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ビッグサイエンスには、今後2つの推進の方向があるのではないだろうか。1つは効率化の観点から研究内容を多目的化する方向と、もう1つは一国では済まないので全世界的な国際的共同でやる必要性が生じるという方向である。
多目的という面で具体例を言えば、加速器分野は、素粒子、原子核研究のみならず、物質構造、生命科学で応用されている。将来的には核破砕による核廃棄物の消去まで応用が可能ではないかということを考えたとき、それを包括して審議できる審議会等があってもいいのではないか。また国際性という面で、ITERと同様のビッグサイエンスがこれからも出てくる可能性があるとき、我が国として国際的な委員会に参加できるような積極性をぜひ持っていただきたい。 |
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国際的な委員会に積極的に我が国から出ていくという観点は、科学技術・学術審議会国際化推進委員会においても、従来よりも積極的に国際的な委員会に参加して、早い時点で対応ができるような施策を考えるべきだという議論がされている。もう1点の指摘は、大きな集中的資源投資をするのだからプロジェクトは集中的であるが、直接的あるいは間接的に広い範囲のユーザーやニーズに応えるようなプロジェクトという観点で考えるべきだということである。 |
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学術研究には人材を育てるということが内在されていて、非常に重要な要素になっている。そのことを考慮いただき、ビッグサイエンスを推進するにあたっても人を育てるプロジェクト、多くの人々がそこに参加し、その人々がそのプロジェクトに参加した後、様々な分野で活躍するであろうビッグサイエンスについて特に配慮いただきたい。 |
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ITERや国際宇宙ステーションなどの国際的なプロジェクトは、大変費用がかかる。国際的なプロジェクトに参加していくことは大事なことであるが、他国の対応をみてみると、状況が変化したのでプロジェクトから下りるということが割とある。日本の場合は、一度決定すると国際的な約束でもあるので、過程のプロセスでの検討は行うが、比較的そのまま誠実に実行する傾向があるのではないか。
多額の予算をかけビッグサイエンスを推進していく上で、民間活用によるコスト削減など1つ1つのプロジェクトにおいて効率性を追求していくことも大事であるが、国として何を選択し、どういう優先順位で、どのように予算配分を行うかということについて、もう少し国民にアピールし、常に理解を求めていくことが必要である。 |
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国民に理解を求めるには、国民に対するPRやアカウンタビリティー(説明責任)という両面の観点から、制度を整備し決定過程の透明性を高める必要があるということである。 |
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国際協調のビックプロジェクトにしても日本が独自に発想してやるものにしても、評価の1つの軸として、世界中からその分野に関心が集まり、トップの人が参加を希望するレベルのプロジェクトであるかどうかということがあげられる。トップクラスの人達が集まってくるならば、これは国として誇るべき研究である。
また、国内においても人の面での開放性を高め、若い人たちに、どのような機関において、どのような教育や訓練を受ければプロジェクトに参加できるのかという道筋をもう少し示していって欲しい。先程の国民の理解を求めることにも通じるが、実際にプロジェクトに参加していきたいという若い人達にいろいろなことを見せていくことも1つの広がりをつくっていくことだと思う。
もう1つの重要な観点として、産業にどのような波及効果が見られるのかということである。公共工事ではないが、一種の公共事業のようなところもある。そのように考えれば、学術的な意味とは異なるが、ビッグプロジェクトに税金が費やされても何ら不思議がない。ここで見るビッグサイエンスの予算額は、直感的には非常に低いと思う。日本ならば、もう少しビッグサイエンスに明確なものを定め、より多くの予算が配分されて当然ではないのか。直感的に、何か根拠があって言っているわけではないが、あまりにも低いという感じがする。国民にプラスの波及効果があることをもっと理解してもらえるようにしなければいけない。 |
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ビッグサイエンスの意義として、国際協調、日本の独自性、技術安全保障と記載されているが、これらは必ずしもビッグサイエンスだけの意義ではなくスモールサイエンスも同じような意義を持っている。だから、ビッグサイエンスということを言って、本当に理解が得られるのかどうか大変疑問である。
また、国際協調として一旦サイエンスが始動すると予算を出すのは仕方がない面が出てくる。では、いつ止めるのか。小さいときはよくわかるのだが、大きな予算になると逆にあいまいになる。大きくなると非常に漠然としているので、何をどこまでやれば到達できたと見なせるかが非常にあいまいになってしまう。だから、どこまでを目標にして、どれだけのことをして止めるのかを最初から明確にしておくべきではないか。評価とは別に、そういう決断をすることを最初に決めておくことで理解が得られる面があるのではないか。 |
