第7期基本計画推進委員会(第2回) 議事録

1.日時

平成25年6月14日(金曜日)10時~12時

2.場所

文部科学省3F1特別会議室

3.議題

  1. 科学技術・学術審議会の各分科会等における議論の状況について
  2. 科学技術イノベーションの創出に向けた取組について(有識者からのヒアリング)
  3. 最近の科学技術政策の動向について(科学技術イノベーション総合戦略)
  4. その他

4.出席者

委員

野依主査、野間口主査代理、大垣委員、國井委員、黒田委員、柘植委員、濵口委員、平野委員

文部科学省

森口事務次官、藤木文部科学審議官
(大臣官房)田中総括審議官
(科学技術・学術政策局)土屋局長、伊藤次長、磯谷科学技術・学術総括官兼政策課長、阿蘇計画官、阿南専門職
(研究振興局)吉田局長

オブザーバー

多摩大学大学院 紺野教授、東京大学大学院 堀井教授

5.議事録

【野依主査】 
 それでは、時間でございますので、ただいまから科学技術・学術審議会第7期第2回基本計画推進委員会を開催いたします。
 本日は、全委員に御出席いただいております。また、多摩大学の紺野教授と東京大学の堀井教授においでいただいております。
 それでは、前回御欠席の黒田委員、柘植委員、濵口委員が御出席でございますので、一言ずつお願いいたします。

【黒田委員】 
 今御紹介いただきました黒田ございます。第6期から参加させていただいていますけれども、今回は科学技術イノベーションの創出ということが課題ということで、私自身は経済学が専門ですから、科学技術のこと、そんなによく分からないんですけれども、最近のイノベーションがなぜ起こらないかということに関しては非常に興味がありまして、そのことについて少しお役に立てればというふうに思っています。よろしくお願いします。

【柘植委員】 
 柘植でございます。先期に引き続きまして委員を務めさせていただきます。今の黒田委員のお話にありましたように、第4期の科学技術基本計画も3年目に入っているわけです。科学技術イノベーションという政策、それから、野依主査から大臣に建議されました建議書、あれを実行していく中のこの基本計画の推進委員会というのは、かなり重要なミッションを持っていると私は思います。引き続き頑張りますんで、どうかよろしくお願いいたします。

【濵口委員】 
 名古屋大学の濵口でございます。大学を預かっている者としまして、特にイノベーションの創出というのは大変関心を持っておりまして、最近、若者がマニュアルばかり求めるような時代になってきたことをひしひし感じております。一方で、ICTが非常に発達して、時代の流れが大きく転換していると今実感しております。その中で大学の教育をどう変えていくかというのはかなり大きな課題ではないかと実感しております。いろいろ教えていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

【野依主査】 
 ありがとうございました。
 それでは、事務局から資料の確認をお願いします。

【阿南専門職】 
 資料につきましては、お手元の議事次第のとおり配付しております。欠落等の不備がございましたら、お手数ですが、事務局までよろしくお願いします。
 以上です。

【野依主査】 
 ありがとうございました。
 それでは、議題1、「科学技術・学術審議会の各分科会における議論の状況について」に入ります。
 まず、第7期の各分科会の審議の状況について、事務局から報告を受けたいと思います。よろしくお願いします。

【阿蘇計画官】 
 それでは、資料1-1を御覧ください。各分科会、部会、委員会等における検討状況について、簡単に御報告いたします。
 まず、研究計画・評価分科会ですが、この分科会と、研究開発評価部会の方で、文部科学省における研究及び開発に関する評価指針の改定について審議が進められているところでございます。
 また、1ページ目の下のところ、環境エネルギー科学技術委員会におきましては、当面の検討事項をフューチャー・アース・イニシアチブへの取組方策ということで決定しておりまして、このことについて審議を進める予定になってございます。
 2ページ目を御覧ください。研究計画・評価分科会の中に安全・安心科学技術及び社会連携委員会がございます。本日お越しいただいております堀井先生に主査をお務めいただいておりますが、ここではリスクコミュニケーションの推進方策について検討を進め、中間まとめを取りまとめる予定となってございます。
 学術分科会におきましては、第6期学術分科会における主な審議経過及び今後の検討課題というものを決定いたしまして、このことについて、これから審議する予定となってございます。具体的には、研究環境基盤部会では共同利用・共同研究拠点の今後の在り方について、研究費部会では科学研究費助成事業の在り方について審議を進めることとしております。
 3ページ目を御覧ください。海洋開発分科会におきましては、分科会に設置した委員会におきまして深海地球ドリリング計画の中間評価などについて検討を行う予定となっております。
 また、測地学分科会でございますが、地震及び火山に関する平成26年度からの5か年間の研究計画について審議を行うこととしております。
 技術士分科会でございますけれども、こちらにつきましては今後の技術士制度の在り方について審議を進めることになっております。
 4ページ目に移りまして、先端研究基盤部会では、研究基盤戦略の検討・推進、次期の大型共用施設・設備の整備に関する検討、領域横断的な科学技術に関する検討・推進、研究基盤に関する取組の評価ということを今後の調査審議事項としております。また、大型放射光施設、Spring-8の中間評価につても今後行うこととしております。
 5ページ目の産業連携・地域支援部会におきましては、研究成果の普及・活用の促進をはじめとする産学官連携の推進や地域が行う科学技術の振興に対する支援に関する重要事項について審議することを決定しております。
 特に、この部会に設置されておりますイノベーション対話促進作業部会におきましては大学発イノベーションのための対話の促進についてということを審議し、既に取りまとめを行っているところでございます。
 最後のページ、6ページ目でございます。人材委員会におきましては、科学技術人材の育成の在り方について審議をすることとしております。
 続きまして、資料の1-2を御覧ください。先ほど柘植委員から東日本大震災を踏まえた今後の科学技術・学術政策の在り方についてのお話がございましたけれども、4月22日に開催されました科学技術・学術審議会におきまして、「我が国の研究開発力の抜本的強化のための基本方針」が決定されておりますので、御報告いたします。
 資料1-1、資料1-2の御説明、以上でございます。

【野依主査】 
 ありがとうございました。
 各分科会からほかに御報告事項はございますでしょうか。ございませんか。
 それでは、議題2「科学技術イノベーションの創出に向けた取組について」に移ります。
 前回、この委員会において科学技術イノベーションの創出について議論を行うことを決定しております。今回は、科学技術イノベーションの創出についてふかん的に御議論頂くために、お二人の有識者から御意見を伺うことにいたします。
 まず、多摩大学の紺野登教授に御発表いただきます。紺野教授は、知識経営やデザインマネジメントが御専門で、イノベーションの研究やコンサルティングにも取り組んでいらっしゃいます。
 それでは、御説明をお願いいたします。

