第2章 人文学の特性

 人文学の振興について、これまで学術全体の振興を図る中で様々な提言がなされ、また施策も講じられてきたが、それらは必ずしも人文学の特性を十分考慮したものではなかった。このため、今後の振興施策を、より実効性のあるものとするためには、人文学の諸特性を踏まえて施策を展開することが重要である。
 ここでは、特に研究方法の特性に着目し、これを、「『人文学者』が歴史や文化に拘束された存在として『自己』を認識すること」から出発して、「価値の相対性への気付き」を経て、「他者との『対話』を通じた『認識枠組み』の共有」に向かう道程としてとらえている。そして、人文学においては「『対話』を通じた『認識枠組み』の共有」こそが、「普遍性」の獲得を意味しているものと考えている。
 おそらく、このような方法的営為故に、人文学が、諸学における個別知の探求の前提となる知の足場となっていると言いうるのではなかろうか。このような意味で、人文学は諸学を基礎付けている。

第1節 研究対象

(1)「精神的価値」、「歴史的時間」、「言語表現」

 人文学は、「精神的価値」、「歴史的時間」、「言語表現」を研究対象としている。即ち、人間の社会や文化が成立するに当たっての人間の「精神的価値」はどこにあるのか、また、「精神的価値」は単に現存するだけでのものではなく、「歴史的時間」の中で形成されたものであることから、その歴史的な脈絡はどのようにして理解できるのか、さらに、「言語表現」を理解する在り方はどのように説明できるのか、といった問題を、伝統的に人文学は取り扱ってきた。
 これらの問題は、古典的な問題であると同時に、現在でも決して十分に説明できていない重要な問題である。また、これらの問題は、諸学が「学」としての基礎付けを求められた際に、思索の深いレベルで出会う問題の一つでもあると言いうるものである。
 このような意味で、「精神的価値」、「歴史的時間」、「言語表現」を研究対象とする人文学が、学問全体の展開において果たすべき役割は大きい。
 なお、ここで「精神的価値」という言葉を用いているが、これは後出の「価値」という言葉とは、意味の範囲が異なっているので留意が必要である。ここで「精神的価値」とは、人間の心の働きに関わる価値意識であり、思想、哲学、倫理、宗教、芸術等が対峙する「真」、「善」、「美」、「聖」などの価値である。

(2)「メタ知識」

 人文学は、「精神的価値」、「歴史的時間」、「言語表現」といった「知識」に加え、自然科学や社会科学が研究対象とする諸「知識」に関する「知識」、論理や方法といったいわゆる「メタ知識」を研究対象としている。
 このような観点から、人文学は、個別の研究領域や研究主題を超えて、社会科学、自然科学に至るまで、個別諸学を基礎付け、もしくは連携させるための重要な位置を占めていると考えなければならない。

第2節 研究方法

 「審議経過の概要(その1)」において、人文学及び社会科学の研究方法の特性を概ね以下のように総括した。
 即ち、人文学及び社会科学は、自然科学のように客観的な証拠に基づき「真実」を明らかにするのではなく、論拠により「真実らしさ」を明らかにすることを目指すものである。一見科学的に見える方法でも、どれだけ多くの人が「真実らしい」と考えられるかという人々の主観に依拠していると言ってよい。
 人間や社会の在り方を把握するためには、人間の意図や思想といった「価値」に関わる問題を避けて通ることはできないことから、人文学及び社会科学の研究を進めるに当たっては、実証的な方法による「事実」への接近の努力とともに、研究者の見識や価値判断を通じた「意味づけ」を行うことが不可欠である。
 以上を踏まえ、人文学及び社会科学の研究方法の特性を考えると、言葉による意味づけや解釈という研究者の見識や価値判断を前提とした人文的な方法と、人間の行動や社会現象などの外形的、客観的な測定を行う実証的な方法とが併存することになる。

 ここでは、このような基本的な考え方を前提としつつ、人文学の研究方法の特性として、人文的な方法にしぼって、やや詳しく分析をする。施策の検討に当たり、人文的な方法を理解しておくことが不可欠と考えるからである。

(1)「歴史」や「文化」に拘束された(依存した)存在としての「人文学者」

 人文学の研究対象は、「精神的価値」であれ、「歴史的時間」であれ、「言語表現」であれ、「人間」によって「作られたもの」であった。即ち、人文学は、「人間」と無関係に存在するものを取り扱うのではなく、「社会」であれ、「文化」であれ、歴史の中で「人間」が作りだしてきたものを取り扱っている。このため、人文学における「知識」は、純粋で客観的な「知識」として成立するのではなく、歴史的、文化的な制約を受けつつ、特定の歴史的、文化的な枠組みの中で生みだされた「知識」であることに留意する必要がある。
 ここでは、さらに重要なこととして、「人文学者」自身もまた、歴史や文化に拘束された存在として歴史や文化の内に存在しているということを指摘したい。即ち、「人文学者」は、自らも歴史に参画する者として歴史を解釈し、文化の内に存在する者として思想や哲学を構築せざるをえないのである。換言すれば、世界の内にあって世界を語ることの困難性を人文学は抱えているのである。
 なお、このような観点を踏まえると、日本の学問の伝統や歴史に由来する知恵、発想といったものが、日本の「人文学者」の思考や感性の前提となっていると考えられる。

