資料1‐2 「人文学及び社会科学の振興について」審議のまとめ(案)(溶け込み版)

平成19年8月9日
科学技術・学術審議会 学術分科会 学術研究推進部会
人文学及び社会科学の振興に関する委員会

1.人文学及び社会科学の意義

1 英知の創造

  • 人文学や社会科学は、人間の経済行動や社会の構造、機能といった「事実」の問題のみならず、人間が生きる意味や社会のあるべき姿といった「価値」の問題も研究対象としており、このような意味で、技術的な「知識」の獲得に加え、人間性や道徳も含めた「英知」の創造という役割がある。

2.文化や価値の継承

  • 人文学や社会科学には、研究活動を通じて、人類が創出してきた「文学」や「思想」、「歴史」などの文化や、「自由」や「民主主義」などの価値を時代を超えて継承していくという役割がある。

3.社会的な課題の解決に向けた多様な知見の提供

  • 人文学や社会科学には、地球環境問題や貧困問題などのグローバルな課題や、少子・高齢化問題など我が国が直面する課題などについて、批判を含めた多様な知見を社会に提供するという役割がある。
     多様な視点の提供に当たっては、学術的な知見の提供とともに、政策形成に直接的に寄与する観点に立った知見の提供という方法がある。

4.教育への貢献

  • 人文学や社会科学には、人間や社会のあり方に関する見識や判断力を育成するという観点から、次代の社会を構成する人間を育成するという役割がある。

2.人文学及び社会科学の特性

(1)人文学の特性

  • 人文学は人間を研究対象とする学問である。したがって、哲学や思想といった価値の問題それ自体が研究対象となり、一つの価値基準の下で研究を進めることのできる自然科学とは性質を異にしている。

(2)社会科学の特性

  • 社会科学は社会を研究対象とする学問である。自然を研究対象とする自然科学とは異なり、社会を構成する人や集団の意図や思想といった価値の問題を取り扱うことが不可欠であり、より複雑な問題を取り扱っている。
    ただし、研究方法については、人の(外形的な)行動を測定するなど、自然科学的な研究手法を基礎として展開できる部分も一定程度ある。

(3)研究方法の特性

  • 人文学及び社会科学は、自然科学のように客観的な証拠に基づき「真実」を明らかにするのではなく、説得的な論拠により「真実らしさ」を明らかにすることを目指すものである。一見科学的に見える方法でも、どれだけ多くの人が「真実らしい」と考えられるかという人々の主観に依拠していると言ってよい。
  • 人間や社会の在り方を把握するためには、人間の意図や思想といった価値の問題を避けて通ることはできないことから、人文学及び社会科学の研究を進めるに当たっては、実証的な方法による「事実」への接近の努力とともに、研究者の見識や価値判断を通じた「意味づけ」を行うことが不可欠である。
  • このような意味で、たとえ実証的な方法による事実への接近の精密度をいかに高めようとも、実証的な方法により獲得されたデータ等に対する解釈が求められ、その意味で、研究者の多くが「結論」の段階で一定の「飛躍」を行うことは避けられない。また、その「飛躍」こそが人文学及び社会科学の特性でもある。
  • 以上を踏まえ、研究方法の観点から人文学及び社会科学の特性を考えると、言葉による意味づけや解釈という研究者の見識や価値判断を前提とした伝統的な方法と、人間の行動や社会現象などの外形的、客観的な測定を行う実証的な方法とが併存することになる。
  • 伝統的な学問観によれば、人文学及び社会科学の学問としての特性は、
    1. (数学ではなく)自然言語により記述する学問であること
    2. (外形的、客観的な事実を明らかにするのみならず)解釈を通じた意味づけの学問であること
    3. (研究対象に再現可能性がないという意味で)非実験系の学問であること
    の3点にある。
  • 伝統的な学問観の一方で、人文学及び社会科学においても、自然科学で用いられるような研究方法を活用することが適切であるという考え方がある。この観点からは、人文学及び社会科学においても、
    1. 数理的研究手法
    2. 実験的手法
    3. フィールド研究
    等の実証的な方法に基づいてなされるものとされる。

