資料2‐2 数学イノベーション推進に必要な機能について(報告)

はじめに

 数学イノベーションを推進するために必要な方策については、昨年8月に「数学イノベーション戦略」(平成26年8月28日、科学技術・学術審議会 先端研究基盤部会)が取りまとめられるとともに、これまでに、数学・数理科学と諸科学・産業等の研究者の「出会いの場」や「議論の場」としてのワークショップ等の開催支援、両者の協働による研究を支える研究費や研究拠点の整備等が実施されてきた。今般、これらの現状を踏まえ、数学イノベーションを進める上で課題となっている点を整理し、その解決のためにどのような機能が必要かを中心に整理を行った。

1.数学イノベーションを巡る現状について

(1)数学・数理科学の重要性の高まり

 社会全体における、例えば下記に見られるような近年の大きな変化に伴い、数学・数理科学の重要性が飛躍的に高まり、社会からの期待も増大している。

  • 多くの学問分野や産業界において、計測技術や情報技術の進歩に伴い、大量で複雑なデータの入手が容易になり、そのデータの持つ意味を知り、データを活用することが問題解決の鍵を握るようになってきている。なお、計測技術・情報技術の発展自体も数学が下支えしている場合がある。
  • また、経済・金融システム、社会システム、環境・エネルギー問題、災害予測・防災等、特定の学問分野や業界に固有の既存モデルだけでは捉えきれない複雑な現象や問題が増加している。
  • 更に、これまでの延長線上の研究開発ではなく、既存の枠組みを破壊するようなイノベーションを実現するには、これまでにない発想やものの見方が必要であるという認識も高まっている。
     このため、諸科学共通の言語であり、ものごとを抽象化する力を有している数学・数理科学への期待が高まっており、例えば、複雑な現象における本質的部分を抽出しうまく単純化することで、データ解析の大幅な効率化を図ることや将来の変動の兆しを検出することなど、数学・数理科学の力を発揮できる場面が増大している。

(2)数学・数理科学と諸科学・産業との協働の進展

 このような数学・数理科学への期待を踏まえ、これまで大きく分けると以下のような取組を行ってきた。

1.数学・数理科学と諸科学・産業等の研究者の「出会いの場」「議論の場」としてのワークショップ等の開催支援

 (例)数学・数理科学と諸科学・産業との協働によるイノベーション創出のための研究促進プログラム(数学協働プログラム)【平成24年度~】

2.両者の協働による研究を支える研究費や研究拠点の整備

(研究費の例)
  • JST戦略的創造研究推進事業「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」領域【平成19年度~】
  • FIRST最先端数理モデルプロジェクト【平成21~25年度】
  • JST戦略的創造研究推進事業「現代の数理科学と連携するモデリング手法の構築」領域、「社会的課題の解決に向けた数学と諸分野の協働」領域【平成26年度~】
  • 科学研究費補助金特設分野研究「連携探索型数理科学」【平成25年度~】
(研究拠点の例)
  • 大学共同利用機関:統計数理研究所
  • 共同利用・共同研究拠点:京都大学数理解析研究所、九州大学マス・フォア・インダストリ研究所、明治大学先端数理科学インスティテュート
     このような取組を通じて、諸科学・産業等と連携して研究できる数学・数理科学研究者が育ち、その研究者間のネットワークの構築、諸科学・産業等との連携のノウハウの蓄積も一定程度進展している。
     特に、JST戦略的創造研究推進事業の「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」領域の領域会議等の経験を通じて、日頃は異なる分野の問題に取り組んでいる数学・数理科学研究者どうしが各自の数学的手法・理論について情報交換し議論することが、問題解決への新たなアイデアの着想につながるなど極めて効果的であることが実証されている。これは、特定の問題の解決に貢献した数学的知見が全く別の問題にも水平展開できるという、数学・数理科学の特性を生かすものである。
     一方、諸科学・産業においても、限定的ではあるものの研究の過程において数学的手法への関心が高まりつつあり、更に上記1.によるワークショップ等を通じて、数学・数理科学研究者との共同研究に発展した例も一定程度見られるようになっている。

2.数学イノベーションを進める上での課題

 1.で述べたように数学・数理科学と諸科学・産業等との協働に一定の進展は見られるものの、以下のような課題が存在する。

(1)諸科学・産業等から数学・数理科学研究者の姿が見えづらいこと

 数学・数理科学以外の様々な学問分野の研究者や産業界、更には社会一般から見た場合には、以下のような課題が存在する。

  • どのような問題の解決に数学・数理科学の力が役立つのか、分からない。
  • 数学・数理科学研究者の姿が外からは見えづらく、仮に諸科学・産業等が自分たちの抱える問題に数学・数理科学の力が役立つのではないかと思っても、誰に相談すれば良いか分からない。
  • どの程度の具体性のある問題を相談すれば良いか分からない。

