第1章 文化資源の発掘・考証・評価 3 加速器を利用した放射性炭素年代測定

名古屋大学年代測定総合研究センター教授 中村 俊夫

1980年代に加速器質量分析(accelerator mass spectrometry; AMS)による天然レベルのごく微量放射性同位体が測定できるようになって、放射性同位体を用いる年代測定の応用の範囲が著しく拡大された。AMSを用いると、10Be (half life: 1.5×106yr)、14C (5730yr)、26Al(7.1×105yr)、36Cl (3.0×105yr)、10Ca(1.0×105yr)、129I (1.57×107yr)などのさまざまな宇宙線起源の放射性同位体が、数ミリグラムの試料を用いて比較的容易に測定できる。これらの放射性同位体のうち放射性炭素(14C)が年代測定に最もよく用いられる。炭素は、生物に含まれる主要元素の一つであることから、生物起源のさまざまな文化財科学・考古学試料に含まれている。さらに、地球の大気中で宇宙線の作用で形成された14Cは酸化されて二酸化炭素(14CO2)となり、大気中に存在する他の二酸化炭素とよく混合して、14C濃度が一定になったあと、生物体内に移行する。このため、炭素試料の14C初期濃度がほぼ一定であり、試料に残存している14C濃度と試料の年代との関係はほぼ指数関数で表される。他方、41Caは、動物の骨などに含まれており、半減期も10万年と長いため、原人段階の骨化石の年代測定に利用できる可能性が高い。しかし、41Caの検出は、14Cの検出に比較してバックグラウンドの除去が難しいこと、また41Caの初期濃度が明白ではないため、まだ研究段階にある。考古学研究の発展のためにも今後の研究の進展が待たれる。
14C年代測定では、従来用いられていた放射能測定法では1gを越える炭素が必要とされたが、AMSでは0.2~1mgと1/1000以下ですむことから、さまざまな文化財科学や考古学関連試料の直接測定が可能となった。従来は、小型の貴重な文化財資料や考古遺物は年代測定が不可能でることから入念に保存し、例えば、考古学試料では、同一層準から出土した大型の木材などについて年代測定を行い、それを遺物の年代として代用した。目的の試料を直接測定せず代用試料で済ませたことから、考古試料の編年に曖昧さが残り、これが14C年代測定の信頼性まで疑われる一因となった可能性は否めない。AMS法では、ほとんどの試料について、保存状態さえよければ直接測定が可能である。例えば、炭化米、ヒョウタンなどの種子が1粒、マンモスの体毛が数本、人骨・獣骨、土器付着炭化物、絹糸・木綿糸、和紙片などがごく少量あれば年代測定が可能である。
最近の人骨化石のフッ素分析、AMSによる14C年代測定の結果から、1950年代に栃木県安蘇郡葛生町で発掘され、一部では50万年前に遡る旧石器時代人とされてきた“葛生原人”の骨が実は15世紀頃のものであること(2001年7月11日に新聞報道)が、また三ヶ日人の骨が実は縄文人の骨である可能性が高いこと(2001年9月7日に新聞報道)が明らかになった。AMSにより、わずかな試料で14C年代測定が可能になった一例である。葛生原人や三ヶ日人の発掘は、注意深く行われ、層序関係や骨化石と共に出土した遺物から、旧石器時代の人骨と総合的に判断されていたが、その年代推定については疑問も持たれていた。今回、AMSを用いた人骨化石の直接14C年代測定が行われた結果、従来の推定よりもずっと新しいものであることが明らかにされたのである。
本報告では、AMSによる14C年代測定について、原理・諸性能及び最近の文化財科学や考古学試料への利用の現状を解説する。

3‐1 加速器質量分析による14C年代測定

(1)14C年代測定の原理

14C法では、14Cが放射壊変により規則正しく減少する物理現象を正確な時計として利用する。すなわち、放射性同位体の壊変理論によると、放射性同位体の個数Nは時間tと共に規則的に減少し、その関係は次式で与えられる。

N=N0・(1/2)t/T1/2(1)

