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研究費部会(第2期第16回)議事録

1.日時   平成16年11月22日(月曜日)15時〜17時

2.場所   経済産業省別館 944会議室

3. 出席者
委員 池端部会長、家部会長代理、石井委員、井上委員、郷委員、垣生委員、飯島委員、伊賀委員、谷口委員、鳥井委員、鈴木(昭)委員、鈴木(厚)委員、豊島委員、小平分科会長
事務局 清水研究振興局長、森振興企画課長、甲野学術研究助成課長、山田調査調整課長 ほか関係官

4. 審議概要
 事務局から資料2「科学研究費補助金の在り方について(報告案)」に基づいて説明の後、意見交換があった。

1 「2 研究種目の構成の見直し」について

(○・・・委員 △・・・事務局)

委員  非常に単純なこと、形式的なことを伺うが、「申請」という言葉を全部、「応募」に置きかえたことの趣旨はどのようなものか。「申請」というのは、採択が決まってから出すことが申請だという形式論でこうなったのでなければ幸いだと思うが。
 単純に置きかえた結果、「応募額」という奇妙な表現になっている部分が5ページの下から4行目にあるが、これはいくらなんでもおかしいし、従来は「申請額」と表現してきて、それはそれで文意は通っていた。無論、応募する側の問題である「重複応募」とか、「応募資格」といった表現は構わないが、手続き全体について置きかえるとすれば、私は原則「募集」の方が妥当ではないかと思う。

事務局  これは事務的な問題で、募集時に計画調書を提出した後、採択されると交付申請書という書類を提出していただくが、実は会計的には、そこから始まり、交付申請のときに使う額を「交付申請額」と言う。
 研究計画調書で研究課題を審査することは、会計的には事前審査である。しかし従来はこの事前審査段階のことも「申請」と称してきた。そのため研究機関の事務局では「申請」の時の問題と「応募」の時の問題の区別がつかず、非常に混乱を起こしていて、概念がはっきりしないという問題があった。そのため、交付申請の段階と、事前の募集の段階に行うことを区別するということで、「交付申請」と「応募」とを明確に区別した。そういった技術的な理由で全部修正してきたが、中間まとめの一部で修正されていなかった部分があるのと、平成17年度の科研費の公募要領では全部「応募額」で統一したので、それに合わせていただきたいという単純な理由である。

委員  そうだと思ったが、技術的に「応募額」とするのは違和感があるので、後ほど事務局で検討してもらいたい。単純に「申請」を「応募」に切りかえると、どうもおかしな用語になることがある。

委員  原理的な質問で恐縮だが、この報告の相手方について、もう一度確認をさせていただきたい。これは文部科学省の審議会に置かれた部会なので、文部科学省の施策に対して意見具申するのが一番の役割だろうと思うが、総合科学技術会議や財政当局を相手として、それぞれについてイメージしてみると、それぞれ違うし、やはり足りない部分があるような気がする。例えば総合科学技術会議は司令塔として、一番上にあるはずだが、その先にある財政当局を納得させないことには科研費の予算の増額ができないわけで、その辺りの全体のトーンを調整して、相手先をもう少し明確にした方がよいのではないかと思う。
 個人的には、この報告案は総合科学技術会議が相手であればこの内容でよいと思うが、財政当局まで含めると足りないところがある。研究は大事だと言うが、なぜ大事なのかという点では、やはり研究者としての枠にとらわれた見方しかしていないように思う。財政当局は、お金をばらまいているのではないかという疑念を抱いているということを耳にする。予算の増額を求めているのだから、増額する必要性についての説明は非常に重要で、研究の必要性をよくよく訴えていかないと、説得できないのではないか。

