第2章 研究開発計画及びその推進方策

 総合科学技術会議によるナノテクノロジー・材料分野の推進戦略においては、ナノエレクトロニクス領域、材料領域、ナノバイオテクノロジー・生体材料領域、ナノテクノロジー・材料分野推進基盤領域、ナノサイエンス・物質科学領域の5つの領域が設定され、計29の重要な研究開発課題が挙げられている。これらの領域は、文部科学省科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会ナノテクノロジー・材料委員会が平成17年1月にとりまとめた報告書において設定した重点領域と、基本的に枠組みを一にするものである。
 ナノテクノロジー・材料分野における重点領域の設定に際しては、幅広い応用可能性を有した分野において、ナノテクノロジー・材料分野の研究成果を用いて、新しい材料・デバイスが産み出されるとともに、それらの実現のためには微細領域での観測・評価・造形といった基盤技術が不可欠という視点が必要である。
 以下、こうした視点に立って、重点領域ごとに推進すべき研究課題を挙げる。

1.ナノエレクトロニクス領域

(1)高度次世代エレクトロニクス

 情報化社会の継続的な高度化を支えるには、超高速プロセッサや超大容量メモリ、高度光信号処理などの、従来のエレクトロニクスを飛躍的に高度化する多様な電子・光制御技術及びデバイスの開発がますます重要となる。また、これらの電子・光制御デバイスの高効率動作を含む大幅な性能向上には、ナノスケールの構造・界面の機能解明と制御技術の構築とともに、システム階層構成を踏まえた機能創出を行い、実用化への道筋を示すことが重要である。
 当該重点領域の課題として、ナノスケール構造制御や量子ドットなどの高度量子効果制御および高度光制御を行う、超高速・超集積の電子・光デバイス、テラビット記録デバイス、高効率パワーデバイスなどとその創製技術及び更なる微細化技術の研究開発を推進することが必要である。

(2)分子・バイオ・スピンエレクトロニクス

 ムーアの法則の限界が指摘されるとともに、情報技術の新たな領域への展開が期待されており、有機・ナノチューブ・ナノ粒子などの分子材料及び多様な機能を有する新材料・新構造、また、電子のスピンや強相関などの特性、分子の自己組織化特性や生体の仕組みなど、従来のシリコンエレクトロニクスが利用していない機能・特性を積極的に用いた新機能・高特性デバイスに向けたシーズ技術創出と基盤技術構築がますます重要となっている。
 当該重点領域の課題として、既存のシリコンエレクトロニクスの延長では対応できない機能・特性の発現に向けて、分子基盤デバイス、スピン高度応用デバイス、高度化センシングデバイス、バイオコンピュータデバイスなどのデバイスと、その創製に向けた自己組織化や高度構造制御技術の研究開発を推進することが必要である。

(3)量子による情報通信原理

 量子物理と情報技術との融合に関しては、量子暗号等の基礎理論がセキュリティなどの応用研究に大きなインパクトを与え、また量子の特徴に基づく情報処理・通信技術の発達は生命科学等の基礎研究も急速に進歩させることが期待されており、サイエンス分野での新理論、新現象の発見と情報技術の間のダイナミズムにおける独創的研究がますます重要となっている。現在の情報技術の延長では達成困難な機能・特性の実現に向けた量子による情報通信原理の構築と制御技術創出により、実用化への道筋を示すことが重要である。
 当該重点領域の課題として、単一量子の操作に関わる基礎技術の高度化と、多量子操作技術に向けたシーズ技術創出、及び量子の振舞いの理解・解明、量子計算・量子メモリ・量子中継などの研究開発を推進することが必要である。

