ビッグサイエンスの在り方について(報告)

2003年10月2日
科学技術・学術審議会

 本年6月19日の総合科学技術会議において、「平成16年度の科学技術に関する予算、人材等の資源配分の方針」が取りまとめられた。

 この資源配分方針においては、基礎研究の推進に関連して、「ビッグサイエンス(大きな資源の投入を必要とするプロジェクト)については、グローバルな観点からの評価に加え、競争的研究資金も含めた基礎研究全体の中でのバランスに配意する。さらに、費用対効果を厳格に検証した上で、ビッグサイエンスの実施や継続の適否について、専門家的な立場からとともに、国民的な観点も踏まえて判断し、我が国の発展の源泉となるものについて、効果的・効率的に推進する。」旨の記述が盛り込まれている。

 これまで、我が国の学術研究においては、学術審議会(現在の学術分科会)の審議等を踏まえながら、大学共同利用機関や国立大学の附置研究所を中心に数々の大規模プロジェクトが実施されてきており、その中からノーベル賞の受賞につながるような第一級の成果が創出されるなど、我が国の学術・科学技術の発展に極めて大きな貢献を果たしているといえる。
 しかしながら、これらの研究プロジェクトについては、研究手法の高度化や研究装置の大型化に伴い、ますます巨大化する傾向にあり、多くの資源を投入することが必要となってきている。一方、国の厳しい財政状況等に鑑みれば、このような大規模プロジェクトについては、その意義や優先度等を厳しく評価するなどして、効果的・効率的に推進することが求められている。

 このため、本分科会では、総合科学技術会議の資源配分方針の指摘を踏まえつつ、ビッグサイエンスの定義、意義、必要性やその推進の在り方などについて検討を行い、その考え方を以下のとおり取りまとめた。

1.「ビッグサイエンス」の定義

 ビッグサイエンスの在り方について検討するに当たっては、まずその定義、すなわちどのようなものをビッグサイエンスと捉えるのかを明らかにしておくことが必要であるが、資源配分方針では、基礎研究における「大きな資源の投入を必要とするプロジェクト」とされているだけで、ビッグサイエンスの定義は必ずしも明確にされていない。
 一般的に言えば、「大きな資源の投入を必要とするプロジェクト」としては、例えば、大学共同利用機関等で行われてきた加速器科学の分野における大型加速器や、天文学の分野における大型望遠鏡、宇宙科学の分野におけるロケットや科学衛星など、研究遂行上、大規模で特殊な研究施設・装置を用いることが不可欠であり、その建設・製作や運転等に多額の経費を要する研究プロジェクトがこれに該当すると考えられる。

 一方、このような大型の施設・装置を用いた一極集中型による研究遂行が必要とされる分野以外においても、研究内容や研究手法の高度化・多様化により、分散型ではあっても、一定の明確な目標管理の下に多くの人的資源を集中投入して、大規模かつ計画的に進められる研究プロジェクトも多くなってきている。例えば、生命科学の分野におけるゲノム解析などがその例であり、人件費まで含めて研究資源の投入額を捉えれば、これらのプロジェクトもビッグサイエンスに含めることが適当と考えられる。

 さらに、大学共同利用機関等において学術研究・基礎科学のプロジェクトとして行われるもの以外にも、実用化を視野に入れた技術開発的な要素を持つ大規模プロジェクトも数多くある。例えば、実用衛星の打ち上げや宇宙の利用を目的とする宇宙開発の研究、原子力の分野における実験炉、原型炉の建設・運転などがこれに該当するが、大きな資源の投入を必要とする点で共通性があることから、これらのプロジェクトについてもその資源配分の在り方については今後とも慎重な検討が必要であると考えられる。しかし、これらは、基礎研究とは言い難く、今回の検討の対象に含めることは適当ではないと考えられる。

