資料1-1 数学イノベーション委員会 報告(素案)

はじめに

 数学イノベーションに必要な方策については、平成26年8月に「数学イノベーション戦略」が科学技術・学術審議会 先端研究基盤部会で取りまとめられるとともに、これまでに、数学・数理科学と諸科学・産業等の研究者の「出会いの場」や「議論の場」としてのワークショップ等の開催支援、両者の協働による研究を支える研究費や研究拠点の整備等の取組が行われてきた。
 今般、ここ数年におけるこれらの取組から見えてきた課題も踏まえ、数学イノベーションを進める上での現状の問題点を整理し、その解決のために必要な方策を整理した。

1.数学イノベーションに関する現状について

(1)数学イノベーションの必要性

 社会全体における、例えば下記に見られるような近年の大きな変化に伴い、数学・数理科学の重要性が飛躍的に高まり、社会からの期待も増大している。

  • 多くの学問分野や産業界において、計測技術や情報技術の進歩に伴い、大量で複雑なデータの入手が容易になり、そのデータの持つ意味を知り、データを活用することが問題解決の鍵を握るようになってきている。なお、計測技術・情報技術の発展自体も数学・数理科学が下支えしている場合がある。
  • また、経済・金融システム、社会システム、環境・エネルギー問題、災害予測・防災等、特定の学問分野や業界に固有の既存モデルだけでは捉えきれない複雑な現象や問題が増加している。
  • さらに、これまでの延長線上の研究開発ではなく、既存の枠組みを破壊するようなイノベーションを実現するには、これまでにない発想やものの見方が必要であるという認識も高まっている。

 このため、諸科学共通の言語であり、ものごとを抽象化する力を有している数学・数理科学への期待が高まっており、例えば、複雑な現象における本質的部分を抽出しうまく単純化することで、データ解析の大幅な効率化を図ることや将来の変動の兆しを検出することなど、数学・数理科学の力を発揮できる場面が増大している。

(2)数学イノベーション委員会における検討

 数学イノベーション委員会は、平成23年に科学技術・学術審議会の先端研究基盤部会の下に設置され、数学・数理科学と諸科学・産業との協働によるイノベーションを実現するために必要な方策を検討し、平成26年8月に先端研究基盤部会で「数学イノベーション戦略」を取りまとめた。
 平成27年2月からの今期においては、新たに数学イノベーション委員会を戦略的基礎研究部会の下に設置し、平成27年4月から議論を重ね、8月には数学イノベーション推進拠点に必要な機能を整理して同部会に報告した。また、同9月以降は数学イノベーション推進に必要な人材の育成を中心に議論を重ねてきた。

(3)数学イノベーションに関する取組

 上記(1)で述べたとおり数学・数理科学への期待は高まっており、これらの期待に応えるため、これまで様々な取組が行われてきた。これらの取組を3つに分けて整理すると以下のとおりである。

1.数学・数理科学と諸科学・産業等の研究者の「出会いの場」「議論の場」としてのワークショップ等の開催支援

(例)

  • 数学・数理科学と諸科学・産業との協働によるイノベーション創出のための研究促進プログラム(数学協働プログラム)【平成24~28年度(予定)】
    • 実施機関:統計数理研究所
    • 協力機関:北海道大学、東北大学、明治大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、広島大学、九州大学の数学・数理科学系の研究科や研究所

2.数学・数理科学と諸科学・産業との協働による研究費

(例)

  • JST戦略的創造研究推進事業「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」領域【平成19年度~】
  • FIRST最先端数理モデルプロジェクト【平成21~25年度】
  • JST戦略的創造研究推進事業「現代の数理科学と連携するモデリング手法の構築」領域、「社会的課題の解決に向けた数学と諸分野の協働」領域【平成26年度~】
  • 科学研究費補助金特設分野研究「連携探索型数理科学」【平成25年度~】

3.数学・数理科学と諸科学・産業との連携研究拠点の整備

(例)

  • 共同利用・共同研究拠点への認定:九州大学マス・フォア・インダストリ研究所、明治大学先端数理科学インスティテュート
  • その他の大学等における組織の整備
  • 理化学研究所の理論科学連携研究推進グループ(iTHES)の発展拡大(数理科学連携プログラムの発足)

