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科学技術・学術審議会学術分科会

2002/10/22 議事録
科学技術・学術審議会/学術分科会 国立大学附置研究所等特別委員会(第2回)議事録

科学技術・学術審議会/学術分科会
国立大学附置研究所等特別委員会(第2回)議事録


1. 日  時    平成14年10月22日(火)10:00〜13:00

2. 場  所    文部科学省別館(11階)大会議室

3. 出席者
(委員) 大ア委員
(臨時委員)   木村委員
(専門委員) 増本主査、石井主査代理、猪木委員、甲斐委員、川合委員、小間委員、笹月委員、新庄委員、中村(道)委員、中村(慶)委員、仁田委員、益川委員、山西委員
(科学官) 秋道科学官、西尾科学官、廣川科学官
(事務局) 石川研究振興局長、山元科学技術・学術政策局長、坂田研究振興局担当審議官、磯田総括会計官、尾山政策課長、泉振興企画課長、明野情報課長、吉川学術機関課長、西阪学術研究助成課長、関量子放射線研究課長、北尾研究調整官、小山学術機関課課長補佐、その他関係官

4. 開  会
  事務局より、今回初参加の委員の紹介があった。

5. 議  事
  まず、事務局より、資料2(各国立大学附置研究所の設置にいたるまでの経緯)、資料3(審議会答申にける研究体制の整備に関する審議(抜粋))及び資料4(公私立大学の研究施設について)に基づいて説明が行われた。
  また、資料5(研究所の目的に着目した整理(S.48学術審議会答申を基本とした場合))についての事務局の説明の後、質疑応答が行われた。
(以下、○は委員、臨時委員、専門委員及び科学官、△は事務局の発言を示す。)

  この特別委員会の議題は「今後の国立大学附置研究所等の在り方」とあって、この「等」の部分についての資料がもっとあるとよい。センターは、昭和40年に国立学校設置法の施行規則の改正でできたのが始まりで、京都大学の東南アジア研究センターが第1号だが、それまではセンターというカテゴリーがなく、学部の附置といった形でしかとらえられていなかった。現在ではセンターが大学に直接附置され、附置研究所と同じような立場になっているというケースがある。その中で、例えば大学院に協力しているとか、時限でないとか、あるいはしかるべき定員を持っているとか、外国人の客員がどのぐらいあるとか、COEであるとかといったカテゴリーで分類するとかなり絞られるのではないかと思うので、そのような資料もあると全体として十全な議論ができるのではないかと思う。

  資料5の整理は、これをもとにして議論が進むと誤解を招くことになるおそれがあるのではないかということを心配をする。この審議会のいわば改革提言のようなものと性格による分類というものをはっきり分けて考えないと、議論が混乱するのではないかということである。
  また、事例、特定の研究所名を当てはめると非常におかしなことになる。例えば東京大学の東文研が特定目的で、京都大学の人文研が総合で、そんな違いがあるのかということは今すぐ気がつくので、そこのところは今後の議論ということである。
  さらに、もう一つ気になるのは、高等研究所に卓越した研究拠点という副題をつけているが、学術審議会における最後の議論、あるいはその前の答申では、附置研というのは本来COEであるべきなのであって、COE的でないものについての存在意義というのはもう一度問い直さなければいけないという議論があった。そうすると、高等研究所というのは、卓越した研究拠点というよりは、イメージとしてはプリンストンの高等研究所のようなもののことであり、研究の場をすぐれた研究者に提供して自由に研究をしてもらうところということとなる。この分類は、今後さらにリファイン(洗練)されることを前提とするということを最初に確認をしたい。
  それから、各附置研については1つ1つ(の研究所ごとに)審議を進めていくということで理解をしてよろしいのか、それとも、さらに総合的なセンターその他も含めての全体の研究体制のあり方という話とするのか、それによって議論の進め方が違うと思う。その関連で、附置研の議論をする際に、共同利用附置研とそうじゃない附置研というのを分けて、正確な目的論を議論をしたほうが、審議が煮詰まりやすいのではないか。というのは、共同利用研である附置研については、共同利用研であってなぜ(大学)附置なのかということが論点となる。そうではなくて、大学附置の共同利用研を除いた純粋(一般)附置研というのに対象を絞って、果たしてそれが附置研としての存在理由なり、機能なり、期待される役割は何かということで議論するほうがよいと思われる。

