資料2 学術情報流通・発信に関するこれまでの議論の整理(案)

学術情報流通・発信に関するこれまでの議論の整理(案)

平成23年8月 日
科学技術・学術審議会学術分科会
研究環境基盤部会学術情報基盤作業部会

1.学術情報流通・発信と国際化の進展

  •  学術情報基盤は、学生に対する教育活動はもとより、研究者間における研究資源及び研究成果の共有、研究活動の効率的展開、さらには社会に対する研究成果の発信、普及並びに次世代への継承等に資するものであり、極めて重要な役割を担っている。
     近年のコンピュータ・ネットワーク技術の発達と学術資料の電子化の進展による教育研究の高度化・多様化と国際的な展開により、学術情報流通・発信の状況も変化してきている。
  •  近年、大学における機関リポジトリの整備が進むなど、学術情報発信力の強化が進められている。また、学協会等が刊行するジャーナルの在り方も含め、学術情報流通の新たな方向性としてのオープンアクセスの推進などに関する様々な議論がコミュニティにおいて行われるようになってきている。
  •  学協会等による学術情報流通・発信については、次世代の科学者のコミュニケーションメディアなどの将来を見据えつつ、それをどのように研究に役立て教育に活かすかという視点が重要である。これは、学界の将来あるいは研究者コミュニティの将来を考えていくことに他ならない。
  •  日本においてジャーナルが独自に刊行されることは、日本の学術研究、広く言えば文化をあらわす顔になるという点で意義がある。新しい分野を切り開くような日本発のオリジナルな研究成果が掲載され、それに続く研究成果が諸外国からも投稿されるようになると、そのジャーナルが当該学術分野の発展の受け皿となる。
  •  我が国が真に国際競争力を有するためには、我が国から積極的に学術情報を発信し、それに対して、世界各国から優れた研究成果に係る情報が集中するような状況を作り出すことが必要である。
  •  日本発のジャーナルがなければ、査読プロセスを外国の組織に任さざるを得ず、その場合には、研究のプライオリティの確保の観点からはリスクがある。我が国の研究者にとっても、迅速・公正な査読が行われるジャーナルが日本にあることが必要である。
  •  今日、学術情報の中でも、とりわけ研究成果を国際的に発表するジャーナルについては、自然科学系を中心に、紙媒体からインターネットによって頒布される電子ジャーナルに移行してきている。人文学・社会科学系においても電子ジャーナルの刊行を新たに検討する動きが加速しつつある。
  •  一方、人文学・社会科学系だけでなく工学系や医療系など自然科学系においても研究分野によっては、先端の研究をコミュニケートする手段が英文とは、あるいは英文だけに限らない分野、地域性がある分野などもあり、分野の多様性への配慮が必要である。
  •  さらに、特に、人文系の学問分野では、日本研究やアジア研究など、日本語で書かれている情報には、それ自体として高い価値があるにもかかわらず、他国と共有されていないため、国際的に評価されていないという問題もある。少なくとも、質の良い学術情報を英語あるいは外国語にすれば、海外にも広く流通するようになる。

2.学協会等による学術情報流通・発信

  •  学協会等による学術情報流通・発信については、海外の学協会や商業出版社が刊行するジャーナルだけでなく、我が国の学協会が刊行するジャーナルの位置付けが重要である。特に、学協会毎に電子化・国際化の状況が異なるため、学協会の実態を踏まえた検討が求められる。
  •  日本化学会が中国を巻き込んで始めたChemistry-An Asian Journalはエディターと投稿者が真剣に取り組むことにより、短期間でインパクトファクターの高いジャーナルとすることができている。日本、中国、韓国に代表されるアジア全体では、世界全体の学術論文のシェアにおいて3分の1を占めており、日本がどのように国際的な責任を果たしていくかという問題がある。
  •  国際学会を目指している電子情報通信学会のジャーナルには海外から多くの投稿があり、IEICE Electronics Expressでは日本の掲載論文数が2番目になるなど、既に国際化が進んでいる。また、バンコク、北京、上海、シンガポール、台北に学会の海外セクションを持っており、アジアに軸足を持って展開をしている。これらの活動は、研究だけでなく日本の産業の国際展開につながるものである。
  •  経済学分野では、従来はアメリカの大学でPh.D.を取らないとなかなか海外のジャーナルに学術論文を出せなかったが、現在は、日本の大学から国際的に評価の高いジャーナルに学術論文が掲載される若手研究者や大学院生が出てきているなど、日本の若手研究者の国際情報発信能力がとても上がっている。また、インターネットのおかげで海外との情報の格差がほとんどなくなっている。
  •  海外への研究成果の発信を強化するためには、学術論文は基本的に英文で書くよう義務づけるのが望ましい。例えば、日本語を対象にした言語学の研究であっても、学術論文を英語で書くことは可能である。欧米やアメリカにも研究者がおり、日本語でしか書けない学術論文はない。源氏物語に関する国際会議の公用語は日本語であり、英語にはできないという議論があるが、海外への発信のために源氏物語の学術論文を英語に直すことは可能である。
  •  なお、関連領域との連携があっても、日本の学協会は、世界から見ると小規模の学協会が多く、単独機関によって努力や改革をし続けていく持続性には限界がある。技術力をとっても、急速に進むIT化に対応させていくのは、難しい状況にあり、また、情報力に関しても、学協会間の学術出版に関する情報リテラシーが平準化されていないという問題がある。
  •  このため、小規模から大規模学協会までの連携が重要であり、学協会が、強制されることなく自主性に基づいて活動できるように学術情報流通・発信の仕方に関して、全体のレベルを底上げするとともに、トップランナーを育成することが必要である。その際、新たな研究領域や境界領域などの在り方を踏まえつつ、日本の科学者・技術者の人材育成も含め学協会が底上げに貢献すべきである。

