第1章 文化資源の発掘・考証・評価 1 遺跡保護・活用のための評価・保存整備技術

 

筑波大学芸術学系教授 沢田 正昭

1‐1 はじめに

遺跡を保存整備するということは、「一般市民のみなさんに遺跡の内容を正しく理解してもらうために」、「遺跡の寿命をより長らえるために」、きわめて重要なことである。すなわち、地上に構築物がある場合にはその性格を理解しやすいが、役所や集落の跡のように地上に遺存する構築物が存在しないような遺構では地上に何らかの表示をして遺跡の内容を正しく認識してもらう必要が生じる。また、遺跡を整備することによって保存管理も行き届くし、遺跡自体の寿命を長らえることができる。たとえば、地上に遺存する構築物や遺構は、発掘後そのまま放置すれば、風化は確実に進み、やがて崩壊し、消滅することだろう。石垣や古墳の石室などの構築物は、微細な変動・変位などの測定結果をもとにして修理し、あるいは補強して整備を行う。さらには、必要に応じて手直しや補修も行う。こうした継続的な整備、保存管理が行われることで遺跡の恒久的な保存がはかられる。手直しや補修は修理技術を向上させるだろう。その過程で、古代遺跡の築造技術や土木技術にふれる機会も生じる。古代技法を正しく理解できれば、修理施工の考え方や技術も向上するという好結果を招く。そして、今ひとつの重要ポイントは、「現代科学の技術では解明しきれない情報を内包しているであろう遺跡を安全に保護し、それらの情報を極力破壊しない方策を講じるために」保存整備を行う。次世代の科学に託した遺跡の保護施策、整備手法はある意味で可逆性の処置が求められる。

復原建物(青森県・三内丸山遺跡)の写真
図1 復原建物(青森県・三内丸山遺跡)

小報告では、遺跡の整備にかかる技術的な問題点、特に保存科学的な観点からの整備手法について報告し、評価を行うことを目的とするが、まず、保存整備の在り方について言及してみたい。すなわち、遺跡整備の理念や基本方針をふまえた整備計画を立てることからはじめる。そして、保存管理・運営の方策を検討し、これを公開・活用する手段までを立案し、それを実行する組織・体制を整える。
遺跡の歴史的意義、現代社会の中における本質的な価値に対する理念、遺跡の調査研究手法の充実と精度の向上を目指すこと、並びに遺跡整備の精度の向上、整備の手法・技術の充実・向上、特に伝統的な技術の保存・継承と新技術の開発・導入、遺跡周辺の景観の保存と再生をはかることが理念としてあげることができる。また、公開・活用・管理に関する調査研究の充実、遺跡の歴史的意義や価値を学び理解する場の提供、市民の文化的活動及び憩いの場の提供、まちづくりと地域の独自性(アイデンティティ)の創出、そして文化的観光資源としての活用を理念として掲げる。つまり、公開事業の展開、町づくり、地域の活性化、文化遺産にとって望ましい観光の形態を検討する。地域社会との融合をはかり、市民参加できるイベントなどの企画によって遺跡の保存と活用を活性化する。ひいては、文化交流の拠点を形成する。一方では、ボランティアの活用、市民の憩いの場としての位置付け、そして観光と遺跡を考える。すなわち、遺跡の特徴を正確に表現する手法の検討、つまりは遺跡の魅力を引き出し、わかりやすく表現し、公開活用する。たとえば、実物遺構の露出展示、遺跡の建物復元、植生の復元、古代環境の復元など、全体計画や保存計画がたてられ、基本設計・実施設計・施工監理をおこなう。
遺跡保存に求められる技術は、遺構の保存修復とその保存管理である。そして、遺跡周辺の地盤整備・修景・環境保全の技術、遺跡空間や遺構の表現・解説・展示のための技術面の課題がある。また、管理・運営及び公開・活用に関わる施設の設置、すなわち維持管理施設・管理運営のための建物に関する技術的な検討の余地がある。さらに、保存施設の整備では、防災施設も付加されてこよう。住居跡、窯跡、古墳、磨崖仏・石塔・石碑などの石造文化財は覆屋を架けて展示する方法、屋外での露出展示、露出が困難な場合にはレプリカによる模型展示、必要に応じた遺構復元の展示もある。そして、これを果たすための工法が求められる。

