第四章 人文学及び社会科学の振興の方向性

 前章までに指摘した人文学及び社会科学が直面する課題、学問的特性やその役割・機能を踏まえ、今後の人文学及び社会科学の振興の方向性として、以下の六つの方向性を指摘したい。行政や大学等にあっては、これらの方向性の上に立って、様々な施策を実施していくことが期待される。

第一節 「対話型」共同研究の推進

 第二章で指摘したとおり、人文学及び社会科学の研究方法の一類型である「人文的方法」の観点を踏まえ、「他者」との「対話」を通じた「普遍性」の獲得への道程という観点から、人文学及び社会科学における「共同研究」を位置付けた上で、学問の特性を踏まえた「共同研究」の推進方策の方向性を提起したい。

(1)国際共同研究の推進

1.基本的な考え方(学問の「対話」と文化の「対話」)

 日本の人文学及び社会科学の学術水準の向上を図り、国際的な通用性をもった研究成果を創出するとともに、研究の「細分化」という事態を克服するためには、国際共同研究を推進することが重要である。また、異なる学問的背景や歴史、文化的背景を持った諸外国の「学者」との共同研究とは、まさに「他者」との「対話」を通じた「普遍性」の獲得への道程という「人文的方法」に相応しい研究スタイルであり、このような意味で、人文学及び社会科学の学問的特性からの要請であると言ってよい。
 また、国際共同研究を通じた日本の「人文学者」及び「社会科学者」の国際的な場での活躍は、「学者」間の「対話」という側面のみならず、知的に高度な水準での日本の文化と諸外国の文化との「対話」という側面を有しており、学術的な意味に加え、文化的、歴史的な意味も併せ持っている。これは、学問が社会的、歴史的な存在であることの証でもある。
 このように、学問の「対話」という学術的な観点と、文化の「対話」という社会的、歴史的な観点とを併せ持って国際共同研究をとらえ、その推進方策を検討する視点とすることが適切である。

2.「対話」としての「日本研究」の推進

 学問の「対話」という学術的な観点と、文化の「対話」という社会的、歴史的な観点に立って、人文学及び社会科学の国際共同研究の推進方策を考えるとき、「日本研究」という研究領域が、ある種特別の存在であることに気付かされる。即ち、第二章で指摘したとおり、歴史や文化に拘束された存在としての日本の人文学者や社会科学者にとって、「日本研究」とは、自らが自らを研究することを意味しており、そこにはある種の「限界」が立ち現れてくるのである。「日本研究」とは、日本の人文学や社会科学のいわば「特異点」とでも言うべき位置にあると考えられる。そして、このように、自らが自らを研究することの「限界」についての認識を踏まえたとき、その「限界」を乗り越えるための方策として、「日本研究」において国際共同研究という研究スタイルが重要な意味を持つと考えることができる。即ち、自らが自らを認識するためには、「他者」を「鏡」として自らを映してみるという行為が必要なのである。
 そして、これらの行為が、学術的な意味とともに、文化的な意味、即ち、日本人が日本を知るための行為という意味を持ちうることは言うまでもない。したがって、ここでは、「日本研究」を推進するための施策の方向性として、以下の三点を指摘しておきたい。
 まず、第三章の役割・機能において指摘したとおり、「グローバリゼーション」の潮流の中で、地域や社会集団の「個性」や、それら諸「個性」の共存状態としての「文化の多様性」の確保、即ち根拠付けに果たす人文学及び社会科学の役割・機能への期待は大きい。「日本研究」の国際共同研究を通じて、このような役割・機能を日本の人文学者及び社会科学者が果たされるものと考えられる。
 次に、「日本研究」を通じた人文学者及び社会科学の国際学術交流が、日本と諸外国との国際文化交流そのものであり、このことが他の研究分野にはない意義を有しているということの重要性を、施策の企画・立案に当たって踏まえるべきことを指摘したい。即ち、「日本研究」を諸外国から見た場合、「日本研究」とはまさに「日本理解」であり、「日本研究者」とはまさに「日本理解者」であるということの意味の重要性である。そして、「日本研究」を通じた国際共同研究の推進とは、要は「日本理解者」の獲得を意味しているのである。このような「日本」をトータルに、しかも一定の専門性を持って理解する「日本理解者」を自国の外に獲得することは、国際社会の中で我が国が諸外国と関係を構築していく上で極めて有意義であることは言うまでもないことである。
 しかし、残念ながら、近年、諸外国において研究分野としての「日本研究」の地盤沈下が著しい。例えば、「日本研究所」が「東アジア研究所」に改組されたり、「日本研究」が「アジア研究」の一部という位置付けになってしまっているようなことも聞く。このような現状を踏まえ、諸外国の「日本研究者」を育成し、彼らに「日本研究」の機会を確保する観点から、「日本」において研究を進めることのできる拠点の一層の充実を図り、国際共同研究を通じた「日本研究」を推進することが必要である。
 最後に、具体的な取組として、「日本研究」の一環として、海外の美術館、博物館等で手付かずのまま保管されている日本由来の美術品、古書等の文化資源に対する研究を行うことも考えられる。例えば、大英博物館やボストン美術館等には有数の和古書が保管されている。これらの文化資源を研究対象として、内外の研究者が共同研究を行うなどの取組みを進めることは、日本的な人文学知への関心を喚起するという意味や「日本研究」の推進という研究としての意味に加え、文化発信や諸外国の日本研究者の育成にもつながり、様々な側面から見て、総合的に有意義な取組みと言うことができる。

