資料3 評価項目・観点の例-「社会や国民の理解」について

 資源に恵まれず、領土のせまい日本が国是として掲げてきた「科学技術創造立国」。
 しかし、先行き不透明な経済、もはや看過できない財政状況のなか、科学技術を振興することは、本当に国を豊かにすることになるのか、という国民の厳しい視線が注がれています。
 そうした国民心理を考えると巨費を投じて大型プロジェクトを推進するにあたっては、これまで以上に国民の理解を十分に得られるような具体的方策を強化することが必要だと思います。新しい大型プロジェクトの評価の観点を考えるにあたっては、以下のようなこともご考慮いただき、項目を検討してはいかがでしょうか。
 たたき台ではありますが、ぜひご議論いただければ幸いです。

2010年4月19日
科学ジャーナリスト  瀧澤 美奈子

1.   国民の心に響く、明確な目標設定を

  かつての米ソ冷戦下での宇宙開発競争の例に見るように、国民に分かりやすい目標設定がなされたことにより、広い分野にわたって科学技術が大きく進展した面があります。
  国民の誰もが科学や技術に期待し、惜しみない支持が大型プロジェクトを支えていたかつての時代と現代とでは、科学や技術に対する基本的な国民感情は明らかに異なります。また、科学技術が進展した現在では、予算規模のうえで壮大なプロジェクトそのものが構想し難くなっている現実もあります。
  しかしそれでも、子供からお年寄りまで、その実現に向けて夢を共有し、成功のプロセスで手に汗握り、応援したくなるような目標設定ができるプロジェクトについては、そのテーマとストーリー性を明確に打ち出すべきだと思います。

2.  基礎科学の重要性、特性についての共通理解を得る方策を

  歴史に照らしてみると、基礎科学の発展には、日ごろ国民の多くが接している経済活動とは異なる特殊性があります。そのため、科学者とそれ以外の国民、国民の代表である政治家との間で、価値観の共有がぜひとも必要です。とくに以下の事実に関しての理解が得られるような取り組みが必要だと考えます。 

2-1  価値観の共有が必要な事例

・基礎科学研究の長期継続の必要性
  →とくに基礎科学では、新しい知見を得るためには非常に息の長い研究が必要ということ。つまり、すぐに成果が出ることを約束できるものではないこと。
・基礎科学研究に対する国力に応じた相応の負担
  →基礎科学への投資は人類共通の「知」の基盤への国際貢献であるという意味合いがあるということ。
・科学の発展には想定外の展開がつきもの
  →科学史を振り返ると、目的志向でなく、科学者の知的好奇心によって得られた知見が偶然にも革命的な成果を産み出した例が存在する。どこにその鉱脈が眠っているかは、おそらくある一定割合はだれにも予想がつかない。したがって、どの科学プロジェクトを選択して推進するかは「宝くじを買うようなもの」という一面があることを理解してもらう必要がある(ただし、研究者は自分の研究が社会にどう役立つかという意識を常に頭の隅に持っているべき→3)。

2-2  価値観の共有のための取り組みに際して

・国民の知的好奇心、知る権利に十分に応えるために、アウトリーチに不断の努力を傾ける。
・研究のたどってきた道筋を示すことによって、科学がどのように進歩するものなのか、そのためにはどんな研究環境が必要なのかといったことに関して、理解を得る。
・科学者が自ら先頭に立って、自分の研究と社会とのつながりにおいて社会に有益な研究を行おうとしている姿を国民に示すことによって、科学者が何を考えているのか分からないという不安感の軽減につながり、理解が得られやすくなる。技術そのものの倫理的な不安感についても、知ることによってある程度軽減される。
・従来は成果にばかり目が向きがちだった科学情報の提供を、よりプロセスにシフトさせて情報発信。→ファンを獲得する。

・・・など。さらにアイデアを練りながら、全体としては地道な取り組みを継続的に行う必要があるように思います。

3.  社会における学術プロジェクトの役割を多面的に

  基礎科学の第一義的な目的は、人類の共有財産である「科学の共有地」を豊かにし、科学の進歩を担う役割です。同時にすべての学問は本来、人類が生きる価値を高めるものであり、社会と分かちがたく、社会のために存在するものであり、基礎科学も例外ではありません。
  したがって、学術が社会との接点を見出すこともまた重要な役割であり、たとえば研究機器や材料の開発などを通して得た新技術など、学術以外の成果を利用できる可能性について、成果を産業などにすみやかに展開していくことは国民、ひいては世界の便益につながり、大型プロジェクトに対する国民からの理解も得られやすいと考えます。
  また、近年の海外でのバイオベンチャーの成功など、基礎科学研究と産業が直結するような新しいサイエンス型産業の事例が増えてきており、日本においても産業創出に関して基礎科学の高度な知識を備えた人材への期待が高まっています。産業構造の転換に伴って、今後日本の産業界はさらにフロントランナーとして時代を切り拓かねばならず、日本の基礎科学がこの期待にどう応えるのかを真剣に考える必要があります。

3-1  橋渡し機能の強化

  大型プロジェクトにおいても、基礎科学研究で得た知見や新技術のうち、産業に有望な成果を、単に要素技術としてだけではなく、統合化した「商品やサービスパッケージ」として活用する機能を強化することが必要ではないでしょうか。
  またたとえ一足飛びにそのような役割が不可能な分野でも、努力の姿勢を学術界からのメッセージとして、国民に対して明確に示すことにも意味があります。

3-2  人材育成

  高度な専門知識を持った研究者が、学術界のなかで研究者としての能力を発揮するにとどまらず、新しい産業のリーダーとして活躍することが期待されます。大型プロジェクトが、そのような意味においても、優れた人材供給基地としての一翼を担っていけることがふさわしいのではないでしょうか。
  そのためには、国民や社会に対して自分になにができるのかを意識し、社会と科学の接点を見いだせる人材など、学術的興味に加えて多面的な価値観にもとづいた人材育成が必要であるように思います。また異なる価値観のなかで、人心掌握ができるリーダーの資質を備えた人材を育成するためにも、流動性の高い環境を作る必要があるように思います。
  国民からは一般的に研究者がそのような資質を持ち合わせていないというイメージが持たれがちですが、決してそうではなく、リーダーシップ力やマネジメント力の素養が高く評価される環境を作ることによって、そのような人材の能力を伸ばすことが可能だと思います。
  ただし、ひとりひとりの研究者に価値観を押し付けてネガティブに牽引するのではなく、そのような人材の輩出に期待が寄せられているということを認識してもらうことが第一歩と考えます。そして、フロンティア精神、チャレンジ精神をもって失敗を恐れずに取り組むことに対して、それを十分にサポートする仕組み作りが重要ではないでしょうか。
  激動の世紀を迎えた今、資源小国日本の本当の資源は、まさしく人材であり、ポテンシャルは非常に高いと期待しています。

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