飛鳥の石造物(奈良県・明日香村)の写真
図2 謎の多い飛鳥の石造物(奈良県・明日香村)

1‐2 遺跡整備と保存科学

臨場感にあふれた遺構展示を目指すのも遺跡の保存整備技術の一つといえよう。検出されたままの状態、なまの遺構をいかに恒久的に露出展示できるかの保存科学的手法の大きな課題である。遺構を露出したままで保存するか、あるいは埋め戻して保存するかが第一段階の選択である。露出すれば、風雨にさらされ、遅かれ早かれ崩壊してしまうのが自然の理である。合成樹脂などによる何らかの強化処置が必要となる。しかし、その場合でも風雨や紫外線にさらされると耐候性は乏しい。やはり、覆屋を架けて寿命を延ばす対策を講じなければならない。保存整備の対象となる主な遺構には、古墳・住居跡・窯跡・横穴、そして、石造物・磨崖仏などがある。それらは主として「土」と「石」からなっている。まれに、木材などの有機質からなる遺構もある。たとえば、何らかの理由で壊滅した森林の跡、倒壊した建物の群、古代集落を巡る柵列などである。

覆い屋を架けて保護された石仏群(大分県)の写真
図3 覆い屋を架けて保護された石仏群(大分県)

土質の遺構では、エポキシ系・イソシアネート系・アルキルシリケート系などの合成樹脂を利用して強化する。必要に応じて、欠損した部分を補填したり、部分的に復元する素材として変性のエポキシ系合成樹脂を利用することも多い。同樹脂に遺構表面と同類の土壌を混合した「擬土」を用いて整形・補填する手法である。石質遺構の場合には、珪酸エステルを基質とした強化剤を用いることが多い。アルキルシリケート系の含浸性強化材による強化、破砕した石の接着にはエポキシ系接着剤を、欠損部分の補填や整形には変性エポキシ系合成樹脂に修理対象と同種の岩石粉末を混ぜた「擬岩」で処理する。それは、重量比で数パーセントの合成樹脂量を加減することで、擬岩の密度や強度を調製することができる。修理物件の劣化状態に見合う擬岩を調製し、適用すると理想的である。また、複雑な保存上の問題点が有機的に絡んでいるものに地盤に連結した石造文化財があげられる。石造文化財には、石仏(磨崖仏)、石塔、宝塔、石碑、石造建築、庭園の景石類、住居跡の礎石、そして古墳の石室や洞窟などがあげられる。

復原整備された古代庭園(奈良県・平城宮東院跡)の写真
図4 復原整備された古代庭園(奈良県・平城宮東院跡)

(1)劣化機構と方策

劣化現象の要因は、通常は単独ではなく、それらが有機的に絡み合っている。なかでも、塩類風化と凍結融解による破砕が大きな要因である。特に、多孔質の岩石は地下水や雨水などがしみこむと、水自体に含まれていた塩類成分、あるいは岩石に含まれていた塩類成分が溶解する。水は、やがて乾燥するのだが、表面蒸発に伴い内部拡散が起こる。塩類成分を含有した水分は蒸発し、岩石表面に塩類成分を析出(浸出)させる。乾湿が繰り返されると長年の間には塩類の結晶がもとで皮殻状の膜が表面を覆う。膜の直下の岩石組織は結晶のために破壊されている。何らかの衝撃で硬い膜が破壊されると、内部の粘土化した部分は崩落し、石造物の形状までもが失われることになる。硬質で水を吸収しない性質の岩石であっても、割れ目に水が溜り、それが凍結して破損することも多い。いずれの場合にも、劣化要因のひとつが水である。そのほか、磨崖仏などでは樹木の根による破砕、樹木が強風にあおられることによる揺れや振動、の影響も大きい。地震による破損なども深刻な課題としてあげられよう。また、地衣類・微生物などによる生物劣化も大きな比重を占めており、その駆除対策が求められる。
劣化現象には複数の要因が絡み合っているのだが、それは地表面近くの物質の破砕と変質が継続的に進行していることを意味し、これに新たに保存処置という物理化学的諸条件を付加してよりよく平衡する状態を作り出すことが保存工事である。岩石風化は、物理的作用・化学的作用・生物的作用によるものであるが、これらは相互的な作用として働くことが多い。岩石遺物や岩石遺構を風化から防護するには、その原因となる因子を見つけてそれらを抑制あるいは除去して、適切な保存処理をすることが重要である。

