1.アルマ計画の意義及び進捗状況について

(1)アルマ計画の背景

 天文学は、人類の自然観の根幹を成し、人間の知的欲求をかき立てる宇宙を対象とした学問である。日本における天文学の歴史を見てみると、既に江戸時代には、暦法を作るための天体観測の技術や精度の向上が図られ、観測結果を理論研究にフィードバックするなど近代的な研究手法が取り入れられ、近代天文学の発展過程においては、「地球自転における謎のZ項の発見(木村 1901)」や「小惑星における族(イコール同じ性質を持つグループ)の存在の発見(平山 1918)」などの世界的な評価を受ける成果を発信してきた。
 時代は下って、国立天文台の野辺山宇宙電波観測所(以下、「野辺山」という。)にある世界最大のミリ波望遠鏡である45メートル鏡(昭和57年完成)を中心とする大型電波望遠鏡群は、原始惑星系円盤やブラックホールの発見などを通じ、我が国の電波天文学の研究レベルを世界第一線に押し上げた。同時に、超長基線電波干渉計(VLBI)を用いた電波天文学の発展も目ざましく、VERA望遠鏡の成果や、人工衛星「はるか」(平成9年。宇宙科学研究所)においては、人工衛星を1局としたVLBI(スペースVLBI)の実現に世界で初めて成功した。その流れは、非常に明るい電波天体の超高分解能観測を目指し、現在、宇宙航空研究開発機構で開発中の電波天文衛星「ASTRO-G」へとつながっている。
 日本の電波望遠鏡グループは、野辺山で培ったミリ波分野での先導性と研究の蓄積を背景に、大型ミリ波干渉計計画の検討を独自に開始し、更に、1.これまで未開拓であったサブミリ波天文学の重要性、2.チリ北部乾燥地帯が観測地として最適であること、さらに3.惑星形成領域をハッブル宇宙望遠鏡の10倍の解像度で観測できることなどを世界に先駆けて示した(LMSA計画)。その後、米国のミリ波干渉計計画及び欧州の大型南天干渉計計画と統合して生まれたものがアルマ計画である。

(2)アルマ計画の意義

 アルマ計画の実現によって、137億光年彼方の「宇宙の夜明け」の様子や、近傍の星形成領域にある原始惑星系円盤の構造が詳細に観測可能となる。そして、地球の誕生過程の謎の解明につながる原始惑星系円盤内の惑星の形成過程が初めて明らかになり、惑星科学の新局面が拓かれることが期待されている。また、国立天文台ハワイ観測所にある口径8.2メートルの世界最大級の可視・赤外線望遠鏡である「すばる望遠鏡」でも捕らえることができない、宇宙空間に存在する多くの分子を識別・検出することによって、物質の同定や新物質の発見が予想されており、宇宙における生命誕生の謎の解明にもつながる分子レベルでの研究の展開が期待されている。
 さらに、これらの研究を通じて、我が国が世界に誇る「すばる望遠鏡」や、各種の天文観測衛星との協働による多波長天文学が実現するとともに、世界最先端のシミュレーション研究と結合して観測と理論の両輪が揃うほか、惑星科学、星間化学、原子・分子物理学や宇宙生物学など、幅広い学問領域への新しい展開も期待されている。
 また、日本が建設を担当しているアンテナ、受信機及び相関器等、世界最先端の装置の開発・製造に挑戦し、それを成し遂げ、またそれを用いて研究が大きく進展することで世界の知的フロンティアを目指すことができる。世界最高水準のプロジェクトにおいて日本の科学や技術の力量を示すことにより、日本が世界から尊敬される国となり、国民の科学技術に対する誇りや関心を高めるものである。
 アルマ計画は、これまで我々が獲得してきた自然観をさらに広げていく大きなプロジェクトであり、その成果を国民と共有し、新たな自然観を獲得することは、極めて重要である。
 なお、アルマは、現在のテクノロジーで地上に建設し得るミリ波サブミリ波電波望遠鏡としては究極のものである。しかしながら、例えば、赤方偏移している遠方銀河の研究や宇宙の分子科学的研究のうち、標高5,000メートルにおいても大気によって吸収されて観測できない周波数帯の高感度データが必要な科学を行うためには、技術的なブレークスルーを伴う次世代観測装置計画が必要であろう。