【紺野教授】 
 皆さん、おはようございます。紺野でございます。私の小さな領域でやっていることなんですけれども、御紹介をということでお招きにあずかりまして、30分ほどお時間を頂きまして、三つぐらいのテーマをお話しさせていただきたいと思うんです。
 一つは、目的工学と、最近、自分たちで言葉を作ってやっておりますが、本来、目的という主観的なものと工学というエンジニアリングをつなげるのは語義矛盾なんですけれども、あえて、こういう主観的な人々の思いだとか目的を、我々、目的群といっておるんですけれども、目的群のオーケストレーション、こういうものが今のイノベーションにとって非常に大事ではないかということで、研究というか、実験をしております。
 もう一つは、デザイン思考ということで、これは、後で堀井先生の方からより具体的にお話があると思いますけれども、デザインの分野で、これまで培われてきた様々な思考法とか考え方をイノベーションに積極的に生かしていくという話でございます。
 そして、最後に時間がありましたら、そういったことのために、方法論的な問題ですとか、思考法を取り入れるだけではなくて、具体的な場の創設、場所を作る、うまく場を活用するといったことの重要性について、できれば触れていきたいと思います。
 今御覧になっている写真は、3Dプリンタの一部で、下にDesign and built in Californiaと書いてあります。カリフォルニア製の3Dプリンタということで、今、これが大変な話題になっているんですけれども、こんなような形のもので、ほとんど手作りです。そして1,400ドル。今、僕はiPhoneを使っていますけれども、iPhoneなどを使って、ある立体を20か30の角度から撮ると、AutoCADというソフトウエアのプラットフォームの上で自動的にベクタか、スカラデータを生成してくれて、3Dのオブジェクトをその中に生成してくれますんで、それをパソコンに送って、この3Dプリンタに直結すれば、すぐプリンティングが始まると。
 具体的には、上の方にグリーンのロールがついていますけれども、グリーンは4,000円ぐらいのロールで、このペットボトル三つ分ぐらいのオブジェクトができる。そんな容量です。非常にスローですけれども、こういった3Dプリンタが今、非常に話題になっています。これは、Type A Machinesという会社がベンチャーで始めたものです。
 こういった3Dプリンタとか、様々な工具を集めて一般に貸し出すというサービス、日本だとファブラボという名前で話題になっていますが、このTechShopというのは一つの開祖、初めだったと思うんですが、ここにやってくるんです。
 ごちゃごちゃした写真ですけれども、こういったところに人々が集まってくるんですが、これは、実はある日本人の方と先々月ですか、訪問に行ったときに非常に面白い感想というか、話題になったんです。こういうのは大田区にいっぱいあるよと、一個一個見ると日本の方がずっと優れたマシンがあって、大したマシンは並んでいないね、これじゃ駄目だねという話になったんですが、よくよく見ると、そのコメントは全く的外れだったと。
 というのは、ここにやってきて働いているように見える人たちは、全部、これまでスターバックスでコーヒーを飲んで、これからどこへ行こうかとか、自分の夢を語り合っていたような引退した世代だったり、学生であったり、そういう人たちがコーヒーを飲むのをやめて、ここに殺到しているんです。そして、自分たちが考えていることをいろいろ試す。しかも、これオープンで、月会費100ドルぐらいで入れますから、いろんな人たちがやってきて、パーティーをやったりします。この中には小さい子供もいますし、おじいさん、おばあさん、いろんな人たちがいます。
 これは、サンフランシスコのTechShopなんですが、金曜日の夜になりますと、ビアパーティーがあります。近くにカリフォルニア・カレッジ・アートとかデザインスクール、それから、IDEOというデザイン事務所のサンフランシスコ事務所、ゲンスラーというワークプレイスデザインの会社、こういったところがひしめいている真ん中にあるんです。ですから、金曜日になるといろんな人たちがそこに集まってきて、自分はこんなオブジェクトを作ったよと見せっこしながら、いろんな新しいアイデアが出てくるということであります。
 実はここから出てきたイノベーションには、皆さんが取り組まれている非常にレベルの高い画期的なイノベーションではなくて、むしろ既存の技術を使った、どっちかというとガジェットというもののイノベーションが中心なんですけれども、中にはとんでもないものが出てくる。
 例えば、ちょっと見にくいですけれども、これは、電気バイク、エレクトリックバイクなんですが、これが世界最高速のバイクになっているとか、あるいは、ここで3Dプリンタで作っているんですけれども、昔、007の映画に出てきたようなワンマンジェットパックが出てきたり、何げないこういったデバイスをiPhoneに差し込むとクレジットカードをスキャンできて、あっという間にiPhoneがATMとかPOSに変わると。こんなようなことをやっている人たちがいろいろ集まっています。実はほとんどが全くの素人です。
 POS端末みたいなのを作った人ですが、たしか、アメリカの田舎のどこかで先生をやっていたときに思いついたんですね。アメリカは破産者が多いんで、自分で勝手に付けるデバイスが欲しいということで始まったのがこういう形になって、市場化された。彼はこれを持っていっただけで、物すごいベンチャーファンドを得ることができた。こんなようなことが行われています。
 もちろんアメリカですから、伝統的なDIY、Do It Yourselfの文化があるといえばあるんですけれども、ただ、これが日本の人たちにも、特に若い人たちに大変関心を集めています。TechShopは、今度、仙台で実験的なお店ができると思います。
 このTechShopで彼らが目指しているのは、一個一個面白いアイデアを作るということもあるんですが、ほとんどが自分の夢を形にする。そして、更により大きな目的として社会に変化をもたらす。そして、更に自分が歴史の一部になるという気持ちで、これまで科学技術とかイノベーションと全く関係なかった人たちが集まってやってきています。
 実は3Dプリンタ、日本でも話題なんですが、ちょっと残念な思いを僕らは持っています。これは、日本で先月の日経新聞に出たニュースなんです。3Dプリンタを開発する、現在より10倍速いとか100倍、あるいは価格が5分の1で2,000万円にするという話で、これも良いのですが、何のために3Dプリンタを開発するかというと、日本の鋳物産業を復活させる。これはいいんだけども、どうなんだろうというのを僕らの周りで議論しているところです。これはこれで良いことです。
 しかし、3Dプリンタというものが、さっきのTechShopのようなところでは、自分の夢をベースにして社会を変えて、歴史を作ろうということが大目的であるのに対して、鋳物産業のためにというのは、もうちょっと大志を抱いてほしいと単純に思うわけであります。
 また、2,000万円高いですね、1,400ドルですから。モノづくりという言葉で批判はしたくないんですけれども、日本の基本的なイノベーションに関わる考え方というのは、どうもモノに傾斜しがちであるということが言えるかと思います。
 実はこのTechShopの経営者、マーク・ハッチという人といろいろ話していて、彼のインタビューからインスピレーションを得たのがこの絵なんです。これは、全くデータとか何の意味もありませんが、彼の考えているのはこんなことだろうなと思いますのは、これは正規分布で、横軸がある人材の才能に投資するとか、教育するとかしたときの回収率。
 例えばあるタイプの人材に投資すれば、80%ぐらいアイデアだとか、仕事のリターンが来るとする。仮定です。ここが正規分布としますと、例えば大きな会社ですと、ここを採りたくなります。ですから、一括採用でできるだけ回収率の高い、どちらかというと、そうは言っても平均的な人材を採用することで、変なやつがいないんで、ある程度、パフォーマンスを高めることができるというふうに考えているんじゃないかと思うんです。しかし、どうもTechShopの連中と話すと全然違って、一つは、ハイリスク・ハイリターン人材で、こいつに任せるととんでもないことが起こるけど、大失敗もするし、成功確率も低い。あるいは、これまでの確率からいうと埋もれて、そんなやつにそんな仕事を任せられないと思っていた人が、全く異なったパフォーマンスを発揮して、世界一のバイクを作ったりする。こんなようなことが起きています。
 これは、確かにさっきも言いましたけれども、アメリカのDIY文化だから、彼らはDo It Yourselfが好きなんだよということだけでは、どうも放っておけないような事象ではないかと思っています。
 僕は、先ほどちょっと御紹介ありましたけど、大学で教えるだけでなく、二足のわらじでいろんなコンサルティングをやっています。僕は一橋大学の野中先生の追っかけ弟子でして、時たま海外でのリサーチですとか、国内でのリサーチをやっているんですが、そういう中から見ると、どうもこれは、アメリカだからということでは片づけられないということであります。
 もう一つだけ海外の事例で、XPRIZEというものがございます。これはXPRIZE foundationということで、もう御存じかと思いますけど、今から10年ばかり前に知られ始めました。民間の宇宙旅行のプロジェクトにサポートして賞金を与えるということで、実際にやってしまった。これは、XPRIZE foundationがMITのプロジェクトをやっているところで、短いビデオをちょっと見てください。
(動画)