  研究施設については、ほかの支援型のものも含めて、3回目か4回目かに調整させていただくが、整理させていただきたいと思う。

  実はこの委員会は非常に重要でありながら、また非常に難しい審議だろうと思う。というのは、いろいろな性格の研究所、また施設があって、これがどちらかというと自然にできてきたことで、何も最初から計画してできた研究所群ではないものである。そういう意味で言えば歴史もあるし、いろいろあるが、やはり議論をするときにある程度区分けしながらしなければ、議論が広がってしまって収れんしないという可能性があると思う。

  58ある附置研究所あるいは共同利用機関が理学系とか医学系とか農学系とか人文学、社会学系とかという研究分野でくくられているが、一般の者にはなかなかわかりにくいのではないかという気がする。最近だと、例えば総合科学技術会議などでは、情報科学とかライフサイエンスとかナノサイエンスとか、あるいはエンバイラメント(環境)とか、ある程度イメージのわかる分野分けで、日本として科学技術のどこの分野に力を入れていくのかという議論をやっており、先ほどの「目的」のような形で整理するとともに、横軸をどのような「分野」で附置研究所とか共同利用機関が研究し、それが将来どのように変わっていくべきかというような議論も一緒にやっていただければありがたいと感じた。

  見直しということを考えるときには、現状の活動の内容とか今までの業績とか、そういう生の資料があったほうがよろしいのではないか。つまり、個別のものまでこの委員会で踏み込むのか、それともそういうものを大ざっぱにまとめた状態にとどめておくのか。個別のものに踏み込まないまでも、ある程度の現状、こういう研究所はどの程度のアクティビティー(活動性)があるということのわかる資料がぜひ欲しい。それがないとかなり抽象的な議論に終わってしまうような気がする。

  この委員会は、個々の研究所の中身とか、活動状況を見直そうという趣旨ではないものとして考えており、今回国立大学が法人化を迎えるというときに際して、これまであった附置研究所、研究施設あるいは共同利用機関はそもそもどういったものであるべきなのか、あるいはどういうものとして考えられていくのか、それを新しい枠組み、制度の中でどう位置づけていくべきものなのかということをもう一度見直すという、全体的な在り方論、位置づけ論のようなイメージで私どもとしては考えており、そういったご議論をいただいた上で、それであればそのご議論のもとで今の研究所は果たしてこういう分類、あるいは位置づけでいいのか、それにちゃんと当てはまっているのであろうかというようなこと、端的に申し上げると、研究所としてこのまま存置するのが適当であろうかとか、あるいは施設、センターのほうから研究所にすべきというようなものもあるかもしれないとか、そういう見直しを最終的にはある程度ご判断いただきたいと考えている。

  資料4に公私立大学の研究施設についてという資料をお出しいただいているが、これが入ると、例えばアジア経済研究所はどうするかとか大変な問題になってしまうので、私は国立大学だけに限ったほうが、あるいは国立の研究所だけに限ったほうがよいと思われる。

  現状、附置研が抱えている問題に関して、自然科学系はもとより、社会科学・人文科学系に関しても、問題の所在が、非常に個別的な性格の問題なのか、それとも一般的なものなのかという判断が、今の情報では難しいように思う。だから、業績云々というところまでは行かなくても、附置研の所長会議等でどういうことが議論されたかとかいう問題でも結構であるから、そういうことを知り得るような、データがないと、なかなか一般的な議論ができないのではないかということを危惧する。

  個々の研究所についての事情について研究所長会議では議論していない。むしろ研究所に共通する、あるいは研究センターに共通するような問題について議論するという趣旨である。ただ、前回の資料6(検討スケジュール)のとおりにいくとすれば、いずれ各機関の個別状況というものについて検討すると項目が予定されているようであるから、何らかの形でそのような事情についてもこの特別委員会ではある程度承知していなければいけないということになると思うので、その資料等を(文部科学省所轄ならびに国立大学附置研究所長会議で)用意するということはあり得る。

