3.人文学及び社会科学の特性について

(1)総論

(2)研究方法の観点からの学問的特性

(総論)

  •  研究の対象となるリアリティの性質に応じて、意味解釈法(主に人文学)、統計帰納法(主に社会科学、自然科学)、数理演繹法(主に自然科学、社会科学)という研究方法に関する3つの類型が存在しており、それぞれの方法が相互に補い合って初めて、全体としてのリアリティーを明らかにすることができる。この意味で、人文学、社会科学、自然科学の3つの学問が補って、全体としてのリアリティーを把握することができる。
  •  伝統的な学問観によれば、人文学及び社会科学の学問としての特性は、1(数学ではなく)自然言語により記述する学問であること、2(外形的、客観的な事実を明らかにするのみならず)解釈を通じた意味づけの学問であること、3(研究対象に再現可能性がないという意味で)非実験系の学問であることということになる。
  •  伝統的な学問観の一方で、人文学及び社会科学においても、自然科学類似の研究方法を活用すべきという考え方がある。この観点からは、自然科学と人文学及び社会科学との差異は質的なものではなく、量的なものであり、人文学及び社会科学において、1計量的な手法、2実験的な手法、3フィールド研究等々のいわゆる科学的なアプローチに基づいてなされるべきものと解される。

(フィールド研究(臨地研究))

1現場主義

  •  臨地研究は、生活現場における人間を対象とした研究であり、現場での観察及び取材を基本とする。
  •  記述、解釈、価値判断というステップを踏む。

2事例研究

  •  ミクロな視点で個別の事例を参与観察し、全体の把握は、推論あるいは統計的方法など、別の方法により行う。
  •  個別事例の観察であることから、全体を把握するという観点からは、サンプル数についての量的な制約や、観察範囲の限界がある。

(数理的研究手法(社会科学の場合))

1統計的帰納法(社会現象のデータ分析(統計的検証))

  •  観察によって認識されたリアリティを、帰納法によって検証可能な存在(経験)に接続する方法である。対象とするリアリティーは、客観的な観察が可能な具体性と一般可能性を備えたものであることが必要。
  •  統計帰納法とは、体系的データを収集し、分析することにより、社会の具体的な状態や経験則を取り出すリアリティ認識の方法である。
     社会調査データを集計したり、統計解析することにより、リアリティーを検証可能なものとして捉える。データを図表に表したり、グロス表分析、相関分析、多変量解析などを行う計量分析がこの方法を代表する。

2数理演繹法(社会現象の数理モデル(演繹的推論))

  •  仮説認識から数理(演繹)によって導かれた命題が経験をよく説明し、他の経験的事実によって反証されない限り受容される方法である。数理社会学や数理経済学の方法。
  •  数学的論理を用いることにより、時間・空間を超えて成り立つ普遍的なリアリティを認識しようとする方法である。この方法はリアリティ把握に際し、抽象的な仮説を設定し、そこから命題を導出することで、事象の純粋認識に至ろうとする方法である。数理モデル解析やシュミレーション分析がこの方法を代表する。
  •  人文学及び社会科学は、経済学や自然科学のように、理想のモデルをいまだ手にしているとはいえない。それは、社会科学が遅れた学問だからではなく、対象が容易に測定できないためである。
  •  社会科学では、計量分析・統計分析が独立した重要な分野である。

(実験的研究手法(社会科学の場合))

1社会科学における「実験」

  •  実験社会科学が最近の新しい流れとしてある。コンピュータ・サイエンスの計算機科学の飛躍的な発展を背景に、「実験」という問題意識を社会科学者も改めてもつようになっている。
  •  社会科学というのは人間集団(社会)に関する科学であり、社会を実験の場とするということは、生身の人間を対象に実験を行うということになる。このため、社会科学における実験的な研究手法に対する支援を行うに当たっては、倫理的な問題に留意する必要がある。
  •  社会科学は、社会の構成主体である人間や人間集団の「行動」のみならず、行動の背後にある「意図」(思想や価値の問題)について、その形成過程や、構成主体間の相互作用を明らかにするものである。しかし、倫理的な問題から社会の場において実験を行うことは困難であるし、仮にそのような問題をクリアしたとしても、諸条件をコントロールすること自体が困難であり、このような意味で、実験によるデータ収集という研究方法がそもそも成り立ちにくい。
     また、大量のサンプルデータがある場合でも、それは「意図の部分はブラックボックスに入れた上での」外形的類似性のあると思われるデータという程度の意味であり、自然科学で採られているような、諸条件をコントロールされた実験によるデータ収集とは基本的に異なっている。
  •  社会科学においても、実験的な手法はありうる。例えば、アメリカでは、犯罪学研究の一環として、刑務所における受刑者の処遇と、釈放後の再犯率との関係などを調べるために、何年にもわたる実験的な研究が行われている。このような取組みには、多大の研究費と大規模な研究体制の整備が必要であり、我が国において実施することはなかなか困難であろう。

