「科学研究費補助金の改善について」(科学技術・学術審議会学術分科会研究費部会報告)

2001年7月10日
科学技術・学術審議会

平成13年7月10日

はじめに

 本部会は、本年3月30日に第2期科学技術基本計画が閣議決定されたことを契機とし、4月以来5回にわたり、現在の学術研究を巡る諸状況に照らし、科学研究費補助金について改善すべき点に関し検討を行ってきた。
 本報告は、科学研究費補助金を巡る当面の状況から、まず着手すべき事柄を中心に、これまでの検討結果をとりまとめたものである。
 一方、今日においては大学改革、さらには教育改革の進展も速度が高まっており、新たな展開の方向が打ち出されつつある。今後、科学研究費補助金の在り方もこれらの動きとの関連でさらに変革が必要となる部分もあり得よう。

1.学術研究の意義と科学研究費補助金の役割

(1)学術研究の意義

 学術研究は、あらゆる学問分野において、新しい法則・原理の発見、方法論の確立、新しい知識や技術の体系化、先端的な学問領域の開拓等を目指すものであり、研究者の自由な発想と研究意欲に基づき、研究者自らが研究テーマを設定し、研究を実施するものである。
 また、学術研究は、その成果の応用展開、技術化を通じて社会的課題を解決するなど、国家・社会のあらゆる分野の発展の重要な基盤となるものである。
 国家・社会の発展につながる画期的な技術革新の芽は、幅広い分野にわたる多様な学術研究の中から生み出されることが多い。研究者の自発的な意思による多様な研究こそが、幅広い産業の創出に真に資するものと言える。
 例えば、光通信は1980年代後半から世界的な発展をなし、今では情報基盤産業として一大市場を形成している。ところが、その礎となる半導体レーザ・光ファイバ研究の初期を見ると、産業ニーズが必ずしも大きくなかった1960年代から、我が国をはじめとする大学等研究者の学術的探究心により取り組まれ、それが次第に実用化へと向かったのであった。

(2)科学研究費補助金の目的と役割

 科学研究費補助金は、研究者の自由な発想に基づく多様な学術研究を格段に発展させることを目的とする研究費であり、人文・社会科学から自然科学、更にそれらの複合領域まで学問の全分野にわたり、研究者からの申請に基づく研究課題のうちから優れた研究を厳正な審査を経て、競争的、選択的に支援するものである。
 科学研究費補助金は、将来への発展可能性を秘めた萌芽的研究や若手研究者の優れた着想による研究を含む大学等における基礎的な研究を格段に推進する上で不可欠なものであり、我が国の研究基盤を形成するための基幹的研究費である。
 さらに、大学においては、科学研究費補助金による研究に大学院学生を含む若手研究者等が参加することが、研究者や高度な職業人養成の観点からは極めて有意義である。科学研究費補助金の意義の一つとして、人材養成なかんずく研究者養成への寄与が強調されるべきである。

2.科学研究費補助金の現状と拡充の必要性

(1)科学研究費補助金と他の競争的資金の現状

 科学研究費補助金の予算額は、第1期科学技術基本計画期間中に大幅な拡充が図られており、平成8年度に1,018億円であったものが、平成13年度には、約1.6倍の約1,580億円となった。
 一方、この間の我が国の競争的資金全体を見ると、第1期科学技術基本計画の策定以降、各省が競争的資金を用いた研究制度を創設する中、総額は約1.9倍となっており、科学研究費補助金が競争的資金全体に占める割合は、平成8年度に約60%であったものが、平成13年度においては約50%にまで減少してきている。

(2)科学研究費補助金の拡充の必要性

 科学研究費補助金以外の競争的資金が、実際にはかなりの部分、大学の研究者に配分されている。しかしながら、これらの競争的資金は、学術研究の発展を主たる目的とするものではなく、特定の行政目的の達成や課題解決を目指すためのものであり、対象となる研究領域を限定したり、研究テーマをあらかじめ行政ニーズに対応して決定したりするなど制約を伴っている。これらの行政ニーズに即応した研究が所期の成果を上げるためにも、その基盤を培う科学研究費補助金のより一層の拡充を図るべきである。
 第2期科学技術基本計画においては、平成17年度までの計画期間中に、競争的資金の倍増を目指すこととされている。科学研究費補助金は、その規模や対象となる研究領域の大きさから見て、我が国の競争的資金の中核としての役割を担っており、競争的資金の倍増に当たっては、競争的資金全体に占める科学研究費補助金の割合について、現在の水準以上とすべきである。