【紺野教授】 
 これは、XPRIZE foundationがMITの共同プロジェクトで、学生のクレージーなアイデアをどんどん入れ込まないといけないと。私の最近の本にも書かせていただいたんですが、アポロプロジェクトのことを書いたんです。そうすると、何人かの読者からは、そんな古い時代のケースは役に立たない。新幹線もそう。ところが、今、世界じゅうでアポロプロジェクトとか、新幹線ですとか、かつての大型プロジェクトを見直そうという動きがあります。今のも一つですけれども、アポロプロジェクトのときのエンジニアの平均年齢は27歳です。もちろんエンジニアが全て若かったんじゃなくて、実際には若い層を選んだプロジェクトを意図的に作ったわけです。
 こういった動きが先ほどのTechShopと非常に連動しておりまして、私もちょっとだけかんでいますけども、後で堀井先生がi.schoolの話をされますが、やはり日本でもそういう動きが盛んで、物すごく熱がこもっているというわけであります。
 最近のイノベーションの考え方、これは、本当に釈迦に説法でございますけれども、見てみますと、これまでは製品供給論理で、恐らく20世紀の企業というのは、これは、経営的な視点で科学技術では全然ないんですが、どちらかというと大量生産をする。大量生産のためには大きな工場ラインに投資した方が効率的なために、そこでは余りイノベーションが起こっては困る。
 したがって、画期的なイノベーションがたまに必要であるのと同時に、通常は改善を重ねる、こういうのが20世紀的イノベーションだったと思うんです。ラディカルイノベーションとインクリメンタルなイノベーションという二つだったと思います。
 それは、どちらかというと製品供給論理です。日本の企業と付き合っていますと、ほとんどこのロジックです。新しいプロジェクトが生まれます。製品開発、事業、まず、そこでうちの会社が増えるのか。特に大きな会社になると30億円、300億円以上じゃないとうちはできないといって、そこで止まってしまいます。
 こういう自社の生存がまず出発点で、そして、競争して、効率化するんですが、いずれコモディティ化するので、今度は付加価値を作ろうとする。ところが、最近、消費者、ユーザーは、付加価値では躍らなくなりました。したがって、このタイプのイノベーションの有効性がなくなって、今、逆に注目されているのは、こちら側の逆のフローでありまして、社会や環境のサステナビリティーはどうなのかとか、本当の価値は何かとか、そういった非常に青臭い、顧客や社会の基本的な欲求から始まって、そして、競争するんではなくて、ともにエコシステムを作り上げていって、持続的にイノベーションを起こすと、こういうパラダイムが変化するということが起きているように思われます。
 最近のイノベーション理論にはいろんなものがあると思うんですが、例えばソーシャルイノベーション、これは、実は日立さんもNECさんなんかも、あるいは富士通さん、IT業界だけとっても、今、全部ソーシャルイノベーションになってしまいました。ソーシャルイノベーションは何かと言えば、当然、社会の側からのイノベーションであります。あるいはディマンドサイドからのイノベーション、あるいはリバースイノベーションという言葉で、逆に顧客の側からイノベーションの契機が生まれるというリバースイノベーション。更に奥深く入ったグラスルーツイノベーションですとか、過剰な付加価値に対して顧客がノーといって、よりシンプルなソリューションを求めるような、いわゆる破壊的イノベーション、あるいはオープンイノベーション、全て下側のディマンドサイドのロジックで最近のイノベーションは起きている。それと、先ほどのTechShopですとか、MIT、XPRIZEのプロジェクトというのは非常に合致するというふうに考えます。
 ただし、これは、単純な二項対立ではないと思います。つまり、これまでの研究開発型、研究所起点で、科学技術をベースとしたサプライサイドのモノを中心にするイノベーション。社会的なプロセスとか、コミュニティーや、余り大したことのないような技術を使いながら、ディマンドサイドで何かイベントをベースに作っていくイノベーション。これが対立しているように見えるんですが、僕らはそういうふうに見ていません。むしろ両方が必要だということで、よくモノからコトへと言われるんですが、そうではなくて、コトを作って、つまり、関係性を生み出して、その中に我々の技術を埋め込む、こういう思考が大事だというふうに考えています。
 そこで出てくるのが、まず人々が考えていたり、思ったりするものを調整していく必要があるということです。そこで、とりあえず、それを目的工学と呼んで、目的群の調整が社会的なプロジェクトでは大事じゃないかと考えます。
 これは、実はもとは先ほどのアポロプロジェクトですとか、日本の新幹線ですとか、ソニーのトリニトロンのような、そういうプロジェクトをもう一回ひもといてみると、どこにも共通した目的群の調整ということをやっていかないと、ということが発端です。
 もう一つは、その調整とともに具体的に社会の中に分け入って、顧客のニーズ、そして技術とビジネスを融合させるにはどうすればいいか。そこがデザイン思考。しかも、それは人間中心のデザイン、モノを作るデザインじゃないということであります。
 きょうは時間がありませんので、目的工学ということについて何を考えていたかということだけ簡単に触れたいと思うんですが、まず目的という言葉は、Purposeという言葉を使っています。これは、目標であるGoalとはちょっと違う。最近、日本の企業の傾向として目的の創出と目標への傾斜があるのではないかと思っています。
 目的というのは、本来何のために、例えば究極にはアリストテレスじゃありませんが、幸福の追求といったような意味であります。あるいは意義、価値といった主観的な要素からなっているのが目的ではないかと思います。
 しかも、あるプロジェクトをやっていると、あるところまで来るんですが、これで本当に我々がやりたいことができたんだろうかと自問自答すると、更により大きな目的が見えてくるということがあります。つまり、目的は動態的、ダイナミックであります。
 したがって、目的は効果が大事です。本当に幸せが得られたのかといった効果、あるいはインパクト、あるいは質的なアウトカムが問われていくわけです。
 一方、目標はGoalが決まるわけで、ターゲット、数値など客観的な要素ですから、固定しておかないといけません。昨日は100万円といったのに、きょうは200万円といったら誰も動いてくれません。したがって、そこではGoalに至る効率性、達成度、アウトプットなどが問われます。
 目的と目標を分けておりますが、目的は動態的ですから、こういったアウトカム、インパクトを生み出すために、トライ・アンド・エラーが大事になります。どんどんとやっていく間に目的が深まっていく。ところが、目標は余りトライ・アンド・エラーやってもらっては困ります。失敗は許されません。
 最近は、日本企業には目的の部分が創出されていて、どうも目標ばかりが追求されていくような傾向が強いんじゃないかということで、目的というものを工学できないかというのが目的工学であります。
 アインシュタインが手段、つまり、技術的な手段は全てそろっているんだけれども、どうも目的が混乱しているというのが現在の特徴のようだと言っています。マンハッタン計画にもアインシュタインは関わっておりましたから、恐らく20世紀は、悪魔的に魅力的な技術がたくさん出てきたわけですけれども、そろっているんですが、目的、何のためにと言ったときに混乱しているという言葉に僕らもインスピレーションを非常に受けました。
 そして、先ほど申しましたけれども、野中先生にいろいろと御指導を賜る中で、アリストテレスの目的論的な世界観というのに行き当たりまして、アリストテレスが人間の知恵を、およそ学問や、科学の知とテクネーというテクノロジーの知と、そして、賢慮と言っていますけれども、実践的な智慧(ちえ)、この三つに分けていたということを知ります。
 アリストテレスは、おおよそ何と言ったか。エピステーメーは、恐らく人間の最も優れた特質であるが、知ることのための知なので、実際に常に変わりつつある世界で役立つ知識は提供できない。
 一方、テクネ-は、制作する知でありますけれども、制作の知は、例えば「薄くする」とか、作用は目的的に持っていますけれども、「幸せのためなのか」、それとも「戦争のためなのか」という内在的な目的、技術は自ら持っていない。それを与えるのはフロネシス。つまり、善悪、あるいは正しさや行為における手段のふさわしさを全体的に見て、選択判断できる巧みさが、常に変わりつつある世界で役立ち、技術をその方向に向けさせることができる。こういったことをアリストテレスが言っておりまして、こんな関係かなということで、僕は、目的ということについて、まず、目的の階層性ということをまとめてみました。
 それは、本の中に書いていることですので繰り返しになりますけど、目的には大きな大目的、あるいは高次の目的と、個々人、若しくはステークホルダーが持っているような、それぞれの目的、そして全体を束ねる中目的、少なくともこの三つぐらいの階層があって、その目的に向けて個々人が頑張るんでタスクが達成される。言われてやるんじゃなくて、ある目的に個々人や、それぞれのステークホルダーがコミットするんで、それぞれの知識や能力が発揮される、こんなふうに考えています。
 非常に主観的に目的群を調整することで、個々のプレーヤーが持っている目的が調整され、そして、プレーヤーが持っている知識や能力が最大に発揮されてプロジェクトが完遂する。
 これは、非常に青臭いんですが、これはアポロプロジェクトで、例えば冷戦の終結のために、あるいは人類の宇宙といったような大目的とともに、実際に60年代中に3人の宇宙飛行士を月に送って着陸させて、無事に地球に帰すというミッションを果たした。これは明らかですね。
 そして、当時のNASAは、陸・海・空軍のそれぞればらばらの研究所が寄せ集めであった、寄り合い世帯だったわけで、到底そんなことができないと言われていたのを、こういった目的群の調整でやっていったという、そんな話でございます。
 したがって、目的工学では、こういったNASAのケースとか新幹線とかトリニトロン、昔のケースを扱ったんです。そして、いろんな目的群ということを論じていったんですが、それは、実は最近の社会的なプロジェクトにも同じような構造が見えると。ソーシャルイノベーションを起こしているソーシャルアントレプレナーやNPOの面々のやっていることは、成功するか、失敗するか、これは分かりませんけれども、より大きな目的のために様々なパートナーの目的群を調整して、そして、ある目的、中目的、ドライビングオブジェクティブのために動くといったことはどうも共通している。こういった考え方が非常に大事じゃないだろうかということで、企業の方とか、あるいはソーシャルアントレプレナー、ソーシャルデザイナーの方たちといろいろと議論を今やっています。
 何でこんな目的工学が必要なのかなと考えてみますと、改めて引いて考えてみますと、先ほどのTechShopではありませんけれども、今の時代は、やはりモノの時代じゃなくて知識やアイデアの経済で、個々の知識をどう生かすかということが、これまで以上に求められている。同時に、それらの知はネットワークされた社会の中にあって、企業の中で閉じられていない。
 一方、21世紀は、モノで何かを満たすんではなくて、社会的な目的、究極には共通善の模索のような、そういうことを求めて動いているわけで、これをつないでいくような何か新しい方法論が必要ではないかということであります。
 簡単にですけど、アリストテレスの実践的三段論法からいろいろ学んで、一体、我々は目的と手段をどうやって具体的に役立つように実践するんだろうかということで、アリストテレスの実践的三段論法を実際のプロジェクトに当てはめてみて、いろんなことを考えています。
 例えば、最初に我々はおぼろげな目的を持っているんですが、はっきりしていない。ところが、現実の問題とのギャップがあるわけで、当座、リーチャブルな、現実的な目的を設定して手段の選択・試行を行うんですが、そのトライ・アンド・エラーをやっているうちに、本当の目的が見えてくると、そこで真の手段の選択・実行の模索が始まる。こういうアブダクションの過程が起きて、良いプロジェクトの場合は目的がだんだん深まりながら、目的群もこういう形で調整されて、そして実行に至る。こういった非常に主観的なプロセスが大きなプロジェクトでは肝になっている。
 あと、これもビジーなチャートで申し訳ないんですが、大きな目的、それから、中程度の目的と小さな目的、これをオーケストレーションすることによって、例えばプロジェクトに参加する個々人が持っている様々な思いがあります。そして、個々人が持っている技術や技能や能力、手段があります。
 通常は、これらがばらばらになります。例えば会社が大きな目的、中目的、そして、目的群の調整を行わなければ、人々は言われたことしかやりません。ところが、人々の思いがより上位の目的と合致したときに、では、やってやろうじゃないかということで、本当に力が発揮される。これは知識経営になるわけですが、そういった個々の思いがある目的と合致したときに初めて技術が発揮されるというトライアングルが起きます。こういったトライアングルが発展していって、最終的には大きなインパクトが生まれる。こういったことを考えております。
 これは、抽象論に近いんですけれども、こういった目的群の調整と同時に必要なのがデザイン思考ということです。
 では、人々が個の考えを持ってある目的を達成するときに、具体的にどういう方法が必要だろうか。特にソーシャルイノベーションといった時代に何が必要かというので、こういったデザイン思考というのが、最近、関心を集めているということであります。
 これは、IDEOという会社の紹介ラッシュですけれども、医療分野で様々なプロトタイプを作ったり、あるいはスタンフォードのd.schoolのような教育の場面で、様々にデザインをイノベーションに活用するというのが一つの流れでございます。
 先ほどのTechShopが生まれてきた背景にも、シリコンバレーを中心とする、こういうデザイン思考の浸透というのがあったというふうに考えられています。
 デザイン思考は、いろいろな説明の仕方がありますが、顧客、あるいは人間を中心にして、技術だけじゃなくて社会との関係、そして、ビジネスとの関係を融合させていこうということであります。
 基本的には、知識創造モデルだと考えておりまして、暗黙知を市場顧客の中に分け入って、共感して獲得してきて、そして、それを様々な形で表出化して、概念化して、そして、それをある種のプロトタイプにする。そして、それを更に現場に持っていって、顧客と一緒に実験・検証していく。これを繰り返していくようなプロセスだと思われますが、それに1点加える、デザイン思考とわざわざ言うことの違いは、思考、シンキングという言葉は、どちらかというと大脳新皮質的な思考ということを考えてしまうんですが、デザイン思考の場合は、むしろ身体性が非常に大事になるということで、身体とか感情とか、人との共感ですとか、そういったところを出発点にするのと同時に、自分が置かれている環境とのインタラクションをフルに発揮して考える。これがデザイン思考で、これまではデザイナーの中に埋め込まれていた。これを開放して、いろいろ使っていこうということであります。
 これは、プラトンですが、目的とは何かということを考えながらも、実際にはダウン・トゥ・アースに実際の現場を見ていこうと。アリストテレスとプラトンが両方あるような、そんなイメージでございます。誠に早口で申し訳ないんですが、デザイン思考は、基本的には知識創造プロセスなんですけれども、申しましたように、身体や環境、道具やモノとの関係性というところがそこに加わるということと、あと、大きな目的と現実、これを行ったり来たりする上で、最初はアリストテレス的に現場に入っていって仮説を作って、そこから生まれてくるコンセプトをもとにプロトタイプを作って、また現場に行く。これを繰り返していくことで、アブダクション、ディダクション、インダクションという三つの推論をフルに活用する。そして、身体もそこに導入する、そういった思考法と言えます。
 例えばということで、何をデザインするのという例です。モノをデザインするんではなくて、ユーザーの経験をデザインするといった考え方があります。例えば、ある列車の車両のデザインをしてほしいと言われたデザイナーはハードウエアのデザインをするんではない。例えば孫とおばあちゃん、あるいはおじいちゃんが一緒に旅をする車両であれば、実際に旅はインスピレーションから始まって、調べて計画して、実際に予約して、そして旅行して、それを共有するというプロセス全体が、おばあちゃんとお孫さんについては楽しかったわけでありますから、では、その中での列車というのはどんな意味を持つのかということから経験をデザインしようということで、まず、ユーザーのところに行って実際に観察して、ある仮説、概念を立てて、そして、こんな列車だったらどうでしょうかというプロトタイプを作って、実際におばあちゃんに聞いてみて、これを繰り返していく。このようなことをやっております。
 そういったことで、ビジネスのためのデザイン思考と考えてみますと三つぐらいの領域がありまして、一つは、今のような経験や観察、洞察の方法、これが一つの切り口であります。もう一つは、その経験や観察は、どうしても個人に限られてしまいますから、それがビジネスの中でどのような可能性を持つのかという探索、可能性を見る。そして、それらを含めた関係性を作るということで、具体的には質的な研究の方法論、エスノグラフィーのような文化人類学的、社会科学的な方法論とか、あるいはシナリオプランニング。それから、最近はやっていますが、ビジネスモデルのデザイン。こういったものを組み合わせていくことでイノベーションに資するということを考えています。
 このようなことで、顧客価値を発見して、それが未来の社会や技術の関係でどのような可能性を持つのかを考えた上で事業性を考える。これを繰り返していくということであります。
 場の話だけ最後に触れさせていただきます。
 こういった目的工学のためには、具体的には人間間のフェース・トゥ・フェースの目的群の調整が鍵になります。それから、デザイン思考でも、やはり顧客を呼んで現場に行くという、これが起点ですので、どうしても場所が必要になります。その試みとして、最近、フューチャーセンターですとか、イノベーションセンターですとか、リビングラボとか、先ほどのTechShopのようなファブラボのような、様々な空間が都市の中で雨後のタケノコのようにあふれています。
 例えば渋谷なんかに行きますと、コワーキングスペースとかいって、若い人たちが会社の境を超えて集まっています。革命は全て都市から始まっていますが、その都市空間が今、ある変化を起こしています。そういう中で、我々は、フューチャーセンターとか、イノベーションセンターのような機能を企業が持つべきだということで、いろんな研究会を開きまして、例えば、これは去年のメンバーですが、三菱地所ですとか、富士通デザインとか、ダイキンとかコクヨとか日建設計とか、こういったところが集まって、どういった場を作っていって、それをどのように運用していけばイノベーションにつながるのかということを研究しております。
 こういった企業だけじゃなくて、今、いろんな地方、特に東北の復興に絡めて、うちでもフューチャーセンターを作って、地域のフューチャーを考えたいといったような、非常に草の根的ですけれども、小さなものも含めると、このような活動が日本でもいろいろ起きております。
 私たちは、実際に企業がきちんとハードも含めたフューチャーセンターを持っているところに、こういったところをつなげられないのかなというふうに思ってやっております。
 これが最も最近のフューチャーセンターのハードのイメージですけど、富士通のグループの会社が横浜に、大きな研修施設の一部なんですけども、こういった場所を作って、これを自在に活用することによって、例えば顧客を呼び込んできたり、パートナーを呼び込んできて、様々な対応を行って、こちらの方にプロトタイプもできるいろんなツールのラボがあって、それをまた一緒に見せたりしながらイノベーションを起こすと。こんなことをやる場所を作ろうということに投資をするというようなことが始まっておりますので、日本版TechShopになるか分かりませんけれども、こういった場の重要性というのをもう一つ加えたいと思います。
 以上、きょうは限られた時間でありますけれども、目的群の調整という意味での目的工学とデザイン思考、それから場の重要性という3点についてお話しさせていただきました。御清聴ありがとうございました。

