資料2 我が国における自然資源の統合管理の在り方について(論点整理)
1.はじめに
- 水や土地などの自然資源は、人類が生存していく上で欠くべからざるものだが、トレード・オフの関係に陥りやすい。
- 昨年8月に文部科学省が発表した「低炭素社会づくり研究開発戦略」のうちの環境変化に対する影響適応策の一つとしても、自然資源の統合管理という視点が打ち出されたところ
- 自然資源の統合管理の手法を我が国に導入する上で、ハードとしての自然資源の管理のみならず、それを支える情報、技術、社会システムなどのソフト的な資源にも十分着目の上、両者を一体的に取り扱うという視点で検討
2.自然資源の概念整理
(資源とは何か)
- 資源とは単なる原料ではない
- 比較的新しい(大正期初頭~)概念であり、思想的な意義を付与されている
- 「resource」とは、「力を籍るもの」(大英和辞典,1931)
- 「資源」とは、「人間が社会活動を維持向上させる源泉として働きかける対象となりうる事物」(「日本の資源問題」、1961)
- 資源を「見る眼(佐藤)」によって「頭の中で作り出す(鈴木)」
(自然資源と天然資源の違い)
- 「天然」とは、もとからあるもの、人為を加えていないものの意
- 「自然」とは、「じねん」と読む場合があり、「おのずから」なるもの(内山)
- 天然も自然も同義に用いて、「天(神)」が与えたもの(深尾)
- 天然資源とは、「もとからあるもの」が、人と人との関わりにおいて価値を持ったもの
- 具体的には、石油、石炭などのように、値札がついているものをさす
- 自然資源とは、「おのずからなるもの」に、人の「見る眼」によって、価値を見出したもの
- 例えば、木材、水、森林、土壌、生物多様性など、値札のついているものからついていないものまでを含む
4.自然資源管理についての考え方
(古典的な経済学による説明)
- 経済学における自然資源の原型は、農業基盤たる「土地」
- マルサスの収穫逓減による絶対的土地制約論、リカードの差額地代による相対的制約論と続く流れの中で、経済学は一貫して資源制約論を展開
- 1972年にローマクラブが発表した「成長の限界」は、その後の石油危機とあいまって、世の中に大きな衝撃
(持続可能な発展)
- 1987年、国連環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)の報告書「我ら共通の未来」で出された「サステイナブル・ディベロップメント」
- 市場価格のない資源についても、その希少性と経済活動の関係が問題
- 持続可能性の3原則として、再生可能資源、再生不能資源、環境容量のそれぞれがサステイナブルでなければならない
- 生活の質の決定要因として、4つの資本資産(自然資本、人工資本、人的資本、知識)を挙げ、そのトータルで持続可能性を考えなければならない
- 生活の質はこれらの資本資産の組み合わせを規定する広義の制度いかん
(かつての資源調査会での資源論)
- 当時の資源論の特徴は「統合」の概念(佐藤)
- 社会問題としての位置づけ(人と人との関係)
- 現場の特殊性を重視(自然の一体性)
- 民衆の側から語りかける思想(わかりやすさ)
4.自然資源に対する人間の関わり方の変遷とその課程で生じた課題
(水資源)
- 水行政は昔から八岐大蛇と言われる(多くの官庁、自治体にまたがる)
- 縦割り行政の弊害が顕著に露呈するのは災害の発生時
(森林資源)
- 「森林の有する多面的機能」は、時間的・空間的なスケールの違いを伴う
- かつて林業生産活動が活発に行われていた時期にあっては、適切な施業の実施を通じて、これらの機能が予定調和的に発揮
- 時間スケールは自然のそれよりもはるかに短く、伐採や造林が次第に行われなくなった結果、グローバルな二酸化炭素吸収などが機能不全
(土壌資源)
- 土壌は地質学的長時間を経て生成された歴史的自然物であり、一度失えば本質的に再生不能であると同時に、上手に使えば繰り返し利用が可能
- かつて、地力中心の生産機能のみを重視した不適切な繰り返し利用によって、土壌劣化が進行
- 現在、水や大気と共に、土壌は自然環境の基本的構成要素の一つであり、各種生態系の成立基盤であること、それゆえに陸上生物の生存と密接に関連を持っていることなどの認識が定着
- 今後は、土壌保全はサステイナビリティ(持続可能性)の必須条件であるとの考えの下、気候変動や生物多様性など、地力以外の観点もふくめて統合的な管理を行い、土壌の健全性を維持することが必要
(里山)
- かつて里山は薪炭材や肥料の供給源であり、また、農業生産や保健休養の場、さらには防災林等としても機能
- 人間にとって自然とは、その中で「人間とは何か」を考えさせられる「装置」
- 資源を利用しながら自然と関り、その奥に精神的なルーツや神を意識
- 地球規模での自然資源の価値が声高に唱えられるようになって、逆に身近な自然との精神的な関わりが希薄化
- より身近なスケールで、自然との関わりを取り戻すことが大事
- 地域社会に管理権限を持たせ、足らざる部分をその上位の行政組織等がサポートするという「補完性の原則」
(気候変動による影響)
- 日本の夏の豪雨頻度は平均的に上昇すると予測
