第4章 研究開発を推進するにあたっての重要事項

 本章では、第3章に述べた課題に関して研究開発を推進するにあたり、制度面・体制面において取り組むべき重要事項を述べる。

4.1 分野間の協力による新たな科学的、社会的価値の創造

 20世紀までの科学技術は専門分野を深化させてイノベーションに挑戦し、科学的価値とともに、社会的価値を生み出してきた。地球環境の分野でも、地球規模の観測能力やシミュレーション能力の向上に伴い、地球の各サブシステムにおける理解が進み、予測性能も向上した。しかし、分野を統合して知の創造や社会的価値を生み出すことには疎く、地球の各サブシステム間の相互依存性、地球規模と局所的な関連性、異なる時間スケールの相互作用など、地球および環境の統合的、包括的な見方をサポートする科学技術や、これらの自然科学的アプローチと社会科学的アプローチの融合の推進は十分ではなかった。
 これら分野を超えた協働の推進には、それをサポートする具体的な場の設定がまず必要である。具体的課題を設定して、専門的な用語や論理の展開の特殊性を超えたデータの統合、情報の融合を通して、分野間で協力して問題を解決し、その結果生まれるメリットを共有することの積み重ねによって、科学的、社会的価値の創生に結びつけるデモンストレーションプロジェクトの計画、実行が必要である。

4.2 科学技術と環境政策との交流機能の強化

 環境政策の遂行は、科学観測によるリスクの認識、プロセス研究に基づくリスクの将来予測、リスク回避のための技術的、制度的手段の適用に基盤を置いており、さらには社会・市民の行動が鍵を握っている。環境分野の科学技術は、社会の要請に応えるものであり、研究成果が政策に反映されることにより評価されるべきである。しかしながら、これまでは、政策決定における研究成果の活用が十分に行われていないのではないかという指摘がなされている。今後は、研究成果が政策に適切に反映されるよう、政策側は科学技術に何を求めているかを明確化すること(意思決定に必要な知見や政策形成に重要な研究課題の提示等)、また、研究機関側も政策の判断を助ける客観的な科学的知見や方法論を積極的に提供することが不可欠である。そのためにも、政策及び社会的ニーズを研究活動に反映させるとともに、研究者の知見や研究成果を政策に的確にフィードバックさせるための相互情報交換システムとなる場の形成と活用を進める必要がある。また、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)やミレニアム・生態系評価等の各国政府にアドバイスを提供することを目的とした国際評価活動に積極的に参加すべきである。

4.3 課題解決型研究と基礎研究の適切なバランス

 環境研究の特質は、政策支援や政策立案過程への科学的情報の提供、技術開発など課題解決型研究の比重が大きいところにある。第2期基本計画期間において、戦略的に研究課題が設定され、目的基礎研究や気候モデル開発、地球観測などの体制が整えられてきたことは、世界をリードする成果の発信とともに、地球環境問題の解決という観点で評価されるべきことである。一方、環境問題は相互に関連する極めて多くの要素で構成されるため、多様な環境現象の理解のための、観測、メカニズム解明、モデル化などの基礎研究も重視すべきである。特に、環境問題のように多くの要因が複合化することにより生じた問題を解決するためには、これまでにない新たな発想による取り組みや新たな学問分野の創出等も必要とされることから、萌芽的な研究や異分野との連携を推進させる体制の整備・充実を図ることが必要である。そのためには、大学等における研究基盤及び体制の整備・充実のほか、基盤的研究資金を適切に確保することが求められる。以上の視点から、環境問題の解決のためには、地域から地球レベルまでの課題解決型研究と基礎研究とを、バランスよく展開することが重要である。そのため、文部科学省をはじめ、我が国の環境研究推進に責任を持つ機関と研究コミュニティとの間で意見交換を行い、環境研究の進展を常にモニタリングし、評価する仕組みを確立することが必要である。