【野依主査】 
 大変有益なお話をいただきありがとうございました。後ほど意見交換をしたいと思います。それでは続きまして東京大学の堀井秀之教授に御発表いただきます。
 堀井教授は、社会技術論、安全安心研究が御専門でいらっしゃいまして、イノベーション人材の育成にも取り組んでおられます。
 それでは、御説明をよろしくお願いいたします。

【堀井教授】 
 東京大学の堀井でございます。本日は、こういう機会を設けていただきまして、本当にありがとうございます。紺野先生には、私のi.schoolを最初から御指導いただいておりますので、かなり重複する部分もあるかと思いますけれども、具体的な教育にフォーカスを当てて御紹介させていただきたいと思います。
 東京大学におけるイノベーション教育の試みということで、i.schoolの事例を紹介させていただきます。
 まず、問題意識ということなんですけれども、これ、2009年の日経の経済教室に載った図で、これを見たときはちょっとがく然としたんですが、横軸には就業者数、縦軸には労働生産性ということで、産業別の付加価値の総額を産業別の就業人口で割ったものということで、1人当たり一体幾らの付加価値を生み出しているのかというのを示した図であります。
 製造業は1955年から就業者数も伸びて、労働生産性も伸びていく。バブルが崩壊しても、就業者数は減るんだけれども、労働生産性はすごく伸ばしているということで、非常に顕著。それに対してサービス業の方は、就業人口は伸びているんですけれども、労働生産性の方はなかなか上がらないということで、バブル崩壊以降、こういうことが日本で起こっていたということだと思うんです。
 では、今後、製造業の労働生産性というのは上がり続けていくんだろうかというのが私の疑問でありますけれども、産業技術、製造技術が進展して、1人当たりが生み出せる製品の数がどんどん増えていくということと、それから、一つ当たりの製品の付加価値が高まることによって、労働生産性が高まっていくわけですけれども、本当にたくさん作って売れるのかということと、付加価値をどんどん足していったときに市場のニーズと合致するんだろうかということがあるので、いつかこれは頭打ちになってしまうということが予想されるわけであります。
 では、どうしたらいいのだろうかということで、日本の追い求めるべき戦略として日本らしさの追求というのがあり得るのではないか。それは何かというと、世界が賞賛する日本人の感性に基づく優れたモノとかコトとかを次々生み出していける国にする、そういうことではないのかなと。そのときに必要なコンセプトとしては、先ほども御紹介がありましたけれども、人間中心イノベーションという考え方だと思います。
 これまでにも日本が生み出したすばらしい製品やサービス、たくさんあるわけですけれども、こういう日本人の感性に合って優れたものを作っていけば、それは世界の人も賞賛する、そういう戦略は十分あり得るだろうと。
 日本でイノベーションといいますと、大体、技術革新と訳されるわけですけれども、広辞苑を調べてみますと、イノベーションとは「生産技術の革新に限らず、新商品の導入、新市場、又は新資源の開拓、新しい経営組織の実施などを含めた概念」と書いてありまして、シュンペーターの定義とも合致する定義なんですけれども、ただし書きがついておりまして、「ただし、我が国では技術革新という狭い意味に用いる」ということをわざわざ書いてあるということであります。
 技術中心イノベーションと人間中心イノベーション。技術中心イノベーションは技術革新によるイノベーションでありますけれども、ここで言う人間中心イノベーションというのはライフスタイルや価値観の洞察に基づくイノベーションということであります。必ずしも人間中心ということと技術中心ということが対立軸ではなくて、せっかくある技術というものをいかにうまく生かすかというのが人間中心イノベーションの考え方だと思っております。
 では、人間中心イノベーションの具体的な一番分かりやすいサンプルは何だろうかと考えたときには、初代のソニーのウォークマンというのが、それに当たるんじゃないかなと思いました。これは、私が卒論生のときに発売されたもので、発売されてすぐに買ったんですけれども、ご承知のように音楽を持ち歩くという新しいライフスタイルを作った世界で最初のイノベーションであったと思います。
 こういうイノベーションを次から次へと生み出せるような国にするために、一体何ができるだろうかということで、やっぱり人づくり、教育ということがすごく大切だと。特に大学の果たすべき役割であろうと考えまして、東京大学知の構造化センターのプロジェクトとして2009年から始めました。人間中心イノベーションを生み出す力を養うということで、東京大学の学生、一応、大学院中心と言っていますけども、特に学部とか部局を限定せず、全ての学部から学生が集まってワークショップを行うことができる、そういう教育プログラムであります。
 単位も出さないし、学位も出さないんですけれども、学生は自分の能力を高めたいと考えて集まってくるということで、東京大学の中でも非常に意欲に満ちた学生が集まっておりまして、年間に6回とか7回ワークショップを開きます。1回30人ぐらいのワークショップですけれども、それを1年間通じて全部出席するというふうに宣言する通年生を10名から15名ぐらい採用して、あとは毎回スポットで募集するんですけれども、その10名から15名の枠に対して東大生50名が応募してくれて、それを面接で選ぶというような形で進めております。
 このi.schoolの目標なんですけれども、イノベーション人材を育成するということではありますが、創造的な課題に対するプロセスを設計できるようになるということを主眼に置いております。何か新しいものを生み出すという課題が与えられたときに、そのためにはどういう調査をしたらいいのかとか、どういうグループで作業したらいいのかとか、作業の手順はどうしたらいいのか、そういうことを自ら設計できるような人になってほしい。
 もう一つは、そういうふうにすればイノベーションというのは生み出すことができるんだという自信を持ってほしい。大体日本では、新しいことを提案するとか、人と違うことを提案すると非常に批判を受けやすい環境にあるんですけれども、自分が正しいと思うことを主張することはいいことだとか、新しいものを生み出すということにはチャンスがあるんだ、そういうことを感じてほしいと考えております。
 ワークショップを2009年から始めたんですけれども、例えば最初のワークショップは働く母親と子供のより良いコミュニケーションに向けてということで、これはスタンフォードのd.school、それからIDEOというデザイン会社がわざわざ日本に来て、彼らのワークショップを実施してくれたものであります。
 そのほかインドの未来を洞察するとか、社会的企業を作るとか、テーマを変えて様々なワークショップを、4年間で22回、今年5年目になりまして、今25回目のワークショップを開催しているところであります。東京大学の教職員がワークショップを行うだけでなくて、IDEOとかd.schoolとか、イギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アートとか、フィンランドのアールト大学とか、あるいは韓国のKAISTのインダストリアルデザインであるとか、世界のイノベーションワークショップの優れていると言われているところを呼んできて、東大生に対してワークショップを提供していただく。
 私たちは、それを観察して、一体どういうノウハウがそこに詰まっているのかということを分析しながら、東京大学i.schoolのワークショップの質を高めるということを試みておるわけであります。
 こうした経験を通じていろんなことが分かってきたんですけれども、要するにイノベーションワークショップというのはグループワークをするわけですが、人の集団による情報処理を行っている、こう考えるのがいいんじゃないかなと考えています。もし、そうだとすると、人がやる情報処理でありますけれども、情報処理である以上、そのプロセスというものは当然記述することができるはずである。記述できるんであればモデル化することができる。モデル化することができるんであれば設計することができ、更に評価することができて改善することができる。このように考えたらいいんじゃないかと。
 そうすると、通常の設計と同じようにイノベーションワークショップ自身の設計というものをどんどん進化させていくことが可能なのではないかなと考えているわけであります。
 これは、例えば去年行いましたi.schoolのワークショップのプロセスを少しモデル化して示したものであります。9月にインドに行って、インド工科大学のハイデラバード校に東大生12名と企業の方8名と一緒に行って、インド人の学生とインドの未来社会はどうなるかというワークショップをやってきたんです。その結果を踏まえてプロダクトアイデアを作り、もう一方ではインドに進出している外国企業のビジネスを調べて、戦略というのをモデル化する。その両者を合わせて新しいビジネスモデルを考え、それをブラッシュアップして最終プレゼンをする、こういうプロセスをたどったというようなものを示したものであります。
 そのプロセスの中で、全てのワークショップの中で一番重要な部分は何かというと、このアイデア出しの部分であります。アイデア出しの部分の思考というのはアブダクションと呼ばれる思考でありまして、ある目的を果たす手段を思い付くという思考なわけであります。与えられた手段がどういう目的を果たすのかというのは、演繹的推論で考えることができるわけですが、イノベーションワークショップで重要なのは新しい目的を見付けるということと、目的を果たす新しい手段を思い付くというところなわけであります。そういうことができるようにするために、どういうプロセスを経て情報を提示し、議論し、頭の中で思考するのか。出てきたアイデアをどういうふうに最終的なアイデアにしていくのか。そのプロセスを設計するということをやっているわけであります。
 今まで様々なワークショップを分析して研究してきたわけですけれども、それぞれのワークショップが新しさを生み出すための仕組みということを埋め込んでいる。当然、人が持っている新しさを生み出す能力というのがあるわけですけれども、それとグループワークで話し合っているときに自分のアイデアを紹介したり、人のアイデアを聞いたり、質問したり、質問に答えることによって新しいアイデアを思い付く。そういうことは当然あるわけで、全てのワークショップがそういうメカニズムを活用して行っているわけでありますけれども、そのほかに新しさを生み出す仕組みというのが埋め込まれている。
 調べてみたところ、これまで八つのメカニズムが発見されているということで、そういう仕組みをどう埋め込むかというところが、それぞれの機関が作っているワークショップの特徴というところなんだと思います。
 ちょっと全てを紹介することはできないんですけれども、5番目の価値基準をシフトさせるという、これはイギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アート、日本で言うと芸大に当たると思いますけれども、インペリアル・カレッジの隣にキャンパスがあって、インペリアル・カレッジとロイヤル・カレッジ・オブ・アートで一緒のプログラムを彼らは持っているんです。インペリアル・カレッジの工学の学生とビジネススクールの学生、それからロイヤル・カレッジ・オブ・アートのデザインの学生を3分の1ずつ交ぜて、ワークショップ形式で教育を行っている。
 彼らに来てもらって製造業の未来というワークショップをやっていただいたんです。彼らは最初に秋葉原に行って、冷蔵庫とか掃除機とかドライヤーとか、要するに既存の工業製品を買ってきて、各チームに一つ渡して、それを分解させるということで、すごい時間をかけて一生懸命分解して、一つ一つの部品をきれいに並べて、それぞれの部品が一体どういう機能を果たしているのかという説明をさせるんです。その説明をさせた上で、サステナビリティーという概念に関するレクチャーをして、では、分解した製品がサステナビリティーという観点から見て受け入れられるかどうかということで、イエスかノーかというのを答えさせるのです。想定されている答えはノーということなんですけれども、時々状況を間違えてイエスと答える学生もいるんですが、みんなノーだと答える。だとしたら、同じ機能を果たす製品で、サステナビリティーという観点から見て優れたものを作れと、こういう課題を出す。
 ですから、通常の工業製品というのは効率性というような価値基準に基づいて作られているんですけれども、そこに新しいサステナビリティーという価値基準を持ち込むことによって新しい製品、新しいアイデアが生まれてくるという仕組みなんだなと、彼らがそう説明したわけではないんですけれども、見ながら思ったわけです。
 サステナビリティーという概念は、言葉の上では誰もが知っているんだけれども、それが価値として体の中に内在化していないと新しいアイデアにつながってこない。その価値を内在化させるために、延々とすごい時間をかけて分解させてきれいに並べさせる、そういうことをやったんだなということを学んだわけであります。
 この間、うちの助教にオーリン・カレッジというところに行ってもらって、いろいろ話を聞いてきてもらったんです。オーリン・カレッジというのは1997年にできた新しいアンダーグラジュエート・エンジニアリング・プログラムなんですけれども、それがアメリカの中で6番目にランクされていて、SATの点数を見るとMITとほぼ比肩するような優秀な学生を集めているということで、アメリカの中でも非常に有名になっているカレッジであります。
 面白いなと思ったのは、そこでも今と同じようにiPadを渡して分解させて、同じようにサステナビリティーという観点から新しい製品を考えさせるというようなことをやらせているということで、こういう教育手法みたいなものが今、世界じゅうに広がりつつあるということを示しているのかなと思いました。
 i.schoolの目標は、先ほど申し上げたときに、こういう創造的な課題に対してどうやったらいいかというプロセスが設計できる、それから、イノベーションを生み出すことができるという自信を持つということなんですけれども、i.schoolの教育を通じてイノベーションを生み出せる人材を生み出すために三つの要素が必要であると考えたわけです。
 一つはノウハウということで、先ほどのプロセスを設計できるようになるみたいなことは、このノウハウに当たるんです。それから、マインドセット、例えば新しいことを生み出すことはいいことだというマインドセット。もう一つ必要なのがモチベーションだと。何のためにあなたはイノベーションを生み出すんですかと聞かれたときに、自分の言葉でちゃんと主張できるかどうかというのが結構重要だと。それがあるか、ないかによってイノベーションが生まれるか、生まれないかというのが変わってくるんじゃないか。だけども、モチベーションというのはどうやったら教育できるのか、なかなか難しい課題かなと思います。
 今年は8月に東大イノベーションサマープログラムというサマープログラムを実施いたします。これは、東大の学事暦の変更の検討の中で、6、7、8月を夏休みにできれば世界の大学と夏休みの時期が一致して、東大生が海外のサマープログラムに参加できるし、海外の学生が東大のサマープログラムに参加できる。そういうことのメリットがどんなものかということを実証したいということで、海外から30名の学生を集めて、東大生30名、それに社会人20名で一緒にワークショップをやる。8月1日から9日は東大で、それから岩手県の大槌町に移ってワークショップをやる。i.schoolのイノベーション教育と問題解決力を養うケースメソッドによる教育をやる。震災復興、それから日本のポップカルチャーというようなテーマで、ここにあるようなプログラムでケースメソッドによる教育、それからi.schoolによるイノベーション教育を行おうと。
 その中では、例えばみんなで東京のサブカルチャー、秋葉原とか下北沢とか原宿とか、いろんなところをグループに分かれて調べてくる。それに基づいてサブカルチャービジネス、AKB48のようなもので、世界に通用するようなものを考えようというワークショップをやったり、あるいは日本企業で東北復興のCSRをやっている企業を訪問させていただいて、そのお話を聞いてきて、それに基づいて復興のCSRのイノベーションみたいなことを考えてもらってから、大槌町に移動して高校生とワークショップをやり、どうやったら東北の子供たちに夢を持ってもらえるのか、あるいは、その夢を実現するにはどうしたらいいのかというようなことを議論してこようと考えています。
 海外から30名を募集したところ、850名を超える応募がありました。ハーバードから5名、オックスフォードから9名、デルフト工科大学から7名、スタンフォードから6名、バークレイから21名、清華大学から100名の応募がありました。その中から30名を選んだわけですけれども、このように世界的にはイノベーションとか、日本に対する関心というのは非常に高いんだなということを感じたわけであります。
 こうしたイノベーション教育をどうやって日本にもっと広めていくのかということで、i.schoolの活動の中に企業に参加していただき、i.schoolのメソッドを企業に持ち帰っていただくということもしていますし、また、それを大学で広めるために今年初めてですけれども、イノベーション教育学会というのを開いて、実際に主催校がそこの得意なワークショップをデモして、参加者にワークショップに参加してもらうとか、あるいはポスターセッションで、それぞれの大学でどんなイノベーション教育をしているのかというようなことを議論したり、あるいはイノベーション教育学会の論文集を作って、研究者もちゃんと育つような形にしていこうというようなことを今考えているところであります。
 私は、大切なことは、イノベーションサイエンスと考えられるような新しい研究分野を作ることが大切だと。それはイノベーションワークショップを対象とした研究を行っていこうと。認知科学とか心理学とか知識工学とか教育学とか組織行動論とか、いろいろな分野がイノベーションワークショップを研究対象にして、いろいろなことを研究する。その成果をイノベーションワークショップの設計に生かしていく。そういうことをやっていき、先ほどのイノベーション教育学会で発表していくというのが必要なんではないかなと思っています。
 最後に、科学技術イノベーション人材の育成ということで、先ほどのi.schoolは特に科学技術というところに特にフォーカスは当ててないんですけれども、科学技術に基づいてもっとイノベーションが生まれるようにするにはどうしたらいいんだろうかということを考えたときに、各いろんな研究領域の研究者というのは、それぞれのテリトリーで研究を深めているわけですけれども、そこにやっぱり横串を通す、そこでイノベーション教育をする。いろんなバックグラウンドを持った研究者が集まり、それから、社会とかユーザーとか製品とかサービスに感度の高い人たちと一緒に、今御紹介させていただいたようなi.schoolのワークショップをする。そういうことによって分野の違った研究者の間のネットワークもできますし、そこで研究者が方法論を学び、気付きを得て、自分の研究領域に帰っていくということが重要で、科学技術の研究者がシーズ、研究手段だけでなくて、それと目的、それは技術的な目的というよりは、むしろユーザー、社会的な目的との掛け算の仕方を学ぶということ。
 そういう目的と掛け算をしてイノベーションを生み出すということを念頭に置いて、手段、科学技術の研究を進めていく。こういうことが重要なのではないかなと考えている次第でございます。
 御清聴、どうもありがとうございました。

