平成20年8月22日
科学技術・学術審議会 学術分科会 学術研究推進部会
「人文学及び社会科学の振興に関する委員会」
日本の人文学が抱える主な課題として、「輸入学問」という性格に伴う課題、「研究の細分化」に伴う課題があると考える。
近代化の過程で欧米の「学問」を受容したという歴史的経緯が、人文学を含む日本の「学問」の在り様を規定し、その影響は今に至るまで継続している。「受容」の段階を乗り超えることが期待される。
人文学に対する人々や社会の期待は、個別的な実証研究の積み上げだけではなく、「『人間』とは何か」、「『歴史』とは何か」といった文明史的な課題に対する「認識枠組み」の創造にある。このような人文学に対する期待に応えるという観点から、「研究の細分化」を克服し、「歴史」や「文明」を俯瞰することのできる研究への取組が期待される。
人文学の振興施策を、より実効性のあるものとするためには、人文学の諸特性を踏まえて施策を展開することが重要である。
人文学は、個別の研究領域や研究主題を超えて、社会科学、自然科学に至るまで、これらを学問的に基礎付け、もしくは連携させるための重要な位置を占めている。
人文学は、「精神的価値」、「歴史的時間」及び「言語表現」を研究対象としている。また、これらの研究対象は、人文学以外の諸学においても、「学」の基礎付け等を検討するような深い思索において出会うものでもある。
人文学は、自然科学や社会科学が研究対象とする諸「知識」に関する「知識」、論理や方法といったいわゆる「メタ知識」を研究対象としている。
人文学には、「『他者』との『対話』を通じた『認識枠組み』の共有」という方法上の特性がある。
「人文学者」は、自分自身が歴史や文化に拘束された存在であることを自覚した上で、自らが依って立つ「価値」の相対性に気付づかされることとなる。この結果、「人文学」における研究過程は、研究対象となる歴史や文化を「他者」としてとらえることを前提とした「他者」からの「学び」という性質を帯びることになる。
「他者」からの「学び」という人文学の知的営為を踏まえると、人文学は、「他者」との「対話」を通じた自他の「認識枠組み」の共有の契機を含むものであるとともに、そのような「対話」を通じた「認識枠組み」の共有により、「共通性」としての「普遍性」を獲得できる可能性をも含むものであることを意味している。
「他者」との「対話」という観点から、人文学における使用言語は多様となることが想定されるが、通文化的な「普遍性」を獲得するという観点からは、英語等の国際的に通用性の高い言語を使用することが必須と考えられる。
自然科学が研究対象に関する客観的な知識の獲得を通じた「真理の説明」を志向しているのに対して、人文学や社会科学は、「対話」を通じた「真理の(共通)理解」を志向している。しかも、人文学等には、そのような「真理の(共通)理解」という知的営為の中に、人間観や社会観などの転換を通じた歴史や社会の変革という「実践的な契機」が含まれている場合がある。また、人文学の研究成果は、社会還元に直結するというよりも、受容と拒否を繰り返しながら、歴史や社会の側で選択されていくものと言ってよい。
人文学に対する「評価」の問題は、いくつかの「評価」類型を混同していたところにある。施策の対象としての「研究評価」を考えるに当たっては、「歴史における評価」や「社会における評価」とは異なる仕組みとして、検討を行うことが必要である。
人文学は「理論的統合」、「社会的貢献」及び「『教養』の形成」という三つの役割・機能に立脚した学問である。
人文学は、「精神的価値」、「歴史的時間」、「言語表現」及び「メタ知識」を研究対象とする立場から、諸学の基礎として、個別諸学の基礎付けを行うという役割・機能を有している。
また、「『対話』を通じた『認識枠組み』の共有」という「共通性」としての「普遍性」の獲得への道程という研究方法上の特性は、個別諸学間の「対話」を通じた「普遍性」の獲得の可能性を導くという意味で、方法上、個別諸学の基礎付けとなりうると考えられる。
人文学には、「精神的価値」、「歴史的時間」、「言語表現」といった個別領域の知識に加え、自然科学や社会科学が研究対象とする諸知識、また技術的な知識も含め、知識に関する知識、即ち、論理や方法自体の研究、あるいは個別諸学が前提としている基礎的な概念の研究といった、いわゆる「メタ知識」を取り扱うという機能がある。
