資料3-2 「平成23年度 数学・数理科学と諸科学・産業との連携研究ワークショップ」の各運営責任者が取りまとめた今後更に解明・展開すべき課題

1.秘密分散とクラウドコンピューティングの数理(運営責任者:九州大学教授 高木剛)
(1)クラウドコンピューティングに適した共有データ上の計算の新たな手法の開発
 ・Semi-honestな参加者が存在するモデルの研究を行う必要がある。このモデルでは現存のプロトコルよりも通信コストや計算コストの削減を達成する必要がある。
 ・より効率的な秘密分散計算アルゴリズムの構築。
 ・安全かつ効率的な、新たな論理演算を利用した秘密分散法の提案。
(2)排他的論理和を利用した秘密分散法の安全性に関する研究
 ・「不正者に対し安全」のような、新たなセキュリティ要件の定義。
 ・それらのスキームと符号理論との関係の調査。
(3)秘密分散の新たなプライバシ技術
 ・不正者が全体の多く(1/3よりも多く)を占める場合に、効率的に不正者の特定が可能な秘密分散法の構築。
 ・秘密分散を利用した分散計算に必要な最小通信コストの探索。
 ・合理的秘密分散における共有データの削減と結託攻撃耐性の向上。

2.地球環境流体研究と数理科学(運営責任者:北海道大学教授 坂上貴之)
(1)データ同化:カオスの予測の数理科学的アプローチ
 【1】雲データの同化技法【2】Non GaussianやNonlinearityを考慮したデータ同化手法【3】異なるスケールの結合系(大気-海洋など)のデータ同化【4】大量の観測データの有効利用法【5】相関誤差のある観測データの利用法
(2)数値気候モデル研究の現状と将来展望
 【1】気象モデル方程式系の選択【2】水平・鉛直離散化手法の選択【3】計算格子の改良【4】物理的パラメトライゼーション(雲微物理・乱流・大気放射)の研究
(3)非線形時系列解析の発展
 【1】高次元の検定統計量の開発【2】サロゲートデータ解析の気象データへの応用
(4)雲微物理学での数学手法と数値手法の応用
 【1】氷粒子の流体力学的理解【2】凝結・昇華成長過程の数値計算手法【3】雲水の衝突併合成長の統計方程式の解法【4】実験観測と数理モデルの協働による理解の推進
(5)気候力学確率微分方程式の構築に向けて
 北半球の冬の気候に対して【1】長期予報のスプレッドを帰納的Fokker-Planck方程式により解釈【2】演繹的Fokker-Planck方程式の合理的導出【3】これらのモデル方程式を利用して,高次元位相空間内における気象の運動を理解【4】これらのモデルの南北両半球の四季への拡張

3.応用トポロジー:情報通信・生命科学との連携を目指して(運営責任者:九州大学准教授 平岡裕章)
(1)情報通信分野へのトポロジーの応用
 ・オイラー数積分の高速数値計算アルゴリズムを開発することは非常に重要
 ・パーシステント・ホモロジー群との関係を更に明らかにする必要がある
(2)生命科学分野へのトポロジーの応用
 ・パーシステント図の逆問題を必ず考える必要があり、これにより今後タンパク質の基本構造をトポロジカルに調べることが可能になる
(3)純粋数学としてのトポロジーの更なる応用の可能性の探索
 ・stratified cellular spaceの位相空間構造のみでなくその上の層の解析を更にすることはトポロジカル・データ解析の発展のために重要な課題

4.数学・数理科学と諸科学・産業技術の連携研究:情報セキュリティ技術におけるケーススタディ(運営責任者:北陸科学技術大学院大学教授 宮地充子)
(1)数学的な成果と暗号理論との融合に向けて
 ・最新の数学的成果と暗号理論とを融合させることでこれまでにはない有用な機能を暗号ツールに付加することや新たな暗号解析手法の提案につながるであろうという認識を共有でき, その実現が暗号界, ひいては産業界全体に大きなブレークスルーが期待される。
 ・特に最新の検索技術 (特に今回発表された圧縮データに対する検索) を利用することで, これまで知られている暗号解析手法における計算量及びメモリ効率の著しい向上が期待される。また新たな安全性の指標を提示することにも繋がるため, これらの安全性を実現する新たな暗号方式の提案にも寄与し, 本研究の有用性は計り知れない。
 ・その一方で, それぞれの研究成果の理解が概要レベルに留まり, より具体的な設計方策についての議論にまで至らなかった。そこで今後の方策として, 継続的に「情報セキュリティ技術者と数学者との」話し合いの場/進捗確認の場を設けることで, より具体的な「技術融合」に向けた建設的な議論を行い, 上記問題点の解決に努めることが必要である。

