第4章 経済・社会の高度化に寄与する光 1 大容量、高速光通信ネットワーク

NTT未来ねっと研究所所長 萩本 和男

1-1 基幹網インフラの構築

 光ファイバ通信は、C.Kao博士の光ファイバ通信の唱道を契機に、1970年代より精力的な研究が始まり、ファイバの低損失化、室温半導体レーザの成功などエポックメーキングな発明・考案により、飛躍的な進歩を遂げ、1980年代に入って、導入が始まり、日本では1985年には日本縦貫網が構築された。今日の情報通信社会の基盤としての光ファイバ網の礎となっている(注1)。

図1 日本縦貫単一モード光ファイバ網 
図1 日本縦貫単一モード光ファイバ網

 図1の光ファイバ網は、1本のファイバで、400Mb/sの容量と30kmの中継間隔で日本の期間網を構築した。それ以前の同軸ケーブル方式では、容量こそ同じであるが、中継距離は平均して1km余りであり、マンホールに中継器を設置して、主要都市間を結んでいたが、ファイバによって電源の完備された中継局舎にのみに装置を設置することで都市間を結ぶことが可能になり、システムコストはもちろんのこと、運用コストも大きく下げることが可能となった。
 図2は、1980年当時のF-400M方式の現場試験風景である。右側が、マンホール内、左側が局舎内である。マンホールに中継装置を設置する必要が無くなることは、大きなインパクトであることがうかがわれる。

図2 1980年当時の現場試験風景 
図2 1980年当時の現場試験風景

 図1の全国網は、伝送容量400Mb/s、中継距離30kmで始まったが、光ファイバは、低損失波長域が1.3~1.6ミクロンと広く数十テラヘルツの通過帯域を持った伝送である。その後の精力的な研究開発により、現在(2007年6月)では、伝送速度は1ch当たり40Gb/s、これを40ch波長多重して、1.6Tb/sの信号を、新しいラマン光増幅技術を使った光増幅中継器により500kmの再生中継間隔で伝送することが可能となり、主要ルートに導入されている。図3に、約30年間の進展の過程を主要技術とともに示している。この間に、同軸方式と比べると、伝送容量で、4,000倍、中継距離で500倍、1ビット当たりのコスト単価で、1万分の1以下になっている。乱暴な言い方をすれば、太平洋横断が1万kmであるので、当時から見れば、いまでは米国は1kmとなりというインパクトである。インターネットが距離を克服するに至った大きなテクノロジー背景の一つである。

図3 光伝送の主要技術とコスト削減 
図3 光伝送の主要技術とコスト削減

 図3の歴史は、光ファイバの有効活用の歴史でもあるわけである。伝送としての光ファイバでは、ガラス材料固有の特性であるが、1.5ミクロン付近に極低損失波長域がある、一方で、帯域を左右する波長分散が1.3ミクロン付近で零となる特徴を持っている(注2)。そのため、図4のように、ゼロ分散波長が、1.3ミクロン付近となる標準的なファイバに加え、1.5ミクロン付近にゼロ分散波長をずらしたゼロ分散波長シフトファイバ、さらに分散の傾きを平にした分散フラットファイバなどが、研究開発され標準化された。

図4 光ファイバの損失と分散特性 
図4 光ファイバの損失と分散特性

 標準ファイバは、近距離やアクセス系を中心に広く使われている。ゼロ分散シフトファイバは、長距離系や海底伝送用に主として用いられている。分散フラットファイバは、究極の伝送として、研究途上にある。このようにファイバ自身の進歩と呼応して、装置の性能向上が著しく進んだ。この中で、大きな伝送容量の拡大をもたらした側面は、2面あってエレクトロニクス技術とフォトニクスの技術である。80年代から90年代は、半導体技術を基にLSI技術が進歩を遂げ、電気信号の多重化処理の高集積化と高速化が進んだ。ムーアの法則と呼ばれて、2年で3倍の集積度の拡大を遂げた。90年代に入ってからは、光増幅技術の進展が目覚ましく、図5は、初めて伝送実験に使われたエルビウム添加ファイバ増幅器である。

図5 エルビウム光ファイバ増幅器の例(はじめて光伝送実験に成功した例) 
図5 エルビウム光ファイバ増幅器の例(はじめて光伝送実験に成功した例)

