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12ページの「現状」と「課題」の中で、応募書類の質についても触れておいた方がよいのではないか。研究者と話をすると、科研費の応募書類は非常にうまくできているという。ページ数は少ないが、言いたいことは言えるようになっているし、記載を求められる事項も適切であるという。他省庁の応募書類はページ数は多いが、同じことを重複して書くことが多い。米国の場合と比較して、科研費の分量は少ないということを総合科学技術会議から指摘された。しかし米国でも、あまりにページ数が多過ぎて審査の負担が大きく、分量を減らす方向にあるので、昔のことをなぞっていくのはとんでもないという意見もあったように、やはり適切なサイズがあるはずだ。ともかく、科研費の応募書類の質はよいということについて触れておく必要がある。そうしないと、ただ単に件数が多く審査が大変だからという理由のみで、現行の分量でよいと主張するのはよくないと思う。
私も以前から、応募書類については、なるべく重複する事項を減らすように主張しており、徐々にそのようになってきた。改善はもちろん必要だが、その質についても触れておくことが必要である。
課題としては、今後の電子化にも関わることだが、応募書類に特許を取得していないなどオリジナリティーのある内容を記載すると、どの分野でも競争相手がそれを見て審査することになるので、そのオリジナリティーをどのように担保するかという点である。また、これまでの研究業績と応募した研究の内容のどちらを重視するかという問題もあり、これを適度に按配することが、今後の課題であると思う。
この点はあまりにつけ加え過ぎると過大になるかもしれないが、ページ数が少なくても、非常によい制度となっていることを含んだニュアンスが欲しいと思う。
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ここでは審査員の人数に制限があるわけではなく、現在4,500人ほどの研究者が審査に参画しており、応募がさらに増加すれば、審査員も増加させていくということになっている。ただ、応募書類の質が充実しているという点については記述する必要があると思う。
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今の意見にも関連するが、この13ページの総合科学技術会議の意見で、審査員1人当たりの審査件数は平均98件で、負担が大きいとある。確かに100件を超えるというのは過負担だと思うが、実際に審査する場合に、数が少な過ぎるのも非常な負担になる。ある程度の数が来れば、その分野の大体の平均的なレベルを認識して適当な判断ができると思うが、例えば極端な話、わずか1〜2件の課題が来て、この研究の優劣の判断を求められても、判断基準がなくて困ってしまう。
従って、むやみに審査員の数を増やし、1人当たりの審査件数を減らすべきという意見にはあまり賛成しない。審査員になれば負担はあるが、それはある種のノブレス・オブリージュ(高尚な義務)だと思って務めてもらうしかないのではないか。
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報告書に、覆面審査の導入は難しいと記載する場合、最初に、詳細に記述する応募書類の提出を求めていないから無理だという記述で始めると、どこか論理に弱点が出てくるのではないか。先ほどからの意見にあるように、やはり科研費の応募書類はよくできており、審査員一人当たり審査件数平均100件ならば仕方のない数ではないかという気もする。覆面審査については、それを導入した場合にどのような効能を発揮するのかという分析がまず必要ではないかと思う。
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前回も議論があったが、これまでの業績と、研究計画のどちらを重視すべきかという問題がある。研究計画を重視するとした場合、調書にはこれまでの論文が挙げられることになるので、覆面審査はほぼ実現不可能になってくる。
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覆面審査ということになると、研究計画の前提になっている、今までの研究の積み上げについての説明ができないということになるが、それが研究計画調書として意味があるのかという議論もあり得る。そのような視点から、記述を加えることはできないか。この部分については、分量を多くした詳しい研究計画調書を提出させればよいではないかと反論された場合にどうなるのかという問題である。少し気にし過ぎかも知れないが。
それから細かい点だが、13ページの下から3行目に、「研究者は研究機関への終身雇用が一般的であり」とあるが、「終身」とまで言う必要はないのではないか。
