資料2 「学術の意義・役割、社会に対する説明責任」に関する御意見

科学技術・学術審議会 学術分科会
学術の基本問題に関する特別委員会
(第7期第1回)
平成26年3月10日


「学術の意義・役割、社会に対する説明責任」に関する御意見


1.国力の源としての学術の本来的意義について
○ 学術の意義・役割、社会に対する説明責任については、「第4期科学技術基本計画の策定に向けた意見のまとめ」(平成21年11月12日 科学技術・学術審議会学術分科会)、「日本の展望-学術からの提言2010」(平成22年4月5日 日本学術会議)、「学術研究の推進について」(平成23年1月17日 科学技術・学術審議会学術分科会)などで既に議論されていることから、これらの成果を基礎にして、本特別委員会は、その先の課題を議論すべきだ。
○ 学術の定義は広義に考える必要がある。「学術」は、英語の”arts and science”、 ドイツ語の”Wissenschaft”に当たる用語。だとすれば、「学術」は人文学・社会科学・自然科学のいずれをも内包する概念であり、いわば「統合的な知の科学」。
    一方、「科学技術」と並列して記されるとき、「学術」の意義は狭く理解されがちになり、その結果、科学と技術を除いた学問のように論じられる傾向がある。学術側から「科学」と「技術」及び「科学技術と学術」に対する考え方をしっかりと体系化し、その上に立った「基礎研究」(純粋基礎研究及び目的基礎研究)の社会的使命の明確化が必要。
    また、「基礎研究」の概念を、未知への探求と文化を創造する「純粋基礎研究」と大きな社会的価値創造に結びつく可能性を持つ「目的基礎研究」とに整理し、それらに基づいた学術の意義・役割の社会への説明が有効ではないか。
○ 学術研究は、普遍的に妥当する真理を探究することを目標にした知的な営みである。その探究の過程は、ある人が対象に関心を抱き、あるいは不思議に思うことを契機に、その理由を問い、それを明らかにすることである。このような過程を繰り返すことを通して人類は知を蓄積し、その蓄積が文化的基盤を形成し、それを基盤に科学を進歩させ、技術を開発してきた。したがって、学術は、知の蓄積としての文化的基盤と、そこに築かれる科学技術の双方を意味する。
○ 社会が抱える問題解決に向けて指針を示すこと、現在の社会構成員の福祉の増進に直接的・間接的に寄与すること、将来世代が彼らの福祉を自律的に追求する潜在能力に寄与することこそ、学術が社会から期待されている重要な役割。
○ 民主主義国家の財産は人であり、その将来は国民の質で決まる。学術は、森羅万象に対する理性的な認識により、人々に物事に対する公平かつ正当な判断力をもたらすものであり、知識だけでなく自律した一人の人間としての修練に通じる活動でもある。したがって、国民の質の向上すなわち教育に果たす学術の役割は、大きくかつ普遍的なもの。
○ 真(しん)に幸福な国家とは、国民の誰もが「好きなだけ学び、人生を通して精神的に向上し続ける」ことのできる国家であり、真の学術はそうした人々の哲学的な支柱になる。国民が学術成果に触れ、学術の知識、思考方法、新たな視野によって、社会の改善につながるよう助けることが、学術に期待される重要な使命である。

○ 科学技術イノベーションは、科学技術の研究成果として「新たなものを取り入れ」革新をもたらすことであるとすると、「取り入れる」べき当のものが有効に生産されなくてはならない。そのためには、それを生産する人、生産する基盤としての場が必要である。つまり、科学技術の効果的な発展のためには、科学技術の有効な「知」の生産、知を生産する人材の育成、豊かな「知の蓄積」がなされている育成環境の存在が前提となる。
  「知の蓄積」の場が豊かであればあるほど、そこで育成された人と知が社会に力を与え「国力」となって社会を発展させるという「知の循環」を前提に考える必要がある。また、それは教育研究機関の機能強化によって初めて実現可能となる。
○ 学術は国ではなく人類と世界のためにある。日本の研究者が基礎研究(暗黙知)の分野で世界をリードすることが、世界からの尊敬を生み、ひいてはそれが科学者を支援する日本という国への敬意につながる。
○ 学術への投資を通して世界に貢献することは、先進国に課された重要な役割である。学術に投資をせずにその成果の応用に偏重することは、土壌を育てずに無分別に作物を栽培し続けようとすることに等しく、持続不可能であり、そのような国が高い文化をもつ国として尊敬されることは難しい。
○ 「学術研究に国境はなく、その研究成果は人類共通の知的資産として蓄積され、人類全体への貢献が期待される」という見識には一理あるが、この議論の楯(たて)の半面として、日本の学術研究の国際的な競争優位を無理に回復する努力をするよりも、国際的な共有資産である研究成果にフリーライドすればよいという議論が発生する可能性がある。そのため、なぜ日本の研究者の潜在能力の回復に投資する必要があるかということに、強力な根拠付けをする必要がある。