5.ウェーブレット理論と工学への応用(運営責任者:大阪教育大学教授 芦野隆一)
(1)いろいろな逆問題における数理モデル、数学的アプローチの重要性
 線形システムの数理モデルを扱う場合,従来のウェーブレット解析が有用であったが,入出力が寸法(スケール)によらない場合には,提案された安定化ウェーブレット-メリン変換が更に有効である。このように,扱う問題に適応した新しいウェーブレット解析を研究する必要ある。また,実際の応用では,データの切断やデータに混入するノイズの影響を考慮した処理が重要である。この点で,地下構造探査において研究されてきた様々な方策は,ウェーブレット解析をさらに進化させる可能性を持っている。脳波によるヒトの状態推定のために提案されたモルフォロジカルフィルタを用いた多重解像度解析手法は汎用性があり,工学の様々な問題を解決できるポテンシャルを持っている。モルフォロジカル・ウェーブレットとしての理論体系を早急に確立することが重要である。
(2)逆問題における信号処理・画像処理の難しさ
 工学においては,様々な信号処理・画像処理が工夫されてきた。そのような工夫の多くは,数学的に裏付けることが難しいが,寄生的離散ウェーブレット変換や連続マルチウェーブレット変換は数学的に裏付けられている。それぞれ,特定の信号に特化した寄生させるフィルタを適切に設計すること,特定の画像に特化したマルチウェーブレットを設計することが重要な課題である。また,ウェーブレットによるコンテンツ保護は重要な課題であり,ウェーブレット多重解像度解析の前処理に主成分変換および斜交座標変換を施す手法が提案されたが,今後更に解明・展開する必要がある。
(3)ウェーブレット解析や独立成分分析の有用性
 ブラインド信号源分離問題等を解くために提案された,独立成分分析に既存技術を併用してより高精度な結果を得るための施策は,ウェーブレット解析にも応用できるものである。独立成分分析とウェーブレット解析はそれぞれ非常に強力な解析の手法であることは既に認められている。独立成分分析とウェーブレット解析のコラボレーションによる新しい解析手法を発展させることが重要である。

6.金融数理科学と金融技術への将来展望-ポスト金融危機への視点-(運営責任者:明治大学教授 刈屋武昭)
(1)金融機関の信用・市場リスクマネジメント
 ・欧州の金融混乱の原因の一つとして、金融機関が保有する資産(ローン、債券、株式、派生商品)に内包するリスクの保有構造をこれまで以上に精緻に評価し、自らの資本と比べて適正なリスク量に調整することが必要である。そのため、資産間の相関も含めた最適ポートフォリオをダイナミックに調整していく方法を開発・展開していくことが望ましい。
(2)金融機関のリスク量も景気変動と一緒に動く(プロシクリカリティ)であるので、景気変動の予兆を把握し、それが資産価値に影響する度合いを計測するモデルの開発が望まれる。
 ・企業のディフォルトは、景気や為替レート、あるいは米国の経済状況など多くの変数に関係している。この関係は、時間の中で変動するのでこれを表現するモデルを展開するなど、多様なアプローチが必要。
(3)金融倫理の難しさ
 ・金融の場合、投資銀行など当事者は収益性に目が行き、自己の利益を追求して、最後は「大き過ぎて倒産させることはできない」という理由で国民の税金が投与されてきた。これを防ぐために、モデルを含めた透明性・リスク量の計算方式などの開示などが必要。

7.理工学および産業界における連続体力学の数理と研究連携(運営責任者:広島国際学院大学教授 大塚厚二,九州大学准教授 木村正人)
 工学から派生した連続体力学に関するなるべく多くの課題(破壊・均質化法・時空間境界要素法・力法・粒子法など)を、本研究集会では毎年取り上げ、工学者と応用数学者、産業界の研究者を交えて交流を続けていく重要性を再認識した。今回はその意味で非常に成功であったと考えている。今後とも長くこの活動を続け、既に行われている数学連携の共同研究をバックアップしていくとともに、新たなテーマの発掘にも力を入れていくことで、数学による工学・産業技術の基礎技術化・日本の科学技術の基礎体力としての応用数学研究の推進に一定の役割が果たせるものと考えている。