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先行きも見据えて推進する必要があるという指摘である。先程の決定過程の指摘と合わせて、トップランナーに踊り出た日本が、今後国際的な場でどう立ち振る舞うかということで問われる大切な要素であり、特にビッグサイエンスになるとそのような側面が強くなる。 |
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国際性に関連して少し補足させていただきたい。国際といっても、当該グループがリーダーシップをとらない限り意味がない。先程意見のあった国際的に人が集まるかとどうかという点においては、自然に集まるというのが我々の経験であり、例えば現在建設中の日本における加速器においては、公募研究を公募すると3分の1が日本、3分の1が北アメリカ、3分の1がヨーロッパとほぼ完全に国際化された募集がある。完全な国際化だといっても、その中でリーダーシップを発揮できるかどうかということが一番の鍵ではないかと考えている。 |
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国際協調の中でリーダーシップをとるというのは、日本の独自性のあらわれだと思うが、日本の大学発のビッグサイエンスの場合には、いずれもそういう性質を持っており、そのユーザーは国際的にアプリケーションを出していただくと、外国から押しかけてくるという状況にある例が多いのではないか。 |
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ビッグサイエンスとスモールサイエンスと分けて議論するのは難しい。ビッグサイエンスを今の観点でさらに推進していただくのは、スモールサイエンスに身を置く人間としても大いに賛成だが、これから大学等が独立の法人格を持ち評価と資源配分によって各大学等が個別化されていく中で、共同研究や共同利用は明示的な制度のもとで、積極的にやらない限りどうしても現在の体制から抜け落ちてしまう。生物学のようなスモールサイエンスであっても現在は国内外に多くの人材が散らばっているので、場合によっては国際的に集まり共同研究をし、特殊な装置を世界で共有している。基礎生物学研究所にもそのような機械が1台あり、小さいけれども非常に大事だと考えている。現在の枠組みならば、研究者コミュニティーを集めて研究することができるが、今後予算配置が法人を通して行われるようになれば、そこからこぼれ落ちるものが出てくる。その中で極めて重要なものについては、しっかりと枠組みをつくっておく必要がある。
したがって、ビッグサイエンス、スモールサイエンスというよりは、むしろ個々の法人の利害を離れてやらなくてはいけない共同利用や共同研究という枠組みをしっかり持ち、うまく工夫して、そういうことを討議できる場を設けることが必要である。 |
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科学、技術、学術とあったが、それは上流か下流かというと、上流に学術があり、科学があって、技術があって、次に商品やサービスという感じで受けとっている。またビッグサイエンスやプロジェクトを上流下流ということで言えば、サイエンスのほうが学術よりビジブルになっているし、テクノロジーはもっとビジブルになっている。
特にビッグサイエンスの推進の在り方については、国民の支持を得るため我々としてはレビューをしなければいけないが、一口で言えば、かなり大きな予算を最終的には国際競争力を高めるために使っているということである。場合によるとビッグサイエンスやビッグプロジェクトは、純民政の分野ばかりではなく、安全保障にも絡まる分野に深く関係してくるものがある。具体的な問題として、日本として万全な体制を整えても、実際に国際市場へ出ていったときに国際政治の現実の中で、それを我々が思うように進めていくためにはどうしたらいいのかということもビッグについてはかなりしっかりしておかないと、結論から言えばかなりアンフェアだという状況になりかねない。
民間企業の研究者の方々が主だったが、アメリカの一国主義が非常に強化された新しいグローバル環境の中で、一体企業経営はどうあるべきかという問題提起がなされた。企業経営レベルでもIPや特許制度の問題などがある。ビッグサイエンスやビッグテクノロジーは、そういうものが総合されたものなので、非常に大きな問題がある。かつての航空機開発など日米で行われた議論を見ていると、国家的な利害のぶつかり合いはきわめて赤裸々であり、国際的なルールづくりの場に日本がどれだけ参画していけるかが非常に重要である。プロジェクトそのもののリーダーシップもあるが、やはり基本的なルールづくりの場で日本がリーダーシップをとれるようになっていないと、現実的にせっかくのビッグサイエンスもビッグテクノロジーもなかなか進まないということがあり得る。全部がそうだとは思わないし、決して改めてテクノ・ナショナリズムを推進するつもりはないが、現実は国家的な利害がぶつかり合っている世界なので、それをどのように考えていったらいいのかを考える必要がある。 |
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ビッグなものについて、グローバル・サイエンス・フォーラムなど国際的な場で議論したり、ルールづくりというレベルで日本がきちんと対応できることは大変重要なことである。また、先程から出ている審議体制に関しては、以前の学術審議会のときに比べて現行の科学技術・学術審議会は所帯が大きく、試行的に今の体制で第2期を迎えているが、審議体制の見直しを検討する必要があるかもしれない。 |