(2)異質な分野との「対話」としての共同研究の推進

 研究の「細分化」に伴う課題を克服するとともに、学問の飛躍的な展開を促すためには、異質な分野の研究者との共同研究を積極的に推進していくことである。ここには、「他者」との「対話」による「普遍性」の獲得のプロセスという学問的特性が最も典型的に現れていると言ってよい。
 ここでは、異質な分野との「対話」という観点から共同研究を推進するに当たり、踏まえておくべき観点を二点指摘しておきたい。
 第一は、「対話」の相手は「異質」でなければならないということである。例えば、歴史学者が、新しい視点から通史を書くといった場合に、新しい視点を獲得するには歴史学そのものに深く沈潜することに加え、環境科学や生態学といった異質な分野との「対話」が有益と考えられる。また、哲学者が、「存在とは何か」といった問題に対して新しい視角から根拠付けを行うといった場合には、量子力学や宇宙論といった異質な分野との「対話」が不可欠と考えられる。
 第二は、原理・原則や方法論といった学問の存立基盤に関わるレベルでの「対話」の必要性である。例えば、経済学における限界革命や、政治学や社会学における行動科学的アプローチの導入といった過去の事例を振り返るとき、そこでは、それぞれ経済学と数理科学の「対話」、政治学や社会学と心理学との「対話」が行われた結果、学問の飛躍的な展開が図られた言いうるであろう。また、「構造主義」に影響を受けた人文系諸学の登場というケースでは、それら人文系諸学と言語学や文化人類学との「対話」が先立って存在していたと言うこともできる。
 このように、異質な分野との「対話」としての共同研究には、原理・原則や方法論といった学問の存立基盤に関わるレベルでの相互作用を通じて、学問の根源的な変革や飛躍的な展開を促す契機が内包されていると考えられるのである。

 以上を踏まえ、異質な分野との「対話」という観点から共同研究を推進することにより、そこに内包された学問の飛躍的な展開への契機を刺激する可能性があると考えられる。もちろん学問の飛躍的な展開を学問外の人為的な力で起こすことは容易ではないが、このような観点を視野に入れ、意識した上で共同研究を推進するための施策を立案することにより、人類の知的資産を増やす方向での研究成果の創出を期待できる研究が推進されるものと考えられるのである。

第二節 「政策や社会の要請に応える研究」の推進

(1)人文学及び社会科学における政策や社会の要請に応える研究の可能性

 今日、政策や社会の要請に応える研究の重要性が高まっている。現在、自然科学分野の研究については、学術研究を支援するための施策とともに、政策や社会の要請に応える研究の推進施策の2つの施策体系の下で振興が図られている。これに対して、人文学及び社会科学においては、政策や社会の要請に応える研究の推進施策は限定的にしか行われていない。
 ただし、政策や社会の要請に応える研究の推進に当たっては、研究プロセスの中で経験的な妥当性を一定の証拠に基づき立証していくことが要請され、このような意味で、実証的な研究方法が不可欠と言ってよい。
 その際、自然科学分野では、政策課題対応型の研究開発の推進に当たっては、国が中長期的観点から戦略的活重点的に支援する分野を定め、優先的に研究資金を配分する施策や、産学官による共同研究推進や人材育成の観点から研究拠点を儲け支援する施策を講じることが一般的であることから、人文学及び社会科学における「政策や社会の要請に応えるタイプの研究」の推進に当たっても、以下のような方策が有効と考えられる。