8.最適化理論の産業・諸科学への応用(運営責任者:九州大学教授 白井朋之,京都大学教授 岩田覚)
(1)半正定値計画問題の理論の重要性
 ・正値多項式とモーメント問題の議論を精密に行うことにより,誤差による摂動が計算結果に与える影響を理論的に保証できる。このことを利用して,恣意的に誤差を与え計算を安定させる方法論の確立が見込まれる。
 ・問題の対称性を用いる手法を表現論などを用いて押し進めることで,半正定値計画問題でしばしばネックとなる大規模問題へのアプローチが期待される。
(2)半正定値計画問題の応用の重要性
 ・報告された半正定値計画問題の応用は一部であり,多くの問題への定式化が期待される。
 ・ソルバーのインターフェースの開発は,半正定値計画問題の具体的問題への応用の際に,重要なキーとなる。
(3)半正定値計画問題の大規模化への対応
 ・多くの最適化問題が半正定値計画問題に帰着可能であるが,問題の大規模化が常にボトルネックとなる。上で述べた対称性の利用や,スーパーコンピューティングの利用により対応可能になることが期待される。

9.社会的リスクの予測と制御に対する数理工学アプローチ(運営責任者:東京大学教授 竹村彰通)
 今回のワークショップにおいては、社会的リスクに対する数理工学的アプローチというやや大きなテーマを設定し、様々な分野の専門家から数理工学的アプローチの現状と問題点について講演いただき、討論を行った。このテーマの設定は、震災後の我が国の復興への数理工学の貢献を念頭に置いたものであり、様々な分野で有効性の確認されている手法をほかの分野へも応用し、また新たな課題に適する形に発展させることを目指したものである。
 このような議論の中から、よりロバストな情報量の定義に基づく非正則な数理モデルの構築の可能性や、モデルの外挿において全体のスケールに依存しないと考えられる部分の活用などの有用な視点が提供された。

10.複雑系ゆらぎデータの分析と制御の数理:脳から社会まで(運営責任者:明治大学教授 高安秀樹,三村昌泰)
(1)複雑生体情報解析の実用化
 ・電気的信号や画像信号から、疾患の前兆を検出する技術を実用化し、疾患が悪化する前の段階で対処できるような技術を開発すること。
 ・個体差や履歴の影響を大きく受けるような場合のデータ解析方法を強化すること。
(2)人間集団行動データ解析手法の深化と応用
 ・人間の集団行動を数理モデル化する技術を高めること。
 ・データから検出される集団行動分析を実務に使えるように具体化すること。
(3)経済ビッグデータの解析方法の深化と応用
 ・市場が不安定化したことをリアルタイムで定量化するシステムを構築し、市場を安定的に維持するための制御方法を構築すること。
 ・多数の市場の相互作用を再現する数理モデルを構築し、市場のショックがどのように伝播し、緩和するのかを予測できるようにすること。

11.致死性不整脈の機序の解明(運営責任者:東京大学教授 儀我美一,准教授 齋藤宣一)
(1)基本数理モデルの精密化とシミュレーション
 ・スパイラルを消滅させるシミュレーションを行う。
 ・スパイラルが消滅しやすい条件の推定。
 ・それを踏まえて、スパイラルを消滅させるための外部刺激として有効な手段を推定する。特に、弱い周期電流に着目する。
 ・温度の回復特性曲線への影響をどう解釈するか。
 ・ただし、実験データに基づいて再現可能か否かの検証が重要である。
(2)臨床への応用
 ・AEDによる救命率を改善すること。
 ・特に、体内埋め込み式の除細動器の通電エネルギーを減少させて、患者のストレスを軽減させる方策を提案すること。

12.数学・数理科学に基づくサービスイノベーションの新展開(運営責任者:北陸先端科学技術大学院大学教授 中森義輝)
(1)サービスサイエンスにおける数理・数学的なアプローチの可能性
 ・サービスサイエンスは、人間の価値選択に強く依存している科学であり、サービスに品質という概念を描けるかどうか分からないが、パレード最適解が重要になる。
 ・意思決定や意思の不確実性は、人間が参加しているため、極めて重要になっている。意思決定の不確実性を知る道具は、ファジィ理論があり、ファジィ理論が持っている不確実性は確率論が持っている不確実性とは異なる。確率論で言うと主観確率と言われている日本で入ってこなかった話もある。
 ・現象が将来起こる不確実性と自分の行動や顧客、意思決定に関わる不確実性をどう融合するかが課題である。
(2)ビジネスモデルにおける価値の共創
 ・価値の共創は、必ずしも提供者側が全てをやる必要はない。顧客ではないと分からない、作れない価値の部分は顧客にやってもらう。提供者側のモノと合わせて、トータルで良い価値を作り上げることが共創である。
 ・しかし、この仕組みは、数学的なモデリングを作った上で、議論されていない。顧客が参加して価値を作り出すモデルが、共通認識の下で実施できれば、これまでの製品提供でのオプティマイゼーションとは、異なったアプローチが期待できる。
(3)サービス価値の評価方法
 ・価値(共創)は、サービス提供者と顧客が一緒に作っていくモデルにしないといけない。次にそのモデルを評価する必要があるが、評価をスカラーにしてしまうため評価からサービスに戻れない。評価は一つということはない。
 ・ビジネスとしてどの価値にウエイトを置くかの選択は非常に綺麗な解になっているが、サービス科学として数理的にするには、もう一段前の非常に価値が多様で動いているということ、こちら側が何かの価値を作ろうと思ったらその目的関数自身も変動していくということが、消費者の中で起きることを前提に作っていると、数理的にも新しい問題になる。