  各研究所は大体1年に1度、外部評価委員会に評価を受ける。その評価の報告書というのが公表されているので、そういうものの利用ということも考えていただければと思う。

  この特別委員会は何を目指して審議するかということで、突き詰めれば、国立大学が法人化されるに際して、国立大学における研究体制というものをどのようなものとして考え、位置づけるかという意味での見直しということではないかと理解している。そうだとすれば、附置研というものの機能・性格を確認して、新たな法人化システムの中にどのように位置づけたらいいかということが、我々が求められている終着点であると理解をしているのだが、それでよろしいか。
  その過程で、国立大学法人、各大学に自由にそれぞれの特色ある研究を発展させるということで任せていいものと、我が国の学術研究体制ということから考えて、ぜひ確保したいものをどう認識するかということ、各大学においての自由な発展ができる諸条件というのをどう確保するかということ、煎じ詰めればその2つになるのだろうと思う。
  つまり、個別大学の自由にだけするのでは困るので、今の国立大学法人制度の設計で言えば、省令か何かに明確に位置づけるということの確認をする。そうすると、その次に附置研というのは、まさに個別大学の研究の発展ということだけなのか、あるいは我が国における学術研究体制という観点から見て、そこの(附置されている)大学でぜひ頑張ってもらわなければならないものなのかとかいうような、一種の評価的な議論となってくるだろうと思う。

  共同利用研究所長懇談会の立場でワーキンググループをつくっているが、そこでここ数回ぐらい共同利用研究所の懇談会の中に入っている附置研及び研究センターの現状、最初は特に財務的な現状について調査しまとめていたが、最近は、現状の分類ということでも調査しており、その資料を現在まとめている。これは、共同利用研究所の問題であるが、多分ご参考にしていただけるだろうと思うので、できるだけ早い時期に提出したいと思う。

  大学の外から共同利用の性格の強い附置研を見ていると、共同利用をするほうの立場からの発言であるが、大学に附置されていなければいけない理由というのがあまり明確にわからない研究所が幾つかある。特に大型施設のあるところなどはそういう印象が強いのだが、研究所の側のほうからすれば、おそらく特定大学に附置されているということによって研究面その他もろもろ、メリットが相当あるのだと思う。それが具体的に何かというのをはっきりと出さないと、全国共同利用の研究所と大学附置の共同研というのを、性格づけを同じにしていいのか、違えなければいけないのかというところの判断がつかない。
  プラクティカル(実際的)なこととして、大学の教育、大学院生の受け入れというところに非常に大きな実質的なところがあるように思っているのだが、あるいは外に出たほうがいいと思っている共同利用の附置研もあるのではないかと思うので、(各研究所の)性格と、附置研でなければいけない理由が端的に言ってどこにあるのかというのが、整理できれば非常に議論しやすいのではないかと思っている。

  具体的なデータなり、代表的な例でもいいわけだが、どういうタイプの研究をやって、あるいはどういうタイプの教育とかかわっていてという生の情報がないと、議論が進まないと私は思う。だから、そういう意味での全体の資料が出てくれば望ましい。そういう資料をもとにして一般的なカテゴライズなり、あるいは位置づけというものの見直しをした上で、個々の例に当たっていくというのがプロセスなのではないかと思う。

  なぜ大学附置でなければならないかという発言があったが、それは基本的には後継者の供給の面で難しい問題が起こるからである。それを克服したとしても、規模が小さいものがほんとうに独立して存立し得るのかという趣旨の問題はある。それを全国1つにまとめて研究所群を1つにするという考え方もないわけではないと思うが、それはそれで弊害が出てくると思う。だから、なかなかいい案はなくて大学に置いておくより仕方がないという気がしている。

  今後の議論の進め方の中のポイントとして、私は大学の法人化ということで大学全体として研究科、研究所すべてをどうしていくかということから考えているわけだが、法人化によってファンディング(財政制度)が根本的に変わることとなっており、研究所及び研究施設では、こういったもののファンディングを各法人に任せるか、あるいは国全体として別の政策、ポリシーによって行うかというところが非常に大きな分かれ目だと思う。法人に任せるという方法ではやはり基礎科学、学術全般を国としてサポートしていくという体制としては極めて不完全であって、研究所のあり方についても、どのようなファンディングの仕方をしたら、今後、研究所、研究施設のアクティビティーが保てるかという観点のあり方についての議論もぜひお願いしたい。

  私は、研究所あるいは研究施設というのは、現状と離れてこういう目的として位置づけをする、そこをまずはっきりさせておいてから、現状とどうマッチング(適合)するかという話に持っていかないと議論はまとまらないだろうと思う。だから、そういう意味で、研究所、特に附置研究所の役割とは何かということになると思うのだが、その基本的な所については、資料4にあったようにいろいろ答申が出ていて、それに沿って研究所あるいは研究施設がつくられている。その中には研究所の共通のキーワードとして、流動化とか共同利用化とか、あるいはCOE化とか、あるいは国際化とか、そういうことが各所に出てくる。そういうものが研究所として求められるものであるというふうにも書いてあると私は思っているのだが、そういう研究所の役割についてまずコンセンサス(合意)を得たいと思うのだが。

