第1章 地球環境問題への対応とそのための科学技術の推進状況

1.1 地球環境問題への対応のための政策的枠組に関する国内外の動向

 地球環境問題は、人口爆発、貧困、食料需給の逼迫などの問題と直結した、人類の生存基盤を揺るがしかねない21世紀の最重要課題である。
 地球環境問題は、様々な政府間交渉等の場において、優先度の高い課題として取り上げられており、その対策のための国際的な枠組み作りへの合意形成が進みつつある。これに対応して、国内においても、地球環境問題への対策のための計画作りや施策の強化が進められている。

 まず、国際的な動向を概観すれば、気候変動の分野においては、大洪水や干ばつ、暖冬といった気候変動に関する国際的課題がますます増大するにつれ、気候変動に関する科学的情報を包括的に提供する必要性が高まり、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が1988年に設立された。1994年には、気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において、大気中の温室効果ガス濃度を安定化させることを目的とした気候変動枠組条約(UNFCCC)が発効し、1997年に開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)において、市場経済移行国を含む先進国における温室効果ガスの排出量について法的拘束力のある数値目標を盛り込んだ「京都議定書」が採択されるとともに、目標達成のための手段の一つとして京都メカニズムの導入が合意された。
 地球観測については、2002年9月、ヨハネスブルグで開催された持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)において、地球観測の差し迫った必要性が強調された。
 これを受けて、2003年6月のエビアンG8サミットにおいて、全球地球観測に関する国際協力の強化が謳われたことを契機として、3回の地球観測サミットが開催され、持続的な全球地球観測システムの構築へ向けて、各国が緊密に協力していくことが合意されるとともに、GEOSS(全球地球観測システム)10年実施計画が承認され、GEOSS構築へ向けた各国の取り組みが本格化している。
 さらに、2004年6月のシーアイランドG8サミットでは、気候変動が主な議題の一つとなり、2008年の日本開催まで継続審議されることとなっている。
 生物多様性の分野においては、地球上のあらゆる生物の多様さをそれらの生息環境とともに最大限に保全し、その持続的な利用の実現、さらに生物の持つ遺伝情報から得られる利益の公正かつ衡平な分配を目的とした生物多様性条約が1993年に発効した。我が国は、この条約に基づき、地球環境保全に関する関係閣僚会議において、1997年に「生物多様性国家戦略」を決定し、施策の実施状況について毎年点検を行うとともに、2002年3月27日には、その改定を行い、1.人間生存の基盤、2.世代を超えた安全性・効率性の基礎、3.有用性の源泉、4.豊かな文化の根源、5.予防的順応的態度(エコシステムアプローチ)の5つの理念からなる「新・生物多様性国家戦略」を決定した。
 水資源の分野においては、国際的に連携・協調することによって、砂漠化の深刻な影響を受けている国々の砂漠化を防止するとともに干ばつの影響を緩和することを目的とした砂漠化対処条約が1996年に発効した。これらの条約等の下で、2001年4月に国連環境計画(UNEP)を中心に4年間の国際共同評価のプロセスとして「ミレニアム生態系評価」が開始され、国際的な政策決定のための情報提供等が行われている。
 また、水資源の確保に関しては、2000年に採択された国連ミレニアム宣言において、2015年までに安全な飲料水が供給されない人口比率を半減することが目標として掲げられ、この目標はヨハネスブルグ・サミットの実施計画にも盛り込まれた。これを受けて、2003年3月の世界水フォーラム閣僚級会合では、世界の水問題解決に向けた各国の水行動集(Portfolio of Water Action)がとりまとめられ、国連で設定された目標の達成や問題の解決へ向けた具体的な取り組みが国際公約として発表された。
 残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants:POPs)に関するストックホルム条約(POPs条約)は、環境中での残留性が高いPCB、DDT、ダイオキシン等について、国際的に協調して廃絶、削減等を行うため、2001年5月に採択された。