ここで、N0は時間がゼロのときの放射性同位体の個数であり、T1/2は半減期である。N、N0、T1/2がわかれば、(2)式により放射性同位体がN0個からN個へと減少するに要する時間tが得られる。lnは自然対数を示す。

t=-(T1/2/ln2)・ln(N/N0) (2)

14Cは、地球上に絶え間なく降り注ぐ宇宙線によって大気中で作られる。宇宙線の作用で、まず中性子nが作られ、これが大気中の窒素(14N)と核反応を起こして14Cと陽子pが生成される(核反応式:n+14N→14C+p)。生成された14Cは、酸化されて14CO2となり、安定炭素からなる12CO213CO2とよく混合される。宇宙線による14Cの生成が時間的に変動しなければ、単位時間に放射壊変により減少する14Cの個数と生成される個数とが釣り合って、地球上の14Cの個数は時間的に変動しない。大気中で生成された14Cは、地球のグローバルな炭素循環に従って、大気から、光合成により植物へ、そして動物へ、さらに陸上堆積物へ、また海洋水、陸水へ、さらにプランクトン、魚類、海獣へ、そして海洋・湖底堆積物へ、と往来する。これらの様々な炭素含有物質のうち、炭素固定を行った時期が数万年前より新しいものでは、まだ14Cが残っており、その14C濃度を測定することで、炭素固定の年代が測定できる(図1)。

<sup>14</sup>C年代測定法の原理図
図114C年代測定法の原理図

以上の14C法の原理に基づき、ある試料について14C法が適用でき、かつ正確な年代値tが得られる条件としては、半減期T1/2が正確に求められていること以外に、次の2項目があげられる。
ア 試料の炭素固定が行われた際の初期14C濃度が正確に解っていること、
イ 試料が外界から隔離されてから年代測定に供されるまでの間、試料中の炭素は外界との交換がなく閉鎖系に保たれていたこと、
である。これらの2条件は、測定対象となる試料自身の性質に依存するが、試料が古くなるほど、初期14C濃度は不明確になるし、自然環境下に存在した際に炭素について閉鎖系が満たされていたかは明らかではない。しかし、AMSによる14C年代測定では、ごく微量の炭素で年代測定が可能であることから、採取した生試料から上記の条件を満たすような炭素化合物を選別することにより、信頼性の高い年代値を得ることが可能となっている。

(2)名古屋大学タンデトロンAMSによる14C、13C、12C測定の概要

AMSでは、放射性同位体が直接計数される。原理図を図2に示す。採取された試料から特定の炭素成分を抽出して、それを固形炭素であるグラファイトに変換する。AMSのイオン源では、グラファイトターゲットの表面をCsの陽イオンで照射して炭素の負イオンを作る。イオン電流は10μA程度が得られる。これは炭素負イオンが1秒間に6.2×1013個も作られることになる。タンデム加速器を用いて炭素イオンを加速し、負イオンから陽イオンへ荷電変換する際に、イオン源において炭素の原子イオン(12C-13C-14C-)と同時に作られる分子イオン(12C-13C-など)を原子イオンに壊してしまう(図2)。こうして、14Cと同じ質量を持つ13CH分子を13CとH原子に分解し、後段の質量分析において質量数14の分子イオンが14Cの選別を妨害しないようにする。このあと、質量分析電磁石により、12C3+13C3+14C3+の進行する軌道が分けられ、12C3+13C3+のイオンはそれぞれの電流読みとり装置(Faraday cup)で定量される。14C3+は、静電デフレクタによるエネルギー選別を受けたあと、重イオン検出器(気体電離箱検出器)へ導かれ、イソブタンガス中でのエネルギー損失の違いにより他のバックグラウンドイオンから識別されて計数される。このように、AMSでは、試料炭素に含まれる炭素同位体比(14C/12C、13C/12C)が測定される。14C年代測定において標準14C濃度として用いられる炭素の同位体組成比はほぼ

12C:13C:14C=0.988:0.011:1.2×10-12(3)

加速器質量分析による14C測定の原理図
図2 加速器質量分析による14C測定の原理図

であり、14Cの割合が、安定な12Cに比べて1兆分の一と少なく、年代を経るに従ってこの割合はさらに減少する。このようにAMSは、pptレベル以下の同位体組成比が測定できる超高感度分析法である。