事務局  本審議会は文部科学大臣の諮問機関として設置されているので、本部会で取りまとめられた報告書は、基本的には文部科学大臣に対して意見を述べるというもので、これ自体が総合科学技術会議に対して提出されるとか、財政当局に提出されるというものではない。ただ、文部科学省の考え方を問われたときに、文部科学大臣は、有識者の意見をまとめ、それに従って政策を進めていくので、そういった面では対外的にも、考え方を明確に示す上では役に立つが、基本的には、文部科学大臣が施策を進める上で、意見をいただくというものである。
 もう一点、前回、総合科学技術会議からの意見が出されたから当方が対応しなければならないということもないのではないかという意見や、それだけに目を向けて、本部会で議論するというのもおかしいのではないかという意見があった。それはその通りであるが、切羽詰まった問題として、外部から科研費についていろいろな提案や要請があり、それに対して事務局がどのように答えたらよいかを検討していただいており、その結果、総合科学技術会議等からの指摘にあった部分がここに記載されているとご理解いただきたい。また、前回の「骨子案」に比べ随分表現を和らげたつもりである。

委員  6ページの1に、今回新たに書き加えられた趣旨はよくわかったのだが、先ほどの意見にも通じる問題だが、これだけを見ると、学術研究は研究者が勝手に行っているものだという誤解を与える可能性があるという気がする。「研究者の自由な発想と研究意欲に基づく研究であって、研究者の知的好奇心をその源泉としている」として、学術研究は人類の英知のために行っているのだという、前提になる精神について1行程度書くとよいのではないか。
 それから、このパラグラフの下から3行目の「小規模の額の応募の制限は行っておらず」というのは、どのような意味か。

事務局  この部分は、金額が小さいからといって応募を認めないということはないということを表したかったものである。種目ごとに研究期間と限度額が決められてはいるが、どの研究種目に応募してもよいというシステムになっており、少額であるからといって、その研究種目は必要ないという判断はしていないということを表したかったものである。

委員  今の意見についてだが、報告案の冒頭の「背景・基本認識」に、それらのことが記載されているので、繰り返さずとも認識してもらえるのではないか。

委員  報告案中、「基盤研究(B)、(C)」という語句が突如として出てくるが、これはわかりづらいのではないか。また、今の学術研究の重要性については、基本問題特別委員会が報告書を出しているし、科研費の仕組みについても既存の表がある。それらを附属資料とすることは考えられないか。そうしておいて、わからなければ、それを見るようにという注釈をつければよく、本文はこれでよいのではないかという気がする。

委員  全体によくまとめてあるので基本的に結構だと思う。一つだけ引っかかったのは、「依存率」という言葉が初めて出てきたが、私はまだ咀嚼し切れていない。
 考え方として、応募するときにどこに応募するかを考えたときに、自分の研究は、この予算規模が適切だと考えて、そこに応募する。そういった割合が、これだけあるということを言いたいのだと思うが、これは例えば、「基盤研究(C)を応募先として選択する割合」とか、少しかみくだいた言葉の方がよいのではないか。「依存率」というと、何か違うニュアンスがあるので、もう少し検討してもらいたい。

2 「応募・審査の在り方の見直し」について

委員  12ページの「現状」と「課題」の中で、応募書類の質についても触れておいた方がよいのではないか。研究者と話をすると、科研費の応募書類は非常にうまくできているという。ページ数は少ないが、言いたいことは言えるようになっているし、記載を求められる事項も適切であるという。他省庁の応募書類はページ数は多いが、同じことを重複して書くことが多い。米国の場合と比較して、科研費の分量は少ないということを総合科学技術会議から指摘された。しかし米国でも、あまりにページ数が多過ぎて審査の負担が大きく、分量を減らす方向にあるので、昔のことをなぞっていくのはとんでもないという意見もあったように、やはり適切なサイズがあるはずだ。ともかく、科研費の応募書類の質はよいということについて触れておく必要がある。そうしないと、ただ単に件数が多く審査が大変だからという理由のみで、現行の分量でよいと主張するのはよくないと思う。
 私も以前から、応募書類については、なるべく重複する事項を減らすように主張しており、徐々にそのようになってきた。改善はもちろん必要だが、その質についても触れておくことが必要である。
 課題としては、今後の電子化にも関わることだが、応募書類に特許を取得していないなどオリジナリティーのある内容を記載すると、どの分野でも競争相手がそれを見て審査することになるので、そのオリジナリティーをどのように担保するかという点である。また、これまでの研究業績と応募した研究の内容のどちらを重視するかという問題もあり、これを適度に按配することが、今後の課題であると思う。
 この点はあまりにつけ加え過ぎると過大になるかもしれないが、ページ数が少なくても、非常によい制度となっていることを含んだニュアンスが欲しいと思う。

