科学技術・学術審議会学術分科会
2001/11/16 議事録
平成13年11月16日(金) 10:00〜13:30
文部科学省別館10階 第5・第6会議室
石井,池端,大崎,鳥井,薬師寺
加藤,立本,似田貝,三田村,毛里
吉田
石井紫郎氏(総合科学技術会議議員)
柏木昇氏(東京大学法学部付属比較法政国際センター教授)
坂田研究振興局担当審議官,泉振興企画課長,吉川学術機関課長,河村学術研究助成課長,松川学術企画室長,笹岡国際交流推進官他関係官
薬師寺泰蔵委員(慶應義塾大学教授)より資料3(「人文・社会科学振興のための国際への対応」)に基づき意見発表の後,質疑応答,意見交換が行われた。その内容は以下のとおり。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
若手研究者が外国に行く機会が相対的に減少しているということだが,実情を把握しておく必要がある。自然科学の場合は,アメリカで冷戦終結後,研究費が絞られた影響でポストドクターを日本から雇用していたのが大幅に減少したという現象が起きたが,若手研究者の場合にもそのような外的要因か,国内的な事情か,あるいは若手研究者の意識の問題なのか,現状を的確に把握しなくてはいけない。実際問題として,外国から招致する事業に比べて,海外に積極的に送り出す国の支援措置は遅れているということは極めてはっきりしているので,掘り下げて議論する必要がある。
人文・社会科学の国際高度化センターについて,もう少し具体的なイメージを伺いたい。例えば,プリンストン高等研究所は,優秀な研究者を招聘し,好条件で自由に研究を行わせている。一方,日本では例えば,早稲田大学がボンに東欧の研究センターを設置したり,京都大学東南アジア研究センターでもタイとインドネシアに連絡事務所がある。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
経済史や歴史学の分野では,日本からの研究成果の発信は増えてきているという印象を持っている。しかし,国際経済における日本のプレゼンスが大きくなったということに反映して,国際会議の報告等で日本の事例も入れる必要が出てきたために発信されているということがまだ多い。日本の事例やアジアの事例を考えながら一つの全体の枠組み,新しい問題提起をすることはなかなかうまくできていないところに問題がある。
また,そのようなことを考えると,特に,若手研究者に研究の時間がある程度保障されることが必要である。そのためには,7年に一度一年間の休暇が取れるというサバティカル・イヤーのような制度ができればいいのではないか。
【意見発表者】
人文・社会科学の国際高度化センターについてだが,研究者個人はそれぞれ研究を行い,外国人のスタッフもいる,しかし研究機関ではないという場所を日本にも作る必要があるのではないか。日本には,研究機関はいろいろあるが共同利用施設はないので,私立大学の研究者はなかなか使いにくい面がある。
また,社会科学分野における新しい問題提起については,例えば,政治学における制度史等の研究で分野がだんだん広がっているが,遅々として動かない。そのようなアプローチはこれまでどおり行う必要があるが,共同利用施設を作り活用すれば,大きく前進するのではないか。
また,若手研究者は研究よりも,仕事に非常に時間を費やさざるを得ない状況であり,もっと研究を行う時間が必要である。
【事務局】
参考資料に,国際交流の実態の一つの例として,日本学術振興会で行っている国際交流関係の事業の実績を整理した表をつけている。まず,幾つかの事業による外国人研究者の受入れの実績をまとめたものである。人文・社会科学系と自然科学系に研究者を分けており,事業によってその割合が若干違っているが,採択率ではそれほど差がない状況になっている。次に,日本人研究者の外国への派遣について,これも事業ごとに実績を出している。こちらも採択率を見ると人文・社会科学系と自然科学系でそれほど差はないという状況である。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
研究者養成,あるいは若手研究者に至るキャリアパスの中で外国における研究や学習経験を組み込むことが非常に大事だということである。その観点から言えば,例えば,在外研究員や日本学術振興会特別研究員等の制度の実情を把握して,どのような体制を立てるかというのが本委員会や国際化推進委員会の課題なので,以上の点も含めてデータをフォローしていただきたい。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
人文・社会科学における留学には二種類あるのではないか。一つは,研究の途上でデータを収集するための,あるいは,その地域を研究しているので社会の参与観察のための留学がある。もう一つは,例えば,アジアに関する研究を行っているが,ポストドクターの段階でヨーロッパに行って研究を行いながら国際交流を深めてくるという留学である。