名古屋大学HVEEタンデトロン加速器質量分析計による定常的な14C年代測定の誤差の図
図3 名古屋大学HVEEタンデトロン加速器質量分析計による定常的な14C年代測定の誤差

天然には、大気圏内の核実験で生成された人工起源の14Cが存在し、1960年代の生物活動で生成された試料では、14C濃度が標準のレベルよりも高く14C年代が見かけ上負の値となることがある。
上図:  modern~60 ka BPの測定結果
下図:  modern~10 ka BPの拡大図

(3)名古屋大学タンデトロン加速器質量分析計の性能と現状

タンデトロン加速器質量分析計による14C年代測定は次の様な特徴を持つ。
ア ごく少量の炭素試料で測定が可能である。すなわち最終段階で分析計に用いる試料は、炭素として0.2~2mgあればよい。
イ ごく低い14C濃度の測定が、すなわち古い年代の測定が可能である。5万~6万年前まで遡って年代測定ができる。
ウ 測定に要する時間が短く、1試料あたり1~2時間でよい。
エ 測定誤差は、数千年前までの比較的新しい試料については、定常的な年代測定では±20~±40年程度である。試料の年代が古くなると誤差はこれより大きくなる(図3)。
定常的な年代測定操作においては、未知試料に加えて、同一の試料(現代の炭素)から調製された6個のグラファイトターゲットを毎回測定して、14C測定の再現性を調べている。その結果、6個のターゲットの14C濃度の変動幅は1標準偏差(1ο)でほぼ±0.5パーセント(年代のバラツキ幅にして±40年)となり、互いに良く一致した。また、14C濃度測定の正確度(accuracy)は、14C濃度が既知のIAEA標準試料を用いてほぼ±0.5パーセント(±1σ、14C年代で±40年)と得られている。

3‐214C年代の信頼度をあげるために

14C年代測定法を用いて試料の年代を決定する過程で、年代の信頼度をあげるために注意すべき事項を表1に示した。ここでは、14C年代値ではなく暦年代(事象が成立した暦のうえでの年代)を求めることを最終目的とした。すなわち、まず14C年代測定法の原理を顧みて、この方法に最適な試料を選別する。また、試料に吸着、混入した可能性のある炭素物質を試料から可能な限り除去し、14C年代測定に用いるための炭素物質を調製する。次に14C濃度を精度よく、また高い正確度で測定する。このためには、分析計の保守・検定を定常的に行って、分析計を常に最良の状態に保つ。また、14Cバックグラウンドを検定し、バックグラウンドの低減をはかる。次に、14C濃度から14C年代を算出するが、この際には試料の初期14C濃度を検討のうえ必要に応じて補正し、さらに、試料の炭素安定同位体比(13C/12C)を測定することにより試料炭素の同位体分別の補正を行う。こうして得たconventional 14C年代を、樹木年輪データを用いて暦年代に換算する。暦年代が推定できる歴史時代の試料はもちろんのこと、先史時代の試料についてもそれらの試料の編年に際しては、14C年代を直接用いるのではなく、それを較正した暦年代を用いることが、昨今では一般的となっている。
表1に示した年代決定の過程のうち、年代測定試料の選別と試料処理方法、炭素同位体分別の補正、14C年代から暦年代への較正、について以下に概説する。

3‐3 AMSによる14C測定に用いられる試料とその処理方法

14C年代測定の対象となる試料は炭素を含有し、その炭素が試料中に固定された後は炭素に関して閉鎖系にあって外界と炭素を交換していないものでなければならない。

表114C年代測定法による文化財科学や考古学資料の年代決定のプロセス

年代決定の過程 検定・操作項目
測定試料の選別 ○ 年代を代表する最適試料の選別
○ 試料に含まれる最適な炭素化合物の選別
○ 試料の汚染除去と試料調製
14C濃度測定 14C濃度測定の高精度化
14C濃度測定の正確度の向上
14Cバックグラウンドの低減
14C年代値の算出 ○ 初期14C濃度の検討
○ 炭素同位体分別の補正
暦年代への較正 ○ 樹木年輪データによる暦年代と14C年代の較正
○ サンゴ年輪のU-Th年代と14C年代との比較