(2)「人文学者」の「思考」や「感性」が果たす役割の重要性

 「人文学者」が歴史や文化に拘束された存在であるとすれば、歴史や文化あるいは自分自身の人生経験の中で培われた「人文学者」の「思考」や「感性」が、研究の過程において大きな役割を果たすと考えられる。
 例えば、文学研究であれば、一般化された批評理論を適用したテクスト読解という、ある意味、科学的な研究方法に対して、「人文学者」自身の「体験」と「想像力」とを、テクスト、特に「古典」を通じて普遍化していくという伝統的な研究方法が、依然として重要であることに変わりはない。それは、研究対象であるテクストとは異なる「価値」を体現した「人文学者」自身の「思考」や「感性」が、自然科学的に言えば研究装置として、人文学的に言えば「対話」の契機として、機能しているからに他ならない。

(3)「価値」の相対性への気付きと「他者」からの「学び」という性質

 「人文学者」は、自分自身が歴史や文化に拘束された存在であることを自覚した刹那、自らが依って立つ「価値」の相対性に気付づかされることになる。この結果、「人文学」における研究過程は、研究対象となる歴史や文化を「他者」としてとらえることを前提とした「他者」からの「学び」という性質を帯びることになる。
 例えば、文化人類学であれば、単にある異文化の社会を観察したり、自文化の立場から評価するのではなく、逆に、異質な社会の調査を通じて、自分自身が帰属する社会や文化の「価値」とは異なる「価値」を学ぶ行為となる。また、同じ文脈で言えば、歴史学は単に過去の社会や文化を観察し、現在の視点から評価するのではなく、過去に学ぶ行為となる。

(4)「他者」との「対話」を通じた「認識枠組み」の共有と「普遍性」の獲得

 「他者」からの「学び」を通じて、「人文学者」は自分自身の思考と感性とを練り直すことができる。このことにより、古来、人文学は、古今東西の様々な歴史や文化が前提としている諸「価値」を学ぶことを通じて、自分自身はもとより「人文学者」が帰属している社会集団、文化集団が前提としている諸「価値」を相対化するとともに、他の社会集団、文化集団が前提としている諸「価値」を抽出した上で、両者を比較考量するための高次の「認識枠組み」を構築し、これを用いて異なる社会集団、文化集団の諸「価値」を練り直していくことを可能としてきたのである。
 このような人文学の営為は、ある「価値」を前提として、その「価値」に基づいて物事の真偽、優劣を判断していくのではなく、その「価値」そのものが本当に正しいのかを他の「価値」との比較考量の過程で吟味し、判断していくという、知的判断、道徳的判断、美的判断を総合した判断であると言ってよい。そして、このような人文学の営為を踏まえると、人文学は、「他者」との「対話」を通じた自他の「認識枠組み」の共有の契機を含むものであるとともに、そのような「対話」を通じた「認識枠組み」の共有により、「共通性」としての「普遍性」を獲得できる可能性をも含むものであることを意味している。また、このような「認識枠組み」の共有の結果、より普遍的な「認識枠組み」が形成され、文化集団や社会集団において共有されうるような基本的「価値」を含んだ諸概念の体系として、異なる「歴史」や「文明」の通文化的基盤となることも想定されるのである。

 人文学は、このような意味で、第3章の「人文学の役割・機能」において指摘するとおり、諸学を基礎付けるとともに、「共通規範」としての「教養」の形成に資するという役割・機能を果たすことへとつながるのである。

(5)使用言語の多様性

 「人文学」が、研究主体、研究対象及び研究プロセスといった研究の各場面において、「歴史」や「文化」に拘束されていることを踏まえると、研究プロセスにおいて使用する言語は、「人文学者」と研究対象である「精神的価値」、「歴史的時間」及び「言語表現」との関係で決定されることが原則となる。したがって、「人文学」においては、使用言語は「人文学者」と研究対象との関係で多元化するものと理解できる。
 即ち、「人文学」の研究プロセスを、「人文学者」が体現している「歴史性」や「文化性」と研究対象の「歴史性」や「文化性」との間の「対話」ととらえた場合には、使用言語は母国語(日本語)又は研究対象が体現している「歴史性」、「文化性」を表現するのに相応しい言語となるのが自然である。
 同時に、「人文学」が「他者」との「対話」を通じた通文化的な「普遍性」を獲得できる可能性を有するという観点から、「人文学者」が英語等の国際的に通用性の高い言語を使用することは必須と考えざるを得ない。

