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科学技術・学術審議会学術分科会

2004年6月25日 議事録
研究費部会(第2期第13回)議事録


1. 日時   平成16年6月25日(金曜日)13時〜15時

2. 場所   如水会館 2階 「オリオンルーム」

3. 出席者
委員 池端部会長、家部会長代理、飯吉委員、石井委員、井上委員、垣生委員、伊賀委員、甲斐委員、谷口委員、鈴木(昭)委員、鈴木(厚)委員、豊島委員、末松会長
事務局 石川研究振興局長、丸山審議官、井上科学技術・学術政策局次長、岡本学術研究助成課長 ほか関係官

4. 審議概要
(1) 「科学研究費補助金の在り方について(中間まとめ)(案)」について

 事務局から資料2「科学研究費補助金の在り方について(中間まとめ)(案)」に基づいて説明の後、質疑応答があった。

(○・・・委員 △・・・事務局)

委員  1ページ目の上から18行目の「(2)の学術研究への支援は」で始まるパラグラフにおいて、この学術研究への支援が、(1)の研究の目標・内容等を政府があらかじめ定めるタイプの研究の推進にとっても重要であるとしていることは、これは全くそのとおりである。
   次に、「研究活動全体の基盤である学術研究への支援が充実されることによってこそ(1)に係る重点分野の研究においても新たな可能性に挑戦するプロジェクトの推進を図ることができる」という書き方だが、これは、支援が充実されることが(1)の挑戦を可能にするのか、支援によって学術研究がしっかり発展しているという状態があるということが(1)がきちんとできるというのか、その「研究への支援」というところが少し気になる。これでも意味は通らないわけではないが、ここのところをどのように理論構成するか、議論の余地があるのではないか。

事務局  この「学術研究が充実されることによって」と書くべきか、それへの「支援が」と書くべきかということが論点であるが、そこには両論がある。その上のパラグラフにおいて、政府の支援には2種類あることを述べ、ここではその2つの関係を述べている。事務局でこの「支援」という文言を入れたのは、そこのパラグラフでは、学術研究への支援が充実されていることによって、もう一方の重点分野への政府の支援も生きてくるという意味で、両者を並列させて記述した方がよいと考えたためである。

委員  それでは、この部分について、今の強調点をどうするかという問題と、混乱のない文章表現にするにはどうするかということについては、預からせていただきたい。

委員  今の文章の続きで、「また、将来の重点分野の形成という観点から、学術研究からブレークスルーが生まれ、新しい重点分野の開拓につながってきたことは、過去の歴史が示すところである。」という文章があるが、ここにおける新しい重点分野の開拓につながるということと、その上の「重点分野の研究においても新たな可能性に挑戦するプロジェクトの推進を図ることができる」ということとは、別の事柄なのか。つまり、学術研究の推進こそが新たな重点分野の挑戦につながり、そのようなプロジェクトができるということを上で述べているような印象を受けるが、そうすると、「また」という言葉のところは、並列的、なおかつ過去にそういった実績があったから、このようなことが言えるというように理解してよいか。

委員  整理したときの趣旨は、前半は資金的な問題を述べていて、それによって研究が発展していくという点について説明しており、後半は、ブレークスルーがどこからなされるかという点を説明している。

事務局  これは、もともと試案には入っていなかったものである。本部会の議論の中で、まず、学術研究というものがしっかりしていてこそ、政府主導のプロジェクト研究のようなものに挑戦できるという意見があった。また、学術研究が新たな重点分野を築いてきたということについても述べるべきとの意見、すなわち、政府の特定のプロジェクトに対して、どれだけ学術研究が役に立っているかということも加えるべきとの意見もあった。これは並列する内容になるという理解で、ここに「また」という接続詞を入れている。

委員  7ページの第一段落には、不正使用の防止のためにいろいろな方策をこれまで行ってきたことが述べられており、その中に「応募資格の一定期間停止を行ってきた」とある。しかし、その次の段落には、「ペナルティーを過度に強化したりすることにより対応すべきものではない」、それから「本部会としては、科研費の交付を受ける全ての研究者に対して改めて自覚を促したい。」と書かれている。この場合、この一定期間停止の措置というのは、今後どのようになっていくのか。これはもうやめるということか、あるいは、それぞれの研究機関に任せるということなのか、そこが明確ではないのではないか。