立本成文専門委員(京都大学東南アジア研究センター所長)より資料4(「人文・社会科学振興のための国際化への対応について」)に基づき意見発表の後,質疑 応答,意見交換が行われた。その内容は以下のとおり。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
“Kyoto Review of Southeast Asia”に関してだが,論文の第一次発表自体は,自国語とあえて言わなくても,例えば,地域研究であればその地域の言語で行うのが一番適しているので,オリジナルな論文の紹介というところに意味があり,レビュー誌に直接英語で投稿することとは違うという理解でよいか。
【意見発表者】
そのような理解でよい。どのような研究が行われているかをはっきりとした形で見せることによって,必要なものをいろいろな形で自分の言語に取り入れる場合の手がかりとなればいい。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
資料4に書いてある「人文・社会科学をレベルアップして国際化する一つの手段」の最初の三項目について,再度説明願いたい。
【意見発表者】
まず,「現代諸問題に関する日本語フィルターによる蓄積」についてだが,人文学の研究はその言葉でなければいけないと同時に,日本的,あるいはアジア的な見方をしなければ国際的に成果発信できない。西欧の枠組みだけで現代的諸問題に取り組むのではなく,日本独自の枠組みで取り組み,その成果を蓄積することによって,日本の研究を参照しなければいけない,という動きにつながるのではないか。
次に,「外国語フィルター・臨地研究による枠組みの再分節」についてだが,日本における研究の蓄積,あるいは外国研究をする場合,日本語の言葉と解釈というフィルターを通しているのだが,海外においてはそれを一遍取り払わなければいけない。地域研究の場合は,そのような枠組みの再分節の作業を行っているが,人文学でもそのことを視野に入れなければいけない。
第三に,「隣接分野の統合,文理融合による統合科学としてブレークスルー」についてだが,政治学と経済学の融合や人文学と社会科学の融合あるいは文理融合というように融合や統合にはいろいろなレベルがあるが,地域研究では常にある程度の統合科学を目指している。それが既存の学問分野のブレークスルーとなる。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
“Kyoto Review of Southeast Asia”に関して伺いたいのは,それぞれの専門の論文を英語に直す場合,その分野の専門用語等を熟知している人が翻訳しないと間違いが起こりかねないが,誰に頼んでいるのか。
【意見発表者】
すべて学者仲間に頼んでいる。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
そうなると,経費が問題になってくる。翻訳したものを,ネイティブに再校正してもらわなくてはならない。人文・社会科学,特に人文学は翻訳が非常に難しいが,経費的な見通しがあるのか。
【意見発表者】
非常に苦心しているが,ネイティブの編集者を必ず入れており,この部分にかなり経費がかかる。現在,依頼している編集者は東南アジア研究の専門家でもあるので,かなり恵まれている。他の分野でもこのような工夫が必要ではないか。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
国際日本文化研究センターでは,専任でアメリカ人の助教授を採用した。
【意見発表者】
それは非常に必要なことだ。専任の外国人研究者を採用することによって,国際化をせざるを得ない状況になる。現在,京都大学東南アジア研究センターには,外国人のスタッフが,客員等を含めると,全体の4分の1いる。それだけでも法律的なこと等で大変な苦労をする。このスタッフは日本語を話す外国人ではないので,負担が全部日本人にかかってくる。国際化の議論では,そのような問題がいつもあがるが,順次解決していかなくてはいけない。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
ドイツでは日本研究の論文をドイツ語よりも直接英語で書く方向へ,大分傾き始めているという印象を受けている。また,人文・社会科学の留学には二種類あるという指摘もあったが,ドイツにおける日本研究でそのような兆候が実は起き始めている。日本の研究をする上で,資料等を集めるために日本に留学する場合と,アメリカへ留学,あるいは滞在し,自分の英語能力に磨きをかけたり,アメリカの日本研究者たちと交流を図るという傾向がある。
柏木昇氏(東京大学法学部附属比較法政国際センター教授)より資料5(「法学 の国際化を阻害する要因」)に基づき意見発表の後,質疑応答,意見交換が行われ た。その内容は以下のとおり。
意見発表概要
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
国際取引を行っている民間弁護士事務所と提携して授業を行っているのか。
【意見発表者】
特に提携ということではなく,個人的つながりで民間法律事務所の弁護士を非常勤講師として招くことはある。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
