研究環境基盤部会 学術研究の推進体制に関する作業部会(第3回) 議事録

1.日時

平成19年1月30日(火曜日)10時~12時

2.場所

法曹会館 高砂の間(2階)

3.出席者

委員

 飯吉主査、白井主査代理、土居委員

文部科学省

 徳永研究振興局長、藤木審議官(研究振興局担当)、芦立私学助成課長、川上振興企画課長、森学術機関課長、小桐間研究調整官、門岡学術企画室長、柴崎学術基盤整備室長、江崎企画官、その他関係官

オブザーバー

 岡本委員、古在委員、塚本委員、中村委員、西岡委員、山本委員

4.議事録

(1)私立大学の研究組織の現状と課題

 事務局より資料2に基づく説明、白井委員より資料3に基づく報告、塚本委員より資料4に基づく報告があり、その後質疑応答が行われた。

【委員、専門委員】
 いわゆる基本的なことになるかと思うけれども、私立と国公立の基本的な違いというのがどういうぐあいにこの中で反映されているかということをお伺いしたい。というのは、例えば、私学のほうは、基本的にはある意味での自由があるわけで、研究資金についても、先ほど授業料から払うのはどうかという話があったけれども、アメリカの大学等々では、例えば財団とか、外で稼いでくるという形が非常に多いと思うけれども、私ども国立の研究所だと、なまじっか外で稼いで、中に入れるとみんな財務省に持っていかれてしまう。なかなかそういうインセンティブが働かないというところがあったりするが、私学のほうではそういう面で結構有利なところがあるのではないかと。例えば経理の仕方についても、償却というような概念がほとんどなく、公の場合は難しいところがあるけれど、このあたりは多分もう少し民間的に処理なさっておられるところもあるかなと思う。
 もう一つ、私学のほうでは、これは私学に限らないと思うが、人文系というか、社会系の研究所ですぐれたところもたくさんあるかと思っていて、そういうさまざまな有利な面を、全体の研究施設の整備等々にどういうぐあいに生かしていけるのだろうか。すなわち、全体としていうのは、一体、お金をどっちに投下したらいいんだろうかということ。私学の活力をどうやって高めていく、研究力を高めるのに使えるかといったことについてお伺いしたいというのが1つ。
 もう一つは、連携大学院だが、東京理科大のほうでは連携大学院の話が幾つか出てきた。私どもも総合科学技術会議のほうから、連携大学院を進めるという言葉があったので、非常に多くの、12ぐらいの協定を結んでやっているが、実際その内容を見ると、ほとんどは教育になっていて、研究を主体とした連携の申し入れは非常に少ないという状況である。私どもは研究機関なので、教育にそれほど肩入れする余裕はないということもある。これは、国全体の問題として、こういう横の連携をどう研究力の向上に持っていくか。
 国の研究機関というのは比較的こういった大型施設等々については、これまでは少なくともよく整備されてきたと思うし、そういうところとの連携を今後どういう形で進めていくと、日本全体としての研究力が上がるかなということについて、もし連携というキーワードでご意見が伺えましたらお伺いしたいというのが 2つ目である。

