学術研究の推進においては、各大学等及び国の果たすべき役割が特に重要である。
本章では、各大学等における学術研究の戦略的な推進について、また次章では、国による多様な学術研究の支援について述べることとする。
平成16年4月から国立大学及び大学共同利用機関が法人化され、公立大学も法人化することができるようになった。このような中、国公私立大学等を通じた競争的な環境の中で研究の高度化を図ることが求められており、各大学等における主体的かつ戦略的な学術研究推進への取り組みが今後ますます重要となっている。
平成17年1月の中央教育審議会の答申「我が国の高等教育の将来像」では、大学は全体として、1世界的研究・教育拠点、2高度専門職業人養成、3幅広い職業人養成、4総合的教養教育、5特定の専門的分野(芸術、体育等)の教育・研究、6地域の生涯学習機会の拠点、7社会貢献機能(地域貢献、産学官連携、国際交流等)等の各種の機能を併有するが、今後各大学ごとの選択により、保有する機能や比重の置き方の違いに基づいて、緩やかに機能別に分化していくものと整理されている。
各々の大学の目指す役割は様々であることから、例えば世界的研究教育拠点としてさらに研究面に重点投資する大学もあれば、リベラル・アーツ・カレッジ型を目指す大学や地域の生涯学習の拠点として発展する大学もあり、今後の学術研究を考える上で、個別の大学等のイニシアティブにより、それぞれ学術研究に対する様々なスタンスを持つことが前提となる。
その上で、世界的研究教育拠点としての機能を発揮することを選択する大学等では、我が国のみならず世界各国から第一級の研究者・学生が集うような国際的に開かれた拠点形成を目指し、トップレベルにある研究をさらに強化する学術研究支援戦略を確立することが必要である。
また、大学等には様々な態様や特色があり、我が国唯一の研究や小規模ながらも特徴のある研究を行っている大学は全国各地にある。このような大学においても、今後着実にそのような研究を推進していくことが、我が国全体として多様性の確保につながるものであり、そのような研究に対応した学術研究支援戦略を確立することも必要である。その際、これらの研究分野が次世代には世界レベルの研究に成長する可能性を持つことに留意。
学術研究支援戦略は、所属する研究者あるいは研究者コミュニティーが持つ能力を最大限発揮させるための研究環境の整備を目的とし、各国公私立大学等が自らの人的・物的資源を効果的・効率的に配分するための指針としてのみならず、学外に対して、大学等としての学術研究推進の考え方を明確に表明し、理解と支援を得るためのものであると考えることが適当である。
国立大学法人・大学共同利用機関法人にあっては、法令の規定に基づき、研究を含めた法人全体の運営について中期目標・中期計画が策定されているが、学術研究支援戦略はこれを研究面からより整理・具体化するものとして検討することが適当である。将来的には、次期中期目標・中期計画に学術研究支援戦略の考え方が反映されることが必要である。
また、公立大学にあっても、設置者である地方公共団体等の判断に基づき、学術研究支援について検討をすることが求められる。
さらに、私立大学では、研究目標や理念・精神等を規定している例もあるが、より実務的で具体的な戦略について検討することが必要である。
学術研究支援戦略を構築する上では、これまでの科学技術・学術審議会等の審議を踏まえ、まず各大学等において、全国的な研究分野の動向を勘案しつつ、当該大学等の持つ人的・物的な研究資源の現状等について自己分析した上で、自らの持つ優れた若しくは特徴的な研究分野をどう発展させるかについての長期的なビジョンを検討することが必要である。その際、既に多くの大学等で取り組まれている研究分野ではなく、大学の独自性が発揮でき今後将来性のある分野や、学際的・学融合的分野を重視することも考慮に入れたものであることが必要である。
その上で、研究者及び研究支援者を活かす「人材・組織戦略」、様々な研究資金の確保とその効率的・効果的な運用を図る「研究資金戦略」、インフラ整備のための「研究基盤戦略」の3つの戦略を構築することが求められる。
学術研究支援戦略の具体的な内容は、各大学の実情に合わせて検討されるべきものであり、一定の形式が想定されるものではないが、主な観点は次のとおりである。また、戦略構築に当たっては、学長・機構長のリーダーシップの下、関係者による戦略検討のための「場」の設定が重要である。さらに、学長等の任務は大学運営全般にわたることから、学長等を補佐する研究担当理事などの一層の活躍が求められる。
個々の研究者の持つ意欲・能力を最大限発揮できるようにするという観点から、研究者組織をどう維持し、活性化するかという視点に立った採用・人事方針の策定が必要である。その際、今後のキャリアパスについての研究者本人の希望や適性を踏まえた柔軟な勤務形態の選択を可能とすることによって、研究者及び大学等にとっても適材適所な人事体系を作ることが理想となる。
研究者組織が多様化することは、様々な刺激をもたらし、研究環境を活性化するものであることに留意し、研究者の年齢構成や他機関での経験を考慮した採用、若手研究者のポストの確保、女性研究者の積極的な登用、外国人研究者の受入、国内外の研究拠点(大学、公的研究機関、産業界等)との人事交流の推進が有益なものとなる。