- これらの結果、日本では洪水などによる豪雨災害の危険度が増大
- 海面上昇も、今世紀末に海面は18~59㎝上昇すると予測
- 津波の発生時などには、特に脆弱性が増大
- また、降雪量の減少により雪国における夏期の渇水が頻発
- 自然現象が自然資源に与える影響は時間・空間スケール別にみていく必要
- 一般に、時間スケールの大きいものは、それに応じて空間スケールも大きい
- スケール間の横断、連結、相互影響に注意して問題解決を考える必要
5.統合管理の必要性
- 現在、人間社会が「成長」重視から「持続可能性」を重視する社会へとシフト
- 従来の細分化された専門分野だけでは解決できない問題が出現(武内)
- 複雑な問題解決の優先順位をつける必要(稲永)
- 自然資源を巡る社会関係の在り方を含めた資源論としての統合管理が必要
- 自然資源のレード・オフも、社会のしくみを変革することで解決可能
(災害対応の観点)
- 洪水、土砂崩れ、森林火災など直接的に国民の生命・身体・財産に関わる自然資源の管理には、統合的視点と長期的視点の必要性が高い
- 土地資源に根ざし、自然との共生の場でもある農林業は、経済効率でのみ考慮せず、国土を防衛し、自然保全事業の一環として捉えることが重要
- 例えば、水田農業は古来水循環の担い手として重要な役割
- 水稲生育期の湛水栽培は、地下水を涵養し補給
- 水田は、一時的ながら、出水調整、洪水貯留の機能
(生物多様性等の観点)
- 農家の建て替え用の大黒柱は里山の大木で、その落ち葉も堆肥等に利用
- 農業用水路の水は、かつては、飲料や家事用水、防火用水にも利用
- 近代化の効率主義は、数量化しにくい“自然との共生”の概念を捨象
(低炭素社会づくりのための統合管理)
- 「持続可能な発展を実現するための社会のしくみの構築」という視点が欠如
- 二酸化炭素排出削減について意欲的な目標を掲げるには、根本的に社会構造を変え、国土構造を変えることが必要
- 従来利用されなかった事物も含めて資源にどんな価値をあたえ、いかなる利用や管理の方法によって富を配分していくか?
- 現象の認識(あるものの探求)を目的とする「認識科学」から現象の創出や改善(あるべきものの探求)を目的とする「設計科学」へと科学は進化
- 統合的な新たな学術の体系をもって自然資源の統合管理を行うべき
6.自然資源の統合管理の在り方(提言)と残された課題
(流域管理と分野横断的対応)(高橋)
- モンスーン・アジアの特性を考えた場合、流域圏に着目することが有効
- 統合的管理は流域圏単位とし、そこには各種関係者が公平に参加すべき
- 水に関連する自然資源(森林、河川、生物多様性等)の各部局が実質的に統合管理できる新たな組織を創るべき
- 一体的かつ適正な自然資源管理を目的とし、各種の自然資源に共通する理念と分野横断的な統合管理のための原則を定める基本法などを制定すべき
(地方分権とコモンズ、CSO)
- 地域社会に管理権限を持たせ、足らざる部分をその上位の行政組織等がサポートするという「補完性の原則」による地方分権を推進すべき
- 以下の3つの地域社会像の相互関係を時空スケール別に把握し、一元的視野で自然資源の統合的管理を実施すべき
- 生物多様性や食料に代表される自然共生社会
- 水に代表される循環型社会
- エネルギーに代表される低炭素社会
- 地域住民だけでなく、自治体や企業、ボランティア団体等を含めた多様かつ新たな管理主体による、新たなコモンズ管理の手法を開発すべき
- 里山や流域はそれらの最も身近な統合モデルと捉え、自然資源の統合的管理の実践と知見の集積のためのケース・スタディを実施すべき
(Social Designの考え方)(大橋)
- モノ中心から人間中心へ、成長型社会から持続型社会への転換を目指す
- 「設計科学」の考え方により21世紀の社会の「あるべき姿」を検討し新たな社会を設計・構築するため従来の社会の再設計・再構築を目指す
- 持続型社会の基盤として市民社会組織や情報ネットワーク技術を整備
- メゾ・マクロスケールの市民組織として、北欧等で発達している市民社会組織(Civil
Society Organization)の制度化を検討すべき
(指標開発、モニタリング(データ収集)、アセスメント、事例分析による評価)
- 知識、情報、人材等の横断的なソフト資源は、システムとして十分に考慮されておらず、これらをパラメータとして指標化することが重要
- 多くの要素技術を統合し、システム化して評価する手法が必要
- 専門的な精密性の追求よりも、むしろ総合的な合理性に着目
- 短期・長期、局所・広域それぞれのスケールを統合した予測技術の開発と、そのための統合指標の開発及びモニタリングシステムの構築を急ぐべき
- 過去の成功事例、失敗事例を収集・分析して、今後の管理に活用すべき
(統合管理のための学術大系;サステイナビリティ・サイエンス)
- 持続型社会を総体的・俯瞰的に捉える総合的学問体系と人材育成が必要
- 単なる技術の開発ではなく、社会制度や文化といった、従来の研究では考慮されなかった多元的な視点での総合的な研究を進めるべき
- 設計科学やサステイナビリティ・サイエンスにより自然科学と人文・社会科学の融合した総合的科学技術に取り組む研究推進体制を確立すべき