 本分科会では、上記のような技術開発目的の大規模プロジェクトの存在を考慮しつつも、大学共同利用機関等において、学術研究・基礎科学の研究として行われる、主として大型の施設・装置を用いた大規模プロジェクトを念頭に置いて、「ビッグサイエンス」の在り方について検討を行うこととした。

2.「ビッグサイエンス」の意義及び必要性

 国としてビッグサイエンスを推進することの意義及びその必要性は、いくつかの観点から検討することができるが、本分科会では、次のとおり整理した。

(1)学術上の観点

 ビッグサイエンスは、最先端の技術や知識を集約し、世界屈指の大型施設を建設することにより、人類未到の研究課題に挑戦するものであり、その中からは、従来の科学のパラダイムを変えるほどの独創的かつ画期的な成果が生み出されることが期待される。例えば、1975年から2002年までの28年間にノーベル物理学賞を受賞した者のうち、加速器をはじめとする大型施設に関連した研究による者の数は11人にのぼるなど、ビッグサイエンスは、基礎科学の分野における独創的な成果の創出という点で極めて有効かつ効果的であると考えられる。また、研究面における最先端のピークを創出することによって、周辺領域の研究を進歩させるなど、我が国はもとより世界の学術研究全体を先導していく役割を有している。

 また、ビッグサイエンスは、大型の研究施設・装置を備えた研究拠点を中心に推進されるものであるが、通常は、その拠点に所属する研究者だけでなく、国内外の多くの研究者によって共同利用され、あるいは共同研究が行われている。つまり、資源を重点投資して研究を進めることは、研究成果を効果的・効率的に生み出す観点からも大きな意義を有している。

 さらに、加速器科学の研究の中から、放射光を利用した物質の構造解析の新たな研究手法が生まれたり、ニュートリノの観測装置を用いることによって、ニュートリノ天文学という新たな学問が発展した例などに見られるように、ビッグサイエンスを推進することによって、技術の進歩により新たな応用分野が創出されるとともに、他の研究分野へ極めて大きな波及効果、応用効果を生み出すことも多い。

 また、ビッグサイエンスに関わった研究者や技術者が、プロジェクトの終了後に様々な分野や場所に移動して新たな活動に取り組むことによって、我が国の学術・科学技術の全体的な発展に貢献するという意味からも、その波及効果は大きいといえる。

(2)国際的な観点

 ビッグサイエンスは、世界最先端の研究成果を目指すものであるから、必然的に世界的な規模での国際競争又は国際協調の関係の中で進められることになる。したがって、その意義や必要性を検討するに当たっては国際的な観点が重要である。この観点から見た場合、ビッグサイエンスには以下の3つの意義があると考えられる。

 第一は、加速器科学におけるBファクトリー計画やニュートリノ研究におけるスーパーカミオカンデなど、世界一を目指してサイエンスとしての我が国の独自性を追求し、国際的リーダーシップが発揮されていることである。

 第二は、アルマ計画、欧州合同原子核研究機関(CERN)のLHC計画など、世界の学術研究の発展に我が国として積極的に貢献していく観点から、国際協調・国際共同による推進が図られていることである。なお、人類未到の領域へ挑戦していくために研究施設・装置がますます大型化・高度化し、それに係る経費も高額化する傾向にあることから、国際協調・国際共同による効率的かつ効果的な成果の創出が期待されるようになってきている。

 第三は、国としてのある種の技術安全保障の観点での貢献が期待されることである。国際的な枠組みの中で、日本がその一端を担って政策的に必要なプロジェクトとして、参加しているものがその例である。このようなプロジェクトは、基礎科学の分野というよりも、むしろ技術開発的な要素の強いものにおいてみられることが多いが、基礎科学におけるビッグサイエンスのプロジェクトについても、副次的にはこのような意義が認められるものもある。