【報告者】
 ありがとうございます。
 私立というのは独自の自由度があるだろう。確かに自由度は国立法人、あるいは国立研究所等々に比べればあるのは当然というか、それは確かに性質の違う意味の自由度はあるというふうに思う。
 ただ、現実に外からお金を稼げるのかというと、稼げるようなレベルにないと言ったほうがいいかもしれないけれども、先ほど来お話ししているようなことで、とにかく民間の研究所が持っている機器等は、はるかに大学なんか抜いている。もちろん国の重要な研究所というのはまたそれでもすばらしいかもしれないけれども、民間もほんとうに先端研究をやっているところは、あんなところで研究なんかできるはずないと豪語している。そういう状況だから、稼いでくるといっても、小さなテーマはたくさんあるし、中小企業というようなところでは相手になるけれども、なかなか難しい。
 地方の私立大学、あるいは国立大学も含めて、中企業とか、小企業に向けてたくさん貢献している。そういうのはたくさんあると思うけれども、大企業が相手にするかというと、今のところほとんど相手にしない。小さなテーマについて、あるいは非常に特定なテーマについて一緒にやっているというような状況で、それでも何十億かの外部資金は民間企業から確かに入ってきている。かなり大きい規模の共同研究があるということで、東大なんかもどのぐらいになっているのか、とにかく相当なお金が入っているというふうに思うけれども、それは非常に限られた大学だというふうに思う。
 それから、償却とか、外部からお金を稼いでくると予算が減らされるとか、そういうようなことは私学はないわけで、極めて自由に研究はやらせてもらえる。例えば、特に文科系かもしれないんだけれども、プロジェクト研究所という制度を持っている。これは大学が1円も基本的にお金を出しません。出さないけれども、そういうことを名乗ることだけ認めている。そうすると、外に行って、こういうことでやっているから、いろいろ一緒に研究をやろうとか、研究員を出してくれとか、そういうようなことでみんなやっている。
 あまり怪しげなことをやると困るので、その中身について、研究機構がにらむということと、お金の出し入れに関しては完全に大学が把握している。要するに、やみでお金を、研究費をもらったりしてはいけないということなのだが、それだけはしっかりやってもらっているけれども、それ以外に関して言うと、完全に自分たちの力でやりなさいということだ。
 さっき、そういう研究所ができちゃうとなかなかつぶれなくなって、何か怪しげな仲よしクラブができるという問題はあるという話があったが、確かにそのとおりで、我々、一応3年から5年間ぐらいで絶対にクイットしてくれということを設けたのと、1回はやめて評価を受けてくれということと、もう一つは、ちょっとこれに入ってくれとメンバーが学内で適当に頼んで、友達も入れてしまうというケースがあるのは非常に具合が悪いので、会費を絶対取ることにしている。最低2万円という会費なのだけれども、これは自分の研究費、個人のお金でもいいけれども、とにかく払わなければいけない。2万円だと、別につき合いで払ってしまうというところは確かにあるけれども、あまり高くするとできなくなってしまうから、10万円ぐらいとっているような、そういうプロジェクト研究所もあるし、そういうものによって10人ぐらい集まると、研究集会ぐらいは年に何回か開ける。そういうようなのが文系には非常に有効あって、そこで科研費をとったり、あるいはさらにはCOEなんかに育っていったりというのもあるし、事業の中で1つのグループとして教育集団を形成している場合もある。そういう意味で、ものすごく私学の中の自由度という意味では、そういうところが確かに生きているというふうに思う。1つの例だけれど。
 それから、連携大学院についてはおっしゃるとおりで、これは今後日本の制度上極めて大きな問題だ、研究課題だと私は思う。要するに、共同で、うちは今、女子医大と大きなプロジェクトを始めていて、連携大学院と称している。称しているけれど、共同で大学院をつくるということは結構面倒くさい。設置申請をやるかって、できなくはないのかもしれないのだけれど、非常に面倒くさそうだ。それぞれの大学院は独立してそれなりに認可を受けているわけだから、それは一緒の場所にいて、学生から見ると、1つの大学院に見えるような形式をやるというのが今許されている。許されているというか、便宜上それが一番やりやすいということで行われているのだけれど、これがいいかどうかは、要するに、責任の主体が、ちょっと問題になる。運営にあたるコミッティーが非常に複雑である。いろいろな制度上の微妙な違いがあり、そういうようなことについて、時々やりとりが起こるし、けんかも起こらないわけではない。そういう問題が確かにある。
 それから、国研とか等々で、連携大学院を組ませていただく場合、これも同じようなことが言えると思うのだが、確かに大学が期待しているのは、どちらかというと教えてほしい、学生を指導してほしいのだと思うけれども、研究所の立場にしてみると、ちゃんとしっかりとした能力のあるのが来て、一緒に研究をやってくれるのであればウエルカムだけどという、若干のギャップは確かにあるかなというふうに思う。ここは、もう少しよく話し合ってやらないといけないのではないか。
 先ほど、全国共同利用云々とあったけれど、それぞれの独法化した研究所というのはそれなりに使命があるから、必ずしも教育でない。そういうところでも教育面のものがあったとすれば、共同利用の中にうまく入れていくという部分があってもいいのかもしれない。ここら辺は相当研究の余地があると思う。ただ、やっぱりミッションが違ったりすれば、あまり無理にそういうものをやる必要もないということにもなるかもしれない。そうすると、むしろポスドクみたいなところを、主に受け入れて、一緒に共同で、要するに、キャリアを形成するところの機関として位置づける研究所というのがあってもいい。それから、教育をやるところがあってもいい。そういう役割分担があるのではないか。だから、同じような連携大学院とかなんか言っている。そこら辺をもう少しきっちり整理してやらないと、みんなそれぞれがぼけて、忙しくなるわりにあまりよくない、不満足だという結果にもなりかねないなと思ってはいる。