13.数学をコアとするスマート・イノベーションの探索(運営責任者:東北大学教授 尾畑伸明,教授 小谷元子)
(1)不均一媒質中の分数量子ホール効果、核スピン偏極の拡散、スピン自由度を含む量子ホール効果、など実験家による新しい発見の現場に数学者が参入すること。量子物性に関する最近の成果は量子コンピュータへつながる可能性を秘めており、それを先取りする理論研究を推進すること。
(2)生命情報解析において、確率的アライメント手法の開発とその数理。タンパク質データベースからの立体構造の分類と機能予測。
(3)ゾーンダイアグラムに関する幾何学的研究、特に存在と一意性。一意性のない場合のダイアグラムの分類など。ランダム配置などと関連させた確率論的一般化は生態系などへの応用が考えられる。
(4)金属/酸化物界面の成長モデルの提案。微分方程式や確率過程によるモデル化、及び数値シミュレーション。複雑ネットワークとしての観点からのアプローチなど。
(5)数学連携の組織的基盤形成 連携を進める上で、幅広い専門知識を有し、高度なコーデネーションができる人材の確保と養成が鍵になるだろう。最近、注目されて始めた「リサーチアドミニストレータ」にはこの役割が期待される。所属が異なる研究者間の時間調整の困難さ、および交通の不便は、小さなアイデアを膨らませるために必要な研究者間の頻繁な接触を阻害し、ひいては連携研究の停滞を招きかねない。これを克服し、解消するための工夫や方策を打ち出すことが急務になってきている。熱意を持って新しい科学を切り拓いている若手研究者への期待が高まっている一方で、キャリアパスの問題を解消していくことが重要課題となる。研究上は当然であるが、この観点からも国際展開が重要になってくると思われる。

14.人工原子と光の相互作用を利用した量子デバイスのモデリング(運営責任者:岡山大学教授 廣川真男)
(1)先端ナノテクノロジーの日本の数学者への啓蒙活動
 この分野を日本の数理科学の中で組織的に推進する手法は時間的にも経費的にも得策ではないと判断できるので、日本の各々の数理科学者、理論物理学者、実験物理学者が個々の価値観で連携し、既に数理科学者も関与し組織的に動き出している欧米のプロジェクトに日本の個々の研究者グループも参画する手立てを考えるべきと思われる。例えば、ベルリンのワイエルシュトラス応用解析確率研究所(WIAS)が参加している SFB 787 Halbleiter-Nanophotonik などにも注目すべきであろう。この彼らの連携の中で感じる点として、ドイツにはこの分野に参加する半導体メーカーとその企業の基礎研究機関がなく、大学や公的研究機関のみでのプロジェクトであり、日本の高い半導体技術は彼らにとっての魅力に成り得ることが挙げられる。したがって、日本国内の連携が、この分野の産業化を見据えて参画を模索するのは損をする話ではないと思われる。この流れを作り、その流れに日本国内での数理科学的研究も乗る策を見付け出そうと思う。この流れを作るには、日本の半導体メーカーのマネージメントからの助言は不可欠であるのは明らかであり、その流れで日本の数理科学に要請されるものを見定めていく必要もあろうと思われる。また、この分野は、素粒子物理学などのように物理の原理的な指針から導き出される綺麗な世界とは違い、実験が先行し手探りで数理モデルを検討していく分野なので、実際の現象を観測できる実験物理学者、その物理の理論を見抜き数理モデルへの指針を提案する理論物理学者、それらの現実の現象、データ、そして理論物理学的指針を受けて、数理モデルの構築に理論・数値解析の両面から支援する数理科学者の連携が不可欠である。この連携を知的財産権の観点を含めどう構築して行くかを国内外の視点に立って考える必要もあるので、ここにも企業のマネージメント側の助言は必要となる。したがって、この分野の連携では、企業のマネージメントの視点に立った助言をもらえるような連携組織を作って行こうと思う。
 この啓蒙活動の一環として、2012年3月に九州大学 Institute of Mathematics for Industryが主催する国際研究集会『Avoided ? Crossing of Eigenvalue Curves』のオーガナイザーに加わり、彼らの協力の下、この分野を紹介するセッションと企業の研究者と彼らの研究を紹介する場を設ける。また、例えば雑誌「数理科学」の2012年5月号へ、この分野の解説記事執筆を予定している。
(2)数理モデル構築の上での具体的な課題への対処
 人工原子とダイヤモンドのNV中心スピン集団との相互作用ができるならば、今、WIASに提案している研究課題(量子ドットを半導体で作成したときのフォノン振動から来るラマン効果の有無の確認をし、ラマン効果があった場合に、それを使いそのときのストークス散乱による発熱発光に対して、アンチ・ストークス散乱による冷却発光を用いるアイディアの可能性を探るモデリングの開発)を超伝導回路で作る人工原子での実現可能性の理論的検討を今後の展開に加える。
 また、2本の量子細線の間に量子ドットを挟んだ材料の電子の透過に関する研究は既に我々の理論的・モデリング的共同研究としても成果が出始め[JPA, 43 (2010) 354010; JP Conf. Ser. 302 (2011) 0124044]、 WIAS側ではこの研究を基に色々な形状の量子ドットに対する理論解析的・数値解析的な議論が既に始められていて、サムスン電子の実験結果[Appl. Phys. Lett. 92 (2008) 052102]を彼らの開発した数理モデルを用い解析し始めている。現在、これらの数理モデルの量子細線内の電子を光に、量子ドットの設定を共振器に変え、改良を行う事で報告のあった実験結果を解析できないかという点も今後検討したい。

