資料1 「国語に関する学術研究の推進について」報告(案)

平成20年 月 日

科学技術・学術審議会学術分科会学術研究推進部会
国語に関する学術研究の推進に関する委員会

1.はじめに

 国語は、長い歴史の中で形成されてきた我が国の文化の基盤を成すものであり、文化そのものでもある。また、知識の獲得や論理的な思考などを支える、知的活動の基盤である。国語は、人文・社会科学、自然科学を問わず、様々な分野の学術研究の発展のためにも不可欠なものである。なお、国語は「我が国において最も一般的に使われている言語」のことであって、すなわち日本語が我が国の国語である。(注)
 また、平成16年2月の文化審議会答申「これからの時代に求められる国語力について」に述べられているように、母語としての国語の力という意味で、国語力の向上が求められている。国語に関する書籍が数多く出版されたり、テレビ番組において言葉の使い方が採り上げられたりしていることは、社会の国語力に対する関心の高さを示すものと考えられる。また、初等中等教育においても、知的活動やコミュニケーション、感性・情緒の基盤として、国語科を中心に言語活動の充実が図られている。
 さらに、平成19年2月の文化審議会答申「文化芸術の振興に関する基本的な方針の見直しについて」等においては、文化の基盤としての国語の重要性を踏まえ、個々人はもとより、社会全体としてその重要性を認識し、国語に対する理解を深め、生涯を通じて国語力を身に付けていく観点から、大学等における国語に関する調査研究の充実を図ることが求められている。
 一方、国語に関する学術研究は、現在、各大学等において行われているが、研究成果や学術資料の共有や研究者の養成、全国の大学等の研究者による共同研究の推進等が求められている。
 これらの状況を踏まえ、国語に関する学術研究のさらなる推進のための方策や研究体制について検討するため、平成20年1月に、学術分科会学術研究推進部会のもとに「国語に関する学術研究の推進に関する委員会」が設置された。本委員会は、以後、鋭意審議を行い、今回、国語に関する学術研究の推進について、報告として取りまとめるに至った。

(注)「日本語」とは、「国語」を世界の諸言語の一つとして、例えば英語や中国語などと対比して客観的にとらえて表し得る用語である。国民一般にとっては、日常生活などにおいて「国語」の用語が定着しており、法令等においても特別な定義を添えずに用いられているところである。

2.我が国の国語に関する学術研究の現状と課題

 我が国の国語に関する学術研究は、現在、大学の関係学部・研究科を中心に、言語の研究としての観点から、文字・表記、音声・音韻、語彙・意味、文法、文章・談話、敬語、言語行動、方言など多くの分野にわたって行われている。その方法としては、文献等の研究や、フィールドワーク等がある。
 その課題としては、次のようなことが挙げられる。

1.研究成果や学術資料の共有の必要性

 国語に関する学術研究は、大学等に在籍する個々の研究者が、各々の興味関心に基づき行うものが多く、共同研究による研究の知見の共有が行われにくい。このため、分野の細分化が進み、学問の体系化が不十分であるとの指摘もある。
 また、得られた研究成果や学術資料等が各国公私立大学の各研究室に散在し、それらの資料等が研究者の退職に伴い消失している状況も見られる。

2.国語に関する研究者の養成

 近年、国語に関する学術研究に従事しようとする学生が少なくなっていることが指摘されている。その理由としては、国語に関する学術研究に従事しても、就職先が少なく、知識や経験が将来活かされるかどうか不安であることなど、自分の将来像が見えにくいことが考えられる。
 また、研究成果などの情報発信が積極的に行われておらず、学生にとって魅力ある学問となっていないことも課題として指摘されている。
 さらに、先に述べたように、分野の細分化が進んだ結果、学術研究の成果が十分に体系化されず、大学教育に活かされていないことも課題である。