【事務局】
 若干言葉を組み直すとというか、私どもの話で、委員から先ほど私立のアドバンテージという話があったけれど、実は国立大学自体も、今おっしゃった全部の機能を持っていて、そこは国立大学は国立大学法人ということで、独法ではない。独立行政法人ではないために、運営交付金上も、地方公共団体に対する普通交付税と特別交付金みたいな仕組みを持っていて、いわば標準的な部分と特別的な部分というふうに2つに分かれている。したがって、国立大学の場合も、すべて外部資金については、そのことが運営費交付金の減額理由とはならない。したがって、いわばその意味では私学と国立大学のアドバンテージ、おっしゃったような意味では国立も持っているので、そこは私学だから、そういった有利に働けるじゃないかということに対して、私学の関係者は、いや、国立だってと、そういうふうにみんな思っているので、そういう中での競争になっているということである。
 もう一つは、ちょっと言葉の面で、連携大学院というのは、正確に言うと、典型的なパターンは、理化学研究所と埼玉大学でつくったもので、平成3年が最初であるが、大学の講座とか、大学院組織の中に、試験研究機関とか、NTTさんとか、民間もあるけれども、個別の研究者の方が参加してくると。このパターンが一番多いわけで、多分、これが今環境研究所などでもやられているパターンだと思う。
 それから、先ほど最後におっしゃった、なかなかこの大学と組んでやりにくいというのがあるが、これは実は連合大学院といい、連携大学院とは違って、これはいわば国立のほうでは既に3大学ぐらいで一緒に博士課程をつくるという仕組みがあって、今回、実は初めて19年度予算で岐阜大学と岐阜薬科大学という、国立と私立の間の連合大学院というのができた。こちらのほうは、いわば正式な組織と組織を結合するものだから、当然、設置認可手続きが要る。
 もう一つの中間的なパターンがあって、今筑波で進めているのは筑波大学が専攻対応ごと試験研究機関にお願いする。これは連携専攻というもので、連携大学院でもなくて、いろいろなパターンがまじり合っているから、そこの中は、言葉は似たような言葉なのだが、それぞれ違うもので、そういう意味では幅広くいろいろな意味である。ただ、そのことについては、それぞれ個人が参加するレベル、研究機関として専攻をつくるレベル、それから、そもそも大学院と大学院を一緒にするレベルという意味で、だんだん組織的なかっちりさが上がっていくにつれて、当然、それは国の大学院設置認可制度等の絡みで、ハードルは高くなる。それはそういう意味になっている。
 そういう意味では、大学院の場合、これはどうしても学校教育法の組織なので、一応、大学のほうからすれば、当然、大学院というのは研究の主力の場でもあるけれども、一方では、教育機関という形で位置づけられているので、そういう意味では、多分、大学の関係者がいろいろな機関に求めるというのは、大学サイドからすれば、教育ということはある程度立場上言わざるを得ないというところもある。ただ、そこのところはさっき言ったみたいに、似たような言葉だが、中身が違う場合があるので、そこは議論する必要があると思う。

【委員、専門委員】
 今、連携大学院の話があったけれども、そういう違う大学、連携大学院があるというのは私はよく知らなかった。うちの場合は、理化学研究所と例えば研究するとなると、そこの先生がうちの客員教授、大学院の客員教授になっている。年に1回は講義をするというようなノルマぐらいしかない。あとは、行った大学院生を教えるというか、研究を一緒にやるというか。今まで来てもらうと邪魔でしようがないと言われたことはいまだかつてない。むしろ、来てくれというほうが多くて、それは多分、こういったところは人手が少ないというので、若い人に来てもらって研究を活性化していきたいということがあるんだろうと思う。それと、院生の要望が合えば、非常にスムースにいっているわけで、そういったところで何か不都合──最初のころはいろいろ教育の仕方かなんかあったかもしれないけど、今はほとんどそういうことは問題になってないと思う。

【委員、専門委員】
 あと、実は最初の質問で、私知りたかったのは、今ここで私立、前は国公立の話をしたけれども、その土壌に何か違うところがあるのか。私は、あんまりそういう大学の組織のことをよく知らないけれども、何か違う扱いをしなければいけないところがあるのかなという話である。

【委員、専門委員】
 それは事務局から後でお答えいただく。私も私学に今いるけれども、一番違うのは補助金に制限があるということ。要するに、私立大学に補助金を出す場合には2分の1までという縛りがある。