日本学術振興会の事業における招聘旅費はビジネスクラス以上である。国家公務員の場合には旅費法があり,旅費法自体はそのポストに応じた旅費が出ることにはなっているが,現実の制約はどのようになっているのか。
【事務局】
旅費にはいろいろな財源があり,国立大学であれば国立学校特別会計の中で措置されている旅費や委任経理金,また,科学研究費補助金を研究計画に関して採択された場合は,科学研究費補助金で支出される場合がある。
旅費法では,教授クラスはビジネスクラスでも可となっている。科学研究費補助金に関しては,最低クラスの正規料金までは支出でき,割引等を活用してビジネスクラスの運用とすることも可能である。
(2)資料6(学術審議会答申等における人文・社会科学の国際化関係部分(抜粋))及 び参考資料(人文・社会科学の国際化に関するデータ)に基づき事務局より説明があ り,今までの意見発表を踏まえて,討議が行われた。その内容は以下のとおり。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
国際発信に関して,二つのことを感じている。
第一点は,日本の社会科学が,少なくともアジアの研究者に対して一つの場を提供する役割があるのではないかということである。つまり,各研究者が英語で国際発信するという個人的なレベルだけではなく,むしろアジアの研究者等を組織する場,あるいは彼らが交流する場を提供することが非常に求められているのではないか。
現在の中国経済は急成長しているが,それにも関わらず,意見交換や学術交流の場が日本にあれば非常にやりやすいと中国の研究者は言う。また,例えば,冷戦研究においても東北アジア,ロシア,日本及び東南アジアの研究者がどこで会えるかというと,日本が相対的に最も適切な場になっている。日本国際政治学会では,アジア太平洋の国際関係についての英文誌を年二回出すことにした。これは,学会会員の意見を外に発表するというより,日本がアジアを巡るいろいろな意見交換の場になるという趣旨である。おそらく,これからの学問の国際交流というのは,人文・社会科学についてはそのような形になるのではないか。それで英語が非常に大事になるのだろう。
第二点は,国際発信や国際交流を行うと,研究者にかかる負担が非常に大きくなる。研究者の国際発信や国際交流を支える基盤を作らないと,特に中堅以上の研究者は潰されてしまう。これは,翻訳者,司書(ライブラリアン),公文書管理人(アーキビスト)に関する問題とも通ずることである。そのような基盤がないと,肝心の中身がない対外発信を行ったり,かえって他の研究者の意見ばかり聞くだけに終わってしまう。実のある国際発信や国際交流を行うためにも,そのための基盤を何らかの形で作ることが必要である。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
国際交流には,研究者だけの交流と,非常に大規模なプロジェクト型の交流がある。プロジェクト型の交流は,一年間に20〜30名の両国の研究者が行き来するための予算を充て,外部の人を客員で招く等のシステムを作らないと実現が難しいのではないか。しかし今度は,経費等の点から継続できるかどうかという問題が出てくる。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
一番基本的な問題は,異文化に対する理解や興味を持つ研究者が育ってくることだが,これに関して教育の問題があるのではないか。最近見ていると,学生の批判精神が衰弱してきていて,大学だけでなく初等中等教育でも議論を積み重ねてくるような雰囲気を学校で作る必要がある。一番基礎のところで議論ができないような教育を受けている印象がある。本委員会での議論は,研究に関する問題にとどまらず,一番土台になる教育のところまで関係するということを考える必要があるのではないか。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
国際発信がキーワードになるのは少し問題がある。人文・社会科学が発展をしていくための国際的な要素と国際化の必要性は各分野によって違うのではないか。例えば,社会科学では,共通の現代的な課題に日本の研究者が単独で取り組むというよりは国際的に取り組むということが当然あるだろうし,そうすると地域研究とは違った意味での国際化ということにもなる。また,そのような活動自体が発信の一つの形態になる場合もあれば,諸外国に対し日本の研究の実態を的確に反映させるため積極的に雑誌を作って発信するという場合もあり,「国際発信」という言葉にはいろいろな意味が内包されている。その意味では,国際発信の前段階として,人文・社会科学における国際協力・国際交流の意味や様式等を一度整理しておく必要があるのではないか。
【意見発表者】
国際交流を支える人的インフラに加えて,物的インフラも考慮する必要がある。つまり,海外から客員教授を招く際に,宿舎がないということがネックになっている。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
