平成17年 月 日
科学技術・学術審議会
学術分科会
21世紀は、知を基盤とする社会(knowledge-based society)の時代と言われており、新たな知の創造・継承・活用が社会発展のために不可欠となっている。国際社会のグローバル化とともに、学問もボーダーレス化し、米国が圧倒的な競争力の優位性を維持しつつも、日本、欧州連合、韓国、BRICs諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国)等を含めた「知の大競争時代」が到来している。
21世紀の初頭に立って22世紀を展望するとき、地球温暖化や数々の生物種の絶滅などにより、100年後の世界は全く違ったものとなる前兆が見られる。このような地球の限界に直面し、現代に生きる我々は、持続可能な社会の構築に向けて、人口、環境、食料、エネルギーなど次々と生じる複雑かつ多様な問題を、あらゆる知を動員し、人知の限りを尽くして解決しなければならない状況におかれている。
知はすべての社会発展の基盤であり、国際競争に打ち勝つ力となるとともに、人類が直面する問題に解決の方向性を示すものであるが、その機能が十分発揮されるためには、知そのものが多様性に富んでいなければならない。したがって、知の創造に中心的な役割を果たす学術研究も多様でなければならず、その意味でも、我が国の学術政策は転機にたっていると言える。
学術研究の中心を担うべき大学における高等教育は、若手研究者の育成や、高度専門職業人の育成、個人の人格の形成の上でも、社会・経済・文化の発展・振興や国際競争力の確保等の国家戦略の上でも極めて重要である。これまでも我が国の大学においては、近年の社会や国民の期待と要請に応えるため、教育研究の高度化、高等教育の個性化、組織運営の活性化に向けた諸制度の改革が行われてきた。
平成16年4月の国立大学の法人化及び公立大学法人制度の創設や平成17年4月の私立学校法等の改正により、予算的にも組織的にも各大学がより自主的かつ自律的に教育研究活動を行うことが可能となった。特に学術研究面では、従来の講座・研究部門に加えて、大学院研究科・専攻等の組織改編、附置研究所・研究施設の設置改廃等も基本的には各大学の判断で行えることとなり、学内研究推進組織の設置や学長裁量経費等を活用した学内での競争的な研究費配分等も行われ始めている。さらに、平成19年4月からは、助教授の廃止と「准教授」の新設、助手のうち主として教育研究を行う者のために「助教」の職が新設されることとなっていることを踏まえ、各大学において若手研究者の処遇を含む教員組織の見直しが検討され始めている状況にある。
また、主として研究におけるポテンシャルの高い大学の研究教育拠点を対象として平成14年度から実施されている「21世紀COEプログラム」による支援を契機として、国公私立大学を通じた世界的な研究教育拠点の形成と国際競争力のある世界最高水準の大学づくりが進められている。
さらに、大学の研究者の共同利用・共同研究の拠点としての16の大学共同利用機関は、将来の学問体系を想定し分野を越えて連合した4つの「機構」(大学共同利用機関法人)として、国立大学と同時に法人化され、大学共同利用機関として果たしてきた中核的研究機関としての役割に加え、各機構における共同研究等を通じ、新たな学問分野創出に向けた取組みが始まった。
このように、国立大学及び大学共同利用機関(以下「国立大学等」という。)等の法人化を契機に、我が国の大学及び大学共同利用機関(以下「大学等」という。)は国公私それぞれの個性や特色を活かしながら、大きく変容しつつある。
国の科学技術・学術の推進体制も近年次々と変化している。平成13年1月の中央省庁等再編により、旧文部省と旧科学技術庁とが統合されて新たに文部科学省が発足するとともに、総合的・基本的な科学技術政策の企画立案及び総合調整を行う総合科学技術会議が内閣府に設置された。また、平成17年4月には研究者による政策提言機関である日本学術会議も内閣府に移管され、同年10月からは登録学術研究団体からの会員の推薦制を廃止し、日本学術会議自身が会員候補者を選考する方法に変更する等の制度改革も実施された。
特に科学技術政策については、「科学技術創造立国」を国家的な目標として掲げ、平成7年に制定された科学技術基本法及び同法に基づく科学技術基本計画(第1期は平成8年度~平成12年度、第2期は平成13年度~平成17年度)に基づいて推進されている。政府研究開発投資額の目標を、第1期期間中は17兆円、第2期期間中は24兆円と設定し、国の財政状況が非常に厳しい中、第2期からは基礎研究に加えて、ライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料の4分野を重点分野と位置付けつつ、科学技術全般に他と比較して手厚く予算措置されてきた。また、競争的な研究開発環境の実現に向けて、特に第2期の競争的資金の倍増目標の下、科学研究費補助金等の競争的資金も着実に拡充されてきた。
その結果、我が国の研究水準が向上し、競争的環境の醸成や産学官連携等が進展するなど、科学技術基本計画に基づく重点投資が学術研究全般に与えた影響は大きい。一方で、重点4分野が研究者の自由な発想に基づく基礎研究よりも優先するとの誤解も生じることとなった。
他方、諸外国においても、科学技術に劣らず学術も国力の根幹であるとの認識に基づき、科学技術・学術政策を大きな政策課題の一つとして位置付け、基礎研究予算や大学セクターへの予算を強化しており、米国等の関係予算はそれまでの伸びを上回っている。
先進主要諸国における高等教育機関への公財政支出の対GDP(国内総生産)比は日本の約2倍、また政府負担研究費の対GDP比は約1.2倍であり、研究分野によってはさらに大きな開きがある。このようなフロー面での差が積み重なることによって、第3章で指摘するように、長期的には人的・物的・システム的なストック面で目に見える格差が生じてきている状況にある。また、中国、韓国等も科学技術への重点投資により台頭してきており、日本は激しく追い上げられる状況にある。
このような状況の中、研究者たちの努力により、我が国の学術研究はかなりの分野において世界のトップレベルに位置し、あるいはアジア地域におけるリーダー的役割を果たすなど世界有数の水準にあるが、一方で、「層の厚さ」、「裾野の広がり」等には未だ不十分なところがある。今後は、世界のフロントランナーとして、あるいはアジアのリーダーとして、その地位を維持していくとともに、さらに厚みをもって多様な研究が行われるような環境づくりが大きな課題となっている。
当分科会としては、このような歴史的にもここ半世紀で例を見ない状況の中で、今後半世紀を見据えて、多様な知を創造し、国際的な大競争時代に世界各国に伍していく前提条件を強固なものとする観点から、我が国の大学等への政府投資全体の抜本的な拡充を図る必要があるものと考える。特に現在、平成18年度からの第3期科学技術基本計画が総合科学技術会議において検討されているが、大学等を中心として行われている学術研究こそが次の重点分野の候補となる研究分野を育成し、科学技術創造立国の将来を支えるものであることが十分踏まえられなければならない。
我が国の学術研究の推進については、旧学術審議会において、平成11年6月に「科学技術創造立国を目指す我が国の学術研究の総合的推進について-「知的存在感のある国」を目指して-」が答申され、優れた研究者の養成・確保、研究組織・体制の機動的な整備、競争的研究環境の整備など包括的・網羅的な推進方策が提言されており、また、平成16年6月には科学技術・学術審議会学術分科会基本問題特別委員会において、学術研究の推進に向けて特に重視すべき点が「これからの学術研究の推進に向けて」として報告されている。
しかしながら、当分科会では、これまでに述べてきたような近年の学術研究を取り巻く大きな状況変化にかんがみると、学術研究における多様性の創出とその促進の重要性を再確認し、学術研究の裾野を広げ、幅広く多様な研究が総合的に推進されるような方策を改めて検討しておく必要があると判断したため、平成16年11月から平成17年8月まで、学術分科会の下に設置された学術研究推進部会を中心に鋭意審議を行ってきた。また、平成17年9月には一般国民への意見募集を行い、寄せられた御意見をも踏まえつつ最終的な検討を行った。
その結果、新たな学術研究推進体制の下での学術政策の基本的な方向性について、今回、報告として取りまとめるに至ったところであり、国においては、本報告に沿った措置をとるよう要請する。また、各大学等においては、本報告を参考として、学術研究の推進に向けた取組みが充実されることを期待するものである。なお、当分科会としては、今後とも必要に応じ、さらに具体的な推進方策の検討や、第3期科学技術基本計画に基づく政府全体の方向性を踏まえた検討などを適宜行うこととしたい。