3.科学研究費補助金の制度の改善

 科学研究費補助金の制度については、これまで様々な改善が図られており、特に平成11年度には、科学研究費補助金の一部研究種目を日本学術振興会に移管することにより、審査・評価体制の充実を図る等抜本的な改善を行ったところである。
 平成13年度からは、科学研究費補助金による研究の実施に伴う研究機関の管理等に必要な経費として、一部研究種目(特別推進研究、基盤研究(S)、基盤研究(A)、学術創成研究費)に間接経費を措置しており、今後導入研究種目の拡大が期待される。また、これまで研究者から強い要望のあった研究遂行に必要となる研究支援者の雇用について、科学研究費補助金により研究機関が雇用することを可能としている。今後、更に次のような制度の改善を図っていくことが必要であると考える。

(1)科学研究費補助金の応募の枠組み

1.基本的考え方

 上記1の(2)で述べた「科学研究費補助金の目的と役割」に即して、科学研究費補助金に応募する研究者の範囲は、その所属機関によって特定されている。具体的には、大学や大学共同利用機関等学術研究を行うものであることが法令上明らかである機関に所属する研究者及び学術研究を行うことが可能な機関として、文部科学大臣が個別に指定する機関に属する研究者が応募できる枠組みとなっている。
 後者の機関指定は、所属する研究者が実際に学術研究を行い得る条件を当該機関が備えているかどうかを個別に審査して指定するものである。
 このように現行の枠組みは、学術振興を目的とする科学研究費補助金自体の基本的性格に即したものとなっている。
 一方、第2期科学技術基本計画においては、競争的資金の倍増とあわせて行うべき改革の一つとして、競争的資金の目的にかなう限り、できるだけ多くの研究者が応募できるよう運用を徹底することとされている。
 科学研究費補助金は、我が国の競争的資金の中で、最も広範な研究領域を対象とする基幹的研究費であり、応募研究者の範囲を拡大することは、競争的研究環境の整備、研究者の流動性等の観点から大きな意義があり、その観点から機関指定の在り方に改善を加える必要がある。

2.具体的方策

 国立試験研究機関や独立行政法人等の中には、科学研究費補助金の趣旨を理解して既に「研究機関」に指定されているものもあるが、上記の観点から、更にできるだけ多くの研究者が科学研究費補助金に応募できるようにするため、機関指定の基準をより簡明にする必要がある。
 その際、機関指定の対象となる機関は、科学研究費補助金の基本的性格から、研究を組織の目的として位置付け、研究者の自主性を基本とした公益性・公開性の高い研究活動の展開が可能なものでなければならない。
 さらに、応募(機関指定等)から審査・評価体制(審査員の選任・審査基準や評価の考え方・方法等)に至るまで、科学研究費補助金の基本的性格に照らして一貫した整合性のあるものとすることはもとよりである。
 なお、国立試験研究機関や独立行政法人は、基本的には、所管府省の政策目的の達成を使命とする機関であるため、機関指定を希望する場合には、所属研究者が科学研究費補助金の申請、研究実施、研究成果発表等の一連の活動を行うことによる人事面における影響や所属研究者の研究課題と中期目標との関係等について十分検討して、所要の体制を整備しておく必要があると考えられ、機関指定に当たっては、この点が考慮されなければならない。
 また、機関指定の対象外となる機関に所属する研究者については、現在、奨励研究(B)への申請が可能となっているが、今後その充実を期待したい。

(2)研究種目の改善

1)研究種目の在り方

 科学研究費補助金の研究種目については、これまで学術研究を巡る諸状況に即して、各研究種目の目的、対象、申請額、研究期間等について見直しを行い、改善を図ってきた。平成13年度においては、学術創成研究費、基盤研究(S)が新設されている。
 今後、研究種目については、次の3つの視点により改善が必要であると考える。

○ 優れた研究を十分な研究費の配分により推進すること
○ 未来を切り拓く芽となる新たな研究を育てること
○ 次代を担う研究者の育成に資すること

1.研究費規模の大きい研究種目の充実

 近年、学術研究の高度化・大型化・多様化等により研究者が必要とする研究資金は増大しており、研究者の多くが、科学研究費補助金の拡充を強く望んでいる。

(参考)研究者の年間使用研究費(平成9年度時点)