  研究所、特に共同利用研とか、国際化しているようなところとか、そういうところは独法化と矛盾する。教育という視点に立てば、比較的各大学のカラーがあるが、研究というのは本来グローバルなものであって、国(単位)ですら狭過ぎる。実際に論文を書くときなどは共同で国籍を越えて書くなどということは最近ではよくあることであるし、このように研究がグローバルになってきているということと、実際に大学に研究所みたいなものを置いておかないと後継者の養成という意味において非常に難しい側面があるということと、そういうことをどう整理するかということがかなり大きな課題なのではないか。

  事務局が昭和48年の答申で分類整理された(資料5)のでそれを見ていると、分類整理の前に書いてあるのは、要すれば、研究はファカルティー(学部、教育研究集団)でやるので、そのファカルティーがやる研究ができるだけやりやすいようにファカルティー附属の研究施設的なものは弾力的にできるようにするということが書いてある。したがって、研究所設置の基本要件は、ファカルティーやその附属研究施設では到底対応し得ないような研究を行う場の必要性ということであるというように書いてあるので、抽象的に言うとこれに尽きるのだろうと思う。
  そうすると、研究という性格から見ると、1大学の中に閉じ込められるという性格ではなく、それなら全部が共同利用研になればいいのかというと、これはこれでまたそうではないと思われる。というのは、例えばアメリカなりで研究所をつくるときでも、特定大学に委嘱しておくということは多く見られるし、その研究を行う場として最も適したところ、大学というのはそういう研究発展のために適したところであるというのは国際的にも認知されている。それは、COEとしての研究組織を特定大学が担うというものとして考えれば、特定大学に附置研があることは少しもおかしいことではないと思う。だから、共同利用性ということと、我が国の学術研究体制において全体を考えて(現在)ある研究所群というものが最もしかるべき大学で発展し得る条件を整えるということとの両面からの(研究分野ごとの)分布図を眺めながら考えると、理解を深めるために固有名詞が例に出てくることになる。その限りでは個別の研究所についての議論もあったほうが、より議論が深まるのではないか。

  先ほどから共同利用の附置研がどうして大学に必要なのかという議論があるので、私どもの経験をお話ししようかと思う。私どもは5年前に東京大学の原子核研究所と一緒になったのだが、非常によかったことと悪かったことがある。よかったことというのは、大きな計画が一緒になったことによって動いたということである。一方、困ったことも出ていて、それは東京大学の原子核研究所というのが、実験によって素粒子原子核を研究する全国的な歴史のある研究所であったのだが、(一緒になったことで)研究者に育つ優秀な学生が供給されなくなってしまった。東京大学の原子核研究所に行っていた学生が、今後は総研大なりというシステムをつくって、あるいは連携大学院を使って、高エネルギー加速器研究機構に来ていただけるかというと、これがなかなか難しい。
  もう一つ非常に大事なことが、素粒子原子核の研究者が全部中に入ったことで、(外部の研究者との)交流できなくなったということがあり、皆が高エネルギー機構のカラーになってしまう、要するに、モノトーンな研究者になってしまうおそれがあって、これは研究所は非常に好ましくないことではないかと思っている。

  私どもの研究所は逆に附置研の中でも特殊なのかもしれないが、我々は最初から学部と研究教育を一体にやろうということでやっており、研究所でも教育負担をかなりやる。例えば学部の講義を少し受け持つ。それ以上に、卒業研究を学部の学生をかなり受け受けてやっている。ということは、学部の学生が学部の最後の4年のときから研究をやれる環境にあるということで、人材の供給と当然それに対する教育、研究についての教育は一体になってやっていける。少なくとも今までは研究環境が非常に活性化されていたのではないだろうか。こういう状況は私どもとしては失いたくないと強く思っている。