委員  ここでは審査員の人数に制限があるわけではなく、現在4,500人ほどの研究者が審査に参画しており、応募がさらに増加すれば、審査員も増加させていくということになっている。ただ、応募書類の質が充実しているという点については記述する必要があると思う。

委員  今の意見にも関連するが、この13ページの総合科学技術会議の意見で、審査員1人当たりの審査件数は平均98件で、負担が大きいとある。確かに100件を超えるというのは過負担だと思うが、実際に審査する場合に、数が少な過ぎるのも非常な負担になる。ある程度の数が来れば、その分野の大体の平均的なレベルを認識して適当な判断ができると思うが、例えば極端な話、わずか1〜2件の課題が来て、この研究の優劣の判断を求められても、判断基準がなくて困ってしまう。
 従って、むやみに審査員の数を増やし、1人当たりの審査件数を減らすべきという意見にはあまり賛成しない。審査員になれば負担はあるが、それはある種のノブレス・オブリージュ(高尚な義務)だと思って務めてもらうしかないのではないか。

委員  報告書に、覆面審査の導入は難しいと記載する場合、最初に、詳細に記述する応募書類の提出を求めていないから無理だという記述で始めると、どこか論理に弱点が出てくるのではないか。先ほどからの意見にあるように、やはり科研費の応募書類はよくできており、審査員一人当たり審査件数平均100件ならば仕方のない数ではないかという気もする。覆面審査については、それを導入した場合にどのような効能を発揮するのかという分析がまず必要ではないかと思う。

委員  前回も議論があったが、これまでの業績と、研究計画のどちらを重視すべきかという問題がある。研究計画を重視するとした場合、調書にはこれまでの論文が挙げられることになるので、覆面審査はほぼ実現不可能になってくる。

委員  覆面審査ということになると、研究計画の前提になっている、今までの研究の積み上げについての説明ができないということになるが、それが研究計画調書として意味があるのかという議論もあり得る。そのような視点から、記述を加えることはできないか。この部分については、分量を多くした詳しい研究計画調書を提出させればよいではないかと反論された場合にどうなるのかという問題である。少し気にし過ぎかも知れないが。
 それから細かい点だが、13ページの下から3行目に、「研究者は研究機関への終身雇用が一般的であり」とあるが、「終身」とまで言う必要はないのではないか。

委員  ただいま意見のあった審査の問題だが、科研費制度全体としては、よい審査がなされている。その結果どうなっているかということを、ある程度メッセージとして出してもよいと思う。
 先週、『ネイチャー』誌全体の米国内統括エディターに話を聞いたところ、日本から投稿される論文の採択率が、欧米からのものよりも高いという。論文数は別として、質的には非常に優れたものがある。審査に携わり多くの論文を見ると、非常にレベルが上がってきているというのは明らかである。科研費の交付を受けたと新聞には載らないが、雑誌には必ず書かれていると思う。これをすぐに審査システムの優秀さと結び付けられるかは判らないが、そういったことを外部に対し積極的にアピールすることは非常に重要だと思う。
 それから、科研費の倍増を求めている背景には、それだけ研究のレベルが高い、質が高いということがあると思う。審査会に出席してみると、毎年、優れた研究が数多く応募されてきているが、予算が足りないため、残念ながら不採択にせざるを得ないというケースがある。本報告にも、研究者の立場に立ったアクティビティーの問題、『ネイチャー』誌の例のように、客観的・国際的に見て、日本の研究のレベルが上がっているといった視点とか、そのような具体的な例を入れて、財務当局に理解を求めることが非常に重要ではないか。

委員  今の意見に大変賛成で、『ネイチャー』の採択率がほかの国に比べて高いということや、科研費が充実したことによって採択率が増え、それによってこのような成果が出ているといった、資金と成果の関係を最も明確な形で見える例を示すことが非常に重要だと思う。