3.学協会の刊行するジャーナルのオープンアクセス化

  •  我が国の学協会の国際的な情報発信力を強化するためには、オープンアクセスを一つの契機として、我が国の学協会が刊行するジャーナルの電子化をさらに推進することが重要である。
  •  日本において購読誌を新たに刊行するのは極めて難しく、規模が小さく少タイトルの雑誌を刊行しても世界の図書コンソーシアムに販売することは、ほぼ不可能といえる。そのため、日本から新規に情報発信を行うには、オープンアクセス誌を前提として考えざるを得ない。
  •  購読誌では少数の出版社がいわば独占的に価格をつけるのに対し、オープンアクセス誌は著者が投稿先を選べるため競争原理が働き、相対的にはオープンアクセス誌の方が経済的であると考えられる。
  •  大手出版社のジャーナルは、ビックディール契約を中心に毎年購読料が上がっており、世界中の大学の図書館の予算を圧迫している。オープンアクセス誌がすぐに商業誌に代わるのは難しいかもしれないが、学術的な権威が保証されるようなシステムが確立できれば、オープンアクセス誌が普及する方向性が出てくる可能性がある。
  •  購読誌モデルが定常化すると、ジャーナルの値段が上がり図書館の負担が非常に大きい。一方、オープンアクセス誌は、図書館の経費負担はないが、そのかわり著者が掲載料を払う必要がある。学術論文の掲載料を図書館経由から著者経由にリダイレクションできれば、オープンアクセス誌は自立できる可能性がある。
  •  ただし、購読誌では投稿料が無料のジャーナルもある状況にあることから、著者には、オープンアクセス誌への投稿に対する支援が必要となるため、科学研究費補助金(科研費)等の競争的資金、または、研究機関や大学が、オープンアクセス誌への著者の投稿料を負担することも考えられる。
  •  学協会においては、国際情報発信の強化の観点から、電子化・国際化の進展や各学協会のビジネスモデルを踏まえつつ、従来からある購読誌だけでなく、オープンアクセス誌の検討についても進めることが望まれる。

