分野別推進戦略では、第3期基本計画の重点化の考え方に基づき、ライフサイエンス分野における科学的・社会的・経済的インパクト、政府関与の必要性、また、国際的ベンチマーキングの調査結果等を踏まえ、以下の41の重要な研究開発課題が選定されている。
これらの課題は、ライフサイエンス研究全体を支える基礎・基盤研究の課題、医療など「よりよく生きる」の領域に貢献する課題、食料・生物生産など「よりよく食べる」、「よりよく暮らす」の領域に貢献する課題、ライフサイエンス研究の体制整備に係る課題に分類されている。
また、以上の41の重要な研究開発課題について、それぞれ計画期間中に目指す研究開発目標(科学技術面での成果)及び最終的に達成を目指す研究開発目標、並びに、社会・国民に対してもたらされる成果(アウトカム)に着目した目標(成果目標)を定めている。
なお、本推進戦略において、研究者の自由な発想に基づく基礎研究は選択と集中の対象としていない。
選定された41の重要な研究開発課題の中から、「生命現象の統合的全体像の理解」、「研究成果の実用化のための橋渡し」を特に重視して、課題横断的に戦略重点科学技術を選定している。具体的には、シーズを伸ばす研究開発は、国際的優位性の確保が期待できる研究開発に、社会・国民のニーズに対応する研究開発は、研究成果の実用化を念頭に置いた研究開発に重点を置き、これらを支えるライフサイエンス基盤を整備することとし、以下に示す4つの選択と集中の戦略理念の下、7つの戦略重点科学技術を選定している。
1.生命のプログラムの再現(統合的全体像の理解で生命の神秘に迫る)
1「生命プログラム再現科学技術」
2.研究成果を創薬や新規医療技術などに実用化するための橋渡し
2「臨床研究・臨床への橋渡し研究」
3「標的治療等の革新的がん医療技術」
4「新興・再興感染症克服科学技術」
3.革新的な食料・生物の生産技術の実現
5「国際競争力を向上させる安全な食料の生産・供給科学技術」
6「生物機能活用による物質生産・環境改善科学技術」
4.世界最高水準の基盤の整備
7「世界最高水準のライフサイエンス基盤整備」
この分野は、第2期基本計画期間中、ヒトゲノム解読等の完了を受け、各種遺伝子の機能解析、タンパク質解析、ゲノムネットワーク等のポストゲノム研究として重点的に推進してきた。その結果、生物の成り立ち、機能の複雑さが明らかになっており、第3期基本計画では、個々の機能分子や機能集合体の物質的理解にとどまらず、生命の統合的全体像の理解を深める研究を強化する。
現在取り組んでいる関連プロジェクトについては、適切な評価、方向性のもとで重点化を図るとともに、着実に推進する。
これまでのゲノム解読の成果を生命の高次機能の解明につなげるため、細胞レベルでの分子機能の再構築や他分野との連携など生命をシステム的に理解するための検討が必要である(ゲノム・遺伝子発現研究戦略作業部会報告書参照。)。
平成14年度に開始されたタンパク3000プロジェクトが平成18年度で終了する。本プロジェクトの後継のタンパクプロジェクトのあり方として、より機能に着眼した構造解析や、機能解明を目指した化合物ライブラリーの検討、ゲノムの成果との融合などが重要である(タンパク質研究戦略推進作業部会報告書参照。)。
平成9年度に「脳に関する研究開発についての長期的な考え方」を科学技術会議(当時)が定めてから10年が経過しようとしており、この間の脳科学研究の動向を踏まえて戦略的な研究推進方策を再検討する必要がある。
また、システム的な理解、統合的な理解のためには、細胞、器官、個体といった高次分子集合体の形成および機能原理についての再構築およびシステム的アプローチによる研究が必要である。そのためナノテクノロジー分野で半導体の微細加工技術を駆使して作製された微小な部品から構成される電気機械システム(MEMS,Micro Electro Mechanical Systems)などの汎用技術との連携や、生命現象のシミュレーション技術との連携も重要である。
さらに、ライフサイエンスの医療、食料、環境という応用分野以外に、脳というシステムに関する研究成果を教育という社会ニーズに活かそうという動きまで見られる。脳科学研究と教育との連携に関しては、理化学研究所の脳科学総合研究センターで生涯にわたる脳機能の発達機構の解明等の研究を実施してきたが、脳研究者と教育者が一体となって取り組むという観点から、文部科学省に設置された「情動の科学的解明と教育等への応用に関する検討会」で検討が行われている。これらの検討結果を踏まえ対応することが必要である。