 一方、国内においては、持続的発展が可能な社会の実現に向けた取組みが強化されてきており、2006年4月には、「第3次環境基本計画」が閣議決定された。本基本計画では「環境・経済・社会の統合的向上」をテーマに、2050年を見据えた長期ビジョン策定の提示、可能な限り定量的な目標・指標による進行管理及び市民、企業など各主体へのメッセージの明確化が図られている。政府としては、本計画を踏まえ、各種の環境保全施策の推進を図ることとしている。特に、地球温暖化問題については、気候変動枠組条約に係わる国際的な枠組み作りと並行して、「地球温暖化対策に関する基本方針」(1999年4月:閣議決定)、「地球温暖化対策推進大綱」(2002年3月:地球温暖化対策推進本部決定)、「京都議定書目標達成計画」(2005年4月:閣議決定)の下に、国内における地球温暖化対策の強化を図っている。
 また、2000年には「循環型経済社会形成推進基本法」が成立し、循環型社会の形成に関する基本方針や総合的・計画的な施策推進のあり方等を定めた「循環型社会形成推進基本計画」が2003年3月に閣議決定された。この基本計画では、20世紀の活動様式を非持続的と認識し、天然資源の消費抑制と環境負荷が低減された、循環を基調とした社会経済システムの実現が課題であり、先進的な研究開発の推進とその成果の活用によって、持続可能な社会を実現するとの考え方が示されている。
 さらに、廃棄物の発生抑制(リデュース:Reduce)、再使用(リユース:Reuse)、再生利用(リサイクル:Recycle)という3Rの取組を通じて循環型社会の構築を国際的に推進することが、2004年のG8サミットで合意され、2005年4月には、3Rイニシアティブ閣僚会合が東京で開催された。その結果を受けて、国内においては、3Rを通じた循環型社会の構築を国際的に推進するべく、中央環境審議会で検討が行われるなど取り組みを強化しているところである。
 動植物、微生物や有機性廃棄物からエネルギー源や製品を得るバイオマスの利活用に関しては、関係府省の協力により「バイオマス・ニッポン総合戦略」がとりまとめられ、2002年12月に閣議決定された。2003年2月には関係府省による「バイオマス・ニッポン総合戦略推進会議」、有識者等による「バイオマス・ニッポン総合戦略推進アドバイザリーグループ」が設置され、バイオマス利活用推進に向けた取り組みが進められている。また、2005年2月16日の京都議定書の発効に伴い、輸送用燃料などへのバイオマスエネルギーの導入促進が必要となっている最近の状況を踏まえ、「バイオマス・ニッポン総合戦略」の改定が2006年3月31日に閣議決定された。
 地球観測に関して我が国は、2004年に東京で開催された第2回地球観測サミットにおいて、その基本姿勢について我が国が地理的にアジアモンスーン地域、地震多発地域に位置し、これに起因する水循環変動や自然災害対策のための観測に多くの実績と経験を有していることを踏まえ、地球温暖化・炭素循環変化、気候変動・水循環変動及び災害の3分野を中心に、先端的な科学技術を駆使してより高度で有益な観測情報の取得と提供、開発途上国の能力開発に貢献していく旨を表明した。
 また、総合科学技術会議は、2004年12月に取りまとめた「地球観測の推進戦略」において、地球観測に関して先導的な立場にある我が国の役割を踏まえ、我が国の基本戦略として、「利用ニーズ主導の統合された地球観測システムの構築」、「国際的な地球観測システムの統合化における我が国の独自性の確保とリーダーシップの発揮」、「アジア・オセアニア地域との連携強化による地球観測体制の確立」の3つを示すとともに、統合された地球観測システムの構築を通じた我が国の地球観測能力の向上はGEOSS10年実施計画の実施を協力に推し進めるものであり、地球観測の先進国としての我が国の国際社会への責任を果たすものであると指摘した。
 さらに、「地球観測の推進戦略」に基づく具体的な実施方針を策定するための統合的な推進組織として、文部科学省の科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会の下に地球観測推進部会が設置され、所要の調査審議を行っている。

1.2 地球環境科学技術の方向性とこれまでの文部科学省の施策の概要

 地球環境科学技術は、真理探究型の一般的な科学と異なり、人類が直面する地球規模の課題に対し、人類の英知を結集して解決することが期待される目的指向型の科学技術であり、国が主体的に継続して推進する必要がある。
 第3期科学技術基本計画においては、「地球規模で深刻化する人口問題、環境問題、食糧問題、エネルギー問題、資源問題や、我が国で急速に進展する少子高齢化に対しても、科学技術が貢献を強める。」という基本的方向性が示されており、環境分野は特に重点的に研究開発を推進する4分野の一つに位置づけられている。
 環境分野推進戦略においては、研究開発のあり方として、

  • 環境と経済の両立-環境と経済を両立し持続可能な発展を実現
     地球温暖化・エネルギー問題の克服
     環境と調和する循環型社会の実現

という政策目標の達成のために、関係府省の連携の下に研究を推進する枠組みの必要性が述べられるとともに、国民の暮らしを守る観点から、短期的な問題解決型研究と中長期的で予見的な環境問題への対応研究にわたる広い範囲の研究を視野に入れつつ、選択と集中が必要であることが指摘されている。さらに、環境分野を俯瞰したデルファイ調査結果と第2期基本計画中の研究推進状況などを踏まえ、第3期基本計画の政策目標に対応して実現すべき個別政策目標として、