4.学協会自身による国際発信力の強化

  •  現状において、我が国には、ジャーナルに関して海外出版社に対抗できるような国内大手の出版社は存在せず、また、多くの学協会は、海外の出版社が展開する国際市場において、ジャーナルの流通に向けた様々な対応が遅れている。
     一方、電子化への対応の必要性等とも相まって、海外の出版社との様々な契約によりジャーナルを刊行する動きも進んでいる。
  •  日本の学協会が、独自にビジネスとして出版事業を行うことは難しい。出版はビジネスであり、少なくとも出版社との関係においては、経験豊富な海外の商業出版社と組んで、学術面のみを学協会が担当するとうまくいくことが多い。
  •  例えば、植物生理学会では、Plant & Cell Physiologyの刊行において、出版社との間でさまざまなコミュニケーションを行い、定期的な戦略会議を行うなど、出版社をシンクタンク的な要素として活用していることが強みである。学会と著者・読者である研究者、サポートする出版社のすべてがWin-Winの関係にならないとお互いに発展がない。
  •  学協会自身による国際発信力の強化のためには、まず、学協会によるビジネスモデルの確立が重要である。その上で、学協会自身がどのようにジャーナルの刊行体制を構築するかが鍵となる。
  •  学術論文の英文化においては、きちんとした英文で学術論文を出すことが重要である。テクニカル・エディティングのサポートについて、基本的には本人の責任で行うのか、学協会がある程度サポートするのかについては、学協会によって対応が異なる。学協会として専門領域の技術を身につけた人からサポートを受けられる仕組みを考える必要がある。
  •  また、我が国の学術情報発信力を強化する観点からは、エディトリアルボードに外国人を入れる、更にはエディトリアルサービスやマーケティングを行うなど、電子ジャーナルのコンセプトの部分を拡張するような方策が考えられる。
  •  ジャーナルのプラットフォームについては、国内外に多様なプラットフォームが存在する中で、各分野の国際標準の状況や利用者に十分配慮して、学協会自身が自らのビジネスモデルを考慮しつつ選択すべきである。
  •  例えば、日本物理学会は応用物理学会と共同で学術誌刊行センターを運営しており、次期オンラインシステムの検討や販売力の強化が課題である。自前でシステムを開発し直すには非常にコストがかかり効率が悪いため、様々な検索機能や携帯端末への対応など最新の情報通信技術への対応と販売力を考慮して、次期J-STAGEや海外の標準的なシステムの利用を検討することとなる。
  •  編集・出版等に係る人材養成・確保についても学協会等が取り組むべき重要な課題の一つである。
  •  アメリカのジャーナルの出版では、エディトリアルボードにポスドクを入れて一緒に議論、経験させることで人材育成を図っている例もあり、日本の学協会とは異なる。日本では、学協会全般としてエディターの層が薄く人材育成も不十分である。
  •  電子出版、電子出版ライセンシング、国際活動における渉外活動、あるいはPR活動、そしてそれらをコーディネートする人材が、ジャーナルの問題を解決する人材として必要である。
  •  さらに、学協会自身がジャーナルの刊行に際して実施している先進的・効果的な取組を、他の学協会に広めていくことが重要である。そのためには、各分野で国際競争力をもつジャーナルを更に強化していくことが考えられる。
  •  具体的には、スケールメリットを生かした合同政策出版体制の構築やパッケージ化によるバーゲニングパワーの創出、オープンアクセスプラットフォームの構築、専任編集長の雇用による質の向上、人文学・社会科学系のジャーナルの電子化など、学協会の自主性を尊重したリーディングジャーナルの育成と成果の他学協会への展開などに取り組むべきである。

5.科学技術振興機構(JST)及び国立情報学研究所(NII)事業の強化・拡充

  •  学協会等による学術情報流通・発信の強化については、先ずは個別の学協会の自助努力や学協会間の取組が求められるが、我が国全体で学協会等による学術情報流通・発信を促進する方策として、JST及びNIIにおいて実施されている事業の強化・拡充が求められる。
  •  JSTでは、現在のJ-STAGEとJournal@rchiveを統合して、創刊号から最新号まで1つのサイトで検索・閲覧できるJ-STAGEを準備中である。海外の商業出版誌と同様に世界標準のXMLベースで開発を進めており、互換性・流通性の向上を実現するとともに、海外で標準的に使われている投稿審査システムの導入も予定されている。
  •  JSTのJ-STAGEに載っていた優秀なジャーナルが海外の出版社のプラットフォームに移ることやその逆もあるなど、プラットフォームの選択には、ビジネスモデルとしての考え方等が背景にあると考えられる。学協会の考え方は自由であるが、J-STAGE等を通じて日本の学協会のジャーナルを国内から発信していくことによって、国内の学協会の活動の1つの大きな柱であるジャーナルの発刊する力、それから投稿審査を国内で行う力を我が国が持つことは重要である。
  •  NIIのSPARC Japanの展開としては、日本の環境に合ったオープンアクセスの検討、セルフアーカイブによる研究者の成果の機関リポジトリへの蓄積への取組、ジャーナルのアドボカシー活動、ジャーナルの国際競争力を高めるためのパイロット事業などが行われている。学協会等による編集委員レベル、事業レベル、事務レベルでの情報の共有の場については、一部SPARC Japanで実現しているが、まだまだ不十分であり充実・強化が必要である。
  •  オープンアクセスに関する国際的な活動として、SCOPE3やarXivがあり、NIIが日本の窓口として大学図書館や関係機関と密な連絡をとりながら進めている。また、国際連携においては、SPARC JapanとSPARC US、SPARC Europeとの情報交換が重要になっている。さらに、連携強化した後のステップとして、利用者側から見た利点に関しても考慮すべきである。
  •  ジャーナル・紀要論文の情報発信については、NIIのポータルであるCiNiiで提供されている。学協会の発行する様々な雑誌、大学の機関リポジトリ、紀要、さらには国会図書館の提供するデータベースやJ-STAGEの情報を収集・同定して、全文にアクセスできるようにしており、サービス連携やデータ連携を拡充するとともに、電子化の継続等を続けていくことが重要である。
  •  我が国の学協会の電子ジャーナル群、あるいは大学の機関リポジトリ、研究開発法人のデータベースなど、電子的な情報について、ジャパンリンクセンターという枠組みを構築し、その所在を管理する事業がJSTを中心に準備中である。所在を管理するためには、各論文やオブジェクトにアイデンティファイアを付ける必要があり、世界標準のDOIという形式をそれぞれに付与し、所在のアドレスであるURLをペアリングすることを確実にする機能が日本の中に必要である。