  財源処置の問題、財源の問題、人材の供給、人材育成という問題、私はこれが両方うまくマッチするのが一番いいと思うのだが、どうしても人材ということになると、大学に附置して、その大学から人材を供給してほしいという話になる。私は、例えばある研究所があると、その研究所の性格は日本の中で唯一という考え方を持っており、そうすると、そこの大学からの大学院学生を当てにするのではなくて、日本全国からそういう研究をやりたい人を教育していく、それを国際的にも広げていくというのが、研究所の本筋だと思っている。だから、大学から離れたくないという1つの理由に、同じ大学の中から人材が欲しいという研究所があって構わないのだが、そうなったら財源処置というのは大学の中でやるべきということになる。

  とにかく供給というよりはまず育成という意味で、4年制の卒研から入ってくる(という場)、学生としても研究科にいる先生を見て育つのもいる(という場)、あるいは特定の分野とか集中的な分野、あるいは学際的な分野に興味のある学生というのが自然に入っていける場として附置研はすごく大事だと思う。そういう意味で大学の自由さを守るのは大変いい、(個別の)附置研は存在意義があると思うのだが、私は、1つの分野に関して1つであるべきだとは思わない。
  ある優秀な分野の研究所がこちらにあって、他方にも幾つかあるというのは、それはとてもいいことだと思うし、附置研の場合、大学院はその大学だけじゃなくて、オープンに公募しており、そこには多様な人材が来る。あの大学であの附置研がよくなっているということがわかると、大学院をオープンに公募した場合には、皆受けに来るので、そのような面でかなりの交流はあると思う。
  もう一つは、日本の国家がこの分野でこの研究所をつくるといっても、そう簡単には機能しないと思うので、大学が手づくりでいろいろな領域の先生を集めてつくってきた。それで成功して、いよいよ大きくプロジェクトがなって、その大学だけではとても財政的に措置がいかない。そういうものを法人化の移行に伴って大学だけで(財源措置を)見なさいと言っては、これは日本の損失だと思う。だから、大学の基盤というのはちゃんと残したまま、今までのように概算要求的にほかに研究プロジェクトでとれるような措置というのを考えていくべきだと思う。そういう意味で設置形態と財政措置というのは、一緒に議論したほうがいいのではないかと思う。

  例えば、附置研を大学の中で設置とか改廃をするようなシステムにするかどうかという問題、それから、附置研そのものの存在意義等を議論するときに、ファンディングの問題というのは非常に大きいと思う。それは、運営費交付金について、大学で言うと学長及びその周辺の方々が何らかの選択をしなければいけないが、そのときに全体の配分、出し方のシステムが決まっていないと、(研究所等の)形態をどうするかということで意見が大分変わってくると思う。だから、そのあたりについてどのような決まり方が今なされようとしているのかという情報などが全くない段階で、少し議論がしにくい点もあるのではないかと感じる。

  先ほどの教育のことに触れたいが、いわゆる大学にあるがゆえに学部の学生との接触、第一線でほんとうに日夜研究している研究者が情熱を傾け、それを学生に伝えるということが、附置研究所が大学にある非常に大きな意味だと思う。例えば大学院教育だと、何もいわゆる文科省でなくても、ほかの省庁の研究機関でもすぐれたところは大学院教育はできるだろうから、ほんとうに若い人に対する影響力を行使できるという意味で、私はなるべく大学附置で残すのがいいのではないかと思う。
  もう1つは、大学から離れたいわゆる全国の共同利用研究機関の教授も、私は1年に1回どこかの大学で必ずその学部学生に教育をするというシステムをつくることが、ほんとうに若者を育て、そういう分野の次世代の研究者を育てる上で意味があるのではないかと思う。

  1つは、要するに研究所を大学に置くことの意義、メリットをこの際定式化するというのが本委員会としては非常に重要だという印象を受けた。財源の点は、一般に公表されている文書等で私が理解している限りでは、要すれば運営費交付金、大学にというか研究所に来る金というのは、標準的運営費交付金か特定運営費交付金か施設補助金かという3つのルートと、いわゆる競争的資金、グランツ(助成金)と、大きく言えば4つになるわけだが、インフラ的な経費としては最初の3つのルートということになる。この最初の3つのルートについて、前提としてどのようなものを組織として省令化することによって、各大学自身の意思では改廃できないような形になるのかという言い方ができるだろうと思う。
  もう1つは、今度、運営費交付金を積算する際に標準的運営費交付金ということでいくのか、特定運営費交付金でいくのかということで、いずれにせよ大学が自由に使えるということにはなってはいるが、標準運営費交付金は標準収支、特定運営費交付金は特別の個別の必要性という積算であることが明らかになっていると、おのずから学内配分についてもそれが尊重されるであろうということを期待をするということで、逆に言えば、どういう積算でどういう計算で研究組織の必要経費を割り出すのが一番いいのかということがおそらく議論になっているのではないかと思う。
  それで、今の時点では、積算方法のことについてまでここでどこまで議論するかということは別として、省令レベル以上で組織を位置づけるものをどの範囲に考えるか、どういう基準でそういうものを考えたらいいかというのが、まず第1段階の審議の焦点になるのかという理解をしている。