2コンピュータ・シュミレーション

  •  近年盛んになっている、コンピュータによるシミュレーションも広い意味で実験と考えていいのではないか。コンピュータのネットワークを使ったり、シミュレーションしたりといった形での実験は、非常に今後の期待が持てる。
  •  「コンピュータ・シュミレーション」とは、対象となる手段や組織体の構造や機能に関する操作的な模型を作成し、それをコンピュータ上のプログラムなどの方法で動かし、その挙動を観察して解を導き出したり、特徴を知ったりしようとする一連の行為(思考実験)である。
  •  特に、社会科学の場合、コンピュータの中で、主体的な個人同士の相互作用が、組織などマクロ状態を変化させ、逆にマクロなレベルがミクロなレベルに影響を及ぼす現象をモデル化した「マルチエージェント・シュミレーション」(「人工社会」)による実験が、今後、重要な研究手法となる可能性がある。
  •  行為主体と場についての単純な前提から出発して、複雑な相互作用がコンピュータの中で自立的に展開し、予想していなかった全体像が出現することがあり、このように、数理モデルとか調査データでは出てこなかったような、思いがけない結果が出てきた場合には、社会科学のブレークスルーをもたらすこともありうる。

(共同研究)

  •  現在行っている共同研究のプログラムが成立するに当たっては、前史とも言うべき先行研究者の共同研究のプログラムの存在が不可欠であった。行政の施策としては、短期的な成果を求めるプロジェクト方式ということになるのかもしれないが、学問分野の発展の観点からは、複数のプロジェクトが継続されて厚みのある研究成果を生み出すことができる。3年ないし5年という個々のプロジェクトだけを取り出して評価するのではなく、中長期的な観点から当該分野のプロジェクトの連鎖を評価するという姿勢が重要ではないか。
  •  複数の研究機関が統一的なテーマの下にネットワークを構築して研究を進めていくことの利点としては、1各研究機関の特色を活かしつつ、統一性と多様性とを調和させた研究の推進、2ホームページの開設や、国際シンポジウムの開催、出版事業への取組といった研究成果の発信に関する取組への組織的な対応、3数多くの研究者との共同研究の経験を通じた博士課程の学生を含む若手研究者の養成がある。
  •  共同研究型のプロジェクト事業は、研究協力者をあまり固定することなく、外国人も含め柔軟に参画を促せる仕組みとなることが望ましい。人文学や社会科学の研究者は、個人研究を軸としながらも、隣接領域の研究者との交流を通じて問題意識を深め、異分野の研究者から多様な観点を学ぶことを通じて研究テーマを捉えなおし、成長を遂げていくものである。
     このような観点から、本来的には予め設定された研究目標を達成することを目指すプロジェクトタイプの研究に当たっても、人文学や社会科学研究の特性を踏まえ、一つの目標を達成するというよりも、多様な研究目標を包括できるような研究テーマの設定を許し、また、目標達成よりも、研究者の交流や若手研究者の養成を進める場としての機能を積極的に評価していくことが求められる。
  •  ネットワーク型の共同研究にあっても、学術研究志向のものと、政策や社会の要請に応えるタイプのものと2種類必要と考える。
  •  人間文化機構などで課題を設定して、ネットワークを組んで研究を行っていくという仕組みは人文学や社会科学の研究費を確保していく観点からも重要な施策となりうると考える。

(3)研究成果の観点からの学問的特性

(4)「人文学」の特性について

(5)「社会科学」の特性について

(6)自然科学と融合した人文学及び社会科学の特性について

前のページへ

次のページへ