少子高齢化が急速に進む我が国において、国民の多くが生活習慣病や免疫・アレルギー疾患、精神・神経疾患などに苦しんでいる。また、子どものこころの問題も大きな課題となっている。
しかしながら、これらの克服のための新規の医薬品や医療機器の産業化に向けた実用化研究の基盤が十分に整備されていない現状がある。
我が国のライフサイエンスの研究成果を創薬や新規医療技術などに実用化し、国民に成果還元するためには、基礎研究の成果を臨床や社会に応用する疾患遺伝子に関する研究、疾患モデル研究、バイオマーカーの研究等を進め、生活習慣病、免疫・アレルギー疾患、精神疾患などに対応した疾患診断法、創薬や再生医療、個人の特性に応じた医療などの新規医療技術の研究などについて臨床研究・臨床への橋渡し研究を拠点化しつつ強力に推進していく必要がある。
また、経済・社会のグローバル化が進む中、他国で発生した感染症が、我が国へ短時間に侵入する状況にある。また、発展途上国の人口増加や経済成長が新たな感染症を生み出す要因の1つとなっており、新興・再興感染症は人類共通の課題ともなっている。このため、我が国及び我が国と交流が深いアジア地域にとってリスクが高い新興・再興感染症研究、及びこれを支える人材養成を強化する必要がある。
生活習慣病、免疫・アレルギー疾患、精神疾患等に対応した、疾患診断法、創薬や再生医療、個人の特性に応じた医療等の新規医療技術の研究開発などについて、国民へ成果を還元する臨床研究・臨床への橋渡し研究を強化する。
現在取り組んでいる関連プロジェクトについては、適切な評価、方向性のもと、着実に推進する。
トランスレーショナル・リサーチ(橋渡し研究)の推進に向けて、その環境整備が重要であり、トランスレーショナル・リサーチを支援する機関を全国数か所整備すること、大学等において専門医、薬剤師・看護師、臨床研究のコーディネータ、データ管理・統計解析の専門家、システムエンジニア、モニタリングの専門家、治験事務の専門家などを養成することなど様々な対応が必要である(文部科学省「先端医科学研究の臨床への応用に関する懇談会」報告書参照。)。
また、脳科学研究の成果を教育等に橋渡しし、適切な対応策を講じて健全な社会を保つことも重要な課題であり、文部科学省に設置された「情動の科学的解明と教育等への応用に関する検討会」で子どもの情動等に関する研究の振興について検討されており、検討結果を踏まえ対応する。
がん医療水準向上の中核となる革新的医療の研究を行うため、以下の研究を強化する。
「がん対策基本法」及び「第3次対がん10か年総合戦略」に基づく研究開発など、現在取り組んでいる関連プロジェクトについては、適切な評価、方向性のもと、着実に推進する。
前述した文部科学省の「先端医科学研究の臨床への応用に関する懇談会」の報告書を踏まえ対応する。
また、今後粒子線がん治療の全国普及の進展に伴い、これらに携わる専門人材の不足が予想されることから、文部科学省関係機関におけるこれまでの臨床研究の蓄積、治療実績を活かし、放射線治療専門医、医学物理士等の専門人材育成の方策について検討する。
新興・再興感染症に立ち向かうため、以下の研究を強化する。
現在取り組んでいる関連プロジェクトについては、適切な評価、方向性のもと、着実に推進する。
感染症研究における海外研究拠点の重要性を踏まえ、そのあり方や方向性について検討することが必要である。総合科学技術会議の科学技術連携施策群(新興・再興感染症)ワーキンググループでの検討結果などを踏まえて対応する。
新型インフルエンザ対策については、その発生の危険性が高まってきたことから、政府として万全の備えと対策を講じるため、平成17年11月14日に、「鳥インフルエンザ等に関する関係省庁対策会議」において「新型インフルエンザ対策行動計画」を策定された。これを受けて、文部科学省では「文部科学省新型インフルエンザ対策本部」(本部長:小坂文部科学大臣、本部長代理:馳文部科学副大臣)を設置した。行動計画においては、研究開発関係では、国内外の情報収集、国際的な連携強化を含む調査研究の実施、海外研究機関との情報交換、ウィルス株の同定・解析などについて、文部科学省の役割とされており、必要な取組を引き続き実施し、それを強化していく体制が必要である。
世界の食料需給がひっ迫する可能性が見込まれる中で、我が国の食料自給率は年々低下し、主要先進国の中で最低の水準である。我が国の食料生産の国際競争力を高めるため、低コストで食料を生産する研究開発を強化する必要がある。また、食生活を中心とする生活習慣の改善により疾患の発症リスクを低減することも重要である。