○人社系以外 年間 1,000万円 ~ 2,000万円程度

○人社系 年間 100万円 ~ 200万円程度

 また、平成13年度の制度改善において、科学研究費補助金により、機関が研究支援者を雇用することができるようになったことから、今後、多額の研究費を必要とする研究課題が増大することが予想される。
 このため、基盤研究(S)、基盤研究(A)、学術創成研究費のような研究種目を充実していく必要がある。一方、基盤研究(B)・(C)は、人文・社会系の研究者にとって不可欠な研究種目であり、十分な所要額を確保すべきである。
 また、第2期科学技術基本計画に掲げる「知の創造と活用により世界に貢献できる国」を目指すためには、世界最高水準の研究を推進し、質の高い研究成果を創出し、世界に広く発信することを目指すべきである。
 このため、我が国が誇る世界最高水準の研究を重点的に推進する特別推進研究については、更に優れた成果の創出を可能にするため、研究費総額に関する制限を設けない研究種目とし、その拡充を図るべきである。

2.萌芽的研究の充実

 独創的発想、意外性のある着想に基づく研究が、思いもよらない発見や展開を生み、その成果が我が国の経済の発展に貢献した例は少なくない。したがって、こうした挑戦的、野心的な研究を幅広く促すよう研究費を配分することが重要である。
 このため、芽生え期の研究である萌芽的研究について、採択率及び申請限度額の引き上げを検討すべきである。

3.次代を担う若手研究者を育成するための研究費の拡充

 優れた若手研究者を育成することは我が国の将来の発展にとって不可欠であり、多くの可能性を秘めた若手研究者に幅広く研究費を配分するべきである。
 このため、若手研究者を対象とした奨励研究(A)の採択率を引き上げるべきである。
 また、特に優れた若手研究者が、独立して存分に研究を実施することができるよう、研究遂行に必要かつ十分な研究費を配分するための新たな研究種目の創設等を検討すべきである。
 なお、若手研究者を更に優秀な研究者に育てていく観点から、次の段階で申請することが想定される基盤研究(C)、基盤研究(B)の充実は特に重要である。

4.第2期科学技術基本計画の「国家的・社会的課題に対応した研究開発の重点化」との関係

 第2期科学技術基本計画においては、国家的・社会的課題に対応した研究開発の重点化として、(a)ライフサイエンス、(b)情報通信、(c)環境、(d)ナノテクノロジー・材料、の4分野に対して特に重点を置き、優先的に研究開発資源を配分するとされている。また、エネルギー、製造技術、社会基盤、フロンティアの4分野について国として取り組むことが不可欠な領域を重視して研究開発を推進するとされている。これまで、これらの分野の研究は、既に科学研究費補助金によって大学等で行われ礎を築いてきた。大学等で進められている科学研究費補助金による研究抜きには、これらの分野の今後の進展は考えられない。そのためにも、科学研究費補助金の拡充が必要である。
 これまでも、大学等が積極的に社会的貢献を果たしていくという観点から、科学研究費補助金では、特定領域研究等の種目等において、学術振興の重点化の方途が講じられてきた。今回、第2期科学技術基本計画を受け、「重点分野」の基礎的・基盤的研究の推進に特に配慮する観点から、学術研究の本質である研究者のイニシアティブを十分に尊重した上で、科学研究費補助金の一部種目が特に「重点分野」を対象とする等、具体的方策について検討されるべきである。

2)研究種目を通じた制度改善

1.継続的な研究費支援

 研究者は、高水準の学術研究を中長期的に遂行するために、研究費を継続的・安定的に獲得することを強く望んでいる。現在、研究費の申請は、研究終了年度に新規申請を行う。一方、研究費は競争的資金であるために、特に優秀な研究者でも確実に獲得できるという保証がないことから、非常に不安な状況に陥ることが多く、長期的な研究計画も立てづらい等の問題点が指摘されている。
   このため、研究期間が長期(4年間以上)の研究計画を実施する研究代表者が、それまでの成果等を踏まえ新規課題として研究計画を再提案することを希望する場合には、研究終了前年度の申請を可能にし、継続的・安定的に研究を行えるよう仕組みを工夫するべきである。

