第1章 基本的考え方

1.ナノテクノロジー・材料分野の現状認識

 ナノテクノロジー・材料分野は、今後ますます重要となる融合分野である。
 我が国のナノテクノロジー・材料分野における研究成果を鳥瞰すると、長い歴史を有し広範囲にわたっている基礎研究において、諸外国に対して優位に立っており、新たな産業を支える研究成果も出始めている。
 一方、欧米は2000年以降、ナノテクノロジー・材料の研究開発を国家戦略として政策的に推進してきており、情報通信、環境、ライフサイエンス等の分野においてナノテクノロジーと融合した研究開発を進めている。アジア諸国も、これに追随する形で科学技術の国際競争力を確保しようとしている。

(1)基礎研究の成果

 我が国のナノテクノロジー・材料分野の基礎研究の成果としては、例えば、カーボンナノチューブ、金属内包フラーレン、ナノ粒子、自己組織化、有機EL発光材料、近接場光技術、不斉触媒合成、金属人工格子、光触媒等の発見や応用展開が挙げられる。
 これらの基礎研究の成果は産業にも利用され始めており、例えば、エレクトロニクス分野においてはフラットパネルディスプレイ(FPD)やイメージングデバイスなどに、ライフサイエンス分野においてはDDS(ドラッグ・デリバリー・システム)によるオーダーメード医療、再生医療などに、また、環境分野においては超軽量高強度材料、環境触媒、燃料電池などに利用されている。
 以上の研究成果から明らかなように、ナノテクノロジー・材料分野は、重要な基礎科学として発展をとげつつあると同時に、IT(インフォメーションテクノロジー)、ET(エンバイロンメンタルテクノロジー)、BT(バイオテクノロジー)と直接的、間接的に関わりながら、多様な分野において中心的な役割を果たしている。なお、ナノテクノロジー・材料分野を支える基盤として、ナノ構造制御・新規物質材料の創製技術、ナノ計測・分析・造形技術、ナノ材料モデリング・シミュレーションなどがあり、これら基盤技術の発展があって、ナノテクノロジー・材料分野を中心とした多様な分野の発展が維持されている。

(2)主要産業における成果

 ナノテクノロジー・材料分野は、我が国の主要輸出産業を支えている。例えば、エレクトロニクス分野では、LSI高機能化、メモリ大容量化、ディスプレイ高精細化・小型化・薄型化、通信の高速化・大容量化などのニーズを満たすため、半導体・光制御素子などのデバイスの性能向上において、ナノスケール加工・制御・計測技術、ナノスケール薄膜形成技術などの実用化が貢献している。また、環境・エネルギー分野では、例えば、自動車産業において、高性能化、安全、環境、エネルギー消費に関連するニーズを満たすため、燃料電池などのエネルギー源、エンジンなどの駆動部品、各種触媒、センサー、ボディ素材などの開発が進んでおり、ナノスケールの加工技術や構造制御技術等がこれらの開発に大きく貢献している。さらに、ライフサイエンス分野では、新薬開発、新治療方法開発、化粧品開発、医療費削減、動物実験の代替技術開発などのニーズを満たすため、ナノバイオセンサー、高機能ナノ材料などの開発が進んでいる。このように、ナノテクノロジー・材料分野は、日本の産業の基盤でありかつエンジンとなっている。

2.諸外国におけるナノテクノロジー・材料分野の研究開発の動向

 諸外国は、ナノテクノロジー・材料分野について、我が国同様にその重要性を強く認識しており、戦略的な取組がなされている。

(1)戦略的に重点領域として推進される欧米のナノテクノロジー研究

 米国は、「国家ナノテクノロジー戦略(National Nanotechnology Initiative:NNI)」(2000年1月)、「21世紀ナノテクノロジー研究開発法(21st Century Nanotechnology Research and Development Act)」(2003年12月)、「NNI戦略計画(National Nanotechnology Initiative Strategic Plan:NSET)」(2004年12月)などを策定し、ナノテクノロジーを国家戦略の中心に位置づけて研究・教育等の取組の一層の強化を図っている。
 「NNI戦略計画」では、7つのプログラム構成領域が定められている。これらのプログラム構成領域は、1ナノスケールにおける基礎的な現象とプロセス、2ナノ材料、3ナノスケールのデバイスとシステム、4機器開発、計測技術および標準化、5ナノ製造、6主要研究施設の整備、7社会的側面である。
 他方、EUは、「第6次フレームワークプログラム(6th Framework Programme:FP6)」(2002年~2006年)において、ナノテクノロジーを7分野の一つに位置づけ、ナノテクノロジーを3つの重点分野に分類し推進してきた。それらは、1長期的融合研究やナノバイオテクノロジー、ナノエレクトロニクス・フォトニクスなどのナノテクノロジー・ナノサイエンス、2知識を基にした新規の構造材料・機能材料、3ナノ製造技術である。
 これを引き継ぐ「第7次フレームワークプログラム(7th Framework Programme:FP7)」(2007年~2013年)の案によれば、「ナノサイエンス、ナノテクノロジー、材料、新製造技術」が9つの政策の一つとされ、この中で次の4つの活動が挙げられている。それらは、1.ナノサイエンス、ナノテクノロジーに関する新しい知識の創出、2.高機能材料等に関する新しい知識の創出、3.産業ニーズに呼応した新製造技術の構築、4.産業応用に向けた技術の統合である。
 このように、米国及びEUは、重点分野を選定、推進することによってナノテクノロジーの研究開発を加速している。また、これら重点分野を提示することにより、国内外の産学官研究機関とのパートナーシップの促進を図っており、今後、ナノテクノロジーの研究開発が更に加速、拡大する可能性がある。

