1.背景と現状

 過去20年以上にわたって、がんは日本人の死亡原因の第1位を占めており、現在では約3人に1人ががんで死亡するという状況となっている。世界的にみても、ごく最近のWHOの報告によると2000年のがん罹患者は一千万人に及び、20年後には更に50%の増加が指摘されている。従って「がんの克服を目指す研究」は、国内国外を問わず、今までにも増して社会的要請の高い推進課題であることは疑う余地がない。米国においては1971年にNational Cancer Actが策定されて以来、それに基づいた長期的ながん研究支援体制が継続しており、がん研究から広く生命科学に及んだ、めざましい研究成果が挙げられている。我が国においても、旧文部省、文部科学省では、科学研究費補助金(科研費)による、一貫したがん研究の支援が継続されてきた。すなわち「がん特別研究」、それに続く「対がん10ヵ年総合戦略」、更には「がん克服新10か年戦略」へと継続的ながん研究の支援が行われ、国際的にめざましい成果が挙げられるとともに、がん研究にとどまらず我が国の生命科学を担う多くの人材の育成にも貢献してきた。国内のがん研究全体を見ると、1984年~1993年までの10年にわたり、旧文部省、旧厚生省、旧科学技術庁の3省庁の共同事業として「対がん10ヵ年総合戦略」が推進され、更には1994年からも引き続いて3省庁の共同事業として「がん克服新10か年戦略」が発足し、省庁横断的な研究者間の強い連携のもとに、国際的にも学術的にも社会的にも大きく貢献する目覚ましい成果が挙げられている。また、最近では、文部科学省と厚生労働省が取り組むべき研究の全体像について、両省の依頼による「今後のがん研究のあり方に関する有識者会議(座長;杉村隆・国立がんセンター・名誉総長)」の報告書がとりまとめられたところであり、第三次対がん戦略の構築が提言されている。
 この間、特定領域研究として支援されたがん研究は、がん研究独自のミッションを担いながらも、科研費の精神に基づいて長期的な展望に立ちながら、がんの基礎・臨床研究がバランスよく効率的に推進されてきた。実際の成果については枚挙にいとまがないが、がん原遺伝子ErbB2、がん抑制遺伝子APCの発見とそれらについての基礎・臨床研究の飛躍的発展はその代表例として挙げられる。また、成人T細胞白血病ウイルスの発見とウイルスの構造解明の研究は、がんの一次予防研究へと繋がり、保因者から乳児への授乳を回避することによって成人T細胞白血病ウイルスの垂直感染が防がれつつあることは特筆すべきであり、長期的視点に立ったグループ研究継続の重要性を如実に示している。平成12年度からがん特定領域研究は「ミレニアムプロジェクト」のひとつとして支援されており、この間には多くの業績が挙げられるとともに研究成果を社会的に還元してくための努力もなされている。実際、平成12年度から現在までの発表欧文論文数は7,000報近くに及び、がん分子標的治療法などをはじめとする特許出願件数は200を越えている。このようながん研究の発展は、研究者の自発性を尊重し独創的・先駆的な研究を支援する、という科研費の精神に基づいた研究体制の推進が着実に実を結んでいることの表れと考えられる。今後もこのようながん研究の流れを着実に継承しながらも更に発展させていくことが重要である。また、科研費による支援体制は次世代のがん研究者の育成においても引き続き大きく貢献するものと考えられる。このように、がん研究という生命科学の一翼を担う学際的研究が引き続き科研費で支援されることは、社会の要請に応えるというがん研究のミッションを遂行すると同時に、我が国の学術の振興に大きく貢献することは疑いのないところである。
 20世紀には、ウイルス発がん、化学発がんの研究にはじまり、がん遺伝子、がん抑制遺伝子の概念の確立とそれらの遺伝子の発見に象徴されるように、「がんは遺伝子の異常によって起こる病気である」という概念が確立した。すなわち、遺伝学・分子細胞生物学の発展によって、発がんのメカニズムの基本的フレームワークが構築された、といえよう。そして、過去四半世紀の間には以下のようながんの特性が明らかにされたといえる。すなわち、(1)自立的増殖性、(2)増殖抑制シグナルへの抵抗性、(3)アポトーシスへの抵抗性、(4)永続性を持った複製能、(5)持続性の血管新生、(6)組織への浸潤と転移、(7)免疫監視からの回避、である。がん特定領域では上記の研究に加えて、このようなフレームワークの構築に大きく貢献する成果が数多く挙げられている。しかしながらがんは極めて複雑性・多様性に富んでおり、その本態解明を目指したがんの基礎研究の継続的かつ発展的な推進が必要である。
 一方で、がんの疫学的研究やがん情報の基盤整備は過去数十年における日本人の生活習慣の激変によるがん罹患率の変動状況を明らかにし、がん予防における環境要因の重要性を示してきた。今後は予防に重点を置いた、新しい研究のアプローチも期待されている。がんの診断・治療に関する研究は、分子レベルでのがん診断や分子標的療法などの開発研究が急速に進展しており、各分野で着実な成果が生み出されて来た。発がん遺伝子の同定とその遺伝子産物の立体構造に基づいた、分子標的抗がん剤の開発が進んだことは、基礎研究の成果を実際に臨床に活かす方向性を提示したといえる。国内においても独自の治療薬の開発が進む一方で、がん治療薬剤の効果については、ゲノム的アプローチによる個々人に目を向けた治療戦略も推進されており、今後一層の進展が期待される。従ってこのような基礎と臨床研究が一層の連携を図りながら、同時にその橋渡し的な役割を担うトランスレーショナルリサーチ(以下、TR)を統合的に推進させることは、我が国において今後益々重要となっている。また、医療技術のさらなる向上を目指すためには先端的な科学技術を積極的に取り入れた研究が必要である。
 このように、現在の「がん特定領域研究」の実績を踏まえながら、更にがんの本態を解明し、その克服を目指すための発展的な取り組みが必要と考えられる。

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