(4)研究成果の特性

  • 一つの価値基準の下で研究を行いうる自然科学の研究成果が、明示された一つの「真実」という性格を帯びるのに対して、「価値」そのものも対象として研究を行う人文学や社会科学の研究成果は、人々の主観に依拠した「真実らしさ」という基準の範囲内で提示された社会や人間の在り方に関する複数の選択肢の一つという性格を帯びる。
  • 人文学や社会科学の研究成果の活用に関する意思決定は、あくまで社会を構成する人々が行うものであり、人々は、研究成果として示された社会や人間の在り方の可能性とは異なる行動を採ることができる。このような意味で、人文学及び社会科学については、ある研究課題について、多様な視点から議論が継続されていることそれ自体が、研究成果と言うこともできる。
  • 人文学及び社会科学の研究成果の特性は多様性にあると言いうる。

3.人文学及び社会科学の振興方策について

(1)総論

(人文学及び社会科学の振興の基本的な考え方)

  • 現在、自然科学分野の研究については、研究者の自由な発想に基づく学術研究に対する支援施策とともに、政策目的の達成に向けた研究開発推進施策の2つの施策体系の下で支援又は推進が図られている。
【参考】自然科学分野の研究に対する支援又は推進方策
(1)学術研究支援施策
  1. 科学研究費補助金(教員等個人への研究資金助成)
  2. 教育研究一体型競争的資金(大学等の組織への資金助成)
     グローバルCOEプログラム
     「魅力ある大学院教育」イニシアティブ
     現代的教育ニーズ取組支援プログラム 等
  3. 国立大学運営費交付金、私学助成を通じた教育研究組織の整備支援
(2)政策や社会の要請に応える研究の推進施策
  1. 研究課題等を定め、公募、採択方式で実施する各種研究プロジェクト
     新興・再興感染症研究拠点形成プログラム
     分子イメージング研究プログラム
     橋渡し研究支援プログラム 等
  2. 科学技術振興機構による政策目的型研究推進のための事業
     戦略的創造研究推進事業 等
  3. 研究開発型独立行政法人による研究開発の推進
     理化学研究所、物質材料研究機構、放射線医学総合研究所 等
  4. 文部科学省以外の各省の政策に基づく政策的資金等
     厚生労働科学研究費補助金等
  • 人文学及び社会科学の支援又は推進施策について、以下の3点を基本的な考え方とする。
    1. 実証的な研究方法を採り入れた政策や社会の要請に応える人文学及び社会科学の研究については、自然科学に対する支援又は推進施策と同様、学術研究支援施策とともに、積極的な施策の展開を行う。
    2. 専ら伝統的な研究方法により行われる人文学及び社会科学の研究については、今後とも継続的に施策の在り方を検討する。
      なお、今後の検討に当たっては、アメリカにおいて、哲学、文学、歴史学等の伝統的な人文学の振興を担う機関(NEH)が、行動科学等の実証的な社会科学の振興を担う機関(NSF)と独立に存在していることなども考慮し、学問の特性に応じた支援の在り方を検討する。
    3. いわゆる「文理融合研究」などについては、1と同様とする。

(2)国公私立大学等を通じた共同研究等の振興

  • 人文学や社会科学の研究者は、国立大学のみならず、私立大学等に数多く在籍しているが、少数の研究者が多数の大学に散在しており、共同研究の実施などに課題がある。また、自然科学のような大型研究設備の共同利用を通じた共同研究を実施することよりも、人文学や社会科学においては、研究者個人が思索を深めることが研究の中心であった。
     このため、国立大学、公立大学及び私立大学等を通じた研究のネットワークを構築し、共同研究の推進や共同研究拠点の整備を図ることにより、我が国の人文学及び社会科学の発展の契機とすることが必要である。
  • 研究ネットワークの構築に当たっては、調査データや資料等の集積がある大学や、規模は小さくとも特色ある研究が実施されている大学等をハブ機関とし、当該研究の拠点を育成していくという視点が重要である。