さらに、様々な人事制度を導入するにあたっては、導入に伴う諸制度や処遇、例えば、任期制等の雇用形態、年俸制等の給与体系、特に優れた研究者を招聘する際の待遇基準などもあらかじめ考慮しておくことが求められる。
大学等においては、自らの組織にとってのみならず、当該分野における我が国全体の学術研究の発展のためにも、若手研究者の育成がその重要な任務である。大学院の教育の組織的な展開の強化を図り、大学院学生(特に、博士課程後期課程)に対する経済的支援を充実させつつ、創造性豊かな研究者等の養成や確かな教育能力と研究能力を兼ね備えた大学教員の養成に必要な大学院教育の充実・強化を進めることが必須である。自ら教育研究を行うことを主たる職務とする助教制度が新たに導入される趣旨を踏まえつつ、若手研究者が独立して自らの資質能力を十分に発揮し、その向上を図っていけるような環境整備が求められる。
若手研究者のキャリアパスについては、各大学等において、任期制等を活用し、優秀な人材を適切に活用していくことが求められるが、分野によっては、米国において導入されている任期付雇用期間中に審査を経てテニュアを取得するテニュア・トラック制を適用することも効果的と考えられる。
テニュア・トラックにある研究者を含め、将来を嘱望される若手研究者には、各大学等が研究に専念できる時間とスペースの確保、スタートアップ資金の支給、研究支援者の配置をより充実することが求められる。
また、研究者の育成に不可欠な様々な知的刺激を受ける機会を保障するため、異分野間交流、国内外との人事交流や海外での研究生活について柔軟な配慮を行うことが必要である。
さらに、大学院学生、若手研究者の経済的支援と相互交流を兼ねて、学生宿舎等の交流施設を確保するなど、生活面の環境整備も求められる。
中堅層の研究者には、研究プロジェクトの代表者又は中核的な担い手としてその活躍が最も期待されるところであるが、大学運営、教育活動、地域社会的活動、産業界との連携など、多様な業務を行わなければならないことから、時期によっては集中的な研究時間が確保しにくい状況も見られること等を踏まえ、研究以外の他の業務や活動に係る負担を軽くして研究に専念させる研究専従教員とすることや、サバティカル・リーブの導入又は既に導入している大学においてはより短い期間でサバティカル・リーブを取得できるような取扱いを含め、研究者の研究時間の確保を大学等として計画的に行うことが求められる。
なお、研究者の希望を十分踏まえつつ、教育、大学運営、社会への情報発信などにより重点を置く教員としての在り方を各大学において検討することも一案である。
大学等における研究は、研究者個人で実施されるもののほか、目的に向かって、研究者の知的な成果の結集を図るために研究組織で実施することにより効果的に推進できるものも少なくない。大学等は時限的若しくは恒常的なものとするか、全国的若しくは学内共同利用的なものとするか検討しつつ、その大学等における研究推進の方向性、人材育成、国際的な役割など学問分野の動向を踏まえた研究科・研究部門や研究所・研究センターを適切に整備することが必要である。
研究支援者の減少により、研究者が技術的な面まで自ら行うことが研究時間を圧迫しているとの指摘もあることから、適宜、自ら研究支援者を育成することと外部委託の活用のバランスをとりつつ、研究に専念できる研究支援体制の計画的な整備が必要である。
また、国際交流、知的財産の確保や競争的資金の獲得等のために教育研究活動に付随する各種の業務が増加していることから、各大学の自主的な計画に基づき研究をサポートする事務局体制の整備とそれを担う専門性の高い事務職員の計画的な配置が求められる。
研究者がより意欲的に研究に取り組めるよう、研究者を励まし、努力が報われるような研究・教育などについての適切な教員評価制度が必要である。
各大学等においては、授業料収入や国・地方公共団体からの措置だけではなく、国内外の民間企業や個人等からの寄附金・委託費や附属病院収入・事業収入、資産運用等による自主財源を開拓・確保し、財源を多様化する経営努力が重要である。国・地方公共団体や独立行政法人から大学への委託経費、産学官連携における受託研究や共同研究における間接経費の確保が求められる。
また、所属する研究者が外部資金を獲得しやすくするため、科学研究費補助金を始めとする競争的資金への申請に向けた支援、産学官連携における留意点などについての適切な情報提供が重要である。
このようにして財政基盤を強化しながら、基盤的な研究費を確保しつつ、戦略的に配分していくことが必要である。
研究の多様性の確保のためには、着想したときにすぐ研究活動に取りかかれ、競争的資金の獲得に至らない構想段階の研究も開始・続行できるための基本的な資金として、研究分野の必要性に応じた一定の基盤的な研究費が研究室単位で保証されることが重要である。
新たな研究室の立ち上げに当たっては、スタートアップ資金を大学等としてきちんと措置することが必要である。