2.ナノバイオテクノロジー領域

(1)生物学的な機能・構造を活用したナノバイオテクノロジー

 ライフサイエンス分野との融合では、これまでにオーダーメードの診断・治療を実現するDDS(ドラッグ・デリバリー・システム)、バイオチップ、ナノ医療デバイスなどの取組が進展している。
 その一層の発展のためには、生物の機能・構造やメカニズムを利用・制御する技術により、高度なデバイス、センサー、機能材料などを創製することや、局所セルセラピー(Cell Therapy)などのナノテクノロジーを活用した医療プロセス革新と高度診断治療の実現に向けた基盤技術を創製することが重要である。
 当該重点領域の課題として、セルセラピー、バイオナノマテリアル、バイオインスパイアードナノデバイス・システムなどの研究開発を推進することが必要である。
 そこで、イメージング技術を利用したキャリア・薬物複合体のリアルタイム観察システムの構築や、高薬効・低副作用DDS技術の開発により、がん、循環器疾患、糖尿病、認知症等への有効性を示す。また、人工腎臓、人工心臓、人工骨、人工歯根などの生体医療材料・デバイス・インプラント開発のための生体親和性、融合性ならびに安定性の高い材料・合金設計・デバイス設計・形態制御技術、表面処理技術を開発する。さらに、電子デバイス・MEMS(Micro-Electro Mechanical System)デバイスやバイオセンサー等、ナノ技術を駆使して生体構造・組織への適合性を高めた医療機器の開発を進める。

(2)生命機能の解明に資する分析技術

 様々な生物現象をナノスケールレベルで観察し、分析する技術を構築することで、ナノスケールの生体分子であるDNA、タンパク質などの生物学的な構造、機能、動作原理を把握・理解する研究を進め、生命のシステム・機能の理解を可能とすることが重要である。
 当該重点領域の課題として、個別細胞イメージング、細胞マニュファクチャリングなどの研究開発を推進することが必要である。
 そこで、タンパク質などの生体分子の構造を静的・動的に観察するためのテラヘルツ光からX線および電子線などの各種イメージング技術を整え、生体膜や細胞内器官が機能する仕組みの解明を進めるとともに、生きた細胞内部の中の一機能分子の動きを追跡する技術を開発し、機能との関係をデータベース化する。

3.材料領域

(1)環境・エネルギー問題の解決に貢献する新材料・新技術

 環境と調和する持続可能な社会の実現、より一層のエネルギー利用の高効率化やエネルギー問題の克服のために、機能特性の飛躍的向上、さらには全く新しい機能を実現する物質・材料の創製がますます重要となっている。また、資源の枯渇に対応して、希少元素の代替となり得る材料技術の開発は、環境問題の解決にもつながる重要性を有している。原子・分子スケールを基盤としたナノ構造・界面構造や、ミクロ-マクロ構造による特性発現を理解・制御し、実用材料・構造を創成する基盤技術を確立することが重要である。
 当該重点領域の課題として、燃料電池用ナノ構造制御材料、ナノ環境機能触媒、超電導材料、熱電材料、エネルギー変換材料、耐熱材料、水素用材料、輸送機器のための軽量高強度な組織制御構造体、希少元素・有害物質の代替・戦略的利用技術などの研究開発を推進することが必要である。

(2)次世代を担う革新的材料創製技術

 ナノスケールで構造制御し、電気的性能、光学的性能、超伝導性能、磁性、機械的性能、環境耐性、加工性といった材料の諸物性を飛躍的に向上させ、また新しい機能を発現する材料を創製するための新しい基盤技術の開発、融合分野研究がますます重要となっている。ミクロあるいはマクロ領域までの最適構造化のための加工技術も重要である。
 当該重点領域の課題として、無機物、タンパク質などの有機物、様々な物質間でのナノスケールで構造制御された新物質・材料創製技術の開発、それらの創製技術を利用した新規機能材料、ナノソフトマシン、プログラム自己組織化などの研究開発を推進することが必要である。

(3)信頼性の高い材料技術

 構造体の高強度化・耐食性向上・長寿命化・低コスト化等を飛躍的に向上させることは、社会に新しい可能性を開くものであり、材料の耐久性の向上によって資源の有効利用を図り、環境・エネルギー問題の解決にも貢献するものである。
 構造体を形成する構造部材の高度化・細分化・加工プロセスの複雑化などにより、リスクが十分予測・評価できなくなる場合が予想される。様々な使用環境における材料の特性を評価・把握し、構造体の安全設計に資する材料・利用技術が重要である。
 当該重点領域の課題として、高強度鉄鋼材料・溶接部の安心使用限度向上と破壊・腐食評価、構造材料のクリープ特性データ等による時間依存型損傷評価技術などの研究開発を推進することが必要である。