東京大学大学院人文社会系研究科のことを少し紹介したい。人文社会系研究科の前に在籍していた新領域創成科学研究科は,講義や演習の3分の1は英語で行っていた。人文社会系研究科に戻ると,そこは非常に遅れていて,文理融合とは言うが,例えば,共同研究を行うと人文・社会系の研究者は日本語の論文ばかりになり,自然科学系の研究者は全部英語の論文が業績として載るくらいの歴然たる差がある。
特に日本関係の研究を行っている人が英語で表現することがそもそも必要なのかという疑問,人文・社会系にとっての国際競争とは何なのかという根本的な問題はあるものの,人文社会系研究科で遅まきながら,大学院に在籍する者が英語で論文を作成するための授業を始めた。努力目標として博士号を取るまでに英語の論文を書くことを次第に強化していく。かつ,その環境条件として,講義や演習を英語で行うことが一部始まった。また,博士課程に進学する場合に,TOEFL等の点数を要求することも始めた。しかし,これを行うために専任の先生を採用するには,人文・社会系の場合にはポストそのものに余裕がなく,今のところ非常勤ポストしかない状況である。
また,東京大学には幾つか国際拠点があり,人文社会系研究科はイタリアのフィレンツェに一か所あるが,その維持費は公費から出せないので民間の研究助成に頼っている。これに対する財政支援等があれば大変助かる。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
なぜ国際化するのかを考えると,日本の研究を豊かにするためと,だれかに影響力を行使したいためではないか。
また,成果を国際化するのか,研究対象を国際化するのか,あるいは研究手法を国際化するのかを分けて考えなければいけない。研究の成果,対象,手法と目的を一覧表にして,分けて考えると答えが出てきやすくなるのではないか。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
「源氏研究」という源氏物語の研究雑誌を出している。外国における研究の状況に関する記事も常に掲載しているが,さまざまな外国の研究者が大量に投稿して来る。これは,1980年代頃に,特にアメリカの日本文学研究者が大量に日本に勉強し来ていた中で,その当時非常に閉鎖的だった日本の学会を超えた,もっと世界的な規模で日本文学,日本文化や日本の歴史を考えるという組織を作り,その組織の影響を外国の研究者が非常に強く受けたためである。この時,英語ができる者が必ずしも多くはなかったが,結果としては、非常に国際的な日本文学研究の動きを作り出し,アメリカやヨーロッパで行われている国際会議でも,日本語の同時通訳がつくものの,日本文化に対して非常に打ち解けて意見交換をすることができてきた。
人文学の国際交流は,必ずしも単なる紹介やレビューというレベルではなかった。日本語での海外発信や海外交流が積極的に行われてきた歴史があり,日本文学・日本文化・日本史等の研究自体を海外に発信していくことにより,日本という国が世界の中でどのような立場をとり,どのような感情や表現や発想の仕方を持っている国であるかということを世界の中で認めてもらってきたという実績がある。
したがって,必ずしも英語だけに限定しない,さまざまな多チャンネル的な交流を考慮する必要がある。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
韓国で生命倫理の話をした時,話の内容がアメリカの教科書に書いてある内容と違うではないかという指摘を学生から受けたことがある。韓国は既存の教科書を翻訳するという段階で,日本は日本で起こってきた新しい先端技術に対する日本なりのガイドラインを作るという段階なのだが,気がついたことは,日本でそのようなことを行っていても,いわば韓国に対して先行的な経験になっても,それを英語で再評価や再表現をまったく行ってこなかったということである。廃棄物処理や生命倫理の問題に関しては,多少は日本の先行的な経験が他のアジア諸国にとって有益だと思うが,それについて英語で報告しているものが非常に少ない。海外発信することに内容上意味があるとしたら,何らかの形での先行的な経験の再評価,再表現にあるのではないか。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
国際発信や国際交流を行うには,ともかく外国人のスタッフが圧倒的に足りない。多少の外国人職員を雇用しても解決とはならず,外国人のスタッフを集中的に配置している施設を大学の外に設置しなければ,この問題は解決できないのではないか。また,人文学と社会科学の間でもお互いを知らない。いろいろな分野の研究者が交流できる共同利用施設がないと,学問が広がっていかないのではないか。国際発信も重要だが,国内的な情報があまりにも欠けている。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
