資料2 報告書の基本的な方向性(案)人文学及び社会科学の振興に関する委員会報告案(樺山紘一主査第1稿a)

平成24年4月
樺山紘一

1.震災に立ち向かって 人文学・社会科学からのメッセージ

 平成23年3月11日に起きた東日本大震災は、わが国の社会に激甚な被害をもたらしたばかりではなく、これとともにあった科学や学術にたいしても、未曾有の衝撃と反省をもたらすものであった。地震とそれに起因する巨大な災禍にたいして、どのような対応の方途がありうるのであろうか。自然科学の諸分野はもとよりのこと、一見すると縁が薄いかに思われる人文学や社会科学にあっても、多様な問題設定に向かわざるをえないであろう。はたして、人類と国民の安寧と幸福に貢献すべき学術として、起こってしまった災害と、今後にあって予測・憂慮される災害に関して、どのような研究活動を構想することが可能であろうか。この設問は、人文学と社会科学に従事・関与するすべての研究者等にあっても、回答への努力を強いるものである。私たちはこの責務に応えるべく、従来の活動への反省と、今後のあり方についての真摯な検討を要請されている。人類と国民から寄せられた負託に正面から応えることで、その責任を遂行したい。
 既往の諸研究はもとより、新たに提起される研究はどのような性格をもつであろうか。地震による災害の歴史的資料の収集や精査、それに直面した過去の人間活動や、あるいはそこに込められた経験知や英知などの事例調査などは、重要なヒントとなるであろう。また、リスクの増大に直面する現代社会にあって、どのような対応策や回避策がありうるかは、多様な社会研究の蓄積によって推知・解明することができるであろう。私たちは全力を尽くして、この課題に取り組む覚悟である。このことを平成24年の現在にあって、明言しておきたい。これを、人文・社会科学研究に従事・関与する研究者等からの、国民にたいするメッセージとさせていただく。
(以下、各論)

2.各章の構成

 災害に向き合う人文学・社会科学の研究には、広大な分野と領域が参画している。こればかりではなく、日本における研究の営みは、日常的な活動においても分厚い成果をもたらしてきたが、なお現時点にあって新たに、もしくは強調して要請される方向性について、考察しておきたい。以下にあっては、3つの視点と4つの制度・組織上の論点を取り上げることにする。これらは、人文学・社会科学にあっていま緊急性をおびており、具体的な施策を求められるものである。その基本の視点としては、
(1)学の融合と総合性
(2)学術への社会的要請とアウトリーチ
(3)グローバル化と国際学術空間
 また、制度・組織上の論点としては、
(1)共同研究のシステム化
(2)研究拠点形成と大学の役割
(3)次世代育成と新しい知性への展望
(4)研究評価の戦略と視点
 これらをとおして意図するのは、人文学・社会科学を、本来あるべき文化の創造と継承の重要な一環と捉え、人びとが共同で追求すべき人文的、社会的理想を検討し提唱して、その全体像のなかで未来を展望することである。この営みをとおして、私たちは国民と歴史の負託に応えたいと念願する。
(以下、各論)

3.学の融合と総合性

 人文学と社会科学にあっては、従来ややもすれば、個別の分野の求心力に固執するあまり、急速に進む専門化を優先させて細分化に陥り、総合性への視点を欠落させることにより、結果として人間・社会の全体的理解を等閑に附しがちであった。それの路線転換は容易ではないが、すでに試みとして進行しつつある学融合の方法を精査して、より可能性の高い方向性を模索することにしたい。この場合、融合とはあくまでも、それに関与する諸学が、その固有の方法や成果を放棄することなく、しかし融合的統合によって、方法の革新と研究者の協同を実現するよう努力することに始まる。人文学・社会科学にあっては、それ自体が開発してきた独自の諸方法を展開するのみならず、隣接する理工学や生命学の適切な分野とのあいだでも、大胆な融合の試行を提起し、その成功例を参照しながら、戦略的に挑戦することを目指したい。極度の細分化の克服は、その結果として視野に入ってくるはずである。
(以下、各論)

4.学術への社会的要請とアウトリーチ

 人文学や社会科学にあっては従来では、学術に内在する研究者の側の契機・モチベーションが極めて重要視されてきた。このことは、依然として否定しうべくもない。しかしながら、今般の災害に直面したり、あるいは社会の高度な複雑化にも伴って、学術の社会的機能への真剣な認識が期待されるようになり、研究者への要求も水準を高めている。こうした状況のもとで、私たちはどのように思考を進めたらよいのであろうか。すくなくとも、研究者にあって自己満足とも受け取られかねない孤立化は、断じて許されない。必要なことはといえば、社会からの強烈な要請を正面から受け止めつつ、その理由と根拠を的確に見極め、主体性をもって判断する論拠と機能を整備することである。そのためには、政策立案からそれの批判的検討にまでいたる、多様な社会的活動に参画することで、社会的要請への積極的な応答を試みることが可能である。いわゆる課題設定型の研究推進は、有意義な結果につながってきており、今後の方向のひとつを指し示している。しかもそれらの研究成果はつねに、要請の母胎としての社会にたいして、明瞭かつ迅速にアウトリーチされる必要がある。内容の難解さや手続きの煩瑣を理由にこれを回避することは、いかにしても許容することはできない。デジタル手法の開発を含めて、成果発信のための技術や方式は無限に開かれている。
(以下、各論)