(2)諸科学・産業等と連携する数学・数理科学研究者を支援する仕組みが十分でないこと

 JST戦略的創造研究推進事業等を通じて、諸科学・産業等との連携のノウハウや人脈等を有する数学・数理科学研究者が育ちつつあるが、これらの者の組織的活動を支援する以下のような仕組みや体制が必ずしも整っていない。

  • 社会や諸科学・産業から、数学・数理科学の活用による解決の可能性のある問題を見いだすような場や仕組み
  • 諸科学・産業から問題を受け付け、適切な数学・数理科学研究者につなぐような仕組み
  • このような問題の解決に向けた研究に数学・数理科学研究者が主体的に取り組むとともに、様々な専門分野の数学・数理科学研究者が意見交換し議論するような場や仕組み
  • 連携相手となる諸科学・産業等に向けて数学・数理科学の有用性を示す組織的取組

(3)数学的アイデアを“使える”ようにする仕組みが十分でないこと

 数学・数理科学研究者は、諸科学・産業等が抱える問題の解決に向けて数学的アイデアを提案することはできても、その数学的アイデアを実装し諸科学・産業等の現場が“使える”ようにする(例えば、プログラミングしソフトウェア化する)ことは困難であることも多い。一方、このようなソフトウェア化の仕組みやソフトウェア化に携わる者を評価する環境は十分なものではない。このため、せっかくの良い数学的アイデアが埋もれてしまい、数学・数理科学の力が有効に活用されないおそれがある。

3.必要な方策

(1)今後必要となる機能

 上記の2.に掲げた課題を解決する上で、以下のような機能を備えた拠点が必要であると考えられる。

A.数学・数理科学の活用により解決できる問題を明らかにし、数学・数理科学研究者につなぐ機能

  1. 社会や諸科学・産業から、数学・数理科学の活用による解決の可能性のある問題(社会における数理的問題、諸科学・産業が抱える数理的問題等)を見いだす機能
  2. 諸科学・産業等から相談を受けた問題を、数学・数理科学の問題になり得るかという観点からふるいにかける機能
  3. 1.で見いだした問題や2.で相談を受けた問題を、その解決に向けて取り組むのにふさわしい数学・数理科学研究者につなぐ機能

B.問題解決に向けた研究を支援する機能

  1. 諸科学・産業等の問題の解決に向けた研究を行う数学・数理科学研究者の活動を支援する機能
     具体的には、諸科学・産業等の問題に取り組む数学・数理科学研究者を配置し、A.で明らかにした問題の解決に向けた研究を継続的に支援するとともに、諸科学・産業等の問題に取り組んでいる数学・数理科学研究者が、各自が問題解決に向けて用いている数学的手法や理論について情報共有し議論する場を提供する機能や、世界トップクラスの数学・数理科学研究者と国内の若手をはじめとする研究者とが一定期間滞在し、自由な議論を通じて互いに触発され新たな研究の着想につながるような場を提供する機能などが必要である。
  2. 数学的アイデアを“使える”ようにする機能
     具体的には、諸科学・産業等の問題の解決に向けた研究において提案された数学的アイデアを実装し諸科学・産業等の現場が実際に使えるようにする人材(例えば、数学・数理科学研究者とのやりとりを通じて、数学的アイデアをプログラミングしソフトウェア化できる人材)を配置し、数学・数理科学研究者がこれらの人材と密接に連携しながら研究を進めることができるようにすることが必要である。
  3. 諸科学・産業等へ“使える”数学的手法を発信する機能
     具体的には、諸科学・産業等の問題の解決に役立つ数学的手法や理論、数学・数理科学を活用して諸科学・産業等の問題を解決に導いた事例等を整理し、諸科学・産業等に向けて分かりやすく発信する機能が必要である。これにより、諸科学・産業等からの数学・数理科学の持つ潜在的な力への認知度が高まり、数学・数理科学の活用による解決が期待できるような新たな問題の発掘が促進され、好循環につながることが期待できる。

(2)期待される効果

 上記(1)の機能を備えた拠点の設置により、上記2.に掲げた課題の解決につながることに加え、諸科学・産業等の問題の解決に取り組む数学・数理科学研究者集団が「見える」ようになり外部からの認知度が高まることや、これらの数学・数理科学研究者の「諸科学・産業等の問題解決」というミッションが明確化され諸科学・産業等の問題解決に主体的に取り組めるようになること等の効果が生まれ、数学イノベーションの一層の加速につながることが期待できる。

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