15.数理モデルの産業・諸科学への活用―数理モデルの夢―(運営責任者:九州大学教授 西井龍栄)
(1)産業と数学の連携の現状認識と推進のための提案
 ・産業側のコンシェルジュ(コーディネーター)の育成が重要であり,問題の切り出し,コミュニケーションの問題等を克服する必要がある。
 ・共同研究の成果による知財の適切な管理が必要である。
(2)産業界における数理的手法の事例紹介
 ・エキスパートが持つノウハウを数理モデルに埋め込み,数理モデルおよび少数のエキスパートで企業の財務評価を行うようにしたいための試みの現状が報告された。
 ・巨大なクレーム情報から製品品質管理を高度に行うデータマイニングの問題。
 ・単純化された数理モデルから抽出されたメカニズムを応用した, 最短経路探索アルゴリズムやバイオインフォマティックスへの応用。
(3)定性的モデル、隠喩的モデルの有用性
 ・非常に複雑に見える現象も、その本質は単純なメカニズムであることもある。定性的モデルや隠喩的モデルはその本質を探る上で大変有用である。少なくとも物事の傾向について予想することができる。
 ・普遍構造を抽出することにより、単純化された定性的モデルと実際現象の間に、普遍構造を通した対応付けをすることが可能である。

16.マルチスケール数学・集団現象の他階層性と階層の連関(運営責任者:九州大学教授 福本康秀,東京大学教授 吉田善章)
(1)マルチスケール数値シミュレーションの展開
 ・OCTA、AstroGK、人体シミュレーション、GCMモデルなど大規模マルチスケール数値シミュレーションあるいは連成計算が材料科学、プラズマ科学、流体力学、気象学及びそれらの境界分野で力強く展開されている。計算機の性能の大幅な向上も見られるが、所望の人工物質を設計したり、信頼できる予測を計算機だけで行ったりできるまでには道のりがある。
 ・計算対象となる数理モデルの構築のために、数学の力をもっと活用する必要があろう。階層を上げるときの粗視化を系統的に行う数学的手法の開発が求められる。位相空間および動的構造・生成ルールの同定、対称性と保存則の活用、それらによる秩序変数の適切な選択。平均操作のための確率論の深化。巨視的輸送係数を適切の定義するための均質化法(homogenization)の開発。
 ・数値計算アルゴリズムの構築や効率化に数学の力が生きる。ミクロスケールとマクロスケールを同時並行的に解くために、均質化法が本質的に役立つことが明らかになった。しかし、数学的に定式化できるのは、境界形状が単純な場合や、構成方程式が線形関係である場合などに限定される。これらの壁の打破が求められる。
 ・大規模数値シミュレーションが紡ぎ出す大量のデータの処理するための統計的手法、可視化法の開発が求められている。
(2)マルチスケール数学の展開
 ・プラズマや流体の動力学において、ハミルトン構造に光を当てることによって、マルチスケール性を系統的に記述できる可能性が示された。位相空間を導入し、マクロな系でのその葉層構造の発現を明示的に記述することによって、階層間の連関が透明になる。これらを表現するための変分原理やハミルトン・ヤコビ偏微分方程式の開発は発展途上である。
 ・マルチスケール系では、ミクロな効果はマクロな支配方程式に高階の微分項が加わることが多いこれが数値計算のボトルネックになることが多く、より高度な特異摂動法が要求される。変分原理の援用、数値的接合法などで新展開が期待される。
 ・系を構成するミクロな系は、ランダムネスと秩序構造が共存する場合が多い。フラクタル系ではこれらが入れ子状に組み上がる。多様なありようを呈するマクロ系の種々の特性量を計算できる確率論の発展が望まれる。トポロジーや微分幾何学からの指標の活用も試みる価値がある。ニーズが高いのは3次元系である。
(3)マルチスケール数学の経済学・社会学への展開
 ・経済学や社会学においては、多階層構造と階層間の連関という切り口から明らかになる側面が無数にあると思われる。マルチスケール数学の問題の宝庫である。

