21世紀の初頭に立って22世紀を展望するとき、地球温暖化や数々の生物種の絶滅などにより、100年後の世界は全く違ったものとなる前兆が見られる。このような地球の限界に直面し、現代に生きる我々は、持続可能な社会の構築に向けて、貧困、人口、環境、食料、エネルギーなど次々と生じる複雑かつ多様な問題を、あらゆる知を動員し、人知の限りを尽くして解決しなければならない状況におかれている。
21世紀は、知を基盤とする社会(knowledge-based society)の時代と言われ、新たな知の創造・継承・活用は社会発展のために不可欠となっている。また、国際社会のグローバル化とともに、学問もボーダーレス化している。米国が圧倒的な競争力の優位性を維持する中で、日本、欧州連合、韓国、BRICs諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国)などによる「知の大競争時代」が到来している。
このような世界情勢の中で、我が国の学術政策も転機にたっていると言える。
学術研究の中心を担うべき高等教育は、若手研究者の育成や、高度専門職業人の育成、個人の人格の形成の上でも、社会・経済・文化の発展・振興や国際競争力の確保等の国家戦略の上でも極めて重要であり、これまでも我が国の大学改革については、近年の社会や国民の期待と要請に応えるため、教育研究の高度化、高等教育の個性化、組織運営の活性化に向けた諸制度の改革が行われてきた。
平成16年4月の国立大学の法人化及び公立大学法人制度の創設や平成17年4月の私立学校法等の改正により、予算的にも組織的にも各大学がより自主的かつ自律的に教育研究活動を行うことが可能となった。特に学術研究面では、従来の講座・研究部門に加え、大学院研究科・専攻等の組織改編、附置研究所・研究施設の設置改廃等も基本的には各大学の判断で行えることとなり、学内研究推進組織の設置や学長裁量経費による学内での競争的な研究費配分なども行われ始めている。平成19年4月からは、助教授の廃止と「准教授」の新設、助手のうち主として教育研究を行う者のために「助教」の職が新設されることとなっていることから、各大学において若手研究者の処遇を含む教員組織の見直しが検討され始めている状況にある。
また、主として研究におけるポテンシャルの高い大学の研究教育拠点を対象として平成14年度から実施されている「21世紀COEプログラム」による支援を契機として、国公私立大学を通じた世界的な研究教育拠点の形成と国際競争力のある世界最高水準の大学づくりが進められている。
さらに、大学の研究者の共同利用・共同研究の拠点としての16の大学共同利用機関は、将来の学問体系を想定し分野を越えて連合した4つの「大学共同利用機関法人」として、国立大学と同じく平成16年4月に法人化され、大学共同利用機関として果たしてきた中核的研究機関(COE)としての役割に加え、各機構における共同研究等を通じ、新たな学問分野創出に向けた取組みが始まった。
国立大学及び大学共同利用機関(以下「国立大学等」という。)等の法人化を契機に、我が国の大学及び大学共同利用機関(以下「大学等」という。)は国公私それぞれの個性や特色を活かしながら、大きく変容しつつある。
国の科学技術・学術の推進体制も近年次々と変化している。平成13年1月の中央省庁等再編により、旧文部省と旧科学技術庁とが統合されて新たに文部科学省が発足するとともに、総合的・基本的な科学技術政策の企画立案及び総合調整を行う総合科学技術会議が内閣府に設置された。また、平成17年4月には研究者による政策提言機関である日本学術会議も内閣府に移管されたが、同年10月からは登録学術研究団体からの会員の推薦制を廃止し、日本学術会議が会員候補者を選考する方法に変更する等の制度改革も実施されることとなっている。