学術研究は、それ自体人々の知的好奇心・探究心を満たし、優れた知的・文化的価値を有する。学術研究により、経済・社会の力強い発展の源泉となる重厚な知的ストックが構築され、その発展は知による安全保障や、大学等における高度な教育、優れた人材育成の上で不可欠である。このような学術研究の持つ今日的意義にかんがみると、今後、学術政策を推進していく上では、1.研究の多様性の促進を図ること、2.個々の研究者の持つ意欲・能力を最大限発揮できるようにすること、を基本的な方向性とすることが必要である。そして、大学等と国がそれぞれの役割を果たし、支援・連携を図りつつ、多様な学術研究を総合的に推進していくことが求められる。
このため、各大学等においては、所属する研究者等の意欲と能力が最大限発揮されるような研究環境を整備する観点から、学術研究を推進するための戦略(学術研究推進戦略)を確立すること、国においては、研究者・大学等の取組みを支援するのみならず、我が国の学術研究全体を、中長期的な視野に立って着実に推進することが必要となる。
また、国民各層の幅広い支持を得つつ学術研究を推進することが重要であることから、学術研究の成果を国民・社会に幅広く還元し、豊かな知的ストックを教育を通じて次世代に継承するとともに、大学等においては地域社会への協力の推進や産学官連携に積極的な役割を果たすことが求められる。
大学等を中心に行われている学術研究は、人文・社会科学、自然科学からその複合・融合分野にまで及ぶあらゆる学問分野を対象とする、個々の研究者の自由な発想と知的好奇心・探究心に根ざした知的創造活動である。
すなわち、学術研究とは、人間、自然・宇宙、社会の成り立ちや本質、その活動、変化等およそ森羅万象に関する知の創造に向けて、知の限界に挑む営みそのものである。それは、人が誰しも持つ「あれは何か」「どうなっているのか」「なぜか」といった知的好奇心・探究心を出発点としていることから、学術研究は、それ自体人々の知的好奇心・探究心を満たすものであり、優れた知的・文化的価値を有するものである。
また、学術研究とは、我が国が「文化芸術立国」を目指す中、文化芸術の発展・振興にも寄与する、人類の幸福に資する知の体系であり、国の知的・文化的基盤であるとともに、人類共通の知的資産を築くものである。21世紀は知を基盤とする社会(knowledge-based society)の時代とも、「知の大競争時代」とも言われているが、その場合の「知」とは、絶えず更新され発展し続ける多様な英知の集積体であって、学術研究は裾野に広がりを持った重厚な知的ストックの形成に中心的な役割を果たしているのである。
ことに、物的資源に乏しい我が国においては、中長期的な視点に立って、独創的・先端的な学術研究活動により多様な知を創造し、重厚な知的ストックを構築していくことは国家存立の基本と言える。この重厚な知的ストックこそが経済・社会の力強い発展の源泉となる。
時流に流されない継続的な研究から多様な知的ストックが構築されて初めて、突発的な事件・事態にも速やかに対応できる底力となるのであり、危機に強い社会を創るという知による安全保障の観点も考慮されなければならない。
さらに、教育と研究を一体として推進している大学等においては、学術研究の発展が現代社会で求められる多様で高度な教育を実現するために不可欠である。また、学術研究の成果を広く初等中等教育にまで還元することによって、小・中学校段階から知を基盤とする社会を担う優れた人材を育成することができる。
このような中、現在の課題の解決、未来への先行投資、そして、現在・将来を支える人材の育成という観点から、学術研究は多くの国民から大きな期待が寄せられている。
以上に述べたような知的・文化的価値の創造、重厚な知的ストックの構築、教育・人材育成への貢献といった学術研究の持つ今日的意義にかんがみると、今後、学術政策を推進していく上では、以下に述べるように、
を基本的な方向性とすることが必要である。
学術研究は、人文・社会科学分野、自然科学分野からその複合・融合分野まで幅広く行われており、その目標とするところも未知の知を目指すものから直接社会に貢献するものまで様々である。また、学術研究は、無限の可能性を持つ芽が育つ萌芽期の段階に始まり、成長期、発展期、その次の段階へと成長していくものである。規模においても、個人研究の場合もあれば、研究者グループ・組織で取り組まれる場合もあり、ある先駆者が進めた研究を、次世代の研究者が新しい観点から引き継ぐことで発展する場合もある。方法論的にも、従来の学問分野(discipline)を一つ一つ突き詰めて行くものから、およそ伝統的な手法を離れたひらめき型のものまで幅広く存在する。
学術研究においては、どの研究がいつ知の限界を突破するのか、あるいは社会的有用性を持つのか、にわかに判断できないことがむしろ一般的であり、その意味で、様々な発展段階にある幅広い分野の多様な研究を総合的に推進し、多様性に富んだ豊かな知的ストックが形成されることが重要である。この知的ストックは決して静的なものではなく、研究の進展に伴い、研究者自らが不断に見直していくべきダイナミックな蓄積であり、この多様な知的ストックこそが次世代の新たな発展のための源泉である。
その当時評価されていなかった研究が、後世非常に高く評価される例は歴史上多数存在する。その意味で、多様性のある知的ストックは、それ自体知的・文化的価値を持つものであるのみならず、長期的には経済的・社会的価値をも創出するものである。
(1)で述べた学術研究の多様性を促進するためには、何よりも個々の研究者が自由な発想の下に研究を推進していくことが基本となる。多様な学術研究は、研究者それぞれの自由な着想と課題設定を基礎として、独創的な計画・方法による研究活動が競い合うところから生まれてくる。したがって、今後の学術政策においては、個々の研究者が新規性のある独創的な着想を得て、その意欲と能力が最大限発揮されるような自由な研究環境の構築を旨とすべきである。
そして研究者自らにおいても、狭い殻に閉じこもることなく、様々な研究環境に身を置き、異なる研究分野や世界中の研究機関・組織の研究者と積極的に交流しながら自己開発・自己改革に努め、独善ではない独創性を磨くことが必要である。また、研究目標を明確化し、積極的に自己の研究内容や成果を外部に開示する努力が必要である。そして、開かれた研究環境の構築について、受身の姿勢ではなく、自ら積極的に取り組むことが求められる。
上記のような学術政策の基本的な方向性を踏まえ、大学等、国がそれぞれの役割を果たし、また、支援・連携を図りつつ、多様な学術研究を総合的に推進していくためには、次のことが求められる。
まず、各大学等において、優れた研究者の知的好奇心・探究心に基づく多種多様な研究を推進するとともに、既成の学問の枠にとらわれずに独創的・先端的な研究が次々と生み出されるような自由闊達な研究環境を整備することにより、多様性に富んだ豊かな知的ストックをそれぞれの大学等に重厚に積み重ねていくことが重要である。
各大学等が自らの持つ優れた研究、若しくは他の大学等で行われていないような特徴的な研究を活かして学術研究を戦略的に推進することによって、独創的・先端的な研究を行う大学等が全国各地に存在する状態が生まれる。このことが全体として、学術研究の多様性の拡大に通じるものである。
そのためには、各大学等の研究者等の意欲と能力が最大限発揮されるような研究環境を整備する観点から、その主体的な判断により、学術研究を推進するための戦略(以下「学術研究推進戦略」という。)を確立することが必要となる。
また、他の研究機関の研究者を種々の形態で積極的に受け入れるとともに、機関同士が連携を強化することが、学術研究の多様性の拡大に資するものであり、独創的・先端的な学術研究を行う大学等同士が互いに切磋琢磨しつつ、様々な面において連携・協力することが今後ますます必要となる。特に、諸外国の大学・研究機関との連携・交流を推進することにより、世界一流の研究者と優秀な学生が集う国際的に真に開かれた大学づくりが必要となる。
国は、優れた研究者と各大学等の戦略に基づく主体的な取組みを尊重し、今後もこれを支援するとともに、科学技術・学術審議会等の意見を踏まえながら、我が国の学術研究全体を、中長期的な視野に立って着実に推進することが必要である。その際には、学術研究の特性を踏まえ、大学等が困難な課題に挑戦し、試行錯誤を繰り返しながら、長期間に渉って多様な研究を行うことができるようにするとともに、知の多様性を生み出し継承する「場」である大学等そのものが多様性を保つことができるように支援していくことが必要である。特に、国際的な知の大競争時代にあって、国内の大学等が国際競争力を向上させていくためには、基盤的経費を確実に措置し、その下で個性ある大学等同士の健全な競争を拡大させることを通じて、多様な研究が推進される必要がある。
なお、学術研究に対する国民からの関心・期待が高い中で、国民各層の幅広い支持を得つつ学術研究を推進していくことが重要である。そのため、個々の研究者及び大学等は、学術研究から生み出された豊かな知的ストックを国民・社会、さらには国際社会に広く還元し共有することが必要となる。各大学等及び国においては、大学学部学生や大学院学生にとどまらず、初等中等教育段階にある児童生徒までも含めた次世代に対して、多様な機会を通じて、研究成果の幅広い還元と知的ストックの継承が行われるような取組みが必要である。