委員  これまでにも、資金と成果の相関性というものを随分問われて、何とか資料を出したいと思うのだが、どのようなデータを使えばよいのか、具体例をなかなか示すことができなかった。

事務局  科研費制度全体をそれで説明できるかどうかといった問題がある。それぞれの研究分野によっても事情は異なるので、ある局面では光っているものがあっても、制度全体としてのデータを示すことは難しい。

委員  評価については、常に採択時の評価に焦点が絞られているように思うが、採択後に、例えば大型の特別推進研究等を交付された研究では、『ネイチャー』に論文が掲載されたなどという成果例があると思う。データを示すことは難しいとのことだったが、事後評価をきちんと行えば、それは可能ではないかと思う。

委員  先ほどからの議論で、14ページの上から5行目で、応募書類について「その分量が米国に比べると総体として少なくなっている」という後に、「このような点を勘案すれば、審査評価を改善していく上で」、開示が必要だという論理構成になっているが、このあたりの論旨が少しつながりにくいような気がする。分量を少なくしているが、十分な情報は盛られているということを付け加えた方がよいのではないか。
 実際に、必要十分な情報は盛られるようになっているが、研究者側で、それに対してうまく記載している人とそうでない人がいて、審査の上で非常に難しい場合がある。逆に言えば、うまく記載できなければ不採択でも仕方がないので、審査評価結果の開示の際に、この点をきちんと記載していなかったので不採択になったことを明らかにすればよいのではないか。

事務局  特別推進研究や特定領域研究の審査については、今のご意見のとおりだが、基盤研究のように、応募件数が大量にあるものについては、コンピューターでおおよその順位を開示する程度であって、一件一件について懇切丁寧な開示ができていないものもある。しかし、後者の方が総体として金額が多く件数も多いので、全体で議論するとなると、なかなか一言では言えないという部分がある。

委員  応募書類には、必要十分な情報を記載する欄はあると思う。そこへ必要な事項をきちんと記載すれば、かなり研究の評価ができるはずである。特別推進研究等のように、あらゆることを書けるということではないが、審査をしてもらう側が、自分はどのような研究を行ってきて、発表した論文はどのようなもので、その一覧を記載する場所はある。ただし、量がそれほど多くないので、冗長に書くのではなくて、必要事項をきちんとまとめて書けば、基本的な部分はほとんどわかるようになっていると思う。

委員  欧米の場合は、応募書類はかなり膨大なものが出てくるが、我が国の科研費審査においては、現在の応募書類が、適正な審査が行えるだけの十分な情報量になっているということを主張すべきではないか。単に量的な問題だけではなく、情報の質の問題を、ここで主張してはどうかと思う。
 また、評価の問題については従来から国際的な競争状況の中で見た場合には、日本の論文の数と、それが外国などで引用されている回数などが一つの指標になってきている。科研費によって、これだけ日本の学術研究の水準が上がってきたというような主張ができれば、客観的に科研費をさらに拡充するための理由づけができるのではないかと思う。
 それから、11ページに「この問題については、各競争的研究資金を所管する関係省庁等の共通の指針を定め、政府全体で対応することが望ましい」とあるが、これが今までできていないということで、今果たしてできるのか疑問である。ライフサイエンス分野等では過度の集中があるという声を聞くが、他省庁のプロジェクトに参加して研究費を多く交付されている研究者の場合、その状況を科研費の応募書類に書き加えてもらうことによって、重複的な応募について審査会で判断するということが可能になるのではないか。

事務局  現在は、他の研究費の受給・応募状況を応募書類に記載することになっており、また、応募している課題が採択された場合のエフォートの記載も求めていて、それを前提として審査員に判断いただくという形になっている。
 既に研究費が交付されていることがわかった場合に、それと同じ研究内容であると判断して不採択にするとか、基本的に研究内容が異なり、採択してもよいのではないかと考えるのは審査員の判断に任せられているが、研究者はいろいろな研究費に応募する権利があり、複数の研究費に同時に新規応募した場合には、どれが採択されるかわからないという問題はどうしても解決できない。
 この問題では、政府が研究開発データベースをつくり試験運用しており、1人で十数件も研究費を交付されているというデータが出てくる。それは、少額の研究費を細かく交付されている場合と、規模の大きな研究費が数件重複しているという場合もあるわけで、現在、政府としてルールがない。そのルールを明確にしないと、科研費の審査会でも、どのように対応するか決めることができないし、科研費制度から他省庁の制度に対して、逆に他省庁の制度から科研費に対して採択しないよう求めることはできないので、現在、総合科学技術会議の指摘を受けて、関係省庁間でルールを検討している段階である。