試料として、木片・草片・竹片、木炭・炭化物、泥炭、骨・牙・歯、動物の筋肉・体毛、絹糸・綿糸・紙片、土壌、湖底・海底堆積物、貝殻・サンゴ・プランクトン、淡水・海水中の溶存無機炭酸・有機態炭素、大気中のCO2・CH4、古代鉄中の炭素などが用いられる。比較的大量に採取できる木片、木炭、泥炭、土壌、貝殻、サンゴなどを除くと、これらの試料の年代測定はAMSの開発によって初めて定常的に実施できるようになった。特に、考古学の分野では、炭化した穀物(コメ、ヒエ、アワなど)、炭化種子、花粉、人骨などのきわめて微量な試料、また、文化財の関連では、古文書、古絵画、木製品、骨角製品、鉄製品などの貴重な資料の測定が定常的に可能となったことが特筆される。
これらの試料のうち、14C年代測定によく用いられる試料の調製方法の流れを図5に示す。放射線計測の場合と同様にAMSにおいても、採取した生試料を直接測定に用いることはできない。試料の正確な年代値を得るためには、既に述べた条件に適合する炭素物質を、生試料から物理的・化学的に選別、抽出して、AMSのイオン源に用いる固体状炭素(グラファイト)を調製する化学操作が不可欠である。例えば、骨化石試料では、通常は骨に含まれる硬タンパク質のコラーゲンを抽出して用いる。しかし、コラーゲンの分解が進んでおり汚染の心配がある場合には、さらに骨の本質物質である特定のアミノ酸を抽出して用いることがある。図4には、試料の種類、必要とされる生試料のおおよその量、化学処理による汚染の除去方法、試料中の炭素をCO2として抽出する方法、CO2からグラファイトを作製する方法が簡単に示されている。考古遺跡発掘現場における、14C年代測定のための試料採取の方法、さらに年代測定実験室における試料調製方法の詳細については中井(1993)および中村(1999)などを参照されたい。

AMS14C年代測定に必要な試料の量とそれらの調製方法の概略の図
図4 AMS14C年代測定に必要な試料の量とそれらの調製方法の概略

3‐4 炭素同位体分別の補正

環境中の炭素同位体存在比は、ほぼ(3)式に示されるとおりであるが、厳密にみると、環境中の炭素含有物の13C/12C比は、物質の種類によって大きく異なった値(デルタ13C値で+60~-60‰)を示す。通常13C/12C比は

デルタ13C=[(13C/12C)spl/(13C/12C)PDB-1.0]×1000 (‰) (4)

で定義されるデルタ13Cを用いて表される。ここで(13C/12C)spl、(13C/12C)PDBは、それぞれ試料およびPee Dee Belemnite標準物質(炭酸カルシウム)の13C/12C比である。物質の炭素同位体組成は、その物質が合成される前の原料物質の13C/12C比と物質合成の化学・生物化学反応過程における同位体分別効果に依存している。また、大気中や海水中などでCO2が循環する際に、拡散や同位体交換反応による同位体分別効果も同位体組成の変動幅を大きくする原因になっている。
  14C年代値の誤差を±80年以下に小さくしようとする場合、この炭素同位体分別は無視できない。例えば、デルタ13C値が約-7‰の大気中CO2を用いて光合成を行う陸上植物のデルタ13C値は-10~-35‰の幅をもつ(図5)。14C/12C比の場合には、13C/12C比のほぼ2倍の同位体効果(同位体分別)があるため、大気中のCO2を用いて光合成を行うそれらの植物の14C濃度の初期値は、50‰の変動幅を持つことになる。これは、14C年代値に換算すると、ほぼ400年の幅に相当する。すなわち、14Cの時計が始動する前に既に、最大で400年の年代差があることになる。このデルタ13C値は光合成の方式(C3、C4およびCAMサイクル)の違いなど植物の種類に依存する(図5)が、同一種類では変動の幅はずっと小さく、400年の変動がいつも起こるわけではない。しかし、この例からもいえるように、14C年代値の正確度を高くしようとする場合には、この同位体分別の補正は不可欠である。通常は、試料及びNIST-HOxⅡシュウ酸標準体のデルタ13C値が-25‰に規格化される。