外国人スタッフは雇用の際に日本人と同じ終身雇用条件を要求する。しかし,若手研究者となるとリスクが大きくて終身雇用では雇用できない。すると,差別待遇だとひどく非難される。結局,外国人労働者の問題と同じで,日本の終身雇用制度と同じ待遇をしないと雇用できないかどうかが一番大きな問題ではないか。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
外国で非常に良い研究を行っても,日本に帰ってくると日本の大学の文化に埋没してしまうことを解決するには,その落差をいかに縮めるかである。その点では,日本の大学は,あまりにも外国人スタッフが少な過ぎる。そのための予算及び定員措置を行う必要もあるだろうが,現在の定員内でポストが空いたときに海外の研究者を積極的に雇用するという姿勢も大事である。基本的には,大学で働いている人の中に外国人が一定数いるという環境を積極的に整備をすることが,国際的な交流や研究あるいは発信を目指すためには必要なのではないか。大学の外に一種の支援的な組織を作ることも大変意味があるが,国際化とわざわざ言わないで済むのが一番いい。つまり,人文・社会科学の研究を行う上で必要で当たり前という状況に,いかに近づけるかを考えれば,大学レベルで戦略的にそのような条件を整備していくことは非常に大事ではないか。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
外国人スタッフの雇用に関する問題は,慎重に解決しなければならない問題である。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
日本のシステムそのものが変わらなくてはいけない。要するにテニュア制に似たような,現制度でいう助教授までは任期制,つまりテニュアがないという雰囲気が必要である。日本の社会のシステムそのものが国際化すれば,自動的に解決していくのではないか。
東京大学法学部のことを紹介すると,まず,研究者養成に使われている助手のポストは,任期制が制度的に認められていない時代から3年という任期で紳士協定的に運用してきた。助教授については,知る限りでは,特別の事情がない限り10年でほぼ自動的に学部長が教授にしていいか提案していく。教授になれなかった場合は,他の研究機関へ移っていく。それは事実上テニュアがなかったということで,制度がない時代からそのような形で行ってきた。そうだとすれば,そこに外国人の助教授がどんどん入ってきても,実際に業績が上がらなければ,他の日本人と同じように教授には上れず,どこか他の研究機関へ移らなくてはいけないという状況は納得されるのではないか。
東京大学法学部は外国人研究者がまだ2人しかいない。アメリカの大学の強みというのは,当たり前に外国人がたくさんいることなので,そのような状態へ向かっていくのが重要なことではないか。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
学問状況ということで見ると,日本のように日本人だらけの研究機関というのは異常だと思ったほうがいいのではないか。基本的に日本における外国人スタッフの割合をもっと高める必要がある。
国立民族学博物館の場合は,初めからテニュアつきで雇用している。それは人物を見定めてということだ。しかし,今後いろいろな研究所は,研究者の評価を行うようになる。その中には最終的には辞職勧告も入り,日本人にもそれが適用されてくる。だから外国人・日本人を問わず,いずれそのような方式を取り入れて辞職勧告を課せば,雇用についてはさほどの問題にはならないのではないか。
国際化というのは個人,機関,分野のレベルがある。個人のレベルについては,外国の研究所に行くことが一番良い方法である。少なくとも2年間周りが全部英語という環境にいると,非常に速いスピードで個人的国際化は進む。これは,日本にいて英語でゼミ等を行うよりも,スピードと濃度の高さでは比較にならない。また,そのときにかなりの人的ネットワークができる。これは,その後の研究者生活において非常に役立つ。
機関のレベルについては,外国人スタッフを雇用する必要がある。また,宿舎の問題は機関の立場からすると,メンテナンスがまた大変難しい問題である。
翻訳者は確かに必要だが,むしろブラッシュアッパーが必要なのではないか。アメリカのカリフォルニア大学バークレー校に在籍していたことがあるが,教授が書いた論文を見る専門の人がいる。それで論文の中に出てくるフランス語等も全部チェックする。そのような人の目が通ってから初めて投稿されていて,非常に実力のあるネイティブの研究者でもそういう目を通して,より一層質の高い論文にしている。日本人研究者が書いた英語は拙いものだから,よりブラッシュアップを行う必要がある。できれば自分でまず論文を書いて,それをブラッシュアッパーに見てもらうという形が系統的(システマティック)に行われれば非常にいいのではないか。
分野のレベルについては,今海外では,日本文学において英語で成果を発表している研究者も今はかなりいるのではないか。英語で翻訳されたものがあると,学問のすそ野が非常に広がっていく。そういう点では,翻訳された文献等によって研究し,研究成果を発表している研究者を拒否しないほうがいい。
外国の研究者が日本語のものを基礎文献として翻訳しているという仕事はたくさんあるが,日本側からも組織的に出してもいいのではないか。