委員  14ページの前半に、「恒常的に大規模な審査評価の仕組みが整備されているという状態には至っておらず、審査専門に行うPD、POなど」云々とあり、最後に学術システム研究センターの名前が出てくるが、学術システム研究センターは自ら審査を行うことにはなっていない。適切な審査員を選ぶということを最大の任務にしているので、この部分の「恒常的に大規模な審査評価の仕組み」を整備するという表現は、システム研究センターの研究員が、恒常的に科研費の審査をやるかのごときイメージを与えるおそれがあるので、記述を工夫してほしい。

事務局  前回の部会において、審査が十分にできないから、研究費の規模を上げるべきというのは本末転倒であるという意見や、学術システム研究センターで審査を行うべきという意見があったので、このように記載している。また、学術システム研究センターで合理的な審査システムについて検討することが望ましいという表現は適切でなく、そのような審査システムの構築を国が積極的に行うべきということを記載するようにという意見もあったので、このような記述となっているが、ただいまの意見については、再度検討したい。

委員  13ページで、総合科学技術会議の意見に沿って、1「予備審査及びいわゆる『覆面審査』の導入」、2「年複数回応募」について記載されているが、短期間に審査員1人当たり平均98件の審査を行うことは、大部分の審査員はやはり件数が多いと感じると思う。なぜなら、自分の専門外の研究分野の審査では、依頼された全ての課題に目を通さないと平均的なレベルがわからない。現在の審査体制では、専門から遠い分野の研究の審査も課されており、問題があるという判断も一部にはあると思う。そういった意味では、12の審議だけではなく、より専門の近い研究者が審査を担当できるよう、審査員の増員についても記載すべきではないか。

3 「4研究費の配分の在り方」、「5経費執行の弾力化」、「6不正な行為の防止」、「7独立した配分機関体制の構築」、「8研究成果の発信の在り方」について

委員  「経費執行の弾力化」は、今までの本部会及び事務局の努力によって、科研費の使い勝手がよくなったという評価を受けているという意見が多くあった。そういった弾力化がなされてきた結果、それが正しく理解されず、科研費の使用が不適正となった事例も見られる。そのため、この「不正な行為の防止」の前に、科研費は経費執行の弾力化に取り組んできたが、それについて一部の研究者に誤解があり、不正な使用の例が近年見受けられるといった前置きがないと、「不正な行為の防止」という事項を設けるような事態がなぜ生じているのかが第三者にはわかりにくい。今まで科研費の執行が弾力化されてきた状況について説明した後で、そういったことについての誤解も解くため、適正な理解を推進するとした方がわかりやすいのではないか。

委員  経費執行の弾力化を行ってきたにもかかわらず、それについての理解がないために不正を行うというケースがあるので、弾力化されたことについて周知徹底に努めるとしてはどうか。

委員  経費執行の弾力化をしてきたので不正が増えたという誤解を与えないように気をつけなければならない。かつて設けられていた経費の執行の制限が緩和されていることに気付かず、そのために不正な使用を行ったという例が多くある。今年度、わかりやすいパンフレットが作成され、それを見れば非常に弾力化されていることがわかるだろう。従って、弾力化したために不正が増えたという印象にならないよう、マスコミにその点をわかってもらう努力をした方がよいと思う。

委員  技術的な問題だが、20ページの下の方に、「成果事例中心の評価では〜不十分」という引用文があるが、これが総合科学技術会議の指摘であれば、その旨を記載し、次にある21ページの2行目の引用部分は「同上」とした方がわかりやすい。

