人間文化資源学(仮称)について

 資源はそれが自然のものであれ、人工的に生み出されたものであれ、潜在的な力を持つ リソースである。それが人類にとって価値あるものとなるには、様々な手法で手を加えた り、新たな意味を加えたり、位置付けを読み替えていく必要がある。「人間文化資源学」は、 広い意味での資源を人間とのかかわりにおいて研究する分野として構想されている。その 目的は、人類の歴史を多様な資源の開発と利用という観点から捉え直し、様々な時代や地 域における実践や制度、観念や価値を資源活用との関連で再検討することである。このよ うな試みは、従来の学問の枠組みを超えて新たな領域を創出する可能性を持つ。
 「人間文化資源学は」はまた、人文社会科学がリソースとする資源の管理と運用のあり 方を再検討し、そうした資源の有効活用を可能にする体制を構築することをも目指してい る。
個々のプロジェクトのテーマとしては次のようなことを考えられる。

1.植民地支配と文書管理の比較研究

 イギリスのインド支配やスペインのアメリカ支配にみてとれるように、植民地支配はし ばしば近代的国家官僚制の発達をうながす重要な契機であった。そこでは、文書という情 報処理の道具が、人間や資源の把握(人口調査や国勢調査)、空間や時間の管理(地図やカ レンダー)、意志決定プロセスの統御(書簡や議事録)、紛争の解決(法律や判例)など、 さまざまな社会領域に試験的に適用され、試行錯誤を通じて洗練を遂げ、やがて宗主国へ 逆輸出された。本研究では、スペイン領アメリカ、オスマン帝国周辺、英領インド、オラ ンダ領インドネシア、仏領インドシナ、日本統治下の朝鮮、ソビエト連邦周辺などを取り 上げ、宗主国と植民地のフィードバックを通じて行政的文書管理が発達し、近代的国家機 構が整備されていくプロセスを比較史的観点から究明し、文書そのものの意味を捉え直す。

2.表象のグローバリゼーション

 プリニウスの『博物誌』や中国の『山海経』など、古代から現代にかけて、文学や哲学 の著作、歴史学や地理学の知識、科学技術、美術作品などが地理的に越境し、大陸規模で 伝播し、流布する現象は枚挙にいとまがない。本研究では、グローバル化する物語や知識、 図像を対象に、世界各国に分散し、さまざまな言語で記された現存資料を網羅的に調査し、 データベースを作成する。そして、表象を創り出す人間の移動、表象の媒体となる文書の 移動、表象に随伴するモノの移動に注目しながら、物語や知識、図像が大陸規模で広まる とともに、個々の地域に局地化し、変容していくダイナミックなプロセスを再構成する。

3.コレクション研究

 モノやデータを蒐集する原点には知的好奇心がある。そして、その行為には体系的であ るか否かを問わず蒐集者の意図が反映しているが、世代を越えて継承されてきたコレクシ ョンとその構成要素である個々のモノやデータに加えられる価値と意味は、必ずしも蒐集 者の思惑通りには受容されず、さまざまに読み替えられる事例が多い。また、コレクショ ンの性格も多様である。当面、その蒐集目的や収集方法による分類を試みるなら、主要な 蒐集には概略2類型を想定し得る。
 一は、収集者に着目した区分で、個人コレクションと共同(協業)コレクションである。両 者には、ともに協力者と資金提供者が伴う場合があり、関係性とともに影響力をも考慮す る必要がある。
 二は、収集同期による区分で、P.F.シーボルトコレクションのような博物誌的収集、ナー プルスティク コレクションや、共楽美術館構想のもとで形成された松方幸次郎(泰西名画) コレクションなどの啓蒙的収集、特定の学術領域等における限定的収集、趣味的収集など である。これらの区分を設定して分析・考察するのである。
 本研究においては、このように多様な性格と様相を示すさまざまなコレクションを比較 考察することにより、単に利用の利便性を高めるデータベースかの推進にはとどまらない、 より高度な活用の在り方を模索するとともに、その実践を試みたい。

4.博物館所蔵資料の管理・共有・社会還元の基盤的研究

 国内外の人間文化に関わる博物館の所蔵資料は各自固有の管理システムに依存している ため、相互利用が困難なことが多い。そこで当面、国内外のいくつかの基盤的博物館の管 理システムを調査し、地球的規模(グローバル)での人間文化資源情報の共有化に向けて の基礎的研究を実施する。それは単に資源利用という実践的活用に留まるのではなく、文 化資源と博物館との関係や博物館そのもののあり方を問うことになる。また、当該国のみ ならず、地球的規模での利用を前提に進めていくことが肝要である。

5.人間文化資源に基づいた新たな道具の創出をめざす実践的応用研究

 多様な人間文化資源の検討を通して、新時代に向けた新たな見方の創出やその具体化と しての道具の産出に向けて実践的研究を実施する。この研究のなかには同一の道具の使用 当該地域への変更(グローカル的視点)も含まれよう。また関連産業界との共同研究もお おいに推奨される。

6.「人間文化資源の保存環境研究」

 研究資源の高度活用を念頭に、その保存環境のあり方について研究する。モノ資料のみ ならず、映像音響資料、図書文書資料、さらには電子データなど多様な形態から構成され る研究資源を対象に、それぞれの形態に応じた保存環境モデルの構築をめざす。具体的に は、モデル構築に必要な基礎研究として、各種環境調査や材質調査を評価・改良・拡充す る。

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研究振興局学術機関課企画指導係

(研究振興局学術機関課企画指導係)

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