5.グローバル化と国際学術空間

 20世紀末からの急速なグローバル化が、学術に熾烈な変革を強いたことは、いまや周知の事実である。この事態のもとで、わが国の人文学・社会科学が十分に周到な対応と発信を達成してきたかどうかは、疑問がなくはない。しかし、21世紀の現在にあっては、さらに広範な問題が提起されるにいたっており、迅速な意思形成が必須となっている。ことに、自然科学一般と異なり、人文学・社会科学にあっては、えてしてその学術上の特性から母国(語)特性に固執するあまり、外国籍や外国由来の活動にたいして、冷淡な対応を行うことも稀ではなかった。しかしながら、事態の進行とともに、吟味と参照に値する成果が蓄積され、国際学術空間にあっては、いわば世界標準のもとでの競争や協同が一般化しつつある。いまや、ごく少数の例外を別にすれば、人文学・社会科学の領分にあっても、内外の水準差や機構的な孤立化はありえないようになった。こうした状況のもとで、諸外国との競争や協同はいかに推進されるか、またその成果をいかにしてわが国の研究状況に導入することが可能であるかが、問われなければならない。しかも、たんに受身の形でグローバル化に対応するだけではなく、むしろ国際的な交流の場を生みだしたり、リードしたりする努力が要請される。そのための政策や機構への注力も必須である。あきらかに、こうしたグローバル化は無視・忌避が不可能な現状に達している。
(以下、各論)

6.共同研究のシステム化

 人文学・社会科学が長らくにわたり、すぐれて個人的モチーフに即して展開されてきたことは事実としても、近年にあっては研究水準の向上に伴って、多数の研究者や機関の参画による大規模な共同研究の必要性も、公言されるようになって久しい。また、その間にあって、引証される価値のある共同研究の実例が存在したことも事実である。しかしながら、この方法は必ずしも広く共有されることがなく、個性体な実例として称揚されるにすぎないことが多かった。しかしながら、財務上の困難のために、効率的な学術研究が訴求されるという側面もあって、共同研究の質的・量的な向上が強く要請されている。異なった分野間の交流は、偶然的なあるいは属人的な触れ合いから生起することがしばしばであるが、しかし、経験に基づくシステム化の追求は不可欠である。人文学・社会科学の共同研究化に関するシステム分析が、専門的な方法と機関において実施されることが望ましい。そのための財政的・人的な支援も行われてよかろう。
(以下、各論)

7.研究拠点形成と大学の役割

 人文学・社会科学にあっては、すでに見たとおり、従来にあってその研究営為が個人的なモチベーションに依存する度合いが強く、また成果の評価も個人の責任を問うものであったため、研究資源への重点投資を控えがちであった。むろん、個人の小規模だが、特徴的な学問成果には尊重すべきものが多いとはいえ、また問題の巨大さや広範さのゆえに、多数の研究者の組織的な参画を求めるべきものも軽視できない。自然科学における場合と同等とはいえないまでも、拠点的な集中の研究システムの構想は、これまでも試行されてきたし、かなりの成果をも収められている。これらに参照を求めたうえで、連携と集中の研究体制の新たな方向性を探査することが重要であろう。その際、人間関係や地理的条件を吟味して、効率的に機能しうる拠点を設定することが現実的でもある。とくにその試行にあっては、従来にあっても拠点として機能することの多かった大学機関等を想定し、従来の経験にも学びつつ、あらたな可能性を探索することができよう。
(以下、各論)

8.次世代育成と新しい知性への展望

 人文学・社会科学にあっては、従来でも適正な次世代養成のシステムが存在してはいた。しかしながら、それらは現場の知恵によって運営されるという側面が大きく、結果として環境条件が変化するなか、従来のシステムが円滑に機能しがたくなるという現状が、指摘されるにいたった。財政難に伴う人事構成の窮屈化、「内向き」指向や現状肯定に向かう精神的保守化など、客観情勢は困難に溢れているが、このなかで次世代育成に向けて、どのような改善策が取られうるであろうか。障害の実在は否定できないにしても、他方では新世紀の新たな知性の出現が予測されることも事実であろう。これまで、ややもすれば、個別ケースに託されてきた次世代育成を、人文学・社会科学に通有の場に引き出し、可能性を探ることが必須であろう。その際には、制度上の改編や強化はもとより、関係者の意識転換をも大胆に要請せざるをえないであろう。さらには、近年のいわゆる「内向き」志向を克服すべく、次世代研究者への支援・育成の方向性を模索することも、視野に収めたい。
(以下、各論)

9.研究評価の戦略と視点

 国立大学の法人化や社会一般の関心の増大もあって、学術研究の成果拡大への要請はいやがうえにも、高まっている。そのなかで、国や社会からの支援にたいして、研究者からの責任ある応答の必要性もますます強調されるようになった。そこでは、研究活動への財政上・人事上の助成にたいしては、これに対応する成果発信が必須になっている。従来、理工学・生命学等にあって成熟した評価の方式が存在する一方で、人文学・社会科学にあっては、評価は内在的なものであり、また定量的ではない定性的なものでもあるとして、大規模で客観的な評価制度に消極的な態度が顕著であった。しかし一般的にいって、公的・私的を問わず、助成や支援については事前・事後の評価は不可避のものであり、当事者にあっては、その独特の方式をみずから積極的に提起すべきところであろう。むろん、他の分野と比べて技術的な困難の度合いが大きいことは当然のこととして、しかし暫定的であれ仮説的であれ、社会的に説得力のある評価法を提唱することは、当事者にとっては義務というべきであろう。すでに、具体的な提唱も少なくないところから、迅速にその見通しを手にしたいと考える。
(以下、各論)

10.短中期的戦略の在り方

 以上にみてきたのは、3~5の中長期的な視点と、6~9の中短期的方策とである。いずれも、スピード感をもって検討されることが望ましい。なかでも中短期的問題については、できるだけ早期に改革の提唱と結論の設定が要請される。それらのうち、現在にあって可能な論点についての具体相を、ここでさらに強調して掲げておくことにしたい。
(以下、各論)

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