資料2
平成19年8月22日
科学技術・学術審議会学術分科会学術研究推進部会
「人文学及び社会科学の振興に関する委員会」
人文学及び社会科学の振興を検討するに当たり、人文学及び社会科学を振興する意義を行政的観点から確認することが必要である。
人間の精神や社会の在り方を俯瞰する学問である人文学及び社会科学には、以下に述べるように、英知の創造、
文化や価値の継承、交流、
社会的な課題の解決に向けた多様な知見の提供、
教育への貢献という役割、機能があると考えられる。このような意味で、人文学及び社会科学は、いわば人間の精神や社会の在り方を根本において規律するものであり、その振興は「文明社会の基盤」の整備と言いうるような公共的な意義を有している。
特に、近年、人間社会が直面する諸課題はますます複雑化、多様化しており、社会的な課題の解決に向けた人文学及び社会科学の多様な知見の活用という観点から、適切な振興方策の検討が喫緊の課題となっている。
人文学や社会科学は、人間の経済行動や社会の構造、機能といった「事実」の問題のみならず、人間が生きる意味や社会のあるべき姿といった「価値」の問題も研究対象としており、このような意味で、技術的な「知識」の獲得に加え、人間性や道徳も含めた「英知」の創造という役割、機能がある。
人文学や社会科学には、研究活動を通じて、人類が創出してきた「文学」や「思想」、「歴史」などの文化や、「自由」や「民主主義」などの価値を時代を超えて継承するとともに、時代や地域を異にして存在する文化や価値相互の交流を担う役割、機能がある。
人文学や社会科学には、地球環境問題や貧困問題などのグローバルな課題や、少子・高齢化問題など我が国が直面する課題などについて、批判を含めた多様な知見を社会に提供するという役割、機能がある。
多様な視点の提供に当たっては、学術的な知見の提供とともに、政策形成に直接的に寄与する観点に立った知見の提供という側面がある。
人文学や社会科学には、人間や社会のあり方に関する見識や判断力を育成するという観点から、次代の社会を構成する人間を育成するという役割、機能がある。
人文学及び社会科学の振興についてはこれまでも様々提言がなされ、また施策が講じられてきたが、それらは必ずしも人文学及び社会科学の特性を十分考慮したものではなかった。このため、今後の振興施策を、より実効性のあるものとするためには、人文学や社会科学の諸特性を行政的観点から改めて確認し、これを踏まえて施策を展開することが重要である。
その際、特に「研究方法の特性」(伝統的手法と実証的手法)に着目し、人文学及び社会科学でも、自然科学振興と同様の政策手法を適用するこが適する場合と、そうでない場合を区分して検討することが重要である。
人文学及び社会科学を振興するに当たっては、以下の特性を十分勘案し、これらを踏まえ検討することが重要である。
人文学は人間の精神や文化を主な研究対象とする学問であり、社会科学は人間集団や社会の在り方を主な研究対象とする学問である。人文学においては、哲学や思想といった「価値」それ自体が研究対象となるとともに、社会科学においても、社会を構成する人々や集団の意図や思想といった「価値」に関わる問題を取り扱っている。このように「価値」の問題との関わりが比較的少ない自然科学と比較して、ある面でより複雑な研究対象を取り扱っていると言うことができる。
以上のように、人文学及び社会科学については、「価値」それ自体を研究対象とする場合や、「価値」に関わる問題を取り扱う場合があり、政策や社会の要請に応える研究の推進に当たり、自然科学の振興のための政策手法の適用を検討する場合には、このことを考慮することが必要である。
人文学及び社会科学は、自然科学のように客観的な証拠に基づき「真実」を明らかにするのではなく、説得的な論拠により「真実らしさ」を明らかにすることを目指すものである。一見科学的に見える方法でも、どれだけ多くの人が「真実らしい」と考えられるかという人々の主観に依拠していると言ってよい。
人間や社会の在り方を把握するためには、人間の意図や思想といった「価値」の問題を避けて通ることはできないことから、人文学及び社会科学の研究を進めるに当たっては、実証的な方法による「事実」への接近の努力とともに、研究者の見識や価値判断を通じた「意味づけ」を行うことが不可欠である。
以上を踏まえ、研究方法の観点から人文学及び社会科学の特性を考えると、言葉による意味づけや解釈という研究者の見識や価値判断を前提とした伝統的な方法と、人間の行動や社会現象などの外形的、客観的な測定を行う実証的な方法とが併存することになる。
伝統的な方法とは、具体的には、
等が挙げられる。
伝統的な方法の一方で、人文学及び社会科学においても、自然科学で用いられるような研究方法を活用する場合も多くなっている。具体的には、
等が挙げられる。
以上のように、人文学及び社会科学においては、伝統的な研究方法と実証的な研究方法とが併存しているが、このうち、実証的な研究方法を踏まえた研究については、研究の実施に当たり、統計的手法や社会調査など、自然科学に類似の方法を用いることから、自然科学振興のための施策と同様の施策を適用することが考えられる。