 普通のファイバと同じ構造をしていて、シリカをベースにしている点も全く同じで、コアの部分にわずかにエルビウムという希土類元素が添加されている点が特徴である。
 このファイバ増幅器で、テラヘルツの帯域と1,000倍の電力利得を発生する。光ファイバ増幅器は、WDM(波長多重)方式で束ねられた100chを超える波長信号を一括で増幅中継できるため、伝送路の容量拡大と経済化に極めて大きなインパクトがあり、90年代の後半から、WDM方式が広く使われるようになった(注3)。この効果は、海底システムで極めて顕著であり、図6にあるように、大西洋・太平洋を中心に広く世界を繋ぐ伝送路として用いられている。海の中には、中継器が50km程度の間隔で敷設されているが、中継器は単に光ファイバ増幅器だけであり、100Gを超えるケーブル容量を実現している。

図6 国際光ネットワーク 
図6 国際光ネットワーク

 その結果、大容量回線は、衛星から海底通信にシフトし、海底ケーブルの方が、遅延の少ない良好な音質の電話回線を提供できるようになった。
 このように大容量化には、電気信号の高速化とWDMによる光信号での多重化が有効である。

図7 送信パワー対送信信号 
図7 送信パワー対送信信号

 波長多重方式は、信号を異なった波長で束ねて容量を拡大するため、伝送容量の増大と共に送信信号のパワーも、ほぼ直線的に増大しているのがわかる(図7)。つまり、10Gb/sを1ch送るのに約10mW必要だとすると、100Gでは100mw、1Tでは、1W必要になり、運用上の制約になってくる。それは、光増幅器を中継器として使うと、伝送路の送信端が、最も高い信号電力なり、伝送するに従い減衰し、受信端で最小となる。図7の傾向を緩和するには、伝送路の一部を増幅器として使うラマン増幅が有効である。これは非線形光増幅機構を用いるためかなり高い励起パワーが必要なため従来有効とは思われておらず、エルビウム光ファイバ増幅器(EDFA)が用いられていたわけである。しかし、これを活用してWDMの多重土をあげてきた結果、ラマン励起に必要なパワーレベルに届いてきた。そこで、パラメーターを最適化して、EDFAと組み合わせることで、実用的なラマン分布増幅中継技術として確立し、実用化・導入が始まった。図3にあるように最近では、テラビットクラスの伝送システムが日本の基幹ルートを担っている。最新のシステムでは、ラマン増幅が用いられるようになっている(注4)

1-2 光アクセスネットワークの進展

 コア系で光ファイバ通信が広く用いられているようにアクセス系でも、光ファイバ通信技術に注目が集まっている。伝送路として、光ファイバの有効性が実証され、経済性が高まるに連れて、長距離系だけでなく、地域ネットワーク・メトロネットワーク、さらに、アクセスネットワークへ、光ファイバの適用が進んでいった。図8に、日本のブロードバンドの浸透状況を示す。当初、CATV(ケーブルテレビ)・ADSL(非対称デジタル加入者線)が伸びたが、最近では、FTTH(Fiber To The Home)の延びが上回っている。

図8 日本のブロードバンドの進展 
図8 日本のブロードバンドの進展

 NTTは、2010年までに、3,000万ユーザの確保目指して、高速性と経済性を可能にするGE-PONシステムを精力的に導入している。このシステムの概略を図9に示す。

図9 GE-PONシステム 
図9 GE-PONシステム

 このシステムでは、加入者システムゆえの経済化に工夫して、電話局と加入者宅の間でファイバを途中で32分岐して、局装置と途中のファイバ設備の共用を測っている。また、データ通信系と親和性の高いイーサ系のインタフェースを用意している。各家庭は、最大100Mbit/sのアクセス速度が可能で、局側は1Gイーサのインタフェースにより、ユーザ数で共有するベストエフォート系のサービスを提供している。さらに、家庭への引き込みの作業では、ファイバが曲げに弱いオープン型の導波路構造であることに対し、図10のようなコアの光閉じこめ効果を拡大できるフォトニック結晶構造のファイバコードを開発した。これによって、図内にあるように極端に曲げても、光損失が発生しないファイバコードが可能になった。ファイバに不慣れな人でも、扱うことができる(注5)。

図10 曲げに強い光ファイバ 
図10 曲げに強い光ファイバ

1-3 フォトニックネットワーク技術(注6)