委員  これは基本的な理念と現実とを述べていると理解している。すなわち、理念に基づいて本来あるべき姿はこうであるのに、それが実現できないので、実際はペナルティーを科しているということであると理解しているが、それでよいか。

事務局  今ご指摘のあった問題は、一方でペナルティーを科しておきながら、一方ではそうすべきではないと書かれているように見えるということだと思うが、ここでの主張は「過度に強化することにより対応すべきものではない」、すなわち「過度に」というところにかかっている。世間ではなかなか研究者のモラルを信用してもらえない状況になっており、それでやむなくペナルティーを科しているけれども、本来は不正な使用をしないことが大事だということを研究者にアピールしている。

委員  8ページの21行目からのパラグラフに、「政府が定めた重点分野に対して科研費を重点的に投入すべきであるという一部の主張については、科研費の意義・目的に関する周知について、今後より一層の努力を行う必要がある。」とあるが、何についてその努力をするべきかという点がはっきりしない。これは非常に大事なことで、(1)の「政策的に進めるべき範疇の研究資金」と、(2)の「自由な発想に基づく研究」のバランスということが、この「研究費全体の中における科研費の在り方」ではあまり書かれていない。重点分野への投入を十分にするべきなのか、そうではなくて、政策的なものと、それとは異なるものとのバランスをきちんと考えるようにするべきなのか、そのあたりの論点が大事だと思う。この部分は大事な割には、何を言いたいのかがよくわからない。現在の文案では、「一部の主張について努力を行う」と誤解される恐れがある。
 将来、総合科学技術会議や政府から、強力に政策的な研究費を増やすよう主張があるかもしれない。それに偏重せず、ボトムアップ型研究費充実の根拠を示してボトムアップ型の研究費である科研費をしっかり確保すべきであるというのが本部会の主張だと思う。

委員  ここの表現は、「目的について、理解を求めていく一層の努力を行う必要がある。」としてはどうか。
 また、「主張については」とすると、何かそれだけを相手にしているというニュアンスに取られかねないので、「主張が一部に見られるので、科研費の意義・目的について理解を求める。」としてはどうか。

委員  今の部分、8ページ21行目からの段落だが、「特に、政府が定めた重点分野に対して」という文章で始まる段落を「特に、政府が定めた重点分野に対して、科研費を重点的に投入すべきであるという主張が一部に見られるので、科研費の意義・目的について、理解を求めていく努力を一層行う必要がある。」としてはどうか。
  なお、文章が少し乱れていれば、もう少し推敲を重ねるが、趣旨はそういったことである。
 9ページの「3研究成果の発信の在り方」に関しては、本日、もう少しご議論いただきたいと思っているが、それを待って書き入れるというわけにもいかないので、前回までの審議を踏まえ、このような形でまとめさせていただいた。

 質疑の後、今回の議論を踏まえて一部修正を要する部分について部会長及び部会長代理に一任することとし、「科学研究費補助金の在り方について(中間まとめ)」とすることが、了承された。

(2) 「研究成果の発信の在り方」について

事務局から資料3「研究成果の発信方法とそれに対する支援策」に基づいて説明の後、意見交換があった。

委員  前回いろいろと意見をいただいた。この資料は「文部科学省・日本学術振興会」、つまり、助成をする側で研究成果をどのように発表し、納税者に理解してもらう方法としてどのような形があるか、それから、科研費を管理する責任を持つ「研究機関」においてはどのようにしていけばよいか、また、「研究者」の側ではどうか、この3つのグループに分けて、既に行われていることは何か、今後どのような検討課題があるか、またそれを進めていくに当たってはどのような支援策が必要であるか、という観点から整理されている。これでかなり全体像が見え、わかりやすくなってきたのではないかと思う。成果の発信の方法として、特に税金で研究をサポートしてくれている社会に理解してもらう方法を特にここでは議論していかなければならない。

委員  よくまとめてあるが、この3つのグループのほかに、もう1つ付け加えたいことがある。それは、成果発表の受け皿である学会誌や学術雑誌についてである。これは分野あるいは学会によっても違うかもしれないが、おそらく多くの専門的学術雑誌は、今、財政的に非常に危機に瀕している。今の時代、電子化が進んでいること、また学術雑誌は大体投稿料と購読料で成り立っているが、購読料に関しては、多くの図書館が講読をやめるという事態が急速に進んでいるため、その学術雑誌自体を維持することが非常に難しくなっている。科研費の中に学術雑誌を支援している研究種目もあるが、一定部数以上の発行数があるかなど、幾つかの審査基準があり、それらが昨今の電子化の動きとは時代的に整合しなくなっている部分があるように思う。そのような部分の改善についても議論すべきである。
 発信の方法についても、我が国で行われた科学技術・学術の成果を、その分野のナショナルジャーナル(学術誌)できちんと世界に向けて発信していくというのが本来の姿ではないかと思う。そういったことを今後どのように考えていくのかということもどこかで議論すべきだと思う。