【野依主査】 
 貴重なお話をいただきありがとうございました。イノベーションの創出は、日本がこれから生きていくために不可欠の要素だと考えております。まず社会全体がイノベーションの重要性を認識しなくてはならず、そのための環境をつくっていかなければいけないと思っております。
 その中で文部科学省として、いかなる政策を打ち出すべきかということを私どもは考えております。先ほどお話がありました、人材養成、これは当然のことで、学校教育、高等教育でも努力が必要です。具体的に文部科学省という国の機関が、公的なお金を使って、経済リスクを伴うイノベーション事業の推進にどのような政策を打ち出せばいいかという点で御提言がございましたら、是非お願いしたいと思いますが、いかがでしょうか。

【紺野教授】 
 そのような高次のお問合せに答えることはできないんですが、正直言いまして、必ずしも例えば優秀な法科大学院を出ると優秀な弁護士になったりとか、優秀な大学を出ると優秀な研究者とエンジニアにならないかもしれない。むしろ、正規分布の中の端っこのところに様々な人材がいるわけです。そういう人たちを何とか救うような仕組みを作らないと、どうもいけないということを感じます。
 これは、ですから、もしかしたら政策にならないのかもしれませんけれども、そういった新しいパスを作るということはとても大事だと思いますし、もう一つは、先ほどのようなフューチャーセンターというかイノベーションセンターというかは別としても、企業間の枠を超えた場所を考えたときに、どうしても知的財産の問題というのが関わってきますので、それがどのようにうまく誘導されるかという知財政策、このあたりが鍵になっていると思っております。

【野依主査】 
 ありがとうございました。
 堀井教授、お願いします。

【堀井教授】 
 ありがとうございます。私、政府事故調のお手伝いの仕事をさせていただいたんですけども、そのとき、いろいろな方々のお話をヒアリングという形で伺って強く感じたのは、やっぱり専門分化・分業の弊害というのは極めて大きいと。科学技術が高度化して、社会が高度化すれば、それは分野を分けて、それぞれの分野で深めていかなければ対応できない、それはそのとおりなんだけれども、やっぱりそのことによって全体を見る人がいなくなってしまうということが非常に問題なのではないか。
 私の所属している工学の分野でも、やっぱり学科専攻で、それぞれ一生懸命教育して、しかも実践的な問題解決型の教育というのをすごく一生懸命やっているんですけれども、では、土木と機械と電気と一緒に何か問題解決をしようというような教育があるかというと、皆無といってもいいかもしれません。
 また、理系の中だけの話でなくて、文系と理系の壁というのも結構大きくて、やっぱりそれがいろいろな弊害ということに結び付いているのかもしれない。ですから、分業することによって効率性を高めるというところは、もうある程度限界に来ていて、これからは分野横断的な活動が大切なのではないかと思います。
 ですから、それを大学で考えてみたとしますと、やっぱり大学の中に分野を超えた教育研究を行うような新たな組織というものが必要だと。それは、これまでも試みられてきたことなんだと思いますけれども、今まではどちらかというと分野横断的な研究領域を作るということをやってきたと思うんですが、そうではなくて、むしろ教育にフォーカスを当てた分野横断的な仕組みを作ってはどうか。ですから、それぞれの分野の研究者がそれぞれドクターに進み、深いことをやるんだけれども、やっぱり何十%かのエフォート率で分野横断的な教育に参加し、ほかの分野の方と一緒に問題を解決するとか、新しいイノベーションを生み出すとか、共同して取り組むということによっていろんな気付きを得るし、世界を理解するモデルを広げる。そのことが専門分野にとっても必ずプラスになるのではないか、そんなようなことを考えています。