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ビッグの関連予算は増やしたほうがいいが、スモールサイエンス等の予算を削って増やすのは望ましくなく、学術研究に対する全体の予算をもう少し増やすべきである。GDP比を見ても、そういう意見は非常に強い。今の時代は、スモールサイエンス的なカテゴリー分類の方が生活や産業に密着しているところが多く、ニーズも高まっていることは事実であり、重要性が増していて効果も高い。また、人類にとって科学的に非常に重要な意味を持っている分野であれば、一般にもその重要性の理解を求め、科学的な関心を引きつけておかなければ社会的に非常に危険である。 |
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ビッグが全体の1割から1割5分を占める現在のレベルでいいのではないか。ただ、日本がトップランナーに躍り出て世界のリーダーシップを問われたり、国際貢献をするという情勢の変化に対応して、GDP比例で俯瞰して考えても全体的な底上げによりもっと増えてもいいのではないかという結論と思われる。 |
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現在の額が多いか少ないかということは、一概に言いにくい。問題は、金額や割合よりも、その背後にある決定の仕組みであり、結果として出てくる数字の前にある構造あるいはその数字を生み出す構造についてまず考えなければならないのではないか。
ビッグサイエンスの例としてここに挙がっているものの3分の2位は、大学共同利用機関を中心に行われてきたもので、想像するに、国立学校特別会計にビッグサイエンスの為にある程度の枠がとってあり、それを担当課のほうで非常にうまく配分し、その苦心の結果、800億から900億位でずっと安定した形をとってきているのではないか。これは、一方から見ると非常によく努力していただいたというふうに思うが、巨視的に見るともっと増えてもいいのではないかという見方にもなる。やはり、決定までの構造に関する問題を念頭に置いておかなければならない。
資料3−2の「その他の主な大規模プロジェクト」についても、各プロジェクトのピーク時には、この何百倍もの予算が必要となるかもしれないし、それぞれが大波小波を打っていくものであり、これが毎年1,100〜1,200億程度で維持されるものなのかどうなのかということも大きな問題である。また、ITERなどの話が出てきたときに、他の国際宇宙ステーションなどとの兼ね合いなど非常に難しい問題がある。そこに国際協調の話が加わるとさらに難しくなる。国際協調は、多くの場合、一国だけではやり切れないので各国で予算を分担するのが1つの理由であり、もう1つは、総合的な科学技術を駆使しなければ一国だけでは成しえないということである。例えばITERなどは、プラズマ理学、工学から炉工学、それを取り巻くさまざまな大きなサイトをつくっていく科学技術であり、JT60やHLDまでは日本独自でできたが、次の段階にいくと国際協調でなければ成しえない。このような理由で始まるので、原理的に非常に削りにくく、途中からクローズするのもなかなか難しい。アメリカが縮小するというのなら、日本も縮小できないだろうかというぐらいの議論しかできないことに、ある種のもどかしさを感じてきた。この問題は、学術の問題の域を越えると言えばそれまでであるが、ビッグサイエンスについては、一口にどうすればいいかということが言いにくく、複雑な構造の問題があると言える。 |
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国際協調や技術安全保障という立場から我が国が大きなプロジェクトにかかわる場合に、国際的な場でどうするのか、国内でどう決めていくのかということは、予算全体が限られていると、いろいろなところに影響を及ぼす。特にビッグサイエンスという大学共同利用機関などが中心にやってきたものと、その他のビッグとが同じ括りで議論されると非常に大きな影響があり、スモールにまでその影響が及んでしまう結果になる。我々自身がその辺の議論を深め、何が学術研究にかかわるビッグプロジェクトであり、どういうものが学術研究以外のビッグプロジェクトなのか、またそれぞれに対してどういうスタンスで審議が尽くされ配慮がされるべきかということを詰めなければいけない。 |
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科学技術関係予算は、他の予算と違って例外的に伸ばしていただいているが、増やすのと同時に減らす部分を必ず考えるように総合科学技術会議の外部から強く言われている。欧米と比べてもGDP比で考えると大分追いついてきたが、10年毎のストックで考えると非常に少ない。全体を増やしていくという段階が続いているというのが基本的な認識だが、財政上は様々な制約があり、どこまで伸ばせるのかというのは予断を許さないところである。
スモールサイエンス、ビッグサイエンスの問題だが、1つは、科学研究費補助金が約半分を占めている競争的研究資金の倍増がうまくいっておらず、このままでは5年間で倍増というのはほとんどあり得ないことになる。871億円というビッグサイエンスの部分が水平であるというのは若干ほっとしているところであるが、実はその他の大規模プロジェクトが問題であり、原子力、宇宙、海洋については、経済財政諮問会議がかなり違う意見を主張しており、大幅な削減を強く言われている。それはともかくとしても減ってきており、それが安全保障や国際競争力の上から本当にいいのかどうかというのは大変問題のあるところである。
いずれにしても、スモールサイエンスとビッグサイエンスの比というのも大切だが、やはり国際的なリーダーシップや技術安全保障を含む国際競争力の問題等から見て、ビッグサイエンスの中でどこをもっと伸ばしていくのか、あるいはどこを見直すべきかという議論が必要ではないか。スモールとビッグの比較を議論していただく価値はあるが、資源配分にどれだけ説得力のあるものが出てくるか疑問が残る。 |