 このような課題を踏まえ、各大学の枠を越え、大学等の関係機関が一体となって、国語に関する学術研究をさらに推進することが必要である。

3.国語に関する学術研究の推進に当たっての当面の重点課題

(1)当面、特に重点を置いて推進する必要のある研究分野

 国語に関しては、これまで、文字・表記、音声・音韻、方言等、多彩な分野にわたり、書籍や新聞等における書き言葉の収集や話し言葉の聴き取り調査など、これらの言語資源を基礎としたコーパス(言語研究用に作られたデータベースのことで、体系的に収集され、研究用の情報を付加された言語資料)の構築や言葉の多様な使用実態の継続的な把握などが行われてきた。これらは、国語に関する学術研究の基盤となるものであり、さらに推進することが必要である。
 他方、収集されたこれらの言語資源の分析や分析結果から普遍的な法則を発見し、それをさらに検証するなどの理論研究は、十分に行われておらず、今後、各分野にわたってこのような理論研究を推進することが不可欠である。
 また、国語が我が国の文化の基盤であることを踏まえ、現代の国語について、これまでどのような歴史的変化を遂げてきたか、地域的、社会的にどのような変異があるかについての研究も必要であり、これらの基盤となる資料の収集やデータベースの構築等が求められる。
 さらに、近年、自然科学分野を含めた関連分野との共同研究の重要性が高まっている。言語情報処理研究や言語習得研究など、新たな学際的研究の発展の観点を踏まえた推進も重要である。
 加えて、我が国の文化の基盤である国語について、その特質と普遍性とを明らかにするため、国際的な研究協力を推進しつつ、他の諸言語との対照研究を行うことも重要である。

(2)特に、新たに展開する必要のある研究形態・方法

 我が国における国語に関する学術研究は、これまで、個人による研究が主体であるとともに、分野が細分化されたために、個々の研究者や研究分野の研究の視点や手法、成果が共有されにくい状況が見られた。今後は、個々の研究者や研究分野の知見を共有し、既存の成果の検証や新たな法則の発見等を推進することにより、学問体系全体としてさらなる発展を図るため、全国の大学等の研究者による共同研究を推進することが必要である。
 このため、国語に関する学術研究論文を含めた学術資料等の収集をさらに進めるとともに、情報技術を活用し、これらの学術情報が簡便に入手できるような基盤整備が必要である。また、全国の研究者に開かれた共同研究の場を作ることも必要である。
 なお、共同研究の推進に際しては、新たな学際的研究の発展を視野に入れて推進することが重要である。このため、例えば、情報工学や認知科学など関連分野の研究者が積極的に共同研究に参画できるようにするための仕組みの整備が求められる。

4.国語に関する学術研究の体制

(1)大学共同利用機関の必要性

1.大学共同利用機関の必要性

 国語は、我が国の文化の基盤を成すものであり、知識の獲得や理論的な思考などを支える知的活動の基盤である。我が国の文化や学問の発展のため、現在、各大学等において行われている国語に関する学術研究の一層の充実を図ることが求められる。
 我が国における国語に関する学術研究においては、全国の大学等に在籍する研究者個人による研究成果が、研究者コミュニティ全体に共有されにくく、また、研究者が多数の大学に散在していることもあり、研究に必要な学術資料等も全国の国公私立大学に広く散在している。今後、全国の大学等の研究者による共同研究を推進していくに当たっては、これらの学術資料を収集、整理、研究、提供するとともに、研究者コミュニティの持つ知見を集積し、各分野における共同研究の場となる中核的な機関が必要である。
 また、国語に関する学術研究の基盤となるデータベースの構築や、方言に関する調査研究など全国的に展開する必要のある大規模な調査研究を円滑かつ継続的に行うためにも、中核的な機関が必要である。さらに、現在、国語に関する学術研究は多彩な分野にわたっており、各々に関する学会が存在するが、これらの間の組織的な研究交流は必ずしも積極的に行われているとは言えない。今後、このような既存の分野間の研究交流を活性化することにより、国語に関する学術研究全体を体系化するとともに、新たな学際的分野を創成していくためにも、研究者コミュニティ全体の意向を踏まえて共同研究を推進するための機関が求められる。
 さらに、その機関は国内のみならず、海外の日本語研究者に対しても、研究の方法等に適切な方向性を示し、世界的な日本語研究の中核となることが期待される。
 加えて、これまで、大学の研究は、言語の研究としての観点から行われてきたが、これにとどまらず、国語が我が国の文化の基盤をなすものであることを踏まえ、例えば、他国の文化との比較対照など多様な観点からの研究が行われ、海外にも積極的に発信されることが求められる。
 このため、国語に関する学術研究を推進するための中核的研究機関としての機能を持った大学共同利用機関を整備することが必要である。

