として進められようとしている点においても人類史的に大きな意義のある計画であり、これに日本が相応の規模で参加することは、国際的に日本のプレゼンスを高める重要かつ絶好の機会になるという点である。日本においては、アルマ計画の地上観測装置としての重要性を鑑み、天文学コミュニティの合意の下に数年間にわたり資源を集中投資しようとしており、今後の数十年間の日本の天文学を支えるアルマ実施計画とすることが必要である。この分野における日本の科学力や技術力は欧米を上回る勢いであり、日本の実力を世界に強く認識させる重要なチャンスである。また、日本の研究者の活躍を国民が誇りに思い、物作りの伝統を大事にする気風が蘇ってくる重要な契機となると思われる。当該実施計画を含むアルマ計画は、単に天文学の一つの計画に留まらず、「国民の夢」や「国民としての誇り」を実現するものであることを強調したい。
 第二点として、日本がアルマ計画に参加するに当たっては、観測所運営の適切な対等性が確保できること、および日本の持つ科学的・技術的実力が存分に発揮できプロジェクトの遂行に十分な貢献ができること、の二点が不可欠であり、そのためにはこれらの二点を実現しうる適切な規模をもって参加することが重要である。特に、観測所運営の対等性は、出発点において確保できなければ、その後何十年にもわたって不利な状況を強いられる可能性があり、将来に禍根を残さないためには適切な規模を持って参加することが重要である。また、日本が持つ優れた科学力・技術力を存分に発揮し、その存在感を高めるためには、日本が提案している参加計画案を滞り無く実現することが不可欠であり、それを保証できるだけの参加規模を確保することが肝要である。これらを考慮すれば、提案された計画の考え方及び装置の構成は適切である。
 もう一点は、日本が正式参加をするにしても、その決定が遅れればせっかくの実力を発揮する機会が失われかねないことである。欧米では既に建設予算が認められて実行段階にあり、日本が早急に正式参加を表明することが重要であることを特に強調したい。「アルマ」によるサブミリ波天文学の創設は、平成4年に日本が世界に先駆けて提案し調査を開始したにもかかわらず、諸般の事情で現在に至るまで正式決定に至っていないのは誠に残念なことである。早急に正式参加を決定することが日本のプレゼンスを示す上でも、また観測にあたっての適切な対等性を担保する上でも特に重要である。

(2)各論としての評価

 アルマ実施計画に関しては、上記の総合的な評価をまとめるに当たって、その基礎として、多様な観点からの評価も行ったところであり、以下、観点毎にとりまとめたものである。

1)学術的な観点

1.全般的評価

  • 学術プロジェクトとして高い先進性が認められる。
  • 日本がリードしてきた電波天文学の蓄積を活かし、幅広い科学テーマで日本の科学界が国際的に貢献できる。
  • 日本の参加によりアルマの基本的性能は飛躍的に向上し、大きな科学的意義が認められる。天文学のみならず惑星科学・生命科学等の分野への波及が見込まれる。
  • 開発過程では技術的に極めて先見性の高い要素を含み、日本の天文学研究並びに学術研究等の発展を牽引するものである。

2.我が国の学術全体の発展にとっての寄与

ア)学術におけるブレークスルーの実現性
  • これまで未開拓であったサブミリ波天文学を創設するものである。
  • 太陽系外の多様な惑星系の観測により惑星科学が飛躍的に進展する。特に、分子レベルからの惑星形成過程を解明することが可能となると認められる。
  • 銀河形成過程の観測によって宇宙進化論の新局面が拓かれる。
  • コンパクトアレイや高性能相関器による電波干渉技術の新方式が開拓される。
イ)我が国の天文学の動向及び特色を活かすことの重要性
  • 野辺山宇宙電波観測所が切り拓いたミリ波天文学のより一層の発展を可能とするものである。
  • ミリ波天文学からサブミリ波天文学への新たな飛躍が期待される。
  • すばる望遠鏡と並ぶ世界第一線の装置によって光学・赤外線とミリ波サブミリ波両面の調和のとれた地上天文学を実現するものである。
  • 世界第一線のシミュレーション研究と結合して観測と理論の両輪が揃うこととなる。
ウ)周辺学問分野の総合的な取り組み実現
  • すばる望遠鏡(可視光、赤外線)、X線衛星、赤外線衛星、ミリ波望遠鏡を結合した、日本における多波長天文学を実現するものである。
  • 宇宙論、銀河形成論、星・惑星形成論など、理論的研究の検証を行うことが可能となる。
  • 銀河・恒星・惑星など重力による天体形成論の一般論の構築を可能とするものである。
エ)学問領域の拡がりの可能性
  • 惑星科学、星間化学、原子・分子物理学、宇宙生物学などの新たな展開を可能にする。
  • 素粒子から宇宙までの物理学分野の総合化をもたらすものである。
  • ミリ波・サブミリ波領域の先進的な技術により、テラヘルツ電波工学の新しい発展を可能にする。
  • 高性能アンテナ開発による短波長電波通信への応用を可能とする。
オ)コミュニティにおける合意形成
  • 日本学術会議天文学研究連絡委員会の平成6年の報告「日本の天文学の将来計画について」で第1位の計画として位置付けられている。
  • 17期、18期の日本学術会議天文学研究連絡委員会の重要課題として、シンポジウム(2回)や日本天文学会における特別セッション(7回)を開催し天文学コミュニティにおける合意形成に努めている。
  • 日本学術会議第4部(理学)や日本学術会議物理学研究連絡委員会においてアルマ計画を紹介し、支援依頼を行ってきている。
  • 日本惑星科学会におけるシンポジウム等を企画している。
  • 国立天文台は野辺山宇宙電波観測所の外部評価(平成8年)と、国立天文台全体の外部評価(平成9年)を通じて、将来計画に対する理解を得る努力をしてきている。
  • 平成12年の学術審議会報告において、アルマ計画は「早急に推進すべき計画」として位置付けられている。