第3節 研究成果及び評価

 「審議経過の概要(その1)」において、人文学及び社会科学の研究方法の特性を概ね以下のように総括した。
 即ち、人文学及び社会科学の研究成果を社会の側から見た場合、人間や社会のあり方に関する唯一の「真実」として社会に提示される場合もあるが、「選択肢の一つ」として提示される場合が比較的多い。
 これは、人文学及び社会科学の研究成果を活用するか否かの意思決定は、社会を構成する人々が行うものであり、人々は研究成果として示された人間や社会のあり方とは異なる選択をし、行動を採ることができるからである。
 以上のように、人文学及び社会科学の研究成果を社会の側から見た場合、多様な論点や選択肢の提供といった形をとる場合があることから、研究成果の社会への適用に当たっては、このことを考慮することが必要である。

 ここでは、このような基本的な考え方を前提としつつ、人文学及び社会科学の研究成果の特性である「選択肢の一つ」という性質について、「実践的な契機」という観点から分析をする。人文学等の振興のための施策の検討に当たり、人文学等の研究成果が歴史や社会の中で受容されるとはどのようなプロセスにおいてなのかを理解しておくことが不可欠と考えるからである。

(1)「実践的な契機」を内包した「真理の理解」

 人文学、社会科学から自然科学に至るまで、およそ「学問」は「真理の探究」を目指す知的営為である。しかし、これまでの検討を踏まえ「真理の探究」という知的営為をもう少し詳しく見ていくと、自然科学が研究対象に関する客観的な知識の獲得を通じた「真理の説明」を志向しているのに対して、人文学や社会科学は、「対話」を通じた「真理の(共通)理解」を志向していると言えそうである。しかも、人文学や社会科学には、そのような「真理の(共通)理解」という知的営為の中に、人間観や社会観などの転換を通じた歴史や社会の変革という「実践的な契機」が含まれている場合がある。ただし、ここで言う「実践的な契機」とは、明確な実践の意図があるという意味ではなく、結果的に歴史や社会に対して効果や影響を与えている要素という程度の意味である。
 例えば、「デモクラシー」概念に関して、比較的肯定的な評価を与えたトックヴィルの「アメリカにおけるデモクラシー」には、その後の欧米社会において「デモクラシー」概念が積極的な価値を持って理解されるような「実践的な契機」が含まれていたと考えられる。
 このように、「実践的な契機」を内包しているが故に、人文学等においては、研究成果が社会還元に直結するのでは必ずしもなく、研究成果が歴史や社会の選択を経て、受け入れられたり、拒絶されたりするのである。また、その際に重要なことは、歴史や社会の選択は一度だけというものではなく、歴史や社会の変化により、受容と拒絶とが何度も繰り返されるというところにある。
 なお、第1章の「社会的な言説との乖離からの脱却」という日本の人文学における課題との関連で言えば、欧米の学説等を受容する段階で、欧米の社会の文脈において意味を持っていた「実践的な契機」が形式化してしまっている可能性がある。このような場合には、学説等に含まれている「実践的な契機」が日本社会との文脈とは無関係に発動されたり、逆に、「実践的な契機」が消滅してしまい、学説のための学説になってしまうことが考えられる。

(2)人文学における「評価」

 人文学や社会科学における「評価」には、いくつかの類型がある。第一は、「歴史における評価」、第二は、「社会における評価」であり、そして第三は、主として専門家相互間で行われる「研究評価」である。
 まず、「歴史における評価」とは、異なる時代、異なる文化としての「他者」との「対話」を通じた「普遍性」の獲得という枠組みの下、歴史における「選択」の中で行われる「評価」を意味している。これは、数十年、百年単位で行われる「評価」であり、例えば、「古典」として生き残れるかといったレベルの「評価」である。
 次に、「社会における評価」とは、ジャーナリズムや「読者層」といった同時代におけるアカデミズム外の存在としての「他者」との「対話」のプロセスの中で、「他者」の側から示される「評価」を意味している。これは、短期的な「評判」で終わる場合もあれば、同時代の思想や文化的な潮流に影響を与えるジャーナリズムなどの「時評」の場合もある。また、新書等のベストセラーのような「読者層」による「静かなブーム」といった形での「評価」もありうる。
 最後に、「研究評価」は、学術水準の向上等を通じて学問の発展を促すことを目的として、研究プロセスの適切性、研究成果の独創性等の観点から、主として専門家相互間で行われる研究の検証システムである。即ち、研究システムの一部としての「研究評価」であり、施策の直接の対象となりうるような「評価」である。
 人文学や社会科学に対する「評価」の問題は、これらの「評価」を混同していたところにあると考えられる。施策の対象としての「評価」を考えるに当たっては、「歴史における評価」や「社会における評価」とは異なる仕組みとして、別途検討を行うことが必要である。

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