  今、議論に出ていない1つの問題は、例えばこれから何か新しいプロジェクトをつくるというときに、ポストを増やすということが非常に難しいから、ほかの大学と協力してしばらく協力した組織をつくろうというようなことが当然あり得、これまでもそういうものは実際はあったのだが、概算要求を使ってそういうことをしようと思うと大変やりにくい話であった。これからそういうことができるようになればいいのだが、大学ごとの予算がきっちりしてしまうと、大学間でそういうことが全く進まない心配がある。だから、ポストだけを動かしたり、ポストつきで人が動いたりして、時限をつけて研究組織をつくったりするというのも、これから新しい分野を開く上で1つの方法であると思うので、そういうことが何か財源の上でも確保できることが考えられればいいのではないかと考えている。

  研究科というのがあって、附置研究所とのあり方をディスカッションするのだが、最近は独立研究科というものも随分できている。その独立研究科と総合附置研とのあり方もディスカッションしないと、判然としないような感じがしている。共同利用とか、COEに関しても独立研究科がCOEをとった例もあり、COEというキーワードで研究所のことも今まで言われてきたが、どこが違うのかということもこれからぜひディスカッションしていただきたいと思っている。

  学部まで教育する、しないというのは、その研究所の考え方、大学の考え方でおやりになればいいわけで、研究所のあり方の本筋ではないと私は思っている。本筋というのは、研究所とは何ぞやというときに、大学院大学というのができた、そして研究というのが主体になってきたとき、附置研究所は大学としてどう位置づけているのかという議論もしておかないと、個々の研究所が自分たちはこうありたいというだけではだめだと私は思っているので、大学の立場から見たときに一体附置研究所はどうあってほしいのかということの意見も必要ではないかと思う。

  大学院重視とか重点化とかいうことで大学院に力を入れているわけだが、戦後の大学院というのは基本的には教育機関である。だから、その点では戦前の学部とそれほど私は変わったものではないと思っているから、研究所というのはまさに研究機能を取り出して、それを中核に据えた組織なので、むしろ大学院のほうで基本機能は教育だということをしっかり認識していただくということじゃないか。
  もう一つは、COEというのは非常に多義的に使われているので、大学院中心の今回のCOE(21世紀COEプログラム)というのは、ああいうものとしてのCOEだということで、COE的なものでなければ附置研として置いておく意義が少ないではないかというときのCOEというのとではおのずから違うのではないか。

  全国共同利用の研究所とか、特にいわゆる支援施設というものがなぜ大学に附置するかということを考えるときに、全国の共同利用であるならば大学の附置というものではなくて、ある種の全国規模のところに附置から外して持っていくべきだという議論もあるかと思うのだが、その発展の過程、改組・拡充をする中で共同研究という色彩を一方では持ちながら、附置された大学にとってもなくてはならないものになっているという性格を持っているものがたくさんある。だから、センターが果たしているミッションの中で、共同利用的なものと学内の拠点になっているという両方の性格を持っているものが結構あるというところも、附置するということの理由の中でご配慮いただけるとありがたいと思う。

  大学に附置している共同利用研究所というのは、大学から見た場合には、ある程度独立しているような印象があるようで、なかなか大学として力が入らないところがある。その結果、非常に大事な附置研の教育機能と先端性というものがどんどん落ちてくる。そうすると、いい研究者も行かなくなるし、だんだん研究所としてレベルが下がってくる。つまり、大学がきちんと意義を認めてサポートしていくということをやらないと埋没してしまって、先端性が維持できないという問題がある。多分評価の問題と、あとは財源の問題であろうかと思うが、そのあたりをきちんとやらないと教育と研究との両輪がうまく回っていかない。