また、大学等には、それぞれの大学等の設置されている地域の研究の担い手として、地域再生に向けた地域社会への協力の推進や産学官連携において、積極的な役割を果たしていくことも求められている。
国公私立大学等を通じた競争的な環境の中で研究の高度化を図ることが求められており、各大学等の主体的かつ戦略的な学術研究推進への取組みが重要となっている。
今後、各大学等が緩やかに機能別に分化していく中、世界的研究教育拠点を目指す大学、我が国唯一の研究や小規模ながらも特徴のある研究を行っている大学等において、その主体的な判断により、学術研究推進戦略を構築することが必要となる。
学術研究推進戦略は、各大学等の実情に合わせて構築されるべきものであるが、その根幹となる「人材・組織戦略」「研究資金戦略」「研究基盤戦略」の3つの戦略については特に綿密に検討しておくことが必要となる。
また、学術研究においては、切磋琢磨と連携とが一体となってブレークスルーが得られるものであり、大学等間(大学間及び大学・大学共同利用機関間)の連携による研究の活性化が不可欠である。
学術研究の推進においては、各大学等及び国の果たすべき役割が特に重要である。
本章では、各大学等へのメッセージとして、個々の研究者を活かす研究環境の整備と学術研究の戦略的な推進の在り方について、また次章では、国が実施すべきこととして、国による多様な学術研究の支援の在り方について述べることとする。
平成16年4月から国立大学等が法人化され、公立大学においても法人化することができるようになった。このような中、国公私立大学等を通じた競争的な環境の中で研究の高度化を図ることが求められており、各大学等における主体的かつ戦略的な学術研究推進への取組みが今後ますます重要となっている。
しかしながら、特に国立大学等においては、法人化直後は法人運営という新しい事態に適応することに集中し、大学等として研究面を今後どう推進すべきかについて、具体的な方策を構築するに至っていないのではないかという指摘がある。
平成17年1月の中央教育審議会の答申「我が国の高等教育の将来像」では、大学は全体として、1.世界的研究・教育拠点、2.高度専門職業人養成、3.幅広い職業人養成、4.総合的教養教育、5.特定の専門的分野(芸術、体育等)の教育・研究、6.地域の生涯学習機会の拠点、7.社会貢献機能(地域貢献、産学官連携、国際交流等)等の各種の機能を併有するが、今後、各大学の選択により、保有する機能や比重の置き方の違いに基づいて、緩やかに機能別に分化していくものと整理されている。
各大学等の目指す役割は様々であることから、例えば世界的研究教育拠点としてさらに研究面に重点投資する大学等もあれば、リベラル・アーツ・カレッジ型を目指す大学や地域の生涯学習の拠点として発展する大学もあり、各大学等の主体的な判断により、学術研究に今後どう取り組んでいくのかについて様々なスタンスを明確化することが必要となる。その上で、大学等において、それぞれの学術研究へのスタンスに応じた学術研究推進戦略を構築することが必要となる。
世界的研究教育拠点としての機能を発揮することを選択する大学等では、我が国のみならず世界各国から第一級の研究者・学生が集うような国際的に開かれた拠点形成を目指し、トップレベルにある研究をさらに強化するための、学術研究推進戦略を構築することが必要となる。
また、大学等には様々な態様や特色があり、我が国唯一の研究や小規模ながらも特徴のある研究を行っている大学等は全国各地にある。このような大学等においても、これらの研究を世界レベルのものとして発展させるべく、その特徴を伸ばしていく学術研究推進戦略を構築することが必要となる。各大学等の自主的な判断により、各大学等が既に多くの大学等で取り組まれている研究分野ではなく、大学等の個性・特色が発揮でき、今後将来性のある分野や、学際的・学融合的分野の研究を推進していくことが、我が国全体としての学術研究の多様性確保につながるものとなる。
学術研究推進戦略は、各大学等の研究者あるいは研究者組織の意欲と能力を最大限発揮させるための研究環境の整備を目的とし、各大学等が自らの人的・物的資源を効果的・効率的に配分するための指針としてのみならず、学外に対して、大学等としての学術研究推進の考え方を明確に表明し、理解と支援を得るためのものとして策定されることが適当である。
国立大学法人・大学共同利用機関法人にあっては、法令の規定に基づき、研究を含めた法人全体の運営について中期目標・中期計画が策定されているが、学術研究推進戦略はこれを研究面に特化して、より整理・具体化するものとして検討されることが適当である。将来的には、次期中期目標・中期計画に学術研究推進戦略の考え方が反映されるよう検討することが求められる。
また、公立大学にあっても、設置者である地方公共団体等の判断に基づき、学術研究推進について検討をすることが求められる。
さらに、私立大学では、既に研究目標や理念・精神等を様々な形で明らかにしている例もあるが、学術研究推進のため、より具体的な戦略を持つことが期待される。
学術研究推進戦略を構築する上では、これまでの科学技術・学術審議会等の審議結果を踏まえ、まず各大学等において、全国的な研究分野の動向を勘案しつつ、それぞれの大学等の持つ人的・物的な研究資源の現状等について自己分析した上で、自らの持つ優れた研究、若しくは特徴的な研究をどう発展させるかについての長期的なビジョンを検討することが必要となる。
そしてこのビジョンを踏まえた研究者及び研究支援者を活かす「人材・組織戦略」、様々な研究資金の確保とその効率的・効果的な運用を図る「研究資金戦略」、インフラストラクチュア整備のための「研究基盤戦略」の3つの戦略については特に綿密に検討しておくことが必要となる。
学術研究推進戦略は、各大学等の実情に合わせて構築されるべきものであり、特定の形式・スタイルが想定されるものではないが、その根幹となる「人材・組織戦略」「研究資金戦略」「研究基盤戦略」について考慮されるべき主な観点を挙げると、次のとおりとなる。なお、戦略構築に当たっては、学長・機構長のリーダーシップの下、関係者による戦略検討のための「場」の設定が重要である。さらに、学長等の任務は大学運営全般にわたることから、補佐する研究担当理事などの一層の活躍が重要である。
個々の研究者の持つ意欲と能力を最大限発揮できるようにするという観点から、研究者組織をどう維持し、活性化するかという視点に立った採用・人事方針の策定が必要となる。その際、今後のキャリアパスについての研究者本人の希望や適性を踏まえた柔軟な勤務形態の選択を可能とすることによって、研究者及び大学等にとっても適材適所な人事体系をつくることが理想となる。
研究者組織が多様化することは、様々な刺激をもたらし、研究環境を活性化するものであることに留意し、研究者の年齢構成や他機関での経験を考慮した採用、若手研究者のポストの確保、女性研究者の積極的な登用、優れた高年齢研究者の活用、外国人研究者の受け入れ、国内外の大学等、公的研究機関、産業界等との人事交流の推進が重要である。
さらに、様々な人事制度を導入するに当たっては、導入に伴う諸制度や処遇、例えば、任期制等の雇用形態、年俸制等の給与体系、特に優れた研究者を招聘する際の待遇基準等もあらかじめ考慮しておくことが求められる。
大学等においては、当該分野における我が国全体の学術研究の発展のためにも、若手研究者の育成がその重要な任務である。また、若手研究者については、研究者として一人立ちできるよう適切なトレーニングを受けることが重要である。そのためには、学部教育との連携も考慮しつつ、大学院の教育の組織的な展開の強化を図り、授業料の減免等も含め、学部学生、大学院学生に対する経済的支援を充実させつつ、創造性豊かな研究者等の養成や確かな教育能力と研究能力を兼ね備えた大学教員の養成に必要な大学院教育の充実・強化を進めることが必要となる。また、大学院学生、若手研究者の経済的支援と学内及び機関を超えた交流の推進を図るため、学生宿舎等の共同利用のための交流施設を確保するなど、生活面の環境整備も求められる。
自ら教育研究を行うことを主たる職務とする助教制度が新たに導入される趣旨を踏まえつつ、若手研究者が独立して自らの資質能力を十分に発揮し、その向上を図っていけるような研究環境の整備が求められる。
若手研究者のキャリアパスについては、各大学等において、任期制等を活用し、優秀な人材を適切に活用していくことが求められるが、分野によっては、米国において導入されている任期付雇用期間中に審査を経てテニュアを取得するテニュア・トラック制を適用することも効果的と考えられる。
テニュア・トラックにある者や海外から帰国する者を含め、将来を嘱望される若手研究者には、各大学等が研究に専念できる時間とスペースの確保、スタートアップ資金の措置、研究支援者の配置をより充実することなどが求められる。