【野依主査】 
 ありがとうございました。東京大学の現役の教授でいらっしゃる堀井先生から現状分析がありましたが、私ども科学技術・学術審議会でも高等教育、大学の抜本的な改革をしなければいけないという認識を持っております。
 どうぞ、野間口主査代理。

【野間口主査代理】 
 お二人の先生、大変興味あるお話を頂きまして、ありがとうございました。勉強になりました。今の野依主査の話は、本質的な深いところのお話でしたが、私は、両先生の入口のところで、表面的な質問を2点、確認させていただきたいと思います。両先生とも、「コト」という表現をお使いになりましたけれども、私は産業界にいるときも、産総研の理事長をしているときも、日本産業は、気の利いたところはもう「モノ」から脱皮しつつあるんだ、新しい競争力を付けつつあるんだという話をしていました。よく便利な表現として「コト」といいます。これは外国の人に説明するときになかなか表現しにくい。両先生も「コト」という言葉をさらっと使っておられるのが意外だったんですが、外国の学会とか、外国の研究者を呼んで講演基調されるときに、どういうふうに表現されるのか教えていただければと思います。
 産総研でも出口に近いところにいる研究者は、産業界とともにこういうことをやっているというときに、コトと言いたがるのですけれども、グローバルに通用しない表現で満足していると進歩しないよといつも言っております。是非どういう表現をしておられるのか教えていただきたい。これが1点。
 もう一つは、新聞等では「イノベーション(技術革新)」と書く。これは日経も読売も朝日も、みんな書いております。日経から経済教室への寄稿のお話があったときに、新聞の文章を書いたことがないので、2か月間時間をもらって文章を研究したんです。違和感を覚えたのは「イノベーション(技術革新)」と出てきているので、私が言いたいのは「脱技術革新のイノベーション」だと。しかし、これは新聞に載せられないんです。今、先生のお話にあったような「広辞苑」とかにはこういうことが書いてある。少なくとも日本人が安易にイノベーションというのを理解して、そこで納得してしまって、本当のイノベーションを生み出せない遠因になっているのではないかと私は思います。
 イノベーションと名乗る学会、イノベーションに関わる学会、アカデミアの皆さん、文部科学省も含めてですが、これを是正する責任があるんじゃないかなと。そういう論陣を大いに張っていただきたいなと。よろしくお願いします。

【野依主査】 
 中国ではイノベーションのことを創新と言っていますね。両先生、いかがでしょうか。

【紺野教授】 
 難しい質問ですけれども、まず「モノ」と「コト」なんですけれども、単純に「モノ」はthings、「コト」はeventsで通じていると考えています。もうちょっと言うと、「モノ」はmaterialisticな世界で、「コト」はexperiential、経験的な世界がある。もう一つ、「コト」に近い言葉としてはrelationships、関係性。つまり、「モノ」の存在がどうかではなくて、「モノ」と周囲との関係性の方が問題であるということで、このぐらい話せば、大体、「うん、分かった」というふうになります。もっと難しい人は、ホワイトヘッドみたいな話をすると質問が出なくなりますんで、things to eventsということで説明しています。
 それから、イノベーションについても、さっきの「広辞苑」はもともとシュンペーターから取ったのを訳しているんだと思いますけど、おっしゃるようにシュンペーター自体も別に科学技術とは言っていないわけです。新しい何らかの組合せというか、新結合と言っているわけですが、同じように今もイノベーションというときには新しい視点とか、新しいやり方、新しい組合せの観点、そういったレベルで、比較的気軽にというと語弊がありますけれども、随分敷居が低くイノベーションという言葉を使うようになっていると思います。
 というのは、20世紀的にイノベーションというのは、大掛かりなイノベーションというのは認められていたんですが、今、人々は新しい出会いですとか、新しい結合することで小さなイノベーションがだんだん広がっていく、そういったストーリーが多いと思うんです。そういう意味では、すごく敷居が低くなっていると思うんです。
 あと、日本の企業にとって大事なのは、自分がどうイノベーションするかということも確かに大事なんですけども、どのような破壊的イノベーションがこれから起きるかの方が実は大きくて、今のイノベーションの定義で最も脅威を与えられるのが重厚長大な企業なんです。つまり、遅くて、重くて、いろいろな無駄がある。こういうものがイノベーションのターゲットになっています。破壊的イノベーションです。
 そういう意味では、日本の企業は破壊的イノベーションの餌食になりやすいところだと思いますので、イノベーションについて意識を変えるというのは不可欠ではないかということで、攻撃と防御、両方あるんじゃないかと思います。

【堀井教授】 
 「モノ」と「コト」ということなんですけれども、言葉については紺野先生に御説明いただいたとおりだと思いますが、「モノ」から「コト」へというのは、私はちょっと無理があるかなと。むしろ、うまく「コト」と「モノ」を組み合わせるということですよね。新しい「コト」が生まれるような「モノ」というのが、これから大切なのかなと。
 ある学生が私のところでストックホルムの渋滞緩和税の研究というのをやったんです。それはIBMがかなり大きな仕事を取った有名なものなんですけど、ストックホルムの市内に走ってくる車のナンバープレートを動画で撮って、リアルタイムで1日90万台分のナンバープレートを読み取って、リアルタイムで課金するというすごいシステムなんです。IBMが納入したのはビデオカメラだの、ソフトだのだけではなくて、パッケージなんですね。コールセンターを作るとか、住民投票でずっと継続するかどうかを決めるときの住民投票システムまで納入したと。
 ですから、単品、部品ということではなくて、やっぱりトータルで、パッケージにして高い価値のものを売っていくということが私は大切なのかなと思います。
 それから、イノベーション、大学としてできることは是非やっていたいと思いますし、イノベーションという言葉にかなり定着した概念もありますので、i.schoolでは人間中心イノベーションと。これは、世界でもヒューマンセンタードイノベーションということで通用している言葉ですので、人間中心イノベーションという言葉を使うことによって、技術革新ではなく、ちゃんと生み出せるんだということを主張していきたいなと考えています。ありがとうございます。

【野間口主査代理】 
 是非よろしくお願いいたします。

【野依主査】 
 では、柘植委員、どうぞ。

【柘植委員】 
 2点ありまして、今の話題が1点です。やはり野間口さんがおっしゃったように、堀井先生のパワーポイントの1枚目、労働生産性の話で、サービス業が寝ていて、製造業が上がっているという話は、むしろ、製造業が、その言葉を使えばモノづくりとコトづくりを合わせちゃっているのではないかと。もっと一般的に言えば高付加価値創造型の製造業になったのではないか。実態は、製造業が、実はサービス業の事業を取り込んでいる。サービス業は、逆にサービス業にこだわってしまって、高付加価値のサービス、言うならばモノづくりまで入っていってないんじゃないか。製造業がなぜこう上がっていったんだという中身の分析をこのパワーポイントはもうちょっとして、高付加価値製造業から学んでどうやって人を育てるかという話がもうちょっと欲しいなと思いました。
 あと、お二方の話は、私が産業出で、工学をもって社会に貢献してきたという経験からしますと、本当にお二方の方向が教育においてもあるべき姿だと私は確信しまして、そういう面でちょっとコメントしたいんですけども、紺野先生のお話なんかは、私は非常に注目しているのは例えばTechShopのワークショップに、つまり、これはお遊びじゃなくて、生きたイノベーションへの挑戦の場に大学院生、学部も含めて参加していると。生きたイノベーションの場に投入しているというのが非常に大事で、それを日本に定着させたときに日本で欠けているのは何かという話に今後深めたいなと。
 同じように堀井先生の話も、私は、東大もここまでやってくれているんだと非常にうれしい、応援団です。特に29ページの最後の科学技術イノベーション人材の育成で、この方向は間違ってないと思うし、既にこういうことを始められているんですが、このイノベーション教育はアンダーグラデュエート、学部教育、修士教育、博士だと教育と研究になってくると思うんですけれども、それぞれで多分やり方が違っていると思うんです。
 学部とか修士の中で単位とか学位と離れた活動をされているのは、多分、学部、修士教育では必要だと私は思うんですけども、やっぱり博士課程の教育研究の中で、先ほどのアメリカと比較したとき、自らの研究領域1なら1が社会との関わりがどうなっているのか。その先にはイノベーションが当然狙われているわけですので、言うならば本業の研究領域1とか2の中で、このイノベーション教育というのが自然になされると。オフ・リサーチじゃなくてオン・ザ・リサーチで、その話がアメリカの教育と研究の中には組み込まれているというのが私がMITとか付き合った結果。
 そういう視点で、29ページをもうちょっと教育段階ごとにしたい。これは、野依委員長がまとめていただいた建議にも、教育と研究とイノベーションを一体的に進めようという記述があり、これつながっていくと思います。そのあたり、お二方から何かコメントを頂けたらと思うんですけれども。

【紺野教授】 
 私ども、TechShopに参加する人の生き方という問題だと思うんですけども、目的ワークのような考え方が大事だと思うのはまさにそこでありまして、結局、エンジニアにせよ、ナレッジワーカーにせよ、自分で生産手段を持っている労働者にとっては、自分が何のためにやるかというのを自己選択的に決めたときに生産性が一段高くなる。言われたことをやっていたら、恐らく3割ぐらいしかパフォーマンスが出ないのに対して、ある納得した目的のためには7割以上生産性が高まる。これは非常に大事で、結局、納得するということは何かというと自分にとっての生き方であります。
 ところが問題は、一人一人が全く別々の思いを持っていますから、更に好きなことをやりなさいといったら、会社はばらばらになってしまいます。そこでより大きな共通善ということをベースにしながら、内部を調整していくような、いわば昔で言うミドルマネジャーのような役割のプロジェクトマネジャーとか、そういう方たちが目的群をオーケストレーションする、これがすごく大事でありまして、生き方にしていくためには、そういった調整のもとで、一人一人が自分の小さなコーナーはより大きな目的の、ここにつながっているんだねと、そういうことを納得していく。
 昔、日本の組織は、一つの大きな船でそれが暗黙になされていたわけですけれども、先ほどのMITや何かの場合はより大きなヘルスケアですとか、未来といったような大きな目的を掲げることで、人がそこに集まると。そうすると、そこを調整するという役割が出てきて、そこはかつてのアポロ計画の方に学びながらプロジェクトを作っていこうと。そんなことがある種、エンジニアリングの一部として行われる、あるいはプロジェクトマネジメントの一部として行われるということは必要だということです。
 TechShopの場合も同じように、あそこから様々なプロジェクトが生まれるわけですけども、ただトライ・アンド・エラーやれるばかりじゃない、起点の多くは「社会のためにこんなことが必要だ」と、しばしば非常に青臭いところから始まった小さなプロトタイプが人々の共感を得る。共感を得るということはコトが起こるわけでして、コトがはっきり見えてくると、モノの技術とお金が集まってくる。すると、そこに新しい経済の仕組みが生まれてきて、経済自体も変わってくる。
 余談的ですけど、日本の企業は今、良いモノを作って売るということで、この交換でしかお金を得るすべを持っていないように思います。むしろ、モノとか技術が社会的な関係性の中にどのようにベストに生きるのかというビジネスモデル、関係性を作るところから始まると。最初はTechShopなる場所から始まったりすることがあるというふうに考えております。