  大学の中の附置研究所と研究科との役割分担というのは、大学の中で非常に重要な議論がされていて、特に大学院重点化ということで、学部から研究科に教育のほうの視点が移ると、その研究科と研究所とはオーバーラップするところが出てくる。その中で大学の中で附置研究所をどう位置づけるかということは、研究科のほうは教育ということが中心であるからその目的としては幅の広い人材を育てることが大きな目的になっているのに対して、研究所のほうはそれぞれの設置の目的に応じたプロジェクト的な色彩というところで特徴を出していかない限り、大学の中に研究所と研究科が併置されている意味がないのではないか。
  その中で本学にある研究所のそれぞれが研究科とは違って、場合によっては同じような目的であるなら、研究所もすべて研究科の1つとして転換してしまえばいいという議論もないわけではないが、やはりそうではなくて、それぞれの設置目的に応じたある使命を帯びた研究のユニットとして研究所は維持しなくてはいけないのではないか。そして、教育もそこでは確かにやっているのだが、その目的は、目的に応じた人材の養成をしなくてはいけない。そして、特に一般的な研究科の中で教育しているだけではできない教育を、高度な特殊な装置を使うということもあろうし、新しい技術を学生に伝えていくということもあるので、研究所と研究科というのは大学の中で両方とも必要な別の使命を帯びたものという整理をしている。

  大学院の研究科と附置研究所との役割分担をある程度明らかにしないといけない。教育というものも大事だという研究所もあるが、それを研究所の重要な役割としてしまうと、研究所というのは(研究科と)区分ができないのではないかという話にもなる。研究所の存在価値と言えば横断的とか、新しい分野をどんどん変えられるというメリットは確かにあるのだが、今は大学院のほうもどんどんそういうほうに進んでいる。だから、昔だと学部等は旧態依然とした学問体系であって、研究所は新しい分野をどんどんつくっていくという(区分けが)ある程度はっきりしていたのが、だんだんそこがわからなくなってきている。そうすると、研究所を今後重要視していくためには、あり方とか存在意義ということをある程度はっきりさせていかなければいけない。

  大学の中での研究科と附置研の話をもう少し小さな大学で言う場合はまた議論が変わるので、とりあえずは一般論、個別論の両極端を配するために、分野別と設置の目的別とともに、もう一つ規模の問題を考える必要がある。10人しかいないところで研究教育をやるところと、100人以上いるところでドクターを毎年十数人出すようなところの議論が一緒にできないので、もう一つの整理の軸としてサイズについても目的別、分野別、規模別等で整理しないと、なかなか一般化された答申案に持っていくというときのコンセンサスができないので、そのような比較対照に足るようなデータを持たないとだめではないか。

  これから独立行政法人になるという場合に、例えばカリフォルニア大学などでも研究所を持っている。米国でも、附置研のようなものがあるし、国立の研究所はある。そういうところのファンディングの例の具体的な資料などがあれば議論がしやすいと思うので調べていただきたい。

  資料で法令関係の資料も少し整備していただきたいと思う。全国共同利用であるかどうかということを議論の俎上にのせるのだが、それが法令上どういう形で全国共同利用なり何なりというものが規定されているのかとか、配付されているのは審議会関係の資料だけだと思うので、それも必要な限りで整備していただければと思う。

  財政状況については、次回かどうかはっきり定かにはできないが、何らかの形で省内でも話し合いながら、出せるものはお出ししたいと思う。
  資料であるが、分野別、規模といったことについて、附置研だけではなくて研究センターも含めたものということで、これは次回用意させていただく。ただ、研究センターというのは数としては非常に多く、前回第1回目の資料でも若干、数とかは説明させていただいたが、いわゆる研究を主体にしているもの、支援しているもの等をある程度まとめた形で、固有名詞というよりも全体像がわかる形ということでよろしいか。それだけ確認である。
  それから、個別の研究所の活動内容については、第1回目に申し上げたように11月中にこの審議会でご議論いただいた上で、各大学に調査票を出したいと思っている。ただ、今回のご議論の中で大まかなイメージが必要だというご議論があったので、幾つか代表例という形で探してみたいと思う。
  共同利用については、共同利用所長会議としてのものを資料として用意させていただく。
  カリフォルニア大学の分については調べてみる。

  差し支えなければ、東京大学におけるご検討の状況などは、大変参考になるのではないかと思うので、お聞かせいただければありがたい。

6. 閉  会
  事務局より、第3回は11月6日(水)10:00〜13:00、文部科学省別館の11階の大会議室で開催する旨連絡があり、閉会となった。


(研究振興局学術機関課)

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