17.産業界からの課題解決のためのスタディ・グループ研究集会(運営責任者:東京大学教授 山本昌宏,教授 坪井俊)
(1)twitter問題に関して
 【1】当該課題に関して、数理モデル式が提案された。実際のデータを用いてモデル式の一層の精密化を行っていく。
 【2】書き込みを記述するパラメータに確率的な因子を組み込む。
 【3】関連する制御問題を考察していく。

(2)不均質媒質中の物質の異常拡散に関して
 【1】不均質媒質を均質化法で考察し比較する。これはマルチスケールによる考察であり、既存の多くの成果を取り込み数学における新たな研究分野に発展する可能性が大いにある。
 【2】異常拡散を特徴付けるパラメータを実験などで評価するための数学的な考察を発展させる。

18.数理連携10の根本問題の発掘(運営責任者:北海道大学教授 津田一郎,東北大学教授 小谷元子,理化学研究所主任研究員 橋本幸士)
今回のワークショップにおいて今後さらに解明・展開する必要があるとされた事項、そこから更に発展が期待されることは、以下の通り。10の根本問題として以下に要約した。
問題1.複雑な自然現象、特に生物現象の科学的および工学的に有効なモデルを数学的に定式化せよ。
解説:アンドロノフ・ポントリャーギンの構造安定性は微分可能力学系の全空間を位相同相で分類したものであり、自然現象の合理的なモデルの定式化を意図したものだった。しかしながら、カオス現象などをモデル化しようとすると上の意味の構造安定性では不十分であることが次のような事情によって分かってきた。位相同相で結ばれる力学系の中に、すなわち構造安定な力学系の近傍にアトラクターを含めその振る舞いが質的に異なる力学系が存在する。また、構造不安定な力学系の有限精度、有限時間の数値計算において構造安定に見えるものが存在する。また、生物現象の中には、有限時間の過渡現象が本質的であるものが多く存在する。力学系のアトラクターだけではなく、過渡現象を含めた相空間の大域構造を考慮する必要がある。また、自然現象にはノイズが常に含まれている。これを力学系として定式化するには、ノイズ付き力学系の理論の定式化かノイズ項をカオス力学系で定式化して力学系とカオス力学系の斜積変換で定式化する方法が考えられる。これらの問題を考慮して、構造安定性の新しい定式化を考える必要がある。
問題2.少数個の分子が支配的である生物現象のダイナミクスを調べる数学的方法を開発せよ。
解説:従来は分子が多数あると仮定して、反応素過程を反応物質の濃度を変数とする微分方程式を使って論じてきたが、実際は関与する分子(タンパク質、cAMP)が少数であることが多い。これにより、次の問題意識が生物学者の中に生まれている。
 (1)一入力に対して多様な出力が期待されるが、この系の頑健性、安定性、適応性を保証できるのだろうか。
 (2)タンパク質分子個々の個性が細胞の多様性を生み出しているのではないか。
 (3)統計性が成り立たないほど少数である分子からなる反応が安定に進行する仕組みは何か?
 (4)少数個の分子の反応で顕在化する個々の分子の個性をどのように捉えるか?
 (5)統計力学的・熱力学的パラメーターを用いて、少数個の分子反応を論じる合理性はあるか?
こういった問題に答えられる数学理論を開発することが要求されている。
問題3.生物学的な神経細胞集団のダイナミクスによって心を説明する数学理論とはどのようなものであるか。
解説:脳内の多数の細胞群から成り立つ生物学的世界から情報空間を伴い生成する意識現象を説明する数理的な理論とはどのようなものか?意識現象は、多数の細胞が自律的集合体として適応する複雑系の動的システム論の視点から定式化できるのではないか?といった期待が高まってきている。複雑系数理理論による意識現象の理解の方法を明確にする必要がある。
問題4.人の経済活動や大規模地震などに見られる人の時間・空間スケール(マクロスケール)よりも大きなスケール(メガロスケール)を持つ稀現象を数学的に定式化し、例えば貨幣のようなマクロスケールでは不変だがメガロスケールで変化するような変数を定義せよ。
解説:経済物理学的に人の行動を観察すると、次のような問題意識が生まれる。
 (1)経済活動の次元に着目し、貨幣の再定義を行え。
 (2)日本政府への政策提言:相続税を見直せ。