【委員、専門委員】
 すみません。基本的な話なんですけれども、なぜなのか。

【委員、専門委員】
 それは憲法でそういうふうになっている。

【事務局】
 厳格にいうと、そもそも憲法には公の支配に属さない教育福祉等の活動に公金を出してはいけないという規定がある。これは憲法上決まっている。その上で、私どもが、学校法人制度自体は公の支配下というか、公の秩序下に入っているのだから問題ないという解釈で、昭和50年から私学振興助成法というのをつくって、経常費の助成を、一応、2分の1以内という形でしている。ただ、残念ながら12.5パーセントしかいっていないので、何だという話。これはちょっと別にして、問題は、設備とか、施設について、国庫補助が出せるか出せないかということ。それについては、さまざまこれまで民間企業等に対して、例えば経済産業省のほうが補助するというようなこともあるが、基本的には、投資的なものについては、ここはちょっと難しい。固有の財産になってしまうので、後で買い取りするとか、あるいは逆にお金をお貸しする場合という場合は全然別だが、いわば国費で丸々補助をするということについては、基本的には投資的、相手に対して財産、出資に当たるような場合は、2分の1を超えないというのが、これは私学助成に限らず、基本的な財政的なルールであるというふうに我々は考えている。

【委員、専門委員】
 先程、ほとんど同じだとおっしゃったけれども、それは何か私立大学にとってメリットというか、国立法人にはないメリットとか、何かないのか。

【事務局】
 私立大学のほうが当然自由度は高い。国立大学法人に対しては、法人化されたけれども、国立大学法人ということに伴う制約というのはあるし、まず、事業の範囲というのが法律によって決まっているので、法律に書いてあること以外の、いわゆる収益事業は行ってはいけないし、そういうことはできない。いろいろな資金面の運用とか財産管理に関しても一定の制約があるし、そもそも国立大学の資産というのは国の出資財産であるということになっているので、勝手に処分したりすることはできないということがあるので、その点では制度的には学校法人の自由度は非常に高いということは確かである。ただ、国費の投入割合については、結局、設置者が国であり、教育に関しては設置者負担主義の原則があるので、そこからすると、国費の投入というのは全く割合としては違うというような状況がある。

【委員、専門委員】
 基本的には、お二人も言われたけれども、文部省の時代から、レギュレーションは国立大学に比べたら、私立大学は強い。だから、ある意味においたら、なかなか縛りがきついというのがあるが、これはある意味においては時代とともに変わってきたので、法律を変えてしまえという手がある。
 というのは、例えば地財法というのはご存じで、昭和22年か23年にできて、悪い人がいたのか、国の金を持ってくるために地方の公共団体が何か提供するというのをやったわけだが、今あれが拡大されている。というのは、少子化して小学校があいたんだけど、どうしようとか、いろいろなことが起こっているわけで、それを有効利用するためには、そこに国の機関を呼んでくるとか、そういうことが今は拡大したところで、ある一定の制限下ではできるようになった。できるようになったのはほんの数年だろう。
 だから、そういうようなこと等々が、時代とともに変わらなければいけない面があると思う。だから、終戦直後にできたようなものが、延々とこう続いているというのがいいか悪いかということを含めて検討していただいた上で、委員がご心配されているようなことで、要するに、この間も申したけれど、イコールフッティングにしていかないと、世の中、要するに、非常にひずんだ形でいくのではないかと思っている。

【委員、専門委員】
 例えばベンチャーみたいなものは、うまくいったとき、ベンチャーからいろいろ収益が入るようになってきたときには、私立大学のほうがやりやすいということはないか。国立の場合は、国のものになるのだろう。

【事務局】
 それは法人化により、その面についてはほとんど私学と変わらなくなったかなという気がしている。ただ、国立の場合には、出資できる法人は、いわゆる TLOに限られているという点はあるけれども、ベンチャーから入ってくるお金の扱いに関しては、法人化により、国立も私学と同様になった。

【報告者】
 そうだよね。だから、質的な差はちょっと残っている、確かに。だけど、どっちの自由度が高いかといったら、国立のほうが今自由度は高いのではないか。税制でも優遇されていることは明らかだし。はるかに国のほうが先を行ったという感じを僕らは受けている。これはやっぱりイコールにしないといけない。教育基本法が変わったし、ちゃんと私立学校も書き込んでもらったのだから、それは同じ──同じといっても、国の予算を出すなとか、そういうことを言っているのではなくて、少なくとも独自にやる努力の中では対等にしないとおかしいと思っている。

【委員、専門委員】
 私は、理科系の大学にいるわけで、理科系の立場でしか物をなかなか言えないけれども、私がいつも思っているのは、国は今、科学技術創造立国でなければ日本は生きていかれないと言っておると。我々私学の理工系、早稲田大学も含めて理工学部を持っているところは、そういう意味では、日本に企業を含めて貢献している。そういう意味では、もう少し教育研究環境を整えることを、今国立じゃないかもしれない。かつての国立と私学はあまりにも差が多過ぎるのは、何とかいろいろな制度改革、あるいはこういった組織をつくって、私学から出る若者は国にとって重要なファクターだから、教育研究をもっと活性化してやってほしいなというのは、根底にはある。