(2)保存材料の開発

石造文化財の保存工法のひとつは劣化要因の水に対する防御である。水を断ち、石造物に水がおよばないようにすることが基本である。強制的に乾燥させ、合成樹脂などによる強化処置、さらには撥水剤による処置を施す。通常は、岩盤全体の強化・撥水処置をした後、破砕した部分や剥離した部分の接合、整形を行う。強化材、接着剤、そして撥水剤の正しい選定と施工が重要である。石造物の基盤となる、岩盤や地盤の強化には合成樹脂をはじめ、地盤強化に利用する土木用のセメント・ペースト・モルタル・薬液などの圧入(グラウト)による強化工法などがあるが、脆弱な岩盤などに対しては圧入ではなく、自然注入による強化法を検討しなければならないし、セメントミルクの注入は、後にアルカリ成分が遺構表面を覆うように析出することがあるので注意を要する。合成樹脂を利用する場合には、岩盤や地盤の条件によって、樹脂の粘度や硬化時間(ポットライフ)を適宜調製できるものを準備することが肝要である。
欧州の古い時期には、膠、ゼラチン、水ガラス、ワックス、パラフィン、有機質樹脂、そして珪酸エステルなどが使われてきた。わが国では、破断面の接着をするときに接合部に鎹を入れ、その周囲に硫黄を溶かして流し込む方法がおこなわれた例もある。現在では、石造文化財に対する保存材料として、各種のエポキシ系、アクリル系、イソシアネート系、シリコーン系などの合成樹脂が使用されている。最近とみに使用されるようになったのは、珪酸エステルを基質とした強化剤<シラン系(SinH2n+2)、シロキザン(Si-O-Si結合を含む化合物)、たとえばテトラエトキシシランのモノマーとオリゴマーの混合比率の調製をした特注製品など>などが利用されている。なお、アルキルシリケ-ト系含浸性強化剤は、まず岩石中の吸着水や空気中の水蒸気と反応して加水分解が進み、水酸化珪素とエチルアルコ-ルを生成し、さらに酸化珪素と水分を生成する。完全に反応するには約10日間程度を必要とする。また、製品によっては、水分を相当量含んだ岩石に使用すると白濁し、発泡状態を呈することがある。
この種の保存材料には、浸透性が良好な素材、つまり粘度が調製できること、硬化後の岩石や土が、それらが本来持つ物性(吸放湿性など)を損なわないこと、あるいはそれを再現する素材であること、他方では粘土質や砂質の土壌遺構にも対応できる万能性を備えていることが理想的である。図6のモアイ石像の首の接合材には、透水性の良いエポキシ系の合成樹脂に凝灰岩の粉砕粒を混ぜた凝灰岩に似せた物性の素材をつくり応用した。すなわち、石像にしみ込んだ雨水などはすみやかに石像から抜け落ちるので、首の回りで水分が滞留することはなく、したがって塩類の析出などの現象が起こりにくく、劣化現象を最小限に抑制することができる。

岩石の劣化機構の図
図5 岩石の劣化機構
図(左):岩石にしみ込んだ水の表面蒸発と塩類の固い層を形成
図(中):乾湿が繰り返し起こると塩類の固い層が増長
図(右):固い膜が破壊すると加速度的に崩壊

透水性の素材で接合されるモアイ石像(チリ領イースター島)の図
図6 透水性の素材で接合されるモアイ石像(チリ領イースター島)

(3)保存工法の開発

岩盤の劣化状況を把握することが前提となる。その測定方法は、非破壊かつ如何なる大きさの磨崖仏であっても測定、あるいは観察が可能な方法でなければならない。岩盤表面の温度変化を観察することによって、劣化している部分や割れ目に水分が含まれている部分などを推定することができる。健全な状態の岩盤と劣化部分との間には、温度変化の速度が異なるはずだからである。たとえば、赤外線利用の温度分布を測定することによって劣化部分を探り当てることができる。
保存対策は、凍結・融解に起因する劣化対策のほか、塩類風化、生物に対する対策を考慮しなければならないが、多くの場合、水の処理が先決問題となる。わが国では、水を断つ方法を試みることの方が多いようである。この場合には、岩盤の乾燥が進み、すでに劣化し、粘土化した部分の崩落が危惧されるので、合成樹脂などによる強化処理が施される。あるいは、合成樹脂による処理をおこなうために岩石を乾燥状態に保つ処理を施すこともある。
現状では、たとえば遺跡周辺にボーリング孔を設け、あるいは背後にトンネルを掘削して水抜きをし、水が遺跡におよばないようにする。そして、遺構がそれ以上崩壊しないように合成樹脂等で強化する。