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ただいま意見のあった審査の問題だが、科研費制度全体としては、よい審査がなされている。その結果どうなっているかということを、ある程度メッセージとして出してもよいと思う。
先週、『ネイチャー』誌全体の米国内統括エディターに話を聞いたところ、日本から投稿される論文の採択率が、欧米からのものよりも高いという。論文数は別として、質的には非常に優れたものがある。審査に携わり多くの論文を見ると、非常にレベルが上がってきているというのは明らかである。科研費の交付を受けたと新聞には載らないが、雑誌には必ず書かれていると思う。これをすぐに審査システムの優秀さと結び付けられるかは判らないが、そういったことを外部に対し積極的にアピールすることは非常に重要だと思う。
それから、科研費の倍増を求めている背景には、それだけ研究のレベルが高い、質が高いということがあると思う。審査会に出席してみると、毎年、優れた研究が数多く応募されてきているが、予算が足りないため、残念ながら不採択にせざるを得ないというケースがある。本報告にも、研究者の立場に立ったアクティビティーの問題、『ネイチャー』誌の例のように、客観的・国際的に見て、日本の研究のレベルが上がっているといった視点とか、そのような具体的な例を入れて、財務当局に理解を求めることが非常に重要ではないか。
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今の意見に大変賛成で、『ネイチャー』の採択率がほかの国に比べて高いということや、科研費が充実したことによって採択率が増え、それによってこのような成果が出ているといった、資金と成果の関係を最も明確な形で見える例を示すことが非常に重要だと思う。
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これまでにも、資金と成果の相関性というものを随分問われて、何とか資料を出したいと思うのだが、どのようなデータを使えばよいのか、具体例をなかなか示すことができなかった。
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科研費制度全体をそれで説明できるかどうかといった問題がある。それぞれの研究分野によっても事情は異なるので、ある局面では光っているものがあっても、制度全体としてのデータを示すことは難しい。
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評価については、常に採択時の評価に焦点が絞られているように思うが、採択後に、例えば大型の特別推進研究等を交付された研究では、『ネイチャー』に論文が掲載されたなどという成果例があると思う。データを示すことは難しいとのことだったが、事後評価をきちんと行えば、それは可能ではないかと思う。
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先ほどからの議論で、14ページの上から5行目で、応募書類について「その分量が米国に比べると総体として少なくなっている」という後に、「このような点を勘案すれば、審査評価を改善していく上で」、開示が必要だという論理構成になっているが、このあたりの論旨が少しつながりにくいような気がする。分量を少なくしているが、十分な情報は盛られているということを付け加えた方がよいのではないか。
実際に、必要十分な情報は盛られるようになっているが、研究者側で、それに対してうまく記載している人とそうでない人がいて、審査の上で非常に難しい場合がある。逆に言えば、うまく記載できなければ不採択でも仕方がないので、審査評価結果の開示の際に、この点をきちんと記載していなかったので不採択になったことを明らかにすればよいのではないか。
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特別推進研究や特定領域研究の審査については、今のご意見のとおりだが、基盤研究のように、応募件数が大量にあるものについては、コンピューターでおおよその順位を開示する程度であって、一件一件について懇切丁寧な開示ができていないものもある。しかし、後者の方が総体として金額が多く件数も多いので、全体で議論するとなると、なかなか一言では言えないという部分がある。
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応募書類には、必要十分な情報を記載する欄はあると思う。そこへ必要な事項をきちんと記載すれば、かなり研究の評価ができるはずである。特別推進研究等のように、あらゆることを書けるということではないが、審査をしてもらう側が、自分はどのような研究を行ってきて、発表した論文はどのようなもので、その一覧を記載する場所はある。ただし、量がそれほど多くないので、冗長に書くのではなくて、必要事項をきちんとまとめて書けば、基本的な部分はほとんどわかるようになっていると思う。