【委員、専門委員】
 今の先生方と文部科学省のご議論を伺っていると、2点、ご質問とか確認をさせていただきたいと思う。
 まず、自由度という議論が先ほどからなされていて、制度的にはという言葉とか、先生がレギュレーションとしてはという言葉をお使いになったけれども、文部科学省と私立大学の先生方の意見が違うというところはどういうところで違ってくるのかということを、私はどちらの所属にも属していないので、出して議論していかないと、何を先生方は思っていらして、何を事務局の方がおっしゃっているのか、すれ違っている部分があるのかなという気がしたので、それは確認したほうがいいのかという、これは印象論である。
 もう一つ、イコールフッティングという議論で、私立大学と国立大学法人のイコールフッティング。これはイコールフッティングにすべきものなのか。というのは、役割分担という議論がその前提にあって、国立大学法人と私立大学学校法人の間で役割が違うという議論から出発するのであれば、イコールフッティングという議論をこの場で出してくることが果していいのかどうかというのをお伺いさせていただきたいということ。

【委員、専門委員】
 基本的に国立大学は国立大学の役割がこうであって、国公私立ではそれぞれ違うんだということで、国が、そのものを決めて進めるということがあるならば、どうすべきかというのが次の段階だと思う。今は、あるのかないのか、よくわからない状態。わからない状態であり、それと時代が変わってきたから、イコールフッティングにすべきであるというのが私の持論。
 国立大学も大変である。それは承知している。要するに、学術会議として、大型陳情機関としてはまかりならぬと言われた吉川弘之先生が会長のときに、国立大学の敷地に国立大学の建物を建てようという勧告を出している。要するに、国立大学も大変なのだ。あのときはメンテナンスもちゃんとせよというのがくっついていたと思うが。したがって、国立大学そのものも苦労されているということは確かなのだが、その役割をほんとうに同じようにやるということが、我が国の政府として、その戦略があるならば、またそれはその次の段階だと私は思っている。

【委員、専門委員】
 ちょっと違った観点からの発言になってしまうかもしれないけれども、限られた資源を使って国の学術研究の推進をいかに効率的に、日本全体のレベルを上げるために使うかということに関して申し上げると、まず1つ、議論の前提として、国立大学、私立大学、こういうふうに分けているけれども、国立大学法人になった以降、国立大学というのはかなり二極分解、三極分解、四極分解、要するに、一律にひとからげで国立大学というふうに言えない状況に今動いてしまっているということをぜひご認識いただきたい。今回、特に話題になっている附置研究所、全国共同利用施設に関しても、前回、資料が出たけれども、附置研究所の 88パーセントは旧帝大にある。全国共同利用施設でさえ、66パーセントは旧帝大にある。国の資金が相当つぎ込まれているわけだけれども、それがこれからの日本の学術研究の推進に最適な資源配分なんだろうかと、こういう問題だと思う。
 そういうふうに考えたら、当然のこと、私立大学にも国立大学にも配分したほうが日本の学術水準は上がるだろうという意見はあり得ると思うし、しかも、国立大学といっても地方の特色ある大学に配分したほうが、より日本全体のレベルが上がるだろうということもある。
 一方では、国立大学法人以降、国立大学に対して、競争的環境下で個性輝く大学になりなさい、こういうご指導ある。これはそのとおりで、そうしなければいけない。それなりに頑張ってはいるけれども、結果的にどうなっているかというと、21世紀COEから今度グローバルCOEになって、おそらく全部旧帝大に集中していく。それでも、例えば各領域1件は地方大学がとれば万々歳みたいな、私立大学もそういうことかもしれないけれども……。それはそれで、一方で競争的環境下でやるのは当然だから、いいのだけれども、もう一つの軸として、それが日本の学術研究推進、ほんとうに上がるのかということは十分配慮しなければいけないなというふうに私は思っている。
 そういう全体の構造から見ると、大ざっぱに分けると、私立大学に属している。話を聞いていると、私立大学の今置かれている立場と国立の地方大学の置かれた立場と、似通っている部分もあるという感じすら思えてくる状況かなと。その辺に関する全体の資源配分という形でも議論していただけたらありがたいと思う。