 このような取組を通じて、諸科学・産業等と連携して研究できる数学・数理科学研究者が育ち、その研究者間のネットワークの構築、諸科学・産業等との連携のノウハウの蓄積も一定程度進展している。

2.数学イノベーションに関する現状の問題点について

 1.(2)のとおり、数学・数理科学と諸科学・産業との協働に向けた様々な取組が行われてきた。1.(2)の1.で述べた「数学協働プログラム」(平成24~28年度)に関する中間評価結果報告書(平成27年11月)において、「数学・数理科学と諸科学・産業との協働が定着するには、時間がかかるため、今後も現在の活動を継続・発展させることが望ましい。」とされているところである。
 しかしながら、このような数学・数理科学と諸科学・産業との協働に向けた活動が直接の参加者以外にも広く知られているとまでは言えず、また、数学・数理科学と諸科学・産業との連携に参加している研究者の広がりも必ずしも十分ではないのが現状である。
 これらの課題の背後にある問題点を整理すると以下のとおりである。

(1)数学・数理科学研究者の姿が外から見えづらいこと

 数学・数理科学の外(諸科学の研究者や産業界、さらには社会一般)から見た場合に以下のような問題点があると考えられる。

  • どのような問題の解決にどのような数学・数理科学の力が役立つのか、分からない。
  • 数学・数理科学研究者の姿が外からは見えづらく、仮に諸科学や産業界の人が自分たちの抱える問題に数学・数理科学の力が役立つのではないかと思っても、誰に相談すれば良いか分からない。
  • どの程度の具体性のある問題を相談すれば良いか分からない。

(2)数学イノベーションを担う人材の層が厚くないこと

 また、数学・数理科学側においても諸科学・産業側においても、お互いに連携できるような人材に関して、以下のような問題点がある。

  • 大学等において、数学・数理科学と諸科学・産業との連携を担える人材の育成が十分ではない。例えば、大学の数学専攻では、数学の外に目を向けさせる機会が乏しい。
  • 数学専攻学生(特に博士課程学生)のキャリアパスが限定的である(学術界に進む者が中心で、企業に進む者は少ない)。
  • 数学界の外から見た場合の「数学」や「数学者」に対するイメージが限定的である。例えば、諸科学や産業界から見た場合の「数学は現実から乖離した世界、数学者は近づき難い存在」というイメージや、高校教員や高校生から見た場合の「大学の数学専攻に進学すると将来のキャリアパスが限られる」というイメージなどが挙げられる。

3.数学イノベーション推進に必要な方策

(1)必要な方策

 1.(3)3.のとおり、全国の大学等にいくつかの数学・数理科学と諸科学・産業との連携研究拠点が整備され、各々の特色を生かした活動が行われるようになっている。しかし、個別の拠点がそれぞれ独自に活動するだけでは、2.に掲げた問題点(数学・数理科学研究者の姿が外部から見えづらいことや、数学イノベーションを担う人材の層が厚くないこと)を解決するには不十分である。したがって、これらの様々な拠点の活動が全体としてまとまった形で外部から見えるようにするとともに、人材育成を始め個別の拠点の資源だけでは十分な対応が困難な活動について拠点間の協力を促すことが必要である。
 具体的には、以下のような機能を備えた全国の数学イノベーション推進拠点と、これらの拠点の中核となる機能を有する拠点により構成される全国的な体制や取組が必要である。

1.個別の数学イノベーション推進拠点に必要な機能

A)数学・数理科学と諸科学・産業とが協働できる機能
  • トランスレーション機能(諸科学や産業の問題を「数学・数理科学の問題」に翻訳する機能)
  • 諸科学・産業との協働による研究を実施する機能
  • 研究成果の実装・実用化を支援する機能
B)外部への情報発信機能
  • 企業の技術者・研究者向けに数学・数理科学応用事例や応用可能な数理的手法等を紹介する講習会
  • 高校生や高校教員向けに数学応用事例等を紹介する講習会
C)人材育成機能
  • 数学専攻学生の諸科学・産業との協働への参加を通じた人材育成(諸科学や産業との共同研究や問題提示型研究集会・問題解決型演習等への参加、諸科学の研究室や他の数学イノベーション推進拠点への派遣等を通じた人材育成等)
  • 様々な専攻分野の学生への、数理モデリング・データ科学等の履修の機会の提供や現代数学について知る機会の創出
  • 数学・数理科学専攻以外の学生の基礎的な数学力の強化