2)文化・社会・教育への波及・効果の観点

1.文化

ア)人類史的な意義
  • 欧州・北米との全世界的な規模による共同形態で、人類未踏のサブミリ波天文学を開拓するものとして意義がある。
  • 宇宙における生命探査の第一歩を踏み出すことになる。
  • 宇宙進化における銀河宇宙の構造形成の出発点を解明するものである。
イ)我が国としての意義
  • 基礎的分野からの積み上げによる科学力の充実と大きな飛躍が期待できる科学を駆動するものである。
  • 基礎技術開発力のより一段高い展開が可能となり、将来性のある技術を先導する。
  • 科学の見識と優れた技術力を身につけた人材を多数養成するものと認められる。
  • 観測天文学の調和のとれた発展と惑星科学・宇宙生命学などの新しい学術分野を拓き、新しい世界観の構築につながるものである。

2.社会・教育

ア)大学との連携
  • 計画の立案・調査・装置開発・外国との折衝などに、多くの大学からスタッフ・大学院生・技術者が参加するものであり、大学との連携が図られる。
  • 装置の共同利用によって大学の研究者の研究が進展する。
  • 開発した技術を大学における小型装置へ応用する道が拓かれる。
  • 大学における装置開発の実験の場を提供することを可能とする。
  • 大学院生の教育・研究の場、国際交流の体験、国際共同研究の体験など、人材を養成するための優れた環境の実現を可能とする。
イ)初等中等教育、生涯学習への波及
  • IT機器の利用によるインターネット中継や遠隔観測の体験など、新しい教育機会を提供することを可能とする。
  • 研究成果の公開(ホームページやビデオなど)によって、理科教育・総合学習や生涯学習への材料を提供することを可能とする。
  • 日本および海外の天文台での実地教育(施設見学・実験・観測)を行うことを可能とする。
  • 各地の天文台や科学館・プラネタリウムと連携することにより、一般市民への情報提供を行うことを可能とする。

3.国民の関心と適合性

ア)大型計画実現への期待と国民の知的興味との適合性
  • 世界第一線装置によって研究が大きく進展し、宇宙研究への国民の期待に応えることができるものである。
  • 宇宙史や惑星形成の謎の根幹に迫る研究によって、国民の宇宙観・地球観・生命観を一層深めることを可能とする。
  • アルマによって獲得した技術の高さを誇り、「物作り」の重要性を再認識し、応用範囲の広さへの期待を高めることができる。
イ)国民の理解度
  • 多くの支持の署名が国立天文台に届いており、広く多くの国民の理解を得ていると認められる(5万人)
  • アルマ計画に関連する国立天文台が主催した日本各地での講演会や科学研究費補助金によって開催されているシンポジウム「大学と科学」へ国民の多数が参加しており、そこでも多くの賛同の言葉を得ている。
  • 各地の天文台・科学館・プラネタリウムでの講演に多数の人々が参加しており、アルマ計画への理解が深められている。
ウ)国民的「夢」の創出効果
  • 世界中に日本の科学力や技術の力量を示す絶好の機会である。
  • 計画推進の核として建設・研究を行う姿から、日本人としての誇りを高めることが期待される。
  • 国民に、新しい波長で見る新しい宇宙の姿への感動を呼び起こすものである。言い換えれば、「宇宙の夜明けの観測」を実現するものである。
  • 国民が、太陽系以外の惑星探査や宇宙の生命誕生の可能性に迫る研究に人類の知の偉大さを感じ取ることになる。言い換えれば、「第二の太陽系を見る」こととなる。