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欧米の場合は、応募書類はかなり膨大なものが出てくるが、我が国の科研費審査においては、現在の応募書類が、適正な審査が行えるだけの十分な情報量になっているということを主張すべきではないか。単に量的な問題だけではなく、情報の質の問題を、ここで主張してはどうかと思う。
また、評価の問題については従来から国際的な競争状況の中で見た場合には、日本の論文の数と、それが外国などで引用されている回数などが一つの指標になってきている。科研費によって、これだけ日本の学術研究の水準が上がってきたというような主張ができれば、客観的に科研費をさらに拡充するための理由づけができるのではないかと思う。
それから、11ページに「この問題については、各競争的研究資金を所管する関係省庁等の共通の指針を定め、政府全体で対応することが望ましい」とあるが、これが今までできていないということで、今果たしてできるのか疑問である。ライフサイエンス分野等では過度の集中があるという声を聞くが、他省庁のプロジェクトに参加して研究費を多く交付されている研究者の場合、その状況を科研費の応募書類に書き加えてもらうことによって、重複的な応募について審査会で判断するということが可能になるのではないか。
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現在は、他の研究費の受給・応募状況を応募書類に記載することになっており、また、応募している課題が採択された場合のエフォートの記載も求めていて、それを前提として審査員に判断いただくという形になっている。
既に研究費が交付されていることがわかった場合に、それと同じ研究内容であると判断して不採択にするとか、基本的に研究内容が異なり、採択してもよいのではないかと考えるのは審査員の判断に任せられているが、研究者はいろいろな研究費に応募する権利があり、複数の研究費に同時に新規応募した場合には、どれが採択されるかわからないという問題はどうしても解決できない。
この問題では、政府が研究開発データベースをつくり試験運用しており、1人で十数件も研究費を交付されているというデータが出てくる。それは、少額の研究費を細かく交付されている場合と、規模の大きな研究費が数件重複しているという場合もあるわけで、現在、政府としてルールがない。そのルールを明確にしないと、科研費の審査会でも、どのように対応するか決めることができないし、科研費制度から他省庁の制度に対して、逆に他省庁の制度から科研費に対して採択しないよう求めることはできないので、現在、総合科学技術会議の指摘を受けて、関係省庁間でルールを検討している段階である。
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14ページの前半に、「恒常的に大規模な審査評価の仕組みが整備されているという状態には至っておらず、審査専門に行うPD、POなど」云々とあり、最後に学術システム研究センターの名前が出てくるが、学術システム研究センターは自ら審査を行うことにはなっていない。適切な審査員を選ぶということを最大の任務にしているので、この部分の「恒常的に大規模な審査評価の仕組み」を整備するという表現は、システム研究センターの研究員が、恒常的に科研費の審査をやるかのごときイメージを与えるおそれがあるので、記述を工夫してほしい。
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前回の部会において、審査が十分にできないから、研究費の規模を上げるべきというのは本末転倒であるという意見や、学術システム研究センターで審査を行うべきという意見があったので、このように記載している。また、学術システム研究センターで合理的な審査システムについて検討することが望ましいという表現は適切でなく、そのような審査システムの構築を国が積極的に行うべきということを記載するようにという意見もあったので、このような記述となっているが、ただいまの意見については、再度検討したい。
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13ページで、総合科学技術会議の意見に沿って、 「予備審査及びいわゆる『覆面審査』の導入」、 「年複数回応募」について記載されているが、短期間に審査員1人当たり平均98件の審査を行うことは、大部分の審査員はやはり件数が多いと感じると思う。なぜなら、自分の専門外の研究分野の審査では、依頼された全ての課題に目を通さないと平均的なレベルがわからない。現在の審査体制では、専門から遠い分野の研究の審査も課されており、問題があるという判断も一部にはあると思う。そういった意味では、 の審議だけではなく、より専門の近い研究者が審査を担当できるよう、審査員の増員についても記載すべきではないか。 |