  • 「世界で地球観測に取り組み、正確な気候変動予測及び影響評価を実現する。」
  • 「健全な水循環と持続可能な水利用を実現する。」
  • 「持続可能な生態系の保全と利用を実現する。」
  • 「環境と経済の好循環に貢献する化学物質のリスク・安全管理を実現する。」
  • 「3R(発生抑制・再利用・リサイクル)や希少資源代替技術により資源の有効利用や廃棄物の削減を実現する。」
  • 「我が国発のバイオマス利活用技術により生物資源の有効利用を実現する。」

が掲げられるとともに、これに対応して、次の6つの研究領域が設定された。

  • 気候変動研究領域
  • 水・物質循環と流域圏研究領域
  • 生態系管理研究領域
  • 化学物質リスク・安全管理研究領域
  • 3R技術研究領域
  • バイオマス利活用研究領域

 文部科学省における地球環境科学技術に関する主要な施策としては、2002年度に、国家的・社会的課題に対応するために創設された、「新世紀重点研究創生プラン(RR2002)」において、「人・自然・地球共生プロジェクト」(以下「共生プロジェクト」という)を開始した。前述の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、各国の気候モデル研究グループに対し、20世紀の気候再現実験を踏まえた上で、代表的排出シナリオでの予測実験を要請していたため、我が国においてもこれに対応するため、共生プロジェクトの下で、我が国が世界に誇るスーパーコンピュータである「地球シミュレータ」等を用いて、精度の高い地球温暖化予測を目指した「日本モデル」に関する研究開発を行ってきた。これらの成果は2007年策定予定の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書にも盛り込まれることになっており、その後予定されている第5次評価報告書策定においても我が国の地球環境変動予測研究の寄与が期待されている。
 また、2003年度には、「一般・産業廃棄物・バイオマスの複合処理・再資源化プロジェクト」を開始し、都市・地域から排出される廃棄物の無害化処理と再資源化を図るための要素技術開発を進めるとともに、その実用化と普及を促進するため、影響・安全性評価や物流等の経済・社会システム設計に関する研究開発を実施しており、持続可能な社会の実現に向けた国全体の取り組みにおいて、技術的側面のみならず、経済的・政策的側面への貢献が期待されている。
 また、科学技術政策や社会的・経済的ニーズを踏まえ、基礎研究を推進する「戦略的創造研究推進事業」においては、2001年度に研究領域「水の循環系モデリングと利用システム」を発足させ、グローバルからローカルまで様々なスケールにおける水循環とそれにともなう物質循環の諸過程に関する科学技術的解明と予測を基礎として、持続可能な水の利用システムを考究する研究を行っている。さらに、同事業においては、「マルチスケール・マルチフィジックス現象の統合シミュレーション」領域の中において、地球シミュレータをはじめとする、世界最先端レベルの計算機環境を用いて地球環境変動、異常気象、およびそれに起因する災害予測等に関する次世代高精度・高分解能シミュレーション技術の研究開発を推進するとともに、「環境保全のためのナノ構造制御触媒と新材料の創製」領域では、環境改善・環境保全に寄与する「化学プロセス」「触媒」「新材料」などに関する研究開発を推進している。
 総合的な地球観測システム構築のための取り組みとしては、2005年度に「地球観測システム構築推進プラン」を創設し、地球温暖化及びアジア・モンスーン地域の気候・水循環変動の分野を中心に、特に先駆的に実施すべきプロジェクトを開始し、研究開発を推進している。さらに、2006年度からは「対流圏大気変化観測研究プロジェクト」を開始することとしている。
 さらに、このようなプロジェクト研究だけではなく、太平洋、インド洋、北極海ユーラシア大陸アジア域などでの研究船、ブイ、中層フロートなどを用いた海洋観測や、人工衛星による衛星観測、降水量や海面温度、陸域の状況などに関する観測を行うデータ統合・解析技術の開発などを推進している。
 大学における取り組みとしては、2005年度現在、200近くの大学において「環境」を名称に含む学部・学科等が設けられるとともに、環境分野に関する21世紀COEプログラムも14大学において実施されており、学術研究や人材育成を通じて地球環境科学技術の基盤形成が着実に進められている。さらに、埼玉県で行われている、「安全・安心の「資源循環工場」が牽引する環境産業クラスター形成基盤づくり」プロジェクトの例に見られるように、地域の産学官が連携し、地域の環境保全、改善に取り組む研究活動も育ちつつある。

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科学技術・学術政策局計画官付

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