6.科研費 研究成果公開促進費(学術定期刊行物)の制度改善

  •  科学技術・学術審議会 学術分科会 研究費部会においては、科研費全般に係る制度改善に向けた検討が進められているが、とりわけ当該補助金の研究成果公開促進費については、学協会等からの国際発信力強化のための電子化・オープンアクセス化を踏まえた、具体的かつ抜本的な改善方策の検討が必要である。学術情報基盤作業部会においては、今後の研究費部会における検討に資するべく、鋭意検討を行うことが必要である。
  •  科研費 研究成果公開促進費(学術定期刊行物)の制度改善を検討する具体的な観点としては、
     ・紙媒体主体から電子媒体主体の助成への移行
     ・ジャーナルの刊行(編集及び出版等)に必要な経費の助成(応募対象経費の緩和)
     ・ジャーナルの国際発信力強化のための取組内容の評価
     ・新たにオープンアクセス誌のスタートアップ支援(期限付の助成)のための区分の新設
    が考えられる。
  •  科研費の研究成果公開促進費(学術定期刊行物)は、従来、紙媒体を想定しているが、電子媒体のオープンアクセス誌も含め、この時代にふさわしいオープンアクセス化への助成のあり方の検討が必要である。
  •  次に、研究成果公開促進費については、平成11年8月の「科学研究費補助金「研究成果公開促進費」の在り方について(報告)」においても、既に電子出版への対応について早急に検討する必要があるとされているところであり、応募対象経費の緩和(ジャーナルの刊行(編集及び出版等)に必要な経費の助成)等ついても検討する必要がある。
  •  さらに、ジャーナルの国際発信力強化のため、英語論文を増やすための方策として、学協会が新たに英文電子ジャーナルを立ち上げのための支援が必要であるほか、オープンアクセス誌のスタートアップ支援として、オープンアクセス化に関する企画、オープンアクセス誌の発行のキックオフ、そのために必要な人材の確保等に対する支援を行うことが考えられる。

7.オープンアクセス等に関する中長期的課題

  •  以下の観点については、今後、さらに、オープンアクセスの進展及び大学図書館等における学術情報流通・発信の在り方の検討を踏まえつつ慎重に議論を重ねる必要がある。
    ・機関リポジトリ等大学図書館による情報流通・発信の強化
    ・公的研究資金による研究成果のオープンアクセスの義務化に向けた検討
  •  学術情報の発信の仕方としては、まず、ホームページに研究論文を発表した後に、ジャーナルへの掲載を行い、当該研究論文の質をオーソライズするというような新しい状況もある。学術情報の蓄積・発信のツールとして浸透してきている機関リポジトリは、ホームページとジャーナルの中間に位置する新しい学術情報発信・流通の媒体としてしっかり位置づける必要がある。
  •  機関リポジトリにおいては、テクニカルレポートなど、いわゆるグレイリテラチャーが、アクセス・ダウンロードされ参照される例が多数ある。また、紀要のような学術情報が活発に流通するようになると、大学図書館からの学術情報流通・発信が変わってくる可能性がある。
  •  さらに、電子化の進展により、現在のジャーナルがそのままの状態で維持されるどうか分からない状況にもなってきており、電子ブックと同様に学術論文自体がマルチメディア化し、ジャーナルの在り方が変化していくことを考慮した検討が必要である。
  •  なお、公的資金による研究成果のオープンアクセスを推進するためには、何らかのインセンティブないしは制度化が必要なのではないかと考えられる。例えば、科研費の報告書の執筆要領に機関リポジトリに関する記述はあるが、科研費で出た成果論文の機関リポジトリへのセルフアーカイブ、あるいは、関連したデータやソフトウェアをアーカイブして公開することについて、具体的に検討していくことも必要ではないか。

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