【報告者】
 1つだけちょっとつけ加える。今のお話は、まさにそうだと思う。ただ、競争状態でやるというのは当然のこと。だから、すぐれたところが研究費も得るし、それだけの資源を得てやる。そうでないと伸びないというのは全くそうなのだけれども、かなり粗っぽくて、今おっしゃったようなことが現実に起こっている。
 非常に肝心なことは、お金を持っていって、研究拠点をつくるということは大事なんだけど、一方で幅広くいろいろなところに人材が散らばっているということがものすごく重要である。それが、今ものすごく阻害されている。旧帝大を中心にして、お金があるから、全国でこれはと思う研究者をただちにつり上げることができる。例えばうちの教員で、東大からお声がかかったら、まず行きますよ。ほとんど抜かれているんだから。逆も若干やっているけれども、それは例外的であって、ほとんどやりようがない。研究者にしてみたら、研究時間はあるし、お金はあるし、条件もいいということで、研究者個人になってみると、そういう流動性は非常にいいことだと思うんだけれども、それで、どんどん人を集めるということが、やはり日本の研究の発展には阻害要因になる。あるバランスで、拠点というのはあちこちになければいけないんだという考え方は、おっしゃられるとおり、あるべきだと思う。それをどういうふうに施策上やるかというのは、さっき申し上げたけれども、文部科学省を通して、あるルールで、もうすこし高い次元で、各大学が勝手に自分のところはこういう立派な拠点をつくるよというだけの原理ではなくて、うまく資源配分というのか、場所を散らばらせていく。人の集積も散らばらせる。まさに地方分権ではないけど、中都市をつくらなければいけないんだということと全く同じ原理がここでも働いているんだと思う。

【委員、専門委員】
 今のお話で、結局、地方大学と私立大学というのは、ある意味では接点が多いのではないか。私も地方大学を少し回る機会があったけれど、地方大学の先生方がやっている、興味を持つ研究課題も、近隣の私立大学の先生方と結構共通する部分が多い。地元に密着しているとか、わりあいと特徴がある。だから、これから共同研究という意味では、そういう地方大学と私立大学との共同研究というのも1つの大事な新しい仕組みになり得るのではないだろうか。もちろん、大きな大学とやるのでも構わないけれど。

【委員、専門委員】
 一般的に、先ほどおっしゃったような資源配分ということをどういうふうにしたらいいのか、つまり、日本全体の教育水準を上げていくということと、研究水準を上げていくということと、両面があると思うけれども、共同利用というのは1つの接点なので、幾つかの拠点がある。そこに全国から人が来て、研究したり、いろいろな活動ができるという点を非常に活性化していくということで考えると、全国にいろいろな研究所を、あちこちにいろいろなものをばらまきしてつくると、全体の水準というか、拠点としては下がっていくわけだから、幾つか拠点を設けて、もっと共同利用という側面を推進していくとか、その点の兼ね合いというか、全体的なプランが重要なんだと思う。
 そういう意味では、現在の共同利用というのがどのぐらいほんとうに共同利用になっているのかということをもう少し検討するということも非常に大事だと思う。私は大学共同利用機関をよく利用する立場で、あそこもいろいろ検討なさっているけれど、例えば海外から共同研究で人を呼んでくるというようなことはよくあるけれども、国内からは併任みたいな形で、一体、現実にどうなのかというと、年間に何件か旅費がついて、時々行って、数時間、4時間とか決まっているようだけれども、そういうふうな研究をするということになっている。旅費以外にはコピー代くらいしか研究費はないし、できることは限られてくる。もうちょっとダイナミックに研究に関わるようなシステムは作れないか?国内の客員で1年なり2年なり在籍してやっていく、研究プロジェクトを持ってそこで職がえをすることになるのかもしれないけれども、そういった形での流動性というのがもっとつくれないのか。そうすると、全国からそういう人が次々やってくれば、その人たちが帰っていって、自分のところの教育にも反映していく。
 そういうふうな国内での流動性をもうすこし高めるような方法というのが非常に重要なのではないかなというふうに思う。

【委員、専門委員】
 国内の流動性を高めるのが非常に大切だというのはそのとおりだ。ただ、1つだけ、共同利用機関で、そういう制限をつけているというのは、一般的な共同利用機関のやり方では無いと思う。特殊なやり方で、共同利用機関としての役目を果してないのではないか。そういう制限はないはず。

【委員、専門委員】
 いやいや、確かにある。私も客員教授を2年か3年、仰せつかったけれど、あれは積算根拠になっているのが4時間。だから、それは確かにある。

【委員、専門委員】
 それは知らなかった。

【事務局】
 実際の積算の根拠として、どうも時々勘違いする方がいて、そういう形で予算を積算してあるからといって、そのとおりする必要はないのだが……。おっしゃっているような、共同利用なるものを、検証しなければいけないということは、私のほうでもさまざま今回、特に法人化した以降、一番いいことはきちんと評価があるから、ようやく昨年から全国共同利用が、その名に値するものになっているかどうかということを大学共同利用機関のほうは前からやっているが、各国立大学に置かれている全国共同利用の附置研についてもようやく始めたところである。

