人文・社会科学の振興について-21世紀に期待される役割に応えるための当面の振興方策-(報告) 概要

平成14年6月11日
学術分科会

はじめに

  • 今日、日本を含む国際社会は、世界的規模での人口問題、科学技術の加速度的進展の負の側面、また経済不安や民族対立、テロリズムの国際化など、様々な問題に直面。また、身近な世界でも、日々の営みにおける精神不安、社会規範の弛緩、子供をめぐる教育問題等、人間の生き方にかかわる諸問題が現出。
  • 現代的諸問題を克服していくうえで、人文・社会科学が有する批判的役割や文化の担い手としての役割、人文・社会科学による新たな知の組み換えなどの使命に対する期待が大きい。
  • このようなことを踏まえて、科学技術・学術審議会学術分科会の下に人文・社会科学特別委員会を設置した。同特別委員会では、人文・社会科学分野において当面重要と考えられる課題及び振興方策について審議を行い、本報告を取りまとめた。

1.21世紀の人文・社会科学の使命

(1)人文・社会科学の批判的役割

  • 人文・社会科学には、人間の営みや様々な社会事象を省察し、あるいは批判を加えるという学問としての役割があり、政策の妥当性の吟味、科学技術の在り方やその社会的浸透についてのモニタリング(批判的観察や情報の蓄積)などに貢献することが求められている。

(2)文化の継承と発展

  • 人文・社会科学の研究は、人間の精神生活の基盤を築くものとして、文化の継承と発展において重要な役割を担うもの。特に人文学は、人々の現代に生きる意味について応えて行くなど、その役割は一層重要になっている。
  • グローバル化とボーダレス化が進展する今日、人文・社会科学は、学問的活動を国際的に展開することによって、諸民族、諸国民社会、諸地域社会の共存・共生の道を拓いていくことが重要。

(3)現代的諸問題の解決への貢献

  • 人文・社会科学に対し、人類が直面している現代的諸問題を解決していくための、人々の思索や行動の手がかりや拠り所の提供が強く要請されており、人文・社会科学は、研究成果に基づいた解決のための多様な素材の提供・提案という形で積極的に貢献することが必要。

(4)知の組み換え

  • 現代的諸問題の複雑性を視野に取り込み諸問題の克服と解決に向けて、異なる分野・領域間の相互接触、協働、さらに専門分野・領域を超えた学問の融合の試みも必要。このような取組を通して、各分野・領域の学問が変容を遂げる中で、新たな知の枠組みが創成。

2.我が国の人文・社会科学の現状と課題

(1)研究・教育の細分化と閉鎖性の打破

  • 我が国の人文・社会科学は、多くの場合、研究・教育活動が専門化・細分化され閉じた体系の中で行われているのが現状であり、研究者の課題意識やテーマ設定も細分化された狭い関心のみに向く傾向が強く、研究課題の社会との関わり、問いかけや自己省察が不十分。また、学問の発展や、新たな問題の出現に対応して新分野を創造し開拓していく活力という観点から、より柔軟で開放的な研究・教育体制への変容が必要。

(2)現実的課題への関わりの強化

  • 現実的課題の解決に対する学問としての責任と応答が不可欠であり、研究成果による社会への提言、問題解決のための素材の提供等が必要。そのための在り方の一つとして、政策の実施結果に対するモニタリングや、それによる政策評価を含む政策分析型研究、直接的な政策提言型研究の推進などにより、人文・社会科学の成果が現実の政策に活かされることも必要。

(3)国際的な交流・発信の積極的な取組

  • 我が国の人文・社会科学の個々の研究成果及びレベルは諸外国に比べて決して劣るものではないが、その成果は日本語で表現されることが圧倒的に多く、英文学術雑誌の刊行、論文投稿など成果の国際発信といった点を含め、国際的な取組が不足。我が国の優れた研究成果を英語等で世界に向けて発信する組織的な取組が必要。
  • 諸問題の分析や解決への提案を、国際的ワークショップ、シンポジウム、フォーラムにおける外国研究者との対話や共同研究を介して推進し、国際社会における我が国の貢献が期待される。