例えば,日本の民法の英訳を日本から出していくことも,一つの国際化としては非常に意味のあることである。日本の紹介,あるいは日本における研究について発信していくことは,研究の裾を広げていくと同時に,日本文化の国際発信につながり,それに貢献することは意味がある。
例えば,心理学や計量経済学はほとんど英語で発表されているが,文化人類学や地域研究等は,まだそこまで至っていない。しかし,これらの分野は英語で書いていかざるを得ないという方向になるだろうし,向かっていく必要がある。若手の研究者が研究のために海外に行けば,いずれそうなるだろうが,シニアの研究者を支援するようなシステムは必要である。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
有能な外国人スタッフを雇用するためには組織のトップに非常にいい研究者を迎えることが戦略的に非常に大事である。ところが,国立大学の場合は外国人スタッフが公権力の行使に当たる職にはつけないという制約がある。独立行政法人になった時にその解釈がどうなるかということがあるが,その点が解決すべき問題としてある。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
まず,国際発信に関しては,各分野ごとに,対象,手法,内容を分けなければいけないが,国際発信しやすい分野,今国際化すると効果のある分野を特定して,重点的に制度化や財政支援すれば効果があるのではないか。外国へ研究者を派遣するのは効果的だが,派遣することが国際化というのは国際化のうちに入らない。10年後,20年後にはやはり日本でも国際的な環境で従事できる研究所が必要である。
例えば,「世界地域研究院」というものが考えられる。その中には国際政治経済研究所,国際社会人文学研究所,地球環境研究所及び博情報館がある。各研究所は,基盤部門と固有部門と流動部門の3部門に分かれている。また,博情報館というのは資料センターと考えていいが,情報資料基盤整備とともにプロジェクトの企画調整機能を持たせる。
大学との関係には,人事交流と研究費がある。人事交流については流動部門を利用すればよい。サバティカル・イヤーのような形で流動部門に在籍してもらえば,国公私立大学間の交流は非常にしやすくなるのではないか。また,研究費については,「世界地域研究院」がプロジェクト経費を持ち,大学等における研究プロジェクトを支援していく。さまざまな分野の研究者が集まる場が大学の中にもあり,その外には国際的な雰囲気の中でそのような場があるというイメージである。そうすれば,国際化ということにも答え得るし,その国際化によって人文・社会科学がレベルアップするのではないか。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
「世界地域研究院」ができれば,国立・私立大学との関係は,対等なものになるだろうが,研究院の中の各研究所に「国際」というのが付くことによって,付かない場合の研究所とどこが違うと理解したらよいか。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
国立大学の附置研究所及び研究センターには,例えば,京都大学の「東南アジア研究センター」や北海道大学の「スラブ研究センター」等のように地域名がついて,対象地域やテーマが限定されているが,「世界地域研究院」の中の各研究所は,地域の枠を外して,むしろプリンストン高等研究所のような役割を果たすという意味でこのような名前をつけている。これは,地域研究でも地球全体を見なければいけないということが念頭にあり,また「国際」をつけることによって新しいブレークスルーも期待している。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
「世界地域研究院」とその中の各研究所は本来的に概念(コンセプト)が違うのではないか。つまり,国際とした場合には,地域ごとの問題よりは国際的視野からの現代の問題に取り組むというイメージを受ける。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
国際と冠をかぶせたのは,制度上おそらく半分は外国人スタッフという意味ではないか。まさに本来国際的なはずの学問を行う組織を構想することには意味がある。その場合に,日本はアジアの中できちんとした役割を果たしていくことが非常に重要ではないか。
これは人文・社会科学だけではない。天文学や宇宙,核融合においても,日本はアメリカ及びEUと並んで一極を張ろうとしている,あるいは張っている。しかし,予算的な規模や研究者の層の厚さで比べても,アメリカには到底太刀打ちできないし,EUは英独仏の代表的な先進国を中心にしている。それに対して,日本は,アジアあるいは北東アジア極というものに向かって努力することが必要ではないか。