2.現在の学術研究がそのような国力の源に本当になっているのか
○ 国力の源になっている部分は数多くある。
  物理の例)高エネルギー物理、物性物理学等、プラズマ乱流、加速器、放射光、高精度レーザー、レーザーフォトニックデバイス、宇宙の起源と天文学、など多数の実績例が挙げられる。
  プラズマ理工学の例)日本発のプラズマプロセス法は半導体のムーアの法則を実現している。(現在年間~40兆円)
○ 学術と国力(経済力)を直接結びつけるのは適切でない。


3.国力の源になっていないところがあるとしたらそれはどのような部分で、何か課題なのか
○ 人員配置(ポジション)や研究費が既得権化し、成果の質や内容について適切に評価されず改善されないまま続いている研究や、研究投資の選択・持続において、必ずしも透明化されていないプロジェクトも見られる。それが、新しく育つ競争力ある研究が発展する妨げとなっている。
○ 学術の側(がわ)から適切に発信ができていなかったことも、学術研究が正当に評価されていない一因であるのではないか。

4.その課題を克服するために何が必要なのか
○  限られた予算の中でも研究体制など改革を進めることによって、自らの研究力を強化する決意が重要。大学を始め全ての研究機関は、論文数・引用数などにおいて見られるような日本の国際的な相対的位置の低下を重く受け止め、改革に努めることを約束すべきだ。若手育成、女性の活用、特に国際化の遅れなどは大きな課題。また、研究不正、研究倫理についても決意を広く訴える必要がある。
○ 学術の重要性は相対的に増している。現場の研究者は時代が変わったことを理解し、学問の現代化が必要。
○ イノベーションには、特定の目的に集中投資することによって生まれるイノベーションと予期せずに生まれるイノベーションの2つがある。学術研究が担うべきは後者だが、その内容がイノベーションにもつながりうるという社会との接点を意識して研究を行うことが必要。
○ 社会的要請課題からビジョンを立て、そこから基礎研究へ論議が遡及(そきゅう)することによってイノベーションが生まれるという流れもあるため、新たな知の創造と知の活用による社会・経済的価値の創造との間の結合メカニズムについて十分な検討を行うことが必要。
○ 社会要請による大型の研究と基礎研究は一方通行ではなく、循環するもの。よい循環を作ることや更に進んでもっと融合したような新しい姿を示すことができればよい。
○ 学術は「統合的な知の科学」であるにもかかわらず、最近の学術・科学技術政策は、実利性を重視した資源の重点的配分や数値化による競争原理や評価の強化といった視点による基本構造で成り立っており、その帰結として、新しい知の創出や精神文化などを基盤とする学術の根幹を担う諸活動が疲弊している。また、学者間でもそのような問題意識の共有がなされているか疑問。このような根源的な問いかけなしには、学術の本来的意義について広く社会の理解・支援を得ることは難しい。
○ 学術の意義や役割を社会に説明する以前に、科学者がそれらを共有すべき必要がある。「社会における社会のための学術」という観点は、1999年のBudapest宣言で提示されて以来、我が国においても強く意識されてきているが、Science for Knowledgeとしての学術の意義についても、国際的な視野に立って我が国の科学者が共有する必要がある。
○ 学術界そのものが自律した存在でなくてはならないので、学術の本来的意義を踏まえた活動について社会から承認される適正な予算規模と評価方法を自律的に模索することが理想。しかし、現実として時間的にそれが難しいとすれば、国はその精神を踏まえた上で適正な予算を投入し、研究者ができるだけ多くの時間と労力を研究に費やせるよう環境整備を行うことが大切。
○ ①科学技術イノベーションと経済復興、国力の一元的方策に対し、学術、研究の在り方、歴史感的視点の必要性を説くアカデミア、文科省の重石(おもし)的発信(イノベーションという言葉を技術革新の意味で頻用しすぎることにより、学術の意義を成果主義に限定させている)、②研究費について基盤と戦略のバランス感覚、③若手の研究離れ、意識変化に対する発揚に向けての国家的方策についての検討が必要。
○ 我が国の一部の研究者だけが研究費や資源配分に関与する、あるいは影響を与えることがないように、透明性を確保する必要がある。また、重点的な課題以外にも配慮して、特に若手研究者が自発的に研究を実施できるようにするための工夫が必要。
○ 基盤的学術研究を継続的にかつ透明に選択・推進し、長期的展望を持った俯瞰(ふかん)的な基礎学術研究展開を実現する行政組織が必要。(例:大型プロジェクトに関し、日本学術会議のマスタープランから文部科学省のロードマップまで、俯瞰(ふかん)的かつ透明な計画提案の体系化ができた。それを政策化して継続的に実施するための行政組織母体を新設すべきだ。その組織は、共・共拠点等についての全体を見た評価推進も求められる。)また、学術側からの資料と行政側の判断を結びつけ協力することができたというこの画期的な成果を参考にし、大型プロジェクトのみならず新たな計画提案の方式を考えるべきだ。
○ (研究者・法人は)人員配置(ポジション)や研究費について、成果の質や内容について適切に評価をすすめ改善する必要がある。
○ 古くから続いているプロジェクトと、新しく生まれようとしているものとのコンペも必要ではないか。
○ 早く・目にみえる成果をあげることの必要性は否定しないものの、将来に向けての長期的な視角も必要。そのためには、プロセス重視型の研究計画も考慮する必要がある。
○ 人文社会科学と理工系の協働なくしてイノベーションは実現しない。このような発想は既に世界的には共有されており、高等教育政策においても大学の新たな役割としてのイノベーションの創出及びそれにかかわる人材育成が議論されている。