委員  確かに一般国民向けの普及は非常に大事であり、ホームページの開設など、いろいろなことが資料に書いてあるが、そういったものをつくっても、研究者が書いたものは一般の人にはまず理解できないという致命的な欠点がある。
 このため、我々が一般に向けて研究成果の普及を行うためには、科学ジャーナルとの連携を相当強く行うようにすべきである。例えば、補助金を交付された研究者は、最後に成果報告を書くという場合でも、図や物のデザインも含めて、科学ジャーナルと連携することにより、一般の人の目を通した後に書物とか、パンフレットとか、あるいは成果報告としてまとめるようにすべきである。研究者が一般の人にわかるようなものを作成することは非常に難しく、また、研究者にそれを要求するのも酷だと思う。
 したがって、科学ジャーナルとの連携を強めて、多額の研究費を獲得した研究の成果については、それなりの成果物にまとめることとすべき。それほど長くなくてもよいが、それらをまとめて日本学術振興会が冊子にして一般に書物として販売するようにしてはどうか。単にホームページの開設という受け身の方法よりも、冊子にして積極的に発信した方が、一般の方の理解がより広まるのではないか。

委員  学問が専門化していって、専門家同士でも、なかなかわかりにくくなっているという現状にある中で、一般の国民にわかりやすく説明しようとすると、研究者の片手間ではとてもできないと思う。科研費の成果を国民にわかりやすく知ってもらえるようにすることを仕事とするセミプロのようなグループを、ある程度養成していかないとなかなか難しいのではないか。
 今、ジャーナルの話も出たが、科研費ジャーナルのような、よりポピュラリティーのある雑誌のようなものが定期的に出せるよう、科研費の一部を使って、セミプロの研究者を計画的に育てる必要があるのではないか。大変難しいことを易しく説明するということは、かなり創造的な仕事ではないかと思う。それは非常に大切であるが、誰にでもできることではないので、やはりそういった能力を持った人が必要であると思う。それは研究者のOBにもいるかもしれないし、若いときからそのような人を育てるというのもよい。いずれにしてもそのようなグループをつくる予算を措置することが必要になってきているのではないか。

委員  科学的なテーマを扱って一般の人に理解してもらえるように書いていく、そういったサイエンスライターとでも言うべき人を育てていくということだろう。しかし他方では、そのようなジャーナルを育ててつくっても、それがつぶれていくという悪循環もある。
 確かに、ホームページを開いてみても、少し分野が異なるとその研究者仲間でもなかなかわからないというのが実情である。

委員  国民への説明責任の問題ということになると、単純に考えて、科研費でどのような優れた研究ができたかについては、中身の問題ではなく、どれだけ高い評価を受けているものがその中から生まれているのかを説明するとよいと思う。そのために、ノーベル賞や学士院賞などはもちろん、学会賞などの受賞歴を情報として出していくべきである。また、例えば、21世紀COEの申請のときに、その中心になる研究者は大体優れた研究を行っているが、そのような研究者を実は科研費が育てていることを示すことが、一番単純でわかりやすいのではないか。何も賞を取る研究を支援するために科研費を交付しているわけではないことは百も承知の上で申し上げているのだが、国民の側から見ればその一端として賞をもらっているとか、これだけ学会で重きをなしているという情報は、1つの指標として意味があると思う。その情報をどこがどのように収集するのかが問題となるが、科研費の研究計画調書には、今までに獲得した科研費の履歴を書く欄があるので、そこに受賞歴欄を付け加えることによって、ある程度情報収集が可能となるかもしれない。いろいろ知恵を出しながら、それが学問の世界でどれだけの評価を受けたか、高い評価を受けたかということについての情報を集めて、それをホームページ等で発表することを考えてみてはどうか。

委員  成果の発信はなぜしなければいけないのかというところに行き着く。本部会は、研究成果は人類の知的資産だと主張した。そういう意味では、資産と認識してもらうために広く理解を求めるという、より本質的な部分と、科研費の予算を伸ばしていくために発信しなければならないという部分と、2つがあると思う。 後者については、予算を伸ばす上で、成果発信がなされていないという批判にどのように応えて行くかということから出てきていると思う。