【野依主査】 
 今おっしゃった、お金が流れるということは大変大事です。

【紺野教授】 
 とても大事です。

【野依主査】 
 科学技術関係にしましても、日本は公的な資金が19%、それから民間が81%ぐらいで、それぞれが縦割りになっている。ここがうまく混合することで、イノベーションに反映すると思っていますが、アメリカの場合にはいわゆるベンチャービジネス、それを通して、ノンプロフィットとプロフィットのお金が混じっているんでしょうか。

【紺野教授】 
 ノンプロフィットだけではなく、企業でこれまでCSRという品目で作られたお金がイノベーションに流れてくると思います。例えば先ほどTechShopで出てきた事例で、赤ちゃんのための簡易保育器というプロジェクトがありました。これは、もともとはd.schoolの学生が作ったんですけど、年間2,000万人ぐらいの子供たちが世界で未熟児で、低体温児のような形で生まれてきて、400万人ぐらい死ぬんです。特に新興諸国ではそうやって死んでしまう。これを何とか救いたい。ところが、それぞれの地域には立派な保育器があるんですが、問題はオペレーターがいないんです。技術者がいない。
 ということで、彼らは、リュックサックみたいな形で簡単に赤ちゃんをキープして、背中にロウの板をパソコンみたいに温めて入れることで、子供を2、3時間温めることができるというのを作ったんです。これが、いろんなところから関心を集めました。つまり、コトが起きました。いいコトだろうと。その最初のプロトタイプを作ったのはTechShopなんです。この場合は3次元プリンタじゃなく、ミシンか何かを借りて作ったんでしょう。そして、それをベンチャーに持っていくと、是非やりたいと。
 ところが、彼らはそれで起業しなかったんです。つまり、普通の会社は違うと。我々はメーカーになってしまうと駄目だ。我々の目的は2,000万人の赤ちゃんを守ることだということで、メーカーにはならない、つまり価格競争には入らない。製造業なんだけど、ドネーションでやる製造業になったんです。最初、「そんなことができるか」と言っていたんですが、最初にお金を出してくれたのはGEヘルスケアでした。つまり、保育器を作っているメーカーです。保育器を作っているメーカーは実は同じことを悩んでいて、保育器がへき地にあっても、エンジニアがいない。なぜかというと、赤ちゃんがそこにやってこない。でも、この小さな保育器を使うことで、少なくとも子供たちを連れてこられるようになると、そこに患者のマーケットができます。すると、そこにエンジニアが来てもペイするわけです。そうすると、GEにとっても市場が広がることになるので、Win-Winの関係になるわけで、そういう意味で小さなものがコトを起こして、そこにより大きな技術が流れ込んできてお金が動くということで、ビジネスモデルができ上がってくる。そういうプロセスがとても大事だと思います。

【野依主査】 
 ありがとうございました。
 それでは、堀井教授。

【堀井教授】 
 まず最初に労働生産性の話ですけれども、私もすごく興味があって、余裕があれば是非調べてみたいなと思っています。あの結果というのは、いわゆる国民経済計算の結果ですから、もともとは一社一社から上がってくるデータに基づいて計算されているものだと思うんです。ですから、あのデータは総務省の統計局にあるんだと思うんですけど、それにアクセスできれば是非やってみたいと思います。ですから、サービス業でも結構生産性の高いところは当然あると思うので、そういうところがどうやって生産性を高めているのかみたいなことを調べることは、すごく意味のあることじゃないかなと思いました。

【野間口主査代理】 
 正規と非正規が入っているか、入っていないかで大分違う。

【堀井教授】 
 もちろんそうですね。

【野依主査】 
 濵口委員、どうぞ。

【濵口委員】 
 済みません。ちょっと漠然とした質問をさせていただきたいんですけど、人間中心のイノベーションという価値観がお示しされておられます。私ども実感でいきますと、医学的に言うと廃用性萎縮というのがあります。骨折をしてギブスを巻いておくと筋肉がどんどん衰える、使わなくなると衰える。今その廃用性萎縮が日本の社会に至るところに起きているような気がしてならないんです。例えばカーナビがそうなんですが、地図を覚えなくなっています。方向も分からなくなっている。我々、地図で考えていたからオリエンテーション、自分の頭の中で組み立てていたんですけど、頭の中の思考経路をどんどん外注するような状態になっていますよね。その人間中心というのがちょっとリスクを抱えているのは、どんどん純粋培養状態にするようなシステムを作っていく形になると、逆に先ほど先生が言っておられたモチベーションのない若人ができる。だから、モチベーションを付けて人間の機能を上げるような人間中心の科学技術の発展系はあり得るのかどうかというのをちょっと質問させていただければ。非常に漠然としておりますけれども。

【紺野教授】 
 難しい質問ですけれども、ヒューマンセントリックデザイン、あるいはヒューマンセンタードデザインと、かつてのエルゴノミクスとか、あとユーザーエクスペリエンスデザインとか、あとユニバーサルデザイン、いろんなデザインの言葉があるんですが、今先生がおっしゃったのは多分ユニバーサルデザインというときにどういうコンセプトで行くかということです。例えば神社の鳥居があります。必ず日本の鳥居は少し高い敷居があって、あれを越えないと中に入れない。結界が作ってあります。しかし、車椅子の人がいるので、あれをなくしてしまうと神社の結界は失われる。結界なんかどうでもいいじゃないかと思えばいいんですが。ところが、かつてのエルゴノミクス的に人間が一番楽なというデザインで考えれば、敷居をなくしていたんですが、ヒューマンセントラルデザインは多分そこはなくしません。なぜかというと、神社の結界を越えるということの意味というのがやっぱりあるんです。
 ですから、身体的に楽だからといって結界をなくすとはしない。とすると、本当に人間全体にとっていいのかということを考えるというのが、今のセントラルデザインに近いと思います。
 例えば育児は、お母さんと赤ちゃんのインタラクションが必要なわけです。ところが、インタラクションが大事なんだけれども、iPadか何かを使った方が便利だからといって、そこにiPadを使ってしまう。これはひょっとしたら考えそうなことで、事実、幼児向けにiPad商品はたくさん出てきているんです。ところが、それによってお母さんとの接触が失われてしまいますから、先生おっしゃったような結果がいずれ出てきてしまう。それはヒューマンセンターデザインとは言わないと思います。
 ですから、そういう意味では、ヒューマンセントラルデザインの中にはある種の哲学が含まれるというふうに理解しています。
 これは堀井先生。

【堀井教授】 
 i.schoolのアウトプットということで、2009年に開いた社会的企業、ソーシャルエンタープライズを作るというワークショップをやったときに、一つのチームが子供にどうやってモチベーションを与えるか、そういうビジネスを考えようと言ってくれて、自分たちでどうしてもやりたいといってNPO法人を作って、今も活発に活動しておられます。大人が自分で得た、人生の中でモチベーションを得た体験みたいなものを子供に与えるためにどういうワークショップを設計したらいいのか、そういうことを考える人たちなんです。そういう例にもあるように、i.schoolでは比較的社会的なテーマを選んで、より良い社会にするためにどういうイノベーションをしたらいいか、こういうテーマをできるだけ選ぶようにしています。
 それは、i.schoolの教育を通じて、そういう志を持った学生を増やしたいと思っていますし、それから出てくるアウトプットも、そういう思考性を持ったものになる、そんな方向性を目指しています。

【野依主査】 
 今、濵口委員がおっしゃったことは、教育において重要な能力の多様性に通じるように感じます。我々は、もともとあらゆる能力をもつわけではなく、力が不十分であれば助けてもらわなければいけない。しかし、これとは別に初めから必要な能力をもっていない社会人をつくっていっていいのかということです。
 ですから、そこは教育システムに、社会総がかりで積極的に参加して、しかるべきいい人間社会をつくっていくことが大事だと私は思っております。
 では、黒田委員、どうぞ。

【黒田委員】 
 今のお話と極めて関連が深いと思いますけど、よくイノベーション人材と言われ方をするんですが、一体、イノベーション人材とはどういう人材を求めているのかということを考えると、片方で非常に多様化した価値観を生かせるような人材でなきゃいけない、自己主張も強くなきゃいけない。片方で、それを生かすような社会も作らなきゃいけない。そういう形の教育というのを大学なり、教育機関としてトップダウン的にできるものなのかどうなのかというのが非常に思うところなんです。
 日本は、ややもすればトップダウン的に教育をやってきたし、極めてホモジニアスな教育パターンを取ってきたので、それをまた繰り返してもイノベーションの人材は作れないんじゃないかなという気がするんですが、その辺はいかがでしょうか。

【紺野教授】 
 それは私の領域ではなくて、堀井先生になると思うんですけれども、イノベーション人材につきまして、実は堀井先生とある研究会で御一緒したときにやはり問題になりまして、一つだけ面白かったのは、企業のトップが考えているイノベーション人材のイメージと社会が考えているイノベーション人材のイメージが若干違います。企業の側はどうしても、あいつはイノベーションを起こしてくれそうだという、かわいいやつを見付ける。ところが、なかなかイノベーションは起きないんです。
 ところが、現実のイノベーションは、むしろ利他主義的な、人のために何かやってやろうという、どちらかというと目立たない人がいて、そこからイノベーションが起きるということになります。ところが、そういう人たちが必ずしも社内でそういったパワーを発揮できるとは限らないので、結論としては、イノベーション人材を考えるときには、社内にどのようなイノベーションのエコシステムがあるかということを一緒に考えていかないと、イノベーションは起きない。
 つまり、君はイノベーション人材だからといって、粒々でイノベーション人材を育成してもどうも駄目である。エコシステムを考えて、ある人は思い付く、ある人はマネジメントがうまい、ある人は一生懸命人のことを考える。こういった何種類かの、そんなにたくさんではないと思います。数種類のイノベーション人材をエコシステムとして配置して、作っていくということをトップがサポートするというのが今、我々が考えているイメージです。

【堀井教授】 
 i.schoolをやりながら、どうやってi.schoolでやっているようなことを社会全体に広めていったらいいのかなと。i.schoolで育てた修了生が企業に入ると、なかなかその力を発揮する機会がないということでは困るので、どうやって会社の方もそういう環境を整えていただくのか。なかなか難しい課題ではあるんですけれども、一応、i.schoolの場合にはパートナー企業ということで、入れ替わりもありますけれども、8社ぐらいに御協力いただいています。その会社の社員の方にワークショップに入っていただいて、各グループに1人、2人、社会人がいた方が社会性もあるし、入った方にとっても東大生の考え方とか新鮮であったり、あるいはi.schoolの方法を会社に持ち帰るというようなことになる。
 この間、i.schoolにそうやって社員を送り出されているところはどんなふうに活用されていますかというようなことをお聞きするような会を設けたら、結構i.schoolでやったとおりのことを、会社で自社の製品に対してやっているとか、そこはゆっくりかもしれませんけど、少し普及していくのかと思っています。
 イノベーション教育学会というのを開いて、大学中心ということを考えていたんですけど、参加いただいた方は結構企業の方も多くて、やっぱり日本企業もこういうことが大切だということに気付いているところはどんどん増えていっているんじゃないかと。ですから、そういうのをもうちょっとムーブメントとして発展させていくことが大切なのかなと考えています。