一方、食料・食品の生産・供給にあたっては、研究開発の強化により食の安全を確保していくことが必要である。
地球温暖化等の地球規模の環境問題への関心が高まりつつある中で、生物機能を活用したものづくりや農業生産は、環境負荷の低減につながり、環境問題の改善や循環型産業システムの創造に資する。また、有用タンパク質などの物質を高効率で生産することが可能となり、医薬品産業や化学工業の競争力強化にも資するための研究開発を推進していく必要がある。
食料・食品の国際競争力を向上させるため、安全で高品質な食料・食品を低コストで安定的に生産・供給することを目指す研究開発を強化する。
現在取り組んでいる関連プロジェクトについては、適切な評価、方向性のもと、着実に推進する。
安全な食料・食品を安定的に生産・供給することを目指すため、植物代謝物解析基盤(メタボロームプラットフォーム)の整備を通じ、高付加価値作物生産への研究開発を強化する。
また、食料問題や国民の健康に寄与する研究は重要であり、ゲノム・遺伝子発現研究戦略作業部会の報告書などを踏まえて対応する。
微生物や動植物の機構の解明等を通じ、生物機能の活用による産業や医療に有用な物質生産や環境保全・浄化に資する技術を開発し、実用化する研究開発を強化する。
現在取り組んでいる関連プロジェクトについては、適切な評価、方向性のもと、着実に推進する。
また、未開拓の微生物の機能活用による有用化等の研究を推進する。
環境問題に寄与する研究は重要であり、環境保全に資する樹木などの環境保全・浄化に資する技術を開発するとともに、ゲノム・遺伝子発現研究戦略作業部会の報告書などを踏まえ対応する。
生物遺伝資源等や生命情報の統合化データベースはライフサイエンス研究を支える基盤であるが、欧米ではこれらの整備が我が国に比べて進んでいる。国際的優位性の確保を目指してライフサイエンス研究を推進するには、ゆるぎない基盤の整備が必須である。また、融合領域については、米国が予算の集中投資を行うなど、今後のライフサイエンス研究を支える重要な基盤技術であり、取組みを強化する必要がある。
我が国が優位性を確保できる領域等において、ライフサイエンスの基盤を整備するとともに、基盤技術の開発を行う。
現在取り組んでいる関連プロジェクトについては、適切な評価、方向性のもと、着実に推進する。
平成14年度に開始されたナショナルバイオリソースプロジェクトが平成18年度で終了するが、バイオリソースは知的基盤としての重要性はもちろんのこと、生き物であることから継続性の確保が特に重要である。2010年に世界最高水準を達成することを目指し、研究コミュニティのニーズ等を踏まえた時代に即したバイオリソースの整備、新たな保存技術を始めとした開発事業等の実施が必要である(バイオリソース整備戦略作業部会報告書参照。)。
生命のシステム的理解を進めるためにも、ライフサイエンス関係のデータベースの整備戦略を定め、研究者の利便性と研究効率の向上を図ることが重要である。具体的には、データベースの現状調査・戦略立案機能の充実、データベースの所在情報等に関するポータルサイトの構築、人材養成などを柱とした国としての中核的な機能を担う体制が必要である(データベース整備戦略作業部会報告書参照。)。
平成17年に国際ニューロインフォマティクス統合機構(INCF)が設立され、世界中でニューロインフォマティクスが推進されつつある。この中で我が国発のインフォマティクス基盤システムを他国が採用に向けて検討するなど、国際標準化に向けた動きが進みつつあり、INCFへの我が国への対応を検討しているINCF日本ノード委員会での検討結果を踏まえ対応する。
さらに、科学全体に貢献する技術基盤の開発・整備として文部科学省が進めている、「最先端・高性能汎用スーパーコンピュータの開発利用」プロジェクトの他、ライフサイエンス研究に貢献する光子、電子、中性子、イオンなどのビームを用いた世界トップクラスの様々な研究インフラが整備されつつある。それらの開発・整備とともに、それらを活用し、強みを活かした研究開発を推進する。
また、ITやナノテクノロジー等との融合分野では、例えば、ヒトの失われた機能を機械(ロボット等)で補完する技術なども考えられ、広く他分野にも視野を広げながらライフサイエンスの推進方策について検討することも必要である。
科学技術・学術政策局