事務局  科研費の成果については、昨年、総合科学技術会議のヒアリングを受けた際に、先方からきちんと説明していないとの指摘を受けた。
 特別推進研究等の規模の大きな研究については説明できるが、前回、委員の方からご指摘があったように、基盤研究等のように、一つ一つの研究課題に配分される金額が小さく、研究者は10年も20年も研究を続けながら成果を挙げようとしているような研究種目については、非常に成果が見えにくいという問題がある。
 このため、総合科学技術会議のそういった指摘に対して、当方からは、ノーベル賞を受賞された方で日本で研究していた方はいずれも科研費を若い頃から獲得していたという例を挙げ、科研費は30年後の重点分野を育てるという説明をした。それに対して総合科学技術会議は、そういった事例の紹介だけではこれだけ多額の予算規模を持つ科研費制度を説明することにはならないと注文を付けている。
 そこで我々は、どのような形で社会に役立っているかということを示すためには、まずどのような研究に対して交付しているかという点と、その研究によりどのような成果が出ているかということを説明していかなければならないが、科研費の交付を受けている期間内で研究の成果が出るとは限らない。新聞に掲載されている研究成果の多くに科研費が交付されていることは事実だが、科研費が交付されていることについては記事の中には全く出てこない。また、その成果が科研費だけで行われたということもできない。
 先ほどの意見にあったように、雑誌、テレビメディアを使った成果の発信もできないことはないと思われるが、その費用をどのようにして確保するかという問題がある。
 基盤研究等のように成果が短期間では表れにくく、かつ、非常に多くの研究課題数があるものについて、社会に対してどのように成果が役立っているかということを、どうすれば相手に理解してもらえるかという点について、本部会で御議論いただきたい。

委員  ノーベル賞を受賞された方の過去の科研費採択歴を明らかにするという方法はベストだと思うが、それがごく一部に過ぎないといった言い方は、基盤的な研究というものの本質が理解されていないことを示している。それをどうしたら理解されるようにするかということだと思うが、基盤研究というのは、全部が花が咲くとは限らない。その中で百に一、千に一、花が咲けば、それはそれなりに日本の国を支えていくものになる。
 それともう1つは、基盤研究で花が咲いたという目に見えるものだけではなくて、全般的に支えているということも言えると思う。このため、その後の研究で多額の研究費を獲得した研究者、あるいは、他省庁から研究費を獲得した研究者に、科研費の採択歴をきちんと報告するようリクエストしてはどうか。それを集めて報告書としてまとめ、行政官や、あるいは国会議員に対する1つのデモンストレーションとしてはどうか。
 先ほどのジャーナルの話だが、本人に書かせたのでは、やはり研究にこだわり過ぎるので、第三者が書かなければならないと思う。それを誰が務めるかということだが、非常に大変だと思うが、そういった努力をどこかでしなければいけない。

委員  研究成果の発信について考えてみると、科研費は国民の税金を原資としているので、社会に対する理解を得るという義務がある、つまり、一般の人たちに理解をしてもらうために努力する義務があると思う。そういった意味では、発信する相手は一般の国民だと思うが、しかし、国民の支持を得ながら、財務当局や総合科学技術会議を視野に入れて科研費の理解をより深めてもらう必要もある。
 これは両方とも非常に重要な側面であり、その両方の要素を考えることはとても大切なことだが、両者への対応の仕方は、おのずと少しずつ、その戦略が違ってくるのではないかと思う。
 また、ジャーナルとか、ライターとか、自然科学系に特化したことであるが、参考までの意見を申し上げると、『ネイチャー』には日本の支局があり、日本語で書いたダイジェスト版を作成している。一方ではライターもおり、彼らが日本から科学技術・学術に関する記事を発信する。それはもちろん英語で『ネイチャー』に掲載されるわけだが、そのようなところと連携をするといったことが可能ではないか。
 先ほどの意見にあったように、積極的に社会に発信するという意味で、また、研究者によく読んでもらうという意味でも、例えば『ネイチャー』と交渉して、そういったライターのような人をオフィスに送り込んではどうか。日本の学術研究の在り方をよく理解してもらうという意味でも、連携関係をつくるというのは大切と思う。もう1つのオプションとしては、日本語で、日本の国内だけではあるけれども、今週のダイジェストが出るが、そこに例えば、日本で新しい研究成果が出たといったことを紹介しながら、これは科研費の補助を受けたとか、あるいは、若手研究者が育って、このようなヤング・インベスティング・アワードを受けたとか、つまり、文部科学省側の裁量による、ある程度ライターに任せたアピールの仕方というのを、『ネイチャー』に例えば綴じ込みのような形で入れてもらうことも、おそらく交渉次第では可能ではないかと思う。『ネイチャー』はかなりの研究者が読むし、一般のサイエンスに興味のある人も読むので、自然科学系に特化したことであるが、そういった方法も試してみてもよいのではないか。