特に科学技術政策については、「科学技術創造立国」を国家的な目標として掲げ、平成7年に制定された科学技術基本法及び同法に基づく科学技術基本計画(第1期は平成8年度~平成12年度、第2期は平成13年度~平成17年度)に基づき推進している。政府研究開発投資額の目標を、第1期期間中は17兆円、第2期期間中は24兆円と設定し、国の財政状況が非常に厳しい中、第2期からは基礎研究に加えて、ライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料の4分野を重点分野と位置付けつつ、科学技術全般に他と比較して手厚く予算配分されてきた。また、競争的な研究開発環境の実現に向けて、特に第2期の競争的資金の倍増目標の下、科学研究費補助金等の競争的資金も着実に拡充されてきた。
その結果、我が国の科学技術の潜在力は確実に強化され、競争的環境の醸成や産学官連携などが進展するなど、科学技術基本計画に基づく重点投資が学術研究全般に与えた影響は大きい。しかしながら、重点4分野が研究者の自由な発想に基づく研究に優先されるとの誤解も生じることとなった。
他方、諸外国においても、科学技術に劣らず学術も国力の根幹であるとの認識に基づき、科学技術・学術政策を大きな政策課題の一つとして位置付け、基礎研究予算や大学セクターへの予算を強化しており、米国等の関係予算はそれまでの伸び率を上回っている。
高等教育機関への公財政支出の対GDP(国内総生産)比においても、また政府負担研究費の対GDP比においても米国、欧州先進諸国は日本を上回っており、フロー面での差が積み重なることによって、長期的にはストック面で歴然とした格差が生じてきている状況にある。また、中国、韓国等も科学技術への重点投資により台頭してきており、日本は追い上げられる立場にある。
このような状況の中、少なからぬ研究者たちの努力により、我が国の学術研究はかなりの分野において世界又はアジア地域のトップレベルに位置するなど、世界有数の水準となったが、一方で、「層の厚さ」、「裾野の広がり」等には未だ不十分なところがある。今後は、世界のフロントランナーとして、あるいはアジアのリーダーとして、その地位を維持していくとともに、さらに厚みをもって多様な研究が行われるような環境づくりが大きな課題となっている。
以上のような諸情勢は歴史的にもここ半世紀で空前のことであり、当分科会としては、今後半世紀を見据えて国際的な大競争時代に各国に伍していく前提条件を整える観点から、我が国の大学等への政府投資全体の抜本的な拡充を図る必要があるものと考える。特に現在、平成18年度からの第3期科学技術基本計画が総合科学技術会議において検討されているが、大学等を中心として行われている学術研究こそが次の重点分野の候補となる研究分野を育成し、科学技術創造立国の将来を支えるものであることが十分踏まえられることが必要である。
我が国の学術研究の推進については、旧学術審議会において、平成11年6月に「科学技術創造立国を目指す我が国の学術研究の総合的推進について-「知的存在感のある国」を目指して-」が答申され、優れた研究者の養成・確保、研究組織・体制の機動的な整備、競争的研究環境の整備など包括的・網羅的な推進方策が提言されており、また、平成16年6月には科学技術・学術審議会学術分科会基本問題特別委員会において、学術研究の推進に向けて特に重視すべき点を「これからの学術研究の推進に向けて」として報告されている。
しかしながら、当分科会では、これまでに述べてきたような近年の学術研究を取り巻く大きな状況変化にかんがみると、学術研究の裾野を広げ、幅広く多様な学術研究が総合的に推進されるような方策を改めて検討しておく必要があると判断したため、平成16年11月から平成17年8月まで、学術分科会の下に設置された学術研究推進部会を中心に鋭意審議を行ってきた。
その結果、新たな学術研究推進体制の下での学術政策の基本的な方向性について、本「第一次報告」として取りまとめるに至ったところであり、国においては本報告に沿った措置をとるよう要請する。また、各大学等においては、本報告を参考として、学術研究の推進に向けた取組みが充実されることを期待するものである。なお、当分科会としては、今後とも必要に応じ、さらに具体的な推進方策の検討や、第3期科学技術基本計画に基づく政府全体の方向性を踏まえた検討などを適宜行うこととしたい。
研究振興局振興企画課学術企画室