2.中核拠点に必要な機能や各拠点間の協力が必要な活動

 1.の機能を備えた全国の数学イノベーション推進拠点の中核となる拠点が備えるべき機能や各拠点間の協力が必要な活動としては、以下のAやBのようなものがある。

A)全国の各数学イノベーション推進拠点や数学者と、諸科学・産業との間をつなぐ機能
  • 情報集約・発信機能
     各拠点や各研究者に散在している研究情報や研究者情報の集約・見える化を図り、これらの情報を外部から容易に利用可能にする機能
  • 相談対応機能
     諸科学や産業界からの相談に対応し、持ち込まれた問題を「数学の問題」に翻訳し、適切な数学・数理科学者や数学イノベーション推進拠点につなぐ機能
  • シンクタンク機能
     国内外の研究動向を分析し、数学・数理科学の力を発揮できる重要な研究テーマ等を抽出する機能

<論点1>

数学・数理科学と諸科学・産業との連携研究組織を外部から「見える」ようにするためには、何が必要か?

○例えば、外部から数学・数理科学者への相談に対応する機能が必要か?

○その場合、中核拠点に必要な機能はどのような機能か?

  • 情報集約・発信機能か?
  • 外部からの相談を「数学の問題」に翻訳し、適切な数学・数理科学者や拠点につなぐ機能か?
  • ほかにどのような機能が必要か?

 また、中核拠点がこのような機能(全国の各数学イノベーション推進拠点や数学・数理科学者と諸科学・産業との間をつなぐ機能)を担い、全国の数学イノベーション推進拠点と連携した活動を行うためには、適切なリーダーとなる人材のもと、各拠点で数学・数理科学と諸科学・産業をつなぐ役割を担う人材が必要である。

<論点2>

どのような人材を配置する必要があるか?

  • 中心となる中核拠点のリーダーは、どのような者か? 例えば、医療の場合の「総合診断医」に相当するような数学・数理科学者か?
  • 各拠点の現場で数学・数理科学と諸科学・産業をつなぐコーディネータ役として活動する者はどのような者か? 若手数学・数理科学研究者(コーディネータ業務+本来の数学・数理科学研究の双方を行う者)か、コーディネータ業務に専念する者(URA等)か?
  • 各拠点のコーディネータ間の横の連携を強化するには何が必要か?
B)人材育成機能
  • 各拠点において1.の機能を担う若手研究者間の横の連携の強化
  • 数学・数理科学専攻の若手研究者や学生への以下のような機会の提供を通じた実践的育成
    • 諸科学や産業の問題に触れる機会の提供(問題提示型研究集会の拠点間共同開催等)
    • 日本に滞在中の外国の第一線の研究者と直接交流する機会の提供
    • 企業関係者と直接交流する機会の提供

<論点3>

数学イノベーションを担う者を育成する上で、若手研究者や学生にどのような機会を与える必要があるか?

(2)留意すべき事項

 なお、将来の大きなイノベーションを生み出すためには、既存の数学を応用するだけでなく、このようなイノベーションにつながる可能性を包含する新しい数学を生み出すことも必要で、そのための基礎的研究を支援することも重要である。
 また、諸科学・産業における問題を解決するために数学的なアプローチや手法が見いだされ、それらが用いられる過程を通じて、数学そのものが刺激を受け、新たな数学の研究テーマ・領域が生まれるなど数学自体の発展につながる可能性もあり、重視しておく必要がある。

<論点4>

人工知能(AI)やビッグデータ研究との連携を図るには、何が必要か?

お問合せ先

研究振興局基礎研究振興課/数学イノベーションユニット

電話番号:03-5253-4111(代表)