【委員、専門委員】
 そういう意味ではなくて、プロジェクトとか、そういう面ではいろいろな活性化されていて、大変ありがたいし、評価しているけれども、一般的に文科系の共同利用というのは、そういうふうにプロジェクト単位で研究会をやっているのが限度で、年間に何回か共同研究員としてそれに参加する。それで、プロジェクトの中ではある程度面識ができて研究仲間を作ることはできる。でも、予算的には研究会をして、論文集を出すということしかなく、そこからいろいろな形での研究費がついて、新しい研究が生まれてくるということはない。もちろん研究会をして出版するだけでもメリットは非常にあるけれども、もっといろいろ形の違う活用ができるといいなと思う。

【委員、専門委員】
 この作業部会でこれから共同利用を含めてどういうふうに改善していくかということなので、そういう視点でお聞きしておく。

【委員、専門委員】
 一言。全国共同利用という、要するに、概念がというか、さっきおっしゃられたように、どの程度ほんとうに生きて使われているかということは、我が国としての珍しい形態だから、そういうようなことを調べる必要があると思う。私自身からすると、前回のときに数字を間違えているようだが、国研をなくしてしまったというのが敗着でというのもこの間申し上げたけれども、要するに、アメリカはサイト数が800から1,100だと言われている。それが12万人から18 万人と言っているようだけれど、8万人から12万人と言われているが、その中で、例えば我々の分野、情報通信は20から30ぐらいが競合して研究していて、プロパーが6つある。だから、そういうような形で進めているのも1つの方法かもしれないし、もう一つは、ドイツ、フランスなどというのは、ドイツは情報通信関係が、GMDとマックス・プランクは別で、フラウンフォーファーなんていうのも合体させて、そこに専門家が2,500人いる。それ以外にマックス・プランクもあったりする。それは国研です。フランスはインリィアというのがあって、数学と情報に関するのがあって、それが2,000人ぐらいいたのが、4,000人ぐらいにするんだといっていた。どこまでいったのかよくわからないが……。
 ドイツにしろ、フランスにしろ、オンサイト、オフサイトで、大学と密着して、わっと──要するに、1つのアンブレラだから、そこで全国に散らばった研究所を持っていて、それで、そこのところでうまく機能させている。そういうような形も考えられるのではないかと思う。
 実は、私は、私の信念というか、梁山泊をつくりたいというので、国立情報学研究所を仕掛けたけど、あれは約束違いで、160人という約束が今八十何人でとまっているし、それで、これは大変だというので、1年後か2年後ぐらいにソフトウエアに関してやらなければだめだというので、ソフトウエア・エンジニアリング・センターというか、ソフトウエアの研究開発センターというのを、IPA、通産省のもとでやっている。あれも10分の1にされてしまったという、要するに、矮小化されている。
 要するに、そういうところに集まって、梁山泊としてわいわいやっているのが、一番自然な姿だろうと。そこから共同利用というようなことはおのずと生まれてくるのではないかと思っている。そういうようなことをやる場とすると、いろいろなやり方があるが、我が国の戦略として、どのような戦略をとるかということも、先ほどちょっとお話があったけれども、要するに、国公私立が違うんだとしたら、それに対してどう違うんだという合理的説明がなければいけないし、私は今ぶらぶらだと申し上げたけれど、国立大学のころからイコールフッティングだと。そうでないと、要するに、不公平だ。
 この間も京都大学の松本先生がこれだけやっています、こんなにやっていますとおっしゃったけれど、あれだけ金をたたき込まれて、あれだけ座布団があって、それしかやってないのかと言われるかもしれない。だから、それは物の考えようもあるわけだから、先ほど委員がおっしゃったように、我が国として今から進めていくためには、どうあるべきかということをよく考えた上で、そのためにはどういうスキームがいいかということを考えていくのが必要なのではないか。