 ブロードバンドアクセスの普及により、バックボーン側にトラヒックの増大が急である。しかも、従来のトラヒックパタンとは異なるため、需要予測が簡単ではない。そのため、

図11 フォトニックネットワーク
図11 フォトニックネットワーク

図11のように、リングネットワークやメッシュネットワークに、光スイッチを加え、光のパス(道)を切り替えることで、トラヒック増や障害対応をファイバ単位や波長単位で行うことができる。その結果、大容量の信号を効率良く扱うことができ、ネットワーク運用をフレキシブルに行うことができる。また、電気のスイッチを多数経てルート設定を行う場合に比べ、フォトニックネットワークの活用が期待されている。さらに、図12にあるように、光スイッチにより、電気のスイッチの段数を減らすことで、遅延の少ない広帯域な波長単位のネットワーク運用が可能になる。図13に、メトロネットワークで、よく使われているROADM(再構築可能な分岐装入装置)を示す。電気のスイッチを使うのではなく、PLC(平面光回路)を用いて、分岐・装入スイッチを作った。これは、可動部分が無く、安定なスイッチング特性を実現している。

図12 GMPLSを用いたフォトニックネットワーク 
図12 GMPLSを用いたフォトニックネットワーク

 このシステムの特徴は、あらかじめ敷設した状況から、分岐装入数を変更でき、トラヒックに応じたネットワーク構成に遠隔で、切り替えることができる。ネットワーク運用のコスト削減効果が大きい。

図13 ROADM
図13 ROADM

 このようなフォトニックネットワークを繋ぐリンク部分は、やはりWDM技術が活用されており、図14は、14T/sの信号を一本のファイバに束ねた伝送実験で、2006年のチャンピオンデータである。

図14 14Tb/sの光スペクトラム
図14 14Tb/sの光スペクトラム

1-4 ブロードバンドアプリケーション

 インターネットの普及とPCやストレージシステムの反転により、コンテンツのデジタル化が飛躍的に進み、世界中のどこからでも、インターネットにアクセスできれば、デジタルコンテンツを楽しむことができるようになった。その量は、年々増えており、興味深いデータが、UCバークレー大学より示されている。(図15)

図15 パソコン搭載HDDの世界出荷容量 
図15 HDDの出荷量とコンテンツ規模

 すでに、相当数の規模でHDDが出荷されており、いささか古いデータであるが2003年には、全量で10EB(エクザ・バイト)を超えている。一方で、人類が蓄積したデータの規模も同程度であり、すべてのコンテンツをネットワークを介して、世界中のHDDに格納・取り出しできるレベルに近づいている。現実の世界では、Googleが、まさにそれをサービスとしている。
 同様に、世界に分散されているCPUをネットワークで結合して、大きなスーパコンピュータ並みの性能を出そうとするGLID研究が盛んである。図16は、米国加州のUCSD大Optiputerというプロジェクトである。

図16 オプティピューター 
図16 オプティピューター

 また、映像・エンターテイメントの代表である映画をデジタルで制作・配信・上映するデジタルシネマの取り組みが世界中で関心を呼んでいる。(図17)ハリウッドを含め、ハイビジョンの4倍の解像度(4K)で映画を配信・上映する実験が日本で本格化している。

図17ネットワーク配信でこう変わる 
図17 デジタルシネマ

 映像の美しさを追求した取り組みは、さらに高精細で、スムーズな動きをするナチュラルビジョンの取り組みも始まっており、大きな帯域を活用するアプリケーションの興味が尽きない。

1-5 おわりに

 ブロードバンドのインフラが、世界で最も充実している国は、間違いなく日本である。この環境を最大限に活用し、世界が注目し、永く日本の競争力の源泉になるような強みを作っていきたい。それは、アプリケーションであり、光技術そのものであると期待している。

参考文献

(注1)島田、「シングルモードファイバを使った日本縦貫光伝送システムの完成」映像情報メディア学会, Vol.44, pp.1792-1798, 2005年12月
(注2)萩本、青山、「光ファイバ増幅器を用いた中継光伝送システム」(招待論文)電子情報通信学会論文誌(B-I), Vol.J75-B-I,No.5, pp.246-262, May 1992.
(注3)中川清司、中沢正隆、相田一夫、萩本和男、「光増幅器とその応用」オーム社(1992年5月30日)
(注4)H. Masuda, M. Tomizawa, Y. Miyamoto, and K. Hagimoto, "High-performance distributed Raman amplification Systems with limited pump power,"IEICE Vol.E89-B No.3 pp.715-723, Mar.2006
(注5)NTT技術ジャーナル「光媒体網R&Dの取り組み」2006年12月
(注6)佐藤、古賀「広帯域光ネットワーキング技術」電子情報通信学会、コロナ社、2003年3月

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