 (3)超多自由度複雑系の問題点:大量の詳細なデータは入手可能だが、そこから何を読み取るかという方法が確立されていない。既存のデータ解析:変数の数よりデータの数が多いことが前提だった。また、これらの問題はシステムダイナミクスとしては、大地震のような稀現象にも共通する問題である。
問題5.4次元時空の量子重力理論を定式化し、時空次元が2の場合の格子による定式化の成功例との関連を示せ。
解説:ランダム格子に自由度を載せ、格子とその自由度の可能性を足し上げることで、2次元時空の場合の量子重力理論の定式化は成功している。この成功は、Liouville理論からの無矛盾性にも基礎を置いている。しかし、この成功例を我々の時空次元である4次元へ拡張する試みはいまだ成功していない。2次元の場合でも、量子重力理論を解いて得られる格子の構造のフラクタル次元は多彩な値をとり、その時空的な意味付けは不明である。高次元へのランダム格子重力の一般化は、フォームの拡大とそれを元に作られたトポロジカル不変量の存在を示唆している。
問題6.一般相対性理論に現れる時空の様々な特異性を分類し、特異性を回避するという問題自身をまず定式化せよ。
解説:時空の特異性には、宇宙初期特異点(過去の特異性)、重力崩壊による特異点(未来の特異性)、そして高次元時空に特有な特異点、などが存在する。それらはそれぞれ、多様な物理と関連があるが、そもそも、特異点を回避する必要があるのか、の観点から議論が必要である。重力の量子論(究極理論)で宇宙の初期特異点は回避できるか、との問いは、例えば超弦理論でポピュラーな研究テーマである。しかしその一方で、特異点を回避することと量子論との関係、因果律の成立と特異点の関係などを解明することは、時空の特異性を論じる意義的な問題でもあり、特異点の分類や物理との関係に密接に関連する。
問題7.我々の住む時空の次元がなぜ4なのか、答えよ。
解説:時空の次元を定めるためには、まず様々な時空次元における重力理論を設定し、そこに様々な次元に広がる物体もしくはブラックホールを定義して、その動力学的安定性を証明することが必要である。超弦理論から示唆される高次元時空の中に浮かぶ物体「ブレーン」は多彩な次元と形状を持つため、その一般的安定性を論じる枠組みの発見が必要である。例えば、4次元時空でのブラックホールの唯一性定理に相当するものを5次元時空にそのまま拡張することは出来ず、近年、様々なホライズン形状を持つ重力解が発見されている。これらの安定性の一般的取り扱いを整備することが必要である。
問題8.場の量子論とブラックホールの物理の関係(ホログラフィー)を定式化し証明するための数学的手法を発見せよ。
解説:超弦理論から示唆された新しい双対性であるホログラフィーは、場の量子論と重力理論の新奇な関係を明らかにした。ブラックホールの情報喪失問題がホログラフィーによって解決され、また逆向きの応用として、場の量子論における計算困難な問題がブラックホールを用いた計算で解かれるといった例があり、発展が大きい。物理の美しい理論は思いがけない応用を持つことがある、という典型である。一方で、場の量子論は数学的には満足のいく定式化が欠けている。ホログラフィーという新しい視点から、21世紀の宇宙の数学が生まれてくる可能性がある。
問題9.相互作用する電子系をトポロジカルに分類せよ。
解説:物性理論における根本問題は、電子系の諸相をいかに「生き生きと」描き出し新しい相を予言発見していくか、電子間相互作用が強結合の場合にどう扱うか、という問題である。トポロジカル秩序は、系の詳細によらずに系を特徴付けられる新しい概念であり、量子ホール系などで特に適用が進んでいる。相互作用の無い場合のフェルミオン粒子のトポロジカルな分類は完成しているが、相互作用する場合、特に分数量子ホール効果に対応する概念の発見や、3次元空間への拡張は未完成である。これらを完成させることは、電子物性系の理解を飛躍的に高めることに直結している。
問題10.ソフトマターの物性発現の根本を描く数学の枠組みを見いだせ。
解説:気体を扱う数理、結晶のような固体を扱う数理は確立しているが、粘性の非常に強い液体であるガラスや、ゴムなど、ソフトマターの物性の本質を効果的に扱うモデルはいまだ確立されていない。特に、ソフトマターを、高分子鎖に架橋や絡み合いによって定義されるトポロジカルなグラフ構造を持つ物質と考えたとき、温度変化に伴って次々に現れる相の物性を制御する構造には階層性がある。これらを統一的に扱う数理モデルの確立は、非平衡系、階層性などの興味深い数学を生み出す可能性がある。