大気中CO2と植物の炭素安定同位体比の図
図5 大気中CO2と植物の炭素安定同位体比

3-514C年代から暦年代への較正

樹木年輪や海底堆積物の縞模様の計数及びサンゴのU-Th年代測定から得られる暦年代とそれらの試料の14C年代の関係を図6に示す(14C年代-暦年代較正曲線;INTCAL98; Stuiver et al.,1998)。図6から、14C年代は暦年代からずれていることがわかる。おおよそAD1年以前では、14C年代は暦年代よりも系統的に若い値を示し、そのズレは年代が古くなるほど大きくなる。数千年前(暦年)では14C年代は暦年代よりも500~800年若く、数万年前(暦年)になると3千~5千年若い。また、現代から11,850 cal BP(暦年)の間は、樹木年輪を用いて14C濃度が詳細に測定されており、14C濃度のデコボコ(14Cウイグル)が知られている。

14C年代から暦年代への較正に用いられるデータの図

図614C年代から暦年代への較正に用いられるデータ
0~42 ka cal BPの区間の較正曲線で、INTCAL98 (Stuiver et al.,1998)による。

考古学的イベントの時間的周期性(例えば、一つの土器形式の使用期間や形式の移り変わりなど)を解析しようとする際には、歪んだ時間尺度である14C年代の代わりに暦年代を用いる必要がある。そこで、図6に示されるデータを用いて14C年代から暦年代への較正が行われる。しかし現状では、較正が比較的正しくできるのは、現代から12ka BPまでであり、それを越えて古くなると、利用できるデータがきわめて限られており、特に15ka BP~25ka BP、25ka BP~42ka BPまでは、それぞれ9点、及び2点の測定データがあるに過ぎない。14C年代測定が可能とされる5~6万年前までの古い年代域で、より正確な年代較正が出来るように、さまざまな研究が継続されている(Kitagawa et al.,1998)。

3‐6 AMSによる14C年代測定の応用

AMSによる14C年代測定は、測定に必要な炭素量がごく少量であるため、従来の放射能測定では炭素量が不足して測定できなかったさまざまな試料が測定可能になった。既に述べた、古人骨化石などの直接測定などである。さらに、5万年前を越える古い年代の測定が可能になり、最終氷期後半の地質イベントなどの年代が明らかとされてきている。これらの応用は、さまざまな分野で数多くあり、それぞれの報告論文を参照頂ければ幸いである。名古屋大学のAMSシステムを用いた14C年代測定の成果については、名古屋大学加速器質量分析計業績報告書(1~7)15)が1988年から刊行されているので参照されたい。
本稿では、考古遺物の保存処理と14C年代測定の問題、さらにごく最近になって盛んに取り上げられている14C年代から暦年代への較正について概要を述べる。14C年代と暦年代の関係(図6)において、両年代は直線的にスムースな関係ではなく、14C年代が暦年代に対し凸凹している(14Cウイグルと称される)。しかし、この14Cウイグルをうまく利用して、樹木の伐採年代を正確に決定する方法(14Cウイグルマッチング)が開発されている。