また、研究者の育成に不可欠な様々な知的刺激を受ける機会を保障するため、採用時に大学院進学を含む大学間の異動や海外での研究経験等を積極的に評価したり、採用後の異分野間交流、国内外との人事交流や海外での研究生活を促進するような人事面での工夫を行うことが求められる。
中堅層の研究者には、研究プロジェクトの代表者又は中核的な担い手としてその活躍が最も期待されるところであるが、大学運営、教育活動、地域社会活動、産業界との連携など多様な業務を行わなければならないことから、時期によっては集中的な研究時間が確保しにくい状況も見られる。このことから、研究者の研究時間の確保を大学等として計画的に行うことが求められる。例えば、特定の共同研究に参画する教員には大学運営面や教育面での負担を軽減することや、研究以外の他の業務や活動に係る負担を軽くして研究に専念させる研究専従教員とすること、また、サバティカル・リーブの導入又は既に導入している大学等においてはより短い期間でサバティカル・リーブを取得できるような取扱いなどの配慮が重要である。
なお、研究者の希望を十分踏まえつつ、大学運営、教育活動、社会への情報発信等により重点を置く教員としての在り方を各大学等において検討することも一案である。
大学等における研究は、個々の研究者で実施されるもののほか、目的に向かって、研究者の知的な成果の結集を図るために研究組織で実施することにより効果的に推進できるものがある。大学等は時限的若しくは恒常的なものとするか、全国的若しくは学内共同利用的なものとするか検討しつつ、その大学等における研究推進の方向性、人材育成、国際的な役割など学問分野の動向を踏まえた附置研究所・研究施設を適切に整備することが求められる。
研究支援者の減少により、大学院学生やポストドクターが本来専門の研究支援者が果たすべき役割を負わされていたり、研究者自らが技術的な面まで行うため研究時間を圧迫しているとの指摘もあることから、適宜、自ら研究支援者を育成することと、外部委託の活用のバランスをとりつつ、研究者が研究に専念できる研究支援体制の計画的な整備が求められる。その際、定年退職した技術者等のシニア人材の活用について検討することも一案である。
また、国際交流、知的財産の確保や競争的資金の獲得等のために研究教育活動に付随する各種の業務が増加していることからも、各大学等の自主的な計画に基づき研究をサポートする事務局体制の整備とそれを担う専門性の高い事務職員の計画的な配置が求められる。
研究者がより意欲的に研究に取り組めるよう、研究者を励まし、努力が報われるような研究・教育等についての適切な教員評価制度を検討することが求められる。その際、研究活動面からの評価のみならず、後進の研究者をどれだけ育てているかといった教育・人材育成面からの評価も併せて考慮することが重要である。
各大学等においては、授業料収入や国・地方公共団体からの措置だけではなく、国内外の民間企業や個人等からの寄附金・委託費や附属病院収入・事業収入等による自主財源を開拓・確保し、財源を多様化する経営努力が求められる。また、国・地方公共団体や独立行政法人からの委託経費、産学官連携における受託研究や共同研究における間接経費の確保が求められる。
さらに、所属する研究者が外部資金を獲得しやすくするため、科学研究費補助金を始めとする競争的資金への申請に向けた支援、産学官連携における留意点等についての適切な情報提供が求められる。
このようにして財政基盤を強化しながら、基盤的な研究費を確保しつつ、各大学等の戦略に応じて配分していくことが必要となる。
研究の多様性の確保のためには、着想を得たら直ちに研究活動に取りかかれ、競争的資金の獲得に至らない構想段階の研究も開始・続行できるための基本的な資金として、研究分野の必要性に応じた一定の基盤的な研究費が研究室等の単位で保証されることが求められる。
また、新たな研究室の立ち上げに当たっては、スタートアップ資金を大学等としてきちんと措置することが必要となる。
各大学等が特に戦略的に伸ばす分野については、競争的資金の活用のみならず、機関としての予算からの効果的な支援が求められる。
その際、学長・機構長はもとより、個々の研究分野を直接代表する研究所長、研究科長等のリーダーシップの下で、その機関の特色を発揮する組織的な研究を推進したり、若手研究者の育成等のために、学長等の裁量経費の戦略的な活用も求められる。
学術研究を実施するスペース(施設)、研究に使用する機器(設備)を始めとする研究基盤は、その建設や整備に長時間を要するとともに、その効果が大学等の教育研究活動全般におよび、整備の効果が見えにくいだけに、長期的なビジョンを持って確保していくことが必要となる
コンピュータやネットワーク、学術図書資料等の学術情報基盤についても、教育はもとより、人文・社会科学分野も含めた多様な研究を推進する上で、その計画的な整備が不可欠である。
各大学等においては、施設に求められる新たなニーズや現状を踏まえ、重点的・計画的な整備を進めるため、総合的な計画の策定が必要である。その際、耐震性など安全性に問題のある施設等、研究教育に著しい支障をきたす老朽施設の再生等に緊急に対応するとともに、世界一流の優れた人材と研究成果を生み出すための研究教育環境の高度化への対応が必要である。
計画の策定・実施に当たっては、施設の効率的な利用を促進する施設マネジメント(共用スペースの確保等)の一層の推進や、多様な財源の活用、学外施設の活用等の新たな整備手法等のシステム改革が一層充実され、大学経営そのものに定着するよう、より積極的に取組む必要がある。
また、魅力ある研究教育環境とするためには、日常の適切な維持管理が重要であり、そのためのメンテナンス費用の充実を含めた検討が求められる。さらに、研究スペースの一定分野への重点的な活用や若手研究者に対する積極的な活用は、研究を活性化するインセンティブの一つとなることも考慮した検討が求められる。
研究設備は、学術研究の発展における研究環境の基盤として、極めて重要であり、その整備・充実が図られることが必要となる。
大学等においては、中長期的な視野の下で、研究の個性・特色や研究の方向性を活かした設備整備に関する計画(設備マスタープラン)を策定するなどの計画的・継続的な研究設備の整備・充実の取組みを実施していくことが求められる。
学術情報基盤(コンピュータやネットワーク、学術図書資料等)は、研究者間における研究資源の共有、研究活動の効率的な展開、研究成果の一般社会への発信等に資するものであり、学術研究全体の推進を支える上で重要である。特に人文・社会科学分野において図書資料の計画的な整備は不可欠である。
各大学等においては、コンピュータやネットワーク、学術図書資料等を収集・保存・提供する大学図書館といった学術情報基盤に関わる情報戦略を持つことが求められる。
その際、コンピュータ及びネットワークに関しては、実際の利用者規模や利用ニーズを的確に把握した上で、人員の適切な配置も含めたコンピュータやネットワークの持続可能な整備・運用計画を作成し、それに基づいた整備及びサービスの提供を行うとともに、整備・運営にかかる学内の組織体制についての検討が求められる。
学術図書資料に関しては、大学図書館において書庫の狭隘化、紙媒体による戦略的な資料の収集・保存、資料の電子化等に対応するためにも安定的な財政基盤の確立が求められ、同時に大学等の学術情報発信拠点としての機能を発揮していくという観点が求められる。
学術研究は、研究者と大学等による高いレベルでの競争関係が基本となるが、個々の競争関係だけでは、高次の学問的発展、また研究資源の有効活用の観点からも一定の限界がある。また、学術研究はその進展につれて専門化・細分化する傾向にあるが、人間、社会、そして自然・宇宙の本質をより深く理解するためには、多様に展開した研究分野を理論的に集約・統合して解き明かすことが必要となっている。すなわち学術研究においては、切磋琢磨と連携とが一体となってブレークスルーが得られるものであり、大学等間(大学間及び大学・大学共同利用機関間)が双方向に連携することによって研究を活性化することが不可欠である。
集中的に整備された研究設備の提供という点で、国立大学におかれた全国共同利用型の附置研究所・研究施設は、人材育成も含め、我が国の学術研究の発展に果たす役割は大きい。今後とも、このような共同利用を促進していくことが求められる。
より高度な研究を進めるため、互いに他大学等の持つ研究資源を活用し、相互補完することも重要である。学術研究の分野・対象が細分化される傾向もあり、大学等間においては、コンソーシアム形成による研究の活性化も求められる。
また、「21世紀COEプログラム」等で形成された拠点とその他の研究組織が連携を図っていくことが求められる。
さらに、大学間協定に基づき、一定期間他の大学等に異動し、資質の向上を図るような大学等間での研究者交流の促進も求められる。研究に必要な施設・設備や事務体制等を複数の大学等が共同で整備することも検討されてよい。