各大学等が特に戦略的に伸ばす分野については、競争的資金の活用のみならず、機関としての予算からの効果的な支援が必要である。
その際、学長はもとより、個々の研究分野を直接代表する研究所長・研究科長のリーダーシップの下で、その機関の特色を発揮する組織的な研究を推進したり、若手研究者の育成などのために、学長・研究所長・研究科長等の裁量経費の戦略的な活用も求められる。
学術研究を実施する場所及びスペース(施設)、研究に使用する機器(設備)を始めとする研究基盤は、その建設や整備に長時間を要するとともに、その効果が大学の教育研究活動全般に及ぶがゆえに、整備の効果が見えにくく、戦略的な計画による確保が必要とされる。
図書・データベース等の資料や情報通信機器・ネットワークなどの学術情報基盤についても、教育はもとより、人文・社会科学も含めた多様な研究を推進する上で、その計画的な整備が必要である。
各大学等においては、施設に求められる新たなニーズや施設の現状を踏まえ、施設マネジメント(共用スペースの確保等)のシステム改革に取り組みつつ、重点的・計画的な整備を進めるため総合的な計画の策定が必要である。
その際、耐震性など安全性に問題のある施設等、教育研究に著しい支障のある老朽施設の再生等に緊急に対応するとともに、世界一流の優れた人材と研究成果を生み出すための教育研究環境の高度化への対応が必要である。また、魅力ある教育研究環境とするためには、日常の適切な維持管理が重要であり、そのためのメンテナンス費用の充実を含めた検討が求められる。
一定分野への重点的な配分や、若手研究者に対する積極的な配分は、一定のインセンティブを導くものであり、施設の研究に与える影響を考えつつ、適切な施設マネジメントに基づく研究スペースの確保等について検討を行うことが望ましい。
各大学等においては、施設の効率的な利用を促進する施設マネジメントの一層の推進や、多様な財源の活用、学外施設の活用等の新たな整備手法等のシステム改革がより一層充実され、大学経営そのものに定着するよう、より積極的に取り組むことが必要である。
研究設備は、学術研究の発展における研究環境の基盤として、極めて重要であり、その整備・充実が図られることが必要である。
各大学等においては、中長期的な視野のもとで、大学等の研究の特色や研究の方向性を活かした設備整備に関する計画(設備マスタープラン)を策定するなどの計画的・継続的な研究設備充実のための取り組みを実施していくことが必要である。
学術情報基盤(コンピュータ、ネットワーク、学術図書資料等)は、研究者間における研究資源の共有、研究活動の効率的な展開、研究成果の一般社会への発信等に資するものであり、学術研究全体の進展を支える上で極めて重要である。特に人文・社会科学分野において図書資料の計画的な整備は不可欠である。
各大学等においては、中長期的な視野のもとで、大学等の研究の特色や研究の方向性を活かした設備整備に関する計画(設備マスタープラン)を策定するなどの計画的・継続的な研究設備充実のための取り組みを実施していくことが必要である。
その際、コンピュータ及びネットワークに関しては、実際の利用者規模や利用ニーズを的確に把握したうえで、人員の適切な配置も含めたコンピュータやネットワークの持続可能な整備・運用計画を作成し、それに基づいた整備及びサービスの提供を行うとともに、整備・運営にかかる学内の組織体制についての検討が重要である。
大学図書館に関しては、書庫の狭隘化、戦略的な紙媒体による資料の収集・保存、資料の電子化等へ対応するためにも安定的な財政基盤の確立が重要であり、同時に大学の学術情報発信拠点としての機能を発揮していくという観点が重要である。
学術研究は、研究者、研究機関による高いレベルでの競争関係が基本となるが、個々の競争関係だけでは、高次の学問的発展、また研究資源の有効活用の観点からも一定の限界がある。また、学術研究が進むにつれて、人、社会、そして自然・宇宙の本質をより深く理解するためには、様々な研究分野を統合して解き明かすことが必要となっている。すなわち学術研究では、切磋琢磨と連携とが一体となって新しい成果が出現するのであり、大学等間の連携による研究の活性化が不可欠である。
集中的に整備された研究設備の提供という点で、国立大学等におかれた全国共同利用型の附置研究所・センターは、人材育成も含め我が国の学術研究の発展に果たす役割は大きい。このような共同利用を促進していくことが求められる。
また、より高度な研究を進めるため、互いに他大学等の持つ研究資源を活用し、相互補完することも重要。学術研究の分野・対象が細分化される傾向もあり、大学等間においては、コンソーシアム形成による研究の活性化も重要である。
特に、一定期間、他の大学等に異動し資質の向上を図るような大学等間での研究者交流の促進も必要である。
国外の研究者・研究機関との協力に当たっては、研究費、研究スペースの支援に加えて、宿舎整備や子女教育への配慮など受け入れ態勢の構築を機関として計画的に進めていくことが必要である。
また、海外の大学との大学間協定や近年設置されつつある海外拠点を積極的に活用して、交流をより実質化することが重要である。
研究振興局振興企画課学術企画室