(3)科学研究費補助金における人文学及び社会科学研究の支援の在り方

  • 科学研究費補助金は、人文学・社会科学から自然科学までの全ての分野にわたり、研究者の自由な発想に基づく研究(学術研究)を支援する唯一の競争的資金であり、その中でも、大学等を通じて最も多くの応募がなされている研究種目が「基盤研究」である。
     他の競争的資金では研究費用を措置することが難しい人文学及び社会科学等の研究に十分に配慮するためには、「基盤研究」などに着目した予算の充実を図るべきである。
  • 人文学及び社会科学に関連する新興・融合領域の形成にも配慮して、審査体制の在り方の見直しなど、科研費全体としての制度設計を行っていく必要がある。
     また、研究方法などの学問の特性の観点から、科学研究費補助金の分科細目等の在り方を検討することが必要である。

(4)政策や社会の要請に応える研究の振興

(意義)

  • これまで、我が国の人文学や社会科学にあっては、欧米からの新知識の輸入という面も含め、「知の蓄積」の観点からの「学術研究」が中心であった。しかし、地球環境問題や貧困問題などのグローバルな課題や、少子・高齢化問題など我が国が直面する課題など、人文学や社会科学に対する政策や社会の要請は、今後ますます高まることが予想される。このため、学術研究に加え、「知の活用」の観点から、「政策や社会の要請に応える研究」の振興を図ることが重要である。
  • 「政策や社会の要請に応える研究」は、「学術研究」や「基礎研究」という概念に対して、純粋な学問的動機というよりも、現在の社会に存在する価値観を前提に行われるタイプの研究と言いうるものであり、人文学及び社会科学において、このようなタイプの研究を進めていくことが必要である。

(研究方法:実証的な研究)

  • 「政策や社会の要請に応える研究」の実施に当たっては、実証的な方法による事実への接近の努力と、研究者の見識や価値判断を通じた意味づけとの適切なバランスが確保された研究が行われることが必要である。

(研究内容:政策や社会の要請)

  • 研究の前提となる「政策や社会の要請」については、地球環境問題や貧困問題などの近未来における全地球的な課題の解決や、少子・高齢化問題などの近未来において我が国が直面する課題が考えられる。
     具体的な研究課題の例としては、以下のものが考えられる。
【近未来における全地球的な課題の例】
  • 貧困問題-経済成長で解決できるのか-
  • エネルギー問題-脱炭素化社会に向けての何ができるのか-
  • 人口問題-開発途上国の都市問題にどのように対応するか-
  • 環境保全と経済成長-持続可能な経済は実現可能か-
  • 価値観の異なる文明の共存-市場のメカニズムは価値観の相違を調整できるか-
【近未来において我が国が直面する課題の例】
  • 少子・高齢化を前提とした我が国社会の在り方
  • 生活の質の向上-ワークライフバランス-
  • 東アジアの環境問題の具体的解決-中国の環境問題への解決枠組みの構築-
  • 我が国経済の成長制約条件の解明と打破
     -労働力人口の減少への対応としての技術革新への環境整備-
  • 現在実施されている「世界を対象としたニーズ対応型地域研究推進事業」については、新しい地域を視野に入れつつ、「地域」と「日本」との関係性の解明など、政策や社会の要請に基いた研究を、引き続き諸学の協働により実施していくことが重要である。

(研究の支援)

  • 「政策や社会の要請に応える研究」の実施に当たっては、実務の専門家との連携や、社会調査やコンピュータを活用した研究方法など、手厚い研究支援を前提とした研究活動が展開されることが予想されることから、研究支援が行えるよう間接経費の措置などが必要である。

(5)研究成果の海外発信

  • 我が国の学術研究の優れた成果を世界で利用可能なものとすることが重要である。日本語で書かれた研究成果の中で質の高いものを大量に翻訳して、出版するといった取組が必要であり、そのための組織整備や人材育成が今後重要となる。

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