国外の研究者及び研究機関との協力に当たっては、研究費や研究スペースの支援に加えて、宿舎整備や子女教育への配慮など受け入れ態勢の構築を大学等として計画的に進めていくことが求められる。
また、海外の大学等との大学間協定や近年設置されつつある海外拠点を積極的に活用して、交流をより実質化することが求められる。
国においては、個々の研究者と各大学等の研究活動が円滑に行われるような支援を行うことが基本であり、我が国の政府負担研究費と高等教育機関に対する公財政支出の対GDP比を欧米先進諸国並みに近づけていくよう最大限の努力を払う必要がある。
その際、(1)デュアルサポートシステムによる研究の多様性の促進、(2)研究者と大学等の研究活動を支援する多様な方策(ファンディングシステム)の構築、(3)独創的・先端的な研究の推進と研究拠点(ネットワーク・ハブ)の形成、を基本的な考え方とし、特に次の項目に重点を置いて国の支援を拡充することが必要である。
第1章において述べたように、今後の学術政策の基本的な方向性は、個々の研究者の持つ意欲・能力が最大限発揮され、研究の多様性が促進されることにあるべきである。
個々の研究者が自由な知的好奇心・探究心に基づき多様な研究を遂行するとともに、各大学等が学術研究推進戦略の下で、研究者の意欲・能力が最大限発揮されるような研究環境の整備に取組むとき、国においては、個々の研究者と各大学等の研究活動が円滑に行われるよう、基盤的経費の確実な措置と大学等の個性・特色づくりに対応する多様なファンディングによる効果的な支援を行うことが基本となる。
近年の科学技術創造立国の実現を目指した国家的な取組みにもかかわらず、先進主要諸国においても科学技術関係予算を拡大していることもあり、我が国の政府負担研究費の対GDP比は米国やドイツの約8割、高等教育機関に対する公財政支出の対GDP比は欧米先進諸国の約半分と依然として大きな差がある。その上、長年のフロー面での差が人的・物的・システム的なストック面での目に見える格差となって顕在化してきている。
この差を縮めていくことは、今後の厳しい国際競争に勝ち抜くための最低条件であり、国においては、後述する重点項目を中心に支援を拡充し、まず政府負担研究費と高等教育機関に対する公財政支出の対GDP比を欧米先進諸国並みに近づけていくよう最大限の努力を払う必要がある。
学術研究においては、当初の見込みどおりの研究結果が得られることはむしろ稀であり、大学等において、長期的な思考・模索や試行錯誤が許される環境にあることが思いがけない大発見につながってきた。また、指導教員が競争的に獲得する研究費の多寡が大学院学生等の教育、ひいては次世代の若手研究者の育成や多様な学問分野の継承・発展にまで影響を及ぼすことのないよう、恒常的に支援されなければならない。
このため、我が国においては、大学等の組織としての存立を担保するため、人材の確保や研究環境の整備に係る経費は基盤的経費として国が確実に措置し、研究の多様な「芽」を育んできた。いかに優れた研究者であっても、研究遂行に不可欠な研究基盤が脆弱な状況では、その本来の能力の発揮を期待することは難しい。
また、競争的資金による一定期間に限定された研究支援だけでは、研究の萌芽を育成することは困難と言える。基盤的経費によって自由闊達な研究が保障されることで初めて、学術研究の多様性が促進されるのである。
その上で、創造的で質の高い研究成果を創出するためには、研究組織の内外で競争原理が働き、研究者の能力が最大限に発揮されるシステムの構築が必要である。研究計画と研究目標が見通せる段階に至っている場合には、競争的資金の適切な配分により、個々の研究者又は研究組織の優れた研究計画を優先的・重点的に支援することが極めて有効となる。特に科学研究費補助金は多様な研究種目を設定し、これを不断に見直しながら、萌芽的な研究から大規模な研究チームによるプロジェクト研究まで様々な目標・段階・規模の研究を支えてきた。
研究の多様性を促進し、新たな発展の源泉となる豊かな知的ストックを形成するためには、今後とも、科学研究費補助金を始めとする競争的資金の大胆な拡充が必要である。
このように、我が国の大学等においては、基盤的経費の確実な措置と、競争的資金との有効な組み合わせ(デュアルサポートシステム)によって研究体制を構築してきた。優れた研究、若しくは特徴的な研究を行う大学等が全国各地で研究をリードし、多様な研究が行われる状況を創出するためには、このデュアルサポートシステムによる財政支援が今後ますます重要となる。基盤的経費の確保を前提とした、高いレベルでの競争的環境の醸成がなされなければならない。
競争的資金の性格からして、財政基盤、研究者の厚みといった基礎的な条件がより強い大学に競争的資金が過度に集中し、その他の大学等において研究の多様な「芽」を育みにくくなることによって、我が国全体としては大学等間での競争関係そのものが成り立たなくなることへの懸念が指摘されている。国際的な知の大競争が求められている中、国内の大学等に国際競争力を向上させていくためには、基盤的経費が確実に措置され、その下で個性ある大学等同士の健全な競争を拡大させることを通じて、多様な研究が推進される必要がある。
なお最近、基盤的経費と競争的資金との間に一定の比率を定め、基盤的経費の削減分を競争的資金に上乗せしようとする議論が一部にあるが、欧米先進諸国に比べてもともと少ない大学等への政府予算額の割合を単にシフトさせるだけの議論は避けられねばならない。基盤的経費の削減は大学等の教育研究活動の基盤を損ない、大学等の基礎体力を喪失させるものであり、基盤が不十分なところにいくら競争的資金を投入しても大学等のポテンシャルは十分発揮されない。また、競争的資金のみで研究を行わなければならなくするような極端なシステムを現在の我が国の大学等に導入することは、研究者の地位を不安定にし、優秀な人材の確保を困難にするとともに、すぐには具体的研究成果への展望が開けないような息の長い重要な研究や、その時点であまり注目されていない研究が敬遠されることにより、長期的には研究の質が下がる危険性もあることに十分留意されるべきである。
国においては、個々の研究者と各大学等の戦略に基づく主体的な取組みを尊重するとともに、このような取組みを可能とするような多様な支援方策(ファンディングシステム)を構築することが必要である。
一方、個々の研究者と各大学等の研究活動をそのまま支援するだけでは我が国における学術研究の「層の厚さ」や「裾野の広がり」を充実・拡大することは難しい。国においては、学術研究の動向の把握と分析を踏まえた上で、学術研究推進のための基本的な方針を立案するとともに、これを絶えず見直す姿勢も必要である。我が国独自の研究や世界(特にアジア地域)でリーダーシップを発揮できる研究など、強い分野にはしっかりとした支援を行うとともに、20年後、30年後には何がブレークスルーをもたらすかわからないという前提に立ち、困難な課題に挑戦する基礎的な研究や成果の見えにくい研究等にも一定の配慮を行うなど、学術研究全体が多様性を持ってバランスのとれた発展を遂げられるよう様々な支援方策を拡充することが必要である。
そのため、国は、「知の大競争時代」における世界的な学問の潮流を見据えつつ、適切な支援方策を検討できるよう、独立行政法人日本学術振興会学術システム研究センター、学協会等と協力しながら、中長期的な学術研究動向の把握に常に努めていく必要がある。また、各大学等における主体的な取組みのうち、他の参考となるような事例を積極的に収集・推奨することが必要である。
学術研究に対する支援の仕組みとしては、例えば次のような観点によるものが挙げられる。
など
など
など
など
多様なファンディングシステムの構築は、これらの複数の観点を有効に組み合わせることによって可能となるものである。例えば、科学研究費補助金という一つのファンディングを考えてみても、「基盤研究」のように研究者の応募に基づき、審査を経て優れた研究計画を支援する研究種目もあれば、「特定領域研究」のように我が国の学術研究分野の水準向上・強化につながる研究領域などを特定して研究の推進を図る研究種目もある。また、研究の大型化に対応し、これまで国は、競争的資金に金額の上限の高いものや目的の明確なものを設けて研究プロジェクト単位で支援できるようにするとともに、主として基盤的経費の措置により、特定の分野には国立大学に全国共同利用型の附置研究所・研究施設や大学共同利用機関を設置してきた。
このように、国は支援方策を機動的に組み合わせることで、高度な研究を推進してきたところであるが、今後とも、学術研究の動向や大学等における必要性等を踏まえつつ、支援の目的、対象、方法、期間等の観点を時宜に応じて適切に組み合わせながら、学術研究への支援を拡充していかなければならない。特に期間が限定されたファンディングについては、その期間中に達成した成果をさらに高められるように、ファンディングの接続・継続の観点に十分な配慮が必要である。
なお、既存のファンディングシステムについても、研究上のニーズに応じた、より効率的な運用ができるよう必要な改善を図っていくことが必要である。