委員  今の意見にあったとおり、確かにそう思う面もあるのだが、少々危険でもあると思う。日本人がそのような記者たちに英語で研究成果を話したときに、時々誤解があったり、あるいは故意におもしろおかしく書く場合がある。『サイエンス』や『ネイチャー』の記者でもそういったことを行う場合がある。
 やはり、日本人の記者が執筆する、日本人向けのものを育てなければならないと思う。例えば、新聞社の科学担当記者は、自分たちが真剣に書いた原稿をデスクが取り上げてくれないと嘆いている。そういったものをうまく集めて、きちんとこちらで訓練しながらやることはできないか。費用がかかり過ぎるのかどうかわからないが、何らかの方法を考える時期に来ているのではないか。日本で本当のサイエンスライターを育てなければ、日本全体としてのレベルは上がらないのではないかと思う。

委員  いろいろな方法があると思うが、私は現在、市民の力を借りて成果発信を行っている。大学のいろいろな研究を数ページずつダイジェストにして年数回発行し、それをまとめて本にしているが、市民の中でそういったものに興味を持っている方に依頼して、研究者の書いた文章をまずその人に読んでもらう。そうすると修文されてくるし、こちらの予想外のところがわからないという意見があり、随分変わってくる。そういった市民の力を借りるという方法もあるのではないかと思う。

委員  科研費の成果発信の方法としては、ホームページにリンクを張っていくという方法や、サイエンスライターを育てていくというようなこと、あるいは実際に研究活動を行っている科学者たちとコンタクトをとる方法などが意見として出されたが、成果を発信する相手を見据えて、どういったものを使ってどのような媒体でやればいいのかという戦略を立てる必要がある。

委員  科研費の問題を整理していくスポークスマンが必要だと思う。必要ならば育てるべきである。

事務局  補助金をどのように管理しているかとか、どのような審査システムで交付しているかという点は、行政の側で説明すべき問題である。しかし、この研究がどういった意味があるのかと問われたときに、現実には少数の人員で約4万9,000件の採択課題について全部把握することはできない。また、自主性を尊重するという学術というものにおいては、こちらの意図した形で物事を進めさせるという手法をとらないので、研究に対する評価などはその自主性にお任せしている。学術の成果はすぐには出ないのが通常であり、交付を受けてから10年〜20年後に評価されるので、補助している時点ではわからない。そうなると、研究の成果を説明できるのはやはり研究者ではないかと思う。

委員  スポークスマンがどこかという話と少し関係あるが、例えば、日本学術振興会において、新聞や『ネイチャー』などに掲載された成果を、もっと柔らかく、もっと易しくして、発信していくようにできないか。そこにいろいろなデータが全て蓄積され、いざというときにはそのデータが財務省や、総合科学技術会議に提出できるようなものにするとよいのではないか。
 すなわち、もっと柔らかいものをつくる、あるいは新聞に取り上げられたり『ネイチャー』に掲載されたりしたような研究成果をもっと易しく、柔らかく日本語にして一般国民に伝えられるようなセクションを設け、人を配置し、そこで定期的に冊子やホームページで発信していく。そういったセクションがあればいいのではないかと思う。問題は財政的なものだと思うが、それは考えてもらう必要がある。