【野依主査】 
 では、國井委員、どうぞ。

【國井委員】 
 ありがとうございます。エコシステムに関して、今のお話とも関連するんですけれど、企業の中でイノベーション人材がどう活躍できるかが問題です。IT分野ですと、例えばIPAが未踏プロジェクトで非常に優秀な、イノベーティブな人材を育成したんです。ところが、かなりの人材がグーグルなど外資系企業に行ってしまう。管理主義的な日本企業のやり方自体を変えなければいけない。若手の人材を大学の中で育成していくことも重要でありますけれど、経営者とか、経営企画的な中間管理職にも問題を認識していただく必要があります。生涯教育においてもイノベーションについてもっと教える必要があります。マネジメントもスタイルを変えるべきです。従来のやり方とは違うので、そこまで含めてのエコシステムを作っていかないと回っていかないんじゃないかと思います。
 それから、製造業においてモノの中にコトを入れてというのは、これは製造業の中ではやりやすいんですけれども、日本社会が今必要としているのは、それだけでなくコトだけでの展開もあります。それこそITでお金があまりかからず、いろいろできるサービスというのもあるわけです。ベンチャー企業がそういうのをどんどんやっていければと思うんですけれど、これについては、先ほどの流れの中ではなかなか取り組めない。インベスターがやっぱりもっと変わっていかないといけないし、インベスターを育成していかないとイノベーション自体が起きていかないという状況があると思いますので、そこまで含めてのエコシステムというのをどうお考えになっていらっしゃるか、お伺いしたいと思います。

【紺野教授】 
 エコシステムといった場合には、社外も含めた市場エコシステムと呼ぶ場合と、インターナルなある種のメカニズムとしてのエコシステム、これが連動しているというイメージで、その中で社内的なエコシステムをどう作るかということなんです。もちろん日本の企業は大体主力事業というのを持っていて、それが大事ですので、そこに全ての優秀な人材が集結している形の中で、新しいことをやろうといったときに、主力事業からの人材をシフトするというのがなかなかやられていない。また、主力事業の人材が新しい事業の人材としてふさわしいかというと、ほとんどふさわしくないということです。
 ですから、新しいことをやるには、やはり新しい人たちを社内から、あるいは場合によっては社外から集めてきて、そういった任に就かせる。そして、既存の主力事業の人たちが新しい事業に対して足を引っ張らないようにする。これは、はっきり分けないと多分できないと思います。これは、かなり強引に分けないと無理だと思いますので、エコシステムといったときには、それでも一つの組織ですから、どうやってその新しい動きがきちんと回っていくかということに腐心するということで、サポートするとか、変革を促進するとか、幾つかの役割がミドルマネジャーレベルでは必要になります。ですから、トップとミドルマネジャーのチームがすごく大事ということになります。
 もう一つ、先ほどのコトだけでということで、確かにモノを作るだけではなくて、既存にあるサービス業、例えばタクシーでも不動産でも、既存にあるサービス業に新しい視点でビジネスモデルを入れ込んで新しいビジネスにする。これは大いにある可能性で、僕らは、それをビジネスモデル教育という形でやっています。今、世界じゅうで広がっているビジネスモデルのキャンバスがあるんですけれども、これを使って企業向けにビジネスモデル教育を施すということで、例えばサービス業をベースにしたイノベーションということも十分あると考えています。
 お答えしていますでしょうか。

【國井委員】 
 ただ、大企業の中間管理職、トップを変革するというのはなかなか難しい。

【紺野教授】 
 難しいですね。

【國井委員】 
 大学も縦割りの学部組織を変えていくというのは非常に難しい。部分的にプロジェクトレベルではできるかもしれないけれど、今の大きな需要に対する対応としては極めて難しいだろうなと思うんです。
 そういう中では、先ほどの話のように、オーリンカレッジができたという話もあるので、要するに新しいニーズに沿った新しい大学を作っていった方が、既存のところを変革するよりも早いかもしれないというふうに思うんです。

【紺野教授】 
 そうですね。ですから、外部にそういった人材をサポートするEMSのような、アウトソーシングする仕組みがエコシステムの中に含まれているわけですけれども、モノを作るEMSだけじゃなくて、知のEMSみたいな、かなりイノベーションとか研究開発に直結した外部のそういった場を作るというのも、もちろん必要な要素だと思うんです。その一つのやり方として大学を作るというのも当然あると思います。

【堀井教授】 
 大学をどう変えていくのかというのはすごく難しいことで、そんな簡単に答えられないんですけど、シンガポールに行く機会があったので、シンガポール・ユニバーシティ・オブ・テクノロジー・アンド・デザインという新しく作った大学を見てきたんです。そこは何千万もする3Dプリンタがごろごろしている。MITの教育方法を導入して、すごいお金をかけてやっている。
 シンガポールの教育省の人に話を聞いたら、シンガポールユニバーシティはなかなか変わらない。だから、新しいのを作った方がいいんだといって、作ったというんです。そういうことがそんな簡単にできるのか。日本では余りに難しい話なので、やっぱり日本の大学の仕組みの中で、どうやってそういうものを実現していくのかと考えるしかないかなと私は思っています。i.schoolなんかは、その試みですけれども、そういう新しい動きを引き上げていくような政策ということを是非お願いしたいと思います。

【野依主査】 
 私は、今の既成の大学は規制緩和してどんどん国立大学と私学、その他いろいろな連携を模索することから始めなければいけないと思っています。
 大垣委員、どうぞ。

【大垣委員】  
 先にイノベーションの訳語の話が出ましたので、たまたま丸谷才一という小説家が前に「新考案」、新しい考案という形で訳しておられました。科学技術革新じゃなくて、広い考えでいいなと思ったんですが、余り普及しなかったようです。
 ちょっと質問の方に移りますと、紺野先生に伺いたいんですが、先ほどの野依主査からの質問のお答えに、人材育成に関して、能力と投資回収率分布のハイリスクハイリターン人材の3シグマ部分と埋もれた人材のマイナス3シグマ部分を救うというような概念のお答えがあったんですが、そうなると文科省がやるべき政策は何かと考えると、先生が言われる、社会、ビジネス、技術が交わる場に国の政策をやるべきで、その場の後のことは企業や事業主体の官庁や地方自治体に任せればいいというふうに理解できるんです。そうすると文科省の役割は、堀井さんのやられるような大学の教育と、それから今のような場への支援なり予算投下ということになるのかなと。ちょっと単純化して整理するとそうなるんですが、いかがでしょうか。

【紺野教授】 
 場はもちろん大事です。もちろん場といってもいろんなレベルの場があると思うんですけれども、先ほどの堀井先生のイノベーション教育、横串とありましたけれども、そういった場を作っても、ただ空間を作るだけでは駄目です。背後に、そういったようなソフトとか、システムみたいなものは考えなきゃいけない。そういう意味でイノベーション教育というか、エコシステムはあると思いますけれども、一体となったもの、そのプロセスをきちんと作ることが大事だと思います。
 特にフューチャーセンターのようなものも、そこでやるイベントではセッションが大事なんじゃなくて、前後のプロセスを経て、最終的に本体の組織を変えていくというところが大目的なんです。ですから、本体はそのまま放っておいて、いずれ死ぬからというふうに考えているわけではなくて、そういうフューチャーセンターみたいなことで、どちらかというと血の入れ替えをしていくような、そういうことを考えて各フューチャーセンターはやっているようです。

【野依主査】 
 予定していた時間が迫っておりますけれども、ご発言ない方。
 では、平野委員、どうぞ。

【平野委員】 
 時間がありませんので、簡単に私の思いをお話ししたいと思います。
 きょうはどうもありがとうございました。大変勉強になりました。組織を新しく作るというのは、確かにいい方向だと思うんですが、非常に難しい中で学内で努力されているということ、大変すばらしいと思います。グッドプラクティスになるかどうかは別にして、あちこちの大学で今そういう芽が出てきているんですが、是非、イノベーション教育学会で横の連携を取りながら内部から動かしていただきたい。
 もう一つ、今度は、ここの審議会のもとで動いている中として、いつもよく言われることで、この間も評価部会の中の議論、それから、研究費部会の中の議論も同じように、言われるお話の中にありましたちゃぶ台を倒す、にも関係するそういう革新的な芽をうまく研究費のプロジェクトの中で引っ張り出していけるか、また、それを評価するときに、きちっとゴールの結果の評価ばかりでなくて、同時にもっと重要なのはインパクトを含めた成果、影響力をどう見ていくのか、を重視しなければいけないと思います。このあたり、この審議会の中で議論されてきたように重要な問題として捉えないと、本当の意味のイノベーションも社内で起こらないと同じように、研究者仲間からも起こりにくくなるんじゃないかと、思っております。
 きょうはどうもありがとうございます。

【野依主査】 
 時間がございませんけれども、どうしてもという方。
 濵口委員、短くお願いします。

【濵口委員】 
 済みません、また漠然とした質問ですけど。私は、ルネッサンスと戦後の日本を見ていると、共通点はルネッサンスの場合はキリスト教社会からの解放、戦後日本は敗戦による価値観のシフトと、それから民主主義社会への移行の中で解放が起こって、その中で野依先生のようなイノベーティブな人材がたくさん出てきたんだと思うんです。今、それがないんですよ。堀井先生、価値基準をシフトさせるとおっしゃっている。これはすごく大事な要素かなと思うんですけど、今のこの平穏無事な社会の中でどうやってシフトを起こさせるか、もう少しアイデアをお聞きできないかなと。

【堀井教授】 
 済みません、宿題とさせてください。

【野依主査】 
 ありがとうございました。
 紺野教授、堀井教授から大変貴重な御示唆を頂きました。次回も引き続き科学技術イノベーションの創出に関する議論を進めてまいりたいと思います。
 それでは、続きまして議題3「最近の科学技術政策動向について」となります。事務局から資料の説明をお願いします。

【阿蘇計画官】 
 資料3-1から3-3ですが、「科学技術イノベーション総合戦略」が6月7日に閣議決定されておりますので、御報告いたします。
 以上です。

【野依主査】 
 ありがとうございました。
 続きまして、議題4「その他」となります。今後の委員会の日程等について、事務局から説明をお願いします。

【阿南専門職】 
 次回につきましては、改めて日程調整を行わせていただきたいと思います。また、本日の議事録は後ほど事務局より委員の皆様にメールで送らせていただきます。委員の皆様に御確認いただきました上で文科省のホームページに掲載させていただきますので、よろしくお願い申し上げます。

【野依主査】 
 ありがとうございました。
 以上で科学技術・学術審議会第7期第2回基本計画推進委員会を終了します。

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科学技術・学術政策局企画評価課

(科学技術・学術政策局企画評価課)