(1)PEG含浸保存処理後の木材と14C年代

遺跡から発掘される木製品などは、取り上げたまま放置すると急速に水分が抜けて、収縮変形が起こり、元の形状の1/10以下に縮むことがある。そこで、水槽につけておくか、あるいは展示するために保存処理が行われる。PEG(ポリエチレングリコール樹脂)等の薬剤の含浸処理により、乾燥させても元の形状を保つことができる。
保存処理をした後でも14C年代測定は可能であろうか。今回、PEG(ポリエチレングリコール樹脂)を用いて保存処理がなされていた木製品2点について、14C年代測定を実施した結果を報告する。この年代測定の目的は、単に14C年代測定を実施するして試料の年代を明らかにする以外に、こうしたPEGのような石油起源の、14Cを全く含まない炭素から作られた薬剤が保存処理のために木材に含浸されており、それが、14C年代測定のための前処理操作でどの程度まで分離・除去できるかを明らかにすることである。PEGを完全に除去しないと正確な年代は得られない。PEGが残った割合に依存して測定される14C年代は見かけ上古くなる。
試料は、三重県山添遺跡の発掘調査にて出土した木製品2点である。1点(表2のSK12)は針葉樹から加工されたとおもわれる杭材である。伴出した土器の編年から、8世紀から12世紀にかけて使用されたものと推定されている。他の1点(SK105)は、針葉樹から加工されたとおもわれる板材である。伴出した土器の編年から、弥生時代中期中頃に使用されたものと推定されている(表2)。
年代測定のために材の表面をナイフを用いて削り取ったが、良く乾燥しており硬めの蝋を削り取るような感触であった。試料は、PEG処理を考慮して多めに削り取ったが、以下に述べる化学処理を行った後の残存物の収量は、通常のPEG処理が施されていない木片試料に比較して極端に少なかった。削り取った試料を蒸留水に浸して沈水させたあと超音波洗浄し、汚れを取り除いた。次に、PEGなど、試料に付着している可能性のある不純物を除去するための化学処理を行った。PEGは融点が約60℃で、水に可溶である。まず数グラムの削り状の試料を、ビーカーに蒸留水と共に入れて90℃で加熱処理した。加熱すると洗剤の泡のようなものができ液面に浮かんできた。この操作を泡が出なくなるまで10回以上繰り返した。次に、1.2規定塩酸で90℃で2時間の処理を2回行い炭酸塩等を溶解除去した。さらに、1.2規定水酸化ナトリウム水溶液を用いて90℃で2時間処理してフミン酸などを溶解除去した。このアルカリ処理は、水溶液がほとんど着色しなくなるまで繰り返した。さらに、1.2規定塩酸で90℃で2時間の処理を2回行い、蒸留水でよく洗浄して塩酸分を完全に取り除いたあと乾燥した。最終的に得た乾燥試料はごく少量であった(初めの重量を測定していないため収率は求めていないが、通常の木片試料に比べて極端に低いと思われる)。

表2 三重県安濃町山添遺跡出土の木製品遺物試料の14C年代測定結果

番号 試料番号 試料産出層準
(推定年代)
試料の種類 デルタ13CPDB
(permil)
14C age
(yr BP)
14C年代を暦年代に較正した年代 (Stuiver et al,1998)
上段:暦年代較正値
下段:±1デルタの暦年代範囲
(probability)
Lab. Code No. (NUTA2-)
1 SK-12 (平安時代) 杭・木製品
(PEG保存処理あり)
-27.1 1725±20 Cal AD 262,277,337
Cal AD 259~299 (56.3%)
Cal AD 322~345 (32.2%)
Cal AD 375~378 (11.6%)
-830
2 SK-105 (弥生中期) 板材
(PEG保存処理あり)
-26.8 2445±20 Cal BC 536,534,519
Cal BC 752~708 (33.3%)
Cal BC 538~488 (34.4%)
Cal BC 464~419 (32.3%)
-831

14C年代値はyr BPの単位で、西暦1950年から過去へ遡った年数で示される。BPは、before presentの略記である。14Cの半減期として、国際的に用いられているLibbyの半減期5,568年を用いて14C年代値を算出した。

○ 年代値の誤差はone sigma(±1σ;1標準偏差)を示した。これは、同じ条件で測定を100回繰り返したとすると、測定結果が誤差範囲内に入る割合が68回である事を意味する。誤差を表示の2倍(±2σ;2標準偏差)にとると、誤差範囲に入る割合は95回になる。

デルタ13CPDBを用いて炭素同位体分別の補正を行ってある。

14C年代値から暦年代への較正は、年輪年代が確立された樹木年輪についての14C濃度測定から得られた較正データを用いる。ここでは、INTCAL98 PROGRAM REV 4.1.2 (Stuiver, M. et al, 1998, Radiocarbon, 40, p. 1041-1083.)を用いて較正を行った。
○   暦年代は、14C年代値が、14C年代値-暦年代較正曲線と交わる点の暦年代値、および真の年代が入る可能性が高い暦年代範囲が示されている。計算にはone sigmaの誤差を用いたため、真の年代が、表示されたすべての範囲のどれかに入る確率が68パーセント(1σ)である。年代範囲の後に示された確率は、68パーセントのうちで、さらに特定の年代範囲に入る確率を示す。