3.人文・社会科学の振興方策

 文化の継承と発展に取り組むという観点に立ち、その意義と役割を再確認し、その成果が現実社会にもたらす効果を念頭におき、人文・社会科学に課せられた諸課題に応え、21世紀の人文・社会科学にとりわけ期待される役割を確実に果たしていくため、特に次のような短期的・中期的方策が緊要。

(1)分野間・専門間の協働による統合的研究の推進

1.課題設定型プロジェクト研究の推進

  • 現代社会において人類が直面している問題の解明と対処のため、人文・社会科学の各分野の研究者が協働して学際的、学融合的に取り組む研究を進め、その成果を社会への提言として発信することが必要。
  • 「課題設定型プロジェクト研究」の展開に際しては、直面する現実問題を研究者自らが課題として設定し、この課題を研究するため専門化、細分化した学問の統合化、総合化を積極的に進めることが必要。また、研究を推進する上で、研究者のイニシアティブ、柔軟な協働体制、調整と効果的運営におけるリーダーシップが何より必要。
  • 研究の推進に際しては、研究者のイニシアティブの下、学術振興の中核機関である日本学術振興会の機能などを最大限活用すること、大学・各機関に所属する研究者の期限付き流動化、若手研究者も含むプロジェクト・リーダーの養成などが不可欠。
    《諸学が協働する課題設定型プロジェクト研究の領域の例》
    ア.知の遺産を始めとする日本の在り方と今後の変容について研究する領域
    イ.グローバル化時代における多様な価値観を持つ社会の共生を図るシステムについて研究する領域
    ウ.科学技術や市場経済等の急速な発展や変化に対応した社会倫理システムの在り方について研究する領域
    エ.過去から現在にわたる社会システムに学び、将来に向けた社会の持続的発展の確保について研究する領域

2.「地域」を対象とする総合的研究の推進

  • グローバルなレベルからローカルなレベルにわたる様々なレベルの「地域」を対象とする研究は、統合的研究の中でも人文・社会科学の積極的なイニシアティブが求められる複合領域であり、諸学協働の統合的研究の貴重なアリーナの一つ。そこでは、諸地域の文化や歴史を研究するにとどまらず、従来の国際政治・経済研究の発展を図る意味での、地域の知識に根ざした政策研究なども考えられる。それには例えば、アジア、アメリカ、イスラム圏などの諸地域が対象となろう。
  • このため、地域情報の蓄積・処理・発信拠点の整備、海外拠点の整備、現在ある研究機関を拠点とした学際的・国際的アリーナの設定などが考えられる。

(2)若手研究者の育成

  • 21世紀の人文・社会科学の使命を担う若手研究者の育成のために、大学において主専攻・副専攻制など、既存の枠を超えた幅広い分野の素養を身につけることができる教育の在り方について検討することが必要。また、海外派遣や学会参加など若手研究者が海外で研究活動を行う機会を拡大することが重要。

(3)国際的な交流・発信の推進

  • 現代的諸問題に対して、各国の研究者が交流し、共同して研究を行うことができる国際共同研究の場の設定、外国人研究者の受入れの促進が重要。また、外国語による論文作成(アカデミック・ライティング)などの語学教育の充実とあわせて、翻訳者や校閲者の確保等編集機能の強化が重要。
  • 電子的な媒体による研究成果の発信のため、国立情報学研究所が大学図書館等と連携して研究成果の国際流通のための取組を行うことが必要。

(4)研究基盤の整備

  • 人文・社会科学において、図書等の文献・資料は研究に不可欠なものであり、図書館等の機能の充実ため、図書館の目録情報の遡及入力するための財政措置を講じることが必要。また、図書館等の機能の充実を図るため、高度な知識及び研究開発能力を有するスペシャリストを養成することが重要。
  • データベースの整備と流通促進のため、統一されたルールとネットワーク作りの推進、また、研究成果の発信システムの整備のため、効果的な情報発信システムの設計・構築を行うことが有効。