また、競争的資金制度における間接経費は、個人補助と機関補助を一つの制度内に組み込んだものであり、極めて有効に機能していることから、すべての競争的資金に間接経費を着実に措置することが必要である。また、各省庁・独立行政法人や地方公共団体が大学等に研究を委託する際にも、大学等に過度な財政的負担を強いることのないよう委託経費に間接経費を予め組み込むことが必要である。産学連携においては、企業等との間における受託研究や共同研究に伴い必要となる間接経費の確保を促進することが求められる。
我が国において発展してきた独創的・先端的な学術研究は、今後とも世界又はアジアでリーダーシップを発揮していく上で、極めて大きな役割を果たすことが期待されている。また、独創的・先端的な学術研究をさらに発展させるためには、同一分野間はもとより、異分野間の研究連携・協力が有益である。
その意味において、研究者間のネットワークや大学等間の協定によるネットワークと、その中心となる研究拠点(ネットワーク・ハブ)の形成は重要であり、厳しい財政状況の下にあっても、独創的・先端的な研究の維持向上に国として継続的な支援を行っていく必要がある。特に、多くの研究分野において大学共同利用機関、全国共同利用型の附置研究所、研究施設が「ハブ」としての役割を果たしており、その支援が引き続き必要である。その結果、このような我が国の研究拠点施設での研究経験が外国人を含めた世界中の優秀な若手研究者のキャリアパスとなっていくことが求められる。
とりわけ、我が国の学術研究においては、個々の研究者の自由な発想の下に、旧学術審議会や科学技術・学術審議会等の審議を踏まえながら、大学共同利用機関や国立大学の附置研究所を中心に数々の大規模プロジェクトが実施されてきており、その中から従来の科学的知見を根本から覆すような第一級の研究成果が創出されてきている。また、他の研究分野への波及効果や国際的リーダーシップの発揮の観点からもその意義は大きい。
このような大型施設・設備を要する大規模研究の推進においては、個々の研究者の自由な発想を踏まえ、当該研究分野の動向等を勘案しながら国としても判断を行い、推進することが重要である。その際、世界又はアジアでのリーダーシップを発揮していくことなどの観点も含め、今後の大規模研究の具体的な在り方等について、科学技術・学術審議会等の場を通じて、研究者コミュニティの意見を行政に反映しながら検討できるような仕組みを整備するとともに、国際的な観点を踏まえた透明性・公正性のある評価を実施することが必要である。
今後、政府負担研究費や高等教育機関に対する公財政支出の対GDP比を欧米先進諸国並みに近づけていくよう最大限の努力を払いつつ、学術研究への国の支援を拡充する際には、特に次の項目に重点を置くことが必要である。
今後、各大学等がその優れた研究若しくは特徴的な研究を推進し、学術研究推進戦略に基づき、個々の研究者を活かす取組みを展開していくためには、安定的に一定の財源が確保されることが必須の前提条件となる。大学等において財源を多様化する努力は当然必要であるが、財政の先行きが不確実なままでは、長期間を要する学術研究活動に対して計画性を持って人材・組織の確保や研究基盤整備等の基礎投資を行うことができない。
このため、国においては、今後とも、国立大学等には運営費交付金及び施設整備費補助金、また、私立大学には私学助成といった基盤的経費を確実に措置することが必要であり、その一環として、運営費交付金において特別教育研究経費の果たす役割の重要性を十分に踏まえた措置が求められる。公立大学については、設置者である地方公共団体等の判断に基づく財政措置の充実を図ることが必要であり、国としても地方公共団体等に積極的に働きかけていくことが望まれる。私立大学は、独自の建学の精神により多様で特色のある研究活動を行っており、私立大学のポテンシャルをさらに活かすことが我が国の学術研究の推進に大きな意義を持つことから、私立大学における人件費や研究環境の整備を支援し、学術研究の高度化に適切に対応するため、私学助成を引き続き充実していくことが必要である。
競争的資金のうち、科学研究費補助金は学術研究を支える基幹的な研究費であり、科学研究費補助金がより多くの優れた研究に配分されることは、研究の多様性を確保する上で不可欠であることから、科学研究費補助金の一層の充実を図る。その際、全ての研究種目において間接経費を早期に措置することが必要である。
また、独立行政法人日本学術振興会は、特に科学研究費補助金の配分審査において重要な役割を果たしており、日本を代表するファンディングエージェンシーに相応しい取組みが鋭意進められてきているところである。今後とも、このような位置付けが一層明確なものとなるよう、現在、国で交付を行っている研究種目の移管について、同振興会における体制整備の状況を検討しつつ、諸条件の整ったものから順次移管を進めることが必要である。また、同振興会においては、研究分野の多様性を発展させる方向での審査員の選任方法の改善等について検討がなされているが、国は、科学研究費補助金における審査・評価体制の強化等について、引き続き支援することが必要である。
なお、独立行政法人科学技術振興機構による戦略的創造研究推進事業や国の科学技術振興調整費などのトップダウン型の競争的資金による研究も、研究者や大学等の自主的な判断で実施されることにより、当該大学等における特定の研究分野を大きく発展させ、大学院学生を含めた新しい研究人材の育成につながるものであることから、今後ともその拡充が必要である。また、省庁横断的に多数の機関が参画して行われる国家プロジェクトは、研究機関のポテンシャルを高める上でも重要であり、委託先の公募と厳格な審査を通じて、独立行政法人のみならず大学等の研究者・研究組織の参加を促進することが望まれる。
さらに、大学等が自ら財政基盤の強化を図り、研究教育活動を確実に実施できるよう、米国の大学等に比べ寄附金が少ない現状等を踏まえ、寄附金控除に係る制度の見直しなど大学等に対する寄附促進のための必要な措置を講ずる必要がある。
学術研究基盤は、科学技術創造立国を標榜する我が国に不可欠な国家的インフラストラクチュアであり、その着実な整備がなされるよう大学等に対する適切な支援をしていくことは国の重要な責務である。特に、知の拠点として、国際的に見ても世界一流の人材が魅力を感じるような品格のあるキャンパスの整備は重要である。
また、個々の研究者の研究効率を高めるためには、必要な施設・設備、情報インフラ等の整備と、研究者がそれらを必要に応じていつでも自由に使えるような仕組みの構築が必要である。さらに、研究者・学生同士が常に刺激を与え合うような環境を構築する上で、宿舎等交流施設の確保も重要である。
このため、各大学等が順次計画的に研究基盤を整備できるような支援が必要である。
国は、耐震性等に問題のある施設整備について緊急に対応し、安全・安心な研究教育環境への再生を図るため適切に支援するとともに、研究教育環境の高度化を目指し、卓越した研究拠点の整備、人材育成機能を重視した基盤的施設の整備等に重点化した整備の支援を図ることが必要である。
国立大学等に対しては、上記の課題に対して効率的・効果的に対応するため、施設整備5か年計画を引き続き策定し、重点的・計画的に整備が図られるよう支援をする必要がある。また、計画を着実に実施するため、施設整備費補助金の拡充など財源の確保に努める必要がある。併せて、各大学等における施設マネジメントの努力を積極的に評価することが重要である。
また、公立大学においては、設置者である地方公共団体等の判断に基づく財政措置の充実を図ることが望まれ、その際、研究施設や研究設備等の基盤の整備に関する基盤的経費と政策課題等に対応し重点的に整備すべき研究基盤に関する経費の適切な組み合わせについて検討することが求められる。
さらに、私立大学に対しては、学術研究面での貢献にも期待が寄せられているものの、研究施設面の改善が十分進んでいないことにかんがみ、優れたポテンシャルを有するものには私学助成による施設整備への支援の充実を図るとともに、補助率引き上げの措置を講ずることが求められる。
国は、研究設備が全体的に老朽化・旧式化し、研究に必須の設備も不足する現状にかんがみ、運営費交付金や私学助成等による研究設備の整備への予算措置等において、各経費の特性を踏まえながらも、共通の観点に基づく研究設備の整備を実施すべく、可能な限りそれぞれの制度の改善に努力することが必要である。また、競争的資金等の国公私立大学を通じた競争的・重点的な支援など、多様なファンディングシステムの活用を促進することが必要である。
国立大学等に対しては、中長期的な視点の下で、法人の研究の個性・特色や研究の方向性を活かした計画的な設備整備に対する「設備マスタープラン」に基づいた設備整備を支援することが前提となるが、国は、学術政策上の必要性を勘案して、より効果的な設備整備への支援を行うことが必要である。
また、私立大学に対しては、私学助成による設備整備への支援の充実を図るとともに、補助率の引き上げの措置を講ずることが必要である。