木製品試料の14C年代および較正した暦年代を表2に示す。杭材(SK12)試料の14C年代は、1725±20yr BPと得られた。暦年代較正を行うと、この14C年代は誤差を含めると西暦260~380年の間のある時期に生育したものとされる。一般に、木製品の14C年代は、木製品が作られ、使用された時期よりも古い年代を示すはずである。樹木の年輪はそれぞれ形成年の情報を刻む。最外殻の年輪は伐採した年を示すが、内部の年輪は伐採以前に年輪が形成された時期を示す。従って、木製品の14C年代測定では、たまたま樹木の内部を用いた場合には、伐採年よりも古い年代を示す。木材の伐採年は木製品の作成年よりも古く、木材の内部の年輪は伐採年よりもさらに古い。これはold wood effectと呼ばれる効果である。今回の測定結果は、土器編年から予想される年代である平安時代に比較して300年以上古い年代を示した。木製品の原材料である樹木が大木であれば、上記のold wood effectの可能性がある。しかし一方では、PEG含浸処理で試料に付加された石油起源の炭素が完全に除去出来ないために、見かけ上古い年代が測定された可能性も考えられる。
板材(SK105)についても14C年代は、2445±20yr BPと得られ、較正暦年代は紀元前750-420年の間の生育を示す。この試料は、土器編年から弥生中期と推察されており、SK105試料と同様に14C年代測定からは推定年代よりも200~500年古い年代が示される。これらの古い14C年代はold wood effectによることも考えられるが、木製品の作成に、わざわざ大木の中心部を使う可能性は低いとすれば、含浸処理のために注入されたPEGの効果である可能性が高い。PEG含浸処理の事実が分かっていたため、試料の洗浄処理には十分に時間をかけたが、PEG成分が完全に除去できているかは定かではない。同一の木片試料について、PEG処理を施したものとしていないものについて比較するなどの実験的研究が不可欠であろう。

(2)樹木年輪年代と14C年代ウイグルマッチング

14C年代測定では、14C年代算出における基本的な仮定として、過去の大気中二酸化炭素の14C濃度が、14C年代測定が適用される現在から6万年前に遡って常に一定であったとされる。しかし、この仮定が成立しないことは、Libby博士による14C年代測定法の開発後まもなく明らかとなっていた(Libby, 1955)。年代の明白な古代エジプトの遺品や年輪年代が決定されている年輪試料について得られた14C年代と推定された暦年代が一致しなかった。これは、14C年代測定の誤差に依るものではなく、14C年代と暦年代との系統的なずれであることが示された。1960年代には、過去の大気中二酸化炭素の14C濃度変動が樹木年輪を用いて盛んに研究された。日本では、木越(1966)により、屋久杉を用いた研究が進められ、14C濃度の経年変動を地磁気の変動と関連させて解析された。現在では14C濃度の経年変動は、樹木年輪を用いて11,850年前(暦年代で)まで、海洋底の縞状堆積物やサンゴ化石を用いて11,850~15,585年前の間、サンゴ化石のみを用いて15,585~40,000年前の間のデータが得られている。また、日本の水月湖湖底の縞状堆積物を用いて37,400年前頃までの14C濃度経年変動が得られている。これらのデータについて暦年代と14C年代の関係を図にすると、3千年前以前では、14C年代は、暦年代から大きくずれており、また数百年単位の長期変動と百年から数十年単位の短期変動が見られる。前者の長期変動は主として地磁気強度変動、後者の14Cウイグルと呼ばれる短期変動の凸凹は太陽活動に起因する14C生成率の経年変動によるものとされる。
  14C濃度変動のウイグルは、樹木の特質によるものではなく、年輪形成の原料となる大気中CO214C濃度の変動による。従って、本来、同じ時期に生育した樹木年輪は同じような14C濃度変動を示すはずである。そこで、既に得られている14C年代-暦年代標準較正曲線(INTCAL98)を、ちょうど年輪年代学の年輪幅変動標準データと同じように用いる。すなわち、年代が未知の樹木年輪について年輪番号と年輪の14C濃度を測定し、それらをINTCAL98に絵合わせして、樹木の暦年代を決定する事ができる。この方法を14Cウイグルマッチングと呼ぶ。
芦ノ湖湖底から採取された杉・ヒノキ材について、光谷・袴田(1998)は年輪年代法により年輪年代を決定し、既に測定されていた14C年代と著しいずれのあることを示した。そこで、著者らは、これらの試料について14C年代と年輪年代を詳細に比較するために、スギおよびヒノキ材の各1本について14C年代測定を行った。ヒノキ材については10年ごとにまとめて、スギ材については5年ごとにまとめて分割した。スギ材は西暦926~1050年分、ヒノキ材は西暦61~180年分がある。年輪試料は粉砕し、酸―アルカリ―酸処理をした後、閉鎖系で燃焼して二酸化炭素に変え、さらにグラファイトに固化した。調製したグラファイトについて、タンデトロン加速器質量分析計を用いて14C年代測定を行った。ヒノキ材について得られている結果を図6に示す。世界的に用いられている較正曲線INTCAL98に比べて、今回の測定結果は、14C年代値が系統的に古い方に約30年ずれている。このズレは、通常の14C年代測定の誤差とほぼ同程度の大きさであるが、大いに気になる点である。14C濃度の地域差に起因することも考えられる。大気の交換が遅いとされる南北両半球は、陸地と海洋の面積比が大きく異なっており、このため両半球の大気CO2には14Cの濃度差があり、南半球の試料は北半球の試料に比べて系統的に24±3年古くなるという測定結果が得られている。これ以上に大きい14C濃度差が、欧米で生育した樹木をもとにして作られたINTCAL98と日本の樹木間に存在するとは考え難い。