人文学及び社会科学の研究成果を社会の側から見た場合、人間や社会の在り方に関する唯一の「真実」として社会に提示される場合もあるが、「選択肢の一つ」として提示される場合が比較的多い。
これは、人文学や社会科学の研究成果を活用するか否かの意思決定は、社会を構成する人々が行うものであり、人々は研究成果として示された人間や社会の在り方とは異なる選択をし、行動を採ることができるからである。
以上のように、人文学及び社会科学の研究成果を社会の側から見た場合、多様な論点や選択肢の提供といった形をとる場合があることから、特に、政策や社会の要請に応える研究の研究成果の社会への適用に当たっては、このことを考慮することも必要である。
現在、自然科学分野の研究については、学術研究を支援するための施策とともに、政策や社会の要請に応える研究の推進施策の2つの施策体系の下で振興が図られている(巻末の参考資料を参照)。
前章における特性等を踏まえれば、人文学及び社会科学の振興方策の検討に当たっては、以下の3つの視点でまとめることができる。(詳細は、
参照)
人文学及び社会科学の研究についても、自然科学と同様、学術研究を支援するための施策とともに、政策や社会の要請に応える研究の推進のための施策について積極的な展開を行う。その際、実証的な研究方法を前提とした研究を施策の対象とする。
専ら伝統的な研究方法により行われる人文学及び社会科学の研究については、今後とも継続的に施策の在り方を検討する。
いわゆる「文理融合研究」などについては、を基本として検討する。
国公私立大学等を通じた共同研究の促進や研究者ネットワークの構築、学術資料等の共同利用促進などにより、研究体制や研究基盤の整備について抜本的に強化することが必要である。また、研究成果の発信、人材養成、国際交流などの諸施策については、現在までのところ、十分審議を行っていない部分もあり、今後の検討課題とする部分が多い。検討に当たっては、自然科学振興のための政策手法を参考に、人文学及び社会科学の特性を踏まえて行う。(詳細は、
参照)
本件についてはこれまで十分審議を行っていないため、今後引き続き検討する。
実証的な研究方法を活用した人文学及び社会科学の振興に当たっては、自然科学の振興のための政策手法と同様の政策手法を活用することが可能であり有効と考えられる。
今日、政策や社会の要請に応える研究の重要性が高まっているが、そのような研究の推進に当たっては、実証的な研究方法が不可欠である。
自然科学分野では、政策課題対応型の研究開発の推進に当たっては、国が中長期的観点から戦略的活重点的に支援する分野を定め、優先的に研究資金を配分する施策や、産学官による共同研究推進や人材育成の観点から研究拠点を儲け支援する施策を講じることが一般的であり、政策や社会の要請に応える人文学及び社会科学の振興に当たっても、以下のような方策が有効と考えられる。
国が政策や社会の要請を踏まえ取組むべき課題を明らかにし、その解決に向けて、優先的、戦略的に支援すべき研究の目標、研究領域・プロジェクト等を設定し、その実施に当たっては、公募により具体的な研究課題を募り、競争的に研究資金を配分する。また、学際的、融合的取組みを促すような制度とする。
今日、人文学及び社会科学の知見を活用して取組むことが期待されている政策的、社会的課題としては、以下のような地球環境問題や貧困問題などの近未来における全地球的な課題の解決や、少子・高齢化問題などの近未来において我が国が直面する課題が考えられる。
なお、政策や社会の要請を踏まえ取組むべき課題を明らかにし、その解決に向けて推進すべき研究目標、研究領域・プロジェクトを検討する場合、計画・評価分科会の分野別委員会等と同様、学術分科会において適切な検討の場を設けることも一案と考えられる。
課題審査、研究進捗管理に当たっては、学際的・融合的取組みによる政策的・社会的課題の解決という施策の目標が十分に達成されるよう、例えば社会の多様な関与者の参加を得た審査方法や領域・プロジェクトマネジメントの構築が必要である。
人文学及び社会科学分野の研究を「政策や社会の要請に応える研究」として実施するに当たっては、個々の事例が抱える具体的な課題の解決を主たる関心とした研究となることから、社会調査や統計的な手法など実証的な方法による事実への接近の努力が不可欠であり、このような実証的な方法と研究者の見識や価値判断を通じた意味づけとの適切なバランスが確保された研究が行われることが重要である。
自然科学分野においては、産学官連携や技術移転など、研究成果を社会に発信、還元するというメカニズムと一体となって、振興のための諸制度が設計されている場合が多く、人文学及び社会科学においても、そのような視点を取り入れることが重要である。