(3)社会的・経済的効果の観点

 ビッグサイエンスは、多くの人的・物的資源を投入し、長い歳月をかけて行われるものであり、また巨大な研究施設・装置を研究者のみならず一般国民も実際に目にすることができる。このため、ビッグサイエンスは、科学の無限の可能性と、人間の根源的な欲求である知的好奇心に駆られて、それに挑戦する研究者の姿を我々に強く印象づけるなど、それ自体人類の壮大な営みの一つともいえるものである。したがって、ビッグサイエンスを実施することによって、広く国民一般、とりわけ未来を担う青少年に夢やロマンを与えるなど、学術・科学技術に対する関心と理解を高めるという点で大きな意義がある。また、ビッグサイエンスには、施設・装置の建設や運転等に多くの技術者が関わっており、我が国の産業を支える企業の技術者の夢を育み挑戦意欲を喚起する大きな力を有している。

 また、ビッグサイエンスは、最先端で独創的な施設・装置の建設、運転等を通じて、革新的技術などのブレークスルーをもたらし、産業技術力の向上、我が国産業の国際競争力の強化にも大きく貢献している。

 なお、このように科学的のみならず、社会的・経済的にも大きな意義を持つビッグサイエンスを国として積極的に推進することは、科学技術創造立国を目指す我が国としての姿勢を示すとともに、その速やかな実現を図るという観点から、極めて重要であると考えられる。

3.「ビッグサイエンス」の推進の在り方

 ビッグサイエンスの意義、必要性は上記のとおりであり、世界的な研究の進展の状況、我が国における研究動向や社会のニーズ等を踏まえながら、必要な研究を着実に推進していくことが重要であるが、各プロジェクトに投入される資源は通常の研究活動に比べて格段に大きく、またプロジェクトの期間も長期にわたることが多い。したがって、ビッグサイエンスを実施するに当たっては、以下のとおり、様々な視点に留意をする必要がある。

(1)研究開発全体におけるバランスへの配慮

 研究開発を推進していく際には、我が国の研究開発全体におけるビッグサイエンスと他の分野の研究との資源配分のバランスを考慮する必要がある。

 そこで、研究開発に対する資源配分の状況を把握するため、文部科学省所管の科学技術関係経費の中から、基礎的、基盤的な研究開発に関する研究経費を取り出し、それをビッグサイエンスに係るものと、その他の研究活動(ここでは、これを仮に「スモールサイエンス」と呼ぶこととする。)に係るものとに分類し、それぞれ過去5年間の予算額の推移を調べてみた。その結果は付図(PDF:9KB)(※下記参照)のとおりである。
 これによると、スモールサイエンスの予算額は、平成11年は約5,900億円であったものが、平成12、13年度は約6,400億円、平成14年度以降は約6,900億円と増加している。
 これは、平成13年3月に策定された第2期科学技術基本計画を踏まえ、競争的資金の拡充が図られてきたことや、ライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料のいわゆる重点4分野への予算の重点化等が図られきたことなどが主な要因であると考えられる。また、ビッグサイエンスの予算額は過去5年間、毎年約900億円から1,000億円の水準で推移するなど着実な推進が図られている。これらの結果として、平成15年度においては、スモールサイエンスは、ビッグサイエンスのおよそ7倍程度の予算措置がなされている。
 スモールサイエンスに対するビッグサイエンスの比率がどうあるべきかという点について、明確な根拠や理由をもって示すことはそもそも困難であるが、この予算額の推移を見る限りにおいては、ビッグサイエンス、スモールサイエンスともに着実な推進が図られてきており、一方が他方を圧迫するなど突出している状況は特にうかがわれない。

 今後とも、ビッグサイエンスについては、他の分野の研究活動を圧迫することのないよう我が国の研究開発全体における資源配分の適正なバランスに配慮しつつ、着実に推進すべきである。

(2)ビッグサイエンスの多目的化、国際化

 ビッグサイエンスの効率化という観点からは、施設・装置の多目的利用について考慮することも重要である。現在においても、大学共同利用機関等の多くの大型施設・装置は、国内外の広範な研究者の共同利用に供されている。例えば、加速器は、単に物理学の研究者だけでなく、化学や医学、更には考古学等の研究者にとっても利用価値の大きいものである。今後とも、これらの施設・装置については、幅広いユーザーのニーズを反映するよう、計画上、あるいは運用上の工夫が図られるべきである。