年輪年代が既知のヒノキ材の14C年代測定の結果と14C年代―暦年代較正曲線(INTCAL98)との比較の図
図7 年輪年代が既知のヒノキ材の14C年代測定の結果と14C年代―暦年代較正曲線(INTCAL98)との比較

今後、スギ、ヒノキ材試料については測定点をさらに増やし、また、別固体の樹木年輪について、同様の試験を実施する計画である。

3‐7 今後の展望

14C年代測定は、AMS法の開発により大きな発展を遂げた。今や、数千年前程度の比較的若い試料については±20~±40年の誤差(1σ error)で測定できる。また、測定可能な試料数は、試料調製さえできれば年間2000個を越えることが可能である。今後の技術改良によってさらに、正確度、精度の向上、測定効率の向上が進められるであろう。また、測定に必要な炭素試料の量についても、マイクログラム程度のごく微量試料で14C年代測定を可能にするための研究が進められている。このような年代測定技術の進歩に伴って、日本人の起源や日本での定住過程、土器編年、コメの日本への伝搬や古環境変動イベントの高精度年代解析など文化財科学や考古学の研究への応用がさらに発展するものと期待される。

参考文献

中村 俊夫:放射線炭素法.考古学のための年代測定学入門.(長友恒人,編)、古今書院,1-36, 1999.

中井 信之:放射性炭素(14C)年代測定法.日本第四紀学会編「第四紀試料分析法(1)試料調査法」,56-58, (1993)
Stuiver, M., Reimer, P.J., Bard,E., Beck, J.W., Burr, G.S., Hughen, K.A., Kromer, B., McCormac, F.G., v.d. Plicht, J., and Spurk, M. : INTCAL98 Radiocarbon age calibration, 24,000-0cal BP. Radiocarbon, 40, 1041-1083, 1998.
Kitagawa, H. and van der Plicht, J. : Atmospheric radiocarbon calibration to 45,000 yr B.P.: Late Glacial fluctuations and cosmogenic isotope production. Science, 279, 1187-1190, 1998.
Libby, W.F.: Radiocarbon dating, Univ. of Chicago Press, 175p. , 1955.
木越 邦彦:大気中における14C濃度の経年変化.日本化学会誌,87(3), 209-220, 1966.
光谷 拓実・袴田 和夫:箱根芦ノ湖の湖底木と南関東の巨大地震.日本文化財科学会第15回大会研究発表要旨集,22-23, 1998.

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