2.重複申請の見直し

 科学研究費補助金では、現在一定の条件で同時に複数の研究種目等への申請が可能となっており、その結果として申請件数の増大を招いているとの指摘がある。
 実際の申請では、2件以上の申請が22%、採択が13%、実申請者数約75,000人のうち、2件以上の申請者数は、約16,000人である(平成12年度)。
 研究者からは、「複数の研究課題を同時に実施する場合や、研究費を切れ目無く獲得するため、可能な限り重複申請を認めて欲しい」という意見がある反面、「きめ細かな評価を行うためには、ある程度申請件数を絞り込む必要があり、重複申請はできるだけ排除すべき」との意見もある。
 今後、研究種目の目的、内容、方法の相違等を勘案しつつ、重複申請の適否を検討すべきである。

(3)研究評価の充実

1.評価の現状

 科学研究費補助金の研究課題の評価については、平成11年度に、一部研究種目を日本学術振興会に移管したことに伴い、審査員を倍増するなど充実に努めている。現在、科学研究費補助金審査部会(審査員約500人)又は日本学術振興会科学研究費委員会(審査員約3,800人)において、厳正に評価を実施しているところである。
 事前評価については、すべての研究種目において、ピアレビューにより厳正な評価を実施している。審査結果等の開示については、研究費規模の大きい研究種目の場合、理由を付して文書により開示を行うとともに、申請件数の多い基盤研究等の場合は、不採択者に対しておおよその順位を通知している。
 中間・事後評価については、研究費規模の大きい研究種目において、ヒアリング、現地調査等を実施する等その充実に努めている。基盤研究等の事後評価については、次の申請の事前評価の際に、過去に獲得した研究費による成果を評価することとしている。

2.今後の方向性

 第2期科学技術基本計画では、より一層の厳正な評価の実施が求められており、今後、評価の実施方法の在り方についての大綱的指針の改訂が予定されている。
 大学等における学術研究に係る評価の実施に当たっては、研究者の自主性の尊重など学問の自由の保障、研究成果の短期的評価が困難であり波及効果を生むのに長期間を要することが多いなど、学術研究の特性に十分配慮する必要がある。また、柔軟性を欠いた画一的な評価によって発想の斬新さや創造性などが軽視され、結果的に研究の内容が平凡なものに偏ってしまうことがないよう十分配慮すべきである。研究の失敗から学ぶということも評価の重要な側面であることから、評価方法の硬直化・類型化が野心的な研究の実施を阻害するような結果を招かないことが必要である。
 新指針が上記の学術研究の評価の特性について考慮し、研究の性格に応じた柔軟な評価が可能となるよう望むものである。科学研究費補助金の研究課題の評価については、今後、学術研究の立場から、その改善について検討を進めていく必要がある。特に、研究者から要望のある基盤研究等の審査結果等の開示の拡充については、その具体的方策を検討する必要があると考える。

 

(附属資料1)学術分科会の組織(平成13年6月現在)

学術分科会の組織(平成13年6月現在)

(附属資料2)科学技術・学術審議会学術分科会研究費部会委員名簿

(委員) 池上 徹彦 会津大学長
  池端 雪浦 東京外国語大学教授(アジア・アフリカ言語文化研究所)
  大﨑 仁 国立学校財務センター所長
  奥島 孝康 早稲田大学長
  郷 通子 名古屋大学教授(大学院理学研究科)
  鈴木 昭憲 秋田県立大学長
  野中 ともよ 日興リサーチセンター理事長
  野依 良治 名古屋大学教授(大学院理学研究科)
(臨時委員) 家 泰弘 東京大学教授(物性研究所)
  谷口 維紹 東京大学教授(大学院医学系研究科)
  鳥井 弘之 日本経済新聞社論説委員
  長尾 美奈子 東京農業大学客員教授

(附属資料3)科学技術・学術審議会学術分科会研究費部会科学研究費補助金の改善についての審議経過

平成13年4月18日 研究費部会(第1回)

○ 学術研究の振興のための科研費の在り方について審議

平成13年4月27日 研究費部会(第2回)

○ 応募の枠組みについて審議

○ 研究種目の在り方について審議

平成13年6月6日 研究費部会(第3回)

○ 応募の枠組みについて審議

○ 審査方法・研究評価の在り方

平成13年6月18日 研究費部会(第4回)

○ 報告案について審議

平成13年6月27日 研究費部会(第5回)

○ 報告案について審議

お問合せ先

研究振興局学術研究助成課