国は、コンピュータやネットワーク、学術図書資料等の学術情報基盤に関わる情報戦略を作成し、それに基づいた整備を行う国立大学等に対し、学術政策上の必要性を勘案して、より効果的な支援を行うことが必要であり、私立大学に対しても、私学助成による支援の充実により、学術情報基盤整備の推進を図ることが必要である。
また、研究の動向を正確に把握するとともに、他で行われていない真に独創性のある着想かどうかを研究者自らが確認しながら研究に取り組めるよう、科学研究費補助金における研究成果等のデータベースを充実する等の環境整備が必要である。
さらに、国は、我が国の学術論文・雑誌の国際的な流通を推進するなど、研究活動・成果に関する国際的な情報発信を支援することが必要である。
国は、国立大学等に保存されている生物遺伝資源等の研究用材料や計測データ等の知的基盤の喪失・散逸を防止し、今後必要となる知的基盤を新たに整備するとともに、知的基盤の利便性や利用価値を維持・向上させるために必要な体制を構築するため、国立大学等における知的基盤整備の支援を図ることが必要である。
国公私立大学を通じて、世界的な研究教育拠点の形成を重点的に支援し、国際競争力のある世界最高水準の大学づくりを推進する「21世紀COEプログラム」は、各大学の個性や特色に応じた拠点づくり、大学全体の教育研究活動の活性化、学長を中心とした全学的観点からの大学づくり、大学院博士課程在籍者等を対象とした高度な人材育成の推進等の観点から効果の大きいプログラムとして、各方面から高い評価がなされている。
このような拠点をさらに発展させるためには支援の継続性が重要であり、国は、ポスト「21世紀COEプログラム」について、国際的にも真に評価される拠点の確立、大学院教育の実質化の推進等の観点も踏まえ、より充実・発展した支援方策の検討が必要である。
また、トップダウン型の研究プロジェクトにおいては、「21世紀COEプログラム」等で形成された大学等の研究拠点への委託についても考慮することが重要である。
大学共同利用機関や国立大学の全国共同利用型の附置研究所・研究施設は、そもそも関連学会や研究者組織等からの要請を受け、全国の研究者が集まって集中的な研究を行える場として設置されているものであり、研究設備の共同利用、共同研究、研究者交流等の進展により、研究活動全体の活性化や新たな学問分野の創出も期待できることから、これら共同利用機関等については引き続き適切な支援が必要である。
我が国の国際競争力を維持するためには、特にアジアにおける立場を考えた場合、優秀な人材の確保は国家的な課題である。とりわけ世界で活躍できる人材として、優れた若手研究者を育成していくことは、我が国の学術研究の将来にとって最重要課題である。そのためにはまず、大学院博士課程在籍者について、その経済的負担を欧米先進諸国並みに軽減していくことが、優秀な人材の確保にとって重要である。これまで国は、大学院博士課程在籍者等については、独立行政法人日本学術振興会の特別研究員制度や基盤的経費である運営費交付金や私立大学等経常費補助金に加え、「21世紀COEプログラム」等の競争的資金によってもTA(ティーチング・アシスタント)やRA(リサーチ・アシスタント)等として支援を行ってきたところであり、引き続きこれらの支援の充実を図ることが必要である。
さらに、大学等が自らの判断により、将来研究者としての活躍が嘱望される大学院学生に対して奨学金を始めとした経済的支援を図れるよう、国として大学等に対する支援の充実が必要である。
併せて、大学院博士課程が研究者として自立して研究活動を行うに足る高度の研究能力と、その基礎となる豊かな学識を養う課程として教育の実質化を推進するよう、国は「魅力ある大学院教育」イニシアティブにおいて意欲的かつ独創的・先端的な大学院教育の取組みを重点的に支援していくことが必要である。
また、国としては、柔軟な発想が期待できる若手研究者が旺盛な知的好奇心・探究心を存分に発揮し、自立して研究を行える環境を確立できるよう、個々の研究者と大学等を支援し、研究の多様性を促進することが必要である。特に若手研究者が大学等で職を得たばかりのスタートアップの時期を適切に支援することが重要である。
このため、国は、大学等に採用されたばかりの研究者で、特に優れた研究計画を有する者のスタートアップを研究費の面から支援するため、科学研究費補助金に新規採用の時期に合せて公募する仕組みを新たに設けることが必要である。また、若手研究者の活躍の機会の拡大を図るため、若手研究者が自立して裁量ある研究を行える仕組みが導入されている大学等においては、他の参考となるように先導的取組みについての支援が必要である。
若手研究者がキャリアアップしていく際に、研究と出産・育児との両立が障害となり、将来的に有望な研究者が研究を断念することは国家的な損失でもある。科学研究費補助金においては、既に研究者の育児休業等による研究の中断・再開を認める措置をとっているところであるが、さらに育児休業等により研究活動を中断していた者が研究現場に復帰する時期に合せて、通常の公募時期とは異なる時期に応募できる仕組みを新たに設けることが必要である。また、国においては、優れた若手研究者が出産・育児による研究中断後に円滑に研究現場に復帰できるよう橋渡し的な研究支援の仕組みを検討することも必要である。
また、優秀な人材の育成や新たな研究分野の開拓を推進するためには、研究者の流動性を促進することが必要である。大学等間の協定に基づく研究者の短期的な相互交流や、大学等と独立行政法人との間での研究者交流も効果が大きいが、さらに流動性を高めるためには、国立大学等間、国立大学等と独立行政法人との間等における退職金等の処遇面において大きな不利益が生じないような仕組みの整備を図るための検討が今後必要である。
これらの取組みも含め、国としては、特に大学院レベルでの国際的に有為な人材の育成に留意しつつ、若手研究者に対する支援の体系化、充実を図っていくべきである。
各大学等が学術研究推進戦略を構築し、自らの持つ優れた研究若しくは特徴的な研究分野を推進しようとする際には、大学内部にのみ視点を集中する傾向がある。しかしながら、学問の発展のためには異分野や異文化との相互作用が不可欠であり、国は、国際的に開かれた大学等づくりに向けた国内外の大学等間連携を促進するような支援が重要である。
また、国際的な研究水準を追求し、我が国に海外の優秀な研究者の力を集めて研究を行うには、特にアジア地域の研究者との共同研究を促進する国際的な大学等間連携を国としても支援することが重要である。このため、独立行政法人日本学術振興会の先端研究拠点事業等により、国内の大学等における研究拠点と海外拠点との間の国際的な連携を支援することが必要である。その際、知的財産保護や知の流出への留意が重要である。
さらに、国は、我が国の大学等が海外との大学・研究機関との間において若手研究者の交流やフォーラムの開催等を円滑に行うことができるよう、独立行政法人日本学術振興会の海外拠点等を通じて、大学等間の連携を図るための機能を整備し、情報面や人材ネットワーク形成の面などでの協力を促進することが有効である。また、大学等としての国際戦略の下に、学内の各種研究組織を有機的に連携した全学的、組織的な国際活動の取組みを適切に支援することが必要である。
なお、海外の優秀な留学生が日本の大学等を舞台として研究教育に活躍することは、日本の若手研究者の育成の観点からも重要である。今後、国としても、海外の優秀な留学生の受け入れについて適切に支援するとともに、大学院の課程修了後も能力の高い外国人が研究者として我が国の学術研究の発展に引き続き貢献できるような環境整備を図っていくことが必要である。
学際的・学融合的研究分野の推進は、新しい研究分野の発展や社会への要請の解決等に資するものであり、国としても適切な支援が必要である。
人文・社会科学は、着想を温め成熟させる過程や長年の学問的な蓄積が重要な意味を持つ場合も多いなど、その学問的な特質から、自然科学とは異なる推進方策を検討することが必要な分野である。若手研究者が鋭いひらめきに基づく分析的な研究で新境地を切り開く場合もあるが、中堅以上の研究者が全体を洞察した大胆な研究によってパラダイムの転換をもたらすことも少なくない。
我が国の人文・社会科学分野の研究全般については、研究領域の専門化・細分化が進み、ある社会現象を正確に分析する力には優れているが、大局的な見地に立った現代社会への提言や大胆な仮説が少なくなったと言われている。人文・社会科学分野の活性化と理論的な発展、新分野の開拓のためには、強みである分析力を活かしながら現実的諸課題に解決への示唆を与えていくような統合的研究が重要である。
例えば、独立行政法人日本学術振興会では、現代的課題の解明と対応に向け、人文・社会科学分野を中心とした各分野の研究者が協働して、学際的・学融合的研究分野に取組む課題設定型プロジェクト「人文・社会科学振興プロジェクト研究事業」を推進しており、このような取組みが引き続き必要である。