(2)「国等が定める研究目標等の下で、優れた研究を競争的に審査、採択、実施するタイプの研究プログラム」の推進

 国が政策や社会の要請を踏まえ取組むべき課題を明らかにし、その解決に向けて、優先的、戦略的に支援すべき研究の目標、研究領域・プロジェクト等を設定し、その実施に当たっては、公募により具体的な研究課題を募り、競争的に研究資金を配分する。また、学際的、融合的取組みを促すような制度が望ましい。
 このような観点から、文部科学省では、平成二十年度より「近未来の課題解決を目指した実証的社会科学研究推進事業」を発足させ、近未来において我が国が直面することが予想される課題を設定し、その解決のための社会制度の設計等まで視野に入れた研究領域を設定して、事業を実施している。今後、研究領域の拡大など、積極的な展開を図ることなどにより、事業の拡充を図ることが必要である。

1.取組むべき政策的、社会的課題について

 今日、人文学及び社会科学の知見を活用して取組むことが期待されている政策的、社会的課題としては、以下のような地球環境問題や貧困問題などの近未来における全地球的な課題の解決や、少子・高齢化問題などの近未来において我が国が直面する課題が考えられる。

【近未来における全地球的な課題の例】
  • 貧困問題-経済成長で解決できるのか-
  •   
  • エネルギー問題-脱炭素化社会に向けての何ができるのか-
  •   
  • 人口問題-開発途上国の都市問題にどのように対応するか-
  •  
  • 環境保全と経済成長-持続可能な経済は実現可能か-
  •  
  • 価値観の異なる文明の共存-市場のメカニズムは価値観の相違を調整できるか-
【近未来において我が国が直面する課題の例】
  • 少子・高齢化を前提とした我が国社会の在り方
  •   
  • 生活の質の向上-ワークライフバランス-
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  • 東アジアの環境問題の具体的解決-中国の環境問題への解決枠組みの構築-
  •  
  • 我が国経済の成長制約条件の解明と打破
        -労働力人口の減少への対応としての技術革新への環境整備-
  • 科学技術の成果を社会に適用する場合の倫理や合意形成等の問題

2.審査体制等

 課題審査、研究進捗管理に当たっては、学際的・融合的取組みによる政策的・社会的課題の解決という施策の目標が十分に達成されるよう、例えば、当該社会的課題に関係する社会の多様な関与者の参加を得た審査方法や領域・プロジェクトマネジメントの構築を検討することが求められる。

3.研究方法

 「政策や社会の要請に応えるタイプの研究」の実施するに当たっては、個々の事例が抱える具体的な課題の解決を主たる関心とした研究となることから、社会調査や統計的な手法など実証的な方法による事実への接近の努力が不可欠であり、このような実証的な方法と研究者の見識や価値判断を通じた意味づけとの適切なバランスが確保された研究が行われることが重要である。

4.研究成果の社会への発信や実装を行うための工夫

 自然科学分野においては、産学官連携や技術移転など、研究成果を社会に発信、還元するというメカニズムと一体となって、振興のための諸制度が設計されている場合が多く、このような視点を取り入れることが重要である。

第三節 卓越した「学者」の養成

(1)基本的な考え方(「学者」としての「専門家」の要請)

 優れた「学者」の養成については、第一章において指摘した、我が国の人文学及び社会科学が抱えている主な課題の克服という観点、そして、そのために身に付けるべき資質・能力の観点から検討を行うことが必要である。
 まず、課題の克服という観点から卓越した「学者」と言いうるには、「研究水準」の確保ためには、独創的な研究成果を創出することが、「研究の細分化」の克服のためには、幅広い視野を前提とすることが、そして、「社会との関係」を考えると、人類の知的資産を増やすことが必要である。即ち、卓越した「学者」を養成するための施策の方向性としては、人類の知的資産を増やすことを目指し、幅広い視野を前提とした上で、独創的な研究成果を創出できる「人文学者」及び「社会科学者」を養成していくための取組を進めていくことが必要なのである。ここで言う「人文学者」や「社会科学者」とは、例えば、新しい視点から通史を書くことのできる歴史学者であったり、「存在とは何か」とか、「正義とは何か」といった本質的な問題に対して、新しい視角から根拠付けを行いうるような哲学者であったり、思想や歴史の大きな枠組みを視野に入れた政治学者、経済学者などを意味している。
 次に、「学者」の資質・能力を検討したい。第二章の研究方法の特性でも指摘したとおり、人文学及び社会科学においては、実証的な研究とともに、その価値的前提を問うというレベルの研究があり、後者については、研究成果が個別的、一義的に決まるという性格のものではなく、「説得性」の確保を評価のメルクマールとせざるをえないような「対話」を通じた「枠組み」の共有へのプロセスが研究として意味をもつという性格のものであった。これらを加味すると、人文学及び社会科学を担う「学者」にとって必要な資質・能力としては、ディシプリンを成立させている専門分野固有のコード(「学」のコード)の習得に加え、価値の間の「バランス感覚」とか、専門分野固有のコードの根源にある「学問」のコードの習得が求められる。