5.国費を投じられて研究を行っている研究者は、現下の社会情勢の中で、どのように説明責任を果たすべきか
○ 従来どおりの学術の重要性を強調するだけでは、もはや何のインパクトもないので、学術研究が国力の源となっていること等を主張することが不可欠。加えて、現在国の予算の半額が国債でまかなわれている厳しい状況下で、学術研究を推進する側(がわ)での決意、国民への約束を示すことも必要。
○ インパクトを持つメッセージを送るためには、学術研究者側も学術推進・支援機構の責任ある運営に、強いコミットメントを行う意思を表明する必要がある。タックス・ペイヤーが最終的に負担する公的助成を、効率的で衡平(こうへい)に学術の諸分野に配分して執行する上で、配分原則を決定する機構の責任者が、ルールの設計段階で自分の研究領域に及ぶ影響に照らしてルールの在り方を操作するような見識に欠ける行動があれば、学術体制のクレディビリティには致命的なダメージが及ぶことは当然だからである。
○ 学術が有する使命の前提になるのは学術への人々の信頼であり、まずは研究者の道徳的、自律的な人間的側面が重要。加えて、学術そのものが、その特性をよく知らない人々から誤解を受けやすいため、public relationsの技術的側面にも留意する必要がある。あらゆる分野で価値基準や時間尺度が、学術と社会との間で一致しないことが多いので、そうした相違点を確認しながら対話を進め、国民の理解を得ることが大切である。
○ 学術の社会還元として、知的イノベーションが国民にとって非常に大切であることを示すことが重要。人文社会学から自然科学まで、国民の知的欲求に対する最新情報を提供することは、教育立国であり知的水準が高い我が国の国民に対する最大の還元。
○ 人文学・社会科学と生命科学・理学・工学の双方を学術の重要な両輪として推進する必要があることを、単なるリップ・サービスではなく、真摯(しんし)なメッセージとして送るべきだ。
○ 現代的諸課題の問題の核心には近代科学が生み出してきたパラダイムを基盤とする物質主義を追求する余り、精神的豊かさを醸成する世界を置き去りにしてきた側面がある。これからの新しい時代に向けては、学術分野横断的な見地から現代の物質文明の礎となっている価値観や価値体系を改めて検証し、人類の生き方とそれを育んできた自然との共生を基本とした新しい知軸を形成することが重要。これこそ、学術を担う人たちが社会に向けて発信していく土台となるもの。
○ 研究不正や利益相反の排除は、根源的には研究者個人の問題ではあるが、研究組織においても説明責任を果たすべきだ。
○ 学術研究の意義を積極的かつ効果的に発信して、理解を求めることが重要。その場合、科学技術や科学技術イノベーションとの関連についても、それぞれの立場から説明することが必要。
○ 説明責任の1つとして、研究者が個々の意見のみで発信するのではなく、コミュニテイで一体化し系統的にビジョンを提示することが、重要な点である。
○ グローバリゼーションに対応するとともに、古来の日本らしさや強みを生かした唯一性をぶれずにもとめることや、人間力のような必ずしも数字で表現できない形で発信することが世界で尊敬を得る国の在り方。そのために、柱となる学術に対する理念と科学や研究・教育に関する百年の国是を明確にすること、及びそれに向けての指標・この国の在り方をあぶりだすことが識者やアカデミアの責務。
○ 「基礎研究」と「応用研究」といった分類がなされ、好奇心駆動型(curiosity driven)と使命実現型(mission oriented)と重ねられることが多く、確かに応用、開発を目指す研究といわゆる自然の理解を目指す研究とに違いがあることは事実であるが、そのことによって、研究と社会の関係が全く異なると考える(例えば、基盤研究は社会との関係を意識せずに追求すればよい)というのは行き過ぎ。ブダペスト宣言における「社会の中の科学と社会のための科学」の記述は、いわゆる開発応用研究を指しているわけではなく、むしろ「科学の社会的責任」を述べていると理解すべきであり、あらゆる研究分野に適用される考え方。
○ 英国がBSE事件により政府や科学者の信用が失墜した後、その回復のために多様な努力をしたことは有名。はるかにスケールの大きい3.11を経験した日本の学術界がその反省を踏まえた取り組みをすることは必須の課題。科学技術研究が本質的な不確実性を伴うものでありながら、そのことを正確に伝えることなく、それらの知識の社会的利用を専断してきたことにある。知識の社会的活用は専門家だけではなく多様な社会のステークホルダーとの対話や参加のもとで行わなければならない、という論点が最重要。現状では、リスクコミュニケーションが焦点化されて、若干の予算のもとにその研究支援が行われているが、恐らく本質的な問題はそこにはなく、英国が行ったように科学技術の研究機関のカルチャーとして、社会との対話を行う気風を育むことが第一歩。

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