 また、プロジェクトの大型化、グローバル化に伴い、一国だけでビッグサイエンスを進めることは今後ますます困難な状況になってくると予想される。したがって、全世界的な国際的共同プロジェクトとして実施するケースも多くなるであろう。国際的共同プロジェクトに参加するに当たっては、プロジェクト全体における我が国の役割分担をはじめ、我が国としての学術・科学技術上の意義を明確にするとともに、我が国がリーダーシップをとれるよう適切なタイミングで参加することが必要である。

(3)ビッグサイエンスの評価

 ビッグサイエンスについては、投入される金額が極めて大きく、プロジェクトが長期間継続することから、他分野の研究の推進や社会・経済に対する影響も大きい。したがって、当該分野の研究者の間だけにとどまらず他分野の研究者や広く社会一般の支持を得て推進されなければならず、とりわけ厳格な評価が求められる。

 ビッグサイエンスの評価に当たっては、国際的に見た学術上の意義や、社会的・経済的効果の観点も踏まえ、事前・中間・事後にわたって厳格な評価を実施し、それに基づいてプロジェクトの実施や中止・変更等の措置を講ずるとともに、評価結果を積極的に公表し、発信していくことが重要である。

 これまで、大学共同利用機関等におけるビッグプロジェクトについては、学術審議会等における評価に基づき進められてきたが、今後とも評価に外部の幅広い意見を反映させるなど、評価の公正性、客観性、透明性を一層高めるよう工夫が必要である。

(4)ビッグサイエンスの評価及び推進に係る審議体制の充実・強化

 このように、社会や国民の理解を得つつ、ビッグサイエンスを効果的・効率的に推進するためには、とりわけその評価が重要であり、個々のプロジェクトの意義や必要性だけでなく、プロジェクト間の優先付けや、更にはスモールサイエンスを含めた我が国の研究開発全体を視野に入れた資源配分の観点から見て、そのプロジェクトを推進することが適当かどうかなどを判断しなければならない。したがって、学術研究の自主性・自立性を保ちつつも、このような評価や全体調整を行うためのしっかりとした審議体制を構築することが不可欠である。

 従来の学術審議会には、特定研究領域推進分科会が置かれるとともに、同分科会の下に分野別の部会が置かれ、ビッグプロジェクトの評価をはじめ、特定分野の研究の推進方策について研究者の意向を汲み上げながら審議が行われてきた。

 今後とも、ビッグサイエンスの評価については、共同利用・共同研究体制の整備といった観点に留意しつつ、まずはそれに関わる研究者集団の発意が十分に活かされることが重要であり、外部の目を通したチェックを常に行いながら、学術的な意義についての専門的で自律的な検討が行われることが重要である。

 また、ビッグサイエンスにおける各プロジェクト間の優先付けや、研究開発全体の中でのバランスへの配慮など、全体調整を行うための検討には、特に学術研究・基礎科学の分野においては現実的にはかなりの困難が伴うと思われるが、説明責任を果たしつつ、効果的・効率的にビッグサイエンスを進めていく上で、今後その必要性は益々大きなものとなるであろう。このような課題については、基本的には、各分野の研究者が中心となって、我が国の学術研究全体の発展を図る観点に立って真剣な議論を重ねる中で、最適な選択を行うべく努力を続けていくことが何にも増して肝要と思われる。

 以上の点を踏まえれば、今後ビッグサイエンスの評価やその推進についての審議を行う上で、学術分科会が担うべき役割は極めて大きいものと考える。これらの課題に対して、十分かつ機動的な検討を行うことができるよう、本分科会の審議体制の充実・強化を早急に図ることが必要である。

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研究振興局振興企画課学術企画室

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(研究振興局振興企画課学術企画室)