 このように、総合的な知を扱いうる卓越した「学者」を養成していくためには、次の二点の取り組みが考えられる。ただし、行政が取り組むべきものもあるが、アカデミズムや大学が自ら取り組むべきものもあることに留意が必要である。

(2)幅広い視野を醸成するための基礎訓練期間の確保の必要性

 第一は、幅広い視野を醸成するための基礎訓練期間の確保である。
 このためには、まず、短期的な研究成果が性急に要請される研究環境の緩和が必要である。一般に、このような研究環境の下では、短期的な研究成果を創出しやすい研究テーマを選択しがちであり、長期的に取り組むべき大きなテーマの研究が行われにくくなることが危惧される。例えば、「西洋文明」や「中国文明」を基層からしっかりと理解するためには、ギリシア、ローマの古典や漢籍等を自由に読み込める能力の育成が必要であるが、このような能力の育成は短期間では困難である。この結果、西洋古典学や中国思想といった他の学問の基礎となる視点を提供するような学問を志す者が減少するのは、ある意味で自然のことである。
 次に、専門を決定する時期をある程度遅らせてでも、若い時代に幅広く多様な学問を学ぶ機会を確保することが必要である。多様な学問を幅広く学ぶ機会を有することにより、幅広い知的基盤に立って研究テーマを設定することができる。異分野との「対話」の結果形成された幅広い知的基盤に立つことにより、当該研究テーマが有する重要性や解決可能性についての判断力がしっかりと培われた上で、研究に取組むことができる。確かに、専門化の時期が早ければ、大学院生の段階で国際水準のジャーナルに掲載されるような論文を執筆できる場合もありうる。しかし、その後の研究の展開がはかばかしくないというケースも、時に見受けられるのである。
 最後に、「原典」を重視した教育の重要性である。研究の原点としての「原典」が重要な役割を果たしている分野の場合には、何がその分野において本質的な問題であるのかを判断する能力を育成するためには、「原典」を重視した教育が行われることが必要である。

(3)評価の確立

 第二は、独創的な研究成果を創出した「学者」を評価するための「評価」の観点の確立である。
 「評価」については、別途、「節」を設けるが、結局のところ、「学者」の養成のためには、適切に評価が行われる環境の整備が必要であることは当然のことである。むしろ問題なのは、「評価」の観点が「学者」の養成にとって意味のある実質を備えているかということ、及び「評価」を実施するためのシステムが適切に構築されているのかということにある。
 前者については、専門分野固有のコードに従っているかという観点とともに、専門分野固有のコードの根源にある「学問」のコードに従っているかという観点かが重要である。また、短期的な成果を性急に求めるという姿勢からではなく、これまでに存在しない知を創造したり、新しい認識の枠組みを提示するといった人類の知的資産を増やす方向での研究成果に対する「評価」が行われることが重要である。また、そのような「評価」に見合ったキャリアパスを整備することも必要である。
 後者については、まずは、幅広い視野に立った上で独創的な成果を創出し、人類の知的資産を増やすことに多大の実績を有する「知の巨人」と言いうるような「学者」の見識への信頼を前提とした「評価」を実現できるシステムの構築という視点を持つことが重要である。これは、かつて学術審議会の建議において指摘された学術の発展に果たす「名伯楽」の存在の重要性という考え方と同様の考え方である。
 そして、このような考え方を踏まえた上で、自然科学のような「査読論文」というシステムを導入するべきなのか、また「大学の紀要」という学内の評価システムを改善するべきなのか、それとも「書籍の刊行」といった学術成果の市場への流通を評価システムと考えるのか、これらのバランスの上に評価を行うのか、あるいはこれら以外の評価システムを別途構築するのか、アカデミズムや大学を中心に検討することが必要である。