3)国際協力・国際的位置付けの観点

1.国際協力の形態・アプローチに関する適切性

ア)アルマ参加計画案における国際協力形態の適切性
  • サブミリ波天文学の理想的な創設には、最先端のサブミリ波技術を有する日本が対等的に参加する三極の体制が不可欠であると認められる。
  • 欧米が先行することにより不完全(サブミリ波観測が未達成、像の歪みが大きい、相関器がやや旧世代)な部分があり、それを日本が補って理想的な形とする行き方を欧米も強く支持しているところである。
  • 早急に正式参加を決定することにより、観測時間の配分・観測所運営の方針・共同観測計画の立案・運営経費の負担などの適切な対等性を確保することができると認められる。
イ)アジア・オセアニア地域との連携
  • 中国や韓国との協力協定を準備しており、オーストラリアとも今後の取り組みと協力計画を議論しており、特に運用面における協力の実現可能性が高いと認められる。
  • 特に、装置開発の取り組みや若手研究者の参加について、アジア・オセアニア地域からの期待が大きいところである。
  • 将来的には、アルマで獲得した技術や研究成果を故国に持ち帰ることによって、これらの地域の観測天文学発展の梃子とすることを可能とする。

2.国際的位置付けと規模の適切性

  • 日本の参加規模に関しては、経済力の観点のみに偏らず、科学的・技術的に十分な貢献ができること、観測所運営の対等性を確保すること、日本の他計画との関係など、総合的に検討する必要がある。特に、科学的・技術的貢献と観測所運営の対等性を確保することが重要である。これらを考慮すれば提案された計画の考え方及び装置等の構成は適切である。
  • 日本の正式参加を早急に決定することが重要であり、タイムリーな参加にならないと日本の参加規模に見合った立場を確保できない懸念がある。観測所運営の基本的な方針が決定される前に正式参加を表明することが必要である。それが遅れると、今後数十年にわたって不利な状況に甘んじなければならなくなるとの懸念がある。

3.南半球に科学拠点を持つ意義

  • アタカマ高地は世界における地上からの宇宙観測の最適地であり、そこに日本の科学拠点を確保することによって、電波天文のみならず今後の多様な宇宙観測の展開の拠点とすることを可能とする。
  • チリ・オーストラリア・ニュージーランド・南アフリカなど、既に日本と共同研究を進めている南半球地域での天文学ネットワークを構成することが可能になり、南半球における日本のプレゼンスを高めるものである。
  • ラテンアメリカ諸国への天文学を通じて学術協力・支援を行う拠点とすることを可能とする。

4)社会経済効果の観点

1.産業・経済への効果

ア)建設事業の経済波及効果
  • アルマ建設に直接関係する部品や機器・サービス、その原材料やサービス供給への波及効果が期待できる。主に、電子・通信機器産業、教育・研究産業において効果が大きいと思われる。
  • 生産誘発額に伴う雇用者数・雇用所得の増加が見込まれる。
イ)スピンオフ効果
  • 高精度・高機能部品製作のための新技術開発・研究が大きく進展する。例えば、
      情報通信:サブミリ波無線アクセスシステム
      高速信号処理技術:専用電子回路基板化技術、
                   高度画像解析技術
      高精度加工技術:産業機械の開発
      極限環境技術:素材開発
    等の新技術開発とテラヘルツ技術などへの応用研究が具体的に進展することが予想されるものとなっている。
ウ)天体関連産業
  • サイエンス誌・天体関連雑誌・天体観測機器などの売り上げ増が期待しうると思われる。
  • 各地の天文台・科学館・博物館・プラネタリウムへの関心が高まり入場者増が見込まれる。

2.地政学の面、経済面における国際貢献

ア)日本のプレゼンスの向上
  • 日本の参加により理想に近い観測所が建設できる。特に、日本の新技術への貢献が大きいので、欧米に対するプレゼンスを高めるのに大きく寄与する。
イ)チリの経済波及効果
  • 日本からチリへの投資とチリ国内での経済波及効果を期待することができる。特に、建設業・製造業において波及効果が大きいと思われる。
ウ)チリとの国際交流
  • 日本からチリへの観光客の増加やチリから在チリ日本企業への事業環境改善の効果が期待でき、それが呼び水となってチリへの海外投資の増加が見込まれる。

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