委員  研究者が研究する個別的なテーマというのは、なかなか社会に理解されにくい。点在する研究成果の情報を統合して組み立て説明することが、科研費等で行われている研究の成果を社会にわかりやすく説明する方法である。そういった視点を持った、研究者と一般の国民との橋渡しをすることができる人材が必要だということを少し記載してはどうか。

委員  20ページで、「科研費に係る研究成果の発信の在り方について、具体策の審議・検討を開始した」とある。例えば科研費の成果については、国立情報学研究所でデータベース化して全て公開しているといった例があるが、報告案ではそれについて触れられておらず、今後の対応策ばかりが記述されて、何も改善していないような書きぶりになっている気がする。
 ただし、基盤研究の成果報告書は大幅な改善を図るべきである。記載する分量は少なく、図面もなく、データとしてわかりにくい。あれを見て新聞記事を書くといったことはできないので、その点は、今後改善しなければならないと思う。研究者コミュニティの中での閉じた議論であればそれでよいが、国民がこれをどう思うかという視点に立つと足りない点が多い。やはり国民が知りたいことを理解できるように説明する義務があるので、それは報告書の様式等、全部見直さなければならない。また、発信の方法も考えなければいけない。科研費の採択情報や成果概要についてのデータベースはあるが、国民が、あるキーワードから逆引きで検索できるような機能がない。
 成果の発信に関しては、第一歩は踏み出したと私は認識しているが、今後とも改善は必要であることは確かだと思う。

委員  今の意見に同感で、21ページの2番目のパラグラフの最後に「このため、研究を実施すれば必ず直ちに一般の国民の目に見える形で成果が創出されるという性格のものではない」とあるが、中には成果が出るものもあるので、その点を誤解がないように検討してもらいたい。
 今の箇所に象徴されるように、この文章全体のトーンが研究者同士、あるいは研究者や学術研究に深い理解のある人たちの間での議論と、外部に対して説得力のある議論とは必ずしも同じではないと思う。先ほどの『ネイチャー』の例のようにいわゆるインパクトファクターの高い学術誌に論文が掲載されることだけが学問の評価に重要とは決して思わないが、外部に対してアピールするときは、そのような指標が有効である。そのような観点から考えると、少し「発信の在り方」が「内向き」になっているのではないかという感じがする。
 学術研究は、知の創造とか、文化の構築といった大切な側面もあるが、明日の科学技術の基盤を形成しているという面もある。これこそが国民の知りたいことであって、DNAの発見などのように、学術研究こそが明日の科学技術、あるいは国の物質的繁栄の基盤を築いてきたという歴史があるので、そのような視点を失わずに、きちんと記述することも非常に重要なのではないか。同時に、だからこそ幅広い基盤を支える学術研究が大切なのだと思う。
 もう一点は、やはり先ほどから指摘があったが、どうも学術研究というのは大学等で研究者が、一般社会によく理解されず、かつそことはかけ離れたところでのいわば、研究者のきままな消費活動と考えられているのではないか。それに対して、あえて極端に言うと、科研費はそれのためのサポートなのだという認識があるのではないか。それをすべて間違いだとは言わないが、やはり学術研究の重要性や期待感を国民的なスケールで共有するような、外部に対する説得力が重要だと思う。やはり学問というのは、皆で共有することに意味があって、パブリシティー(公共性)の問題はこれから非常に重要になってくると思う。小さい子供たちを含め、一般国民にもわかりやすく説明するよう、研究者が努力する義務があると思う。それは今まではなかったとは言わないが、研究者がより一層の努力をする義務があると思う。それは研究者の責任としてきちんと自覚を促したいというようなことも、それはきちんと認識をすべきではないかと思う。

委員  先ほど、国立情報学研究所のデータベースの件について記載するべきと発言したが、これについては報告案に記載があり、私が見落としていた。ただ、これが端緒であるということをよく認識して改善しなければいけないというのは確かである。


 意見交換終了後、事務局から前回同様、欠席委員からの意見及び出席議員からの更なる意見の提出を求めることが提案され、了承された。

5. その他
 事務局から、次回の第17回部会の開催について連絡があった。

(研究振興局学術研究助成課企画室)

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