第四節 研究体制、研究基盤の整備・充実

(1)国公私立大学等を通じた共同研究体制の推進

 人文学及び社会科学の分野では、研究者は国立大学のみならず、私立大学等に数多く在籍しているなど、少数の研究者が多数の大学に散在していること、さらに、研究に必要な学術資料や学術データ等も国公私立大学や博物館等に広く散在していることが特徴である。
 自然科学の諸分野では、大型プロジェクトの総合的推進、先端研究施設の共同利用促進等の観点から、多数の共同研究拠点が整備されているが、人文学及び社会科学が置かれたこのような物理的条件と今日的状況等を踏まえれば、国立大学、公立大学、私立大学等を通じた共同研究の促進及び研究者ネットワークの構築、並びに学術資料等の共同利用促進等など、研究体制や研究基盤整備を抜本的に強化することが必要である。さらに、このような取組は、若手人材の養成、国際共同研究の観点からも有益である。
 以上の趣旨を踏まえ、平成20年度から、人文学及び社会科学分野における共同研究拠点の整備を私立大学等にも拡大することを目的とした「人文学及び社会科学における共同研究拠点の整備の推進事業」(文部科学省事業)が開始されたところである。
 今後とも、共同利用・共同研究の組織整備を強化する中で、研究者ネットワークの構築、学術資料等の共同利用促進等による私立大学等も含めた共同研究を一層促進し、人文学及び社会科学の新たな研究体制の構築を目指すことが重要である。 
 なお、国公私立大学等を通じた共同研究拠点の整備に当たっては、研究者のネットワークを構築する観点からの取組と、学術資料等を中核とする研究拠点を確立する観点からの取組の両側面への配慮を行うことが必要である。その際、調査データや資料等の集積がある大学や、規模は小さくとも特色ある研究が実施されている大学等をハブ機関とするなど、多様な視点から研究の拠点を育成していくという視点が重要である。

(2)実証的な研究方法を用いる研究に対する支援

 第二章において指摘した実証的な研究方法を用いる研究については、研究基盤の整備が必要である。これまで、往々にして、人文学及び社会科学の研究には多額の研究費や一定規模の施設、設備は必要ないという言説が流布していた。このような誤解があったが故に、実証的な研究方法を用いた人文学及び社会科学の研究に対する支援に対する社会的な認知、場合によっては学内的な認知さえ十分ではなかったと考えられる。
 しかし、新しい研究方法の導入は、学問に革新的な展開をもたらし、斬新な知見を獲得させる契機となる場合が多い。もちろん、多額の研究費や一定規模の施設、設備を必要としない研究もあるが、新しい研究方法の導入や、共同研究等の活性化を通じた研究規模の拡大など、人文学及び社会科学においても、多額の研究費や一定規模の施設、設備を必要とする研究が展開しているのである。また、今後、一層の展開が予想もされるという状況にある。
 このような状況を踏まえ、ここでは、人文学及び社会科学においても、フィールドワークを中心とした研究、コンピュータシュミレーションを用いた研究、実験的な手法を導入した研究といった実証的な研究方法を用いた人文学及び社会科学の研究を支援していくことを提言したい。

第五節 研究成果の発信

(1)基本的な考え方

 ここでは、「他者」との「対話」という観点から、研究成果の発信について、2つの視点を提起したい。
 まず、社会との「対話」という観点から、研究成果を受容する「読者」を社会において獲得するという視点である。また、このような視点の延長として、大学等における教養教育の充実が、未来の「読者」の涵養に資するという視点が生まれる。
 次に、海外に向けた研究成果の発信という視点である。学術的にも、歴史や文化の面でも異質な文脈の下で(反論も含めた)理解と関心を獲得することの意味は大きい。
 このように、「他者」との「対話」の機会を拡げていくという視点に立った取組みがなされれば、研究成果の発信の量が増えるということにとどまらず、人文学及び社会科学の質を高めるという意味での振興につながると考えられる。

(2)研究成果を受容する「読者」の獲得

 まず、研究成果としての著作物や翻訳作品等を受容する「読者」を社会において獲得するための取組みについてである。
 ここで、「読者」とは、思想や歴史、文学作品といった諸「古典」の「読者」や、人間や社会を取り巻く諸問題を題材にした新書などの「読者」といった、いわゆる社会における「教養層」とでも言いうる一群の人々が想定される。
 これらの「読者」を獲得するためには、「教養」の社会的拡がりの確保が必要であり、また、「教養」の社会的拡がりは、学術論文とは別に著作物や翻訳作品等の刊行を通じた「学者」自身の社会との「対話」の努力と、メディア関係者の理解と協力を得ることにより実現されていくものと考えられる。
 また、大学等において、「他者」との「対話」という観点から国際的な通用性を持ちうるような「教養教育」が確立され、そのような「教養教育」を担う教員の講義や演習における学識と熱意が学生の人格や知的履歴の形成に与える影響によって、将来の「教養層」の厚みが決まると考えることもできる。もちろん「教養」の形成は、個人に属する事項であり、本来は個人のモチベーションとアクティビティーによって担われるべきものではある。しかし、それが単なる知識の習得ではなく、人格や知的履歴の形成につながるものであるとすれば、教員と学生との「対話」としての「教養教育」が果たす役割は、決して小さなものではない。