委員  これまでの意見をいかに統合するかという点が重要ではないかと思う。
  例えば、この中にも何人か受賞者がいる藤原賞の場合は、もともとは読売新聞がサポートしていた関係から、賞を受賞すると、必ず1日ぐらいかけてインタビューが行われ、時間をかけて非常にわかりやすい記事をつくる。
 専門家を育てるのは非常に大変なことで、先ほど意見のあったように、既存のジャーナルを使うという方法や、外国の雑誌だけでは少々目配りに欠けるだろうから、日本としてナショナルジャーナルを出すというようなこととを連携させ、最後は一般誌に掲載されるようにしなければならない。
 掲載できるような文章を提供することができるようにして、ジャーナルを時間をかけてでも育てて、そこに優れた論文を取り上げるというメカニズムを作る必要がある。さらに、その論文を一般誌でも取り上げられるように解説できる人をそこで同時に育てていくことも必要。そのために国が予算を措置するぐらいのことをすべきではないか。今まで出された意見も非常に大事だが、最終的には一般誌に掲載されるようにする必要があるのではないか。あるいは、先ほど意見のあったように、学術賞を受賞した研究者、あるいは21世紀COEの研究代表者の一覧表をつくると同時に、そういった研究者はどのような研究を行っているのかということをわかりやすく解説し、それを一般誌に書いてもらうこともよいと思う。しかし、それはどうも並大抵のことではないので、やはりきちんとしたジャーナル発行部署を設け、常時そういった活動をやっていかないと実現は難しいと思われる。

委員  毎年度提出してもらう成果概要報告書についてだが、今までは、600字〜800字という制限の中で内容を説明する必要があるので、易しく書こうとすればするほどまとめることが難しくなる。もう少し分量を増やし、A4で1ページか2ページぐらいで、図を入れたものを報告書としてとるようにすべきではないかと思う。文科省や日本学術振興会では、易しく書くようにという指示をしていない。

事務局  成果概要報告書は、一般国民に向けた報告書ではなく、補助金を受けて行われた研究についてどのような成果があげられたかを報告するものであるため、そのようになっている。

委員  補助金の交付を受けた研究者もそのつもりで書いているので、報告書の有効利用をやはり何とかしなければならないと思う。
 1つの例として、日本学術振興会で行っている未来開拓学術研究推進事業というのがある。図面や写真入りで非常に易しく書いてあり、ホームページにも全部載せてあるので、元へたどって行ける。知名度は低いが、本になっているだけでなくCD−ROMも出されており、中身は非常によい。 科研費においても、そのような報告書を作成してもらい、国立情報学研究所のデータベースで、大変ではあるが、わかり易い「逆引き辞書」をつくるようにするとよいのではないか。
  科研費の成果が年度毎に並んでいるだけでは検索するのは難しい。ある内容について逆引きでの検索ができるようなデータベースにしないと使えない。国民に対してわかりやすいレポートが提出され、国民が困ったらそこを検索すれば出てくるというものにしなければならない。例えば、「火星」であれば「火星」という研究がすぐに検索できるようなデータベースをつくる必要がある。本にしてもいいし、CD-ROMあるいはDVDにしてもよいが、これは可能ではないかと思う。

委員  科研費においては、以前から、仲間の研究者に情報発信をするための学会誌への投稿料や、掲載された論文の別刷り代を支出することは認められていた。今後は、ライターが1日ぐらいかけて一般の人に理解してもらうための文章を書く費用を科研費から支払うことができるようにしてもらいたい。それによってライターを育てることもできる。

委員  今までの意見にはすべて賛成だが、別の視点からも申し上げたい。
 科研費がほかの競争的資金と違うということを浮かび上がらせることも1つの方法ではないか。競争的資金というのは、オリンピックに例えると、多くの種目があって、ルールに従って行われる競争である。科学技術振興調整費など、他の競争的資金は、マラソンとか1,500メートルの水泳だけに限るというものだが、科研費は、どんな種目でも対象にしており、その点が他のファンディングと違う。そういった意味でのPRというものがあってよいのではないか。
 それがないと、今いろいろ議論している成果の発信方法は、ほかのファンディングと比べても差がない。ぜひ科研費でなければいけないということをあえて浮かび上がらせるような人文・社会科学の話や、もっと将来的な話で、すぐに役に立たないような話をあえて拾い上げ、PRするというのも1つの方法ではないかと思う。