また、統合的研究をさらに推進するためには、世界諸地域に関する歴史・文化・政治・経済等の総合的な研究と情報の蓄積を行う複合領域としての「地域研究」が重要である。国は、大学等におけるこのような「地域研究」に関するネットワークの形成や研究情報を集約・共用する取組みを支援するとともに、特にアジア、イスラム圏等について政策的・社会的ニーズに対応した研究プロジェクトを新たに振興することが必要である。
また、地球環境問題や生命・倫理問題、科学技術の負の側面等の現代的課題への対応には、人文・社会科学と自然科学との学際的・学融合的協働がとりわけ必要となっており、人類の根源的な課題について批判的に問い続けてきた人文・社会科学の側から積極的に取組むことが必要である。
なお、人文・社会科学分野のうち、特に人文学分野には例えば美術・芸術や言語学・文献学等必ずしも統合的研究やプロジェクト型の研究推進になじむとは限らない分野もあることから、国はこのような分野の推進についてもきめ細かい配慮が必要である。
これまで述べてきたように、学術研究は個々の研究者、各大学等及び国がそれぞれの役割を適切に果たすことで一層推進されるものであるが、学術研究の世界はしばしばその三者で自己完結し、それを物理的・精神的に支えている一般国民の存在について十分意識してこなかった面がある。
しかし、国民の知識レベルが格段に向上し、学術研究に期待するところもますます大きくなっている現在、これからの学術研究は国民各層の幅広い支持無くしては発展し得ない。研究者、大学等、国のそれぞれが、学術研究において得られた豊かな知的ストックを国民・社会に広く還元し、共有・継承する意識を常に持ち続けることが不可欠である。
学術研究は、その本質においてどのような成果が生まれるか予見できないものであり、さらに近年研究の細分化が進み全体像が見えにくくなっていることから、国民一般には理解しづらい状況となっている。
一方で、研究者には、初めて新しい知に到達した者として、また、公的資金を受けて研究に携わった者として、国民の知的好奇心・探究心に応える責務がある。
学術研究は、必ずしも目に見える研究成果が短期的に得られるものではないため、研究成果を社会に即還元することは難しい面もあるが、研究者と大学等においては、現在取り組んでいる研究課題の魅力や、今後目指すべき研究の方向性についてわかりやすい言葉で説明しつつ、研究成果は速やかに社会に還元するなど、積極的に社会貢献していくことが求められる。
例えば、各大学等は、研究者自らが研究内容を一般に説明するアウトリーチ活動を支える体制を整備することが求められる。また、学術研究をわかりやすく解説できる人材の育成、公開講座やオープンキャンパスの活用や、ユニバーシティミュージアム等の整備等にも取組むことが求められる。その際、特に文学、語学、歴史学等の人文・社会科学分野の研究には、国民の幅広い年齢層で学習意欲が高く、社会還元への取組みが期待される。なお、長期的な研究公開の観点からは、研究の過程や成果を記録し、保存・蓄積・管理するアーカイブ化への配慮も重要となる。
また厳しい財政状況の中にあっても、学術研究に重点的な投資が行われることへの国民の理解を得続けるためには、大学等が国民の関心・期待に積極的に応えていく姿勢が重要であると考えられる。学術研究が短期的な研究成果を求めるもののみとなってはならないが、知的ストックを活用しながら、現代的・社会的ニーズに的確に対応することにも十分に配慮することが求められる。
こうしたニーズに対応するためには、学際的・学融合的研究分野の取組みが必要となり、新たな学問分野が創出される可能性もあり、研究の多様性の促進の観点からも考慮されることが求められる。
なお、個々の研究者と大学等には、純粋な知的好奇心・探究心に基づく研究が社会的に容認される範囲を超える場合もあり得ることを十分自覚することが求められており、学術研究に対する社会的信頼ひいては国際的信頼の喪失につながることのないよう、社会との接点で生じる倫理的・法的・社会的課題に対して適切に配慮をすることが必要である。
各大学等においては、研究教育活動等の継続的な質的向上に資するような自己点検・評価の実施及びその結果の公表を積極的に行い、社会に対し、自らの研究教育等の状況を明らかにしつつ、その改善・充実を不断に行っていくとともに、国立大学等においては国立大学法人評価等を通じ、社会に対する説明責任を着実に果たしていくことが必要である。
近年、学術研究の成果を経済的・社会的価値に直結する形で社会に還元することが求められる傾向が強まっているが、学術研究を通じて、各大学等に積み重ねられた重厚な知的ストックを、大学等の枠にとどまらない「教育」を通じて次世代に継承することこそ、究極的な社会還元であることが認識されるべきである。
大学等における学術研究の大きな特質は、研究と教育が一体化して行われていることにあり、優秀な若手研究者の育成は、大学・大学院の教育機能の強化にかかっている。特に創造性豊かな研究・開発能力を持つ研究者の養成や確かな教育能力と研究能力を兼ね備えた大学教員の養成などを目指した大学院教育の実質化を図り、大学院教育の改革を進めることが必要である。また、我が国が「教育立国」を目指し、様々な教育改革に取組む中で、学部・大学院教育のみならず、初等中等教育においても、これまでの知的ストックと最新の学術研究の成果を十分踏まえた教育が期待されており、それらの活用のための努力が求められる。
各大学等は、柔軟な発想から新規性のある研究課題を見つける可能性を秘めた大学学部学生・大学院学生に対しては、できるだけ多くの機会に一流の研究者の最先端の研究に触れさせ、知的な触発をしていくことが重要である。その際、遠隔教育システムを活用するなどにより、優れた研究者による教育の共有化を図っていくことが求められる。
また、一流の研究者による本物の研究に直接触れることのできた子供たちには、大きな感動が残り、その後も科学的・論理的なものの考え方に興味を持ち続けるきっかけともなる。研究者の育成という観点からは、自然・社会現象への興味関心が広がる初等中等教育段階から、学術研究の芽を育てるような機会を提供していくことが重要である。わかりやすい副読本の編集や、第一線若しくは退職後の研究者自らが講師となって小・中学生や高等学校生に研究の本質的な部分を実際に体験できるようなプログラムを実践するなど研究者コミュニティや大学等からの積極的なアプローチが求められる。
各大学等には、全国各地にあって、それぞれの地理的な条件も活かした個性・特色ある研究に取組み、地域の研究・教育拠点としての役割を果たすことが期待されており、地域再生に向けた地域社会への協力の推進や産学官連携の組織的な推進は重要な課題である。
これまでに大学等と民間企業との間における共同研究が大幅に増加するとともに、技術移転機関を通じて大学等の研究成果の社会還元が大きく進展してきたところであり、国としても今後とも研究成果の社会還元を促進すべく支援を推進していく必要がある。また、持続的な産学官連携を進めるためには、大学等が自ら主体的に産学官連携活動に取組み、そうした姿勢を産業界に対して積極的に発信していくことが求められる。
なお、産業界では、大学等に対し、実社会と直結した応用・開発研究のみを求めることは少なく、むしろそのシーズとなる基礎研究を期待していることも多い。産学官連携を一過性のものに終わらせることなく、さらに発展させるためには、まず大学等において連携のベースとなる基礎研究をしっかり推進するような取組みが重要となる。また、大学等における基礎研究によるシーズの発見が実用化されるまでには、応用・開発を専門とする産学官の研究者による学際的な研究とそれを可能にする研究資源やデータベースの整備など中間段階をつなぐ取組が重要であることを踏まえ、国としても知の創造と活用までを切れ目なく支援し、連続的なイノベーションを創出する仕組みを構築していくことが重要である。特に基礎研究と実用化をつなぐフェーズについては、長期的な視点から我が国の国際競争力の確保にとって重要となる先端融合領域を産業界と協働で推進することが必要である。
さらに、産業界としても、経営・研究開発において産学官連携を一つの柱として明確に位置付け、とりわけ、大学等への民間からの研究費支出については海外流出傾向が強いことにかんがみ、我が国の大学等を研究リソースとして評価・活用することが期待される。また、産学連携教育を推進し、研究者の交流を進める観点からも、研究休暇制度を創設する等して企業から研究者を修士課程等へ積極的に送り出すことを期待するとともに、各大学等においては、企業からの研究者の修士課程等への受け入れなどに積極的に取組むことが求められる。企業等においては、学士・修士・博士等の学位を取得した研究者の採用・処遇に関し、それぞれの学位の種類に応じた取扱いがなされるよう十分に配慮されることが期待される。
以上に述べたような取組みを通じて、多様な学術研究から生み出された豊かな知的ストックが真に国民・社会共有の財産となることを期待してやまない。
研究振興局振興企画課学術企画室
-- 登録:平成21年以前 --