【事務局】
 先ほどのレギュレーションなり、イコールフッティングについて私なりにどう考えているかということを簡単にご説明したいと思うが、おそらく大学として服すべき規律というのは国立も私立も公立も変わりなく存在している。一方、私学の関係者の方々にしてみると、規律は一緒だけれども、実質的に投下されている公的資金の額には大きな違いがあると。そうすると、公的資金でレギュレーションを割ると、どっちをどう割るかという問題もあるが、単位公的資金当たりのレギュレーションの量みたいなものを仮に出すとすれば、私学のほうはレギュレーションを大きく感じる部分が、ひょっとしたらあるのかなという気がする。
 ただ、一方、先ほどもお話があったが、官と民の役割分担というのを、財政規律の面で考えると、どうしても国立はまだきちんと法人で官なので、国立と私立の部分で財政規律上どうしても大原則になっているのが、先ほどの建物、あるいは設備のような、投資的部分に対して公的資金は原則として投下していかない。したがって、私立大学の校地、校舎というのは基本的に自己資金、これに対して国立大学の場合は100パーセント公費投入というのが大原則になっている。ただし、私立大学の場合についても、耐震の補強と、わずかではあるが、学術的な色彩を帯びたところには、2分の1までという制約はあるけれども、公費投入が認められているという例外がある。これをどういうふうに考えていくべきかというと、命にかかわる耐震の場合と、オール・ジャパン的に社会に貢献していく学術研究のような部分は財政規律面でも少し違うのではないかという発想が財務当局も含めてあるのではないか。
 そういう前提のもとに考えると、国立と私立、競争的資金が増えているのに代表されるように、垣根は大きく低くなっている中で、大きな突破口になり得るものは、学術研究の分野ではないか。そういう部分で国立と私立の垣根なくご議論いただいて、それぞれの大学の特色に応じて振興策を考えていただけるということは、私どもにとっても大変ありがたいことだ思っており、今後ともご支援をいただければありがたいと思っている。

【報告者】
 1つだけ。イコールフッティングということについて、我々も確かに私大の仲間たちとはいろいろお願いをしているし、社会的にもそういうことに注意を払っていただきたい、理解してもらいたいということで言っているが、ちょっと難しいのは、ここは研究施設等々のお話をしている。それから、イコールフッティングの中には学部教育の部分が非常に大きい。学部教育をどういうふうに考えるのか。私学における学部教育というのは、社会的にどう位置づけて、公的な支援というものは平等であるべきだと私学関係者は強く望んでいるけど、ほんとうにそうかというところが確かにある。
 私は、そっち側を全く同じにするというのは現実に財政的にもほとんど難しいし、現実的でない。むしろ、私学はそれぞれの個性で教育方針をきっちり、むしろ自由度を得てやるのがいいのかもしれない。もちろん、親は税金をみんな払っているから。そういう意味で言えばある程度の平等性というのは保障されるべきだと私も思うけれども、ただ、完全平等にはどうせならないということで、むしろ研究というところは、講座をしっかりつくって、国立も私立も、国公私立関係ないほうがいい。そのほうがほんとうに研究者というのは、みんな大学の人は研究したいから、そのチャンスをきっちり与えられるようなシステムにつくりかえるべきだ。
 今まで共同利用機関にするとかいって、ここでも議論を何回も聞かされたけれども、動機はほとんど不純なのだ。共同利用にしたほうが予算が余計につくとか、多分そういう理由ではないかと思う。だから、全国共同利用にしたら、どういうふうに学問的に寄与するかとか、ほんとうにそういうことを考えて発想されたかどうかというのは非常に怪しい。もちろん作文はそうなっている。立派な作文で、若干はやっておられるだろうけれど。そういう意味で、構造はつくりかえるべきだと。いきなりできるかどうかは別としても、方向性をきっちり定めて、私はやるべきだと思う。そのほうがイコールフッティング──イコールフッティングなんていう概念じゃないですね。国の研究の体制というのをどういうふうにつくるのか。これで国公私の差があるということは、ほとんど意味がないというふうに思う。

【委員、専門委員】
 今の構造の問題は大事だと思うが、この作業部会での1つのテーマである共同利用のあり方については、私も国立から私学に移って特に感じるのは、私立大学の先生方は共同利用ということの意識が全然ない。だから、自分たちとある意味では無縁のものだというふうに考えておられる先生が多い。だから、そういうことから始めて、私立大学でも拠点をつくり、国立大学の拠点をつくったときに、そこへ自由に共同利用という形で、共同研究という形で相互乗り入れができるような、多分、それを阻害するのはあまりないので、むしろ意識の問題というのがかなり大きいのではないかというふうに思っているので、その辺のことも今後この作業部会で、それをどうやってクリアしていくかというようなこともご議論いただければというふうに思っている。
 きょうは、ある意味で私学の研究について、おそらく非常に希有な、ある意味では初めての機会ではないかと思う。これを機会に国公私立のバランスのとれた教育研究、学術研究が進むことをぜひお願いしたい。

(2)今後の予定について

 事務局より、科学技術・学術審議会は1月末をもって第3期が終了するけれども2月以降の第4期も引き続き議論をお願いしたい旨の発言があり、閉会なった。

─了─

お問合せ先

研究振興局学術機関課