4.基盤技術領域

(1)ナノ計測・分析・加工・造形技術

 新規の先端計測・分析及び造形技術は、情報通信、ライフサイエンス、環境・エネルギー分野の発展の根幹を支えており、ナノテクノロジー・材料分野の基盤技術として特に重要である。物質・材料の特性・機能の精密・正確な理解を可能とする、原子1個レベルの局所観測技術やマクロ構造に対するナノスケール以下の超精密分析技術を開発し、ナノ領域の特質の詳細な知見を解明可能とすることが重要である。
 例えば、電子顕微鏡は、ナノ材料、ナノエレクトロニクス及びナノバイオなどのナノテクノロジーの各分野で幅広い基礎科学の発展を支える基盤技術として極めて重要であり、今後も電子顕微鏡技術における我が国の優位性を踏まえ、一層の研究の推進を図る必要がある。また、量子ビームは、ナノテクノロジー・材料分野の幅広い領域において、基礎科学から産業利用などで新しい現象の発見・原理の解明およびイノベーションの創出を図るために必要不可欠な共通基盤的な技術であり、今後も重点的に研究・技術開発を推進していくことが必要である。
 当該重点領域の課題として、極微細構造・物性3次元可視化技術、ナノスケール造形技術などの研究開発を推進することが必要である。
 そこで、物性・機能の計測において、溶液中も含むあらゆる環境下で、実時間・高速計測可能とする。また、細胞表面・内部の計測・分析・操作や材料・デバイスの内部のナノ構造や組成、電磁界分布まで計測可能とする技術要素を確立する。さらに、完成度の高いフォトリソグラフィー技術を補完し、独自の発展が可能な新しい加工技術体系に見通しを立てるとともに、ナノ機能材料を用いた新しい集積化技術の要素技術になりうる技術シーズ群により、ナノエレクトロニクス分野等へ展開する。また、材料・部材・デバイス開発の高度化を図り、産業の競争力の強化に貢献するために、放射光、高強度中性子線源などの大型施設の高度利用の仕組みを構築する。

(2)ナノ材料モデリング・シミュレーション

 材料のモデリングやシミュレーション技術は、近年のスーパーコンピュータの飛躍的能力向上や量子力学計算方法の進展によって急速に適用範囲が拡大しており、また、ナノスケールで構造を制御した物質・材料の創製において物質の性質を理解し設計する上でますます重要となっている。
 当該重点領域の課題として、第一原理計算と分子動力学計算などを複合しマクロな系までをカバーするためのマルチスケールシミュレーションを研究開発することが必要である。
 そこで、サブミクロンサイズ(100nm(ナノミクロン))までのナノ構造の第一原理計算に基づくシミュレーション・マテリアルデザインを可能にするとともに、ナノ材料モデリングやシミュレーションが新機能材料の開発のツールとして一般的に利用されることとする。

(3)X線自由電子レーザー

 X線自由電子レーザーは、ナノテクノロジー・材料分野をはじめとする広範な科学技術分野において世界最高水準の研究発展基盤として、国家的な目標と戦略の下に集中的に投資すべき大規模プロジェクトであり、国主導でなければ実現できないものであることから、分野別推進戦略において国家基幹技術として位置付けられている。
 これを受け、世界最短波長のX線自由電子レーザー技術により、原子レベルの超微細構造、化学反応の超高速動態・変化等の計測・分析を実現する。

5.ナノサイエンス・物質科学領域

 ナノサイエンス・物質科学領域は、ナノテクノロジー・材料分野の中でも基礎研究の色彩が強く、この領域とより実用化に近い研究領域とが相互に補完し合うことによって、ナノテクノロジー・材料分野の幅広い発展が可能となる。
 ナノテクノロジー・材料分野を支える鍵となるナノサイエンス・物質科学の例としては、ナノ物質・ナノ構造創製科学、サブナノ物質科学、ナノ電子工学、単一量子工学、量子相関工学、超分子科学、プログラム自己組織化科学、生物物理学、分子情報生命科学、ナノバイオロジー、ナノ計測科学、計算科学がある。
 また、ナノテクノロジー・エンジニアリングにおいて、界面の存在が機能発現の起源や様々な課題につながることから、ナノサイエンスとして界面を意識し、情報デバイスや生体デバイス、エネルギー・環境デバイスの特性の大幅な向上に資する界面の機能性・制御性を解明することも重要である。

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(科学技術・学術政策局計画官付)