 
委員  学術雑誌は、我々一般の研究者がこれはぜひ読んでみたいとか、興味を引かれるものであることが非常に重要だと思う。気楽にコーヒーを飲みながら、ぜひ開けてみたいとか、あるいは自分も投稿したいとか、あるいは、どんなニュースがこの中に掲載されているのだろうとか、もう少し、そういった興味を引かれるものがあるとよい。その中身としては、ある意見を述べたり、あるいは、こういった研究課題が採択されたという情報や、成果がこういったジャーナルに発表されたという情報、その成果によってこのような受賞者が出たという情報を掲載してはどうか。それが蓄積すれば、外部に対する説明資料の1つにもなるし、研究の内容をわかりやすく説明する記事があれば、それでいろいろな啓発的なものにもなる。そういったものを先ほど意見のあったスペシャリストのような人を雇い、発信する努力をしてはどうか。
 またそれだけではなくて、先ほど意見のあった、いろいろなジャーナルとの連携なども大事だと思う。下手に記者のインタビューを受けてしまうと何を書かれるかわからないというところがあるが、そういったことがないようによく理解してもらうことも大切ではないか。

委員  今まで出された意見のとおりだと思うが、これを一般国民に対する政府からの説明、あるいは財政当局に対する説明という点から考えると、審査部会で事前評価が行われ、採択した理由及びそれに対する評価として、何か研究成果に対してコメントがないと、一般の国民や財政当局にはなかなかわかりにくい。このため、果たしてそれが審査部会でそれを採択した、期待したような成果が上がっているのかどうかという評価のコメントが必要ではないか。そのようなコメントが加われば、国民にとってもさらにわかりやすくなるのではないか。

委員  今までの意見は、科学雑誌をもう少し見やすくするとか、科学雑誌にもっと積極的に発信するようにというものだったが、一般国民にどのようにしてアピールするかという点からすると、一般誌に掲載されることの意義はやはり大きいと思う。経済効果も考えたときに、例えば、自然科学系ではトップジャーナルというのが世界に幾つかあるが、年末に研究成果がまとめて掲載された際に、そこに掲載されている日本人研究者のうち、何割が科研費の交付を受けたことがあるかを調べてはどうか。
 また、その割合を外国と比較した際に、一般国民にとっては研究の中身はわからなくても、頑張っていると理解してもらえる指標となるのではないか。少しレベルの低い話だが、そういった方法も考慮した方がよいのではないかと思う。
 日本学術振興会で、日本が世界で何番目といったデータをまとめて発表したことがあるが、それも新聞に毎年定期的に出すということも1つの方法かと思う。

委員  いろいろとご意見が出されたが、これならば具体化できるという、一歩でも前進するような案もあったのではないかと思う。財政的な面も含めて、もう一度事務局で整理してほしい。

委員  2点だけ簡単に申し上げたい。1点は、学術研究と社会との関係をどのように構築していくかという問題に関して、随分前に報告が出されているが、極めて哲学的であったかと思う。その哲学に基づいて具体的なアクションとしてどうしていくかというのは、大きな課題である。
 それからもう1つ、この中間まとめの最初の章を、もう少し具体的に裏付けていく努力をしていくとよいのではないかと思う。
 例えば、社会のセーフティーネットとしての学術研究は意味があるというのは一体どういうことなのか。それから、重点施策を形成するプロジェクトが学術研究から出てくると述べられているが、現在、国が掲げている重点項目の中に、その前の段階で科研費がどう関わってきたかという点を外部に発信していくということも必要ではないか。

委員  少し具体的過ぎることを提案したい。私はある雑誌に頼まれて、約2年間、毎月1人、優れた研究を行っている研究者を選んでインタビューをしている。それらの研究者のほとんどは科研費をもらっていると思うが、残念なことに、科研費の話は一言も触れられていない。それは業界の雑誌であり、その業界の人たちからは、その雑誌についていろいろな評判が出てくる。
 そこで、学術月報がそういった研究者へのインタビューを積極的に企画し、本審議会のメンバーの中でいろいろ審査に関わってこられた方の中から、おもしろいものをピックアップして、その人たちが責任を持ってインタビュー記事をまとめて提供することとし、掲載する場合には科研費との関係もきちんと入れるようにしてはどうか。それを毎月掲載してもらうようにすれば、おもしろくて読む人が出てくると思う。そういった企画を本審議会の委員の方々に協力してもらい、始めてみてはどうか。

委員  いただいた意見を整理して、科研費による研究の成果をどのようにして公表していくかについて、ポイントを絞って一番よい方法を考えて、具体的に行動するという方向に踏み出していきたいと思う。
 本日は非常に大事なこの中間まとめを承認いただいた。2カ所だけもう少し文章を整えるようにという指摘があったので、部会長及び部会長代理においてこの部分を修正したいと思う。

(3) その他
事務局から、次回の第14回研究費部会の開催予定について連絡があった。

(研究振興局学術研究助成課企画室)

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