特に,人文・社会科学では,生命倫理や環境等の問題において,日本が良かれ悪しかれ先行事例があり,それらを分かち合う,あるいはそれらを核にしてアジアの人文・社会科学の交流や共同研究が進んでいくという概念(コンセプト)は基本に据える必要がある。そうすれば,おそらく英語が共通語でなければならないし,先ほどから問題になっていることもおのずから解決していくのではないか。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
英文で論文を発表するときに,ネイティブスピーカーのチェックが必要だというのは,非常に重要かつ深刻な問題である。例えば,JETプログラムで来日した外国人の若い研究者に依頼する等の工夫もあるが,海外の大学院生レベルで,かつその分野に関心のある人間という程度のレベルでそれが可能なのか。どのような人材をどのように用意したらいいのか。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
そのレベルが変わってきたのではないだろうか。以前は,初等的な英文のミスを直すというレベルで済んでいたが,最近はアメリカでアカデミックライティングの基礎的な素養があり,そして学術雑誌に掲載する場合の基礎的な条件を知っているというところまで要求されてきている。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
そのような人を,専門の人と想定するのか。サイドワーク的な人を見つけるというのか
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
20年来,日本語のわかるイギリス人をエディターとして雇用していたが,現在,アメリカでエディターとして認められた人にブラッシュアップを依頼している。翻訳をする人もキャパシティーがあって,下請けに出すことがあり,翻訳の質等が全然違ってくる。質の高い論文を発表するためには,専任のエディターが必要である
【意見発表者】
比較法政国際センターでは,JETプログラムを終えて日本法を研究したい,あるいは日本の政治学を研究したいという人に給料を払って翻訳を依頼しているが,それだけでは足りないので,かつてそのような仕事に携わっていた人で本国に帰っている人に電子メールを利用しながら依頼している。しかし,その内容がだんだんと複雑になってくると,日本語が堪能で日本の法律によく精通している研究者でも対処しきれず,結局自分で全部レビューしなくてはいけなくなり,非常に時間をとられるという事態になってしまい,解決のしようがない。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
基本法典の英訳等は,日本の研究者と海外のかなり高度な研究者とが共同研究して翻訳していかなければ,いい資料はできないだろう。日本における基礎資料ともいえる基本法典の英訳といった基盤整備的な研究は経費があればできるのか,あるいは比較法政国際センターや国際日本文化研究センターがプロジェクトを立ち上げるという可能性はあるのだろうか。
【意見発表者】
今の比較法政国際センターではスタッフ的に全く余裕はない。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
そのような意欲のある研究者が見つからないということか。
【意見発表者】
能力があると,翻訳よりもっと評価される自分の研究を進めてしまう。国がそのための機関を作るなどのイチシアチブをとる必要があるのではないか。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
国際交流基金で,明治初期の司法省が集めた日本の法的な慣習を英訳するプロジェクトがあり,日本人研究者とアメリカ人研究者が組になって行ったのだが,材料そのものが非常に難しくて,日本語が理解できなかった。また,質問を出している側は近代法の発想なのだが,答える側は近代法の感覚を持っていないため,質問の趣旨と答えが全くすれ違っていて,その翻訳には苦労した。事業として行うのならば,日本文献翻訳センター等のようなきちんとした機関が必要であろう。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
よほどしっかりした研究者がその気になって取り組まないと,英文を発信すればするほど誤った理解を世界中に広げていってしまう。今でもそのような面がかなりあるのではないか。
【委員,専門委員,科学官及び有識者】
内容を理解しなければいけない人以外の人が翻訳すると,逆に害を及ぼすので,編集者(エディター)等の専門分野に近い人が翻訳する必要がある。一番問題なのは,学問が変わりつつあるときに,日本から全然発信できないことである。留学している者や外国で教えている者は対等に学問の動きについていっており,日本の研究者もとても優秀だが,どんなに粗くても翻訳して発信しないと十分な英語にならない。稚拙な英語では誰も読んでくれないので,英語力のある翻訳者を外国から大幅に雇用する必要があるが,制度的な制約もあるため,翻訳者や外国人スタッフも民間に頼らないと難しい。
次回の人文・社会科学特別委員会(第6回)については,12月5日を予定して委員等の日程を調整の上,開催することとされた。
(研究振興局振興企画課)