資料3-1 数学イノベーションに必要な人材の育成・活用に関する検討について

数学イノベーション委員会において、数学イノベーションに必要な人材の育成や活用について審議を行うに際し、以下のとおり整理する。

 

1. なぜ数学イノベーションが必要か?
多くの研究分野や産業界において、計測技術や情報技術の進歩に伴い大量で複雑なデータが容易に得られるようになり、そのデータの持つ意味を理解することが研究開発の鍵を握るようになってきている。
また、経済・金融システム、社会システム、環境・エネルギー問題、災害予測・防災等、特定の学問分野や業界に固有の既存モデルだけでは捉えきれない複雑な現象や問題が増加している。
さらに、これまでの延長線上の研究開発ではなく、既存の枠組みを破壊するようなイノベーションを実現するには、これまでにない発想やものの見方が必要であるという認識も高まっている。
このため、諸科学共通の言語であり、ものごとを抽象化する力を有している数学・数理科学への期待が高まっており、例えば、複雑な現象における本質的部分を抽出しうまく単純化することで、データ解析の大幅な効率化を図ることや将来の変動の兆しを検出することなど、数学・数理科学の力を発揮できる場面が増大している。

 

2. 数学イノベーションに必要な人材に関して、どのような問題があるか?
(1)人材を巡る問題点
このようにものごとを抽象化する力を有している数学・数理科学への期待が高まっているが、抽象的なものを扱う数学・数理科学と実体的なものを扱う諸科学・産業との間には価値観の違いをはじめとする壁がある。数学・数理科学の力を諸科学・産業に活かしていくためにはこの壁を乗り越えることが必要で、そのようなことのできる数学・数理科学系の人材が不可欠である。
しかし、現状では以下のような問題点がある。

 

<1> 諸科学・産業の問題に数学を使うことのできる人材が少ないこと
我が国ではこれまで、「数学」とはいわゆる純粋数学だと捉えられることが多かったため、
A)諸科学・産業の問題に取り組む数学研究者
B)諸科学・産業において数学を活用できる人材
は限られていた。このことは、我が国では米国と比べ、各分野のトップレベルの研究チームに数学者が参加している割合が低いこと(※1)、我が国の数学・数理科学分野の学会の会員数が格段に少なく、特に応用数理や統計関連の学会の会員数ではそれが顕著であること(※2)、純粋数学・応用数理・統計の間の交流も必ずしも十分ではなかったこと等からもうかがえる。
現状では、諸科学・産業の問題に取り組んでいる数学・数理科学系の人材は、まだ限られた層であり(例えば、戦略的創造研究推進事業の数学関連領域やFIRST最先端数理モデルプロジェクト、WPI-AIMRの数学ユニットの研究者など)、圧倒的に不足している。また、優秀な数学研究者(特に純粋数学)の力を諸科学・産業との連携に十分活用できていない。
※1様々な学問分野における被引用数トップ1%の論文を生み出した研究チームに着目し、数学を専門とする研究者が参加している割合を米国と日本で比較すると、日本は大きく見劣りする(2001~2006年のデータで、米国9.7%、日本1.3%)
※2日本の数学・数理科学系3学会(日本数学会・日本応用数理学会・日本統計学会)の会員数の合計は約8300名。米国で同様の学会(米国数学会、米国産業・応用数学会、米国統計学会)の会員数の合計は、64000名。

 

<2> 大学教育等において数学を活用できる人材の育成が十分でないこと
A)大学の数学専攻における教育は、大学の数学研究者(数学を作る人材)や高校の数学教員(数学を教える人材)を育成することが中心となっており、例えば大学院の副専攻プログラム等により数学の外の世界に目を向けさせることや、諸科学との壁を乗り越える「分野跳躍力」、データの扱いや統計の能力を身につけさせることは十分ではない。なお、一部の大学(※)では、数学・数理科学を諸科学・産業における研究開発に活用する人材(数学を使う人材)を育成する取組がなされているものの、全体としてみれば一部にとどまっている。
※九州大学大学院数理学府博士後期課程 機能数理学コース、明治大学総合数理学部、数理工学については東大・情報理工学系研究科、京大・情報学研究科など
B)一方、情報科学をはじめとする諸科学や産業においても、大量・複雑なデータの活用や複雑な現象の解析が研究開発の鍵を握るようになり、数学の必要性は非常に高まっているものの、各分野や企業において数学を活用できる人材の育成は十分行われているわけではない。

 

<3> 数学専攻学生のキャリアパスが限定的で、数学界でも応用への評価は高くないこと
数学専攻の博士課程修了者のキャリアパスは、大学等の研究者が中心で、企業就職者は少ない(※)。企業への就職にも有効な長期インターンシップも、組織的に実施している大学は一部にとどまっている。
また、数学界における評価は、いわゆる純粋数学の成果(新たな定理の発見・証明等)への評価が中心で、数学の応用への評価については、表彰(例:日本数学会応用数学研究奨励賞)、応用数学関係ジャーナルの発刊(例:Pacific Journal of Math-for-Industry)等の変化はあるが、一部にとどまっている。
これらの背景には、「諸科学・産業と連携しても、数学者は諸科学・産業側に使われるだけで、数学者側の利益が少ない」と思われていることがあると考えられる。
※2014年3月の日本数学会アンケート調査では、博士課程修了学生140名中、企業に就職した者は6名。 

 


今後の議論の論点(案)

 

○育成すべき人材像
1. 数学コーディネーター:数学・数理科学と諸科学・産業とをつなぐ人材
(例)数学・数理科学のバックグラウンドを持ち、
・諸科学・産業との橋渡し・コーディネート
・諸科学・産業における数理的問題の発掘
ができる人材
2. 特定分野数理人材:特定分野で活躍できる数理的人材
(例)
・数学系出身で諸科学分野に参入した人材
・当該分野の研究者が理論研究に従事し、数理科学的研究をすることになった人材
3. 企業数理人材:企業で数学・数理科学の知見を活用して活躍できる人材

 

○必要な能力・経験
A)数学・数理科学側   
・広い世界への関心、好奇心
・分野跳躍力、チーム力
・必要な数学の能力・知識
・データを扱う能力、統計
B)諸科学・産業側
・必要な数学の能力

 

○これらの能力を身につけさせる方法、タイミング
A)数学・数理科学側
・教育カリキュラムに盛り込むのか、OJTのような実践を通じた育成か
・学部か、修士課程か、博士課程か
B)諸科学側
・教育カリキュラムに盛り込むのか、OJTのような実践を通じた育成か
・学部か、修士課程か、博士課程か

 

○関係機関や関係者が果たすべき役割
・大学
・関連学会
・研究者個人
・産業界

 

お問合せ先

研究振興局基礎研究振興課/数学イノベーションユニット

電話番号:03-5253-4111(代表)