人文学には、個別諸学がそれぞれ前提としている諸「価値」自体の評価を行う役割・機能がある。即ち、個別諸学は、ある「価値」を前提にして、その「価値」に基づいて当該個別諸学の適用可能範囲の中で「真偽」、「優劣」等を判断していくが、人文学、特に哲学の立場は、その「価値」自体が本当に正しいのかどうか論議し、判断をしていく。
人文学には、個別諸学の諸知識の背後にある「人間」を高次の視点から俯瞰的に研究する「人間」の研究を担う役割・機能がある。
人文学の第二の役割・機能は、「社会的貢献」である。「他者」との「対話」という人文学の特性から、以下のような社会的貢献が期待される。
人文学は、人間観、社会観、宇宙観といった「文明」を根底において構成している諸「価値」を基礎付ける役割・機能を有している。このため、人文学は、現代文明における諸状況の変化に対応した「人間」や「文化」その他の諸「価値」の変革、あるいは場合によっては、文明を先導するような形での諸「価値」の創造を担うことが期待されている。
人文学は、専門家である大学等の研究者が創出した知識・技術を、様々な活動を行う一般市民が理解し活用できるよう、両者を架橋する役割・機能を担うことができると考えられる。意見が異なる人々が、一つの事柄について論理的に議論ができる、そのような場を設定してそれを促進していくという社会的な役割・機能を担っていると言える。
政策の形成や制度等の設計に当たって、行政や医療、教育といった公益的な活動を支援することが考えられる。
人文学の第三の役割・機能として、「教養」の形成がある。
「教養」とは、異なる時代との「対話」、異なる文化や社会との「対話」という観点から、異なる価値観を有する人々をつなぐある種の「対話」のための基盤、即ち文化や社会の「共通規範」と言ってよい。このような「共通規範」としての「教養」の形成に、人文学が果たす役割は大きい。
歴史的に形成されたきた多様な諸「教養」の継承や、諸「教養」間の「対話」の促進を通じた「共通規範」としての「教養」の展開に、人文学が果たす役割は大きい。
諸「教養」間の「対話」を促すことを通じて、人文学は、諸「教養」が前提としている様々な諸「価値」間の判断を行う機能を発揮することになる。
人文学の課題、人文学の特性やその役割・機能を踏まえ、今後の人文学の振興の方向性として、以下の4つの方向性を指摘する。
幅広い視野を前提とした上で独創的な研究成果を創出できる「人文学者」を養成するためには、幅広い視野を醸成するための基礎訓練期間の確保や、独創的な研究成果を創出した「人文学者」を評価するための「評価」の観点の確立が必要である。
国公私立大学等を通じた共同研究の推進や研究者ネットワークの構築、学術資料等の共同利用促進等により、研究体制や研究基盤を強化することが必要である。
国際共同研究は、研究交流にとどまらず、日本の文化と諸外国との文化との文化交流でもあるという意義を踏まえ、「日本研究」等を推進することが必要である。
異質な分野との「対話」型共同研究には、原理・原則や方法論といった学問の存立基盤に関わるレベルでの相互作用を通じて、学問の根源的な変革や飛躍的な進化を促す契機となる可能性があり、このような視野に立った共同研究を推進することが必要である。
社会との「対話」という観点、異なる歴史や文化の文脈との「対話」という観点から、「読者」の獲得や海外に向けた研究成果の発信が求められる。
研究成果を受容する「読者」の獲得を通じて、「教養」の社会的拡がりを確保することが重要である。
このためには、学術論文とは別に著作物や翻訳作品等の刊行を通じた「人文学者」自身の社会との「対話」の努力が求められる。また、大学等における国際的な通用性を持ちうるような「教養教育」を確立するとともに、「教養教育」を担う教員の講義や演習における学識と熱意が学生の人格や知的履歴の形成に与える影響を通して、将来における「教養」の社会的拡がりを確保することにつながることが期待される。
異なる歴史や文化の文脈や、異なる学問分野の文脈において、研究成果が(反論も含め)受容されることには、大きな意味がある。
人文学の学術水準の向上を目指す観点から、人文学についても、その特性を踏まえた上で「研究評価」をシステムとして確立させることが必要である。
「知の巨人」と言いうるような「人文学者」の見識への信頼を前提とした評価システムの構築という視点を持つことが重要である。
評価指標の設定については、定量的な評価指標を設定できるものは可能な限り設定しつつも、定性的な評価指標が評価の実質を担うべきであることを確認することが必要である。
研究振興局振興企画課学術企画室