(3)アルマ計画の進捗状況

1.望遠鏡及び観測装置

 アルマは、1)80台の高精度アンテナ、2)各アンテナに搭載される7周波数帯を観測するための受信機、3)アンテナから相関器へ信号を伝送する信号伝送・変換・評価部、及び4)受信機からの信号を合成する相関器により構成される。これを、日米欧が分担(日本:25パーセント、米欧:それぞれ37.5パーセント)して、それぞれ開発・製造に当たっている。
 このうち、日本が担当している望遠鏡及び観測装置は、ACAシステム(12メートルアンテナ4台及び7メートルアンテナ12台と、専用の高分散相関器等で構成)と、米欧を含む合計80台の高精度アンテナに搭載される受信機(7周波数帯)のうち3つの周波数帯(バンド)の受信機(80台×3周波数帯=240台)である。

ACAシステムについて

 ACAシステムは、米欧が担当している64台のアンテナのみでは描けない正確な画像の取得、強度測定の大幅改善を図るとともに、視野の狭さを克服し、天体の定量的な分析・解析を可能とするものである。本システムを構成するアンテナ群のうち、12メートルアンテナ4台については、平成19年度末までに製造が完了し、アルマ観測所の山麓施設(標高2,900メートル)に設置された。平成19年10月より、技術仕様を満たしているかどうかを確認する「組上げ調整試験」が開始され、本年2月には、4台のうち1台を用いて月の電波写真の撮影に成功し、アンテナの性能を確認する重要なマイルストーンを達成した。この撮影は米欧に先んじるものであり、アルマのために納入されるアンテナとしては初の天体の電波写真である。7メートルアンテナ12台に関しても、本年4月までに製造契約が完了し、製造が実施されている。また、専用の高分散相関器については、既に平成19年末までに製造が完了し、アルマ観測所の山頂施設(標高5,000メートル)に設置された。擬似信号による基本機能試験が終了しており、今後、アンテナとの接続を含めた試験が予定されている。

受信機について

 日本は、アルマに搭載される7種類の受信機のうち、バンド4、8及び10の3種類の製造を担当している。バンド4(ミリ波)及び8(サブミリ波)受信機は、既に要求仕様をクリアし、現在、量産モデルを製造している。アルマの周波数バンドのうち最高周波数にあたるバンド10(サブミリ波)受信機については、最も波長の短い受信機であるため、微細加工技術及び新素材の開拓等が必要とされ、技術的に極めて困難な課題であったが、日本が有する高い技術力によって克服することができた。現在、性能実証モデルのカートリッジを製造している。
 なお、民生品が存在しない極めて高い仕様の受信機を240台製造することは、技術的に高いハードルを伴うものであるが、国立天文台は品質管理や均一性に留意し、インハウス(自家)で全て製造することで対応している。

2.運営

 アルマ共同建設に関する日米欧の協力体制を確立するために、平成16年9月、自然科学研究機構(以下、「機構」という。)、NSF及びESOの三者により、アルマ共同建設に関する協定書が締結された。これにより日本は、米欧と対等の関係で計画を進めている。アルマ運営の最高意思決定機関である「アルマ評議会」においては、日本の建設貢献度に応じた数の委員を確保しており、アルマの建設・運用の方針策定に関して適切に意見を発信している。チリ現地の「アルマ観測所」においては所長に次ぐポジションにあたるアルマ全体のプロジェクト・マネージャーに国立天文台の教授が着任しており、運営体制においても重要な役割を果たしている。
  アルマの共同利用運用、すなわち観測提案の公募、審査、観測実行及び観測データ配付は、チリ現地の「アルマ観測所」と日米欧にそれぞれおかれる「アルマ地域センター」が連携して行う。アルマ計画では、研究者が観測のために現地に赴かず、観測手順書によって観測内容をチリ現地の「アルマ観測所」オペレーターに指示する「サービス観測」が基本であり、また、電波天文学だけでなくそれ以外の幅広い学問分野の研究者による観測を前提にしている。したがって、各地域に設置される「アルマ地域センター」における研究者支援は運用の要であり、平成22年度から始まる初期科学運用に備えて国立天文台がその敷地内に整備する「アルマ東アジア地域センター」が十分に機能することができるよう、来年度には整備が必須である。

3.国際協力

 アルマ計画への直接的な協力としては、台湾が、国立天文台との協定書に基づき、日本が担当しているACAシステム用受信機評価やソフトウェア開発の分野で協力を推進している。
 また、アルマ計画による科学的成果を得るための協力として、東アジア科学諮問委員会(後記(4)3参照)を設立したほか、東アジア地域の天文学における共同・協力のために連携を図っていく必要があることから、日本、中国、韓国及び台湾の4つの国・地域の天文学研究機関の代表により「東アジア中核天文台連合」が結成され、アルマの協力についても協議が継続されている。