(3)海外に向けた研究成果の発信

 次に、海外における研究成果の発信のための取組みについてである。「他者」との「対話」という観点からは、異なる歴史や文化の文脈において、また、異なる学問分野の文脈において、研究成果が(反論も含め)受容されることが、学問として意味を持つことは言うまでもない。
 海外発信の取組みも、一義的には、「学者」自身の努力によるところが大きいのであるが、日本語で執筆された著作物の中で、現在又は将来における「古典」となりうるような質の高いものを体系的に翻訳して、出版するといった取組みや、そのための体制整備や人材育成等について、今後の検討が必要である。
 なお、研究成果の海外発信については、国際文化交流という観点から、即ち、文化のレベルでの「対話」という観点から考えることも重要である。

(4)使用言語の多様性

 人文学及び社会科学が、研究主体、研究対象及び研究プロセスといった研究の各場面において、「歴史」や「文化」に拘束されていることを踏まえると、研究プロセスにおいて使用する言語は、「学者」と研究対象との関係で決定されることが原則となる。したがって、人文学及び社会科学においては、使用言語は「学者」と研究対象との関係で多元化するものと理解できる。
 即ち、人文学及び社会科学の研究プロセスを、「学者」が体現している「歴史性」や「文化性」と研究対象の「歴史性」や「文化性」との間の「対話」ととらえた場合には、使用言語は母国語(日本語)又は研究対象が体現している「歴史性」、「文化性」を表現するのに相応しい言語となるのが自然である。
 同時に、人文学及び社会科学が「他者」との「対話」を通じた通文化的な「普遍性」を獲得できる可能性を有するという観点から、英語等の国際的に通用性の高い言語を使用することは必須と考えざるを得ない。

第六節 研究評価の確立

(1)基本的な考え方

 「研究評価」とは、学術水準の向上等を通じて学問の発展を促すことを目的として、研究プロセスの適切性、研究成果の独創性等の観点から、主として専門家相互間で行われる研究の検証システムである。
 従来、定量的な指標になじみにくいなどの理由から、人文学及び社会科学の「研究評価」は困難であるという見方が多かったように思えるが、ここでは、学術水準の向上を目指す観点から、人文学及び社会科学についても、その特性を踏まえた上で「研究評価」をシステムとして確立させることが必要であることを提起したい。そして、さらに、このような問題意識を踏まえ、人文学及び社会科学の特性を踏まえた適切な「研究評価」を考えるに当たって、いくつかの留意すべき事項を指摘しておきたい。

(2)「知の巨人」による「評価」

 まず、幅広い視野に立った上で独創的な研究成果を創出し、人類の知的資産を増やすことに多大の実績を有する「知の巨人」と言いうるような「学者」の見識への信頼を前提とした評価システムの構築という視点を持つことが重要である。その際、複数の「知の巨人」による評価システムを構築し、評価の質と多元性とを両立させる工夫が求められる。

(3)定性的評価

 次に、評価指標の設定については、定量的な評価指標を設定できるものは可能な限り設定しつつも、定性的な評価指標が評価の実質を担うべきであることを確認することが必要である。このような基本的な考え方を踏まえた上で、初めて「新規性」、「独創性」、「国際的通用性」、「検証可能性」等々の具体的な評価指標を設定していくことができるのである。

論点 具体的な評価の指標(観点)として何が考えられるか。【再掲】

 これまでの審議を踏まえると、人文学及び社会科学の評価にあっては、定性的な評価が重要であると考えられる。また、具体的には、複数の「知の巨人による評価」のシステムが必要という方向性の議論となっていたと思われる。
 残された課題としては、以下が考えられる。

○具体的な評価の指標(観点)として何が考えられるか。
○定性的な評価システムを担う「知の巨人」を選ぶ基準は何か。あるいは、「知の巨人」とはどのような性格の人か。

お問合せ先

研究振興局振興企画課学術企画室

(研究振興局振興企画課学術企画室)