第1章 基本的考え方

(1)ライフサイエンス分野の研究開発動向、近年の変化

 21世紀は生命科学の世紀といわれており、ライフサイエンスは、複雑かつ精緻な生命現象を解明する科学であると同時に、人類を悩ます病の克服や食料・環境問題の解決など、人々の生活に直結した「よりよく生きる」、「よりよく食べる」、「よりよく暮らす」の領域での貢献が期待されている。
 特に、我が国においては、少子高齢社会、人口減少社会が到来する中で、ライフサイエンス研究は、国民の健康長寿の実現、鳥インフルエンザやSARS(サーズ)(重症急性呼吸器症候群)など新興・再興感染症への対応、食の安全の確保等の国民の安全の確保を実現するとともに、食料自給率向上や、医薬品産業、農林水産業、食品産業等の産業競争力強化や新産業創出につながる科学技術として期待されている。また、国際的にもライフサイエンス研究に対する期待は大きく、各国とも積極的な投資を行い、研究開発競争が激化している。
 第2期科学技術基本計画(以下「第2期基本計画」)の下でのライフサイエンス分野推進戦略では、平成3年から開始されたヒトゲノム解読国際プロジェクトの完了に見通しがつきつつある状況において、ポストゲノム研究の推進が強く打ち出された。平成15年にはヒト全ゲノム塩基配列が完全解読され、平成16年には我が国主導でイネゲノム精密解読が完了するなど、主要生物のゲノム配列解読が急速に進む中で、我が国においては、ポストゲノム研究の国際的競争・協力の下で、タンパク質の基本構造の約1/3(3,000種)を解析する取組みや、遺伝子と遺伝子の関係やタンパク質同士の相互作用を解析する取組み、我が国が中心的な役割を果たした国際ハプロタイプ地図作成プロジェクト(ヒトゲノム上の塩基配列の個人差(DNA多型)の頻度・相互関連性を解明し、DNA多型がヒトゲノムのどの領域に存在するかの情報を網羅的にカバーした地図を作成)など、ポストゲノム研究への取組みが加速されてきた。
 しかしながら、その一方で、生物の成り立ち、機能の複雑さがますます明らかになってきているのが現状であり、今後のライフサイエンス研究の発展の流れを考えると、個々の機能分子や機能集合体の物質的理解にとどまらず、生命の統合的全体像の理解を深めることが重要な研究テーマとなってきている。
 また、第2期基本計画の期間中は、鳥インフルエンザやSARS(サーズ)などの新興・再興感染症への対応などにおいて、ライフサイエンスの国民への貢献の大きさが改めて認識された。一方、創薬、医療技術関連の研究開発については、これまで進展が図られた基礎研究の成果を実用化につなげることが重要であり、今後は、より一層国民への成果還元の観点を重視して、臨床研究・臨床への橋渡し研究を推進していくことが強く求められている。

(2)本推進方策の基本姿勢

 第2期基本計画の下、我が国はライフサイエンス研究を重点的に推進してきたが、ライフサイエンス研究の研究開発力・産業競争力の国際比較と重要度を踏まえると、知的資産の増大、経済的効果、社会的効果、国際競争力確保の観点から、これまで国が推進してきた領域について、引き続き重点的な投資を行う必要がある。これにより、ライフサイエンス研究全体を支える基礎・基盤研究、体制整備の充実を図るとともに、バイオテクノロジー戦略大綱(平成14年12月BT戦略会議)にも掲げられている「よりよく生きる」、「よりよく食べる」、「よりよく暮らす」の領域に貢献する研究開発を推進する必要がある。また、上述した研究開発動向を踏まえると、今後のライフサイエンス研究の推進に当たっては、これまでの研究の蓄積、財産を生かしつつ、「生命現象の統合的全体像の理解」を目指した研究により生命の神秘に迫っていくとともに、「研究成果の実用化のための橋渡し」を特に重視し、国民への成果還元を抜本的に強化していく必要がある。これらの実施に当たっては、文部科学省内の関連するプロジェクト、研究課題間の連携が重要であるとともに、国全体としての取り組みが必要である。