4.4 研究資金の効果的な重点化

 創造的な研究開発を展開していくためには、競争的な研究開発環境を整備する必要があり、今後とも研究者の研究費の選択の幅と自由度を拡大し、競争的な研究開発環境の形成に貢献する競争的資金のより一層の拡充が望まれている。
 戦略的な競争的資金の拡充は、科学技術基本計画によって大きく進展し、個人のアイデアに基づく大規模で組織的な研究が可能となり、我が国の科学技術面での国際的プレゼンスは非常に高まった。一方、依然として欠けているのは、長期的・持続的な研究資金である。その不備は、すでに述べた研究活動の手法的、あるいは学問分野的統合への誘導や長期観測体制の確立、国際プロジェクトの推進、さらにはデータシステムの開発・維持においても、深刻な問題となる。長期的・持続的な研究資金の整備が進まない理由の一つは、長期・持続的研究の価値の評価の難しさにある。「選択と集中」のなかでは、必ずしも時間的な『集中』が求められているわけでないことから、まず長期的・持続的取り組みを必要とする課題の重要性について広く社会に理解を求めるとともに、しっかりした評価体制の下に研究開発を着実に進め、その成果をタイムリーに社会に示すことが肝要である。

4.5 地球環境科学技術の特性を踏まえた研究成果・推進体制の評価

 公的資金が投入された研究開発活動について、第三者で構成された評価者による厳正な評価を適時実施し、その成果を判断するとともに、評価の結果を適切に研究開発資源の配分に反映することにより、研究開発活動の効率化・活性化を図り、より優れた成果を上げていくことが必要である。
 地球環境科学技術については、個々の研究活動により直接もたらされる成果よりも、個々の活動がシステムとして統合されることにより生み出される成果が重要視されることから、研究評価の基準もこれに合ったものではならない。総合的アプローチに伴う困難をどのように克服し、実在する課題の解決にどれだけ貢献したか、などの面が研究評価に反映されねばならない。また、第3期科学技術基本計画においては、科学技術の社会への還元が強調されていることを踏まえ、地球環境問題の解決に研究成果が結びつく道筋が節目ごとに明らかにされるよう評価体制のレビューとその実施が必要である。

4.6 地球環境科学技術を支える人材の育成・確保

 地球を各サブシステムの相互作用の上に成り立つ一つのシステムとして捉える見方は1980年代半ばに確立された。地球規模の観測能力やシミュレーション能力は向上してきたが、サブシステム間の相互依存性、地球規模と局所的な関連性、異なる時間スケールの相互作用など、地球および環境の統合的、包括的な見方をサポートする科学技術の発展と、それを担う人材の育成が現在特に求められている。そのためには、自然科学のみならず、人文・社会科学との連携や、マネジメント科学としての体系確立、さらには国際的取り組みの強化等が要請される。このような課題への対応能力を有する人材の育成には、多面的な環境に関する知識と問題解決能力を培う教育カリキュラム、若手研究者の活躍の場の確保など、多方面からの長期的な視野に立った取り組みが必要である。また、様々な分野間の融合が必要な今日の社会システムの設計を議論できる場を広げることも大切である。
 また、地域レベルでの環境の総合的な管理のためには、地域における環境管理の担い手の一端をになう地域住民とのリスクコミュニケーション能力も含めて、計画段階からアセスメント、環境保全、修復、管理に至るまでを実行に移すことのできる人材の確保が研究体制とともに重要な課題である。このためには、大学の教育機能も活用した短期・長期の再教育や、産業界、行政等の関連部署での仕事をしながらのトレーニングを通じて、高度なマネジメント能力と市民への説明能力を兼ね備えた環境管理の専門家を育成することが必要である。また、安全・安心な社会形成のための重要な課題として、廃棄物や環境媒体に存在する化学物質の分析、調査、モニタリング、リスク解析のできる人材、いわば化学物質専門職を、全国に配するための人材育成の必要性も高まっている。加えて、市民、消費者等への知識の普及や啓発を行うための各種団体やNPO等の人材育成も求められている。