1‐3 現状の課題

(1)劣化要因を解明のための診断方法の開発研究

赤外線利用の岩盤表面温度分布を測定することによって、岩盤表面の保存状態を探ることができる。すなわち、岩盤表面の部分によって温度が異なるということは表面状態が異なるということであり、それは保存状態と関係がある。たとえば、新しい岩盤表面であれば太陽熱を受けても表面の温度は上昇しにくいが、表面が劣化して剥離状態にあれば表面温度はより早く上昇するからである。精度の高い含有水分の変動測定からもある程度までだが、岩盤表面の保存状態を探ることができる。特定の表面面積における水分蒸散量測定の、現場に適した簡便な測定機器の開発が望まれる。そのほか、超音波等利用による劣化度の診断も可能になる。

赤外線温度分布測定の図
図7 赤外線温度分布測定
(磨崖仏の赤外線利用による石仏表面の温度分布を測定して、保存状態を診断する)

表面温度経時変化の図
図8 表面温度経時変化
(磨崖物表面の温度変化の緩慢な部分や、そうでない部分を識別し、保存状態の程度を観察する)

(2)地盤に連結した遺跡の水処理

遮水壁等による水の遮断、あるいは逆に水を取り込んだ自然状態を維持することによって遺構の安定をはかる。水分を遮断して遺構面を乾燥させることができるならば、さらに不透水性の樹脂による硬化を検討する。あるいは、逆に透水性樹脂を利用して強化する考え方も成り立つ。乾燥し過ぎることによって遺構に悪影響を与える場合もあり、このような場合には植裁をすることによって地中の水分蒸散を抑止する工法もあり得よう。地下水位の制御、あるいは地下水の固定が遺跡保存の最も大きな課題のひとつになっている。

(3)露出と景観

屋外に露出状態で保存することが難しい場合、やむなく覆屋を架けるが、景観を損ねることが多い。覆屋のデザインの工夫もあるが、遺構面を強化ガラスで覆うなどの解決策もあり得る。遺跡の所在する地域の気象条件等をよく調査した上で、それぞれに見合う保存材料と工法の開発が求められる。

(4)樹脂の含浸工法

最大限の樹脂含浸をして、遺構の強化をはかることになった場合でも、合樹脂を単に散布するだけでなく、より深くにまで多量を浸透させるために減圧方式による含浸工法などを検討する。多くの現場ではこのような施工ができない状況にあるが新素材や含浸工法の開発研究を進めることによって含浸効果をより高めることができる。

(5)地下水の制御

住居跡などの保存に際しては、地下水の侵入が影響大。複雑な地下水の挙動は、地中の特定の地層を通しても集水、ポンプアップ排水などは不可能に近い。水を抑制する工法としては、閉塞系の空間の中で内部気圧を高めることによって地下水の蒸散を抑止し、さらには地下水位を下げる方法がある。あるいは、地下水を凍結し、蒸散もしくは遺構への侵入を阻止することができる。液体窒素を投入する凍結工法は、コスト面からみても現実性のある保存法といえる。

(6)有機質遺構の化石化

遺構に横たわる有機質の木材等からなる遺構をそのまま屋外で展示・公開することができれば理想的である。しかし、不安定な有機質の遺物をそのまま露出した状態で保存することができない。有機質の、例えば木材を無機化することによって、例えば木材中の水分をすべて無機質の物質と置換することができれば、無機質物質はより安定した状態で露出展示することが可能になるであろう。

遺構面に強化ガラスを張った遺跡の露出展示の写真
図9 遺構面に強化ガラスを張った遺跡の露出展示

倒壊した連子窓(奈良県・山田寺跡)の写真
図10 倒壊した連子窓(奈良県・山田寺跡)
(有機質遺物の木材を現位置で露出展示するためには、有機質を無機質に変えてしまうなどの発想の転換が求められる)

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