19.乱流と流体方程式の解の特異性(運営責任者:名古屋大学教授 木村芳文,京都大学教授 岡本久)
(1)コルモゴロフ理論を超えた新しい乱流理論の構築
 ・乱流の古典的理論であるコルモゴロフ理論は流れ場における局所的な等方性を仮定したものである。しかし実際の乱流は力学や境界条件による様々な異方性を有しており、古典的理論では十分な記述や予想が難しい。古典的な乱流理論を超えた新たな理論の構築を目指していく必要がある。
(2)理論、実験・観測、数値解析の連携の必要性
 ・乱流の新しい理論を構築していくためには実験・観測のデータをもとに仮説を立て、それを数値解析で実証していくというプロセスが重要である。そのためにも理論、実験・観測、数値解析の分野からの研究者がプロジェクトを組んで問題に取り組んでいく仕組みが必要であると考える。
(3)大規模数値解析の必要性
 ・乱流は本質的に無限自由度の力学系であり、その十分な理解のためには大規模な数値解析が不可欠である。ある意味で乱流研究の発展はスーパーコンピューターの発達と歩調を合わせているとも考えられる。日本のお家芸とも言えるスーパーコンピューターの開発に匹敵する乱流研究の進歩が望まれていると思う。

20.非平衡熱力学の解析的・数学的手法(運営責任者:理化学研究所准主任研究員 橋本幸士)
(1)量子ゆらぎの重要性
 ・重イオン衝突初期の時間発展を記述するためには,量子ゆらぎが重要であることが示唆され,このゆらぎを取り込んだ時間発展の方程式を解くことで熱平衡化を理解できる可能性がある。
(2)くりこみ群を用いた粗視化による巨視的な方程式の導出
 ・くりこみ群の方法による状態の粗視化は巨視的な自由度と微視的な自由度を分離する上で非常に有用である.これを場の量子論へ応用することで量子非平衡系の巨視的な自由度と微視的な自由度の自然な分離を可能にし,量子非平衡現象の解明が進むことが期待される。
(3)ゲージ重力対応の有用性
 ・ゲージ重力対応は強結合ゲージ理論の様々な系に応用されている方法である.この方法は非平衡現象を記述するのにも有用であり,今後ますます発展することが予想される。

21.ネットワーク型知識に対する機械学習的アプローチ(運営責任者:統計数理研究所教授 福水健次)
(1)社会ネットワークに対する数理的アプローチ
 ・ネットワーク構造の変化など、複雑な構造を持つデータに対する統計的検定の標準的方法の確立。
(2)ニューラルネットワークに対する数理的アプローチ
 ・高次元、高雑音のデータに基づく予測に対する新しい統計的手法。次元が非常に大きいとした時の統計的推定理論の発展と、その推論アルゴリズムへの展開などが有効と期待される
(3)スパース性を用いた信号の復元
 ・実環境下でも安定した有効性を示すよう、アルゴリズムの高度化と理論の深化が重要である。
(4)関係構造の推論、構造変化の検知に対する数理的アプローチ
 ・柔軟なモデリングが可能なベイズ推論法を超大規模ネットワークに対しても適用可能とするような、効率的な計算アルゴリズムの確立が重要である。

22.数理論理学の諸科学への発展と展開(運営責任者:北陸先端科学技術大学院大学教授 石原哉)
(1)数学の形式化とそのコンピュータによる支援
 ・世界的に様々な数学形式化の支援システムが開発されてきているが、ユーザとしての数学者の参加が必要である。数理論理学の研究者は、比較的参加しやすいと考えられる。
 ・今回のワークショップではテーマになっていないが、数学形式化のコンピュータ支援システムのみでなく、一般に数理論理学は、プログラム検証やモデル検査などソフトウェア工学分野への応用が期待できる。ソフトウェア産業では、プログラム検証やモデル検査に対するニーズが高いため、連携研究が期待できる。
(2)法令と認識論理・義務論理・動的論理
 ・法令に現れる様々な論理演算(例えば、含意、様相演算)を、数理論理学の立場から研究を進める必要がある。この研究は、数理論理学の研究者と法律家、哲学者、コンピュータ科学者と連携して行う必要がある。
 ・哲学や法令に現れる認識や義務の論理を、意味論のみでなく構文論を含めた数理論理学の様々な手法を用いて研究する必要がある。ここでも、哲学者などとの強い連携が求められる
(3)図式表現とチャネル理論
 ・図式表現の、数理論理学の立場から、その構文論と意味論を構築できる可能性がある。

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