4.7 国際的な取り組みの推進

 我が国の研究開発の国際的な取り組みのうち、全球的なレベルでは国連などの国際機関や国際的学術団体などの傘のもとで、米国をはじめとする先進国並びにアジア諸国と連携して主に研究活動が行われてきた。
 我が国は、アジア諸国との関係について、これらの国々において急速に進む環境悪化の影響を、温室効果ガス増大、汚染物質の飛来や輸入食品の品質劣化など様々な形で共有せざるを得ない状況にあることから、環境の保全、改善に関するアジア地域の協力活動において我が国がリーダーシップを発揮し、アジア諸国との共同研究を積極的に進めるとともに、我が国発の優れた環境保全技術の移転、人材の交流、能力開発への支援などの取り組みを強化すべきである。
 また、地球環境研究・技術開発関係の国際会議や、IPCCなどへの我が国の研究者のリーダー的立場での関与を強化し、人材育成など多面的な方策の構築を進めることが必要である。
 近年、地球観測の分野ではヨハネスブルクサミット(2002年)、エビアンG8サミット(2003年)や3回の地球観測サミットを通じて、我が国は全球地球観測システム(GEOSS)10年実施計画の策定に積極的に貢献してきた。また、GEOSS10年実施計画の採択はグレンイーグルスG8サミット(2005年)において評価されるとともに、同計画の実施に向けG8諸国が積極的に貢献していくことが確認されている。これらの取組において我が国が先導的な役割を担ってきた背景には、地球観測衛星委員会(CEOS)や統合地球観測戦略(IGOS)などの議長国を務め、また統合地球水循環強化観測期間(CEOP)などの全世界規模の新たな科学計画のリーダシップを担い、国際的な方向性を指導してきたことが挙げられる。それらをなしえたのは、長年に亘ってCEOS事務局を引き受け、その活性化に努め、また、CEOP計画の立案に向けた国際的な調整について努力を積み重ね、その結果国際的な信頼を築いてきたからである。このように、我が国が国際的なリーダとしてその真価を発揮するには、核となる国際的な拠点形成に努力するグループを長期に亘って支援する体制作りが必要である。

4.8 地域に根ざした環境科学技術の展開

 地域環境に関わる科学技術は、地域に根ざしてこそその成果が環境対策における有効な手段となりうる。特に、個人のエコライフと自治体・地域コミュニティにおける政策立案・決定に資する研究開発を行うことが重要であり、各地域における市民生活が直面する環境分野の課題をこれまで以上に研究対象に取り入れていくことが必要である。つまり、地域自体が研究対象として成果を描くべきキャンパスであることを強く認識し、そこで第一級の学術成果をめざすこと、特定の地域に貢献できる成果に加えて普遍性・一般性のある政策に展開できる成果をめざすことが求められる。
 地域環境研究においては、個人レベルのエコライフ研究や都市レベルのエコタウン研究が中心となるが、これらの空間を入れ子構造化することで各スケールを繋ぎ、我が国、アジア地域、さらには地球規模での持続性に貢献できる課題を視野におくべきである。地域や嗜好の多様性を念頭においた研究展開を行いつつ、加えて、一般化や統一的な指標提案のできる課題を重視することが望ましく、これにより個人レベルから地球レベルまでの環境研究の統合化が可能となる。
 地域環境研究の推進に向けては、その基盤である人材や設備等を有する大学が中核となり、各地域の研究機関、地元自治体、地元企業等との相互交流を進め、またその成果を広く地域住民に公開する等関係者が一体となった取り組みが求められ、場合によっては社会実験的な取り組みを進める必要がある。

4.9 研究成果の社会、国民への還元

 地球環境問題の解決においては、地球環境科学技術の発展を図ると同時に、社会・国民の果たす役割が大きいことからその積極的な参加を広く求めていくことが必要である。そのためには、地球環境科学技術に関する研究活動が広く社会・国民に支持されること、環境情報や研究成果が分かりやすく伝達され、理解されることが必須である。こうした観点から、各種観測データや研究成果等については、国民の生活・行動、企業活動、環境行政等に適切に反映されるよう、分かりやすい形への加工や、種々の媒体の活用など情報発信のシステムを整え社会・国民に対して積極的に還元を図るべきである。この際、双方向の情報交流を促進し、社会・国民のニーズを研究者等が共有することが重要である。

4.10 産学連携及び関係機関間の連携

 地球環境分野の研究開発は、気候、物質循環、生態系などの対象面、観測、評価・分析、理解、予測、対策・利用などの研究開発内容面、さらには成果の活用面でも多岐にわたり、その推進には、産学官の連携、府省間の連携が不可欠である。例えば、センシング・モニタリングツール、環境保全・修復技術、環境低負荷産業技術、利用技術の研究開発には、研究開発者であると同時に成果の利用者でもある農林水産などの一次産業、電子・情報・電機・バイオなどの二次産業、サービスなどの三次産業の関係者の積極的参画が不可欠である。また、気象・海象や生態系の研究開発の成果は、農林水産業をはじめとして、化学工業、薬品産業、運輸業、商業などの多様な産業に活用される必要がある。
 このような連携関係の構築のために、基礎研究を担当する文科省と、具体的政策・科学技術を担当する多くの府省とが、分担・連携し、研究開発とその成果の活用が円滑に推進されることが重要である。

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科学技術・学術政策局計画官付

(科学技術・学術政策局計画官付)