2.大学共同利用機関の設置の在り方

 人間の文化活動並びに人間と社会及び自然との関係に関する学術研究を担う大学共同利用機関法人として、現在、人間文化研究機構がある。文化の基盤である国語に関する学術研究については、現在存在する4つの大学共同利用機関法人のうち、同機構が最も関連の深い法人であると考えられる。したがって、大学共同利用機関の整備に当たっては、人間文化研究機構における検討を踏まえ、同機構の下に設置されることが望ましい。
 また、国語に関する調査研究を行う機関としては、現在、独立行政法人国立国語研究所がある。同研究所は、これまで、「言語データベースKOTONOHA」の構築や、「方言文法全国地図」の作成など、大規模な調査研究に関する経験と成果とを蓄積している。これらをさらに大学における学術研究に活かす観点から、大学共同利用機関の整備に当たっては、同研究所を大学共同利用機関に改組・転換することが適当である。人間文化研究機構においては、後述の基本的考え方を基に、ふさわしい運営体制及び研究組織を早急に構築することが求められる。その際、同研究所がこれまで行ってきたコーパスの構築や方言に関する調査研究等を、新しい大学共同利用機関においても大学の研究者や国民等の協力を得ながら円滑に行うなどの観点から、新しい大学共同利用機関の名称については、当面、「国立国語研究所」を引き継ぐことが適当である。
 なお、これまで独立行政法人国立国語研究所においては、日本語教育情報資料の作成・提供に係る事業が行われてきた。新しい大学共同利用機関においても、日本語教育の基盤となるデータの収集、整理、研究等を通じて、日本語教育に一定の貢献を行うことが望まれるが、現在も、多くの大学において、日本語教育に関する研究・教育が行われているところであり、大学との役割分担に留意する必要がある。また、日本語教育に係る基準等の開発や、資料の作成・提供等の事業については、政策上の必要性の観点から、その実施主体・方法等について、委託研究による推進なども含めて、別途検討を行うことが望ましい。

(2)大学の役割と大学共同利用機関との連携

 国語は日本文化の基盤であると同時に、知識の獲得や論理的な思考などを支える、知的活動の基盤である。また、国語は、自然科学の分野を含め、様々な学問の基盤でもある。
 このような国語の重要性を踏まえ、これに関する学術研究が、大学・大学共同利用機関とが一体となって進められることが必要である。このことは、研究者の養成においても同様である。
 このため、各大学においては、国語に関する学術研究が安定的・継続的に行われるよう、研究者の養成・確保や、研究環境の整備が求められる。また、各大学の研究者や研究組織が、新しく整備される大学共同利用機関を中心としてネットワークを構築し、連携を深めていくことも重要である。
 さらに、国語に関する学術研究の成果が、自然科学系や教員養成系の学部等を含め、大学教育全般に活かされることが求められる。

5.新しい大学共同利用機関の組織整備の基本的考え方

 これまで述べてきたことを踏まえ、次のような考え方を基本とし、国語に関する新しい大学共同利用機関の組織を整備することが適当である。

(1)基本方針

  1. 我が国の国語である日本語を世界の諸言語の中に位置付け、その特質と普遍性の研究を推進する国際的研究拠点とする。
  2. 現代日本語研究を中核とし、歴史研究を含む言語研究諸領域を包括する。
  3. 日本語以外の言語研究や関連する分野との共同研究の推進を図る。
  4. 大学を中心とする国内外の日本語研究者に開かれた協業の場として、組織、運営する。

(2)研究領域

 新しい大学共同利用機関においては、次のような領域の研究を行うことが適当である。また、これらの領域を超えた学際的研究や、特定の課題に機動的に取り組むプロジェクト研究が積極的に行われることが望ましい。

  1. 理論・構造研究(文字・表記、音声・音韻、語彙・意味、文法など)
  2. 空間的変異研究(方言など)
  3. 時間的変異研究(歴史など)
  4. 言語資源研究(コーパスの構築など)

(3)主要事業

  1. 日本語研究に関する資料・文献の収集、研究、整理、提供
  2. 日本語研究の重要課題に関する共同研究の推進
  3. 日本語研究に関する国際交流・連携の強化・推進
  4. 国内外の日本語研究情報の集積、発信

(4)組織・運営

 大学共同利用機関としての機能を十分発揮できるようにするため、特に次の点に留意することが求められる。

  1. 運営会議の重視
     研究者コミュニティの意見を基礎とした、運営を確保するため、外部研究者が過半数を占める運営会議において、事業の基本計画、所長・研究者人事等を審議し、その結果を尊重することが求められる。
  2. 柔軟な研究組織の形成
     事業目的に即した柔軟な研究組織を形成するため、任期制の導入、内外研究者の客員教授採用、プロジェクト参加の年俸制研究者雇用等の方策を講ずることが望ましい。
  3. 大学院教育への協力
    総合研究大学院大学の基盤機関となるなど、大学院教育に積極的に協力する。

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