政策や社会の要請に応えて行う研究の推進に当たっては、当該研究分野の特性や研究リソースの分散状況等によって、多様なセクターの研究機関・研究者の参加による共同研究、柔軟な組織運営の下での研究の推進、若手人材養成等を効果的行うため、時限的に拠点を形成して行うことも効果的である。その際、物理的に機能を集中させる場合(センター方式)とネットワークを効果的に構築させる場合(バーチャル・リサーチセンター方式)が考えられる。(.も参照)
科学研究費補助金においても、実証的な研究方法に着目した位置付けを検討することが必要と考えられる。即ち、従来、人文学及び社会科学として位置付けられてきた研究分野であっても、専ら実験やコンピュータを活用した数理的な研究方法に基礎をおくような研究分野については、研究方法の特性を十分考慮した上で、科学研究費補助金の分科細目等の在り方や、審査員の専門性等の審査体制の在り方の検討が必要と考える。
科学研究費補助金は、人文学・社会科学から自然科学までの全ての分野にわたり、研究者の自由な発想に基づく研究(学術研究)を支援する唯一の競争的資金であり、その中でも、人文学及び社会科学は「基盤研究」によって支援される割合が高い。また、人文学及び社会科学の研究は、他の競争的資金では研究費用を措置することが難しいこともあり、「基盤研究」などに着目した予算の充実を図るべきである。
また、人文科学及び社会科学に関連する新興・融合領域の形成にも配慮して、審査体制の在り方等を検討することが必要と考える。
人文学や社会科学の分野では、研究者は国立大学のみならず私立大学等に数多く在籍しており、また少数の研究者が多数の大学に散在していること、さらに、研究に必要な学術資料等も国公私立大学に広く散在していることが特徴である。他方、昨今の複雑化する社会的課題等に適切に対応するには、従来以上に総合的・学際的アプローチが重要となっている。
自然科学分野では、大型プロジェクトの総合的推進、先端研究施設の共同利用促進等の観点から、多数の共同研究拠点が整備されているが、人文学及び社会科学のこのような特徴と今日的状況等を踏まえれば、国立大学、公立大学、私立大学等を通じた共同研究の促進及び研究者ネットワークの構築、並びに学術資料等の共同利用促進等など、研究体制や研究基盤整備を抜本的に強化することが必要である。さらに、このような取り組みは、若手人材の養成、国際共同研究の観点からも有益である。
また、整備に当たっては、研究者のネットワークを構築する観点からの取組と、学術資料等を中核とする研究拠点を確立する観点からの取組の両側面への配慮を行うことが必要である。その際、調査データや資料等の集積がある大学や、規模は小さくとも特色ある研究が実施されている大学等をハブ機関とするなど、多様な視点から研究の拠点を育成していくという視点が重要である。
人文学及び社会科学に必要な研究基盤整備の観点から、希少資料等の体系的収集、保存、データベース化、内外研究者による利用体制等の整備が必要。その際、最新のIT技術を活用した電子アーカイブ化や効率的な検索システムの構築等も重要である。
本件についてはこれまで十分審議を行っていないため、今後以下の点について引き続き検討が必要である。
学協会誌の電子ジャーナル化(J-STAGE事業)等による即時性の高い研究成果の内外への成果の発信を進めることについて検討が必要である。
政策や社会の要請に基づく研究については、提言の受け手である社会の多様な関与者の参画を得た課題の評価のあり方、成果を議論する適切な場(シンポジウム、フォーラム等)、成果を実社会へ実装する仕組みや研究者の参加のあり方等について検討が必要である。
我が国の学術研究の優れた成果を世界で利用可能なものとすることが重要である。日本語で書かれた研究成果の中で質の高いものを体系的に翻訳して、出版するといった取組や、そのための組織整備や人材育成等について今後検討が必要である。
また、人文学の成果については、日本文化の海外発信による文化交流の促進といった観点から検討することも重要である。
本件についてはこれまで十分審議を行っていないため、今後以下の点について引き続き検討する。
人文学及び社会科学の研究の在り方の特徴を踏まえた研究者養成施策について、検討が必要である。
社会科学分野においては、高度の専門性を有する職業人を育成する観点から、専門職大学院が多数設置される傾向にある。今後、専門職大学院における研究活動をどのように考えるか検討が必要である。
近年、多様な学部、学科及び専攻の設置が進んでいる。その中には、「観光学」、「子ども学」等の実務人材の養成を前提とした実学志向の新しい学問を掲げているものが見られる。今後、このような新しい学問の確立、発展に向けた取組について検討が必要である。
本件についてはこれまで十分審議を行っていないため、今後以下の点について引き続き検討する。
日本学術振興会の海外連絡センターの活用などを含め、海外での研究拠点設置や共同研究の支援体制について検討が必要。
上記の施策以外に、今後以下の点について引き続き検討する。
国際的に顕著な業績を挙げた人文学及び社会科学分野の研究者に対する顕彰制度について検討が必要である。