(3)文部科学省としての役割、取組み

 ライフサイエンスの対象領域は、生物あるいは生命現象を構成する、分子、細胞、組織、個体、生態系等広範かつ多様であり、基礎から応用まで幅広い分野、様々な段階の研究が実施されている。生命活動を分子レベルで明らかにすることを可能とした分子生物学やゲノム科学の進展により、ライフサイエンスの重要性は従前にも増して強く認識されてきている。
 我が国のライフサイエンス分野の研究開発に関する政府予算の総計(ライフサイエンス以外を主分野とする関連施策を含む)は、4,512億円(平成17年度予算)である。第2期基本計画期間中の平成13年度から17年度の5年間に3.2パーセント増加している。
 第2期基本計画において、ライフサイエンス分野は、重点4分野の1つとされ、その予算は、第2期基本計画期間中の平成13年度から平成17年度の5年間に15.5パーセント増加し、科学技術関係予算全体の中でもその割合が増加しているなど、ある程度予算配分への配慮がなされている。文部科学省は、ライフサイエンス政府予算の約半分を占めており、競争的資金約6割、独立行政法人の研究費約3割、国の研究開発プロジェクト約1割となっている。ライフサイエンスにおける基礎的、萌芽的研究の重要性を反映し、科学研究費補助金をはじめとする競争的資金が過半を占めており、その割合も増加している。
 以上のような重点化にもかかわらず、国際的な状況を見ると、例えば米国は年間319億7,100万ドル(約3兆6,800億円(1$=115円))を投入していることを考慮すると、約1/7に過ぎず、その重要性、国際競争の激しさに鑑みれば、我が国においても特に強化が必要である。

(4)文部科学省のライフサイエンス研究開発の方向性と環境の整備

(基礎研究の推進)

 人類の未来を拓き、国家・社会の発展の基盤となるような独創的な研究成果は、研究者の自由な発想に基づく多様な基礎研究を、幅広くかつ長期的な観点で推進していく中から生まれてくることが多い。
 第3期基本計画においては、基礎研究を1研究者の自由な発想に基づく研究として、萌芽的な段階からの多様な研究や普遍的な知の探求を長期的視点の下で推進するもの、2政策に基づき将来の応用を目指す研究として、ライフサイエンスなどの「重点推進4分野」などの政策課題対応型研究開発の一部と位置づけられるもの、の2つに分けて、その推進が重視されている。
 本報告書では、後者の政府課題対応型研究開発における重点化を対象とするが、特にライフサイエンスは、対象が広範囲にわたることから、将来の発展の芽を伸ばすため、研究者の独創性を活かした研究、多様な基礎的な研究を支援することが他分野にも増して重要である。

(重点領域)

 ライフサイエンスに寄せられる期待に鑑みると、限られた研究資金を有効に活用しながら、研究成果の社会への還元を図っていくことが重要である。このため、社会のニーズや、研究の性格、進捗の段階等を勘案してライフサイエンス分野内での重点化を図ることが必要である。その際、国際的な競争力の確保の観点から、個々の研究課題の目的が達成できるような適切な規模の研究費が配慮されることが必要である。
 また、ライフサイエンス分野は、研究の対象となる領域の幅が広く、分野内の個々の領域が緊密かつ複雑に関連しているとともに、理工学、人文科学等との分野間の連携が求められていることから、融合研究や学際的研究の推進など、相乗効果をもたらすような資金投入の検討が必要である。具体的には、幅広い社会ニーズに対応するための人文科学との連携や、生命という複雑な対象を、従来のライフサイエンスだけでなく、ナノやIT等を駆使して解き明かす努力が必要である。
 また、ライフサイエンス分野の中でも後述する戦略重点科学技術などの間での連携が重要である。それぞれ独自に進められている既存のプロジェクトについても、プロジェクト間の連携、共同研究により飛躍的な研究の進展が期待できるものもあることから、連携、融合の取組みが重要である。
 加えて、文部科学省としては、ライフサイエンスの発展に必要な生物遺伝資源(バイオリソース)やデータベース等の知的基盤の整備も重要である。さらに、科学全体に貢献する技術基盤の開発・整備が重要である。文部科学省では現在、「最先端・高性能汎用スーパーコンピュータの開発利用」プロジェクトが進められている他、光子、電子、中性子、イオンなどの量子ビームを用いた様々な研究開発の基盤として、放射光施設(SPring-8など)、X線自由電子レーザー(XFEL)、大強度陽子加速器計画(J-PARC)などが運転中または計画中であり、世界トップクラスの様々な研究インフラが整備されつつある。それらの開発・整備とともに、それらを活用し、強みを活かした研究開発の推進が重要である。

(研究開発を支える環境の整備)

 ライフサイエンス分野の研究開発は急速に拡大、発展しつつあり、文部科学省としては融合領域や新たな領域の研究を支える人材の養成・確保の視点が重要である。また、広く社会においてヒトを含む生物あるいは生命現象に対する基本的な理解が深まるよう努力することが重要である。
 さらに、特許等の知的所有権の戦略的確保を図るとともに、科学的知見に基づく安全性の確保とそのための基盤の整備、遺伝子組換え技術・クローン技術・遺伝子治療などの新規技術に関する正確な情報の提供と国民の理解の増進に向けた努力、倫理面のルール整備等の推進が重要である。
 行政の対応としては、ライフサイエンス分野の拡大、進展に適切かつ迅速に対応するため、最先端の研究者と行政との協力体制の強化、調査機関との連携など、科学技術政策立案能力の向上が重要である。さらに研究開発の推進には社会の理解を得ることが必要であることから、作成する計画・方針が広く国民が理解しやすい内容となるよう心がけるべきである。

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