(2)研究開発システムの構築

 上述のような重点領域を推進していくためには、研究開発を促進するためのシステムの構築も重要であり、研究戦略拠点の構築、機関を超えた支援体制の整備、研究者間ネットワークの形成などが進められている。
 研究戦略拠点の構築は、米国、欧州、中国、韓国等各国で進められている。例えば、全米科学財団(NSF)ではナノバイオ、ナノスケールの現象理解と量子制御、ナノスケールデバイスとシステム化手法、環境対策、現象の理論化およびモデル化、ナノ製造・加工プロセス、ナノテクノロジーの技術革新による社会的・教育的影響からなる7つの分野をテーマとして掲げ、2000年にナノバイオテクノロジーセンターを設立後、2005年までに計19拠点を形成している。米国NSFの施策では、上記7つのテーマから1つあるいは複数のテーマを申請者あるいは申請グループが選択すること、チーム型研究、個人研究においても同じテーマを共有していることが特徴である。これら拠点では、産学官の共同研究、学際研究の促進が図られている。また、材料分野においては、NSF Materials Research Science and Engineering Centersとして、29の拠点が設置されている。
 機関を超えた支援体制の整備に関しては、米国NSFは10年間続いた5大学からなるNational Nanofabrication User's Network(NNUN)に引き続き、2004年度から第2期に相当するNational Nanotechnology Infrastructure Network(NNIN)を13大学において展開している。NSFにおける研究支援体制ではコストシェアの概念を基本とし、学際融合の促進、技術移転の迅速化、研究人材の育成などを円滑に進めるための体制が整備されている。

(3)人材の育成

 ナノテクノロジーの人材育成策としては、学際研究、融合研究の促進をねらいとしたプログラムの実施がある。例えば、米国、英国、フランス、シンガポールなど多くの国で、大学院へのナノテクノロジー専攻の設置が進められ、若手研究者の育成が図られている。特に、米国においては、ナノテクの教官を育成するためのセンター(National Center for Learning and Teaching in Nanoscale Science and Engineering:NCLT)が設立されている。また、シンガポールは、国内人材の育成に留まらず、国外の研究人材を招致することにより、ナノサイエンス、ナノテクノロジー・エンジニアリングの強化を図っている。例えば、公的研究機関、大学などへの外国人アドバイザリーボードの設置、主任研究員の招致などを推進している。
 また、このほかに、ナノテクノロジーの産業化、事業化の促進をねらいとしたプログラムの実施がある。例えばEUは、研究者を対象にしたベンチャービジネスや産学連携に関する生涯教育の推進を図っている。また英国は、技術者の養成プログラムを実施している。
 さらに、ナノテクノロジーに対する国民の興味・関心の増進をねらいとしたプログラムの実施がある。例えば米国は、中学校、高等学校の課外活動にナノテクノロジーの教育プログラムを導入したり、専用教材を導入したりしている。ドイツは、ナノテクノロジーの研究者、教材などを乗せた専用車両を全国各地に巡回させ、市民への啓蒙を図っている。

3.基本的な考え方及び方向性

 今後、我が国としては、ナノテクノロジー・材料分野の現状として以下の認識を踏まえつつ、基礎研究の一層の推進とともに、諸外国を意識した研究開発に関する明確かつ戦略的な政策を継続的かつ強力に推進し、新たな融合領域など新しい知の創出や産業化に向けて基礎研究と実用化をつなげていくことが必要である。

  • 物質・材料のナノスケールの特質や知見を最大限に引き出し展開するため、計測、分析、造形、組織制御、シミュレーション、モデリングなどの基礎・基盤技術の推進の必要性がさらに高まっている。これらの基礎・基盤領域は、我が国の科学技術の進歩や課題解決に貢献し、国際競争力の源泉となっていることから、より一層の推進が重要である。
  • 情報通信、環境、ライフサイエンス等の分野においてナノテクノロジー・材料分野と融合した研究開発が進展している。幅広い応用可能性を有した分野への融合により革新的な研究成果を生み出す可能性が増大していることを踏まえ、融合領域における新しい学問領域の構築や、融合領域における研究開発のより一層の推進が重要である。
  • 革新的な機能を有する材料研究の展開や、ナノスケールの現象解明が、従来の原理や常識を覆して科学技術に新しい世界を切り開くと期待される。このような不連続で飛躍的な成果をもたらしうるイノベーションを誘発する可能性に挑戦することも重要である。

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