4.アルマ計画の国民への広報普及活動

 巨大プロジェクトであるアルマ計画は、多くの国民の支持があって初めて成り立つものである。このため、国立天文台では、計画開始以前の平成14年からホームページを運用し、写真ニュースやペーパークラフト等のPRグッズの配付、日本からチリ・アルマ観測所建設現場への「バーチャルツアー」の試みなどを行っている。このほか、アルマ計画で期待される科学的成果等を説明する一般講演会も開催(平成13年以来、全国各地で約100回。約6,000名参加)してきたところであり、例えば「天文学について更に興味がでてきました。多くの新発見が期待できて、非常に楽しみ。」であるとか、「むずかしい内容ではありますが、宇宙への興味を導いてくださいました。目に映る星空の向こう側にある宇宙に想いを馳せながら眺めてみたいと思います。アルマの完成を楽しみにしております。」などの期待の声が寄せられている。

(4)事前評価における留意事項についての対応

 平成15年1月の科学技術・学術審議会においては、我が国のアルマ計画への参画が認められるとともに、留意すべき事項として三つの点が指摘されていたが、下記の通り対応が図られている。

1.参加計画案の実施機関となる国立天文台は、平成16年度に予定されている大学共同利用機関の法人化に当たって、統合される法人組織において、計画を着実なものとため、基礎研究開発や参加計画の運営に関して十分に、法人組織における理解と協力を得つつ推進すること。

対応状況
 平成16年4月に国立天文台は機構の一組織となったが、アルマ計画への参加は機構においても承認され、平成16年9月、機構、NSF及びESOの三者によるアルマ計画共同建設に関する協定書が締結された。これに伴い、アルマ評議会における計画の意思決定への参加等については、機構が主体となって米欧と対等の関係で計画を進めている。

2.参加計画の柱となるアタカマコンパクトアレイ(ACA)システム、受信機高分散相関器の研究開発、整備に当たっては、我が国の参加の意義を十分に踏まえて、研究開発の進捗状況、全体の運用計画も考慮しつつ、我が国の特色を活かした優先的整備を図ること。

対応状況
 2年遅れで建設に参加することが、我が国の研究活動に不利をもたらすことがないよう、野辺山などで培った世界をリードする観測成果と高い技術力を背景に全体計画を推進している。サブミリ波に焦点をあて、米欧が先行して整備するアルマ計画の基盤部分の観測精度を飛躍的に高度化させることを通じて、我が国の科学的・技術的イニシアティブを発揮している。このようなことを踏まえて整備を進めており、具体的にはACAシステム用12メートルアンテナ、高分散相関器については既にチリ現地へ設置し、天体からの電波の初受信に成功する等、技術仕様を満たすことを米欧に先んじて実証し、また、バンド4、バンド8及びバンド10受信機においては、我が国が野辺山で培ったミリ波天文学の技術を基礎とし、開発・製造を進めている。

3.アルマ計画に参加するに当たり、我が国がアジア地域と連携・協力を図っていくことは、アジア地域の天文学研究の水準の向上に多大な貢献をするばかりでなく、アジアとしての一体感を醸成するために大きな一石を投じるものであることから、計画の進展に並行して、国立天文台として、将来的なアジア地域における運用・協力体制の構築に最大限の努力すること。

対応状況
 アルマ計画では「サービス観測」を基本としており、各地域に設置される「アルマ地域センター」における研究者支援は極めて重要である。このため、平成22年度から開始される初期科学運用に向け、「アルマ東アジア地域センター」の整備を行うこととしており、同センターを通じて我が国としてアジア地域の研究者支援ひいては天文学研究の水準向上に寄与していく。
 平成17年9月、台湾の中央研究院天文及天文物理研究所と締結した協力協定に基づき、台湾が、日本の担当しているACAシステム用受信機評価やソフトウェア開発の分野で協力が合意され推進している。
また、現在、アルマ評議会の下部組織であるアルマ科学諮問委員会において、アルマ計画における科学研究の方針が議論されている。これに対して、平成18年10月、台湾と日本の関係機関の研究者で構成される東アジア科学諮問委員会を設立し、アルマ科学諮問委員会に対する東アジア地域の意見をとりまとめる協力体制を構築している。
 このほか、東アジア地域の天文学研究に対する取り組みを協議する東アジア中核天文台連合(日本、中国、韓国及び台湾の4か国・地域の天文学研究機関の代表により結成)において、アルマを活用した研究協力についても、日本の提案により協議することとなった。
 なお、これまでは、主として歴史的にも電波天文学における連携で深いつながりのある東アジアの国・地域と連携の協議を行ってきたが、将来的には、インド、オーストラリア等のアジア、オセアニア地域との協力の可能性も探っていく予定である。

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研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付

(研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付)